東方剣神録   作:上田幻

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第四十七章「再び来るは異世界に在りし親友」

 

――妖怪の山・山頂でのどんちゃん騒ぎからかなりたった夕暮れ時。

 イオは射命丸と共に、紅くなった夕焼けの光が射しこむ、人里の通りを二人で歩いていた。

 ルーミアとメディスンは、先にイオの家に向って直行しているためにいない。つまりは、こうしていること自体逢瀬を繰り広げているも同然なのだが……イオは至ってのんびりしているだけであり、射命丸だけがややそわそわとしていた。

 イオはそんな彼女の翼が意志に従ってパサパサと動いているのが妙に気になり、ややちらりと見る事もあるが、基本的に今日の夕食の内容をどうしようかと思案中である。

(腸詰は買い置きして凍らせてあるから良いとして……野菜もある、後は……どんなのにしようかなぁ……?)

ふわふわと思考を浮かしながら、イオは何処となくぼんやりとした様子で辺りを見回した。

 次第に夜の帳が下りてくる頃とあってか、人気は疎らだったが、それでも夕刻の食事の匂いや居酒屋から喧騒が聞こえてくる程度には、人里は騒がしい。

「……ねぇ、イオ」

と、ふらふらと視線を彷徨わせているイオに、ようやくにして、射命丸が話しかけてきた。

「ん?……どうしたの?」

「結局休みが休みにならなかったけど……大丈夫なの?」

どうやら、視線を泳がせていたのには二人きりの状態でかつ話題が見つからなかったせいの様だ。

 とはいえ、意を決したような表情であるため、自分の訊きたい事からはそう離れていないようであったが。

「まあ、今日みたいなのはそうそうないし……明日からちゃんと休むよ?大丈夫だってば」

「ホントに?何か、眼を放すと大体厄介事に巻き込まれているような感じなんだけど」

ジト眼でこちらを見つめてくる彼女だったが、それはイオに対して失礼というものであろう。

「失礼な。というか、それは巻き込んでくる方に文句言ってよ。大体、僕から何かした訳でもないのに襲撃かけてくるから困ってるんだよ?」

口先をとがらせながら愚痴る青年は、彼女のようにジト眼になって見返した。

「だったらもう少し気をつけなさいよ。イオ、たまーに人の古傷とか事情に首突っ込んでることあるから」

「……むぅ」

鴉天狗の少女からの真心こもっている忠告に、イオはしかし複雑そうな表情を浮かべるのみ。

 理解を示しているようでもあり、納得していないようでもあるそんな表情に、射命丸は苦笑して、

「まぁ、自分でも分かってるかも知れないからこれ以上は言わないでおいて上げる。……と、そういえば何の話をしてたんだったっけ?」

「ん~……なんか、有耶無耶になっちゃったような気が」

はて?と二人して首をかしげ、すぐに射命丸がポンと両手を打つと、

「そうそう、イオの休みのことに関してだったわね。――明日からの休み、どうする心算?」

「それで悩んでいるんだよねぇ……むぅ。紫さんに頼んで、こっちの外の世界に行ってみるのもいいかなぁと思ってるんだけど」

「…………はぁ?え、本気で言ってるの?」

何でも屋の青年がのほほんとして言いだしたその一言に、射命丸はがくんと口をあけ、まさしく愕然とした様子で訊ねた。

「だってねぇ……今のこの見た目だって、紫さんに普人種と亜人種の境界を弄ってもらってしまえば、普通の人間になれるだろうし。髪も染めれば大丈夫だしさ」

「あのねぇ……普通に考えなさいよ。とっくに幻想種に至ってるんだから、幻想が消えた外の世界じゃ、存在を確立させられないのよ?私達天狗も、神様たちも全部そう。人に認識されない限り……存在は確実に消えてしまうの」

あっけらかんとして言ってのけるイオに、射命丸は呆れかえったような表情で突っ込む。

「んー……じゃあさ、僕の存在の核になってるのって、何だと思ってる?」

だが、イオは何処となく悪戯っぽい笑顔を浮かべ、射命丸にとっては不可解な言葉を発した。

「何が言いたいのよ、イオ」

不審そうな眼つきとなり、射命丸がイオに向ってそう声をかけると、イオは面白そうに笑い、

「あのさ、『元々この世界に根ざしてる君たち』と、『異なる世界から呼ばれた』僕。言いたいこと……分かるかな?」

と、二つの事象を挙げ、射命丸に謎をかける。

 一瞬問いかけられたその内容に眉をしかめた射命丸は、歩きながら考えこむそぶりを見せた後、すっとイオを見つめ、

「……もしかして、元々生まれ出た場所が違う上に、イオを知ってる人もアルティメシアにいるから、存在が消えないとかそういうことを言いたいわけ?」

「当たり。天狗にしろ何にしろ、外の世界において幻想種とされてる神秘は、もう存在しないと思われてるからこそ、存在を確立できない。――でも、僕は?『龍人』になったとはいえ、それは血の中に眠る因子を濃くしたからそうなっただけで、骨子である素体は『人間である』ことは変わっていない。だったら行けるんじゃないかなぁ?」

彼の語った理論。

 その言葉がもたらす衝撃というのは、かなりのものであったと射命丸は後に述懐した。

――それもそうであろう。

 イオの語った理論は、ある意味では筋道が立っており、ある意味では到底詭弁にしか思われないような内容なのだ。

 言ってみれば、『一か八かの可能性に賭けてみる』としか言っていないも同義なのである。

 だが、荒唐無稽であると断じるには、イオの言葉にはかなり説得力が存在していた。

 イオ自身が言っていたように、その体に魔力は存在すれども、射命丸達天狗などの妖怪や幽々子達亡霊等が有している妖力は存在しない事。

 感じられる力の基盤に、人間と同じように霊力を有しているのを感じられる事もある。

――だが、何よりも雄弁に物語っていたのは。

 

