東方剣神録   作:上田幻

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花々が咲き乱れる幻想の里の中。
イオは白玉楼から、霊夢たちは人里からそれぞれの場所へと赴く。
異変でない異変というこの現象に、彼らは戸惑いながらも空を駆け行く。
その果てに、何を得られるのか……知りもしないままに。


第四十三章「眺め見やるは死者訪れる地」

 

「――なぁるほど、ねぇ……と言う事は、ある意味死神が原因でもあるわけね?」

霊夢がハタ迷惑な、とでも言いたげな表情でそう言うが、妖夢は少し考えるそぶりを見せつつ、

「一概にはそう言い切れませんけど……でも、幽々子様も仰っていた事なんです」

と、真実を知らぬが故にやや口を濁すようにしてそう告げた。

 と、そこへ魔理沙が息せき切って、

「だったらよ、私達は死神を探さないか?とりあえず、幽香の所為じゃない事が分かっただけでも儲けもんだしな」

「……魔理沙、そんなにがっつく必要、あるのかしら?」

あらかじめ、初めに会った時に妖夢から事情を聞いていたアリスが、呆れたように魔理沙に向ってそう告げたが、彼女は態度を全く変えることをせず、

「せっかくこうしてこの現象に立ち会えたんだ。どうせだったら最後まで見ようぜ?」

「はぁ……全く、魔理沙らしいのにはいいけど。霊夢はどうするの?」

「私も行くわ。もしかすると、どっかで幽霊が滞っているかも知れないし。まぁ、人里含めて人妖には影響ないみたいだけど、それだって本当かもわからないしね」

ざっと自身が持つ札や封魔針を確認しながら、霊夢はどうやら臨戦態勢に移行しているようだった。

「私も行きます。元より、幽々子様に言われた事でもありますから」

「妖夢の場合は心配しちゃいないわよ。それより、もしかするとどっかでイオとカチ合うかもしれないのに、いいの?」

「いや、流石にもう大丈夫でしょう。というか、そうなる可能性があるんですか?」

思わぬ一言に、流石の妖夢も呆れたように首を振るが、

「そこの馬鹿が、イオに喧嘩売っちゃったのよ。おかげで、もしかするとアイツと弾幕ごっこをすることになっちゃいそうなのよね」

霊夢が魔理沙を指し示したことであっさりと崩れる。

「何やってるんですか魔理沙――!!?」

てへぺろ☆と舌を出している魔理沙に、妖夢はなんてことをしてくれたとばかりに絶叫した。

「いやあ、勘違いが過ぎてな。おかげで、イオに思いきりお仕置きされちゃったぜ☆」

「されちゃったぜ☆じゃ、ありませんよ!イオさん、そう言う力の話は結構真面目なんですから、うかつに刺激したらそうなるのは自明でしょう!?」

軽そうに言ってのける白黒魔女に、妖夢は青筋立てて詰め寄る。

 だが、魔理沙はあっはっは、と軽やかに笑い、

「いやあ、そりゃそうなんだけどな。アイツが万が一誰かから依頼されて異変の片棒継がされてるんじゃないかって思ってたのも事実なんだよ。――現に、アイツは萃香と契約を交わし私達の前に敵として弾幕ごっこを挑んできた。それ、忘れてないよな?」

「そ、それは……」

余りにも理由が理由な為に、妖夢も反論できなかった。

 黙り込んでしまった妖夢を見ていられなくなったのか、ぱんぱん、と両手を叩いた霊夢が、

「ほら、とっとと行くわよ。会った時にでも訊けばいい話だから、今は置いときましょ。……で、アリス。一応訊いておくけど、私達が向かうべき場所と言うのはどこだったかしら?」

「……またなの?もう一回だけ言うわよ」

 

――『無縁塚』。忘れられたモノたちが集う場所よ。

 

――――――

 

