東方剣神録   作:上田幻

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死者が訪れる先に集った青年と少女たち。
降り立った先に出会ったのは、その身に合わぬほどの大きな鎌を持ちし女性。
自らを死神と名乗った彼女は、イオに向かい、とある言葉を授ける。
果たして、それは――?
――そして、三途川の付近、一人、誰かが空を見上げていた。


第四十四章「裁かれるは己が罪」

「イ、 イオ!!?」

弱った自分を見られたと思い、羞恥心からかやや頬を赤らめた状態で小町から飛び下がった霊夢。

「??どうしたのそんな恥ずかしがって。霊夢らしくないね?」

挙動不審な彼女の様子に、当然ながらイオはその問いを発した。

「べ、別に何もないわよ!と言うか、アンタこそどうしたのよ?」

無理やり強引に、霊夢は自身に向う不審そうな表情を転換させるために話題を逸らす。

「ああ、そりゃねえ……最初、パチュリーさんの所行ったんだけどさ、この現象が『幽霊によるもの』だって教えてもらったんだよ。で、その関係で白玉楼まで行ってきてね、無縁塚行くといいって言われたもんだからさ」

霊夢達が居たら教えるつもりでいたけど……

 そう言いながら此処にいるイオ以外の人妖を見やると、

「……妖夢もいることだし、必要なかったかな?」

ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑した。

「そうだな、ま、骨折り御苦労と言いたくなるぜ☆」

「いやな言い方するなぁもう。……で、着いたときから気になってたけど、そこの方はどちらさん?」

魔理沙のおちょくるような言い方に、苦笑の度合を深めつつも、霊夢の近くに立っていた小町の方を見やり、誰何する。

「おや、こりゃ失礼したね。私は小野塚小町――今のところ、『三途川の船頭』をやっているものさ。現時点じゃ、同僚に代わってもらっているけどねぇ」

「あ、どうもイオ=カリストです。人里で何でも屋をやってます、よしなに。で……その鎌からするに、貴女は死神なんですか?」

知的好奇心が刺激されたのか、イオの眼がやや煌きを帯びて小町に向った。

 その眼にやや苦笑しながら、

「安心しなよ。別にあの世に連れて行く心算で出てきた訳じゃないんだ。此処にいたのは単なる偶然さね」

「いや、別にそれは気にしてないですよ?殺気が放たれてませんでしたし。それより興味があるのは、この先にあの世に通じる場所があるかどうか?で、ちょっと好奇心が出ちゃって」

「いや、気にしていないって…………案外、お前さんも大概変わってるねぇ」

あっけらかんとして告げるイオに、小町の苦笑が深くなる。

「普通の人間なら、死後の事やら何やら、気になりそうなもんだけど?」

「あっはっは、まぁ、少なくとも僕に迎えが来るのはまだ先ですし。只でさえ、僕の種族が種族ですからねぇ」

自身の体の各所に顕れている龍鱗を指差しながら、イオはそんな事を云った。

 そこには自分が普人種でなくなったことなど、瑣末な問題であるかのように見える。

 そんな彼をじろじろとみた小町は、何故かうんうんと頷きながら、

「そうかい、そうかい。成程ねぇ……うん、こりゃ映姫様が気になさられるのも分かる気がするよ」

「……??誰のことですか?」

訊き覚えのない名前だったのか、イオが首をかしげて小町に問うが、彼女は静かに笑うばかりで答えない。

「丁度いいねぇ……じゃ、御嬢ちゃん達映姫様に会ってみたくはないかい?」

「はぁ?アンタさっき、生きてる人がどーのこーの言ってたじゃない」

言っている事が食い違っているのに、霊夢が代表して呆れたようにそう突っ込むが、小町はさぁて、どうだったかな?などと白けるばかりであり、

「まあ、単に気が変っただけと見ればいいさ。ま、何だったら、依頼という形で御同行願おうかねぇ」

「……ふぅん?そこまでして僕をそこに連れて行きたいみたいですね」

何処か、見透かすような眼の色に変わったイオが、小町の眼を覗きこもうとしながらそう尋ねた。

 すると、彼女は笑い、

「あっはっは、そりゃ、此処まで変わった人間が居たら知り合いに紹介したくもなるさね!まあ、嫌だってんだったら、それなりに報酬は用意するさ」

 

――例えば、『失われた記憶』、なんてどうだい?

