何時の間にか集まってきた他の人妖達とも昼餉を楽しむ中、イオは静かにとある決意を固めていた――。
――ガラガラ。
「失礼いたします、大天狗様。イオが此処に来ていると聞いて参りました」
引き戸が思いきり開かれる音と共に、むっすりとした射命丸の表情がそこに現れた。
「やっほ、文。休みとれたから一緒に遊ぼ?」
おっとりとした様子でイオがそう告げるのにやや苦々しい思いを抱きながらも、大天狗に先に目を向けた射命丸。
すると、そこには好々爺然とした大天狗が、ニコニコと射命丸を微笑ましい様子で眺め見ていた。
「ほっほ。済まんのう、射命丸や。年寄りの話に付き合わせとったんじゃ。心配せずとも余計な事は言っとらんぞ?」
「~~~っ!それが余計ですよ!!」
(やっぱりこのくそ爺とは気が合わない!!)
ニヤニヤと笑みを深めた大天狗に言われ、やや頬を赤らめた状態で射命丸が叫ぶ。
その様子に苦笑しながらイオが、
「ほらほら、大天狗様。流石にそこまでにしておいた方がいいですよ。文、追い詰めちゃうと結構ぷっつんとイっちゃうときもありますし」
「――イオ、後で死刑ね」
「ふぁッ!!?」
眼が笑っていない笑顔で射命丸に言われ、イオは思わず素っ頓狂な声を上げた。
混乱しているイオだが、誰だってそう言うことを言われてしまえば怒るということに気づけていないのだろうか。
ふん、と射命丸は許しを請うているような眼をしているイオを放置し、
「で、とりあえずですがこれで失礼させて戴いても?イオは私に用があるようですし」
「おお、構わんよ。訊きたかったことも聞けたからのう、儂は充分じゃ。それに、この将棋で共に遊ぶことも出来た。それなりに楽しく過ごせたよ」
見た目が若い青年姿でありながら、大天狗はそう言って老人のようにからからと笑ってみせる。
だが、イオには笑いごとではなかった。
「ちょっ!?流石に今の文に連れ去られたら何されるか分からないんですが!?」
「ほっほっほ。そりゃ、自業自得というものじゃよ、若いの。もう少し、女子の扱いと言うものを知るべきじゃ。そうすれば、射命丸も怒らんじゃろう」
まあ、傍から見る分には楽しそうで何より、じゃが。
くすくす、と本当に楽しそうに笑っている大天狗に、射命丸もイオもやや狼狽して、
「――し、失礼します!!」
「あっ、ちょっと待ちなさい!――失礼します!」
どたばたと慌ただしく駆け去っていくのであった。
そんな彼らを苦笑して眺めながら、
「――時に椛や。お主から見て、龍人殿はどう見えた?」
何時の間にか部屋に入り込んでいた椛に向って、大天狗は何処となくうすら寒く感じられるほどの無表情になってそう尋ねる。
それに相対する椛も無表情であり、
「……少なくとも、人格の上ではこの幻想郷には珍しいほどの実直な方かと。義理人情に厚い性格である事だけは確かです。ただ――実力としては破格の者。恐らく、総合力としては天魔様にも通ずるやもしれません」
「ふむ……やはり、そう思うたか。儂も同じじゃよ……あの若いのは、儂らのように永き時を生きる者たちからすれば、恐ろしいほどに隙が見えなかった。全く以て素晴らしすぎるほどに、武に関してはかなりの者じゃろう。――地底に隠れた、鬼の方々が眼をつけなければ良いのじゃがな……」
やや目を心配そうなものへと変えた大天狗の姿は、まるで孫を思いやっている祖父のそれとよく似ていた。
その姿に、直接ではないものの、大天狗を知っている椛はやや目を丸くさせている。
「……ふふ、天狗でもない者に、この大天狗が眼をかけるのがそんなに驚いたかな?」
「い、いえなんでもございませぬ」
慌てたように首を振る椛に、大天狗は楽しそうな笑みを漏らし、
「ふふふ……いいんじゃよ、椛。実のところ、儂はあの若いのが気に入ったんじゃ。あるがままにあって媚び諂いもせず、しかし敬意を以て相手を相手として見てくれるような者は、先代の博麗の巫女を除きおらなんだからのう。くく……天魔様が今おられなかった事は、少しばかり残念じゃったかもしれん」
「……そこまで、申されますか」
「ふむ、天魔様は恐らくではあるが、あの若いのを必ずや気にいるであろう。こうまで心穏やかに過ごせたのはほんに久しかった。射命丸があの龍人殿の前では素直な女子になっておるのもよう分かるというものじゃよ」
静かな笑みを浮かべた大天狗に、椛はやや驚きつつも静かに佇むのであった。
―――――――
「――もう!イオの所為で私までからかわれたじゃない!」
「本当にごめん!!――でもこんなに慌てる必要もないよね!?」
慌ただしい足音を響かせながら、イオと射命丸が揃って天狗の屋敷から出ようと画策している。
其の後を飛んで追いかけながら、
「……はぁ。あの二人、狙ってやってるのかな~?」
「少なくとも、天然じゃないの?何だかそう感じるんだけど」
ルーミアとメディスンが目前を行く二人を見ながら、思い思いにそう呟いた。
ばたばたと足並みをそろえて慌てつつ、どんどん先を行く二人を見れば、確かにそう思うのも無理はないだろう。
とはいえ、彼らは完全に無意識でやっているようで、今の自分たちの様子に気づいている様子は微塵も見当たらなかった。
そんな二人を見てぎょっとして脇に退けていく他の天狗達を尻目に、イオと射命丸はかなり急いでおり……。
