東方剣神録   作:上田幻

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さてさて、異変でなき異変とわかり、四季折々の花々が咲き誇る中。
この幻想郷に来てからずっと働きづめだったイオは、とある人物の勧めによって少しの間休暇を取ることを決めたのだが……。


第四十五章「春来りては歩む幻想の郷」

 

「――はぁーあ……昨日は酷い目にあった」

酒飲み交わし、ちょっとした暴走もあった花見から一夜明け、イオはやや疲れたような表情で溜息をついていた。

 まあ、この世界に来て種族が変わった所為か、それなりに頑丈になった身体であっても、あんなふうに飛ばされてしまえば衝撃で思わず噎せ返るほどには酷かったということである。

……それでも、ほんの擦り傷程度に収まっているのは、ある意味凄いとも言えたが。

「……というか、女の子の気持ちを量れって言われても……」

昨日の騒動の原因?である、『イオの女性に対する態度』。

 そもそも、イオは男女の精神の違いを、よく分かっていなかった。

 故に、かつて学院に通っていた頃であっても、友人である女性の一人が何か言いたそうにこちらを見ていたとしても、首を傾げるばかりだったのである。

 その時の女性は、自身のオシャレを見てもらい、感想を聞かせてもらおうと思ってそうしていたのだが、生憎と此処にいるのは朴念仁たるイオ。

 むしろ、イオはそうした外見上の変化よりも、内面の方(恋愛は除く)を重視するタイプであった為に、結果として気づいていなかった。

 この辺り、どうにもイオの精神年齢が低い状態である事も、原因に挙げられそうである。

 そうした理由もあり、

「……ま、いっか」

結局イオは普通に接していればいっかと考え、思考を放棄するのであった。

 

――それがのちに、大いなる災いを招き寄せることとなるとは知らずに。

 

―――――――

 

 さて、イオのそんなぼやきはさておき。

 昨日の喧騒から一夜明けた今日ではあるが、珍しくイオは普段は休まずにいる何でも屋の家業を、三泊四日という形で休みを取っていた。

 それと言うのも、寺子屋の教師である上白沢慧音に、『働き過ぎではないのか?』という言葉を告げられたからである。

『……去年もそうだったが、大体殆どの日時を依頼で埋めているだろう?体力的にはかなりきついんじゃないのか?』

『ああ、それでしたら僕のサーヴァント(ゴーレムたちの事)がいますし、僕自身もちゃんと休んでいますよ?』

何時も通りに寺子屋の依頼である『教師役』を任されていた後の時間で、イオは慧音と話し合っていた。

『うむ……その点では別に心配はしていないのだが、な。毎日のようにあちこちで依頼を達成している姿を見て、人里の皆が心配していたんだよ。「龍人様がお休みになられている姿を見ていない」……とね。それに、長老衆の中でも、君の事を気にかけている者がいる。下手をすれば過労で倒れるんじゃないかともね』

『…………全く、騒ぎ過ぎですよ皆さん』

『ははは、まあそう言ってやるな。何時もしっかりしている方の君を、見守ってくれているんだ。そんな事を言っていたら罰が当たるぞ?』

あからさまに「僕は大丈夫なのに」と言わんばかりのイオに、慧音は軽やかに笑いつつ悪戯っぽくそう言う。

 その言葉に、イオは考えるようなそぶりを見せると、

『…………そう、ですねぇ……僕も、偶には休みを取りましょうか。ルーミアや文と一緒にピクニックに行くのも楽しそうですしねぇ』

そうと決まれば文に連絡しないと……妖怪の山にでも行ってみるかな?

 そう呟いているイオに、若干苦笑いを浮かべた慧音であったが、

『うむ、まあ大丈夫だろうとは思うが……くれぐれも天狗をあまり刺激しないようにしておくんだぞ?何せ、彼らはかなりプライドが高い妖怪だ』

『あはは、大丈夫ですよ慧音先生。早々、僕の方から刺激するような事はしないですし。――まぁ、邪魔するとなったらぶっ飛ばせばいいだけの話だし(ぼそり)』

『――ん?何か言ったかイオ』

『いえいえ~ピクニックが楽しみだなぁといっただけですよ~♪』

慧音の不審そうな表情にイオはそう言って笑ったのであった。

 

―――――――

 

――話は冒頭に戻る。

 ある意味、昨日の文に対する詫びと思って今日のピクニックを計画しているイオは、台所にてどんな料理を持っていこうかと思案していると、

「……」

ひょこっと台所の入口の暖簾下から顔をのぞかせたルーミアと、何故か鈴蘭畑に居る筈のメディスン=メランコリーが揃ってこちらを見つめていることに気づき、やや苦笑を浮かべた。

「どうしたんだよ二人して。何かあったの?」

メディスンが此処にいる事に対する質問はせず、イオが穏やかな表情でそう尋ねると、

「ううん、何か珍しいなぁと思ってたの。――イオが休みを取ったの」

「あはは、まぁこの世界に来てから殆ど休みを取らずに働いてたからね。ま、お陰でお金も貯められたし、食事にも不安は出なくなったから偶にはいいかなと思ったんだよ」

行楽用の重箱を取り出しつつ、イオは彼女たちに向ってそう言うと、

「だけど……メディスンが此処に来るとは思わなかったなあ。大丈夫なの?今日のピクニックについてくるの」

と、何故此処にメディスンがいるのかに対する、疑問を呈する。

 その言葉に、彼女は大丈夫、と首を振ると、

「スーさん達と一緒にいられなくても、ある程度は存在が確立されているから。それに、スーさん達からも『楽しんでおいで』と言われているしね」

「なら、いいんだけどねぇ……」

ふむ、と呟きながらイオは再び思考の海に埋没した。

 そんな彼の姿を見ながら、ルーミアとメディスンは楽しそうに会話をしている。

「ねぇねぇ、イオの料理、どんなのが出てくるかな?」

「そうだねぇ……うん、ふんわり甘い卵焼きとか、タコさんウィンナーとか、俵おにぎりとか…………とにかく、美味しいのがいっぱい出てくると思うよ♪」

「……(ジュルリ)」

ウキウキと楽しそうなルーミアに、料理の内容を想像しているのか、涎を垂らしかけているメディスンだった。

 浮かれまくっているルーミア達に苦笑しながらも、イオはようやくにして料理に着手した。

 暫くの間は、包丁の音が途絶えることなく、近くの民家にまで響いているであろう……。

 

