東方剣神録   作:上田幻

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――春。
皆々様に置かれては、出会いと別れが数多く経験されたかと思われます。
かく言う作者も、昨年度と合わせて多くの出会いと別れがありました。
そして今、幻想郷の中。
多くの花咲き誇る、異変ではない異変が起きることと相成ります。
イオは、そこで誰と出会い、別れを告げるのでしょうか――?


第四十二章「春来たるは花の楽園で」

 

――雪が解け、春が来た。

――命めぐる、春がきた。

 

「――なーんか、木がやたらと騒がしいなぁ……?花たちも、妙にざわざわと意志を伝えてこようとしている気がするし。何が起こってるんだろ」

 

――振るえ振るえ、命の祭典よ。

――振るえ振るえ、有情の者たちよ。

 

「……ああもう、ホント騒がしくていけない。むぅ……こりゃ、もしかすると異変かなぁ……?」

 

――其は、四季の花咲き誇る、色鮮やかなる幻想なり――

 

――――――

 

――それは、唐突に始まった。

「……おや?何事だろこれ」

いつものようにイオが念の為にと着ている冒険者姿で、玄関近くにあるポストを覗こうと、外に出た時の事である。

「うっわ、今年、なんかやたらと咲いてるねぇ」

道端近くの雑草や木達に、溢れんばかりにして色が湧いていた。

「というか……幾らなんでも咲き過ぎでない?」

イオが、色鮮やかに咲く花達の中に、本来ではこの季節に咲くものではない者まで含まれていることに気づき、やや冷や汗を流す。

 参ったなぁ……などと呟きながらも、イオは一旦花の事を置いてポストを覗き込んだ。

 すると、いつもどおりに幾つか依頼が入っていることに気づく。

「ふぅ、こんな時でも依頼は来るし、これは後で調べることになりそうかなぁ?」

がさがさとポストを漁りながら、イオがそう呟くと、

「何を調べるって~?」

と、丁度遊びに出かけようとしていたのか、ルーミアがとんとん、と靴で地面を蹴りながら外にやってきた。

「ああ、見てよこの景色。なんか可笑しいと思わない?」

「あー……まぁ、うん。凄いよねぇ」

ルーミアがイオの言葉に釣られ、彼共々呆れたように幻想郷の春を眺める。

――二人の言うとおり、今日の風景は何かがおかしかった。

 先程挙げたように、本来の季節には咲かない筈の花も咲いている事もそうだが、その数が圧倒的なまでに視界を半分ほど埋め尽くしているのである。

 最早、風情を通り越して暴力に近かった。

「ま、イオには関係ないことかもしれないし、頑張ってー」

「結構他人事みたいに言うね!?」

手を振りながら去っていくルーミアに、イオが本日初の突っ込みを入れながら。

――このまま、普通に一日を過ごすのかと思われた――。

 

――だが、しかし。

 

「――見つけた。ちょっと、話聞いてもらうぜイオ……?」

――とある魔女が近づいてきたことにより、その平穏は乱されることになる――

 

――――――

 

