飯テロ注意報発令!飯テロ注意報発令!
――聞こう。胃袋の準備は大丈夫か?
イオが就寝し、紫とラルロスがそれぞれ世話になったと告げて去ってから一夜明け。
射命丸はぱちり、とイオの自室とは別の、ルーミアの部屋で眼を覚ました。
「……うぇ?」
その気配を感じたのか、隣で寝ていたルーミアも眼を覚まし、寝ぼけ声を発する。
慌てて射命丸が体を起こし、ルーミアに向うと、
「す、すみません、ルーミアさん。お部屋お借りしちゃって」
と土下座せんばかりに頭を深々と下げた。
「……うー。うん、大丈夫。でもさ、天狗が頭下げちゃっていいの?こんなことで」
と首を振って眠気を追い出したルーミアが、朝から何をしているのとばかりに呆れたような微笑みを浮かべ、そう突っ込む。
その言葉に対し、射命丸はえへへ……と照れ臭そうに笑うと、
「いやー、イオ見ていると、そういう社会的身分だとかどうでもよくなってくるんですよねぇ。今までもそうだったんですけど」
「……それ、笑って言う事じゃない気がするけどなあ」
ジト眼になったルーミアが、呆れの色を濃くした声音でそう突っ込んだ所で。
「――二人とも、起きてるかい?」
暖かな彼の声が、二人の耳朶を柔らかく叩いた。
その声に、二人は何故か妙に可笑しくなったのを感じ取り、眼を合わせて笑みを交わすと、元気よく返事を返すのであった。
――――――
――朝食(因みに、簡素ではあるがスクランブルエッグを中心とした洋食である)を食べ、イオと射命丸は少しばかり身嗜みを整えたあと、二人して幻想郷の空をゆっくりと駆ける。
昨日に引き続き、幻想郷の空は青々とその澄んだ色を広げ、春が来たことを大いに祝っている気配を何処となく感じた。
加えて、恐らくこの春の間はずっと続くであろう花達の風景が、これでもかとばかりに咲き誇っている為に、浮かれてしまいそうな思いさえする。
「……いやほんと、いい天気だよねぇ……」
五月病にでもなっているのか、空を駆けながら妙にぼんやりしたような表情のイオに、射命丸は苦笑して、
「ほらほら、昨日あれだけ言ってくれたんだから、少しはしゃっきりしなさい。私のライバルにも会わせたいんだから、そんなぐったりしていると困るわよ」
「んー……ん、そうだね」
彼女に告げられた言葉に、イオはそれもそうだと頷くと、ぐっと眉間に力をこめてからゆっくりと眼を見開いた。
「うん、ちょっとはましになったかな。妙にぐったりするんだよねぇ……ここ最近」
困ったような笑顔を浮かべた彼が、射命丸に向ってそう話しかける。
「……今までが今までだったからかしらね」
その言葉に、射命丸がこくこくと頷きながら言葉を返した。
その、さもありなんという感情が見える表情を見つめ返しながら、
「だよねぇ……色々と張り詰めてたの、切れちゃった気分かな。――それよりも文?その、ライバルとかいってたけど……?」
と、相変わらず困ったような笑顔を浮かべつつ、射命丸に向って首を傾げながら尋ねる。
すると、彼女はその言葉に一瞬言葉を詰まらせてから、
「あー……うん。天狗としての能力は、私と同じ位なんだけどねぇ……どちらかといえば、事務向きではあるわね」
「ふーん……文と同じ位の年数生きてるなら、相当出来そうな気がするねぇ?」
きらん☆と眼を煌かせ、やや好奇心が勝ったような眼をするイオに、射命丸はしかしジト眼を向け、
「……それ、もしかしなくても私が年増だとでも言いたいわけ?」
「……へ?なんでそうなるのさ?というか、見た目変わってないんだし、別に心まで年をとっているわけじゃないでしょ?」
大天狗さんはともかくとしてもさ。
微妙な女心を察しきれていないイオが、やれやれといったように首を振った。
その事に気づいた射命丸が、むぅ……と、顰め面をしてみせたところで。
「――これはこれは。文様にイオ殿ではございませんか。おはようございます」
涼しげな声と共に、哨戒隊長である犬走椛がふわり、とイオと射命丸の目前に現れた。