――そして、数時間後。

 イオは彼女たちと共に、人里の門前に立っていた。

 今日は行楽日和ともいうべきか、澄んだ青空が遠くにまで広がっていて、春の暖かな日差しが、穏やかに降り注いでいるのを感じられる。

「良く晴れたなぁ、今日は」

「ああ、お陰で門番してると眠くなるがな」

にやり、と笑いながらイオの言葉にそう返したのは、この幻想郷に来て以来、数少ない男の友人たる優吾だった。

 普段は、道場で顔を合わせる事が殆どな彼であったが、こうしてイオが外に出ようとすると、何故か大抵彼が立って門番をしている事が多い。

 その為、そうした時間によく会話を交わす事も当然ながら多かったのである。

「その荷物からするに……お前さん、今日は行楽にでも出るつもりか?」

優吾がそう、イオが左手に持っている大きめの風呂敷包みを指差しながらそう尋ねると、彼は頷き、

「そうだよ。慧音先生から働きすぎだって怒られちゃってさ。偶には休みをしっかりとれ、ってね。そう言う訳だから、今日からちょっとの間、何でも屋を休業中だよ」

まぁ、流石に誰かに助けを求められたら、動くかもしれないけどね。

 そんな事を云うと、動きやすいように作られた片袴の上に着た羽織を引っ張る気配を感じた。

 およ?と思い、後ろを振り返ると、どうやら早く行楽を楽しみたいのか、むくれた様子の二人がそこにいる。

「あはは、ごめんよ二人とも。……ま、そう言う訳だからさ、道場もお休みなんだ。みんなにも伝えておいてくれる?」

「ああ、お安い御用だ。その二人もいるし、お前自身も強いからな……何もないとは思うが、気を付けて楽しんで来い」

「うん、ありがとね。……お待たせ、二人とも。行こっか」

イオは優吾にそう返し、二人に向って声をかけると、トンッと軽やかな音と共に空へ駆けあがっていった。

 其の後を、金髪コンビの人妖が追いかけていく姿を見ながら、優吾はふと振り返る。

 するとそこには、普段であれば寺子屋で授業をしているであろう筈の、慧音が立っていた。

「おや珍しい。慧音先生が此処に来るとは。今日は寺子屋がお休みですかい?」

「そうだな……今日は休みにしてある。正直、イオが休まずに依頼を遂行しようとしていたら説教を噛ましていた所だったが。まぁ、大丈夫なようだな……あの姿からするに」

「ああ、成程。そう言うことで……あはは、アイツも信用されていないですねぇ」

短いつきあいながら、優吾はそれなりにイオの性格を知っているために、笑ってしまう。

 まぁ、人里の人々の依頼を叶えようとして東奔西走している姿を見ているからこそ、慧音も悪戯っぽく笑って言えるのだろうと彼は思い、

「まぁ、アイツも最初の頃はどこかしら焦っていたような気配がしてましたし。其れがどうしたことか、何でも屋を休業してお休みを取るなんて余裕も持つようになれた」

何かしらの出来事があったんでしょうかね?

 そう、優吾がやや門に体を預けるようにしながら、慧音に向ってそう尋ねると、

「ああ、博麗の巫女が昨日から続いているこの現象を利用して、花見の宴会を開いたんだがな。そのちょっと前に、イオがこの幻想郷を担当されている閻魔殿と出会ったようでね……まぁ、詳しい事は聞けなかったんだが」

「へぇ……あの閻魔様が」

幼い頃から幻想郷に住んでいる故に、閻魔の事を知っている優吾は、そう呟いてあの閻魔の姿を思い返し、

「……子供のころから住んでますが……ちょうど子供の時分に、人里の中でいきなり閻魔様に会ったのは本当に吃驚しましたよ。思わず怖くなって泣いちまった事は鮮明に覚えてまさあ。――そんな自分を見ておろおろと困惑されている閻魔様も、ね」

あの心優しくも厳しい閻魔の言葉……どれだけ、あの若き龍人の何でも屋には突き刺さったことだろう。

 今だ絢爛豪華な姿を見せ続ける眼前の花達を眺めながら、優吾がそう思っていると、

「ふむ……そうだったのか。だとすると……恐らくあのことだろうかな」

「おんや?慧音先生はイオがあの閻魔様にあった理由を御存じで?」

「まぁ、推測程度だがな。とはいえ……ふむ」

少しばかり考えるような表情になった慧音は、ふと、優吾が心配そうにのぞきこんでいることに気付いて苦笑すると、

「ああ大丈夫だ、優吾。そんな大したことではないよ。ま、ちょっと考えが頭に浮かんだだけだ。……それじゃ、門番頑張っておくれ」

「ええ……言葉のとおりにしまさあ」

ニッと笑い、優吾は慧音を見送ると、青空を見上げ、

「……ちょいと、気になるな」

そう言ってやや不安そうな表情を浮かべたのであった。

 

―――――――

 

「――よっと」「――それっ」「――っと」

三者三様に掛け声を出しながら着地をする。

 草原が広がり、四季折々の花々が広がる中、イオは眼前にそびえ立つ壮大な山を見上げた。

「……此処が、『妖怪の山』、かぁ……」

「おっきい……」

「ふわぁ……」

思わず感嘆の言葉を呟いてしまえるほどに、雄大で豊かな自然が溢れ返っているその山。

 幻想郷の中においては『太陽の畑』・『無縁塚』に続く危険な場所として知られる(紅魔館は別の意味で危険だが)妖怪の山は、天狗をヒエラルキーの頂点として、数多くの妖怪・そして神々が住んでいる事でも有名だった。

 神としては、人里においては秋の双子の女神が人里に来て己が権能を行使している様子を、イオは去年の秋の時に目撃している事もあり、少しばかりの接点を持っていると言えよう。

 何よりも、この山には友人である射命丸文が住む場所でもあるわけで、親近感を感じていた。

「……よし、じゃあ文を探しに行こうか」

「「おー!!」」

こうして、三人の人妖達が、天狗住まう山へと足を踏み入れていくのであった。

 

――のだが。

 