――事は、博麗神社で起きた。

「――なぁ!これ、明らかに異変だろ!?一切合財、季節すら無視していろんな花が咲いてるのは!その上、妖精にまで襲い掛かられたんだぜ!?」

バン!と派手に音をたてて卓袱台を叩きながら、白黒の魔女――霧雨魔理沙がこの博麗神社の主に向ってがなりたてる。

 そんな彼女を見つつ、一緒に来ていたもう一人の魔女が、

「……まぁ、全部それを打ちのめしていったけどね――魔理沙が」

「っ!?それは言うなって言っただろ!?」

ぽこすかと殴りかかろうとする魔理沙を、人形たちをうまく使いながら抑えつつ、魔女の一人――アリス=マーガトロイドは霊夢に向って声をかける。

「――さて、博麗の巫女はこの事態をどう受け止めているのかしら?」

「さぁ?わたしもちょっと今回のは色々と迷ってんのよねぇ」

ずず、と自分で用意していた茶を飲みながら、霊夢が何処か遠くを見通すようにして呟いた。

 その言葉に、魔理沙が不審な表情になり、

「なんだそりゃ。いつもの霊夢だったら即決だろうに」

「いやあのね……まぁ、大体勘でやってるから簡単に行けるだけよ。たまには考えないと頭が錆び付いちゃうしね」

再び湯呑を傾けながら霊夢がそう告げると、アリスが考えこみながら尋ねる。

「……もしかしなくとも、この能力が関係しそうな人物がいるわね?」

「当たり。――さぁて、どっちなのか……うーん、勘だと、割と関係ないって感じるんだけどねぇ。元々の性格が性格だし」

「あー……まさか、『イオ=カリスト』か、『風見幽香』のどっちかってことか?」

元より頭のいいアリスと、勘で全てを見通す霊夢が言っていることに気づいた魔理沙。

 その言葉に頷きながら、アリスが尚も考えるそぶりを見せつつ、

「まぁ、そう言うことよ。元々あの二人はこの異変に限定してみると、直球でどちらも植物を操るタイプの能力持ちだし、イオは……もしかすると、誰かからの依頼でやったのかなんて思っちゃうけど、それだと風見幽香が黙っていないだろうし……」

「――とにかく、動くしかないかもね。流石に、動かないでいたらイオに怒られちゃうもの。……あれは、あのお仕置きだけはちょっと勘弁してほしいわ……」

遠い明後日の方を見ながら、何処か虚ろに見える表情を見せ始めた霊夢。

 慌ててアリスがぱん、と両手を打ち鳴らすと、

「さ、さあ皆速く動きましょ!急がないと、夕方になっちゃうわ!」

『シャンハーイ!』

『ホ、ホラーイ……』

元気に返事をする上海と、怖い雰囲気を醸し出している霊夢に怯える蓬莱人形。

 その様子を見ながら、魔理沙が一言。

「――それ、自作自演じゃないのか?」

「……え?」(黒くにっこり)

「え?」(ビビクゥ!)

少しばかり、アリスがO☆HA☆NA☆SHIする事はあったものの、概ね特に問題はなく、それぞれがそれぞれに分かれて、怪しい人妖へと飛んで向うのであった。

 

――――――

 

――そして、今。

「――で、君は僕がこの異変を起こしたんじゃないかと思って此処に来た、と。……バカじゃないの?」

「そ、そんな一言でぶった切らなくたっていいだろ!?」

珍しくゴミを見るような目つきで斬って捨てたイオに、白黒の魔女――魔理沙が何故かボロボロになりながら涙目で抗議した。

 既に時間は朝の中ごろにまで迫っており、イオはやるつもりであった依頼を、アルラウネ達に代行させることによって何とかキャンセルすることなく続けたのである。

――そうさせた犯人は、こうしてイオに襲い掛かってきた魔理沙なのだが。

「全く、いきなりマスタースパーク撃ってきたかと思えば……そんなくだらない推論だけで襲い掛かってきたなんてね。ねぇ、君、考えなしだとか言われない?」

目の前で木の蔦によって縛られ、転がされている魔理沙に、イオは変わらずゴミを見るような眼で見ながら冷たくそう告げた。

 普段のイオとは少々ばかりかけ離れているが、これはかなり怒っている時の状態であるために、なかなか見られないものだったりする。

 まぁ、そんなレア物を見たというのはさておくとしても、魔理沙が馬鹿をやった事は事実であるために、同情の余地は如何ほどもなかったが。

「うぐ……だ、だって仕方ないだろ!イオがややこしい能力持ってるのが悪いんだぜ!」

「まだ言うか君は。……はぁ、もっかい擽り攻撃で」

ぱちん、と音高く鳴った弾指に、魔理沙がさぁ……と蒼くなると、

「や、やめろおーーー!!?」

じっくりと近づいてきた木の蔦を見て、じたばたと暴れ回ろうとしたが、そんな簡単にほどけるようにはしていないのは明白なわけであり……

「あ、あはっ!?あははははやめ、やめろって!!?あははは……!!」

こうして、脇下擽りの刑を受ける羽目になったのだった。

 ちなみに、その間イオはと言うと。

「あー、いい天気だなぁ」

と四季折々の花が花開く中、すっきりとした蒼天を見上げて何やら黄昏ていた。――まぁ、単なる現実逃避とも言えるが。

 すっかり擽りによる笑いに染まった悲鳴が聞こえなくなってから、イオはようやく魔理沙の拘束を解くと、仕方なさそうに溜息をついてから、

「やれやれ、これは早急に幽香さんに訊かなきゃいけなくなっちゃったな……」

とそう呟くと、っとん、と軽やかな踏み込み音と共に空を駆けあがったのであった。

 あとに残されたのは、真っ白に燃え尽きた白黒魔女の死体のみ。

 