「――ふぅ。思ったより拘束されて焦ったなぁ。いけないいけない」

白玉楼を後にしたイオが、慌てたように空を駆けて行く。

 既に、時刻は昼に近くなってきていた為に、イオは幽霊たちと共に作った昼食を幽々子と共に食べた後、こうして動き出したのであった。

 腰には何時ものように双刀『朱煉』が括りつけられており、更には幾つかポーチのようなものまで一緒に着けられている。

 念のために用意していた、応急治療の為の道具であった(因みに永遠亭から買い取ったもの)。

 つまりは、人里にいる時のような着流しではない、冒険者としてのイオが此処に存在していたのである。

 これも、元々は魔理沙が今回の出来事で襲い掛かってきたせいであった。

「……まぁ、誰かと戦うなんてこと、そうそうないと思うけど。魔理沙の事もあるからねぇ」

全く、本当に余計なことしてくれたよ。

 はぁ……とため息をつきながらぼやくイオ。

 その背中はどうにも煤けているようにさえ見えた。

――さて、そんな事はさておき。

 イオは今、こうして空を駆けているわけであるが、この現象が起こっている所為もあるのか、妖精達が妙に騒がしく、度々弾幕ごっこを仕掛けてきており、その度に足止めされている状況だった。

 とはいえ、異変の影響でいくら強くなっていたとはいえ、結局の所は妖精として強くなっているだけであるために、歴戦の古強者たるイオにとっては雑魚を蹴散らすようなものである。

 と言う訳で、イオの第弐剣技『龍王炎舞流』が大いに振るわれることと相成った。

 まさかの蹂躙に妖精達も次々に墜落して行く姿を見ながら、イオはなぜかすっきりしたように笑顔である。――もしや、隠れドSなのか?

「いやぁ、此処にきて色々と技を試せるとは思わなかったや。お陰で、今までの技をちゃんと見なおす事が出来たし。一応、遠当ての技術に近いから妖精達も死んでないし。うん、良いことづくめだ」

死ななかったらいいとは思えないが。

 慧音がいたならばそう突っ込んでいただろうイオの台詞であった。

 とまあ、こんな感じでイオが爆走していると、ふと、眼下に小さな紫色が集まった場所があることに気づき、っとん、とその近くに降り立つ。

「――凄いな、こんな所に鈴蘭畑があったなんて知らなかった。へぇ……太陽の畑と言い、かなり植物が群生しているんだなぁ、幻想郷って」

そんな事を言いながら、イオはすっと近くの鈴蘭に近づくとそっと手に触れた。

 

『……何者?』

    『私達に近づくな!』

 

突然の念話に、思わずイオは眼をぱちくりとさせ、

「あー……っと、ごめんよ」

イオは苦笑しながら謝る。

(まさか、太陽の畑と同じように自我を持ってるとは思わなかった)

よくよく気配を探れば、何とか妖怪化している事には気づけたのだが、それでもかなり集中してみなければ分からないほどの気配の薄さだった。

「君たちの主は誰なんだい?ちょっと会ってみたくなったんだけど」

 

『五月蠅い!余所者が私達に近づくな!』

          『人間が私達に近づくな!』

 

はっきりとした敵意。

 人間に対する憎悪を感じ取り、イオは朧げながらに理由を探ろうとした。

 そして、一つの推測を打ち立てる。

(……まさか、此処は……)

何となく、彼女等(?)が人間に対する憎悪を抱いている理由が分かった気がしたイオが、口を開こうとした時だった。

 

「――スーさんから離れろ!!」

 

