東方剣神録   作:上田幻

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第四章「一夜を明かすは、慧音の家」

 

(――う~ん……言語体系、どうも向うのジルヴァリア大陸と同じみたいだね。少なくとも、霖之助さん、優吾さんは同じだったし)

先程の青年、優吾や香霖堂で出会ったあの店主の事を思いつつ、イオは考えながら人里の中を歩いていた。

 

 アルティメシアという世界の中において、そこでは、実に奇妙な事に此処と同じ一つの言語によって統一されており、彼が住んでいたジルヴァリア大陸から、遠く西に離れたレジデルスト大陸においても、同一の言語であるというから不思議なものである。

 ただ、現在の研究において、彼の世界の言語は遠い昔に誰かが広めたものではないのかという推論が発生しているのであるが、その確証やら何やらは、それこそ神代にまで遡らなければならないほどに、現在の言語に至った事由に対する資料が乏しかった。

 

閑話休題。

 

 そう言う事もあり、ここに来た時はアルティメシア世界のどこかに飛ばされたのだろうと考えていた。

 ただ、そう考えるとルーミアの存在が疑問になって来る。

 背中でのんびりと寝ているこの少女は、カニバリズムといえるほどに、食人に対する抵抗があまりにもなさすぎで、その上、あの世界ではあり得ないほど異質な力で襲い掛かっても来たのだ。

(――なんか、いやな予感するな……)

内心眉を顰めながらも、イオは足を止めることなく道行く人々に、時には驚かれたりもしつつ(イオにしろ、ルーミアのことにしろ)、けーね、と呼ばれているらしい人物が住む所に向っていた。

 

 歩いて行くうちに、そういえば、とイオは再び思考にふける。

(ここの家の壁とか……妙に、泥っぽく見えるんだよな~)

それは、この里の建築技術についてだった。

 

 イオの故郷であるクラム国は、陰陽五行思想から成る五行属性を中心として、その内の金行を除く四属性から派生する十二属性を以て魔法が組み上げられている。

 その十二属性の一つ、土行から派生した岩属性というものがある。

 元々、魔法というのは人が魔物たちに対抗する為に生み出されたようなものなのだが、

時がたつにつれ研究する人々が現れるようになり、今日に至っては建築物の造形などに使われていた。

 岩属性というのはその建築物の造形にあたり、かなり汎用性が高い魔法として、土建屋の人々に愛用されているものなのである。

 とはいえ、流石に建物一個作り出せる人物はそうそうなく、大抵は岩を用いたレンガ状の物体を積み上げる事によって、家が作られていた。

 その建築技術とは別にもう一つあるのだが、これは従来から行われてきた樹木を切り倒してその木材を以て作るやり方だ。

 以上、この二つが主にクラム国、或いは他国においても使用されている建築技術であり、少なくとも今目の前に展開している、土を用いたと思われる物は一切見かけた事がなかった。

 白や赤、茶色など、不思議な材質にも見えるその家々に、正直イオは戸惑っており、

(……んー、どうも、違和感あるなー)

などと思いつつも、それでも今のところはそんなに気にすることでもないだろうと、のんびりとルーミアをおんぶしながら歩き続ける。。

 

 次第に空が青と黒が混ざったかのような色合いになり、また、道行く人々が自然と少なくなっていき、時折明かりであろうか、球体になった紙状の物体を持って歩く姿が見えるようになったころ。

 イオはようやくにしてか、目的の場所にたどり着いたようだった。

(さて、と……どうやらここが寺子屋みたいだけど……多分、僕の国で言う所の学校みたいな所なんだろうな)