「――止まれ!!そこの三人組!!」

制止の呼びかけと共に、幾つもの風が今まさに入ろうとしているイオ達をとどめた。

「……およ?」

明らかに警戒している様子のその声に、イオは驚きながらも一応その声に従う。

 彼が立ち止まると同時にルーミア達も立ち止まったその時だった。

「…………見かけぬ者たちだが……この妖怪の山に何用だ。此処が、天狗の縄張りと知っての行動か!?」

明らかに生真面目と見えるきっちりとした天狗。……のような、背中に翼を生やした犬耳少女?に言われ、

「……え、と……友達に会いに来たんだけど、駄目だったかな?」

取り敢えず、イオが代表してそう尋ねると、

「……その友人の名は」

「うん?射命丸文っていう子だけど、知ってる?」

「…………貴方は、もしかして……『人里の龍人』か?」

イオが返した友人の名に、一瞬その眼の前にいる少女が目を細めてから丸くなるに徐々に変化しながら、恐る恐るといったようにイオに訊ねる。

「うん、まぁそう言われちゃいるね。なんせ、こんな体だし」

何やらいつの間にか二つ名らしき物が新しくついていることに苦笑しながらも、イオは袖を捲り上げて、そこかしこにある蒼き龍鱗を示して見せた。

「……どうやら、御本人のようですね。申し訳ない、これも任務の一環な物ですから」

生真面目そうにキリッとしたその少女は、そう告げると構えていた盾や剣(不釣り合いなほどに大きな物だった)を、背中の方に括りつけ、そっと一礼して見せる。

「ふうん?僕の事、一応、天狗の皆さんには知れ渡ってるみたいですね?」

何処となく、故郷の友の一人である近衛騎士になっている女性を思い出しながら、イオは取り敢えず、といったようにそう尋ねた。

 すると、犬耳少女は瞑目してから、

「ええ、射命丸様がよくお話になられている事もありまして。それに、幻想郷内のパワーバランスに変化が起きたとなれば、大天狗様も天魔様も気になさられる案件になりますからね」

「…………会ったばかりでそこまで組織の内情を話していいのですか?」

呆れたようにそう告げたイオだったが、彼女は躊躇うことなく頷くと、

「知られようがどうなろうが、こちらは数で貴方に勝っているので。戦を知っている貴方であれば、数の暴力が如何に恐ろしいものであるか、御存じでしょう?」

「こりゃまた、手厳しいですねぇ。――まぁ、一応一対多の戦いも経験しているので、そうそうやられるつもりもありませんけど?」

ぞくり。

 すみ渡るような青空の下にいる筈なのに、その場にいた全員に揃って寒気が襲いかかる。

 言わずもがな、イオの殺気であるわけだが、これはある意味試しに近い為に、そこまで凶悪な代物ではけしてなかった。

 とはいえ、普段から慣れているだろうルーミアはともかく、初めて感知したメディスンにとっては少々荷が重い。

「……」

思わず口ごもり、そっとルーミアに近づくと彼女のワンピースの裾の端をそっと握りしめた。

 そのまま、穏やかに苦笑しているルーミアと共に、イオを怖々と見守っていると、

「……成程、どうやら言葉だけではないようですね。失礼をいたしました」

すっとその場の雰囲気が柔らかくなり、イオの前にいる少女は何処となく好戦的な光を眼に浮かべながらも、笑ってそう言う。

「フフッ、構いませんよ。……所で、貴女の名前、まだお聞きしていなかったと思うんですが」

「ああ、これは申し訳ありません。――我が名は犬走椛。白狼天狗にして、天狗の哨戒隊長を務めております。以後よしなに」

きっちり四十五度で一礼して告げた少女――椛に、イオは破顔して、

「では、改めまして、僕はイオ=カリスト。此方の二人は、黒のワンピースを着ている方がルーミアで、人形を連れている方が、メディスン=メランコリーと言います」

「そうですか……では、大天狗様の方に行ってから、射命丸様の方に行くことになりますがよろしいでしょうか?」

「およ?どうして大天狗さんの方に?」

単純に射命丸に伝えるだけでいいのではないかと、イオが訝しんでいると、椛は苦笑して、

「まぁ、それはその……ある意味、イオ殿はこちらでは有名人なので……」

「??まあ、別に構いませんけどねぇ。いつも僕の友人が世話になってると思いますし。一度挨拶に来たかったんですよね」

ニコニコと笑いながらそんな事を言うイオに、椛は穏やかに微笑みを浮かべると、

「そうでしたか。ならば、大天狗様もお喜びになると思われます」

――何せ、射命丸様と友人関係を結ばれた事を、殊のほか気にされていましたからね。

「成程ねぇ……」

恐らく、射命丸文自身が年経た鴉天狗である所為もあるかもしれない。多分ではあるが、大天狗と呼ばれている人物は、もしかすると妖怪の山の力関係が変わるかもしれないと考えている可能性があるだろう。

 イオはそんな事を思いながら、

「大丈夫なのかな?僕がこの山に立ち入っても。幾ら友人に会うためとはいえ、入る事を許可されるとは思わなかったんだよね。精々、文を呼んでくれるだけに留まるのかなと思ったからさ」

「それはそうなのですが……それについては通達が哨戒部隊に来ていたので」

「ふぅん……」

何処か、考えるようなそぶりを見せているイオに、椛は後ろを向くとこちらに向って顔を振りむけながら、

「さて、その荷物からするに、射命丸殿と何処かに出掛けられる心算のようですし、私の後をついて来て下さいますか?」

「おっと……お願いしようか。さ、ルーミアもメディも一緒に」

そう、後ろの二人に声をかけると、イオは目の前で翼を広げ飛び立った椛の後を追い、空を駆けあがっていくのであった。

 

―――――――

 

「――おーい、イオー?いるかー?」

『本日より数日間何でも屋をお休みさせて戴きます。御了承下さい』

と書かれた札が貼られている、イオの家の玄関の戸をガンガンと叩く不逞の輩。

 白と黒のモノトーン調で色調を整えている衣服を着たその人物は、幾ら声をかけても叩いても応えが帰ってこないことにやや焦りを生じていた。

「ったく、なんで出て来ねえんだよあいつ。幾ら何でも屋を休んでいるからって、そんなに娯楽はない筈なんだけどな?」

よもや、イオがその少ない娯楽の一つである(しかも下手すれば命の危険に及ぶ)遠足に出かけていることなど知らないその人物――霧雨魔理沙は苛立たしそうに愚痴る。

 と、その彼女の肩を抑える一人の女性がいた。

「落ちつきなさい。取り敢えず、近場で知っていそうな人に声をかけるわよ。差し当たり、慧音が知っているかも知れないし、寺子屋に行ってみましょ」

何やら片手にバスケットを持っているその女性は、青赤白のトリコロールカラーが春の日差しに眩しい、人形遣いのアリス=マーガトロイド。

「……それもそっか。そうと決まったら、とっとと行こうぜ?何せ、イオに訊きたい事が結構あるんだ、何でも屋やってる最中だと、大体忙しそうにしてるから声かけ辛かったけどな。暫く休み取るって言うんだったら、魔法の事、教えてもらおうと思ってんだよ」