 

ぞくり。

小町が最後に呟いた一言によって、その場に気迫が漏れ出る。

 思わず、その場にいた死神と龍人以外の四人が一斉に攻撃態勢に移りかけ、すぐにはっとなって我に返った。

 その気迫を発した当の本人は、すっと真顔になり静かに小町を見つめている。

「――その話題……僕にとっては鬼門であること、分かっていて言ってます?」

淡々としたその口調は、真顔になった事も相まってかなり迫力を周りにもたらしていた。

 だが、そんな彼に小町は変わらぬ態度で、

「ありゃりゃ、怖い怖い。そんなマジな眼で私を見つめないでくれよ。思わず胸がときめいちゃうじゃないか」

(ちょ!?今のイオを茶化すようなのは……!!?)

怖いもの知らずな彼女の態度に、魔理沙が内心で絶叫する。

 最早、誰にも会話に混ざる事が出来なくなった空気の中、イオは真顔だったその表情を呆れたようなものに変え、

「……今の僕に、そこまで言える貴女が逆に凄いですよ。普通なら、結構怖がられる事が多いんですが」

「いんや、十分怖かったさ。ただねぇ……それより怖い存在を知っているから、ね」

にやり、とまるで怖がったそぶりも見せないままに、小町は面白そうにそう返した。

 空気が元に戻りつつあることを悟ったのか、魔理沙がほっと安堵の溜息を洩らすと、

「……いきなり、臨戦態勢にならないでほしいぜ。マジで焦った」

「ああ、ごめんよ魔理沙。でも、君なら分かるでしょ?」

 

――誰だって、自分の消えた記憶が、戻れるなんてわかったら。

 

「っ……ま、まあな。つか、私だってそうする。けどなぁ……」

「?どうしたの?」

ちらり、と何所かを見やった魔理沙に、イオが首をかしげて問うが、

「いや、いいぜ……何でもない」

言葉少なにそう返し、ぐぐっと帽子を深くかぶり直す。

「……話はもういいかい?そろそろ休憩から戻らないといけないからね。ま、こっちについて来ておくれよ?」

にこやかな言葉と共に、小町は先頭に立って歩き始めた。

 思い思いに五人が其の後をついて行き、言葉を交わすことなくついて行く。

 

 しばらく、沈黙が彼らを支配した。

――と、そこで耐えきれなくなったのか、魔理沙がすぐ隣にいたアリスに小声で話しかける。

「(お、おい……結局、イオが記憶を取り戻しそうだぜ?どうする?)」

「(……どうするもこうするも、暫くは彼の好きなようにさせるしかないわ。記憶を取り戻してから、彼の行動を注意深く観察しないとね。……全く、後手に回ったわね……ま、仕方ない部分が大半だけど)」

冷徹に、冷静に、アリスは自身の考察を述べた。

 そこには普段から魔女である事を貫こうとしている、彼女ならではの矜持が見える。

 そうして魔女たちが会話を交わす中、もう一組の少女達もまた言葉を交わしていた。

「(霊夢……大丈夫?)」

「(何がよ)」

「(うん、何だか……霊夢が焦ってるように見えて)」

若干、顔が憔悴しているように感じられた妖夢が、不安そうに霊夢の顔を覗き込む。

 そんな彼女を、五月蠅そうに払いのけながら、

「(大丈夫よ。別に、何ともない)」

「(……辛かったら、言ってね?)」

「(だから、うっさいって言ってんの……大丈夫よ、うん)」

何処か、自分に言い聞かせているかのような霊夢の言葉に、妖夢はますます心配そうな表情になりながらも、大人しく下がった。

 その姿を横目で見ながら、霊夢は一人思う。

(何よ…………皆して、腫物扱うみたいな態度しちゃってさ。……私は、大丈夫なのに)