「あら、椛じゃない。ご苦労様」
「お疲れ様です、椛さん」
続けざまの彼らの言葉に、何処となく面映ゆそうにしながらも、椛は一礼して射命丸に向って問いを発する。
「本日はどのような用件で、イオ殿を御連れされたのですか?」
近辺を哨戒しているが故の至極当然の言葉に、射命丸は頷くと、
「あんまりにもイオが退屈だって言っていたからね。今日は私の新聞の方を手伝ってもらおうと思ってつれて来たの」
「……それはまた。とんでもない実力者が手を組みましたね……」
若干じとり、と冷や汗を流しながら苦笑している椛に、
「仕方ないんですよこれは。いつも依頼をしてきた所為か、いざ休暇をとったら、すごく退屈になっちゃったんです。そしたら、文が暇つぶしになりそうなの持って来てくれたんですよ。居ても立ってもいられなくなっちゃって」
えへへ……と、童顔だからこそ許される照れ顔で、イオは頭を掻き掻きそう告げた。
「……暇つぶしだって、よく言い切ったわね」
そんな彼に、射命丸はジト眼になって睨み付けるが、
「えー?一々こんなことで目くじら立てるほどなの?」
と、純粋さがはっきり見て取れるような表情で、イオが言い返す。
きょとんと首を傾げているその様は、見ていて腹立たしく成るほどにあざとかった。
「……(ギン!)」
故に、射命丸がにらみを利かせるのも無理ない話である。
そんな彼女をさくっとスルーして、イオは椛に向き直ると、
「そういう訳なので、入っても大丈夫ですか?」
と、言葉をかけた。
……勇気あるなあこの人、なんて感想を抱きつつも、椛はにっこりと笑い、
「ええ、射命丸様もついてらっしゃるようですし。はたて様にもよろしくお伝えくださいませ」
と、最後の一言を射命丸に向かって告げると、ひゅん、と風を切る音とともに、椛は姿を消す。
何やら、慌てて逃げていったようにも見える彼女に、イオはきょとんと首を傾げたが、まぁ、何かしら見つけたんだろうと思い、射命丸に向かって声をかけようとした。
――所で。
ガッシィッ!と、音高く肩を掴まれた。
「…………あの、文?凄く痛いんだけど」
ぎりぎり……と膂力が凄まじい事になっている彼女の手に、イオが激痛と冷や汗と共にそう告げたが、
「あら?貴方が暇だって言うから私が誘ってあげたのに、あんなことを言うから悪いんでしょ?ちょーっと、O☆SHI☆O☆KI必要みたいねぇ……!?」
「ひ、ちょま……ギャーー!!?」
唸る轟音。
荒れ狂う竜巻。
そんな情景と共に、イオは空高く吹き飛ばされるのであった。
……そんな光景を、能力で以って見ていた椛はぽつりと、
「…………まぁ、自業自得だし、見捨てたほうが安全だよね」
などと、傍らを飛んでいた同僚の者にそう呟いたとか。
――――――
「――うぅ……酷い眼にあったよぅ……」
「自業自得でしょうが、全く。これ位で済んでお礼を言ってもらいたいくらいよ?」
木やら何やらに突っ込んだ所為か、冒険者のような出で立ちの中に幾つか木の葉をくっつけ、ぐったりとしているイオに射命丸は冷たくそう言い返す。
流石にイオも先ほどの言葉は遠慮が無さ過ぎたと反省しているのか、彼女の言葉に反駁することも無く沈み込んでいるようだった。
――天狗屋敷内部。
イオたち一行は、木造の芳しき匂いを感じながら、射命丸のライバルが居るという新聞記者用の部屋に向かっているところであった。
ずんずん、と足取りも荒い射命丸と、とぼとぼという擬音が聞こえてきそうなイオの様子に、やや広い廊下を歩く天狗の何人かがぎょっとしたように彼らを見たりしている。
……どうやら、ある意味では異色の二人が此処を歩いていることに驚いているようだが。
「ねぇ、文?さっきから僕たち見てやたらと驚いてる人が居るけど」
沈んでいたイオが、周りの気配を探りながら射命丸に尋ねた。
俯いた顔を射命丸に向けてくるイオの様子に、射命丸もようやく怒りを収め、
「そりゃあ、イオはね。色々と噂されているのもあるかも」
と、割とあっさりと答える。