――かと思われたが、がばり、と死体になっていた筈の魔女が立ち上がった。

 

 思わずおお、と歓声を上げ、拍手している周りの町人達を思いきり睨みつけて立ち去らせると、魔理沙ははぁ……と深いため息をついて、

「……えらい目にあったぜ。相変わらず、こう言うことではえげつないのだして来るしよ」

まあ、慣れて来たのか直ぐに立てるようになったけどな。

 ぶつぶつとイオに対する文句を呟きながらも、彼女も当初案じていた件が無くなったことによって肩の荷が下りたような気持になってはいたが。

「ったく、仕方ないな。どっかで関係ありそうな事、探しに行かなきゃな」

頭の中に浮かんでいる異変犯人容疑者と思われる人妖達のリストからイオの名前を消すと、魔理沙は箒を呼び、飛び乗って空を駆け抜けるのであった。

 

――――――

 

「――あ!そこにいるの、何でも屋じゃんか!」

ひとまず、太陽の畑に向う前に寄るところがあったため、イオがとんとんと大気を踏みながら空をかけていると突如として声を掛けられた。

 聞き覚えのある声にイオは足を止め、そちらへと顔を向けると、

「およ?……って、ありゃ。チルノじゃないか、お早うさん」

「うん、おはよう!」

元気いっぱいにそう返事するのは、あの秋祭りから少しして元の子供姿の氷妖精に戻ったチルノ。

 イオは、紅魔館にいるパチュリ―に会いに行こうとして、霧の湖を横断していた所で彼女に出会ったのだった。

「妙に元気いっぱいなようだけど……何か用かい?」

「うん!フランに会いに行くなら一緒に行っていーい?あたい、フランと遊ぶ約束してるんだ♪」

「なんだ、だったら別に構わないよ。……っと、それはともかくだけどさ、大妖精はどうしたんだい?」

いつもチルノの傍で穏やかに笑っているあの妖精の少女がいないことに気づいたイオが、チルノにそう尋ねると、彼女は眉を顰めながら首をかしげて、

「……うーん、分かんない。大ちゃん、あの秋祭りの後からなんか焦ってる気がするんだ。聞いても答えてくんない。どうしたらいい?」

「……どう焦ってるんだい?」

「…………分かんない。何に焦ってるのかも、何もかも。――ねぇ、何でも屋」

不安そうに顔を俯け、そして上げてイオを見つめたチルノは一言、

 

「――大ちゃんを見つけたら、助けてあげて?」

 

「ふぅ……やれやれ。そうだね、今回は友達からの頼みということにしておくよ。まぁ、何となくあの子の不安と言うのは何なのか、分かったような気もするしね」

何処か、鋭いまなざしでありながら、それでもイオは穏やかに優しく微笑んだ。

「有難う!じゃ、紅い御屋敷に行こっか!」

「ああもう、そんなに慌てなくても紅魔館は逃げないって」

イオの手を引張りながら楽しそうに飛んで行くチルノに苦笑しつつも、イオは慌てることなく静かに彼の屋敷の正門へと近づくのであった。

 

 

「――よっと。やぁ、美鈴さん。お早うございます」

「おっと、これはイオさん!お早うございます!今日はどういうご用事で?」

とん、と軽やかに地上に降りてあいさつしたイオに、美鈴は爽やかな挨拶を返す。

「いや、まぁね……ほら、今朝からこんな様子だからさ、パチュリーさんにちょっと聞いてみたい事があってきたんだよ」

「ああ、成程……ん?もしかして、犯人だと疑われました?」

イオが指し示した幻想郷の現状に、美鈴は納得しながらもちょっと気になってそう尋ねた。

 すると、イオは苦笑して頷き、

「ばっちりその通りだよ、よりにもよって僕がこの異変起こしたんじゃないかって思われたみたい。…………まぁ、やろうと思えばやれない事もないかもしれないけどさ」

はぁ、とため息をついてからぼそっと呟いた最後の一言を耳聡く聞き取り、美鈴はちょっぴり頬がひくつく。

「(可能性はあるんですねぇ……)ま、お待ちください。すぐに咲夜さんがきますの「美鈴、客みたいね」でって……せめて、最後まで言わせて下さい」

すっと、登場した相変わらずの神出鬼没な咲夜に、怒る事もせず美鈴はがっくりと肩を落とした。

 その様子をあはは……と何処か引き攣ったような笑顔を浮かべながら、

「ま、まあいいことあるよきっと」

ぽんぽんと優しく美鈴を慰めてから、

「それじゃ、咲夜さん。パチュリーさんの所に案内してくれますか?」

とイオはにっこりと笑って告げたのであった。

 