後ろで、何やら魔女たちが騒いでいるような気配も、同時に感じていた霊夢はただただ自分自身に言い聞かせた。

――大丈夫、イオはけして自分と言う存在を置き去りにしない、と。

と、そこで霊夢のすぐ前にいたイオが、

「――何か、いきなり寒気が増してきたような気がするんですけど、気のせいですか?」

と、左斜め前を歩いていた小町に向ってそう尋ねた。

 突然のその問いに、声に驚いたか何人かがびくりと体を震わせる気配を感じたが、イオはそれに構わず小町に向って、

「心なしか、目の前の空気にも何かが混じり始めているような気がしますし……どうなんです?」

「あはは、そりゃあそうさ。幽霊が沢山並ぶんだから。大方、向こうの彼岸に着くまでの乗客だろうよ」

楽しげにからからと笑いながら、小町がそう返すと、

「……へ?幽、霊……?」

何故か、妖夢から強張ったような戦いたような声が響く。

 およ?と不思議に思ったイオが彼女の方を振り返ると、どうしたのだろうか、妙に青ざめた表情になっていた。

「?どうしたの、妖夢。なんかすごく顔が蒼くなってるけど」

「い、いえ!!?何でもないよ!?」

「……ふぅん?」

挙動不審な彼女の様子に、イオは前面から漂ってくる雰囲気と今の彼女の様子を照らしあわせると、すぐに解答が頭の中に導かれる。

「――なんだ、幽霊が苦手なの?」

「(びびくぅ!)い、イエだだ大丈夫ですよ!!?」

わたわたとしていながら、それでいてまだ顔色が蒼い妖夢に、イオは苦笑して、

「いや、ホント無理しなくったって構わないんだよ?元々、僕のことなんだし」

「ほ、本当に大丈夫なんです!が、我慢すればいいだけの話なんですから!!」

必死になってイオについていこうとするその姿に、イオは呆れたように首を振ると、

「あのね……人はそう簡単にトラウマ克服なんて出来ないんだからね?」

「つーか、さ……妖夢だって半分幽霊だろ」

「…………あ」

魔理沙がイオのように呆れた表情で妖夢に告げると、彼女は今思い出したとでもいうかのようにぽん、と両手を打ち鳴らした。

「あ、じゃないだろ。全く……というか、仕事上幽霊とも関係は出来るだろ?」

魔理沙がそう言ってやれやれだぜと言わんばかりに大きく首を振る。

「うぅ……返す言葉もないです」

やや涙目になりながら、妖夢はそう返したのであった。

 

――――――

 

……そうして、和気藹々と会話を楽しんでいた頃。

 彼らが向う先にある、此岸と彼岸の境目たる『三途の河』は、何時も通りに深い霧が降り、此岸の方では船頭に渡してもらおうと、多くの幽霊が詰めかけていた。

 

『……おぉ、どうだいそっちは』

   『まぁまぁだ。とはいえ、どうも今回のはやたらと数が多いらしいな』

『ああ、俺も聞いたよそれ。何でも、俺達は今回丁度数が多くなる年に来てんだと。だもんで、妙に此処が滞ってるみたいだなぁ。まあ、人員増えたみたいだし、俺達は大丈夫だろ』

 

幽霊になったばかりの者同士で、そんな事を言い合う。

 時たま、

 

『――どけどけぇ!――様がお通りだ!』

    『下賤の者は消毒だヒャッハ―!!』

 

何処の世紀末かと思えるような性格の霊魂も存在するようだったが。

 そんな彼らを、三途の川の渡し屋たる死神達が忙しそうにより分けていた。

「――番!そっちじゃなくてこっちの船だ!ああもうそこ!聞こえなくなるから騒ぐんじゃない!」

時折、自由に振舞っている霊魂達を叱り飛ばしながら、大忙しでどんどん渡していく。

 

「――はぁ……恒例のことながら、本当に忙しいこと」

 