幼く、可愛らしい声と共に殺気がイオに襲い掛かる。

「ちぃっ!!?」

当たってはいけないと警報が脳内で鳴り響くと同時に、本能的に体が空へと駆け上がった。

――直後、鈴蘭を通り越して、毒々しい紫色の弾幕がつい先ほどまでイオがいた場所に突き刺さり、轟音を響かせる。

「……どうやら、此処の主人みたいだね?」

あくまでも余裕を崩さず、ただただ目の前に浮かんできた幼い少女を見ながら、イオは淡々としてそう尋ねた。

 だが、彼女はその問いに答えることなく、

「……一体何の用なの、人間。スーさんに……いったい何をしようとしたの……!!?」

ただ激昂した表情で、イオを睨みつけるばかり。

「スーさんって……鈴蘭のことかい?だったら何もしていないよ。単に、きれいな鈴蘭畑だと思って近づいただけだって。何かしていたら、鈴蘭の悲鳴が聞こえるはずだろ?」

「!!?貴方……スーさんの声が聞こえるの!?」

自我を持っていると分かっていない限りは知らない事実をイオが挙げることにより、目の前に浮かんでいる小さな人形とともにいる少女は眼を丸くして叫んだ。

 そこでようやく、イオは相手をよく見ることができるようになった為、静かに彼女を観察し始める。

――まず、大きく眼につくのはアリスや魔理沙と同じような金髪だった。容姿が幼い事もあってか、太陽の光できらきらと反射しているのが見える。

 そして、上半身を黒のブラウスに赤いリボンで胸元を飾った服、下半身を赤のふんわりとしたスカートで飾り上げていた。

 ふわふわと彼女の傍らに、彼女と同じような服装の小さな人形がいる事を視認しながらも、

「まぁね。ある能力のお陰で、そうなったんだけどさ」

ある意味、幼い子を騙しているような思いにかられつつそう告げる。

 すると、その言葉を聞いた少女が、

「……そう。貴方は、人間なのに聞こえるんだ……」

イオの言葉に、先程までの敵意が嘘のように静まって行くのを感じ取り、イオは内心ほっとしながらも、彼女に声をかけた。

「良ければ、君の名前を教えてもらえるかな?お互い初対面だしね」

「……メディスン・メランコリー。スーさんと一緒に住んでいるわ」

「イオ=カリスト、人里では何でも屋をしているよ。『疾風剣神』なんて二つ名で呼ばれる事もあるかな。……ところで、君はどうしてここに住んでいるんだい?何だかさっきも、人間に憎しみを持っていたような言葉が聞こえたけど」

自己紹介を交わし、イオはさり気無く彼女に此処に住んでいる理由を問う。

 その眼には真剣さが浮かんできており、どうやら返答次第では何かしらのアクションを起こすつもりのようだった。

 

 メディスンはそんなイオの問いに、一瞬何かを逡巡するような表情になってから、

「ねぇ、イオだったっけ。此処、なんて呼ばれているのか……知ってる?」

と、イオに向って逆に問い返す。

 その質問の意図するところが分からなかったものの、イオは素直に首を振って、

「いや、こっちに来てからはそれなりになってはいるけど、まだまだ幻想郷全部を回れていないからね。知らない所が多いよ。此処なんか特にそうだ」

と穏やかな表情でそう返した。

 すると、メディスンは無表情になり、静かに俯く。

 余りにも凍りついたその表情を見て、思わずイオがぞくり、と肌を粟立たせた時だった。

 

「――此処は、『無名の丘』。間引きされ、殺される子供達の行き着く場所。そして私は……人に捨てられた、人形」

 

「っ!!?」

 

――それは、悲しみと苦痛の物語――

 

―――――――

 