彼自身が、形はどうあれ、未だに『人間』という枠から出ていなかったことであろう。

 

「……全く。そんなこと言えるの、イオしかいないわよ?」

完全に呆れかえった表情になった射命丸が、これまた呆れたようにそう告げるが、イオはからからと笑うだけであり、

「そう言うって事は、文も満更間違いでもないと思ってるんでしょ?」

くすくす、と楽しげに笑うイオは、どうにも茶目っ気が溢れている様子であり、その様子からしてからかっているのか、本気で言っているのかの判断がし辛かった。

 とはいえ、幾ら説得力があるとはいっても、あくまでも推測でしかない現状、イオはどうするつもりなのか。

 その部分が気になり、射命丸が口を開いた。

「じゃあ、結局外に行くつもりな訳ね?どうやって行くのよ?」

「そこはまぁ、霊夢に頼んで紫さん呼んでもらって~、で、まだもしかすると外の世界に幻想が残ってるかも知れないなんて言って、理由作るよ」

「おいこら」

明らかに観光する気満々なその台詞に、歩きながら射命丸はジト眼になってイオを睨みつける。

「え?何かおかしい所あった?」

白々しくも首をかしげているイオだったが、射命丸はその眼にきらきらした物が浮かんでいる事を見逃さなかった。

「明らかに違う目的があるでしょそれは」

「えー?でも、こう言う理由づけなら紫さんも納得すると思ったんだけど」

「……あのね、幾らなんでも幻想がほとんど残っていない所にわざわざ行こうとする意味が分からないわ。それに、もし残っていたとしてもあの八雲紫が気づいていないとも思えないしね」

相変わらずジト眼のまま、射命丸はイオが言わなかったその事について言及する。

「そこはまぁ、幻想郷の管理だって忙しいだろうし。こっちの折衝をつけるっていうつもりだよ?」

だがイオは予想していた模様であり、彼の口からすらすらと言葉が紡ぎ出された。

 どうだ、とばかりにドヤ顔を決めてくるイオに、射命丸は何処からともなくハリセンを取り出しスパーン!と突っ込みを入れる。

「自慢げに胸を張るんじゃないの!」

「…………流石に痛いよ、文」

それなりに加減もしないで叩かれたせいか、イオが若干涙目になって射命丸に抗議した。

 その様子をさくっとスルーした彼女は、ともかく、と続けると、

「何があってもおかしくないんだから、絶対に外の世界には行かないように!」

「……はーい」

「返事延ばさない!」

「わかったよ、もう……ちぇっ。行ってみたかったのになぁ」

ぶす、とむくれた表情のイオに、射命丸は眼を尖らせ、

「……これ以上何か言うならスペカ発動するわよ?」

「大人しくしてます、マム!!」

かなり低い声で告げられたその言葉に、イオは先日彼女にふっ飛ばされた記憶が蘇り、思わず直立不動の敬礼で以て誓約する。

……どうやら力関係としては、やや射命丸に軍配が上がっているようだった。

 と、そこでぐったりと体を前のめりにさせると、

「……あ~あ、何しよう?ラルロスに頼まないと帰郷すらできないしなぁ……」

「そんなに暇なの?」

「そりゃあ、普段は依頼とか請けてるからねえ……そこまで暇にならないんだけど。畑を耕すにしたって、食料も今のところそんなに必要じゃないしなぁ」

むぅ……困った。

 眉をしかめた状態でそんな事を呟くイオは、確かに、思いがけず出来たこの休みをどうやら持て余しているようである。

「誰かと鍛錬する事でも、暇はつぶせるんじゃないの?」

先程イオが呟いた、故郷への帰郷を念頭に置いた発言を思い出しながらも、射命丸はいたって何てことなさそうにそう尋ねた。

 だが、イオはその言葉に嫌そうに表情を顰めさせ、

「嫌だよ、休みの時まで戦い続けるなんて。今日の宴会で此処に来てからのこと思い返したら、大体戦ってる事が多かったし。少しは休ませてよもう」

死にかけたこと何度かあったしさぁ……。

死んだような眼になったイオがぶつぶつと文句を呟き始める。

「あ、あはは……ごめん」

流石の射命丸のそんなイオの様子に思うこともあったらしく、やや脂汗を流しながら苦笑を浮かべて謝罪の言葉をかけた。

 じろり、とそんな彼女を見据えたイオが、

「ねぇ、やっぱり外に行っちゃダメ?」

「……悩ましいわねぇ」

正直なところ、射命丸はイオに何かあったら嫌だと思っているがために、イオの行動を止めているのだが、その為に彼が暇を持て余すというのも、彼の精神衛生上良くない為に悩んでしまう。

 

――その時だった。

 