結果として彼らはものの十分程度で、天狗屋敷から脱出を遂げていた。
やや息を乱したイオが、そこでやっと止まってくれた射命丸にジト眼を向けながら、
「……此処まで急ぐ必要ってあったっけ?」
「し、仕方ないでしょ!?あのままいたって大天狗様にからかわれ続けるだけなのよ!?」
「どれだけ苦手にしてるんだよ……」
こちらは風を操る天狗である所為もあるのか、一切息を乱さずにそれでいて狼狽しきった様子でイオに言い返している射命丸。
「……で、どうするの、これから。一応僕は予定として妖怪の山の頂上にまで行って、そこで昼食にしようかなんて考えてるんだけど」
「あ……そう言えばもうそんな時間よね。ん、私はそれで構わないけど」
イオの言葉に一瞬目を見開いてから、確認を取るようにしてルーミア達に射命丸は目を向けた。
「大丈夫だよ~。そもそも、行楽に行こうってイオが誘ってくれたんだから。山の上まで行こう?」
ルーミアがいつの間にやら彼らの傍にまで来て、おっとりとした笑顔でそう言い放つ。
その言葉に頷きながら、イオは射命丸に向って、
「それじゃ、行こうか山の上まで。文、案内を頼んでいいかな?」
「まっかせなさい!今日は楽しませてもらうわ!」
どん、と胸を叩いた射命丸が先導となり、一行は妖怪の山頂上へと向かうのであった。
――――――
「――全く。イオは何処に行っちゃったのかしらね?」
「だなぁ。……予め、誰かに伝言頼んどけよ。もう……」
意気消沈した様子で空を飛んでいるのは、人里の寺子屋へと向かっていた筈のアリスと魔理沙だった。
どうやら、目指す目標に向う為の情報に不備があったようで、ふらふらと空を飛んでいるようである。
「……どうする?私、アイツに魔法を教えてもらおうと思ってたんだが」
「まだ諦めるのは早いわ。――考えてみて、イオが休みを取って遊びに行くとして。必ず誘おうとする奴がいるでしょう?」
「……………………あぁ、成程。射命丸の奴に会いに行けばいいって事だな?」
アリスの言葉に、ぽん、と手を打った魔理沙が、納得がいったように声を上げた。
「ええ、そうよ。ルーミアは元からイオの同居人だから一緒にいるでしょうし。実際に家にはいなかった。そうなるとイオの交友関係からして、イオはあの天狗を誘いに絶対行くと思うわ。もし、そこにいなかったとしても、天狗の誰かに話を聞けば済むことだしね」
筋道が立ったその論理に、魔理沙もその気になったのかにやりと笑うと、
「んじゃ、そうするか。そぉいっ!」
ぐん、と勢いよく妖怪の山へと箒の魔力を走らせた。
「あ、ま、待ちなさいよ!?」
思わぬ勢いに、アリスは慌てて自身も魔力をしっかりと循環させると、彼女に追いつかんとして空を駆けて行く。
――既に、イオ達が天狗の里にいないとは、知らぬままに。
……さて、世界変わってこちらはアルティメシア世界最東端国、クラムのルーベンス家邸宅。
とある一室にて、クラム国最高峰の魔法使いと評される、青年が机に突っ伏した状態で眠っていた。
何やら悪夢でも見ているのだろうか……妙に表情が苦痛にゆがんでいる。
「……や、やめろぉ……全精霊励起魔法とかどんだけだぁ……」
何やら寝言らしき物を呟きながら、青年――ラルロスは眠ったまま魘されていた。
とそこへ、コンコン、というノックが響くと同時に、
「――若様。またカルラ様がおいでになられていますが」
「うぅ……ハッ!?」
声をかけられた当人が、ようやくにして目を覚ましたのか、首を振りながら体を起こす。
「……若様?」
答えが返ってこないことに不審を抱いたのか、再びドアの向こうから従者が声をかけてきた。
「あ、ああ……大丈夫だ。それより、どうした?」
「ですから、カルラ様がまたおいでになられていると……」
「……マジかよ」
げんなりと気落ちした様子でラルロスが力なく呟く。
その様子を察したのか、従者が声を低めて、
「……どうされますか、若様。体調が優れぬようでしたらお引き取りをしていただきますが」
「……いや、いい。どうしたって会わなきゃいけねぇんだ。でねえと、カルラの奴絶対に納得しねえだろうよ」
ばさり、と椅子にかけていたローブを手に取り羽織った後、ラルロスは瞑目してから小さく呟いた。
「――済まねえ、イオ。もしかすると……お前の平穏が、無くなっちまうかも知れねえ」
余りに不穏なその言葉に、しかし誰も反応することなく……少しして、部屋の中が空へと移行する。
まるで、元から誰もいなかったかのように……。
――――――
「――いい天気だねえ……花も盛りだし」
「そうねぇ……」
ほふぅ……と、二人して感嘆の吐息を洩らす。
――確かに、彼らの言う通りに今の幻想郷は彩りに溢れていた。
行く先々に生えた樹木には、赤や黄、桃色といった四季折々の花の色が目を引き、地面へと目を向ければ、そこにも草木達のシンフォニーが奏でられている。
下手をすれば色の暴力となりそうなそれは、樹の間から見えている青空によって調和が成されていた。
ふよふよと射命丸が羽ばたきながら滞空し、イオは大気中に透明の地面を作りだすことによって空にありながら、ぼんやりと空を眺める。ここ最近、色々な出来事があった所為もあるのか、射命丸はともかく、イオはかなり気を緩めているようだった。