「私に目的を話しても意味ないでしょうが。兎に角、慧音は家にいるだろうし、早く行きましょ」

其の方がよほど時間を大切にしているわ。

 人形遣いがそう告げ、フッと魔力で以て空に浮きあがると同時に、魔理沙も合わせて箒に飛び乗ると、一直線に人里最北端にある寺子屋へと飛んで行くのであった。

 

――しばらくして。

 

「……ふぅん、アイツ、いないのか……面倒だわね」

緑の髪に、赤のチェック柄のベストとスカートが目立つ、一人の女性がそう呟いた。

「人里で何でも屋が何日か休むつもりだと聞いて、少し闘わせてもらおうかと思ったけど……削がれたわ、全く」

後で、しっかりと搾り取ってやらないとねぇ……。

物騒な言葉を吐きつつ、その女性は歩み去っていったのだった。

……こうして、イオの休暇となるはずだったこの数日間は、何やら先行きに暗雲がたれ込めていくこととなる。

果たして、イオは安寧の時を過ごす事が出来るのであろうか……?

 

――――――

 

「……こちらが、我ら天狗が住む隠れ里と、相成ります」

「へぇ……此処が、そうなんですか」

山中に聳え立つ、目の前の巨木を見上げ、イオは感嘆の吐息を洩らす。

 樹齢何千年に上るのだろうか、イオが依然能力で以て作りだした樹と同程度の巨大さを誇るその樹の周囲を、何やら回廊らしき物がぐるりと回っているのが樹の色に紛れて見えた。

 通常であればツリーハウスが幾つか回廊状に作られているものだと思うのだろうが、この天狗の隠れ里は、そんな常識をあっさりと破ったのである。

 

――何故ならば、樹の上半身部分の枝やら何やらがバッサリとそぎ落とされていたからだった。

 

言うなれば円柱状に樹を形成させ、その頂点に樹下から見上げる限りではかなりの敷地を誇るこの世界における神社の形がそのまま大きくなったかのような建造物が建てられていたのである。

「……これはまた、かなり奇抜な建物ですねぇ……しかも、見る限り樹はまだ生きているようですし」

青々と茂る、そんな巨大樹木から伸びた幹や葉を眺めながら近くにいる椛に聞かせるようにして呟くと、彼女は笑って、

「ええ、こちらを初めて訪れた方は大体そのように驚かれる事が多いです。とはいえ、何分隠れ里と号している以上、この方が迎撃する際にも都合がよかったりするのですよ」

「ああまあそうでしょうねぇ……言ってみれば、高見からの弓矢などによる攻撃でしょう?昔は幻想郷は無かったとも聞いていますし、人間が容易に入り込めないようにはなっているでしょうねぇ」

かつて、学院での研修旅行の一環として、将来騎士を務めることになるだろう学生らと共に、砦に行った経験もあったため、イオは思い出しながらそう告げた。

 その言葉に椛もやや驚いたように目を丸くさせてから、

「……いやはや、説明する前にされてしまいましたね。ええ、そうです。私が生まれる前のことになりますが、嘗ては政府軍が此処に押し寄せてきた事もあったとか。それも、我らの敵たる陰陽師を引連れてということもあり、妖怪である以上、かなり厳しい戦いだったと」

「まぁ、そう言うこともあるでしょうねぇ」

何せ、人と言う存在は己が持ちうる常識と違う部分があれば、容易く排除しにかかる事もあるのだから、妖怪と言う存在である以上人間との戦いは避けられないものだっただろう。

 とはいえ、阿求の館で調べてみたところでは、それでも人間と交友を結んでいた頃もあったそうだが……まぁ、あまり詮索するようなものでもない。

 故にイオは少し考えるそぶりを見せてから、

「とりあえず、大天狗さんの所にでも案内していただけますか?挨拶をさせていただきたいですし」

「ええ、ご案内いたします。――こちらです」

そう告げると同時にトン、と飛び上がった椛が、一直線に樹上の建物へと向かった。

 其の後を追いかけながら、イオは思う。

(……やれやれ、何だか嫌な予感がするなぁ……)

そう思うのも、以前文の口から聞いた、

『天狗の上層部は頭が固い』

という、不穏な情報を思い出しており、どうにも先行きが怪しくなってきているような気が、ひしひしと感じられた為だった。

 それでなくとも、今まで見た限りでは、人里の男衆を除き凡そ幻想郷の強者としてはほとんど唯一の男性(それも結婚適齢期の範疇)である。

 またぞろ、人里の長老衆のような、人の気持ちも考えない行動に出る輩が出ないとも限らなかった。

(……まぁ、自意識過剰で済んでほしいけどねぇ……)

つらつらと考えながら、イオは彼女の後を追い掛け続ける。

 

――そして、樹上に躍り出た。

 