「妖怪の山でもね、去年の冬に起きた出来事は伝わっていたから、『怒らせるとまずい』なんて言われているわよ?」
「…………そんなキレてたっけ?というか、僕此処まで来てないのに、何でそう怯えられてるのさ?」
むっすりとした表情で、イオが射命丸に向かって詰め寄ったが、
「そりゃそうでしょ。あんな何処の大怪獣決戦みたいな変身、普通の妖怪でも十分驚くし、恐怖もするわ。ましてや、あの時どれだけ殺気を振りまいてたか、覚えてないの?」
腰に手をやりながら、射命丸が呆れたように首を振りつつそう突っ込んだ。
「……むぅ。納得がいかないなぁ……」
ぶつぶつと文句を呟き始めたイオに、射命丸がやれやれと再び首を振る。
――そうしているうちに、射命丸がとある部屋の前で足を止めた。
頭上に『記者室』などとプレートが掲げられたその部屋の扉は、どうやら大天狗の部屋の襖とは異なっているようであり、外開きのドアのようだ。
小さい窓がドアの上部に設置されたそれは、外から中を覗きこめるようになっていた。
「……ん、アイツいるみたいね」
そんな事を呟いた射命丸が、こんこん、と木造の音を響かせてから、
「はたてー、入るわよー?」
と言いつつ中へと入っていく。
「……お邪魔しまーす……」
其の後を追い、余り音を立てないようにしながらイオも中へと入った。
「わ……すご……」
そして、中の様子に思わず口を開けて茫然としてしまう。
――それも無理ないだろう。
何故なら、その部屋の内部にはそこかしこに多くの資料が貼り付けられており、幻想郷の地図であるだとか、撮ったばかりの写真と思われるものまで節操なしに散見できたのだから。
特に、写真のほうは撮れたてである所為もあってか、くっきりと情景が写し撮られており、生き生きとした表情をこちらに向けていた。
と、きょろきょろと記者室内部を見回すイオに、
「……なんだ、文か。吃驚したじゃない」
そう言って腰に手を当てながら文句を言うのは、焦げ茶色のツインテールに全体的に紫の色合いで占められたブラウスとチェック柄のスカートを着用した、恐らく射命丸と同じ鴉天狗と見える少女。
やや吊りあがった目つきをしている彼女は、その表情を訝しそうなものにしており、イオと射命丸を交互に見ていた。
「おはよう、はたて。今日ね……イオが手伝ってくれるっていうから連れてきたわ」
そんな彼女に、何処かうきうきとしたような表情の射命丸が意気揚々としてそう告げる。
「……は?」
いきなり告げられたその言葉に、はたてと呼ばれた少女は眼をぱちくりとさせた。
その様子に、射命丸が焦れったそうに身を捩ると、
「だから、イオが手伝ってくれるって言ったから連れてきたって言ってるでしょ」
「……いやいやいや、ちょっと待ちなさい。イオってそっちの鱗だらけの彼よね?……ていうか……もしかしなくても、そいつ、あの『龍人』じゃないの!?」
頭を抱えかけたはたてが、何かに気づいたように頭を跳ね上げ、まじまじとイオを見つめて叫んだ。
その驚愕した表情に、イオはにこにこと笑顔を浮かべながら、
「やぁ、どうも。イオ=カリストです。文がいつもお世話になってます」
と片手を上げ、あっさりと軽い調子でそう告げる。
「…………(ぽかーん)」
余りの事に意識が何処かにいってしまったのか、あんぐりと口を開けたまま、はたては硬直してしまった。
その様子に、ニヤニヤと表情を悪いものへと変えた射命丸が、彼女の目前で手を振りながら、
「おーい、はたてー?こっちに戻って来なさいよ~?」
などと、何処となく彼女を煽るかのような物言いで告げる。
はっとそれで我に返ったはたてが途端にわたわたとすると、
「な、なな、なんで『龍人』が……!!?」
と、泡を食ったように慌て始めた。
「だから言ってるでしょ。イオが私達の記者としての手伝いを申し出てくれたって」
えっへん、と言いたげに胸を張る射命丸。
「え、ちょ、それ大丈夫なの!?明らかに不味いんじゃ!?」