今まで見てきた、木造の屋根に白塗りの壁で構成されている建物が少し大きくなったようなその建物を眺め、イオは一人そう思う。

「まあ、そんなことより、早くけーねさんを探さないと。もうすっかり暗くなってきてるし」

ぶつぶつと呟きながら、きょろきょろと探していると、

「――おや、そこにいるのは誰かな?どうも……此処の妖怪には見えないが」

些か堅苦しい口調と若干高めの声をかけられ、イオは思わず、故郷にいる筈の友人である、女性近衛騎士の事を思い出しながらも、

「どうも今晩は。遠藤屋の次男坊の優吾さんという方に、ここを紹介されたもので、旅人のイオ=カリストと申します。――ちなみに、こんな見た目ですが人間なので」

と、振り返りながら誤解を正すとともに、その女性にあいさつした。

 サクサク……と、所々落ちている落ち葉の踏まれる音と共に、

「これはどうも、御叮嚀に。……おっと、確かに人間の方のようだな。勘違いして申し訳なかった」

謝罪の言葉を告げつつ、蝋燭の匂いと共に灯りがこちらにきて、青みがかった銀髪のロングヘアーに、黒く見えるが、恐らく紺色であろう服を着ている。

 不思議な形状をしている帽子を被ったその女性は、丁度目の前の建物のどこかから出てきたばかりの様で、紙の束を腕に抱えながら此方を不思議そうに見ていた。

「ふむ、優吾からの紹介と言っていたな?何か御用かい?」

「ええ……香霖堂の御主人にも教えていただきまして。此処に来れば、帰る方法が分かると言われ「……うぅ?あー……けーねだー……」」

説明の途中を遮り、会話に起こされたのだろうか、イオの背中からひょっこりとルーミアが顔を出す。

 えへへー……と、こちらがほっこりするような笑顔を浮かべている彼女は、どうやら寝ぼけているようで、唐突にとんでもない爆弾を放った。

「――ルーミアねー、この人間に襲い掛かったんだけど、返り討ちにあっちゃったんだー」

「な、ルーミア?――って、返り討ちだと?いったい何の話をしているんだ?」

突然出てきたルーミアに、目を白黒とさせている慧音らしきその人物に、内心厄介な事になったと思いつつもイオは、

「あー……怒らないでやってくれます?どうもお腹を空かせてたみたいで、僕の事を御飯だと思ってたみたいなんですよねー」

「はあ?……いやいや、何か勘違いしていないか?ルーミアは妖怪だぞ?」

イオの発言を頓珍漢だと感じたのか、彼女は眼を丸くしながらそう告げる。

 

「さっきから、妖怪妖怪って……何なんですかそれ。魔物か何かですか?」

 

 そこへ、イオの発言が更にカオスを加速させた。

「魔物……?いったい何の話を……って、もしや君――外来人なのか?」

「がいらいじん?いや、僕はただの旅人で、遺跡を探っていたら黒い大きな穴に突き落とされて……いつの間にやらここに来ていたんですよ」

会話に齟齬をきたしているとは何となく分かったものの、それでもよく分からないままに説明をするイオ。

 

すると、目の前の女性は額に手をやるとともに、

「――どうやら、君は迷い込んだ外来人のようだな……」

と、困惑するイオとねぼけてえへへーと笑っているルーミアを尻目に、深いため息をついたのであった。

 

―――――――

 

「――こんな所だが、どうぞお入り」

「えと……ども、お邪魔いたします」

宵に輝く月が出始めたころ、イオ、そしてルーミアは先程の女性――上白沢慧音――に案内され、彼女の家に厄介になっていた。

 

 どうやらこの家は、寺子屋と呼ばれる先程の建物に隣接する形で建てられたもののようで、すぐ近くの窓らしき薄い紙が貼られた格子から、薄らと月に照らされた学び屋の様子が垣間見える。

 

 居間と思われる、植物らしき物が編まれた床の部屋に案内され、慧音がお茶が持ってくるのを待ってから再び話が始まった。

「――さて、さっきの問いを蒸し返すようだが……君は――外来人だね?」

「……どちらかというと、旅人なんですけどねえ……此処って、そもそもいったい何なんですか?どうも、今までいた所とかなり違っているみたいなんですけど」

足の低いテーブルを挟み、目の前に足を揃えて座っている彼女に、イオは少々行儀が悪い胡坐でそう尋ねる。

 