――イオが、思わぬ事実を聞いて驚愕の表情を浮かべている頃。

 霊夢はアリスと妖夢、そして魔理沙の四人と言う大所帯で、妖夢から聞いた『無縁塚』と言う場所に、飛んで向っていた。

「……ふぅ。妖精達の相手は面倒だわね、本当に」

一応、辺りに霊力を飛ば薄く広く伸ばして感知するという、天然のソナーのような使い方をしながら霊夢がそうボヤく。

「まぁまぁ、そんなこと言わずに。……にしても、如何にも雰囲気が変わり始めてきたわね」

そんな彼女に、アリスがやや苦笑しながらなだめた後、ゆっくりと辺りを見回した。

 彼女の言葉通りに、周囲は四季折々の花が咲いていた風景から、何処か物寂しく、そして息苦しく感じられるようなものへと変わっている。

 具体的には、咲いている花が一種類になった事。――それも、死者の花と称される、『彼岸花』が咲いていた。

 禍々しき紅色の花達を眺め、アリスが溜息をつくと、

「此処まで来ると、無縁塚と言う場所自体が危ないと思えてくるのだけど?」

此処の場所を教えてくれた妖夢に、やや半眼になってそう尋ねる。

「うっ……そんなこと言われても。大体、私だってそんなに来る方じゃないんだから。だって、幽々子様の上司である、閻魔様が此処に来ることが多いのよ?」

皆から『敬語なしで。でないとフルボッコ』と脅された妖夢が、砕けた言葉遣いとやや苦手そうな表情でそう答えた。

「へぇ?閻魔様なんているのか、この幻想郷」

この幻想郷の住民の一人である魔理沙が、ニヤニヤしながら妖夢に尋ねる。

「あたり前でしょ!でなかったら、今回だけじゃなくて死んだ人の魂魄が幻想郷中に溢れ返っちゃうじゃない!」

「……となると、今回のこと……そいつに訊いた方が手っ取り早そうね」

ききぃん!ききぃん!ぴちゅーん、と次から次へと出てきた妖精達を吹き飛ばしながら、霊夢がやや剣呑な目つきでそう呟いた。

 その言葉にぎょっとなり、

「だ、駄目だよ霊夢!?怒られるどころじゃ済まないよ!?」

あわあわと、霊夢に妖夢が脂汗を流しながら必死で止める。

 だが、霊夢は何を慌てているのか分からず、眉をひそめて妖夢の方へ顔を向けると、

「いや、普通に訊くだけなんだけど……」

「……え。――はっ!!?」

ようやくそこで何かを勘違いしていたと気づいたか、妖夢は表情を青くさせた。

「……………いっぺん、アンタが私に抱いてる印象、訊いておいた方がいいようねぇ……!?」

「ひっ。ち、違うんだよ霊夢!?わ、私何も考えちゃ……!」

澱んだオーラを出しながら妖夢に詰め寄る霊夢に、半人半霊の剣士はやや涙目になって首を振る。

「やれやれ、ああも素直に顔に出してたら、弄られるのも仕方ないだろうにさ」

くっくっく、と楽しげな笑い声と共に、魔理沙がアリスに向って呟いたが、アリスはアリスで仕方なさそうな表情で笑っていた。

「そうね。まあ、そう言う所もイオは好きそうな気もするけど」

「……ん?ああ、そういやアイツイオのとこで一緒に鍛錬やってるんだったか。ふぅん?」

悪戯っぽい笑顔で魔理沙が何かしらを吟味した後、

 

「――なぁ妖夢。イオのこと、どう思ってるんだ?」

 

「はぁっ!?」

霊夢に詰め寄られていた妖夢は、唐突な魔理沙の質問に泡を食って驚く。

「い、いきなり何!?どうしたのよ魔理沙!?」

わたわたと、何処かイオを思わせるような慌て方に、魔理沙はにやりと笑って、

「いや、な。なんだかんだで結構イオと知り合ってからはそれなりに長いほうだろ?ま、それは私もそうなんだが、大体がイオにお仕置きされるばかりだから単純に『悪い子』扱いされてると思ってんだよ。で、だ。――妖夢だったらどうなのかなぁっと」

「……そういや、妖夢、アンタアイツのとこで一緒に模擬戦やってたわね。――吐きなさい。きりきりと」

ずん!と澱んだオーラが倍増し、びびくぅっ!?と妖夢がその気配に怯えた。

「ま、待って待って待って!?わ、私別に何も思ってないよ!?」

手と首をブンブンと振りながら、妖夢が全身全霊で否定しにかかるが、

「いや、何もはないだろ?どんな形であれ、イオとつながりが出来てるんだ。人間、何らかの感情がなきゃ、到底そいつと付き合えないぜ?」

にやにや。ぎらぎら。

 魔理沙のニヤケ面と、霊夢の睨み顔が半端でなく怖い。

(こ、こんな時どうすればいいの~!?)

はわわ、と涙目になった妖夢がいよいよ進退きわまったと見えたころ。

 

――突如として、声が響き渡った。

 

「――おやおや。こんな所に大勢のお客さんとは珍しいねぇ。それも、幽霊の方じゃなさそうだし」

 

「誰?隠れてんだったらとっとと出てきなさい。漏れなく封魔針の錆にしてやるわよ?」

じゃきと指と指の間に言葉通りに針を挟み、霊夢が警戒してそう声をかける。

「おうおう、怖い怖い。今代の巫女さんは妙に喧嘩っ早いなぁ。……って、それはどの時代でもそうだったか」

頭を掻き掻きしながら、彼岸花が咲いている所の近くにあった岩陰から一人の女性が登場した。

 赤の髪に豊満な肉体を包んだ蒼の上着に白袴、そして……何よりも特徴的だったのは、片手で肩に乗せた、大きく湾曲している大鎌。

 くるり、と慣れた様子で大鎌を動かしながら、その女性は朗らかに笑って、

「死者が集う、再思の道へようこそおいでなすったね、生者の御嬢さん方。まぁ、何もないところではあるけれど、歓迎するよ?」

と各々身構えていた四人組に、そう声をかけたのであった。

 

―――――――

 

「――この幻想郷でも、間引きは起きているのか……」

やや、驚きを通り越して茫然とした様子でイオがそう呟く。

 何故、彼がその様子になっているのか……『到底信じられる内容ではなかった』、その一言に尽きた。

 その理由として、そもそも幻想郷という土地が、『全てを受け入れる』という特性を持っていたことに端を発する。

 『全てを受け入れる』と言う言葉は、聞いただけでは如何に素晴らしいものであるかと思いがちになる事も多いのだが、イオは、ただその一面だけを見て裏を見ていなかった、それが彼の驚愕へとつながったのであった。

