東方剣神録   作:上田幻

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少しずつ、変わりつつあるイオの周囲の関係。
始まりは、出会った時からちょくちょく行動を共にする事もある鴉天狗の少女。
腐れ縁でもある親友から詰問を受けた彼女は……?


第四十九章「内に籠るは己が恋情」

 

『――文、彼の事……どう想っているの?』

 

時は少し遡り、居間での彼女達の会話に戻る。

 イオの料理が出来るまでのんびり待っていようと考えていた射命丸は、ルーミアは、それぞれ驚きの表情を浮かべて硬直していた。

「……い、いきなり何を言い出すのよ。吃驚するわね」

だが、初めに我を取り戻したのは射命丸。

 心底驚いたのが分かる程に、その表情は常の飄々としたものからは若干かけ離れていた。

 そんな彼女に、はたてはかなり苦々しそうな表情になると、

「あんたねえ……今の自分、可笑しいって気づいてる?」

「……べ、別に何処も可笑しくなんか――「いいえ。可笑しいって断言出来るわよ。あの『龍人』の彼の話題になると特にね」……」

射命丸が、はたての遮りにより、とうとう表情を無へと変化させる。

 余りにもけして感情を見せまいとするその動きに、はたては深い溜息をつくと、

「……何をそんなに頑なになっているの?友達の私にも言えないことな訳?」

と腰に手を当てながら、射命丸に詰め寄った。

「彼……あんな風に妖怪みたいな鱗が出ているけれど、亜人と呼ばれる人間なんでしょう?どうにも、外見が普通じゃないから、妖怪のように見えるけれど」

眉を顰めさせたはたてが、続けざまにそう尋ねる。

「何を躊躇しているのか知らないけど、色々と噂やアンタの新聞とか見てる限り、寿命がかなり永くなっているみたいだし……好きだって、言ったとしても別にいいんじゃないの?」

「……」

スゥ……と、射命丸の瞳孔が細く切れあがった。

 怒髪天をつくような、そんな鴉天狗の怒りが込められたその視線に、しかし、はたては動じることなく真っ直ぐな瞳で射命丸を見据えると、

「答えなさい……何を、そんなに怯えているの?」

 

「――黙って」

 

今にも泣きそうな、怒りそうな、もうぐちゃぐちゃになったような声が、射命丸の口から紡ぎ出される。

 表情を出来る限り無に保とうとしている彼女に、あわあわとしていたルーミアも、彼女の友であるはたても、思わず言葉を失った。

 そんな彼女たちを尻目に、射命丸が大きく息を吸いこんで呼吸を整えると、

「……私は、イオのこと……大切な友達だって、親友だって、思っているだけ。誰に言われようとも、私はそれだけを通し抜くわ」

ようやく落ち着いたかのような表情を浮かべ、彼女が言い切る。

 だが、その言葉を聞いたルーミアは、はたては、それぞれ表情を変化させた。

 ルーミアは、遣り切れなさそうな、辛そうな、そんな表情へ。

 はたては、ぐ……と奥歯を強く、強く噛み締めた……そんな表情で。

 

――イオが入ってきたのは……丁度、そんな時だったのである。

 

――――――

 

「……ふー。西洋の食べ物だったけど、凄く、凄く美味しかったわ」

ありがとね、イオ。

昼食を終え、それぞれ完食した皿をお盆の上に置きながら、射命丸がにこにこと笑ってイオに向ってそう告げた。

「あはは、そりゃ良かったよ。お肉入れておいたけど、固くなかったか正直心配だったからね」

そんな彼女に、イオは安心したように笑うとそう言葉を返す。

「何の肉を使ってたのー?」

と、ひょっこりとイオの肩から顔を覗かせたルーミアが、好奇心と疑問が浮かんだ瞳でイオに尋ねてきた。

「ん、今日のはね……なんと、鹿肉!事前によーく塩水で湯搔いておいたから、割と柔らかめに出来たと思うよ」

「へー……」

「鹿肉って結構固かった筈だけど……へぇ、そうすれば柔らかくなるのね?」

女性として聞き逃せない案件である為か、はたても興味津々にイオに問いかける。

「ええ、他にもやり方があって、一旦血抜きを施してから、水を張った桶に塩を大匙二杯を入れてよく揉んでおけば、臭みも消えますし。そのうえ、清酒やワイン等を使ってよく煮こむことで、柔らかくてかつ美味しいお肉になりますよ」

得意げな表情を浮かべたイオが、にこにこと嬉しそうに教えた。

 

――そんな彼の、生き生きとした表情を……射命丸は、何処か、寂しそうにも、苦しそうにも見えるそんな表情で、見つめている。

 