「――ふうん……だったら、こう言うのはどうかしら?」

するり、と音もなく彼の傍に立ち、紫が扇子を用いてイオの顔で遊びながら告げる。

「!?……悪趣味ですよ、紫さん」

いきなり目の前に現れた彼女に、イオは不機嫌な表情になり文句を告げた。

「全く、普段だったら笑って済ませてますけど、今僕は丁度機嫌が悪いところなんです。思わず斬りかかっても可笑しくなかったんですよ?」

「あらあら、だったら私は境界を使って逃げるだけねぇ」

くすくす、と悪そうな笑顔を浮かべた紫が、楽しそうにイオを弄りながらそう返す。

 そんな彼女の様子に、イオは溜息をついてから、

「……で。どのような御用件でしょう?今日の宴会の時、僕は休暇だと申し上げたと思いますが」

相変わらず不機嫌そうな表情のまま、紫を問いただした。

 すると、紫はぱちり、と片目ウィンクを返すと、

「あら、どうしようもなく暇だという声が聞こえたんですもの。だったら、貴方の暇つぶしになるような物を提示してあげるのも優しさというものでしょう?」

「――内容は?」

若干勢いがついたイオの言葉に、射命丸はジト眼を向けて、

「……ねぇ、イオ。今の自分、どんな顔してるか分かる?」

と、きらきらと目を輝かせ始めているその表情に突っ込みを入れる。

 まるで待ち望んでいた玩具を手に入れたかのような彼の表情に、射命丸は若干どきりと胸を高鳴らせつつも、ジト眼で見つめた。

「え?別にいいでしょそんな事。紫さん、何処か甘味処行ってお話しません?」

「……見事なまでに手のひら返しねぇ。ああ、別に構わないわ。このままスキマで貴方の家に行くから」

苦笑しつつも紫はすっと扇子を空に向け、一閃する。

 ぞわり、と空気が変化するのと同時にスキマが開かれ、そのおどろおどろしい中身がさらけ出される前に、イオのいつも眼にしている玄関の戸が見えた。

「それじゃ、行きましょうか」

わくわくしたような光を眼に浮かべているイオが、そう言って真っ先にスキマにもぐり込み。

「やれやれ……全く、あんな顔して……」

何処か呆れた口調のまま、射命丸がちゃっかりとスキマに入り。

「ふふ……まさか、こんな場面に出会えるとはねぇ」

何処か楽しそうな笑顔を浮かべた紫が、最後に入った。

――そして、スキマは消え去り、後には夕方の人里のさざめきが残るのみ。

 

――――――

 

――アルティメシア世界最東端・クラム国内。

 その首都たるリュゼンハイムの、ロイヤルストリート。

 その通りは、その名の通りにこの国きっての貴族の邸宅が並び建っている場所だ。

……故に、王国首都内にあって、その総面積量というのは、一般市民や裕福な中流・上流家庭とは比べ物にならないほどには、かなり広い。

 その首都が地球換算では大体にして約0.86平方kmであり、大体四分の一程度がそのロイヤルストリートの占める割合と聞けば、誰もがその広さに驚嘆することであろう。

 無論、これらの邸宅というのはいわば別宅に数えられており、本邸はそれぞれが持つ領地の中にあるわけなので、あくまでもこれらの邸宅は言ってみれば貴族の威容を誇るためだけに存在する。

 そのような貴族たちの邸宅の中で、一番に栄華と威容を誇っているとある邸宅があった。

 この国の、国王の一族の血筋の流れを汲み、尚且つ、古来よりクラム国の為に随従してきた一族でもある……エルトラム家の邸宅である。

 

――正門より入れば、優雅と絢爛さを見せつけるかのようにして、薔薇の生垣が静かに佇み。

――築かれた邸宅は、有り余るほどに多くの意匠が刻まれ。

――最も眼につく時計塔は、大盤の時計盤という姿を辺りに見せつけていた。

 

満月照らす夜にでも見れば、その姿に一様に感嘆の吐息を洩らす事……疑い無いものだろう。

 

「――で、かなり強引に俺が連れて来られた理由を知りたいんだが?」

 

そんな邸宅の応接室。

 かなり不機嫌な表情を浮かべた銅色の髪を持つ青年が、目の前に座るとある人物に向って訊ねた。

 苛立っている事が分かるほど、足で貧乏ゆすりをしながら。

 だが、その言葉にラルロスの目前に座る人物は、目を眇めて紅茶の味を堪能しつつ、

「相変わらず、いい仕事をしてくれてありがとう。――カーク」

「……ありがたき幸せ」

などと、そばに控える執事と思しき男性と談笑していた。

「あのなあ……さっさと帰らせてもらいたいんだが……カルラ」

「……随分と余裕がありませんね。何をそんなに急ぐのです」

鴉の濡れ羽色とも称せる、艶やかな黒髪に、緑の眼。

 ラルロスの目の前に座る人物は、この世とも思えぬほどの美貌を持つ女性であった。

 すっきりとした卵型の顔立ちと言えばいいのか……ともかく、並いる女性達の中にいても存在感は凄まじいものだと、容易に推測できる美しさである。

 そんな彼女は、ゆったりとした白のドレスを着ていて、美しさが相まって女神のような気品さを醸し出していた。

――だが、ラルロスはけしてその美貌にたじろぐ事はない。

 元より彼女に懸想を抱いていないせいもあるが……そもそも彼女の思いが向く先が、彼の親友なのだからたじろぐ理由がなかった。

「急ぎもするんだよ。こっちに帰ってきてから色々と研究所関係で忙しいんだからよ」

がりがり、と頭を掻きながら、ラルロスは迷惑そうにそう告げる。

 しかし、彼女はそれに動じることなく目を細めると、

「へー……それはそれは、誠に申し訳ございませんでした。魔法を極めるのが楽しいようで」

と、はっきりジト眼と分かるほどの目つきで、ラルロスにあてこすった。

「ああ?そんなの当たり前だろうがよ。世界にはまだ未知の部分が結構あるんだ……突き止めていく分には、別にお前さんに迷惑もかけていないだろうに」

用事はしゃべくり合うだけか?

そう言いながら帰るつもりなのだろう、すっと立ち上がり、応接室のドアへと向かう。

 だが、その目前を、カルラの傍に立ち控えていた執事が遮った。

「……まだ、話の内容さえ言っていませんよ?何を勝手に帰ろうとされているのです?」

「マジかよ、ったく……さっさと話してくれねえか?おれだって暇じゃないんだ」

苛立たしそうな声と共に、再びソファへと座り直すラルロス。

 その様子を見て、何とか溜息を堪えたカルラは、きっと眼つきを鋭くすると、

「――そろそろ、真面目に答えてもらいたいのですが。『疾風剣神』イオ=カリストの――現所在地について」

「あー?だから言ってるだろうが……アイツは旅しているってよ。偶々長くなってるだけだ」

つれなく、しかし内心で溜息をつきながら、ラルロスは至って普通に答えを返した。

 しかし、カルラはそれにたじろがず、すっと目を細めると、

 

「――そう。ならば何故、貴方は“ゴルドーザ大樹海へ向かった”のですか?」

 

明らかに、ラルロスが辿った道程を把握していると思しき発言が飛び出る。

「最後に確認出来た場所がそこだったからな。そっから探してっただけだ」

心配だったからそうしただけで、なんら探られるような腹はないぜ?