「……こりゃまた、質量法則無視した造りになってるなぁ……」

目の前に広がる、巨大な邸宅とも言える建造物を見ながら、イオは呆れとも感嘆ともつかない呟きを洩らす。

 其れほどまでに、目の前の建物はかなり規格外だったのだ。

「……あの、何か勘違いされているかも知れませんが、これは全天狗の住まいではけしてないんですよ?」

「こんなに大きいのに?というか、そう言う割にはやたら頑丈にも見えるし、部屋数も多いような気がするんだけど?」

幾らか窓が見えるその建物にイオは呆れたようにそう言ったが、椛は苦笑して、

「いえ、厳密には住まいではないんですよ……これは、我々天狗の仕事先とも言える場所でして……」

「……あー、成程。つまりはお役所みたいな所だと、言うことですか」

妙に常識から外れたような作りであったが、そう言うことだったのかとイオは納得し、ぽんと軽やかに両手を打った。

 その様子に、どうにも調子が狂わされているような気がした椛は、再び苦笑を浮かべると、

「まぁ、此処に常勤している者もいますから、間違いではないんですけどね。因みに、射命丸様は此処に住まわれています」

「へぇ?そっかあ……じゃあ、次に此処に来た時はこの建物に向えば、文に会うことができそうだね」

「ええ……まぁ、射命丸様は大抵記事の内容を確保する為に、それなりに飛びまわられていますから、早々会える可能性は低いと思いますけど」

そういいながら彼女の姿を思い浮かべてでもいるのか、何処となく敬意の込められた言葉を発した椛。

 そのまま、四人してその建造物の入り口付近に降り立つと、フッと何処からともなく二つの影が建物の中から出てきた。

「……止まられよ、犬走哨戒隊長。如何なる御用向きでこられた?」

目尻が鋭さを帯びている、恐らく椛とおなじ白狼天狗と呼ばれる天狗なのか、真っ白の翼を動かしながら、イオ達からして右側にいた若き男性天狗が問いを発する。

 見れば、その手には槍が握られており、足運びに隙が見えにくいことから、それなりに腕の立つ者と知れた。服も、どうやら天狗達の中で使用されているものらしく、首から紐状にして綿の珠のようなものを下げ、白を基調とした質素な出で立ちである。

 もう片方に立っている者も、彼と同じように男性であり、こちらは左腰部分に打刀と脇差二本を括りつけ、いざとなれば襲いかかれるようにか、静かに手が掛けられていた。

 

 声をかけてきた門番と思しきその天狗に、椛は真剣な眼をすると、

「――人里より、『龍人』殿が参られた。大天狗様に御目通りをされた後、ご友人である射命丸様に会いに来られたとのことだ。中に通させて戴こうか」

「む……成程、『龍人』殿が、か……その腕にある鱗からするに御本人であられるか。――相分かった。暫し待たれよ、今大天狗様の所にまで連絡を取る」

「忝い。……イオ殿、申し訳ないが……」

一礼をした後にイオの方を向いてそう申し訳なさそうな声とともにいかけた椛を遮り、

「いや、大丈夫ですよ。元々、それなりに長く休みを取るつもりでいたので。のんびり待たせてもらいますよ。お気遣い、有難うございます」

ニッコリと笑ったイオに、ホッとしたように胸をなでおろした椛は、そのまま門番に目を向けてアイコンタクトを交わす。

 その眼に頷いた門番は、そのまま振り返るとバッと翼を広げて飛び去っていった。

「……さて、と。ルーミア、メディ。疲れていないかい?もし疲れてるようなら、丁度いい具合に木もあるみたいだし、膝枕してあげるよ?」

「大丈夫だよ、イオ。まだ出かけたばかりだし、そんなに疲れていないから」

「私も」

イオの優しさが込められた言葉に、二人は揃って大丈夫だと首を振る。

「そっか。……にしても、ちょっと待つのは退屈だね」

「あ、あはは……本当に申し訳ないです……」

きょろきょろと周りを見渡しながらそう呟いた言葉に反応し、椛がへにょり、と犬耳らしき物をへたれさせて見せた。

 見れば、腰部から伸びている尻尾も、彼女の感情に合わせて同じように萎んでいる。

「……初めて会ったときから気になってたけど、その耳、犬耳なの?」

ルーミアがひょこっと浮かび上がり、椛に近寄るとその頭についている耳をじっくりと凝視し始めた。

「し、失礼な!私は狼ですよ!?」

ぴん!と尻尾も耳も逆立てるようにして椛が怒る。

 いきなりの失礼な発言に驚いた事もあるだろうが、それなりに怒っている彼女の様子にイオは申し訳なさそうに一礼すると、

「申し訳ありません、椛さん。ほら、ルーミアも失礼なこと言ったんだから謝らないと」

「う……その、ご免なさい」

しょぼん、と浮き上がったままの状態で、上目遣いになりながらルーミアは謝った。

 

――とまあ、そんな一幕があったのはさておき。

 

 そうして入口の前で立ちながら待っている五人に、一つの影が降り立った。

「……中に入る許可が下りた。『龍人』殿、犬走哨戒隊長、どうぞこちらへ」

「ふぅむ……やっとか。前もって手紙を出しておけばよかったですかね?」

門番の白狼天狗に言われたイオが、苦笑交じりに椛に向ってそう尋ねると、

「さぁ……どうでしょう。少なくとも、私を始めとして白狼天狗達がいつも見まわっていますからね。恐らくは哨戒部隊の誰かに渡される形となったでしょうが」

「……今度から、そうしましょうか。いちいち待たないと天狗の方々の上層部に会えないとなれば、大事な要件が遅れることにもつながりかねませんし」

少しばかり嘆息するようにして椛にそう告げると同時、イオはルーミア達二人と共に白狼天狗の門番の後をついて行くのであった。

 

――――――

 

――天狗大屋敷内部、大天狗の部屋。

 男二人、茶を前にして己が得物を近くにおき、対峙していた。

 静かな山中にあり、イグサの香引きたつ畳の部屋で――

「……ふふ。よもや、あの『龍人』殿が来られるとは思いもよらなかった」

――部屋の中で、一人、鋭い眼つきと、同じように鋭利さが見受けられる顔立ちをした、見た目は若い男が胡坐で以て座っていた。

 その眼前、紺碧の髪に金色の瞳……そして、蒼の輝きを放つ龍鱗を随所にのぞかせた若者が一人、武装を解除した状態で正座をしている。

 鋭さを感じさせる男の方は、蒼紺の髪を持つ若者が先程出会った白狼天狗達が着ていた服装と異なり、何処となく雅さを感じさせるような漆黒色が際立つ武官束帯に、笏を持ち左脇に一振りの太刀が置かれていた。

 見るからに、雅さと気品を持ち合わせた人物であるかのように思われたが、実のところ若者――イオはじっとりと冷や汗を背中に感じ取っている。

(……はぁ、全く。なんでこんな所で父さんと同じ位の実力持ってる人に会うんだか)

持っている気配と言うか雰囲気が、故郷にいる筈の養父を容易に思い出させる目の前の人妖に、イオは内心呆れながらもそう思った。

 そう思いながらも、彼から言われた言葉には、

「まぁ、以前から射命丸文さんにはお世話になってる事もありますし。大天狗さんにはそろそろ挨拶に向わないといけないと思っていたので。事前に連絡も何もなくて申し訳ないです」