 その裏面とは即ち――『何もかもが自業自得となりうるのだ』という、一面である。

 通常であれば、この長閑な場所において子どもと言う存在は何よりも農業における労働力となり、家業を継ぐものとして育てられることが多いものだった。

――しかし、『双子が生まれた場合』はどうなのか。

 そう、現代においては双子が生まれたとしても、ただ祝福されるだけに終わる。それは、イオの元の世界でもそうであったし、少なくとも人生において最も誇りに思える宝と言えるであろう。

…………だが、過去においては、その常識が容易に覆された。

 単純な話、貧しい農村において、子供の数が増える事はどうなのか……そう言うことなのだ。

それも、双子と言う存在が、である。

――古来より、双子と言う存在は神秘・幻想の存在とされていた。

 西欧の神話においては神族の中にも双子が確認されているし、普通であればあり得ない全く同一の存在としてみられていたようだ。

――だが、この『同一の存在』という言葉が、時には牙を剥いた。

 簡単に述べれば、同じ顔に同じ動きであるということが気味悪がられた、と言うことなのだろう。そして同時に、現実的に考えても貧しい農村であれば、一人の女性が二人の子供に拘束されてしまう時点で働き手が少なくなってしまう事もあったであろう。

――故に、というべきか。

 

『間引き』が行われたのであった。

 

「――はぁ……ちょっっとショックだったなぁ」

嘆息し、膝の上で眠っているメディスンの頭を撫でてあげながら、イオは空を見上げる。

 あれからというもの、イオは驚愕を直ぐにおさめ、彼女と会話を交わしていた。

 時折、メディスンが口にする『人形を開放する』との言葉を聞き、それが本当にどういう意味を持つものであるのかを教えたりしながら、のんびりと時を過ごしたのである。

(……まぁ、アルティメシア世界とは違うし、そう言うことが起きうると思ってなかった自分が駄目だったんだけどね。それにしたって、もうちょっと救いがあればいいのになぁ……)

救える命を救うという理想を掲げてはいるものの、現実もしっかり見ているためにイオはそんな事を考えていた。

「……すぅ。むにゃむにゃ……」

「っと。……何だか、こっちに来てから子供ばかりに懐かれる事が多いなあ?気のせいかなぁ」

よっと、彼女を背負いあげながら、イオはそう呟く。

(とりあえず、『無縁塚』に行ってみるとしようかな。……メディスン一緒になっちゃうけど、まぁ、護っていれば大丈夫でしょ)

呑気にそう考えると、イオはすっと足に力を込め、大きく空へと飛び上がったのだった。

 

――――――

 

「貴女が……死神、なのかしら」

アリスが眼の前に立つ、何処となく姉御肌のような人物に見える女性に告げると、

「おうさ。……っと、そっちにいるのは半人半霊の剣士ちゃんじゃないかい。よう、随分と久しぶりじゃあないかい?」

彼女はそれに答えながらアリスの近くにいた妖夢に気づくと、挨拶をするかの様に鎌を持っていないもう片方の手を挙げた。

「……あの、小野塚小町さん、でしたよね?」

「うんまあそうさね。……そんなに会う方でもないから、こっちも忘れてたけどさ……お前さん、妖夢とか言ったかな?」

恐る恐るといったように訊ねてきた妖夢に、からからと笑いながら女性――小町はそう告げる。

 ニコニコと笑いながら、彼女が妖夢に向って近づいていこうとした――その時。

「――ちょっと待ちなさい。アンタ、死神ってんだったら、なんでこんな所に居んのよ?」

霊夢が不機嫌そうな表情になり、小町に詰め寄った。

「さっき妖夢に訊いたけど、今回こんなに花が咲き乱れてるのは、外界から魂が大量に流入してきて溢れ返ってるのが原因だそうじゃない。なのに、死者を連れて行く筈のアンタが、何でそんなにのんびりしてんのよ?」