 ニヤリ、と笑ってさえ見せるラルロスは、確かに一見してみる限りそうだったように感じられた。

(――だけど、違うわね)

恐らくどころではない……確実に、何かを『知って』いる。

 女の勘にも等しい第六感で、カルラはラルロスを見据えた。

「単純に旅をしているだけだというのなら……何故、イオは帰ってこないのです?」

「まぁな……。ったく、こればかりは言いたくなかったんだがなぁ……。――『自分の種族が何か、掴め掛けてきた』――だそうだ」

「!!?」

ほぼようやくにして明かされたラルロスからのその言葉に、カルラは驚愕で眼を見開く。

「ま、まさか、本当に……?」

「こんなんで嘘つくかよ(まぁ、隠している事はあるが)」

さらっと答えを返して見せるラルロスだったが、続きざまに放たれたカルラの言葉に、困惑した。

「何ということ……これでは、イオが……」

「?おい、そりゃどういう意味だ」

半ば茫然として呟かれたその言葉に、ラルロスは不審に思ってそう尋ねる。

 その言葉に、はっとなって我に返ったカルラが首を振り、

「い、いえ大丈夫です……何でもありません」

「おい、そんな憔悴しきったような面見せられて何でもないだ?ふざけんじゃねえよ」

不機嫌そうな表情になったラルロスがそう言うが、彼女は答えなかった。

「……調べなければならない事が出来ました。お帰り願ってもよいですか?」

「……何をそんなに焦ってる」

奇しくも当初の言葉の主が逆転した状態で、ラルロスとカルラは対峙する。

「ふふ、別に焦ってはおりませんわ」

「いや焦ってるだろ。……何を隠してんだ、てめえ」

「おやこれは異なことを。――貴方も同じでしょうに」

打ち鳴らされるは火花。

 いたって何てことはなさそうな表情をしている彼女に、ラルロスは情報を得ようとするのをあきらめ、

「……そうかよ、ったく。妙な事で時間とられたぜ」

言いながら立ち上がると、彼は真っすぐドアへと向かった。

 今度は執事も止めることなく見送り、ドアを開いて近くにいたメイドたちの一人に向って指示する。

「……お帰りの様だ。お見送りして差し上げろ」

「ああ別に構わん。やる事もあるだろうし、このまま転移魔法で帰らせてもらうわ。――じゃあな、カルラ」

手を振り彼らの挙動を止めたラルロスが、言葉通りに意識を集中させ……魔法陣の光と共にすっとかき消えた。

 その姿を見送った彼女は……きしり、と表情を歪ませ、

「――全く。相変わらずイオの事では本当にやり辛いわ」

言葉が、空中へと消えていく。

――ひと先ずにしろ、今日の対戦はラルロスに軍配は上がったようだった。

 

――――――

 

「――此方の外の世界に行ってきてほしい、ですか?」

「……」

「ええ、私としてもこれは心苦しいのだけれど……是非、貴方に行ってきてほしいの。色々な所を、ね?」

きらきらと目を輝かせているイオと、頭を抱えている射命丸の前で、紫は優雅に微笑んでそう告げた。

「勿論構わな「待ちなさい。色々と突っ込みたいけど、まず何でいきなりそう言うことになったわけ?紫には狐の部下がいるでしょうが」……むぅ」

あっさり答えようとしたイオを遮り、射命丸が尋ねる。

 その眼には不審極まりないとばかりに、鋭い光を帯びていた。

 まるでイオの保護者のようなその佇まいに、紫は内心ニヤニヤとしつつも、表面上は真面目な顔つきになって、

「その通りね。確かに私には藍がいるわ。でもね……流石に、『神様のいる領域にまで』入らせるのはなかなか骨が折れるのよ」

「……もしかして、紫は……」

彼女が告げたその言葉に、射命丸が得心が行ったような表情でそう呟く。

 それに頷いた紫は、

「そうよ?人身でありながら、龍の力を行使する事が出来る人物……それも、妖怪ではないこと。遥かに幻想に近く、そして現実にも染まる事が出来る者はそうはいないわ。霊夢も、魔理沙も人間ではあるけれど……やはり、他の世界を見たことがない為に、不安要素はかなりある。――だけど、イオなら?」

「……性格とかは問題ないでしょうけど、今の姿で行けると思ってるの?」

少しの間の後に、射命丸は捻り出すようにしてイオの現状の問題点を挙げて見せた。

――因みにイオはというと、ちゃぶ台の上に突っ伏していじけているようである。

 射命丸の言葉に、紫はキョトンと首をかしげ、

「あら?イオだったらその点を説明出来てもおかしくない筈よ?」

「……イオ?」

ジト眼を向けられた当の本人が、突っ伏したままの状態で、

「だから言ったでしょー……パチュリーさんに変身の魔道具を作ってもらうのもあるし、今ここで紫さんに頼んで人間と龍人の境界を操ってもらうことで人間に限りなく近くするとかね。髪の方は染めればいいし、眼の方も……大丈夫でしょ」

「いや、それが一番危険でしょ!?イオの場合完全に黄金色なんだから、絶対不審に思われるわよ!?」

「あらあら、それは大丈夫よ。何せ、最近どうしてそうなったのか知らないけれど……カラーコンタクトレンズという、色つきの眼の代わりが出て来ているからね。変装の一種とでも言えば問題ないわ」