「あ、それは大丈夫ですよ。僕、あくまでも友達の手伝いで来ただけなので。組織的な思惑なんて何も絡んではいませんし」
にこやかにイオがはたてが心配しているであろう案件を、やんわりと告げることで解消にかかった。
「大天狗さんにもちょくちょく遊びに来てもよいと確約してもらいました♪」
「……えー……」
あっさりと、一組織の幹部と交流がある事を仄めかす彼に、はたてはあんぐりと口を開けるしかない。
そんな彼女の肩を突き、射命丸がドヤ顔で、
「ほーらっ。言ったとおりでしょ。さ、早く外出て取材に行くわよ!只でさえ、はたては引き籠りがちなんだから」
「え、ちょ……ま、待ってよ!?」
ほぼ強引に連れて行こうとする射命丸に、はたてが抵抗しながらそう叫ぶが、助けを求めようとしていても、傍らで立っているイオは何だか微笑ましい何かを見ているような面持ちであるために、それは叶わなかった。
「は、離しなさいってばーー!!?」
少しばかり早い朝方の空に、はたての悲鳴が響き渡る。
遠方でぱたぱた、と鳥たちが羽ばたいていくのが聞こえた気がしたイオであった。
――――――
「……」
ぶんむくれたような表情のはたてが、ぱたぱたと翼を動かしながら飛ぶ。
そんな彼女に射命丸が苦笑し、
「もう、そんなに怒らなくてもいいでしょー?さっきの事、ちゃんと謝ったじゃない」
「……ふんだ」
ぷい、とそっぽを向いて見せる彼女に、射命丸が困ったような笑顔に変化した。
「……どうしよ、イオ。うちのはたてが反抗期になっちゃった」
「……うん、色々と言いたいことあるけど、なんでおかんになってるの?」
イオに向って告げられた言葉に、流石のイオもジト眼となりそうつっこんだ直後。
「だ、誰が反抗期か!!」
顔を深紅に染めたはたてが、ずずいっと射命丸へと詰め寄った。
「そもそも、頼んでもないのにいらぬちょっかいかけてくる文が悪いんでしょ!なんで子供みたいに扱うのかしら!?」
ぷんぷん、と頭上に湯気立てて怒っている彼女に、射命丸がだって、ねぇ……と首を傾げるようにして呟くと、
「――弄ると楽しいし」
「おいこら」
ズパン、とハリセンが射命丸の頭に炸裂し、久しぶりとも言えるその痛みに彼女は悶える。
「ぅおお……」
「全く……久しぶりにこれを出す羽目になるとは思わなかったよ。ごめんね、はたてさん。文、結構悪戯好きだからさ」
「いや、それは重々承知してるけど……いいわけ?」
「僕もやっちゃうけど、親しい人に過剰な位ちょっかいかけたら怒られるのは当然だしね。少しは抑えとかないと、文が突っ走っちゃうからさ」
呆気にとられた表情ではたてが問うのに、イオはハリセンを仕舞いながら言葉を返した。
そんな彼の後ろから、
「……イーオー?」
「…………まぁ、自分で分かってても怒る時は怒るんだけどね」
地獄から響いてきそうな声がしたと同時に、イオは冷や汗を流しながらも笑顔のままではたてに告げる。
――しばらく御待ち下さい――
「……」
「ちょ、ちょっと大丈夫なの?」
「あはは、普段から誰かと戦っていましたし、そんなにきつくないですよ?」
ちょっぴりぼろくなったイオと、不機嫌な射命丸。
はたては射命丸の方を見ないようにしながら、イオに問いを発した。
「……にしても、妙に文の奴と親しいように見えるけど、何時位からなの?」
「ありゃ?文、はたてさんに僕の事言ってなかったですか?新聞出してたくらいだし、幻想郷の人間も妖怪もほとんどが知っているかと思ったんですけど」
意外と、妖怪と人間の仲まで知られてないのかなぁ……と考えるイオに、はたては苦笑して、
「あー……私、ほら、文も言ってたでしょ?引き籠りなのよ」
「……少なくとも、見ている限りでは引き籠りに見えないですけど?」
取り敢えず、イオはそう言って見せるが、彼女はまだ苦笑したまま、
「此処まで人と会話できるようになったのは、文達の御蔭だからね。アイツと記事対決するまえまでは、本当に酷かったから」
そう言う意味では感謝しているわよ?