そのような最中、丁度此岸の方に来ていたとある女性がいた。

 艶やかな緑色の髪(正面から見ると右側が長い)に、冠を模したような金属製に見える帽子をかぶり、宝石であろうか、薄い紫色の透明な楕円形のボタンが付けられた紺色のベストから、白のブラウスらしき袖がふんわりと出ている。

 下に着ているのは、ベストの色と同じスカートであり、裾の部分がフリル状となっていて、更には飾りとして赤白のリボンが縫い付けられていた。

「とはいえ、大切なことです。白黒をはっきりさせて彼らの罪科を償わせるのが閻魔の仕事。それは、誰にも譲れません」

きっと眼を怒らせ、ぐぐ……と、握っている悔悟棒(罪状を書き込むことにより罪の重さや数によって重量が変化し、叩く数が増える棒)に、更なる握力が加えられる。

「……にしても、小町の姿が見当たりませんが?もしや……サボったのですか?」

ぞくり。

 びびくぅ!と、彼女の周りにいた霊魂が思わず身を引くほどの迫力であり、その様子に気づいた死神達さえも顔を青ざめて見て見ぬふりをした。

……どうやら、彼女は死神からも恐れられる存在であるらしい。

「全く、あの子は……他の者の身にもなっていただきたいものです。帰ってきたら説教をしないといけませんね……?」

ふふふふ……と、怖い笑い声が暫く響いた後、直ぐにそれは収まった。

「まあ、それはさておき、と……先程交代したばかりですし。また、人里へ行って説教をしてきましょうか」

静かに微笑みを浮かべたその女性は、そう言って幽霊たちが集う桟橋付近から一歩踏み出そうとした時である。

 

「――へぇ……此処が、幽霊たちを送る三途の河なんだ。果てが見えないなぁ」

 

『おだやか』『のんびり』、そんな雰囲気が感じ取れる声が響いたのは。

「あら……?あそこにいるのは?」

何処となく、聞き覚えのあるその声に、その女性は足を止めてその声が聞こえる方へと目を向けた。

 

――そして、イオと目が合う。

 

「あれ?貴女は……?」

何処となく、見覚えがあるような気がしたイオが、その女性に声をかけた。

 イオの突然の行動に、他の者――特に、小町は大いに驚き、止めようとするが、彼は構うことなく彼女に近づく。

「あのー……どっかで会いませんでした?」

どこぞのナンパのようなその台詞に、一瞬彼女は眼を丸くさせ、

「……忘れたのですか?あの時、甘味処で会いましたでしょう」

呆れたように嘆息し、彼女はイオに体を向け直すと、

「まあ、会った事のないものもいるようですし……改めて名前を言いましょうか。四季映姫・ヤマザナドゥと言います。まあ、『地獄の最高裁判長』などと幽霊たちにはあだ名されているようですが」

「……ああ!そうだそうだ。いやーお久しぶりです、映姫さん。また人里で説教されに行くんですか?」

ぽん、と手をたたきながらイオが思い出したようにそう言うと、彼女――映姫は深々と溜息をつき、

「……未だ生者たる貴方が、何故此処にいるのかは……まあ、そこの小町から聞いたのでしょう、私の持っている物に関することのような気がしますが、どうでしょう?」

「……ああなるほど。確かに映姫さんなら僕の記憶……読み取る事は出来ますよね」

告げられた言葉に一瞬考え、そして小町の方を向いてそう告げるイオ。

 すると、観念すべきと感じたのか、嘆息した後にイオに向って、

「……まぁ、映姫様がお会いになられた時、説教が足りないなどと帰って来られた後で仰っていたからね。今日何でも屋が来たのはどんぴしゃりだったわけさ」

「――おぉっとぉ。流石に説教は勘弁してもらいたいのですが」

冷や汗を流しながら、イオが若干映姫から身を引いてそう告げると、彼女はジト眼でイオを見やり、

「今更すぎるでしょうに。貴方も私の性格は十分知っているでしょう?幸い、私も丁度閻魔の仕事を交代してきたことですし……まずは一人目、行ってみましょうか」(ぎらり)

「――っ!!」(ダダッ!!)