ね?と、楽しそうにそう告げる紫に、射命丸はとうとうブチ切れた。

「――今の状態のイオ外の世界に出したら、絶対暴走するでしょうが!」

「酷い!!?」

あんまりな言われように、イオが突っ伏した状態から慌てて体を起こして叫ぶが、

「さっきのイオの様子を思い出させた方がいいのかしらねぇ!!?」

「う……」

ぎらんっ!と目を光らせた射命丸によって萎んで小さくなっていく。

――どうやら、自分が子供のような態度であった事は自覚していたようだった。

 傍からして痴話喧嘩をしているようにも見えるその情景に、紫はほっこりしつつも、

「あらあら、そんなに心配ならついて行ってあげればいいじゃない」

「…………それが出来たら苦労はしないわ。お忘れのようだけど、私は鴉天狗よ?そりゃまあ、普段からして色々と飛びまわっているけど、肝心要の所属はあくまでも『妖怪の山』なの。たかが一鴉天狗が、勝手に動くわけにもいかないわ」

苦々しい思いでそう告げる射命丸は、確かにその表情を歪ませイオと共に行けない事を悔いているようである。

「……んー……だったら、ラルロスにでも頼もうかなぁ」

「――待ちなさい。何でそこでイオの親友の話が出てくるの?」

射命丸が完全に呆れかえった様子で頭を抱えるが、イオはキョトンと首をかしげ、

「あれ?聞いてない?ラルロスこっちの世界とあっちの世界結ぶ転移魔法陣組み上げたの」

そうだ、その事で紫さんに用事があったんだっけ。

そんな事を呟く彼に、真っ白に凍りついた射命丸がようやく口を開いた。

「…………何を言ってるのかさっぱり分からないのだけど」

「ん~?あれ、可笑しいなぁ……少なくとも、紫さんには言ってあるし、その魔法陣が永遠亭にある事も触れてあったはずだけど」

紫に向って不思議そうにそう告げたイオだったが、彼女は苦笑して、

「まぁ、ねぇ……流石に、これは管理者として管理する以外にないから。その魔法陣の外側からはけして入れないようにしてあるし、表だって知っている者には緘口令を敷いているもの」

「あー……そっか。じゃあ誰も知らないわけだ。となるとちょっと不味いかなぁ……大天狗さんにばれたかも」

「「はぁ!!?」」

あっさりとそんな事を口にしたイオに、幻想郷の管理者と清く正しき鴉天狗の記者は揃って驚きの声を上げる。

「一体どうして……って、今朝のこと!?」

「うん、色々と話してるうちにね……紫さん、あの方……『今の幻想郷に否やの気持ちはない。ただ、己が武を示す事が出来ない事が……悔いに残っている』。そんな事を仰ってましたよ」

あっけらかんとして射命丸に答えたイオが、直後に真剣な眼差しとなって紫に向き直った。

「あの方は、色々とご自分の今の境遇に思うことがあるようで……不満はないが、大いに暴れ足りないようでした」

苦笑へと移行したその表情を見ながら、紫は彼の言葉に内心驚きつつも同じように真剣な表情となり、

「……あの大天狗が、本当にそう言ったのね?」

「まあ、茶飲み話の一つとして挙げたんでしょうけれど……身分に囚われた状態であることに些か窮屈そうにされていたのは確かですね」

「……いつも、私のすることに妙にちょっかい出す癖に……!!」

イオの言葉に、紫が黙りこむのと同時。

 射命丸は、余りにも勝手だと思えるその事で怒りの声を上げた。

 しかし、イオは彼女を宥める。

「分からないでもないよ、大天狗さんの気持ちは。それに、妙にちょっかい出すのも、文を孫とか娘の様に思ってるからじゃないのかな?少なくとも、話している間はそう思ったよ?」

ニコニコと笑う彼の様子に、何だか気勢をそがれた射命丸は紫と同じように黙り込む。

 ふぅ……と、用意していた茶を飲みながらイオが開かれた障子の先にある景色を眺めながら

黄昏れていると、

 

「――よーっす。イオはいるかー?」

 

ぶっふぅ!と丁度飲みかけていた茶を吹き出す羽目になった。

「な、ななな、なんでラルロスがいるのさ!!?」

玄関から聞こえてきたラルロスの言葉に、慌てて立ち上がろうとしたイオだったが。

 

「――待・て☆乙女の顔に向って噴き出した事忘れてないかしら?」

「少しばかりお仕置きが必要なようねぇ……?」

 

玄関先へと赴こうとしたイオの両肩を、がっしりと掴む手により阻まれた。

「ひっ!?ご、ごめんなさギャアアァァァ……!!」

「イオ!?どうしたんだおいって…………無茶しやがって……」

ラルロスがイオの悲鳴に驚き、慌てて中に入るまで数秒間。

 彼は眼にした光景にそっと眼を閉じ、後ろを振り返って合掌するのであった。

――ちーん。

 

――――――

 

「うぅ……酷い目にあったよぅ……」

「五月蠅い、自業自得でしょうが」

「……あうぅ」

すっかりボロボロになったイオが、ちゃぶ台に突っ伏した状態で呻く姿をよそに。

 ラルロスと紫は再び相対していた。

「……随分とまあ、久しぶりだな」

「ええ、そうですわね。……要件は?あれからは半年ほど過ぎてはいますが……かなり、来訪するのが早いように思われるのだけど?」

ぱちん、と扇子を開き口元を覆いながら、紫は感情が読めない眼で以てラルロスを見据える。

「そう、だな……一つは警告だ。――イオ、ちょっと言っとく。『カルラが勘づきかけてる』」

「……」

ぴくり、とイオの突っ伏したままの肩が一瞬動いた。

「……どういうことです?」

黙り込んだままの彼に代わり、射命丸がやや困惑したような声を上げる。

「言葉通りだ。向うのアルティメシア世界……その最東端国であるクラム。これが俺達二人の故郷なんだがな……恐らくイオがこれから先も幻想郷に住むと聞いたら、誰よりもそれを阻止するであろう人物だ。年は二十五で俺達と同い年でな、黒の髪……そうだな、射命丸と同じように艶やかな髪を持ってて、緑色の目を持ってる女だ。――そして、何よりもイオを想い焦がれている奴だと言って間違いないだろう」