「――?文、どうかしたの?」

その視線に気付いたのか、不思議そうな表情を浮かべたイオが射命丸に向ってそう問いを投げかけた。

 ぼーっとしていたのか、その言葉にようやくはっと我に返った射命丸が、慌てて言い繕う。

「だ、大丈夫よイオ。そ、それより早く記者部屋に戻らない?もう、人里の料理処のほとんどを調べつくしたんだし」

常の飄々とした表情を繕えているか不安になりつつも、射命丸がイオに向かってそう告げれば、彼はうーん……と唸り、

「……だそうですけど。はたてさんもそれでいいんですか?」

と、射命丸の友である彼女に向かってそう尋ねてみた。

「そうねえ……というか、イオの料理教室的な記事でやれば、何とかなりそうなのは気のせい?あれ、ちゃんとしたレシピがあるんでしょ?」

「止めてくださいよ、流石にそっち方面にまで手を出す気はないですからね?料理処の奴とか間違って載せちゃったら、大目玉食らいますし」

慌てたようにそう告げるイオに、仕方なくはたては諦めると、すっと立ちあがってからぐぐ……と背筋を伸ばし、

「じゃ、行きましょ。このままいたら眠っちゃいそうで怖いし」

「ええ、行きましょうか」

イオも答え、立ちあがろうとすると、

「あ、じゃあ私もついていっていーい?ちょっと好奇心が湧いてきたし」

と、ルーミアが立ちあがったイオの背中に飛び付き、わくわくしているような表情で、彼らに向って問いを発する。

「……あまり、気は進まないけどねえ……まあ、保証人もいることだし、大丈夫でしょ」

「一応、ではありますけどね」

はたてがイオを見つめて告げる言葉に、イオはやや苦笑を浮かべてはいたものの、身元保証人として在ろうとすること自体には何ら抵抗も抱いていないようであった。

 えへへ~と笑っているルーミアを、やれやれと思いながらも背負ったまま、イオは、射命丸達は、彼の家を後にするのであった。

 

――――――

 

「――何者……って、貴方達でしたか。お帰りなさいませ、射命丸様、はたて様」

ばさり、と翼がはためく音と共に、椛が彼ら四人の前に姿を現わした。

「ええ、ただいま。能力で確認出来るんだから、一々飛び出て来なくともいいのよ?」

「そうも参りませんよ。規定で定められてることなんですから」

顔見知りである為にそう言うはたてに、椛は苦笑して首を振る。

 その言葉を聞き、射命丸が面倒そうな表情になると、

「全く、天狗の組織でうざったいのはこういう堅苦しいのなのよねぇ……まあいいわ。じゃ、中に戻らせてもらうわね」

「ええ、どうぞお入りください。イオ殿、ルーミア殿も歓迎致しますよ」

穏やかな微笑みを浮かべた椛が一礼し、ふっと風を斬る音と共に立ち去った。

「あっという間ですねぇ……」

「まあ、私には負けるけど、あの子だって天狗だからね。早々速さじゃ負けない方だと思うわよ?」

「文と比べたら誰だって遅い方になっちゃうでしょうに……」

呆れた表情で、はたてがやれやれと首を振る。

 そんな風にして、イオ達一行は記者部屋へと向かった。

 

――記者室。

 当初来た時と内部の様子は然程変わっておらず、イオ達は思い思いに畳の上へ座っていった。

 気が利くイオが持参していた金属製の水筒から、果樹園を営んでいる農民の人からの報酬品としてもらった果実(主に柑橘系)を絞った果汁を、手際よくコップに移していくのを見ながら、射命丸が口を開く。

「……さて、はたて?皆で集めてきた情報だけど……貴方、どれくらい使おうと思ってるの?」

「それなんだけどねぇ……これ、下手しなくても人里全域の料理処回ってるものだから、本当に情報量が半端じゃないのよ……情報の提供者が提供者だし、下手に名前を載せたらイオが怒られる可能性もあるし」

「私もそう思ったわ。……けどねぇ……逆に言えば、イオの紹介してくれた料理処や甘味処は外れがないということでもあるのよね」

射命丸達が、真剣な眼差しをしながら議論を交わしていくその姿を、イオとルーミアはにこにことしながらのんびりと果汁を飲んでいた。

――と、そこへとんとん、というノック音と共に、声がかけられる。

「おーい、射命丸かはたて、おらんか?」

(およ?どっかで聞いた事があるような……?)