即座に無言で彼女から逃げだしたイオだったが、

 

「――逃がしません」

 

――審判『ラストジャッジメント』――

 

「ちょまっ……アッ―――――!!?」

容赦ないスペル宣言により、呆気なく捕縛されることと相成ったのだった。

 

――合掌(ちーん)。

 

―――――――

 

「……見るからに、説教好きな奴なのね」

がみがみと映姫に怒鳴られているイオ(と何故か小町も共に)を眺めながら、霊夢がやや嫌そうに表情をしかめてそう呟いた。

「あー……なんて言うか、ずっと一緒にいたくない相手だぜ」

魔理沙の言葉に頷いたのは、先程から黙って見ているアリス。

「同感。あの様子からするに、私達が今まで冒してきた罪さえ問われそうな勢いよ?全く、イオが不用意に動いたせいで、私達にとばっちりが来たらたまらないわ」

 

「――グサグサと突き刺さるようなこと言うの、止めてもらえないですかねえ!!?」

 

流石に、普段共にふざける事もある友人からのフルボッコに耐えきれなくなったか、イオが涙目になりながら彼女たちに抗議する。

 その頭をすぱーん!と音高く悔悟棒で叩きながら、

「自業自得でしょう!そう、貴方は少し自分勝手にすぎる!!大体、浄玻璃の鏡で覗けば、貴方は誰にも相談することなく自身の本当の種族を見出し、そして相談することなく種族を変えた!それも、『限りなく不老不死に近い』種族に!幸い、私が見たところ寿命は存在する様ですが、そうでなければ貴方は永遠に不老不死になった罪を雪がなければならない所だったのですよ!!?」

「あ、あはは……その、申し訳ありません?」

スパーン!!

「疑問形で謝らない!!反省が足りなさすぎます!!」

スパパパ――ン!!

「ちょ、痛い痛いですって!!?」

悲鳴を上げるイオに、しかし閻魔は容赦することなく叩き続ける。

「あーあ、イオの奴自分から墓穴掘りに行ったぜ……馬鹿だろアイツ」

くっくっく、と笑いながら、魔理沙はニヤニヤとしてそう言った。

「もうちょっと自分の迂闊さに気づけばいいのよ。何だかんだで私もそうだし、誰かの機嫌そこねてる事もあるんだから。大体、普段察しがいい癖に、妙な所で鈍感な所は直した方がいいと本気で思うくらいよ?」

「え、えーと……」

ぷんすか、と怒りを露にしているアリスに、妖夢は弁護をしてあげたかったが、結局の所は事実な為に口ごもってしまう。

 そうして、イオは長時間説教され続けるのであった。

 

――イオ正座中――

 

「――さて、と。貴女に対する説教はこれまでとします。今後、貴方が積むべき善行は、『友人達に偽ることなく接し、助ける事』です。さすれば、死後は地獄に落ちる事はないでしょう」

「……まことに、ありがとう、ございました」

すっきり、としたような映姫とは裏腹に、長時間の正座(+映姫の説教)を食らってていたイオは当然のごとくグロッキー状態だった。

 普通であれば、真面目なものでなくとも説教と言うのは大体聞き流してしまうものが多いのだが、イオ自身が妙な所で律義な為に結果として通常よりもダメージが大きかったりする。

 しかも、彼女のもたらす説教は、全てが自分の至らないところをグサグサとつくものであるために、三倍どん!となるほどにきつかった。

 ぽふー……と、イオの口から魂が抜けかけている状態を見て、霊夢達が揃ってどん引きしている姿がよく見えているが、映姫は色々とイオに抱いていたストレスを充分に発散したのか、かなりいい笑顔である。

「ふむ、どうやら充分に反省をしたようですね。ならば、いいでしょう」

(……死ぬかと思った……)