と、申し訳なさそうにして言葉をかえす。

 其れを聞き、目の前の大天狗はほう……と呟きを洩らすと、

「いやいや、聞く限りではどうやら今日は何でも屋を休暇と言う形でお休みしているそうではないか。仕事の休みにこの山に憩いに来られているのだとしたら、別段咎めるような事はせん。寧ろ、儂が会いたいと申し出てもこうして時間を費やして下さる当たり、この幻想郷では珍しいほどに有り難い御仁だ」

「……そこまで言いますか。いやまあ、他の人妖の方だと、色々と柵があるでしょうから仕方ない部分だと言えますけど。僕としては単純に、友人の親戚にお会いしているような気持ちなんですが」

やや苦笑して見せるイオは、確かに少しばかり初見の相手に緊張しているようには見えても、大天狗と言う天狗社会の幹部に会っているという気負いは見当たらなかった。

 かなり肝が据わっていると大天狗は内心驚嘆しつつも、

「ふふ……そのような言葉を、この幻想郷で何人の者が言えることだろうな。だが、まぁ……『龍人』殿だけだろう。其他の人妖なぞ、腹黒い者で一杯だ。鬼の皆様方にしても、萃香様や茨木様などは、かなり智慧が御達者であらせられることも多い。此処まで気持ちがすくような、穏やかになれるような会話は本当に久方ぶりなのだよ」

「……皆さん方がえらく僕に付き纏ってくるのはその所為ですか。……むぅ……」

人づきあいがよすぎるのも考えものかな……と考え、苦笑しているイオに、大天狗はぽん、と手を打つと、

「ふむ、こうして会うた縁もあることだし、少し……飲まぬか?」

くいくいっと指を摘むような形にして、何かを動かすような仕草をした大天狗に、イオは呆れたように笑い、

「そんなことしたら、後で文に怒られるのは僕ですよ?そもそも、今日は文を誘って行楽にでも出ようかと計画しているんですから」

「むぅ……そうか、それは済まんかった。――逢瀬の邪魔をして」

「ぶふっ!!?」

茶を飲もうとしていたイオが、突然の言葉に思わず噴き出す。

 けほけほ、とせき込んでいるイオに、大天狗はさも心配しているような面持と声音で、

「おやおや、大丈夫か『龍人』殿。慌てて飲もうとするからそうなるのだ」

「い、いえ大丈夫です……じゃなくて!!なんで文と行楽に行くだけで逢瀬になるんですか!!?」

言っておきますけど他にも友達やら家族やらいるんですよ!?

慌てまくっている『龍人』に、大天狗は意気消沈して、

「何じゃ詰まらん……あの自由気ままなお転婆娘にも、ようやく春が来たと思うとったのに」

「幾らなんでも其れは失礼過ぎますよ!?」

明らかに弄る気満々な彼に、イオは井桁マークをこめかみに張り付けながらそう突っ込んだ。

 ぷんぷん、と湯気をたてて怒っている彼に、大天狗は大笑いし、

「はぁっはっは!!いやあ済まんのう。『龍人』殿が思いのほか面白うて」

「面白いで弄られたら堪りませんよ、もう……」

傍目からしていたずらに成功した悪がきにしか見えない大天狗に、イオはジト眼になって睨みつける。

「というか、結構イイ性格してますよね?」

「ん?いやぁのう……こりゃ、儂に限った話ではないぞ?そりゃあ、天狗は今でこそこうして真面目ぶっとるがな、天魔様でさえ、お若い時は悪戯をして竜巻を生み出していたと聞いておる。儂なんぞ、まだまだじゃ」

「……悪戯の規模が大きすぎますよそれ……下手すりゃ天災じゃないですか」

何をやっているのやらとイオが頭痛を感じ始めてきた頭を押さえながら突っ込みを入れた。

 そうして男二人、和気藹々と会話を楽しんでいるのであった。

 

――――――

 

――時は少し遡り……天狗大屋敷内、回廊。

 

イオから、『大天狗さんとは僕だけでいいから、文を探してくれない?』と頼まれたルーミアとメディスン、そして犬走椛の三人組。

 こちらはこちらで、『三人寄れば女姦しい』の諺の通りに、楽しそうに喋り合っているように見えた。

「――という感じでねー。ホント、イオの料理は美味しいんだよ!」

「今日はピクニックだって言うし、お昼が楽しみだなぁ~♪」

「……むぅ、聞くからに涎が湧いてきそうですね」

――否、単にイオの料理自慢をしているだけである。

 とはいえ、イオの料理は単純に美味しいだけに留まらない為に、ルーミアやメディスンは半ば公然の秘密となりかけてはいるものの、彼の料理がもたらす効果については何も告げなかったのは、ある意味ファインプレーとも言えるかも知れなかった。

 そうして会話をつづけていくうち、ふとルーミアが真面目な表情になると、

「そういや、このまま歩いているけど、大丈夫―?」

「ええ……この先には、上位の鴉天狗様を始めとして、多くの同僚たちが住んでいる寮がありますので。射命丸文様も、当然のことながら此方に住まわれていますよ」

何せ、新聞の記事を書く際は、此方の寮にある記者室で書かれている事が多いですから。

穏やかに笑みを浮かべた表情で、椛が二人に向ってそう告げる。

 ルーミアがその言葉を聞き、若干呆れたような表情になってから、

「……外から見た時もそうだったけど、本当に大きくて広いよねこの屋敷。どんな技術を使ったの?」

「…………建設当時にいた訳ではないので何とも言えないのですが……この妖怪の山に住む妖怪の一派である、河童によって技術が齎されたんだそうです。何でも、当時は河童たちも天狗の下についていたんだとかで、彼らが好む胡瓜を交換条件にこの屋敷を作るよう要請したと、こちらの方の歴史書には書かれていたと思います」

「……胡瓜?胡瓜ってあの胡瓜?……ちょっと待って、え、胡瓜だけで?」

「ええ…………流石に、これは眉唾かなとも思ったのですが……友人の一人に河童がいまして。その子はやたらと胡瓜を勧めてくるんですよねぇ」

ルーミアが完全に呆れた表情になって訪ねてきた言葉に、椛は遠い眼になってあの時の河童の友人の荒ぶり様を思い出しながら告げた。

「……どれだけ胡瓜好きなのよ。イオが胡瓜料理を作ったらどうなるのかしら……ちょっと見てみたくもなるなぁ、それ」

確か、胡瓜と木耳を使って酢の物こしらえてた記憶があるし。

そんな事を呟くルーミアに、椛はやや吃驚したように眼を丸くし、耳と尻尾をピン!と立たせると、

「……出来る料理の種類、かなり多いんですね『龍人』殿は」

「そりゃ、今のところ幻想郷で唯一『嫁にしたい男性』なんて言われてるくらいだからね。多分だけど、家事だけだったらかなり有能だと思うよ?」

「……その言葉、けしてあの方には言わない方がよろしいかと……」

彼と一緒に住んでいるルーミアの口から飛び出て来た言葉に、椛が苦笑しながらもじっとりと冷や汗を流す。

 どうにも、イオの同居人でありながら彼女たちはイオに遠慮するということをしていないようだった。

(……わりと、苦労人ではないのかあの方は)