何やら聞き覚えがあるその声に、イオは首を傾げながらもドアの前に立って、

「はいはい、只今御二人さんは作業中ですよー?」

と言いつつ、がちゃり、とドアを開けた。

――そして、硬直する。

 何故ならば、彼の目の前に佇んでいたのは、若々しい男の姿を持つ、つい先日顔を合わせたばかりである大天狗であったのだから。

「……こりゃまた、とんでもない大物の方がいらっしゃったようで」

ようやく驚愕から覚めたイオが、苦笑しながら彼を見直すと、もう一人、誰かが大天狗の後ろに立っていることに気づいた。

 その視線に気づいた大天狗が、こっそりと口の前に人差し指を一本持ってきながら、

「ふふ、お主が射命丸とはたてと共に新聞作りを手伝っておると聞いてのう。作業の進捗具合はどうか、見に来たんじゃよ」

老成した口調で、大天狗がそう告げるのに、イオは色々な意味でやれやれと首を振って、

「そう言われましてもですねぇ……まだ始めたばかりですよ?さっき戻ってきたばかりなんですから」

「おや、そうじゃったか。むぅ……三人寄り合うて文殊の知恵と言うし、さぞ面白そうな記事になっておるかと期待しておったんじゃが」

然程残念そうに見えない口調で、楽しげな大天狗がそう言うと、

「まぁ、僕も手伝いましたからねぇ……少なくとも、楽しい内容にはなっているかと」

「ほっほ、それは楽しみじゃ。あの子たちの記事はほんに、面白いものばかりじゃからのぅ……」

くすくすと、大天狗が笑いながら傍らに立つもう一人の天狗に向かって、同意を促すかのように目を向ける。

 と、そこでようやくイオは、もう一人の天狗の容貌をはっきりと見ることが出来るようになった。

 正面から見ても覘く背中の大黒翼に、肩甲骨辺りにまで伸びていると思わせる艶やかな黒髪。

 匂い立つ気品さが溢れる、端正な顔立ち。

 大天狗が着る、武官束帯姿と似通った服装を着たその女性が、大天狗が向けたその視線に穏やかに微笑み、静かに頷いて見せた。

(……あれ?なんか、どっかで会ったことがあるような……?)

しかし、イオはその美しさに見とれるよりも先に、とある違和感を感じる。

 彼がその疑問を晴らそうと口を開くよりも早く、大天狗が言葉をかけてきた。

「ふむ、どうやら今の所は手持ち無沙汰のようであるし……どうじゃ、これから茶を喫すのは」

「……何やら御用のようですねぇ……ま、いいでしょう。彼女たちに声かけてきますよ」

「済まんのう。一応、眼につく仕事はほとんど終えてしもうたものでな。些か暇を弄んでいた所であったのよ」

「構いませんよ。幾ら手伝ったとはいえ、流石に新聞の内容にまで口を挟む心算もないですから。むしろ、お礼を言わせて下さい」

にっこりと笑ったイオが静かにドアを開いて中へ入り、すたすたと射命丸の所に戻っていく姿を見ながら、大天狗が静かに言葉を紡ぐ。

「……ふむ、どうでしたかな?」

「ふふふ……成程ね。私が会いたがると言ったのも納得がいったわ。文、随分と良い男を見つけてきたじゃないの」

何処か誰かの声に良く似た響きで、天狗の女性はにやにやと誰かを想起させる笑顔を浮かべた。

 明らかに、良い玩具を見つけたと言わんばかりの彼女に、大天狗はほっほっほ、と軽やかに笑うばかり。

「余り、あの子をからかうものではありませんぞ?」

「あら、いいじゃない。正直、あの子の伴侶探すの諦めていた所だったしね。優良物件が見つかって本当に嬉しいのよ?」

口ぐちに言い合いながら、彼らは静かに気配を消して佇んでいた。

 