「……ちょっと待ちなさい。女の子の気持ち、簡単に打ち明けていいわけ?」

「元よりそいつも知ってる。だが、敢えてこっちを選んだ時点で答えを察せれるだろ?」

同じイオに思いを抱いているが故の射命丸の言葉に、ラルロスはしかし素気なく返した。

 その言葉を聞き、射命丸がイオの顔を覗き込むようにしているが、ラルロスは変わらずスル―して、

「で、だ……帰った時から、アイツはおれに付き纏ってばかりいるんだ。――イオの居場所、知らねえかってよ」

「……何も言ってないのに、いきなり来たの?」

イオが、ようやくにして顔を上げ……幾分か沈んだ様子で尋ねる。

 一瞬、その言葉の意味する事が分からなかった射命丸とは別に、ラルロスは溜息をつくと、

「まあ、な。俺と同じように、どうやらお前の動向を探っていたみたいでな……済まん。こればかりは俺にも責任がある。だが、けしてこの世界の事は口にしていないし、お前の事はまだ旅を続けていること、自分の本当の素性について掴みかけている事は言っておいた」

「……あはは。とっくに自分の種族は知ってるし、なっちゃってるんだけど」

乾いたような笑みを見せるイオに、しかしラルロスは畳みかけるようにして告げた。

 

「――ああそれと。マリアに会ったぞ」

 

「っ!?」

びくり、と大きく身を竦ませ、イオは恐怖がないまぜになったような表情でラルロスを見る。

「……なんて、言ってた?」

「……これだけは言っておこう。――泣いてたぞ、アイツ」

「……っ!」

後悔ばかりが、イオを責め苛んだ。

――だが、ラルロスはそんなイオを見て首を振ると、

「ああ、誤解させちまったな。アイツが泣いてたのはお前の所為とは言っちゃいない。……アイツ、お前のこともっと見てあげればよかったって言ってたぞ」

はっとなり、頭を上げるイオ。

 その眼にはっきりと驚愕が、信じられないという思いが現れているのを見てラルロスは苦笑すると、

「ま、アイツもアイツで悩んでたってこった。……良かったな、イオ」

「……うん」

「まぁ、今んとこ言えるのはそれくらいだな……」

そう言って一息つくように、ラルロスが眼の前に用意されていた湯呑を傾けた。

 そこへ、今まで黙っていた射命丸が口を開く。

「……詰まる所、ラルロスさんはイオに報告をしに来たというだけ……ですか」

「ああ、結局そうなるな。今んとこ、勘づき始めているとはいえ、カルラの奴は、三大公爵家の一つであり更には次期当主になる事が決まっている俺を、容易に干渉出来ない。例え、俺が転移魔法陣を使用したことによる、大気中の魔力の変動にアイツが気づき、怪しんでいたとしてもそれは無理だ。そもそも、俺は毎日のように早朝や午後の時間帯に魔法の訓練をしているもんでね、それ程不審がられないというのが一番の理由だ」

「ふむ……傍迷惑な人間が来ないというだけでも安心材料ですねぇ」

かなり皮肉が籠ったその一言に、イオは苦笑しながら、

「う~ん……流石に、その一言はやめてほしいかも。曲がりなりにも、カルラさんは僕の友達だし」

「甘いわよ、イオ。一途な女の子の気持ち、まかり間違っても侮るような事はしちゃダメ。ラルロスさんの言葉からするに、その子、下手したら地獄まで付いて行くわよ?」

「……………なんだろ、凄く否定できないような……」

射命丸の言葉に、イオはかなり複雑そうな表情へと変わった。

……ラルロスから聞いた、カルラ達の自分への想いを考えると、嘗ての学院内での騒動の事も、もしかするとその一因があるかもしれないと考えたからだ。

「あー……済まん、カルラ達。否定できる材料が微塵も見当たらねえ……」

「いや、流石に否定してあげようよ!?」

こればかりは友人として譲れないのか、イオがカルラ達の味方に立つが、

「あら、イオはこの世界で出来た友の言葉に否定するのかしら?」

「う……ちょっと複雑な気持ちになるのでそこを突っ込むのはやめてほしいかなぁと……」

紫に突っ込みを入れられ、複雑な表情を浮かべるイオはあっさりと黙り込んでしまった。

 

閑話休題。

 

「話を戻すわね?……全くイオは……妙な所で変に運を持ってるんだから」

「ん、そりゃどういうこった?」

不思議そうに首をかしげたラルロスに、射命丸はため息を再びつくと、

「どーもこーも……この幻想郷の管理者さんは、イオを外の世界に連れて行きたいのだそうですよ?」

「…………うん、そりゃ止めとけ」

「なんでさ!?」

長い長い間の後に告げられたその言葉に、イオはばん!とちゃぶ台を叩きながらラルロスに詰め寄った。

「あ?忘れたとは言わさねえぞ?お前、学院時代の時、遺跡探検で眼を輝かせてたの、はっきり覚えてるんだからな?」

「……向うでも同じ感じだったのね」

「そんな馬鹿な!僕、そんなに目がきらきらしてたっけ!?」

抗議するイオだったが、ラルロスと射命丸の二人は冷たい目をするだけ。

 その様子にイオが心をおられ、居間の隅で体育座りをするとそのままいじけていった。

「……いいの、あんな様子で」

彼の様子を見て、益々イオを外に行かせられないと思ったのか、射命丸がジト眼になって紫を見据える。

 その対面に座っているラルロスも深く頷き、

「止めとけ。……親友の俺が断言する。あいつ、任務なんざほっぽって遊んでいるうちに、どっかで誰かにとっ捕まっても可笑しくねえ。元々、顔だちも整ってる方だしな。一見すりゃ、かなり童顔の年下の男ってだけで有閑淑女が黙ってねえぞ?」