そんな二人の様子に苦笑しながら、そばを飛んでいたルーミアが話しかける。
「……二人ともー?ボーっとするのはいいけど、そろそろお昼だよ?」
「……あー……ごめん、ぼーっとしてた、うん。行こうか……そろそろ頂上みたいだしね」
目前に見える、樹木が見えないエリアを眺め見やりながら、イオがようやく我に返って射命丸とその他二人組に声をかけた。
「そうね……行きましょ」
「しゅっぱつしんこー!!」
穏やかな笑顔の射命丸と、元気いっぱいのメディスン。
そんな彼女たちをメンバーにしながら、イオはゆっくりとしかし確実に頂上へと向かっていくのだった。
――そして、頂上。
「……こりゃすごい」
眼下に広がる風景に、イオは眼を丸くしてそう呟いた。
春と言うこともあり、人々が田畑に駆り出されている様子が見え、中には牛や馬などを利用して耕しているようだ。残念ながらというべきか、此処からは遥かに遠い為に、薄らと見えるだけであり、声などを期待できるはずもなかったが。
「此処、結構穴場よ?……まあ、椛から聞いた話ではあるけどね」
「へえ……そりゃあいいね。今日は誰も来ないだろうし、貸し切りだ」
くすくす、と嬉しそうに笑い声を洩らしながら、イオは降り立つ所の周りを眺め見やった。
――そこは、樹木に囲まれた小さな広場。
中央にかつては存在していたのだろう……樹の残り跡とも言うべき切り株が、雄大さを感じさせる後を見せつけ、その周りを、少し間を空けてから草達が囲っているのが見えた。
よくよくその草達を見てみると、どうやら巷でクローバーと呼ばれているシロツメクサのようで、白の花が所々で集まりながら咲いているのが判別できる。
長閑な風景とはこう言うものかと思わせる、美しい景色がそこには存在していた。
「……ありがとね、文。お陰でかなりのんびりできそうだよ」
輝くような笑顔と共に文を見たイオは、そこで射命丸が何故かそっぽを向いていることに気づく。
「??どうしたの、文」
「い、いや大丈夫よ、うん!ほら、さっさと行きましょ!」
「おわっ!?ちょ、押さなくてもいいでしょ!?」
背中をいきなり押してきた彼女に、イオは抗議しながらも渋渋と地面に降り立った。
そんな二人に苦笑しながらも、ルーミア達も後を追って地面へと向かう。
――そして、少人数でありながらささやかな宴が開かれるのであった。
……そんな彼らを眺める、一対の眼。
「――おやおや。何やら楽しそうな事をしているねえ……よし、こうしちゃいられない。霊夢も紫も、あの亡霊の御姫さんも皆誘って宴会にしてしまおうじゃないか」
薄く広がりあらゆる場所に偏在するその人妖は、ただ笑って一瞬にして霧散した。
――此処に再び集い来るは幻想の花達。
――されど、美しいだけに留まらず。
――牙向かんとする花もあり。
――そして、何も知らずに宴を続けるは、実力者の一角と見られつつある「龍人剣神」。
――……彼の先行きに、幸いあれ。
――――――
「……どうしてこうなったし」
愕然と、目の前に広がる風景を見てイオは呟く。
さあ、これから食べようという時に、いきなり少女たちが集まってきたからだった。
ご機嫌そうな紫に不機嫌そうな霊夢、そしていつの間にやら冷気を漂わせながら白玉楼の主たる幽々子と従者の妖夢が現れたのを茫然として見ていると、
「おやつれないねえ?休みをとったのなら私らにも言って欲しかったんだけどなあ?」
「……貴方が原因ですか、萃香さん」
やや困惑したような表情になったイオが、すぅ……と近くに萃まってきた萃香を見てそう尋ねる。
その問いに萃香はニヤニヤと笑いながら、
「おおよ。空で薄く広がってたら、何やら山の方で楽しそうな事やってるなと思ってねぇ。コリャ幸いとばかりにちょいと暇そうな皆を集めさせたわけさ。水臭いじゃないか、宴会する事、教えてくんないなんざよぅ」
何処となく責める口調で、イオに突きつける。
「……いや、あの。元々僕の休みなんですから……何処に行こうと、僕の勝手だと思うんですが」
呆れたように笑ったイオが、余りにも身勝手と思えるその言葉にそう返すと、
「ああん?何を言ってるんだい、私を抜きにして勝手に宴会をしている方が悪いんだよ。それによ……お前さんに用があった奴もいたようだぜぃ?」
「え……本当ですか?」
眼をぱちくりとさせた後、頭をカリカリと掻きながら、
「参ったなぁ……一応、書置きと言うか『今日は休む』と言うことをしっかり残していた筈なんですが」
「そりゃあ、普通の依頼人だったらそれだけでいなくなっただろうが……生憎と探してたのはそう言う奴らじゃあないぜ。――人形遣いと白黒だよ」
「……はい?」
思わぬ名前が出てきたことに驚き、イオは再び目をぱちくりとさせた。
「何でまた……」
「ん~?そうさねぇ……あいつ等の会話をちょいと聞いたんだが、どうやら白黒のは魔法を教えてもらいたいみたいだぜぇ?人形遣いの方はちょいと分からんなぁ。木の籠みたいなのは持ってたから、何か差し入れでもしてくれんじゃないかい?」
「……ふぅん」
今までが今までだったために、少しばかり不思議に思えたイオであったが、彼の従者であるゴーレムたちの言葉を思い出し、そう言うこともあるかと納得する。