――一方、こちらはイオ。

「えーと、二人とも……一応、僕の手伝いはこれで御仕舞でいいのかな?」

「「……」」

唐突なその一言に、当然の事ながら二人は押し黙った。

 その様子に思わずたじろぎながらも、尚も言葉を続け、

「情報収集ということで僕は手伝ったし、後僕が手伝えそうな事はもうない感じがするんだけど……」

「――待ちなさい」

ガッシィッ!と音高くイオの肩を掴み、射命丸が光を失くした眼でイオを睨みつける。

「何を勝手に動こうとしているの?そもそも、休暇になって暇だって言うから此処に連れて来て上げたのに……」

「うん確かに申し訳なかったです!!」

ハイライトを失ったその眼に、イオは即座に謝罪した。

 とはいえ、彼にも言い分は存在する故に、恐る恐る顔を上げ、

「で、でもね?幾ら情報収集手伝ったとはいえ、記事の内容にまで言及していいの?」

元々、文とはたてさんの記事だよね?と言われた射命丸が、取り敢えず正論であることを渋々と頷いてから、

「まあね。確かに、私達は誇りを持って作っているから、口出されたくはないわ。けどね、助言をくれる程度はしてくれてもいいんじゃないの?」

完全にジト眼になってイオの顔すれすれにまでぐぐいっと近づき、文句を言う。

「えー……流石に、新聞記事まで手を伸ばしたことないんだけど。配達くらいだったら経験はあるけどさ」

だが、イオに新聞記事作成の経験など持ち合わせているわけではないため、やや眉を寄せて困惑しているようだった。

 更に、もう一つイオには言うべきことがある。

「こうまで言うのもさ、理由あるんだよ?ついさっき大天狗さんがいらっしゃってね、お茶飲まないかって誘われたんだ」

「断りなさい。今すぐに」

「まさかの即答!?」

不機嫌な表情になった射命丸に、イオは驚きの声を上げた。

「あたり前でしょうが!ほいほいとついていったら何されるか分からないわよ!?只でさえ、イオはどっか抜けてる所があるんだし!」

「ひど!?僕そんなにのんびりしてないよ!!」

喧々囂々な痴話喧嘩を見せている二人に、やれやれと首を振ったはたてが傍らに座っているルーミアに、こっそりと話しかける。

「……ねぇ、ルーミアちゃん。あいつ等、近くに人がいること忘れてるのかしら」

「そうなんじゃないのー?まぁ、見てて飽きないけどねー」

「……いっそのこと、こいつ等撮って記事に仕立て上げようかしら……」

「止めといたらー?妖怪の賢者とか、博麗の巫女とかが突貫してきても知らないよー?」

そんな会話を交わしていることなど微塵も知らない射命丸達は、未だに喧嘩をし続けるのであった。

 

――――――

 

「――もう、酷い目にあった……」

むっすりとした表情で、イオは天狗屋敷の廊下を歩いていた。

 そんな彼に、前を歩いていた二人の天狗の内の一人、大天狗がにやにやしながら後ろを振り返りつつ、

「ほっほっほっ。相変わらず仲が良い事じゃのう?」

「何処がですか。あんなきっつい拳、久しぶりに受けましたよ、もう」

完全に不機嫌な表情になったイオが、ぶつぶつと文句を呟く。

――結局、あれからも射命丸と喧嘩を続けること優に数十分、中から喧騒が聞こえていた大天狗が流石に止めようとして記者室に入ることによって何とか事なきを得た。

 とはいえ、射命丸はすっかり拗ねてしまい、大きく振り被った拳で吹き飛ばし、

『もう、知らない!とっとと何処にでもいっちゃえばいいのよ!』

という怒鳴り声と共に、イオはほうほうの体で出てきたのである。

「むぅ……お誘いがあったってちゃんと言ったのに……どうしてあんな、むぅ……」

未だに納得がいっていないのか、不機嫌そうな表情を隠さないイオに、前を歩くもう一人の天狗である女性は、苦笑して告げた。

「まぁ、私達二人にいい感情を持っていないからねぇ。昔はあの子もかなり素直だったのよ?それが、大きくなってくるにつれて、色々と柵が増えてしまったのよねぇ……正直、やってしまったと思ったわ」

後悔が滲み出た言葉を紡いだ彼女に、イオはふぅ……と溜息を洩らすと、

「だからって、もう少し普通に言葉を交わすこと位は出来るでしょうに。あそこまで誰かを毛嫌いしているのも珍しいと思いますが?」

真剣な眼差しとなって、前方の二人を見据える。

「ふふ……まだまだ、あの子も若い。そういうことじゃないのかしら?」

だが、彼女は相も変わらず飄々とした空気を崩さなかった。

 その言葉に、ややがっかりもしつつ、イオは周りを見回す。

 

――実を言えば、彼は気になっていたのだ。

 

先程から、木造の廊下を歩いている最中、鴉天狗と思しき黒翼を有した老若男女が、今も尚前方を歩く二人を見てぎょっとなってから、慌てて片隅へと動く様を。

 それが、大天狗だけに向けられたのならば、話はまだ分かる。

 だが、不審に思えるのは、その畏れを抱く視線が、彼女にも向けられていることであった。

 とはいえ、薄々ながら彼女の正体に見当がついていたイオには、ある一つの疑問が。

「一つ、いいでしょうか?――何故、文を自由にさせてあげられなかったのですか?」

傍からすれば、大天狗に向けられたと思われるその問い。

 だが、イオは鴉天狗の女性にもその問いを投げかけていたのだった。

「――……ふふ。頭の回転はかなり良い方みたいね。そう思わない?鞍馬」

「ふふ……それはもう、十分に存知のことでありますぞ」

 