「……あたい、何か忘れられてる気がする」

「……あ!?本当にごめん!?」

ぼそり、と呟いたジト眼のチルノに、ようやく気が付きイオが慌てて謝るという事態もあったが。

 

―――――――

 

「――いらっしゃい、イオ。今日はどうしたのかしら?」

無表情ながら、歓迎の色を見せる大図書館の主に、イオは穏やかに微笑んで、

「やあ、どうもパチュリ―さん。今現在起きていることについて、ちょっとお話を伺いに来ました」

「ふぅん……?」

パチュリーが呟き、じろり、と今度は観察するような眼つきでイオを頭から足まで眺めると、

「成程、魔理沙が勘違いして突貫してきたのね?」

「……やれやれ、一足も二足も飛んでそこまでいくんですねぇ……流石過ぎます、ほんと」

あっという間に原因を突き止めた彼女に苦笑しながら、彼女が座る席の対面に座り、彼女と向きあった。

「ま、御察しの通りですよ。流石に、僕が犯人のように思われてはこれから先の依頼も少なくなってしまいますから。えぇ、ちょっと、O☆SHI☆O☆KIがもしかしたら出てくるかもですが」

「笑顔が黒くなっているわよ。ま、私はこの異変が何なのか朧げには分かりかけてきたと思っているわ。――情報を渡す代わり、貴方の対価は何かしら?」

「速いですねぇ……ま、これならどうですか?――『』という物なんですけど」

イオが懐から取り出した何かを見て、パチュリーは珍しく通り越してレアな、眼を丸くするという表情へと変化する。

 そして、呆れたような光を眼に浮かべると、

「貴方……かなり苦痛を伴ったんじゃないそれは」

「いや、大丈夫ですよ。だってこれ、あの姿になった後に壊れた奴ですから」

蒼色にも、紺色に近い黒にも見えるその手のひら大の塊を指しながら、イオはにこにこと笑った。

 そして、

「恐らくですが、本物の龍の鱗と同程度には堅いと自負しています。多分ですけど、今の幻想郷だと最上の幻想になると思うんですが?」

「……ふぅ。これじゃ、私が貴女に返す物が多くなっちゃうじゃない。もしかして、それもねらってたのかしら?」

半眼になった(ここ最近少し多くなった表情の一つ)パチュリ―が、イオに向ってそう告げるが、イオは笑って手を振ると、

「いや、流石にそんな事は考えていないですよ。ただ、渡してもらう情報を多くしてもらおうとは思いましたが」

「はぁ……全く、そんなこと言わなくとも、私は充分情報は渡すわよ。でなければ、こんなにもらったのに罰が当たっちゃうわ」

まぁ、とりあえず対価は戴いたからよいとして。

 パチュリーはそうつげると、

 

「――結論からして。これは『異変ではない』と私は考えているわ」

 

「――へぇ?」

若干、イオは何かを面白がるかのような表情へと変化した。

「何を以て……その答えへとたどり着いたんです?」

「……そうね……原因とされている四季折々の花が咲き乱れているこの現象だけど、簡潔に纏めると。――これは、『霊が現世に溢れたことによるもの』よ」

「…………はい?」

何らかの能力によってもたらされていたと思いこんでいたイオは、パチュリーのその言葉に唖然となって訊き返す。

 その様子にパチュリーは何ら表情を変えず、

「まぁ待ちなさい。何を言っているのかと思っているでしょうけど、これは断言できるわ。外に咲いている花を、どれでもいいから触って能力で確認してみなさい。そうすれば、貴方も私の言いたい事は分かると思う。……まぁ、それは後で出来ることだから放っておくとして。とにかく、一番に目指す所は白玉楼よ。理由は言わなくとも分かるわね?」