「……まぁ、いいですけど。此処まで来てしまうともう追い返しも出来ませんし」
「おぉ?そりゃいいこと聞いた♪だったらちょいと摘みになるの、なんか作ってくんないかい?昼になったしねぇ」
「いや、流石に料理道具がない状態でそれは無理ですよ。出来るとしてもかなり大掛かりになっちゃいますし」
「何だい、詰まらないねぇ……なあ、紫よぅ?」
そう言いながら、萃香が近づいてきていた紫に向ってそう声をかけると、
「そうね、萃香。――大丈夫よ、私が境界を操って鍋とか出してあげるから」
「あの、そう自信満々に言われても、竈はどうするんですか?」
「ん?そりゃ私の力で土やら何やら萃めて竈を作るだけさね!ほれ、これで料理が出来ない心配はないだろう?」
「…………相変わらず、強引な事で」
最早、萃香の無茶ぶりというものに慣れつつあるのか、苦笑はしても怒りはしないイオだった。
とそこへ、
「……むぅ」
とやや頬を膨らませている状態の射命丸が、じっとりとした眼つきでイオを見つめていることに気づく。
「御免よ、文。そう言うことだから」
かなり申し訳なさそうな表情のイオに、暫くの間射命丸は脹れっ面のままであったが、溜息を少し吐くと、
「……うぅ~……分かったわよ。その代り、料理は期待していいのね」
仕方なさそうに、だが期待が込められた視線を向けながらイオに問うた。
「ふふ、紫さんが境界を弄って機材やら何やら出してくれるらしいからね。ゴーレムたちも呼ぶし、本気でつくってあげるよ?」
休暇である事もあってか、ややテンションが高めの状態でイオがにやり、と笑いながらそう告げる。
その言葉を聞き、当初此処に来たばかりの霊夢が、不機嫌そうな表情をあっさりとやや嬉しそうなものへと変え、
「だったら凄く期待できそうね。アンタの料理、種類が豊富で結構楽しめるから」
「あらあら、現金ねぇ霊夢。さっきまで不機嫌そうだったのに」
にやにやと笑いながら、隙間から体を乗り出している紫が霊夢をからかうと、ギン!と眼の光が強くなった睨みを霊夢がきかせた。
「うっさい。ぶっ飛ばされたいわけ?」
じゃきっと何時の間にやら用意した封魔針と御札を構えつつ、イオの目の前で紫に詰め寄る。
だが紫は、
「あらあら怖いわねぇ。ゆかりん、泣いちゃうわ♪」
とおどけるばかりで、霊夢の迫力にも怖気ついた様子は見当たらない。
直後、プチッと何かが切れる音と共に霊夢が無表情となり、
「年考えろっての、スキマババァ」
「あ……」
「……」
明らかにNGワードとしか思えないその言葉に、イオは嫌な予感がして思わず下がり、紫はスキマから体を乗り出した状態で無表情になった。
「――いいでしょう、そんなに言うなら弾幕ごっこで蹴りをつけてあげようじゃないの」
「はっ、上等よ。遠慮なくぶっ飛ばしてあげる」
ばばっ、という布が翻る音と共に一気に空へと飛び上がった霊夢。
紫はそのまま隙間の中へと消えると、すぐに飛びあがっていた霊夢の前に出現し、身構えた。
「……あのー、料理冷めちゃいますよー?」
イオが恐る恐るながら、下からそう声をかけるが、彼女たちはすでに弾幕ごっこを始めており、彼の声が聞こえている様子ではない。
「ほっとけほっとけ、あいつ等はあいつらで勝手に決着付けるだろうさ」
ぐびり、と瓢箪の酒を飲みながら萃香が天を仰ぎつつそう告げると、イオも苦笑して、
「……なるだけ、出来たて食べてもらいたいんですけどねぇ……仕方ないか。じゃあ、早速作りますよ」
幸い、すでに用意してくれているみたいですしね。
紫がスキマで移動させたものなのか、色々な機材や材料がそこかしこにあり、その多くは敷かれた布の上に転がされていて、材料は新鮮さを表すかのように水気を帯びていた。
挙句の果てに、本来なら春の食材で十分なはずなのに、何故か秋や夏の野菜まで登場している事には苦笑せざるを得なかったが。
「これ、やり過ぎですよねぇ明らかに」
「な~に言ってんだい、男なら一度決めたことでがたがた言うんじゃないよぅ」
ああん?といちゃもんをつけるような口調で萃香が言うと、イオは諦めが多分に含まれた笑顔を浮かべ、
「……もう、仕方ないですねぇホント」
まあ、言った事はちゃんとやるんで心配はいらないですが。
そんな事を言うと、イオは静かに瞑目して集中し始めた。
おお?と、驚いたような声が聞こえてくるが、イオは構わず魔力を集中し続け……、
――「『召喚』」――
小さく、呟く。
直後、イオから少し離れた目の前で黄緑色に輝く召喚陣が出現し、ゆっくりと回転しながら少しずつスピードを落として止まっていった。
そして、完全に止まったと見えたその瞬間。
――光が溢れ、ずさり、ずさりと其れなりの重量がある物が二つ、降り立つ音が響いた。
「……何だか、妙に演出過剰だねぇ」
「言わないで下さいよそれは……やあ、調子はどうかな二人とも。アルラウネ、フルナ」
光量がやや大きかったせいで眼を瞑っていた一人である萃香にからかわれ、苦笑しつつもイオは目の前に立つ己が従者に向って呼びかける。
『……ふむ、マスター。今日から何日か休むと聞いていたのですが?』
「あはは、その心算だったんだけどねぇ……どうしたわけか僕の休暇を聞きつけて宴会騒ぎになっちゃってさ。仕方ないから一緒にお昼代わりの料理を作ろうと思ってね」