終了宣言に等しいその言葉を聞き、ぐったりとイオは正座から上半身を前に倒す形で安堵した。

 と、そこへ小町が頭を掻きながら、

「えっと、その……映姫様?わたしゃ、イオに用意していた物があるんですけど」

「?何をです?」

小町がイオに対して依頼をしていたとは知らない映姫が、首をかしげて小町に問う。

「いやー、つい先ほどですね、私はイオにある依頼をしたんですよ。で、その依頼の報酬に『彼が失った記憶』を取り戻してやりたいと思いましてですね……」

「おや……そう言うことでしたか。貴方達が此処にいる理由は」

彼女の言葉を聞き、映姫は納得したように頷きながら小町に向けていた視線をイオも含む霊夢達に向けた。

 ふん、とそこで今まで黙っていた霊夢が初めて口を開き、

「まあ、私の要件としてはそれだけじゃないけれどね。今朝初めて起きた時は吃驚したわよホント。いきなりいろんな花が咲き誇ってたんだから。お陰で疑わなくてもいい奴を疑っちゃったし」

 まあそれは結果的にそうじゃなかったから良いけど、と霊夢は続けて、

「此処にいる妖夢から今回の事がどういうのかは聞いたから、一応博麗の巫女としては異変として考えられるかもしれないって思ったものだからね、幽霊が滞ってないか見に来たのよ」

彼女がとったスタンスに、映姫は一旦考えるように眼を閉じてから、

「……小町、貴女、今更ですが……サボって此処にいるわけでは、けしてありませんね?」

霊夢の言葉になんら反応を示すことなく、ぎろり、と小町をねめつける。

「うぇ!!?さ、サボってなんかいませんよ!?ちゃんと同僚の者と交代したばかりです!!」

「ほう……その言葉、真実ならば別に誰かほかの死神にでも訊いても大丈夫なわけですね?いいでしょう、まあ貴女は大体こういう死者たちが大量に流入してくる事態においてはしっかりしているようですし、不問とします」

「あ、あはは、ありがとうございます」

「――しかし」

再び、ぎろりと映姫が小町を睨みつけた。

「ひぃ!?な、何でしょうか!!?」

「……本来であれば、生者は元より死者に対して過去が覗ける事を明かすのは、正直に言ってあまり好ましくない。反省するように」

「は、はい!猛省いたしますぅ!!」

頭を地面に擦りつけるようにして、小町は深々と謝る。

 その様子を満足そうに眺め、一つ頷いてから、

「さて、小町が貴女に対する報酬と言うことで、貴方の記憶を知りたいのだということでしたが……」

ザッと未だイオがぐったりしている所に近づき、

 

「貴方は、本当に記憶を取り戻したいと……願っているのですか?」

 

鋭いまなざしで以て問いかけた。

「……」

その言葉に、音もなくイオは立ち上がると、

「そんなの、当然のことだと思いますが?何せ、記憶がない所為でこちらはずっと、自分が自分であると確信できなかったんですから」

やや、剣呑な眼つきとなって先程のおっとりした様子からかけ離れた雰囲気で言い返す。

 その様子は、常ならばのんびりとマイペースな彼から想像も出来ないほどに、焦っているようであった。

 映姫はその様子に深々と溜息をつくと、

「……何をそんなに焦っているのです。それほどまでに自分の記憶が欲しいのですか?」

「ええ」

「――それが」

 

――元の世界の義理の家族との別れのきっかけになった事も分かっていて?

 

「――――っ!」

映姫の言葉に、イオは思わず動揺する。

「ねえ、それどういう意味よ?」

霊夢がやや目を吊り上げ、映姫に向って問いを発した。

 その眼に浮かぶ感情には、納得がいかないと言わんばかりの迫力がある。

 映姫はその様子をちらり、と流し眼で見ると、

「……言葉の通りです。イオはかつて、アルティメシアと言う世界にいた頃、望めば自身を恋い慕う少女の思いに応える事も、友と共に国を守り、安定した仕事に就く事も出来た筈なのです。それは、今まで貴女方が眼にしたであろう、イオの仕事に対する態度からしても、分かる事でしょう」