この幻想郷に住む人妖達は大抵一癖も二癖も有る様な者ばかりな為、取り敢えず妖怪の山では常識人(妖怪?)な方の椛としては、イオがこれからも色々と巻き込まれそうな宿命を思い、そっと涙を拭いている。

 とまあ、そんな風にして彼女たちは親しくなっていっていると、ふと椛が辺りを見回して、

「おや……そろそろですね。もう直ぐ、射命丸様が現在住まわれているお部屋まで近いですよ」

「やっとかー……結構歩いた気がするなぁ……」

「ふふ、もう少しですからね」

メディスンが疲れたように呟いた言葉を聞き取り、ぴくぴく、と頭の耳を動かしながら椛が微笑んだ。

 

――そして、その足がとある扉の前で止まる。

 

「おぉ?此処が文の部屋なんだ?」

ひょこ、と椛の陰からルーミアが覗き込みながら、彼女に向ってそう尋ねた。

 椛はその言葉に頷き、

「ええ、今いらっしゃるかどうかはさておき……いつも此処で記事を書かれていますよ」

と、鴉天狗と言う身分であるからか、かなり重厚そうな漆塗りの木造の引き戸を指す。

 そのまま、コンコン、とノックをして見せると、

「――射命丸様。御客人が来られていますよ?いらっしゃいますか?」

と声をかけた。

 思いのほか、軽やかに響いたその音に反応したのか、中で何やらごそごそと蠢く気配をルーミアが感じ取ったと同時。

「…………なによぉ、もう……さっきまで記事を書いてたんだから休ませてよ……」

ゴロゴロ、という引き戸の下の部分に滑車を入れているのか、低い回転音が響く中で射命丸が空いた隙間からひょこりと眼だけ見せつつ、眠たそうに椛に抗議した。

 その様子に苦笑しながら、椛は尚も、

「御勤め、ご苦労様です。が、貴方にお会いしたいという方がいらっしゃるので……」

「……一昨日来やがれって追い返して」

椛の陰に誰がいるのか分かっていないのか、そう返してきた射命丸。

 その言葉に、片方の眉根を上げて見せた椛は、

「おや、本当によろしいのですか?」

「かまわないでしょ、もう。大体、私は大天狗様に言って今日の休暇貰ってるんだから。こんな時でもないと、記事が仕上がんないのよ」

「……そうですか……誠に残念ですね」

 

「――今、イオ=カリスト殿が此処に来られているというのに」

 

ガタガタッ!!

若干意地悪そうな笑みを浮かべた椛が、からかうかのようにしてそう告げた一言に、まだ大部分が閉じられた戸の向うから、何かが崩れるような音が響いた。

 数十秒経ち、再びガラガラッと今度は勢いよく引き戸が開かれると、

「いいい、今、椛なんて言ったの……!!?」

と、少しばかり崩れた格好の、白と黒のコントラストの可愛らしい寝間着姿で、射命丸が慌てたように叫ぶ。

「?何を仰りたいのか、よく分かりませんね。御会いなさらないんでしょう?」

白々しく首をかしげて見せた椛が、そう射命丸に尋ねると彼女はぐ……と言葉に詰まってから、

「――ああもう!!行くわよ!ちょっと待ってなさい!!」

「はい、ではお待ちしております」

言葉の後に閉められた扉の向こうへと、椛がイイ笑顔を浮かべながらそう告げた。

 そして、ひょこっとルーミアが影から顔を出すと、

「……文のあんな姿、初めて見た気がするなあ。私達に気づいてる様子もなかったし、結構寝惚けてたんだね」

「ふふ……実のところ、結構噂になっているんですよ射命丸殿とイオ殿の事は。何せ、鴉天狗様達の中でも、射命丸様は断トツに実力が異なりますから。……まぁ、何故かそんな方に見出されて、こうして哨戒隊長としての仕事の他に、あの方の従士をさせていただいていますが」

「ふぅん……じゃ、待ってようか、メディ。音からするに、もうちょいかかりそうだしね」

「うん!もう直ぐお昼になりそうだし、そしたらイオの料理が食べられるね!!」

嬉しそうに笑うルーミアとメディスンに、椛も先程まで浮かべていた悪戯っぽい笑顔から、微笑ましいものを見るかのような笑顔へと変じて、彼女達を眺めているのであった。

 

――――――

 

「……もう、椛?私の下に来てから、妙に性格変わってない?私の気のせいかしら?」

「おや?そうでしょうか……少なくとも、私は変わっていないと思っていますが」

「……全く。自覚ないとか性質が悪いわ」

ぶつぶつと文句を呟いている射命丸に、椛はしれっとしており、ちゃっかりと近くにいたルーミア達に片目ウィンクをして見せた。

――どうやら、真面目な時は真面目だが、偶に悪戯っけを起こす時がある模様。

(……よくやるなぁ……)

内心、呆れたようにしているルーミアに、射命丸は話しかけてきた。

「にしても……イオも休暇を取ったんでしょ?今日はどうしてこっちに来たわけ?」

「んー?行楽に誘いに来たって言ってたよー?皆で何処かに遊びに行こうかなんて計画してたし」

此処に来る時も、凄く大きな重箱を抱えてたしねー。

もうすぐ昼になる事もあってか、嬉しそうな表情でそうのたまうルーミアは、美味しい料理を食べられるとあって、かなり浮かれているようである。

 そんな彼女の言葉に、射命丸もぴくり、と肩を震わせると、

「……イオの料理。なら、早く大天狗様の部屋に向わないとね。正直、不安要素があり過ぎるくらいなのに……とにかく、行くわよ?」

そう言い放つと同時に、足取りも荒くずんずんと先を歩いていった。

「そんな慌てなくてもいいのになぁ……どうせ、イオのことだからお茶を飲んだりしてのんびりしてると思うよ?」

呆れたようなルーミアであったが、椛はそれに苦笑すると、

「仕方ないですよ。何せ、大天狗様は射命丸様が幼い頃からの事を知っている人物の一人ですからね。幼少時の頃の、恥ずかしい思い出などを語られていないか、心配なのでしょう」