ぎらぎらと、彼女の目尻がつり上がり、疑惑がしっかりとあるその眼で小町を射抜く。

「あ、あはは……いやあ、そんなに睨まれちゃ、答えようにも答えられないよ?ま、大丈夫さ。私の同僚が頑張ってやってくれているからねぇ」

あくまでものんびりと(とはいえ少々冷や汗もかきながら)小町は答え、よっこらせっと五人からして丁度近くにあった腰までの高さにある岩の上に座った。

 そのままリラックスし始めた彼女に、呆れたような視線が四人分突き刺さる。

「(……妖夢。幽霊を連れて行く仕事と言うのは、こんなのんびり出来るものなの?)」

「(わ、私に訊かないでよ!?そもそも所轄が違うし!)」

器用にも小声で言い争うなんてことをやってのけている常識人(?)コンビのアリスと妖夢。

 そんな二人を横目で見ながら、霊夢は小野塚小町の言葉に嘘がないか、勘で以て探り当てようとしていた。

(……まぁ、あの亡霊の上司に当たる奴だっているわけだし、そうそう人手不足になるとはおもえないけど、ね……)

もし、その同僚とやらがいるのであれば、この死神のちゃらんぽらんさにあきれているかも知れない。

 とはいえ今はそう言うことが知りたいわけでもないので、

「……小町、とか言ったわよね?ねぇ、幽霊が連れて行かれる所、連れてってくんない?」

「…………おいおい、お前まさか死にに行くつもりか?」

思わぬ一言に、小声で言い争っている常識人コンビを笑いながら見ていた魔理沙が、真剣な表情で霊夢に詰め寄った。

 どうやら勘違いしているらしいと分かった霊夢が、呆れ顔になって、

「んなわきゃないでしょバカバカしい。まだイオの作れる料理の全部、食べてないんだから。

それよりどうなの?連れてくの?行かないの?」

霊夢が手を振って否定した後、小町の方に顔を向けて訊ねる。

 すると、小町は幾らか悩んでいるかのような素振りになると、

「い、いやあ……流石に、元々は死者が辿る道であって、生きている奴を引っ張ってくるのはなぁ……そもそも、映姫様が許さないし」

「映姫?そいつ、もしかして閻魔ってやつなの?」

「ちょ!?幽々子様の上司の方じゃないですか!?れ、霊夢お願いだから怒らせるような真似は謹んでよ!?」

驚愕と恐怖、ないまぜになったような表情で妖夢が霊夢に向って叫んだ。

 その言葉に、霊夢はやれやれと首を振ってから、

「全く、イオからも厳重に言われてるし、そうそう誰かに突っかかるような真似はしないわよ。というか、したらしたで後でばれたら絶対強烈なお仕置きが待ってるんだから」

最近、過保護にも御説教にもなってきたから困ってるのよねぇ……

 何処か遠く明後日の方を見ながら、霊夢が遠い目でそう呟いた。

 と、そこで小町がイオの名に反応する。

「およ?その名前……もしかして、人里の何でも屋のイオ=カリストって奴かい?いやぁ、偶に人里行って甘味処行くんだが、よく聞かされるんだよねえ……何でも、身内に手を出されたらブチ切れて龍になるって言うじゃないか。まあ、普段は優しくてよく甘味処の依頼で手伝ってくれるとも聞いたけどさ」

「…………なぁ、あれってお前がイオにちょっかい掛けたせいだよな?」

「……(サッ)」

思わぬイオの評判が出てきたことに、魔理沙がジト眼になってアリスに言うが、彼女は冷や汗を垂らしながらも明後日の方を向くばかりで何も告げる事はなかった。

 だが、反応した者はいる。

「アリス……何やったの?アイツが怒るなんて、そうそうないのに」

呆れたようにアリスに向って霊夢がそう言うが、彼女は相変わらず冷や汗を大量に流すばかりで何も言わなかった。

 代わりに、魔理沙が口を開く。

「コイツ、イオの身内に手ぇ出してブチ切れさせたんだよ。怖かったぜ?あの時龍に変身したイオは」

「――アリス。後で夢想封印ね」

「理不尽よ!?」

即座に告げられた霊夢の言葉にアリスが猛抗議をするが、霊夢はそれをさくっとスル―して、

「で、イオの事訊いてきて結局何なの?アイツに用?」

と、相変わらず警戒したように眼を細め、小町に詰問した。

 何やら後ろで誰かが騒いでいるようだが、霊夢はそんなこと知った事ではない。

 そんな彼女に、小町もやや苦笑して、

「おいおい、そんなに警戒しないでおくれよ。私としては、映姫様がそのイオの事を仰っていたから、ちょいと気になっただけさ」

「――どういうことですか?死後の裁判官が、現世の生者に興味を持つなんて。私、今まで聞いた事がないんですが」

妖夢がやや訝しんでそう尋ねると、

 