「っ!霊夢達には言わないで下さい!」

映姫が言わんとする事に気づいたのか、血相を変えてイオが止めようとした。

 しかし、彼女は冷たくイオを睨みつけ、

「遅かれ早かれ、知られていた事です。それは、貴方の友人であるラルロスと言いましたか……彼が、彼女たちに教えていたかも知れない」

「く……だからと言って!」

 

「――黙りなさい。家族である少女の追いすがる手さえ払いのけた、大馬鹿者が」

 

「ぐ……!!?」

よりにもよって、イオが旅に出てから一番に気にしている事を言われ、思わず逆切れしそうになるが、寸での所で何とか抑え込む。

「な、なあ、それ……イオが、納得できるような説明をしないで、旅に出たということなのか?」

「……ふむ、結果としてはそうなるでしょう。彼にしてみれば、十分に説明はしていました。ただ、家族である少女にとっては納得できない事であったということです。――それもそうでしょう、十三歳頃からといえど、それなりに長く触れ合ったのです。そして、時間と言うものは、かかればかかるほど他人に容易く情を抱かせるもの。いくら憎まれ口を叩き合っていたとしても、家族は家族としてあったのですから」

そう、だからこそ……と、映姫は眼を閉じながらつぶやき、

「先ほども言いましたが……貴方は少し、自分勝手にすぎる。今ある自分の友人や家族以上にかけがえないものはないというのに、無くなった記憶の事を、貴方は愚直なまでに求め続けた。無論、貴方が大けがをした状態で今の家族の元に運び込まれていた事は知っています。今後の為にも、知りたいという思いもかなりあるでしょう。ですが……その道は、イバラの道です。下手をすれば――友と家族と、切り結ぶこともあるかもしれない」

最後に告げられたその言葉に、泰然自若としている霊夢以外の四人はぎょっとなり、イオは息せき切って映姫に詰め寄った。

「……もしかしなくても、映姫さん。貴女は……僕の過去を、知っているんですね……!!?」

「――ええ。ですが……私は、『今の』貴方には教えたくありません」

「…………え……?」

拒絶の言葉を告げられ、イオは愕然として立ちつくす。

 そんな彼に構うことなく、映姫は淡々として、

「龍人となりはしたものの……人としての幸せを求めることなく、ただただ己が目的だけに執着する姿は、余りにも周りを顧みなさすぎます。貴方がそれを手に入れたと思う頃まで、私は沈黙を貫きましょう。――小町、交代して来たばかりといったはずね。だったら私の供について来なさい」

そう告げて、彼女は小町に向ってそう言い放つと、そのまま連れだって歩き出そうとした。

 

――その時。

 

「――待って、ください」

ぴたり、と彼女たちはその声に足を止める。

「……はぁ。まだ何か?色々とこの後は結構忙しい身なのですが」

「まぁまぁ、映姫様。多分、彼は言いたい事があって呼びとめただけでしょう」

やや不機嫌そうな表情の映姫に、小町がそう言ってなだめていた。

 その様子を、やや茫然とした状態のままイオは視界に納めながらも、

「……どうして、僕が幸せを求めていないと……?」

 

「――それは、『貴方が一番分かっている事』ではありませんか?」

 

「……!!」

問いに返されたその言葉に、イオはぐっと奥歯を噛み締め拳を力いっぱいに握りしめる。

 その様子を見て、映姫は一瞬痛ましそうに表情を歪めたものの、すぐに元に戻って歩き始めた。

 イオの横を通り、霊夢達の間をすり抜け、地獄の裁判長と三途の河の渡し守の二人は人里へと歩いて行く。

 その姿を見送る事もせず、イオはただ、前を向いたまま顔を俯けるだけであった――。

 

 




というわけで、皆様方が気にされていたであろうイオの記憶。
色々と伏線あるいはフラグとも言いますが、後々に向かってそれは明かされていくことと相成ります。
とはいえ、彼がその記憶を手にするときは、誰かが傍に立っているかもしれませんね……ふむ、はてさて、誰になることやら?
シリアス続きでしたが、ご読了ありがとうございました。
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