――天魔で在らせられる、『射命丸 暁』様。

 

(……やっぱり、か)

天狗達の組織のトップであり、幻想郷の有力者にして賢者の一人とされる鴉天狗の女性。

 イオは、実質的にナンバーワンとツーの後を歩いていることになるのだ。

「……たかだか、一介の龍人程度に、まさか此処までの大物が現れるとは思いませんでしたよ」

「あら、娘が世話になっているのに、挨拶もしないのも失礼でしょう?色々と仲良くさせてもらっているみたいだし、ね。それに、今まで男の影も形もなかった子が、初めて男友達を連れてきたのよ?気にならない訳がないわ」

くすくす、と楽しげな笑い声を響かせ、天魔――暁はそう告げる。

 何かを訊きたそうな表情をしているイオに、大天狗が歩きながら振り返り、

「済まんの、イオ殿。今回は、儂の我儘でなったことなのじゃ。色々と訊きたいこともあろうが……一先ず、あの時の部屋まで預けてくれるかの?」

「……ええ、構わないですよ。取り敢えず、ですが」

「忝いの。ささ、参りましょうか、天魔様」

若い男の姿でありながら、どうにも好々爺然とした雰囲気で、大天狗――鞍馬は案内を続けたのだった。

 

――――――

 

「…………」

「はぁ……もう、いい加減機嫌を直したらどうなの?イオ君だって悪気があった訳じゃないんだから」

ぷくーっと膨れた頬をしている射命丸に、はたてがほとほと疲れたような声でそう突っ込んだが、

「ふんだ。イオなんか知らない。あの二人にからかわれまくって、ボロボロになればいいんだし」

「はいはい、欠片も思ってないこと言わない。というか、アンタ単純にあの二人に搔っ攫われたのが悔しかっただけでしょ。ほら、さっさと作業進めるわよ」

「べ、別に悔しくもなんともないし!」

ぷっくりと頬を膨らませたまま、幼児退行でもしたかのような射命丸。

 その様子に、とうとうはたてはダメダコリャと匙を投げ、ルーミアに向かって肩を竦めて見せた。

 呆れが多分に含まれているその表情に、ルーミアも呆れた表情で肩を竦めると、

「――ねぇ、文。イオを束縛したくてそういってるの?」

「ちょ!!?」

はたて達が撮り溜めてきた写真を眺めながら、ぽつりと告げてみる。

 いきなりのその言葉にはたてが慌てているが、その間に事態は深刻化を増した。

 

「――どういう意味よ、それは」

 

表情を無へと変化させ、しかし眼だけをギラギラと輝かせながら、射命丸は詰問してきたからである。

「どういう意味も何も……今の文、どっかが可笑しいような気がしたんだもの。これ、私の気のせいかなぁ?」

うーんしょ、と声を出しながら、写真を見上げながらも続けるルーミアに、射命丸がふるふる、と怒りによってなのか身を震わせると、

「――馬鹿を言わないで。イオと私は飽くまでも友達。それ以上でも、それ以外の何者もないわ」

「本当にー?」

ただただ純粋な眼で、ルーミアは彼女を見据えた。

「ねぇ、文。もういい加減自分の心に素直になった方がいいと思うよー?」

なんだか、見ていて辛くなってくるから。

 心配そうな光を纏わせ、ルーミアは小さくそう告げる。

「……何を、素直になれと?」

「決まっているでしょ。――イオが好きだってことだよ」

すっと足を踏み出したルーミアが、射命丸の目の前に立って彼女を見上げた。

「今までの行動からしてもさ、文、ずっと感情を押しこんでいるでしょ?何で?」

射命丸が幾ら否定しようとも、ルーミアはけして誤魔化されることはないとばかりに、静かな瞳で見つめる。

 イオの同居人が見せた、幼き姿に似合わぬ大妖怪のような気品さと迫力が伴ったその雰囲気に、射命丸は思いもよらず固まった。

 その様子に頓着せず、ルーミアは言葉を続ける。

「……私達妖怪は、己が本能に従って生きてる。人と共にあるからこそ、人の中に生きたいと思うし、人を愛するが故に、全てを喰らい尽して物にする。妖の始まりは、そんな本能から生まれた」

歴史を司る白澤である慧音の教導による、ルーミアの知識。

 その片鱗を見せつつ、静かに歩き出しながら射命丸にゆっくりと近づく彼女は、常のほんわかとさせるような陽だまりの気配を無くし、ただただ真剣であった。

「時が経ち、私達が自我を持つようになってからも、根っこの部分は変わらぬまま……だから、私は思うんだよ」

 

――もっと、自分を出したりしたって、いいんだって。

 