ばさばさ、と翼を動かしつつ、はたては何処か遠くを見るようにして呟く。
「ふーん……なるほど」
イオがそんな彼女の言葉に頷きをしながら、こっそりと射命丸を見やれば、
「…………」
案の定と言うべきか、そっぽを向いている彼女の頬と耳が若干赤かった。
……どうやら、彼女の言葉を聞いていたようである。
思わず、微笑ましくなりながらも、イオははたてに向うと、
「じゃあ、昔の文、どういう人柄、というか天狗柄してたんです?」
と、極めてナチュラルに訊いて見せた。
その問いの言葉が聞こえた途端、射命丸がぎょっとした表情ではたての方を向き、動きに気づいたはたてに、ぶんぶんと首を振って見せる。
若干頬が赤い状態になっていることにはたては気づいたが、言うな!と言わんばかりの彼女の様相に、むくむくと嗜虐心が沸き起こり……
「――そうねぇ……文、昔は凄かったわよ?」
と、気付けばぽろりと口に出していた。
射命丸が愕然とした表情になった姿を見て、ようやくはたてもあ……と口を抑えたが、今更にして出てしまったものはしょうがないとはたては開き直り、
「そもそも、文のように一千年も越えて生き永らえた天狗も珍しくてね……本当だったら、その格からして幹部の位を授けられていても可笑しくない程だったのよ」
と、すらすらと解けるようにして喋り始める。
慌てたように射命丸が止めろとジェスチャーを示すが、はたてはアイコンタクトでどうせ知られるんだから今でもいいでしょ、と示しつつ言葉を続けた。
「でもねぇ……文、そういう堅苦しいのが嫌いだからって蹴飛ばしちゃってね。下手に妖力もあるもんだから止めようとする天狗達をちぎっては投げ、ちぎっては投げて、結局位をもらうことなく一介の鴉天狗として在り続けたわ。それに困っちゃったのが、当時でもかなりの位を持ってた大天狗様と、文の親である天魔様ね」
「……え、天魔様って……ちょっと待って下さい。ということは、文ってお嬢様だったりするんですか!?」
はたての昔話から、とんでもない事実が飛び出たことに、イオが驚愕の表情を見せる。
「そ。西洋風に言えば、ね。生まれてから数年で引き籠った私とは大違い。でもねぇ、そう言うのが文には一番嫌だったみたいね」
がっくりと肩を落としている射命丸を見やりながら、はたては言葉を続けた。
「はっきりいって、当時でも今でも、束縛されるのが嫌だったようでね、今でも大天狗様に就いてみないかって誘いをかけられても、にべもない返事、しているみたいよ?」
にやにやしながら、射命丸に向ってそう告げて見せる。
そう言われた射命丸が、苦虫を噛み潰したかのような、まさしく苦々しい表情ではたてを見つつ、
「……はたて。後で高くつくわよ?」
と若干不機嫌そうな表情でそう告げた。
むっすりとしている彼女に、はたては苦笑を浮かべると、
「いいじゃない、別に貴女がどんな家庭環境だったか教えるぐらい。それに、他にもいいこと教えてあげてもいいのよ?――恋について、ね」
最後の一言だけを彼女に近づきながら告げつつ、はたては大きく空を駆けていく。
「……えーと、文?」
動きを見せなくなった射命丸に、イオが恐る恐る話しかけた。
「……大丈夫、ナンデモナイワヨ。うん、本当……ダイジョウブ」
「僕、突っ込むべきなのかな?」
片言混じりの彼女の言葉に、イオはジト眼にならざるを得ない。
そんな彼の様子に、射命丸は慌ててはたての後を追ったのであった。
――――――
――人里。
今日の記事の主題として、たまに人里にやってくる天狗や他の妖怪達の為に、美味しい食事処を紹介しようということになったため、彼らは人里をのんびりと歩いていた。
特に、イオが何でも屋をしている関係もあり、ちょくちょく食事処の手伝いもしていたために、ある意味タイムリーとも言えるであろう。
「――あ、あそこの食事処はねえ、主に猟師さんが卸す獣肉を使った料理が多いかな。血抜きも十分にされてるから、臭みもないし香辛料もあるから結構美味しいよ」
それなりに広い幅の通りを歩きながら、イオは彼女たちに紹介した。
彼の言葉通り、通りにまで漂ってくるほど香ばしい肉の焼ける匂いに、射命丸とはたてはなるほど、と思いつつメモをとっていく。