「……はぁ。まさか予想と大違いな物が出てくるとは思いませんでした。道理で、妙に騒がしかったんですかねぇ……」

自身の能力がもたらした『植物たちとの会話』という、副次的な効果を思い出し、そして今朝がた、花たちが妙にざわついていた事を思い返しながらイオは首を振った。

 そんなイオにパチュリーは静かに目を瞑ると、

「まぁ、とりあえず、あの亡霊だったら何かを確実に知っているのは確かだと思うわ。幽霊のことに関してなら、尚更……ね」

そして静かに目を開いてそう告げる。

 イオはそんな彼女に、静かに一礼をすると、

「有難うございました。とりあえず、白玉楼に向ってみますよ。どうせ、本日の依頼は全て僕のゴーレムたちに任せていますし」

「……そう。なら、気を付けていってらっしゃい」

本に目を戻し、そのまま熟読を始めながらこっちに告げたパチュリーに、イオは穏やかに笑ってから、

「ええ、そうさせてもらいます。では、パチュリーさん……これで失礼させて戴きますね」

そう告げると、イオは小悪魔に見送られながら図書館を立ち去っていった。

 その姿を横目で見送りながら、パチュリーは静かにそこを立ち上がると、イオからもらったばかりのとある物質を片手に、図書館の何処かへと姿を晦ましていく。

――そして、すぐにそこから戻ってきた。

「……全く、かなりとんでもないものを渡してきたわね、ホント」

「パチュリー様―?イオ様をお送りしてきましたー」

ぶつぶつと何か文句らしき物を呟いているパチュリーの元に、イオを見送ったばかりの小悪魔が報告の為に現われる。

 何処かを見つめながらぶつぶつと、考えるようなそぶりも見せつつ呟いている主を見つけた小悪魔は、ちょこん、と首をかしげると、

「どうかされたんですか、パチュリー様?」

と疑問の声と共にパチュリ―に近づいた。

 すると、彼女の主はふぅ……とため息をついてから、

「………………何でもないわ、大丈夫よ」

と、普段通りの彼女へと変化する。

(……?何があったんでしょう……?)

事情をあずかり知らぬ小悪魔は、ただただ首をかしげるばかりであった。

 

―――――――

 

――時は少し遡る。

「――よぉ。そっちはどうだったんだ?」

「……どうもこうも、手掛かりは殆ど無いわ。というか、魔理沙はどうだったのよ?」

びゅおん、と風を切る音と共に現れた白黒の魔女に、博麗の巫女――霊夢はやや疲れたようにしつつも彼女にそう尋ねた。

 すると、魔理沙は胸を張って、

「おう!少なくともイオはこの異変に関わってない事は分かったぜ!」

「……成程ね。で、その他は?」

「そうだな……イオが私をくすぐりまくって悶絶させられたんだが、あいつ、私が倒れた後風見幽香の所に行こうかなんて話してたぜ?」

自信満々にそう言ってのける魔理沙に、霊夢は面倒そうな表情になると、

「イオもそう考えたってことよねそれは……ふぅ。ま、アリスが此処に来れば、もう少し何か分かるでしょ。にしても……ホント、豪華よね今年の春は」

と、人里の入口付近の切り株の上に座り、辺りを咲き誇る花達を眺めながら呆れたようにそう呟く。

 魔理沙も、それに追随するように少し切り口が広めのその切り株に座り、

「だなぁ。太陽の畑のとこもそうだったけど、こうも色々と咲いてるの見るのはいいな!」

楽しそうな声を上げた。

 しばらく、動く雲や風にたなびく花達を眺めていると、

「――お待たせ、二人とも。とりあえず少しは情報収集してきたわ。それで、ちょっと連れてきた人がいるんだけど……」

「お?アリス来たか……って、妖夢?お前、如何してここにいるんだぜ?」

ふわり、と地上に降りてきたアリスの後ろで、何やらかなり疲れたような半人半霊の庭師を見つけ、魔理沙はぱちぱちと目を瞬かせる。

「……と、とりあえず座らせて下さい……」

「お、おう……」

ぐったりとした様子で切り株に座る妖夢に、魔理沙が驚きつつも席を譲った。

「いったいどうしてそんなに疲れてるのよ?何かあったの?」

霊夢も流石に友人がそうなっている訳を知りたかったのか、やや興味深げにそう尋ねる。

 すると、妖夢ががばっと顔を上げ、

「幽々子様が、酷いんですよう!!」

と涙目で叫んだ。

「な、何事なんだよほんと。お前の御主人が酷いのはいつもどおりじゃないのか?」

やや面喰ったようにそう告げた魔理沙だが、妖夢が彼女にがばっと取りつき、

「だ、だって!私の手に負えない位の量なのに、『出来る限りでいいからどんどん幽霊を閻魔様の所に連れて行きなさい』なんて仰るんですよ!?」

 