『むぅ……もう少し、断る事をされた方がいいような気がしますが』
無表情のその顔ではあるが、口調でイオが暗にお人好しすぎる事を突っ込むアルラウネ。
「大丈夫だよ、アルラウネ。後できっちりお金取るつもりだから」
「ええ!?ちょっと待って!それ私も入ってる!?」
ひんやりと何処か冷たい口調になったイオが、眼が笑っていない笑顔で言い放った言葉に反応し、射命丸が慌てて立ち上がって叫んだ。
その言葉に思わず笑ってしまい、射命丸に睨まれながら、
「文は別だよ?流石に遊びに誘ったのに、そんな事はしないってば」
「……ああもう、脅かさないでよ……」
へたり、といつも動いている翼をしんなりとさせながら、射命丸は安堵の溜息と共に文句を告げる。
「御免よ、勘違いさせちゃってさ。――という訳なので、皆さん方、たっぷり御代の方は要求しますので悪しからず」
「……結構ちゃっかりしてるわねぇ。まぁ、私としてはイオの料理が食べられるだけでもうれしいから払うわ」
くすくす、と扇子で口元を覆いながら幽々子が笑い、妖夢がそれに呆れたように首を振って、
「幾らなんでもイオさんだけにやらせるつもりはないんですが」
「ふふ、それはちゃーんと、考えているわ。ほら、妖夢?」
「分かっておりますよ、幽々子様。――では、私も手伝います」
きりっとした表情でイオを見つめてくる妖夢に、イオは穏やかに笑いながら頷くと、
「助かります」
「いえ、御気になさらず。イオさんには色々と世話になっていますから」
にこり、と年頃の少女が浮かべるにしてはひどく大人びたそれに内心驚きつつも、イオはいたって何てことなさそうに振舞い、
「じゃ、お願いします」
「ええ」
と、二人して料理し始めた。
少しして、彼の従者であるゴーレムたちも手伝おうと、ガシャリガシャリと音を響かせながら動きだしていく。
何だか妙に手慣れている彼らの姿に、やや射命丸の目つきが剣呑になりかけ、危うい所で首を振って普通の状態に戻るということもあったが、イオ達を遮るものは誰もおらず、どんどん料理が運び込まれることとなった。
その頃には、紫と霊夢の弾幕ごっこも終わっており(因みに紫が勝利していた)、のんびりと酒を飲んで待っている者や、イグサで編まれた茣蓙の上で座り、風に散りゆく花びらを眺めている者もいる。
――彼女たちがやってきたのは、そんな時であった。
「――おいおい、いつの間にこんな所で宴会おっぱじめてんだ?」
男前な口調でそう言ったのは、箒に乗った白黒の魔法使い――霧雨魔理沙。
そんな彼女に同意するように、やや眉をしかめ、
「……変ね。此処、妖怪の山よ?許可貰っているのかしら」
と不審そうに呟いたのは、人形遣いである――アリス=マーガトロイドだった。
二人が不思議そうにしていることに苦笑しつつも、最後の一人が口を開く。
「恐らく、初めはイオ殿が食事をされている所に、皆さん方が寄られたのでしょう。大天狗様は許可されていないと思いますが……多分ですが、射命丸様がおられる事を、『監視している』という理由にして不干渉を決めているのだと推測できます。視てみましたが、周りに私の部下もいないようですしね」
そう、指を建てて推理を述べているのは、白狼天狗哨戒隊長である犬走椛であった。
彼女の告げた言葉に、やや納得がいったような表情を浮かべながらも、アリスがとりあえず、と前置きして、
「下に降りてイオに訊いてみましょ。そうすれば分かるでしょうし」
ふよふよと自身が創りだした人形たちと共に地上に向いながら、アリスが二人の方を見てそう告げる。
おう、ええ、とそれぞれに応える声と共に、彼女たちは妖怪の山頂上へと降り立つのであった。
――――――
「――ありゃ?こっちまで来たんだ二人とも。ごめんね椛さん、案内させちゃって」
近づいてきた三人の少女たちに、イオがそう声をかけると、
「用事があるんだから仕方ないわよ」
「魔法を教えてもらいたかったしな」
「いえ、一応客人と言うことで通してありますので」
とそれぞれの答えを返した。
順番に返されたその答えに、イオはやや苦笑しながら、
「あのさ、二人とも。僕一応休み取ってるって知ってる筈だよね?此処にいる以上、誰かに僕の休みのこと聞いたんだろうからさ」
と料理を続けながらそう突っ込む。
だが、魔理沙はしれっとして、
「どうしても訊きたい事があったんだよ。パチェの奴に訊いても大体自分でイオに訊いてきなさいというばかりでさ。ちっとも教えてくんないでやんの」
と不満そうに頭の上で両手を組みながら、そう告げてきた。
「私は、単純に差し入れよ。こっちの空気読めない子とは違ってね」
「あー!?そう言うかよアリス!」
肩にかけていたバスケットを取り出し、中を見せながらそう告げるアリスに魔理沙が抗議しているが、
「そもそも、僕に何かしてほしいんだったら其れなりの報酬とか出してもらわないといけないというのは分かってるでしょ?アリスはこの間の手打ちにしてほしいってことだろうし、魔理沙が魔法を知りたいって言っても、ちゃんと礼儀を知らなきゃ僕は何もしないし、むしろ魔理沙に対する心情が悪化するだけだよ」
というか、大図書館での負債まだ残ってるんだからね?