「……わりと危険じゃないのそれ!?」

ラルロスの言葉に、射命丸がちょっと間をおいてから慌てたように叫んだ。

「……あらあら、忘れてたわ。イオ、女性に対して結構紳士的だから、喰われてもおかしくないかも」

言われて初めてそちら方面での危険性を思い出したのか、紫が若干真剣な目つきになってそう呟く。

その言葉に、流石に聞き逃せないものがあったか、

「ちょっと待って下さいよ!喰われてってなんですか!?」

イオがいじけた状態から慌てたように立ち上がって喚いた。

「あら、文字通りよ?初心なネンネじゃないんだから、分かるでしょう?」

「下ネタじゃねえかよ」

呆れたように頭に手をやりながら首を振るラルロス。

 射命丸はと言うと若干イオと自分がもしそうなったらを妄想してしまい、慌てて首を振っている所だった。

 その様子を横目で眺めて内心可笑しく思いつつも、紫は表面上は真面目な顔になって、

「考えてもみなさい?イオは、元々龍人になる前からかなり顔が整ってるのよ?変装魔法にしても、大体は自分の顔を元にして作成するでしょうから、不細工である事はまず、ないわね。その上でその年ごろにしては低い背をしているし、童顔となれば……女性達が騒ぐ原因になりかねないわ。下手すれば、劇場の俳優や写真集のモデルにさせられても可笑しくないのよ」