「あー……確かに、それは恥ずかしいかも。さっきの椛の様子からするに、何だか天狗達ってどうにも悪戯好きそうな所がちらほら見えるしねぇ」

「……あの天狗さんの小さい頃がちょっと気になる」

ぽつり、とルーミアと椛が語り合っている所に、メディスンは小さくそう呟く。

 その言葉にちょっぴり悪い笑みを浮かべたルーミアが頷いて、

「だねぇ。どういう子ども時代だったのか、すっごく知りたい。イオ、今どんな話しているんだろうなぁ……?」

とイオがもしその事を聞いていたら、後で訊こうと決意するのであった。

 

「――――ふぅ。投了します」

「ほい、儂の勝ちじゃのう。……ふふ、どうであったかな?初の本将棋は」

ぽんぽん、と自身が手にした駒を中に投げては取るという行動を繰り返しながら、楽しそうに大天狗が尋ねる。

 イオが盤上に向けていた顔を彼の方に向けると、そこには悪ガキのようにニヤニヤしている彼の姿があった。

「楽しかったですよ、ホント。結構勉強になりますよねぇこう言うのは」

「そうじゃろそうじゃろ。何せ、昔から戦の時によく使われておったからのう。人と人がぶつかり合い、騎馬と騎馬がせめぎ合う。そんな時代を生きておった儂らにとって、これはかなりの娯楽となったもんじゃ。其の他にもな、囲碁という白黒の二つだけで陣取りをする娯楽もあってのう。今の外の時代は知らんが、この二つが主なものじゃったな」

大天狗がそう、昔を懐かしむような面持でそう告げると、イオは考えるようなそぶりを見せながら、

「……聞くからに、結構苦労されているんですねぇ。僕らの場合、魔法と言う技術がありますから、それを使用した娯楽が結構ありましたから、退屈はしませんでしたよ」

魔力の塊を使って的当てをするゲームなんてのもありましたしね。

 しげしげと手の中にある小さな木製の駒を見つめながら、イオが彼に向ってそう返すと、

「ふむ、成程のう……龍人殿。ひとつ訊かせて戴けるかな?」

と、イオの言葉を聞いていた大天狗がふと、彼に問いを齎す。

「?何でしょう?」

手の中でもてあそんでいた駒を静かに盤上に戻しながら、イオは首をかしげつつ訊ねると、

 

「――お主の世界に、儂が行く事は出来るのじゃろうか?」

 

「――っ。そりゃまたどうしてです?この世界に不満でもあるんですか?」

思わぬ真剣な眼差しと、その言葉にイオは言葉を一瞬詰まらせ、大天狗に慌ててそう尋ね返した。

 すると、大天狗は苦笑をその若々しく見えるその容貌に浮かべ、

「そりゃあのう……確かに、この幻想郷は穏やかな場所じゃ。昔と異なり、血を血で洗うという、物騒な事は少なくなってきておる。――だがしかし、じゃ。平和になる事は当然のことながら、男衆の武による活躍でさえもなくなっていくのと同義なのじゃよ」

「……変ですねそれは。僕は、この世界に来たばかりの頃、レミリアさんや幽香さんと弾幕ごっこではない、決闘をそれなりにやりましたよ?」

不審に思ったイオが、眉をしかめさせながらそう問うと、

「……まぁ、お主の場合はな……そもそも、組織と言うには余りにも小さい。あくまでもお主の力が目立っておるだけであって、同居人であるあの宵闇の少女や、付喪神の人形の少女も其れなりに力はあるとはいえ、所詮は並よりは強いというだけじゃ。だからこそ、お主は自由な身分でいられる」

 

――だが、儂らのように、身分も力もある者はどうなるか?

 

……それは、下手を打てば天狗達の実力を決めつけられてしまうということ。

「……成程。では、別にこの世界を疎んでいるという訳ではないのですね?」

「まぁ、の。女子が戦うことに忌避感を抱いている者もおるじゃろう。あるいは、単純に戦いを好んでいる者もおる。平和になった事を喜んでいる者もおる。――はっきり言ってしまえば、一枚岩ではないのじゃよ」

儂の場合は、武を誇れなくなってきておることに不満を持っているだけじゃがの。

ほっほっほ、と軽やかに笑う大天狗は、しかしながら何処かしら寂しげにも見えた。

 そんな彼にイオはかなり困惑した表情を浮かべると、

「……むぅ。ちょっと、難しいかもしれませんね。一応、僕の親友がこの幻想郷に訪れていた事はご存じなんでしょう?文が多分、そう言う部分を報告していたと思いますし」

でなければ、イオに対して異世界間の移動は可能かなどと聞いてくるはずもない。

 彼の確認に近いその問いに、大天狗は穏やかに笑うと、

「そうじゃな。あのお転婆娘からはよーく聞いておるよ。お主の友が、お主と同程度には実力を有しておることもな。だからこそ、お主の世界で武を誇る事が出来る場所が見つかるんじゃないかと期待しておったんじゃ」

こちらではもう、そうそう期待も出来んしのう。

 そんな事を告げる大天狗に、イオは葛藤の表情を浮かべると、

「……すみません。ちょっとばかり、待って頂けますか?何分、この幻想郷の管理者たる紫さんを差し置いてこの話を進めるのは、かなり気が咎めるので」

「構わんよ。その返事が聞けただけでも、こちらとしては充分じゃ」

何せ、そう返せるということは、異世界間の移動は出来そうに思えるからのう。

くすくすと笑う大天狗に、イオはやや困ったように笑うだけで何も告げなかった。

 ある意味、言質を取られかねないと分かっていたためである。

――と、そこで大天狗とイオがほぼ同時期にぴくり、と体をすくませた。

「……おやおや。あのお転婆が来たようじゃの」

「ですね。……あんなに急がなくてもこの重箱は消えないのにさ」

苦笑を浮かべた二人に聞こえてきたのは、足取りも荒い一つの足音と、それに続くようにやや小走りになっている三つの足音。

 ようやくにして、今日のメインの一人とも言える少女たちがやってきたのであった。

 

 




驚異の一万九千越え。
……読み難くて真に申し訳ないとです。
――でも、指が、止まらないんだ……!!
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