 ちなみにルーミアはというと、イオの背中からおろされた後に、胡坐の間で旅道具に入れていた毛布を掛けられた状態で、うにゃうにゃと、寝言らしきものを呟きながら眠っている所だった。

 

 そんな彼女の姿にほっこりし、なでながら、

「此処に来る前……古代文明の遺跡を調査していたんです。すごく不思議な建物で、興味を持って調べていたら、いきなり目の前に黒く大きな穴が出来まして。呆気に取られてる内に、誰かに突き飛ばされたんですよ。……で、気付いたら変な森の中に立っていました」

ルーミアとも、そこの森の中で出会ったんです。

 回想しつつそう述懐したイオに、慧音は眼を丸くすると、

「――訊きたいんだが、その穴……眼のようなものが見えなかっただろうか?」

「???いえ、落ちている時でしたからかなり必死で……ただ、妙な色合いの空間だったのは覚えています」

キョトンとして答えたイオに、彼女は深いため息をつくと、

「先ほど、君は此処が何処なのか知りたがっていたな。此処は――幻想郷。おそらく君は……異世界からやってきたんだろう」

「――は、異世界?まさか、本気で言っています?」

「混乱するのも無理はない。――だが、これは純然たる事実だ。君自身の特徴的な容姿、服装。そして、明らかに幻想郷で知られている筈の知識がないこと……此処まで来れば、君が外来人であろう事は分かってしまったよ。……とりあえず、君の事を教えてもらえるだろうか?どうも、今回の事はイレギュラーのように感じられるのでね」

「……まあ、別にかまいませんけど」

かなり長い間をあけ、半信半疑ながらもイオは語りだした。

 

 自身の故郷、アルティメシアとクラム国の事。

 所属しているギルドの事について、そして冒険者の事。

 自身が扱う、人のみに許された魔法という奇跡。そして、極めた剣術という技術。

 家族――友人たちのことなどを。

 

 すべて語り終え、それぞれがそれぞれに疑問や質問を呈するなどを繰り返すうちに、慧音がふと、居間の片隅にあった古めかしい時計が八時を指しているのを見て、すっかり夕食の時間を超過している事に気づき慌てた。

「おっと、やれやれ……もうこんな時間か。すっかり話しこんでしまったな」

「いやー、慧音さんほんとに聞き上手でしたから。楽しかったですよー」

「ははは……それは良かった。所で、今から夕食を作るが、何か食べられない物はあるだろうか?」

「あ、いやいやお手伝いしますよ。せっかく泊めさせて戴けるんですから」

部屋から出ようとしている慧音に、イオは慌てて手伝いを申し出るが、

「いや、いいよ。それに、ルーミアを起こしてしまうだろう?」

柔らかい笑みで押しとどめられ、ちょっぴり笑顔に見とれつつも、

「――それも、そうですねえ……じゃ、待っています」

そっと眼をルーミアに寄せつつ、笑ってそう返す。

 

 直ぐに、彼女が板張りの床を歩いている音が響いた後、料理を作る音が微かながら聞こえてきた。

 静かな空間に少しだけ聞こえてくるその音に耳を澄ましながらも、可愛らしい寝息を立てているルーミアを撫でながら待っているうちに、次第に疲れからか眠気が襲ってくる。

(あ――やばい、寝る……すぅ……)

そのまま彼女の頭を撫でながら、こつんと頭をルーミアの頭の上に乗っけると、眠りこけてしまった。

 

 慧音が、料理の乗った皿と共に戻ってきたときには、すでにイオは眠りのさなかにあり、まるで親鳥が雛をくるみこむような姿に。

 容姿は似ていないが、何処となく兄妹を思わせるようなその様子に、思わずと言ったように慧音がクスリと笑みを漏らすと、

「ほらほら、寝るのは食べた後の方がいいぞ?」

と、二人を起こしにかかるのであった。

 

 そんな彼らを、障子から覗く金色の月の光がやさしく照らす。

 あたかもその姿は、祝福を投げかけているようであったという。

 

 

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