そして、実際に店内に入り、店主に向って取材を行う。
そう言う風にして、彼らの新聞の元になる情報を集めていた。
「……不思議に思ったんだけどさ、イオ、どれだけ食事処知ってるの?」
――そんな中、射命丸が当然ともいえるような問いを発する。
かりかりと、万年筆と思しきペンで頭を掻きながらではあるが、今までにとってきたメモの内容量を見ていたからこそ、そんな疑問が浮かんだのであろう。
「あはは、まあこれは依頼で手伝ってくれって頼まれることが多かったからね。かき入れ時になるとかなり忙しくなっちゃうからさ、僕も技術を仕入れられるし、助かってるんだよ」
そんな答えを返しつつ、イオがほくほくとした笑顔を浮かべていると、
「――はっ!?つまり、イオの料理の種類が豊富なのは、そこからきてるの!?」
と、閃きが走ったような表情を浮かべた射命丸が、そうイオに詰め寄った。
キラキラとしたような彼女の瞳を見つつも、イオは容赦なく彼女の頭を押し退け、
「近いって。まあ、文の言うとおりだね。後は、向こうの世界にいたときでも、料理の技を色々と盗みとってたのもあるかな」
と、サラリと盗人発言を洩らす。
おおう……と若干射命丸が引いた様子に苦笑しつつも、
「カルラさんところに招かれると、大体宮廷料理というのかな?そういう堅苦しい料理を食べることもあったし。作法を覚えるのがちょっと大変だったのはよく覚えてるよ。
後は……そうだね。大衆食堂のちょっとした美味しい所とかも、よく冒険者の依頼で手伝いに行った時、賄い飯を食べさせてもらったこともあってさ。不思議と、客に出されてる奴より美味しかったりするんだよね」
と、聞いているうちにお腹が減って来そうな話を続けた。
思わずじゅるり、と射命丸が涎を垂らしかけるのを、はたてが突いてはっと我に返る姿を見て苦笑しつつも、
「まあ、そんなわけだし。僕の料理の種類数についてはこれで分かった?」
「……凄くお腹が空いてきそうな話ではあったけど、十分よ。ええ、凄く参考になったわ」
射命丸がキリッ!とした表情でそう返す。
その様子に、あはは……と思わずイオが笑ってしまい、射命丸にジト眼で睨まれるということはあったものの、取り敢えず彼ら三人は順調に情報を集めていくのであった。
――――――
――そんなこんなで、昼時。
どうせだったらイオの料理を食べたいと射命丸がごねた為、仕方なしにイオ達一行はイオの家にやってきていた。
「……ねぇ、文。普通だったら食事処の奴食べればいいでしょ?」
「う、うるさーい!イオの料理食べるったら食べるの!決定事項なのよ!」
「……はぁ。ごめんなさいね、イオ。文の我儘で作らせる羽目になっちゃって」
家に帰る道中、はたてがイオに向って謝罪をするが、イオは笑って手を振り、
「いえいえ、大丈夫ですよ。文が僕の料理食べたがるの、ほぼ毎度のことですし」
と告げる。
だが、はたては頭を抱えて、
「文、あんたねえ……もう少し、自分でも料理が出来るようにならないと悲惨よ?」
「――ぐふっ!!」
余りにも鋭すぎる彼女の言葉に、ぐさり、と射命丸に何かが突き刺さった。
暗に、
『女子力が無い』
と言ってるも同然なその台詞に、どうやら思う所がないわけでは無かったようである。
「ぐ、ぐぬぬ……」
とはいえ、まだ立つだけの気力は持ち合わせているようで、力を振り絞るような立ち方で何とか立っていたが。
「……料理、教えてあげた方がいいですかね?」
「ああダメダメ、そんなところで甘いとこ見せちゃ。たまには文も苦労しておくべきね。でないと、文貴方にずっと依存しちゃうじゃない。幾ら身分やら何やらにとらわれてないからって、自立できないようじゃ、天狗として此方が恥ずかしいわ」
そんな彼女を見て、居たたまれなさそうな表情をしているイオとはたてが、かなり対照的であったのは確かだろう。
とまあ、そんなことはさておき。
麗らかな春の陽射しの中、一行はイオの家に到着した。
「ようこそ、僕の家へ。まあ、狭い所で申し訳ないですが」
「ええ、お邪魔するわね」
「ウェへへ……イオの料理が食べれる♪」
「アンタはもう少し自重しなさい」
ごつん、とイオの料理を夢見てトリップ状態の射命丸に突っ込み入れる場面もあったが。