「――なあに。そんな大したこっちゃないさ。ま、映姫様は『何処かの皇太子』だとかおっしゃっていたけどねぇ」

 

「「「「…………はぁ?」」」」

素っ頓狂な声を上げ、全員が驚愕した。

 慌てて魔理沙が声を上げ、

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!今、なんて言ったんだ!!?」

「うん?ああそっか、お前さんらは知らないんだったね。閻魔様と言うのは、往々にして役職としてあるわけだけど、其の御力の一つに……『過去を見る』と言うのがあるんだ」

 

「「「「――!!!?」」」」

 

声なく、驚愕が四人にもたらされる。

 何故ならば、その閻魔の力は『記憶を求めるイオにとって』、正しく追い求めるものであろう代物だからだった。

「……何時、アイツが皇太子とか、分かったのよ?」

やや、力ない声が、霊夢の口から洩れる。

「んー……そうだねぇ……何時だったかな。まぁ、閻魔と言うのも役職ではあるから、偶にお休みがもらえる事もあるそうでね、映姫様が一度休暇を取って、人里へ向かわれたんだよ。まぁ、大抵が誰かへのお説教になる事も多いんだけど、そこでイオと会った事があるらしくて、ね。まぁ、向こうはまさか閻魔様が来ているなんて思わないから、普通の世間話しかされてなかったようだよ?映姫様がイオの過去をこっそり覗いたのはそのときらしいねぇ」

がくり、とその言葉を聞いて霊夢が膝をつき、

「…………そ、っか……」

酷く弱弱しい声が、霊夢から再び紡がれた。

 思わぬ博麗の巫女の様子に、無縁塚に共に来ていた三人はぎょっとして彼女を見やる。

「い、いきなり何で霊夢そんなに弱ってるんだぜ!?」

「そ、そうよ!別に、イオの記憶が戻ったとしてもいい筈じゃない!?」

 

「――本当に、そう思う?」

 

「な、どういう意味だぜ!?」

彼女から力無い視線を向けられ、魔理沙は思わず怒鳴る。

「……イオが『誰も好きになるつもりはない』『誰とも結婚なんてしない』なんて言ってたの、覚えてる?あの言葉、確実にこの幻想郷に、本当に骨を埋める気がないと考えた事はある?」

「まさか!アイツ、私達人間を最期まで見る心算でいるって、前の異変の時そう言ってただろ!?」

「……その言葉は、本音でしょうね。でも――『ずっと幻想郷にいる』とは、言っていないのよ」

「……いや、だけど……そんなのただの言い方だろ?気にしないでもいいんじゃないか?」

何だか、深読みをしすぎているような気がして、魔理沙が恐る恐る霊夢にそう尋ねると、

「そう、かな……最近、イオがお節介焼いてくるのよ。お賽銭の事とか、しっかり自己管理しろとか、凄く、構ってくるのよ。まるで、『自分がいなくたって大丈夫』なようにしているとしか思えなくて」

不安そうな彼女の様子に、三人は言葉に出さずとも驚愕した。

 イオの、霊夢に対する事もそうなのだが、何よりも驚愕すべき事は、『誰にも執着しない性格』だった筈の彼女が、イオが居なくなるのではないかという不安に苛まれ、『人間らしい感情を持った年頃の少女』のように感じられたこと。

「……不安、なの?イオが居なくなりそうなのに」

驚愕の表情から、何処か穏やかで優しい表情へと移行したアリスが訊ねた。

「……わかんない」

「――大丈夫さね。人は、故郷と定めた所を離れようなんてそうそう思わない。それは、ずっと三途の川の船頭をして、死者たちと会話を交わしていた私が保障しよう」

やや、何処かの迷子のような表情を浮かべている霊夢に、小町はすっと瞑目して優しく霊夢の頭を撫でる。

 その様子はまるで、母親のようであった。

――その時。

「やぁれやれ。やーっと無縁塚っぽい所に着けたや。……っと、ありゃ?霊夢達はさておき、そこで霊夢の頭なでてるのはどちらさん?」

……メディスンを途中の太陽の畑に預けてきたイオ=カリストが、ようやくにして無縁塚に辿り着いたのであった。

 

 

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