やや呆れたような表情になって、厳しめの意見を告げるイオは、確かに公平さそして情状酌量の持ち合わせをちゃんと心がけている。
でなければ、イオが中立の存在たる何でも屋でいられ続ける筈もなかっただろう。
そこの部分に関してイオが譲れないというのは魔理沙にも分かっていることらしく、かなり気まずげな表情だった。
「わ、分かってるぜそれは……むぅ……だ、だったら私の魔法の研究結果を少しだけとかはダメか?」
「――どういうの?」
ジュージュー、と美味しそうな煙を上げているホイコーローを皿に載せながら、イオは油が入らないようにか、やや目を細めつつ魔理沙に鋭く問う。
「う……ま、魔法の森の茸がどういう作用を持ってるのかとかそういうの……」
言いながら自身の魔法研究について自信がないのか、魔理沙の声が尻すぼみになった。
だが、イオは少し考えると、
「ん、だったらちょっとした基本程度は教えてあげられそうだね」
「ほ、本当か!?」
先程のイオの態度からは想像も出来ない好意的な言葉に、魔理沙が目を丸くして叫ぶ。
「まあ......ちゃんと僕の言う通りに対価用意してるからね」
「よ、よかった……断られるかと思って冷や冷やしたぜ」
ホッと一安心している魔理沙に、しかしイオはなおも冷たく、
「まあ、ちゃんと報酬を用意してなかったら教えないよ?」
「……身に染みてるぜ。わかった、ちゃんと用意する」
本気になったイオがどれだけの事を仕出かすのか身をもって知っている彼女は、渋々ながらにそう答えたのだった。
――とまあ、此処までが彼女たちの用事であったが。
「……良かったら食べてく?どうせ、こうなったらもう宴会止まんないし」
「…………いいのか?」
「なーに遠慮してるんだよ。構わないって言ってるんだから、従いなさいな。と、椛さん。良かったらどうぞ召し上がってください」
遠慮している彼女に、今更すぎると突っ込んだイオが椛に向ってそう告げた。
その言葉に一瞬驚いたように目を丸くさせた椛は、すぐにフッと微笑みを浮かべると、
「……ええ。ありがたく頂戴いたします」
と、嬉しそうに答える。
そんな彼女に射命丸が近づいた。
「……大丈夫なの?椛、哨戒の仕事終わっていない筈でしょ?」
やや心配そうなその面持ちに、椛は苦笑すると、
「大丈夫ですよ、射命丸様。私の部下もおりますし、早々侵入などさせませんので」
――能力も、ある事ですしね。
直ぐに、哨戒隊長としての気概が滲んだ不敵な笑顔へと変える。
その表情は、自身が受け持つ部隊を信頼していると、口に出さずともはっきり伝えさせるものであった。
自信がある様子の彼女に、射命丸はややほっとしたような表情に変わると、
「そう……『千里先を見通す程度の能力』持ちの椛が言うのなら、大丈夫そうね。ん~……お、イオの料理そろそろよさそう!」
イオが料理をしている所に近づき、肩越しに覗き込みながらイオに向ってそう言った。
「はいはい、すぐに持って行ってあげるから待ってて。魔理沙達も、ね?」
待ちきれない様子の射命丸に苦笑しながらも、イオはまだ残っていた三人組に向ってそう告げ、再び料理へと集中して行く。
かなり真剣な眼差しをしているイオに、嬉しそうに笑みを浮かべた射命丸がこくん、と頷くとスキップをしそうな勢いで、三人組をどんどん宴の中心へと向かわせた。
「お、おい!?押すなよブンヤ!」
「まぁまぁ。早く一緒に食べましょうって事ですよ!」
ばっさばっさと翼を羽ばたかせながら、射命丸が慌てる魔理沙達に構わずそう告げる。
相当浮かれているのだろう、かなりの満面の笑顔だった。
「ったく……仕方ねえ、付き合ってやるか」
「……そうね……」
呆れたような魔理沙の言葉に、アリスは少し、間を空けながらそう返すが、
(……何時になったらくっつくのやら)
と、内心イオと射命丸の現状に呆れてもいたのである。
(どこの新婚夫婦よ、もう……様になってるのが妙に憎たらしいわね)
ふぅ……と、疲れたような溜息を洩らしながら、アリスは魔理沙と共に宴会が繰り広げられている場所へと向かうのであった。
――――――
「……いい景色ね、本当に」
薄らと目を細めた紫が、敷かれた布の上に足を崩した状態で座りながら、周りで咲き誇っている桜や椿などの色鮮やかな花達を眺めそう呟く。
「ええ、本当に美しいこと。――まぁ、あの西行桜には負けるでしょうけど」
「何で張り合っているのよ……幽々子」
何処となく譲らない雰囲気を醸し出している長年の親友に、紫が扇子で口元を覆いながら苦笑した。
「むぅ……あの桜が咲いたら絶対この世の全ての草花より美しかったでしょうに」
「咲いてはならない理由があるから、そうなったのよ。仕方ないでしょう?」
どうやら、以前の異変を解決された事に薄らながら根に持っている様子を感じ取り、紫は苦笑の度合いを深めながらそう突っ込む。
「あの子に依頼して、能力で解決しようにもそもそものあの桜の存在理由が理由だからねぇ……まず、首を縦には振らないと思うわ」
「……分かっているわ、そんな事」