「……」

その言葉に、唇を引き結んだ射命丸は、何処か苦しそうな表情になる。

 そんな彼女に、ルーミアは静かに呆れを含んだ微笑みを浮かべると瞑目し……次の瞬間、闇が辺りを覆った。

「ちょ、きゃあ!!?」

はたてが驚きの声を上げるのを聞きながら、闇が晴れた時、そこに立っていたのは大人の形態へと変わったルーミアの姿。

「!!?」

いきなりの急成長に、射命丸もはたても驚愕の表情を浮かべて硬直した。

 しかし、ルーミアは留まる心算は毛頭ないらしい。

 すっと射命丸の顔すれすれにまで近づき、じっくりと上目遣いをすると、

 

「――あんまり足踏みしているようだと、私が盗っちゃうよ?」

 

「「――!!?」」

唐突な泥棒猫宣言に、時経た鴉天狗達は一様に固まるしかないのだった。

 

――――――

 

――女同士の負けられない戦いが、今当に始まろうとしていることなど到底知ることもないイオは、大天狗の案内により、先日訪れた茶室に来ていた。

 相変わらずイグサの香りが漂っているこの部屋は、見る者を心穏やかにしてくれ、二人が上座に座ってから、ほぼ同時に座ったイオもふぅ……と一息をつく。

「ほっほっ。随分とこの部屋を気に入ってくれた様じゃな」

「ええ……落ち着きますから」

嬉しそうな大天狗に、イオはやや照れ臭そうな表情を浮かべてそう言葉を返した。

 とはいえ、見た目からして西洋の者に見えるイオが言うのもやや違和感も感じることであろうが、天魔――暁はくすり、と笑うだけである。

「見る限り、もうこの世界での生活に慣れてきているようだけど……あの子とは、普段どうしているのかしら?」

親としての心配も含んでいるのか、色々と感情が見え隠れしているその言葉に、イオは穏やかに微笑みを浮かべると、

「そうですねぇ……まぁ、仲良くさせていただいてますよ。最近だと、僕の作る料理が楽しみなのか、しょっちゅう家に来ては食べていくんですよね」

と、途中から微苦笑へと変えつつそう告げた。

「……あの子ったら……いつからそんな腹ペコな子になったのかしらね。全く、料理はちゃんと作れるように教えてあるはずなんだけど」

ごめんなさいね?と申し訳なさそうな表情になった暁が、そうイオに謝ると慌てて彼は両手を振り、

「いえいえ!大丈夫ですよ。僕の料理を美味しいって言ってくれて嬉しいですから」

と、彼女からの言葉を反芻しているのか、若干面映ゆそうな表情になる。

「でもねぇ……あの子のことだから、貴方がいる時にいつも来ている感じがするのよねぇ。正直、年頃の娘なんだから、異性の家に行くのはもうちょっと考えてもらわないと」

 

――下手すれば、そのまま頂かれちゃうかもだし。

 

冗談のように告げられたその言葉に、イオは思わず呆れた表情を浮かべた。

「何を仰ってるんです、もう。文とは単純に友達付き合いをしているだけですよ?」

微塵も動揺していない彼の表情に、暁は困ったように首を傾げると、

「あらあら、可笑しいわねぇ」

 

――だって、冬の豪雪の時、あの子貴方の家にお泊りしたんでしょう?

 

「――……」

大天狗から差し出された湯呑を傾ける途中で、ぴくり、と体を強張らせる。

「私、初めそれ聞いた時はとうとう行けたのかなんて思ったのよねぇ……?」

楽しそうな声で、しかし、何処か眼を鋭いものに変えた暁に、イオは柄にもなく冷や汗を掻いた。

(ま、まずい……もしかしなくても、文との仲を疑われてる!?)

お泊り会をしたことは事実。

 とはいえ、別の部屋でそれぞれ寝ていたのならともかく、彼の部屋で三人共に寝たのもまた事実だった。

――傍からすれば、間違うことなきアウトである。

「は、はは……嫌ですねぇ。お泊り会をしたのは事実ですが、それにしたって僕とは別々の部屋で寝ましたよ?天魔さんが気にされる程のことじゃ、けしてないです」

「ふぅん……?」

可笑しげに笑う彼女に、イオは何処となく引き攣ったように見える笑顔を浮かべた。

 と、そこへ、

「ほっほっ。天魔様もそのくらいに。イオ殿を余り委縮させるものではないですぞ」

と、大天狗がとりなしをする。

「元々、あの子が迂闊だったのじゃ。幾ら大雪が降っていたとはいえ、異性の家に泊めてもろうておるのは、悪戯に噂を掻き起こすだけじゃからのう。それに、イオ殿の性格も十分に承知しておる。普通に泊まって普通に夜を過ごしたんじゃろ?」