ともかく、彼女たちは普通に招かれる形で、イオの家の居間へと案内された。
「――んー……?あ、文だー。……あれ、でもそちらの天狗の人は……?」
居間に移動した彼らが出会ったのは、何時ものように黒のワンピースを着た幼き宵闇の妖怪。
ぐてー……と卓袱台の上で突っ伏していた彼女が、入ってきた一行を見てややのんびりと体を起こしながら首を傾げた。
「只今、ルーミア。こちらの天狗さんは、姫海棠はたてさん。文の友達だよ」
「へぇ~……宜しくね、はたて。私はルーミア」
手で彼女を指しながらのイオの紹介に、ルーミアは眼をやや驚きで見開いた後に、にっこりと笑って挨拶をする。
微笑ましさを感じられる彼女の動作に、はたても笑顔を浮かべつつも、
「ええ、こちらこそ宜しくねルーミアちゃん。……にしても、割とイオも隅に置けないわねぇ……」
彼の手料理を食べられるとあってか、にっこにこと笑っている射命丸と、おっとりと微笑んでいるルーミアを交互に見やりつつ、はたては呟いた。
「んー?それどういう意味?」
そそくさ、と台所へと向かったイオを見送りながら、はたてに向かってルーミアが純粋そうな眼を向けつつそう尋ねる。
その言葉に、はたての耳がぴくりと動いた後で、
「ん?ああ聞こえてたのね。……まぁ、噂の彼も今は忙しいでしょうし、丁度いいかな」
と、その場にいる二人に向って告げるかのような呟きを洩らしてから、
「――単刀直入に訊こうかしら。文、彼のこと……どう想っているの?」
静かなる問いが、急転直下の急流のごとく、二人に齎された。
――――――
居間が、ある意味修羅場と言える状況にあることを知る筈もないイオはというと、竈の上に据え付けた五徳の上に、少しばかり大きなフライパンを載せている所であった。
通常のフライパンは接地面が平らであることが多いが、このフライパンは特殊な加工がされているようで、波打ったような接地面をみせている。
とはいえ、今から作る物に関して、どうしてもそうならざるを得ない為に、こうした造りになっているのであるが。
「んー……と、よし。調味料は……まぁ、無難に胡椒と塩と、後はソース程度でいいかな。魚は……ああ、今切らしてたっけ。ん、どの肉にしよう?」
ぶつぶつと呟きながら、パチュリー等の識者の力を借りて創り上げた、いわゆる冷蔵庫と呼ばれる代物の中を、イオは覗き込んで肉を探し始めた。
そして、肉屋で使用される笹で包まれた、幾つかの肉が入っていると思しき包みを取り出すと、肉の種類を確認しつつ、どの肉にしようかと思い悩む。
因みに、現在手元にあるのは、鹿肉と猪肉、そして近くの牧場で間引きされた馬肉であった。
当然のことながら衛生面で気遣わなければならないため、冷蔵庫に入れる前に念入りにぐつぐつに煮立った塩水の中で、それぞれに分けて茹で上げることによって危険性をなくしてある。
故に、始めから仕込みを入れてあるも同然であるため、ある程度焼きを入れるだけで十分に食べられるのだ。
とはいえ、どんな肉を使うにしても、色々と制限は存在した。
例えば鹿肉。
他の肉類と比べれば割と固めの肉質であるため、鍋かシチューにすることにより、食べ易くなる肉である。とはいえ、事前に茹で上げているために多少なりとも柔らかくなっているので、妖怪の身体能力であれば充分に噛み千切ることはできる。
或いは猪肉。
これは焼き肉として食べるにはかなり匂いも癖も強い為、少々ばかり悩み所だ。とはいえ、赤ワインを紅魔館でたまに給料の代わりとしてもらっているため、それで煮こめば臭みは取れるので大丈夫である。
最後の馬肉。
これは、基本的に牛肉と同じような食べ方でいけると考えてよい。ただ、肉質としては筋や脂が多い為に、女性の心理を慮れば、余り出さない方がいいかもしれない。
「……悩むなぁ……自家製のあの細い麺使って、スパゲッティでもいいし。あ、でもそれだと鍋、用意しないと」
ようやく料理を何にするのかを決めたのか、ごそごそと棚を探り、寸胴の鍋を取り出した。
そして、同じく冷蔵庫に仕舞ってあった、牛乳が入っている大きな瓶を取り出す。
ごとり、と鈍い音が響くのを聞きながら、もう一つ、別の所に仕舞っておいた生乳の入った瓶も取り出し、ごとり、と牛乳の瓶の横に置いた。