「――はい、ちょっとそこで待とうか。お前は一体何が言いたいんだ?もう少し落ち着いてくれよ」

 

ぱん!と妖夢の目の前で猫だましのように手をたたき、一旦彼女の頭を冷やそうとした魔理沙。

 それと言うのも、妖夢の言葉に色々と聞き逃せない言葉がいくつか出てきたからだった。

 霊夢もそれに気づいていたようで、妖夢に真剣な眼差しを向けると、

「まず最初に訊こうかしら。――『幽霊』とは一体何の事を言っているの?」

「……へ?あれ、霊夢達は聞いていないんですか?今回の事」

きょとん、と首をかしげながら妖夢が不思議そうに尋ねるが、生憎と霊夢達には分からぬわけであり……

「悪かったわね知らなくて。というか、今朝起きたら既にこんな状態だったし、しかも、分かりやすい位に異変だったからね?こんな時ちゃんと働いていないと、イオが後で怖いのよ。……全く、あの長時間の正座に、イオの笑っているようで笑ってない笑顔はきついわ……」

愚痴るようにして呟いている霊夢に、アリスと魔理沙は苦笑しながらも、否定する事はなく、

「ま、あいつらしいとも言えるんじゃないか?」

「そうね。だれよりも霊夢のことちゃんと見ていてくれているんだから、感謝しないといけないわよ霊夢」

「あーあー五月蠅いっての。……で。結局幽霊って何のことよ?」

何処か友人たちの眼が微笑ましいものを見るような眼に変わっているのに気づきつつも、霊夢はそれを追い払うようにして手を振り、妖夢に向って詰め寄る。

 すると妖夢は先程の動揺が嘘のように冷静になっており、

「えっと、まず今回の出来事は……」

と説明を始めたのであった。

 

―――――――

 

――所変わり、こちらは白玉楼。

「――……成程、今起きている事は、外の世界から流れ込んできた幽霊たちが起こしたもの……幽々子さんはそう仰る訳ですね?」

「ええ。妖夢にはその事を言って、閻魔様の所へと幽霊達をなるべく送るよう言いつけて置いたわ。……そもそも、この現象は自然に齎されるものであって、誰かが意図して起こしているわけでは決してないの。幽霊をあの世へと連れて行く為に、死神と言うのが閻魔様の下についているのだけどねぇ……どうにも、その作業が追い付かなくなって飽和状態に陥ったと見るわね。ま、妖夢には良い修行になるでしょうから、手伝わせたんだけど」

彼女によって用意された、点てられた抹茶の入った椀を持ちつつ、幽々子はおっとりと笑いつつそう告げた。

 同じように椀を傾けながら、密かに味の濃厚さに驚きつつも、イオは言葉をかける。

「と言う事は、今回の出来事は異変ではなく、また、その現象を起こした犯人もいない……と言うことでまとめられる訳ですか。いやぁ、良かった良かった」

呑気にそう言ってまた椀を傾ける彼に、しかし幽々子はやや物憂げな表情になると、

「どうかしら……ここ最近、外の世界から漏れ出た幽霊の数が減ってきているようにも思えるのよねぇ。まるで、何処かに流れ行っているような気もしないではないのよ」

「ふぅん……?それって、何か問題でもあるんですか?単に、なかなか死ぬようなことがなくなってきたということでしょう?」

「そうとは限らないわ。まぁ、紫の話だと外の世界の技術が大いに高まっているようだし、それで延命技術も伸びてはいるみたいだけど、それでも死と言うのは誰にでも訪れるものよ。何をどう足掻いても、逃れられるようなものではけしてないわ。――まぁ、例外としてはあの蓬莱人たちがいるけれど、ね」