若干すねたようなその表情も、見た目が少女である所為か妙に映えている幽々子だった。
――そこへ、龍人が通りかかる。
「ふぅ……と、此処、相席してもいいですか?」
一旦料理を追求する声が途絶えたのだろう、やや疲れた様子ながらもその場に立っている彼の姿には、脱力はあれども隙は見当たらない。
若い身空でありながら、そこまで武を極めていることに今更ながら驚嘆しつつも、紫は扇子を下して穏やかな微笑みを浮かべ、
「ええ、どうぞお座りなさいな。こちらにも料理は来ていることだしね」
と言いながら、すす……と、扇子で空いた席を指し示した。
「有難うございます……ふぅ、一段落したし頂きますか」
自身が作った料理達を眺めながら、満足そうな言葉を洩らしたイオはパクパクと料理を食べていく。
「ん、美味し。ああ、やっぱり今日の予定、行楽にしておいて本当に良かった」
満足そうな笑顔と共に呟かれたその一言に、紫は笑みの度合いを深め、
「ふふ……いつも忙しそうに飛びまわっていたのに、今日は珍しかったわね?」
「慧音先生から、たまには休めと言われましたからねぇ。丁度僕がこの世界に来てからというもの、大体半年ぐらい経っている訳ですから。そう言った意味でもたまには休もうかなぁと」
「そう……早いわ……もう、半年経つのね」
しみじみとした表情で、紫が小さく呟いた。
「そうですねぇ……本当に、月日が経つのは早い」
その言葉に同意しながらも、イオはこの世界に来てから怒涛の勢いで過ぎ去っていった出来事を思い返している。
――紅魔館館主、レミリア=スカーレットや、『四季のフラワーマスター』、風見幽香との戦い。
――個性的な面々の人妖達との出会い。
――魂魄妖夢や霧雨魔理沙等の、異変解決者との戦い。
――もう会えないと思っていた、親友との再会もあった。
と、そこまで思い返してきた所でイオは気づく。
(……考えてみれば、僕この世界に来てからずっと戦ってばかりなような気が……むぅ……好戦的な性格の筈はないんだけどなぁ……)
かなり複雑そうな表情を浮かべているイオに、近づいてくる影があった。
「イオだ~……えへへ」
頬が赤い宵闇の妖怪たるルーミアが、へべれけな状態でイオに抱きついてきたのである。
「あーあー、もう、こんなに酔っ払っちゃって。二日酔いになっても知らないよ?」
「妖怪だから大丈夫だもーん……えへへ♪」
甘え声と共にすりすりとイオの背中に頬をこすりつけているその様は、猫が体を擦りつけているようでもあり……些か、スキンシップが激しい妹としかイオには見えなかった。
仕方なさそうに笑っているイオではあるが、その表情は呆れたものであってもどこか温かい。
するり、と背中に回っている彼女を音もなく前に回らせ、イオは座ったまま彼女の頭を静かに撫でていた。
擽ったそうに身を捩った彼女だったが、その撫で方が優しく、そして包み込むような温かさに満ちている為か、次第に瞼を下していき……遂には、寝息を立てて眠ってしまう。
可愛らしいその寝顔に、イオはくすくすと笑って、
「……この世界で、妹とも言えるような存在に出会えたこと……気兼ねなく話しかけてくれる友人達ともも、思いきり喧嘩しあえる人たちとも出会えたことも……多分、僕にとっては幸せなことなんだと思います。少ない時間ではありますが……元の世界にいた頃よりも、この世界に住んでいる今が、ひどく心が穏やかになっているんですよね」
と、傍らで微笑ましそうに見ていた白玉楼の主と幻想郷の管理者に向ってそう告げた。
「ふふ、初めて出会った頃は、焦りばかりが貴方を苛んでいたから……尚更そう思うでしょうね。とはいえ、まだ自分の事を知りたいという気持ちは失われていないようだけど」
「……お気づきでしたか」
苦笑している紫に、イオは苦みが多分に濃い笑みを返す。
「……今回の出来事で、映姫様にお会いしましたけれど……一蹴されてしまいましたからね。正直、諦めきれない思いも確かにあります。――でも、あの方が仰っていた言葉……身に覚えがあり過ぎて、かなりショックだったんですよねえ」
これで、やっと自分の過去の事を知る事が出来ると思った先でしたから。
撫で撫で、と相変わらず胡坐をかいた膝の上に座るルーミアを撫でてあげながら、イオは眼を落としてそう告げた。
「でも、そのすぐ後に霖之助さんと久しぶりに会いまして……彼からはこう言われましたよ。『自分の悩みの解決策は、案外自分が持っているものだ』とね。それ聞いた時、自分の心の中が妙にすっきりしたんです。――解決策はある、だったら、それを求めていけばいい……そう考える事が出来るようになったのは、有り難かったですね」
不意に空を見上げ、今の自分の心境を語るイオ。
その表情は何処か晴れ晴れとしており……どうやら、諦める事はしないまでも、余裕を持つ事が出来た理由がそこにあるようだった。
「ふぅん……じゃあ、もしかして」
何処となく悪戯っぽい笑顔を浮かべた幽々子が、楽しそうにそう言葉をかけると。
「――ええ。何時になるかは分かりませんが……ちょっとは、自分の幸せ......それに結婚に関しても考えてみようかなと」