くっくっと笑いながら、大天狗がにやにやしつつイオに向かってそう尋ねてきた。

「え、ええ。何もしてませんよ。それははっきり誓えます」

助け舟であると気づいたイオが、キリッとした表情になり答えを返す。

「あらあら……残念ねぇ。もし手を出してたら、色々理由つけてくっつけてやろうと思ったのに」

「……かなり悪辣じゃないですか、それ」

ニヤニヤと悪い笑顔を浮かべている暁に、イオはたまらず頬を引き攣らせた。

 だが、彼女はそれだけで止まる心算はないようで……。

 大天狗が差し出した茶道の碗を傾け、抹茶を口の中で転がしてから飲み込むと、

「ふむ、そうねぇ……ちょっと疑問に思ったのだけど」

 

――貴方、私の娘のこと……一体、どう思ってくれているのかしら?

 

「……?変な質問ですね。先程、単純に友達だと言ったばかりじゃないですか」

きょとん、と首を傾げて見せる様のイオ。

 だが、暁は追及の手を止めずに、

「あら。たかだか友達程度で女の子を泊めるなんてこと出来ないわよ?貴方のように年頃の男だと、普通は女の子とお近づきになりたいなんて思うのは当然だし、何より、普段から憎からず思っている子が来てくれるとあれば、ねぇ……?」

すっと静かに碗を置いてから、イオが射命丸文に対して示している態度の不審さを指摘した。

 その言葉にイオは若干微苦笑を浮かべると、

「あー……実の所、普通とはちょっと違う人生送ってきたので。厭味じゃないですが、こんな顔をしているせいか、妙にハニートラップ紛いの騒動に巻きこまれ易いんですよね。お陰で、早々美人と出会っても、特に何ともなくなってきたので」

多分、天魔さんが考えておられることにはならないと思いますよ?

あっけらかんとしてそう告げたイオに、す……と暁の眼が細くなる。

「あら?もしかして、私の娘が魅力的じゃないと言いたい訳?」

本気の怒気を見せた彼女に、しかしイオは呆れた表情を浮かべて首を振ると、

「なんでそうなるんですか。というか、文が魅力的でないとするなら、この世の全ての女性がそうじゃないことになっちゃいますって」

全く、失礼な……とぶつぶつ文句を呟くイオに、だが、暁はあっさり怒気を収めるとにんまりと笑い、

「あら、あの子が可愛いことは認めるのね?ふぅん……」

「……助けて下さい、鞍馬さん。この方、妙に攻めてくるんですけど」

ニヤニヤしながら見つめてくる彼女に、イオは苦々しさと困惑が入り混じった表情になり、大天狗に助けを求めた。

 だが、彼はくすくすと笑うと、

「まぁ、諦めるんじゃな。何せ、ずっと一人でいたあの子の傍にいてくれそうな者を見つけたんじゃ。暫くはこのままじゃと思った方がいいかもしれんぞ?」

「あら、鞍馬。そうは言うけど、貴方も望んでいるんでしょう?何せ、ずっとあの子を気にかけていたんだし」

からかいに染まった眼で、暁は大天狗を流し目で見やる。

「そうですのう……ほんに、あの時は申し訳なかったものでしてな。性質からして自由を好むあの子に、鎖を付けようとしたのがいけなかったのですじゃ」

「……そうね。出来れば、あの子が幸せになってくれたらいいのだけど……」

暁がしんみりとしつつも、流し目でイオを見た。

 言いたいことは何となく分かりはするが、流石に気持ちも考えずに動くのはどうにも可笑しいために、

「そんな風に見なくとも、僕はちゃんとしますよ。どうせ、寿命が長引いたことですし知り合いがいなくなるのはきついですからね」

と渋々ながらそう告げる。

「あ、でも普通に友達としてですからね?」

ただし、その言葉を付け加えることも忘れなかったが。

 そんな風にして、色々と危ない茶室での人時は過ぎていくのであった。

 

――――――

 

「……何を、言って……」

「もう、鈍いなぁ……だから、イオを盗っちゃうよって言ってるのに」

強張った顔を何とか動かし、掠れ声で射命丸が告げる言葉に、ルーミアは何処か婀娜っぽく微笑みを浮かべていた。

「ふふ、正直貴方に遠慮してた部分もあるけれど……そんなに友達として突き通すつもりなら、遠慮なく行っても別に罰は当たらないよね?」

ぞわり、と大妖怪としての迫力を醸し出しながら、ルーミアは楽しそうに告げる。

 と、そこへずっと凍りついていたはたてが漸く再起動し、

「ちょ、ちょっと待ちなさい!い、色々言いたいことがあるけど、まずその姿は一体何なの!?」

と、慌てたように彼女と射命丸の間に割って入った。

「なあに、もう。今いいとこだったのに」

ぶんむくれるルーミアだったが、とはいえ彼女のお陰で若干雰囲気が和らいだのも確かである。

 仕方なしではあるが、ルーミアが渋々説明を行ったのだった。

 