やや剣呑な光を浮かべている白玉楼の主。

 心なしか、ぎしり、と空間がきしんだようにも思えた。

 だが、異世界からの稀人であり、当世最強の一角たる剣士のイオは、死が間近に接近しているというのに平然と抹茶を呷り、

「まま、落ちついて下さいよ幽々子さん。可愛らしいお顔が台無しですよ?」

と、彼女の怒りを煽っているのか、それとも単純に天然なのか分からない言葉で、白玉楼の主を宥める。

 流石の胆力とも言えるその所業に、逆に彼女は呆れて、

「……至って何でも無いように言える所は凄いわね。もしかして、本気で言っているのかしら?」

「え?そうですけど?というか、客観的に見て幽々子さん美人じゃないですか」

あっけらかんとばかりに言ってのける彼だが、幽々子は首を振って、

「大体、みんなして亡霊だの何だの、私をちゃんと名前で呼んでくれる人なんてほとんどいないのよ?貴方が大切に思っている霊夢だって其れは変わらないわ。ま、あの子の場合はここ最近貴方がいる事で少しずつ人間らしく見えるようになってきたけどね」

ここ最近の宴会や、偶に白玉楼の座敷の一つに紫に送られて来ているときは、大抵にして年頃の少女らしい素直な感情変化をみている事が多かった。

 これも、ある意味イオのお陰と見れるのだろうか?

 イオは、目の前の麗しい女性に対する皆の偏見とも言える評価に、やや憤って、

「まさか!だったら、皆して目が眩んでいるとしか思えないですね。そりゃ、種族の事もありますでしょうけど、ちゃんと一人の人格もった存在として見なかったら、誰もが誰もを信用できなくなりますよ?」

 現に、僕がいた世界ではかつて亜人と普人の戦争まで起きてましたから。

自身が元いた世界である、アルティメシアにおいてかつて起こっていた亜人に対する差別。

 それらが齎されたものを、彼は学院でしっかり知識として学んでいたからこそ、この言葉を告げる事が出来た。

 

――それが、何よりも貴く、何よりも幻想郷にふさわしい思想なのだと、彼自身は気づかぬままに。

 

(……全く、生まれながらにしてこうして何もかもを受け入れる。普通、年を重ねれば重ねるほど知識も経験も増えるけれど、この様にあっさりと受け入れる事は出来ないわ。紫、かなり良い青田買いをしたわね)

扇子で口元を覆いながら、幽々子は静かに微笑む。

(ますます、妖夢を貰ってほしくなったわ……さて、どうしようかしら)

きらん☆と目を輝かせている幽々子がそっとイオをみた所で、イオがのんびりと縁側からのぞく冥界の空を見上げていることに気づいた。

「あら?珍しいかしら冥界の空は」

「ええ……春なのに、こうも灰色が続くとは思いもしなかったので」

空と、冥界の階段を駆け上がってきたからこそのイオの感想に、幽々子は苦笑して、

「そりゃあそうよ。元々此処は閻魔様の裁判を受けて転生や成仏を言い渡された幽霊が駐留する所なんだから。明るかったら、冥界らしくなくなってしまうわ」

「それもそうですねぇ……っと、いけないいけない。長々とお邪魔しちゃいました」

ぼんやりとした後、はっと我に返ったイオが慌てたように辞去しようとするが、

「あらあら、そんなに慌てなくともいいでしょう?もう少し、ゆっくりしていっても罰は当たらないわ」

「いやぁ、霊夢達に今回の出来事の原因が分かったので一応教えて置こうと思ったんですよ。色々と、あの子たちも動いているようですしね」

「……そう。なら、『無縁塚』と言う所に行くといいわ」

どうあってもイオが立ち去ろうとしている事を察したのか、幽々子はやや寂しそうな表情ではあるものの、止めることなく一つの名詞を挙げる。

「……『無縁塚』、ですか?聞き慣れぬ名ですけど……」

不思議そうにイオが立ち上がりかけた状態のままそう尋ねると、彼女は先程とは違った、悲しそうな表情になり、

「――ええ。そうでしょう。ある意味、『忌み嫌われるもの』に近いものがあるから」

 

――其れもそのはず、彼の地は、『忘れられたモノが行き着く』、最後の土地なの。

 

 その声は何処か、何かを悼んでいるようにも見えた。

 

 

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