「……ありありと想像できるのが分かるな。――という訳だ。イオ?お前、行くの禁止な」

「……むぅ」

顰め面になったイオが呻く。

「ほ~ら、結局こうなったでしょ。行かない方が安全だって。それより……さっきイオが、大天狗様の事で言ってた事がまだ残ってるわ」

「ん、まだ何かあったか?」

射命丸の言葉に、ラルロスが湯呑に茶を注いだ後傾けながら、彼女にそう尋ねると射命丸は静かに頷いて、

「大天狗様が、向こうのアルティメシア世界へと行きたがっているのよ。何でも、こっちじゃ天狗の身分が邪魔して、武を誇れないのが辛いらしいわ」

「……イオ、お前ヘマしたな?」

その言葉を聞き、あっさりイオが原因だと特定したラルロスが、ジト眼でイオを見やった。

「……誠に、面目次第もありませぬ……」

ぐったり、と体を倒しながら謝るイオに、常ののんびりした様子は見当たらず、かなり反省しているようである。

 その様子にラルロスは深いため息をつき、

「ったく……色々と油断しすぎだ。こっち来てから妙に反応が鈍くなってねえか?」

「いや~……流石に、ここ最近平和だからねえ。あっちみたいに殺伐とした空気じゃないから、結構落ちつけるんだよ?」

それでも、偶に命の危険に曝される事もあるけどさ。

あっはっはー、等と軽い笑い声を上げているイオに、射命丸がチョップを入れ、

「笑い事じゃないじゃないの。そんなに暇するんだったら、あの大図書館の魔女の魔法実験の手伝いでもしたらどう?」

「……その手があった!」

ラルロスともためを張れるあの年経た賢者ならば、色々と胸がわくわくするような実験もしていることだろう。

 命の恩人でもある事だし、と此処まで考えた所で、

「――文の新聞記事のお手伝いをしてあげられるかも」

「うぇ!?」

キラキラとした眼で見つめながらそんな事を言ってくれるイオに、射命丸は思わず挙動不審になった。

 その様子に、傍らでゆっくりと茶を嗜んでいたラルロスと紫の二人が揃ってニヤニヤし始める。

「そりゃあいいな。変な事でわざわざ騒いでるよりよっぽど健康的で健全じゃねえか」

「ねぇ、今どんな気持かしら?」

「あああんたたちは黙ってて!!」

顔を赤く染めあげながら、射命丸がラルロス達に向って怒鳴りつけた。

 余程、精神的に余裕がないのか、普段は静かな翼さえも妙に落ちつかなさそうにパサパサと揺れ動いている。

 何をそんなに慌てているのかイオはよく分からなかったが、取り敢えず反応がそんなに悪くないことからして、大丈夫だろうと考え、

「えっと、パチュリーさんの前に山に行ってお手伝いしてあげるね?」

「……本気?言っておくけれど私の記事、そんな大したもんじゃないのよ?」

「まあ、それはいつも読んでる新聞冊子でも分かってるし。とにかく暇をつぶしたいからねえ……自分で探さないと見つからないだろうし」

あっけらかんとして告げる、ニコニコとしたイオの様子に、ようやく自分の中でも折り合いがついたのか、はぁ、とため息をつくと、

「分かったわよ。じゃあ、お願いするわ」

「はい、任されました♪」

そうと決まったら色々と用意しないとねえ。

ぱん、と両手を打ち鳴らし、イオが立ち上がりながらそんな事を呟きつつ、居間から立ち去っていった。

 意気揚々とした彼の様子に、射命丸がやや複雑そうな表情で見送っていると。

「――さて。ひとつ訊こうかしら……ラルロス?『連れて行く事は可能』なの?」

イオが居なくなってからいきなり雰囲気を豹変させた紫が、再び扇子を口元に持って行きつつラルロスに向ってそう尋ねた。

「……あそこまで行けば、声は大丈夫そうだな……可能だ。行き来も出来るようにしてある。――但し、『俺が許可しない限りは』、誰も使用できない仕様にしてあるがな」

「そこは心配しておりませんわ。…………そう、貴方が許可しない限り、ね……充分に抑止力足り得るのかしらね?」

「そこは俺の魔法の腕を信じてくれるとありがたい。何せ、此方ではどうだか知んねえが、あっちの世界じゃ、取り敢えず魔法の腕は一級品ものだって言われてるくらいでな」

にやり、とあくどい笑みを浮かべたラルロスに、紫は眼を細め、

「……確かに、此処までの魔法の腕を持つ者はそういないでしょう。異世界間の転移魔法陣をくみ上げることなど……相応の知識ない限りは、計画すら出来ないでしょうね」

妖怪の賢者としては異例の言葉を紡ぎ出す。

「ははっ、世辞の言葉と思って受取って置くぜ。……話が逸れたな。イオの話に会った大天狗……『俺達の世界に連れて来て』、大丈夫なのか?」

「ふむ…………実のところ、迷っているのよ」

ラルロスが戻した話題に、紫は一瞬瞑目してから、困ったように眉根を下げそう告げた。

「正直なところ、個人的には別に行ってしまっても構わないのだけどね……幻想郷の管理者としては、パワーバランスが崩れてしまわないか、心配なのよ」

――何せ、この世界が出来上がる前から存在し続けている、実力者の一角なのだから。

そう、大天狗は見た目こそ若々しく内面が老人の様相だが、それでも古き妖であり幻想郷の設立に協力した者たちの一人でもあるのだ。

 心の何処かで、自分たちが縛られている現状に苦々しく思っていたとしても、八雲紫という大妖が提案した、『神秘が生き延びられる幻想の里を創り上げること』に賛同したのは間違いないわけであり……協同者が一人いなくなるだけでも、困ったことになりかねなかった。

「天狗の末端の者たち……それらが暴走しないかどうかが気になるわ。元々、あの男は部下からも慕われていたからね。トップである天魔ともよく酒を酌み交わしている様子を見られている事からしても、天狗達にとってなくてはならない存在だと断言できる」

「……」

「それが一身上の都合でいなくなるなんて事になれば、どうしたって痛くもない腹を探られる羽目になるのは避けられないわ。――例え、トップである天魔が許していたとしても、ね」

「……どう考えても不味い以外の何物でもないのに、大天狗様は一体何を考えて……」

苦々しい表情で、紫の言葉にそう呟いた射命丸に、ラルロスは静かに瞑目してから、

 

「――結局、どうする心算だ?アイツはどうにも、持前の性格だけで大天狗とやらと仲良くなったみてえだが。お前さんだと警戒されかねないだろ?」

 

改めて、紫に向けて突きつけた。

「…………保留にさせてもらうわ。明日、大天狗に出会って、後任の選出も含めた話もして来る。その結果がどうなるのかは……流石に、明日でないと分からないわね」

「……」

「そうか……ん、なら特に何も言うことはねえな。煩わしい話題はこれでいいのか?」

何てことのなさそうに、ラルロスが二人に向って問う。

 二人がその言葉にうなずいたと同時に、台所の奥からひょこっと暖簾をかき分けたイオが顔を見せ、

「――終わった?なら夕食にしない?」

話が終わったと見てとった彼がそう尋ねると、三人はそれぞれ嬉しそうに笑って頷いたのであった。

 

――――――

 

……夕食を終えた四人が、それぞれ居間でのんびりと時をすごしている時である。

「むぅ……」

「……ふふ」

暇をつぶそうとでもしたのか、イオと紫が卓上で何やら盤上遊戯をしていた。

 かた……かた……と間を空けながら置かれる駒の音を聞きつつ、イオは眉をしかめている。

 対する紫の方は、そんな彼の様子に楽しそうな笑みを浮かべながら、相手をしていた。

「……あー、駄目だこれ。負けた……」

と、少ししてから、イオがぐたーっと盤上の邪魔にならないような位置に頭を傾け、疲れたような声を醸し出す。

 あまりにあっさりとしたその声に、紫はくすくすと笑うと、

「伊達に、ながいこと戦略をやっていたわけではないからねぇ。ああ、楽しかった♪」

と勝者の余裕たっぷりに、そんな事をのたまった。

「うぅー……強過ぎですよぅ。何をどうすればそんなに出来るんです?」

むっすりとした表情で、イオが紫に向って問い質すが、彼女はコロコロと笑うばかりで全く相手にしてくれる様子がない。

 そんな彼に、射命丸が隣で彼の肩をつんつんと突きながら、

「妙にぐったりしてるけど、大丈夫なの?明日に差し支えたりはしない?」

「単純に頭使い過ぎただけだから大丈夫だよー。……ねぇ、擽ったいからそれ止めて?」

「やーよ。こうしてるの何か楽しいし」

「……むぅ」

言葉の通りに楽しそうな彼女の口調に、イオはややむっとした様子だったが、すぐに肩を竦めてやり過ごす事にした。

彼女の、好きな様にさせて上げたかったのもある。まあ、止めるのが面倒になったのも少しはあるが。

「……これ以上にないくらい、いちゃつきまくってんなお前ら」

呆れた表情で首を振りながら、ラルロスが二人に向ってそう突っ込んだが、イオはそんな彼の言葉に、逆に呆れたような表情を浮かべて、

「何処をどうみたらいちゃついてるように見えるのさ?単にちょっかいかけられてるだけなのに」

「……いや、今のお前らの様子見たら誰だってそう思うからな?」

額に手をやりながら、ラルロスが処置なしとばかりに首を振り、疲れたような声で突っ込み返した。

 その言葉に、若干赤面している者がいるが意識的にラルロスは見なかったことにして、

「というかだ、変わり過ぎだ。幾らなんでも、ここまでのんびりしてる姿そうないだろ?」

と、未だにぐったりと机に突っ伏しているイオに尋ねる。

「んー……異変もないしねー。休暇にしてるから、どうしたって忙しくならないし。……ふわぁ……ん」

ねむねむ、と欠伸を洩らしながらそう呟く眠たそうなイオの様子に、ラルロスはだめだこりゃと頭を抱えた後、

「……ちょいとこりゃ、修正してやらんとダメか?」

「……スー……」

「あれ、寝ちゃった……」(つんつん)

疲れたような彼の言葉をきくことなく、イオは速やかに眠りに就いていくのだった。

 

 




のんびりしているイオの下に現れたラルロス。
彼によって齎された情報について懸念を抱きつつも、イオは取りあえず休暇を楽しむことに全力を尽くそうとするのであった。
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