――少女説明中――

 

「……」

彼女の現在の姿になれた経緯を聞き、はたてが頭を抱える。

 その様子に頓着することなく、ルーミアは射命丸の目の前に再び立つと、

「で、結局どうする心算なの、文?ずーっと見ているだけ?」

と、挑発を仕掛け始めた。

 其処に、ようやく衝撃の事実から立ち直ったはたてが再び割って入ると、

「待ってよ。どうしていきなりこんなことしたのか……幾ら何でも、唐突すぎるわ」

と、ほとほと疲れた表情で、何とかそう告げる。

 

――実際、彼女の行動には幾らか疑問点が生じていた。

 

まず、先程までのんびりとしていただけの筈が、何故此処までの事態にまで発展したのかということ。

 ルーミアがイオに対して慕情を抱いていることは初耳だったが、それにしたってこうして嗾けるような真似までしなくともいいのだから。

「……ねぇ、はたて。イオと文がさ、喋っている様子……どう思った?」

だが、ルーミアはその言葉に答えず、逆に彼女に向かってそう尋ねた。

「どうって……そうね、凄く仲が良さそうには見えたわ。文も随分と楽しそうだったし」

その言葉に、はたては困惑を抱きつつも思い返しながらそう答える。

 すると、ルーミアはフッと微笑みを浮かべ、

「――そうだよね。じゃあ、文。イオと話している時……どんな風に感じたかな?」

「……それ、貴方に話す必要……あるのかしら?」

相変わらず掠れたような声で、射命丸が問い返した。

 感情を見られまいとしてか、横に眼を向けている彼女にルーミアはやれやれと首を振って、

「重要なことだからね。答えてくれないと、私は困るんだけど」

と、イオの背丈に追いつく程度に成長させた身体を見せるように、腰に手を当てて上目遣いになる。

「…………ええ、楽しいと思ったわ。ずっと、ずっと話していたいと思える位には、ね」

真剣な眼差しの彼女に、とうとう、射命丸は心情を吐露した。

 だが、ルーミアの追及は留まらない。

「それだけ?」

「……これ以上……何を言わせたいの、ルーミア」

キッと睨みつけながら、射命丸がそう詰問するが、彼女ははぁ……と深い溜息をつくと、

「まだ隠してること、あるでしょ。さっさと言った方が、文の為にもなると思うよー?」

「そんなこと、な「あるでしょ。ねぇ、文……お願いだから、素直になって」……隠してることなんてない。それは、貴方の気のせいよ」

最早懇願に近いルーミアの言葉に、射命丸はしかしそっと眼を逸らしながらそう告げた。

 その次の瞬間。

 

「――嘘つき。イオの傍に、ずっと居たいって思ってるくせに」

 

思わずはっとルーミアを見てしまったのが悪かった。

 余りにも動揺を隠し切れていない射命丸の様子に、はたても、そして勿論ルーミアも納得した表情を浮かべる。

「……やっぱりか。イオじゃないけど、その反応……イオのこと、好きなんでしょ?」

怒ることも悔しがる様子もなしに、ルーミアは淡々と言葉を続けた。

「ち、ちが……「違わないよ。私の言葉だけでそんなに動揺してる時点で、説得力ないの、分かってるよね?」……く……」

事此処に至って、どうにも否定できない故に、射命丸は黙秘に移ろうとする。

 どうやら、飽くまでも徹底抗戦を続ける心算であるらしかった。

「……ねぇ、はたて。文ってかなり頑固だね」

「割と自由を好んでる分、我を押し通すようになっちゃったのよ、多分」

余計な質問をされる前に作業に移ろうとでも考えたのか、しきりに自分の撮った写真や取っておいたメモを取り出しじっと見つめている射命丸に、二人はこそこそと会話を交わすのであった。

 




頑なな態度を崩そうともしない射命丸に、二人の少女達は一様に気を揉む。
射命丸の心は、一体何を以てその答えを導き出したのだろうか……?


――という訳で、イオの周りにいる特定の少女達がどのような思いを抱いているのかを述べていく章となりました。
次章は、次の章が五十章になる記念SSとなりますゆえ、本編から遠ざかりますので宜しくお願いします。
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