その瞬間、宴会の騒がしさがかき消えた。
「……な、なんですいきなり」
たじろいだイオが周りの人妖達に向ってそう尋ねるが、彼女たちは一様に黙り込むばかりで答える気配はない。
その代わり……とあるゴーレムが手を上げて発言した。
『それって、結局この世界に定住することでいいんでしょうか?』
「?だから、そう言ってるじゃないかアルラウネ。向うにいる時よりはこっちの方がはるかに落ち付くからね。というか……なんでそう緊張してるの?」
ガッチガチになった状態のアルラウネに、イオは訝しげにそう尋ねたが彼女は答えない。
『……とうとう、このときがやって参りましたか』
というか、妙に感激しているように見えた。……その横で頭痛でも感じているかのようなフルナも見えたが。
――そして、様子がおかしいのはもう一人いた。
「――けけけ結婚って!!?」
慌てまくった表情で、射命丸が眼を見開きながら叫ぶ。
「いや……直ぐという訳じゃないのはさっき言ったよね?」
「そうじゃないわよ!――貴方、もしかしてこっちに好きな人でも出来たの!?」
「……なんでそうなるのさ」
呆れたようにイオがそう言うが、射命丸にとってはかなり重要な問題だった。
――彼女自身が、イオを憎からず思っているわけであるからして。
「あのさ……まだ此処の皆と出会って半年しか経っていないんだよ?全然皆のこと知っている訳じゃないんだから、早々好きな人なんて出来ないよ」
ないない、と手を振りながら、イオが溜息をつきつつ言い返すが、諸君、忘れてはならない事が一つある。
――人を好きになるのはいつだって突然であり、ふとした事で相手への好意に気づくのだから。
だからこそ、射命丸は焦っていた。
「だ、だったらさ!気になる人とかはどうなのよ?それだったらいるでしょう!?」
「?何でそんな必死なんだよ?……それと、今のところ気になる人もいない……かな」
会う人会う人個性的だからどうにも。
射命丸の様子にやや不思議そうではあるが、イオはそれでも律義にそう答えを返す。
だが、当然のことながら射命丸はその言葉にぴきっと青筋を立てると、
「……ちょっと待ちなさい。誰が個性的ですって?」
「え?違った?霊夢は守銭奴だし、魔理沙は本泥棒。アリスは人形マニアで、萃香さんは酔っ払い。幽々子さんは大食いだし、妖夢は真面目すぎる性格で。紫さんは不思議な人だし……藍さんは親ばかでしょ?」
文も文で結構ずうずうしい所あるしさ。
キョトンとしたようにそう告げるイオはいたって純粋な眼差しであり、例に挙げられた人妖達は揃って目を逸らすしかなかった。
何故ならばイオの言葉の内容が大体合っているからである。
悪意以て放たれた言葉であったならば、皆から襲撃を受けていただろうが、イオはあくまでも客観的な言葉で以て告げていた為に逃れられたのだと言えた。
「……ま、まぁいいわ(……もうちょっと自分の性格を改めるべきかしら)。と、それはともかく!」
こほん、と咳払いしながら内心で自戒しつつ、射命丸は改めると、
「じゃあ、結局今の所は誰もいないということでいいわけね?」
「だからそう言ってるじゃないか。というか……何でみんなして人のプライベートに興味津々なんだよ?」
若干ジト眼になったイオが、周りを見渡しながらそう突っ込む。
だが、冷静になった人形遣いの少女が、すこぶる真面目な面持ちになり、
「そりゃあそうよ。だって、この幻想郷で唯一といっていい実力者の若者よ?誰だって動向が気になるでしょ」
「…………映姫様に頼んで、説教してもらおうかな」
アリスの言葉に、かなり長い間黙っていたイオが、今度こそ半眼になってぼそりと呟いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。なんでそうなるのよ?」
「えー……だって、じろじろと見られるの、慣れているとは言っても好きじゃないし。いちいち誰かが僕のこと覗き見てるんだったら犯罪以外の何物でもないでしょ?だったら、映姫様に説教してもらえば、誰でも反省すると思ったんだけど」
割とあっさりと告げるイオだったが、その言葉の悪辣さに皆が戦慄する。
「ほ、本気でやるつもり……?」
「当然。『善意には善意を。悪意にはそれ相応の態度で報う』。これが僕の一応の立場だから」
――何でも屋らしくていいでしょ?
にっこり、と笑いながら告げるイオだが、若干漏れ出ている雰囲気が黒い事に皆は気づいた。
((((何これ怖い))))
戦慄している彼女達をよそにイオはのんびりとした雰囲気に戻ると、再び食事と向き合っていく。
一部衝撃的な言葉が告げられる事はあれど、宴会はこうして続いて行くのであった。
というわけで、イオがこの世界に完全に居住することを決意し、何時かは誰かと結ばれることも願うこととなりました。
今のところ、彼の女性関係における趨勢というのは、それなりに混沌さを増してきているようでもあり……はてさて、誰を見初めることになるのか……それは作者も与り知らぬことである(おぃ