直ぐに、寸胴鍋のほうに真水を入れると、麺が仕舞ってある所からスパゲッティ用の細麺を取り出し、傍らに置いてから、
「最初に水を茹でてー、と。材料準備しなきゃ」
肉類用のまな板を壁フックから外し、その上に鹿肉を置いて薄く切り分け始める。
ある程度切り分けたあと、大蒜を出し、荒く微塵切りにした。
と、そこで鍋を見やると煮立っていたので、そこで荒塩を少々鍋の中に入れてから、細麺を鍋の中に放り、感触として少し硬め程度で茹でていく。
麺が茹であがるには少し時間がかかるため、フライパンにこれまた自家製のオリーブオイルを熱し、弱くした火で大蒜を炒め、香りが出てきた所で鹿肉を投入した。
そして、そこへ茹で上がった麺を加え、火が弱い状態のままで、卵黄、牛乳、生乳、そしてチーズ(いわずもがなの自家製)を投入していく。
そのころになれば、辺りに馨しい独特の匂いがたれこみ始め、最後に黒胡椒で味付けを調えれば、鹿肉のカルボナーラの完成だ。
「味は……ん、美味し。これなら大丈夫かな?……後は、サラダの材料としてレタスにトマト二欠片と、玉ねぎを水洗いした微塵切り載せれば……よし、完成」
総量四人分のカルボナーラとサラダを見据え、満足気に頷くイオは、やはり傍からすれば一端の料理人であるのだった。
――――――
それぞれに分けて置いた盆の一つを持ち、箸を添えた状態で居間に持っていったイオは、そこで何やら居間の様子が緊迫を伴った静寂を湛えていることに気づいた。
「……えーと、お昼出来たけど、置いて大丈夫?」
中でも、はたてと射命丸が睨みあうとまではいかなくとも、緊張しきった表情をしていることに驚きながら、イオが恐る恐る言葉をかける。
その言葉に、はっとなって我に返った三人が、壁にかかっている時計を見てぎょっとした表情になった。
「……参ったわね。こんなに時間経ってたの、気付かなかったわ」
苦笑しているはたてが、イオに向かってそう告げたが、
「何を話してたんです?」
という、イオから至極当然な疑問をぶつけられ、思わず表情が凍りつく。
幸いというべきか、イオはお盆を置く事に意識がいっていた為に、彼女の様子に気づいた素振りは見せなかったが。
「……単純に、乙女の会話をしていただけよ。男子禁制の、ね」
少しばかり間が空いてから、射命丸が渋々と言ったようにそう答えた。
「へぇ……ちょっと気になるなぁ」
「……少なくとも、イオの話をしてた訳じゃないから安心しなさい」
「嫌だなぁ……別にそんなこと言ってないでしょ?」
和やかに会話を交わす二人。
そんな彼等を尻目に、会話をしていたであろうルーミアはというと、イオが運んでいるカルボナーラの匂いに触発されてか、キラキラと輝く瞳で涎を垂らしかけながらじっとイオの手元を見ているようであった。
「……おーい、ルーミアー?目が結構危ない輝きしてるよー?」
「――はっ!?」
呆れた表情でイオが告げてきた言葉に、ようやくルーミアが我に返ると、
「凄く……美味しそうです」
「うん、ちょっと現実に戻ってこようか」
すぱん、と軽やかにハリセンを叩き込んだイオが、すっかりやれやれと言わんばかりに首を振りながらそう突っ込む。
「全く……すっかり食いしん坊になっちゃって。美味しく食べて貰えるのは嬉しいけど、周りが見えなくなるくらいになってるのは、流石に寒心しないよ?」
「……うぅ……イオが美味しすぎる料理作るのがいけないんだい」
さすさすと、痛む頭を摩るルーミアが、そう愚痴って口先を尖らせた。
明らかに自業自得であることは自覚しているようなので、イオはその言葉に苦笑しつつも、お盆を置いてからすぐに立ち上がる。
「文、運ぶの手伝ってくれる?それぞれお盆に載せてあるからね」
「はいはーい。おっひる☆おっひる☆」
嬉しそうな様子で今にもスキップしかねない射命丸が、イオの言葉に従い、さささ、と台所へと向かって行った。
その様子に、はたてはかなり苦々しい表情となる。
(……結局、文は自分の気持ちを認めないのね……)
イオが料理を作りに台所へ向かった時からの回想を、はたては思い浮かべたのだった。
まぁ、幻想郷において薫製肉はあまり知られていない......ということで、一つ。