東方剣神録   作:上田幻

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第五十二章「飛び交うは色鮮やかな業」

 

――禁忌『レーヴァテイン』――

 

……其は、燃ゆる枝。

……其は、火を齎す剣。

 破壊の化身たるそのスペルが、大きく薙ぎ払われた――!!

「そぉい!ちょいやさ!」

しかし、危険極まりないそのスペルを、気が抜けそうな掛け声と共に軽々と避けていく者がいる。

――言わずと知れた、何でも屋イオ=カリストだった。

 縦横無尽に薙ぎ払われ、その跡に、多くの炎弾を散りばめ、次々にイオに襲い掛かっていくそのスペル。

……だが、

「おぉっと、危ない!」

生み出される弾と弾の間をすり抜け、イオは楽しげに笑った。

 だが、フランドールはかなり不満そうだ。

「よくもそんなセリフが出ますね!先程から当たっていないのに!」

言いながら振り回す彼女に、イオはくすくすと笑うと、

「そりゃあ、フランが振り回している物が物だしね。一応、剣だけなら幻想郷随一なんて言われてるんだ。早々剣術じゃあ負ける心算はないよ!」

叫び返しながら、弾幕という名の飛ぶ斬撃を放っていった。

 既に、その両手には自身の相棒の一つである『朱煉』が握られているため、なんなく斬撃がフランの攻撃を打ち消していっている。

 

――そして、スペルブレイクが発生した。

 

かしゃん、という薄いガラス板が割れたような音と共にスペルカードが割れ消えていく。

 チャンスと見てとったイオが、大きく身を沈ませてから一気に飛び下がると、

 

――風遁『ミストルティン』――

 

小さな竜巻を無理やり槍状に変化させたスペルを放った。

 両手の刀身に、渦を巻くようにして風を顕現させ、第参の剣技たる『龍皇炎舞流』が

陸式――『蒼天裂槍』を繰り出す。

 次々に発生する小龍とも言えるその緑色に輝くスペルに、一瞬フランドールが見惚れかけ、寸での所で何とか避けきった。

「もう!こんなのノーマルの弾幕じゃあすみませんよ兄様!?」

「そう?割と簡単だと思うけどなぁ」

「そんなの兄様だけですぅ!!」

 

――禁忌『恋の迷路』――

 

叫びながら繰り出されたそのスペル。

 同心円状に広範囲に渡って放たれたその弾幕は、狙ったものか、イオの放った弾幕を相殺していった。

――そして、両者がスペルブレイクする。

 ひゅひゅん、と片手に握っている朱煉を血振りのように振り、再び構えたイオに、フランドールはきっと眦を吊り上げると、

 

――禁忌『クランベリートラップ』――

 

ただ突っ立っているだけでは、到底クリアすることも叶わないそのスペルは、縦横無尽に、あるいは三次元の立体的な動きで以てイオを翻弄しようとした。

 流石のイオもこのスペルにはやや真剣な表情となり、当たらないように隙間を縫って弾幕を避けようとしている。

 空気を踏む、タン、タターンというリズムカルな音と共に、イオが空を駆け巡った。横目で襲い掛かってくる弾幕を眺め見やりながら、冷静に対処しているようである。

 そして、とある空中の一点にトン、と降り立った時であった。

 

『砕けろ刃、滅せよ命。其は全てを破壊する雷神の象徴なり……いざ、刮目せよ。風が生み出したる、自然の力を』

 

――雷符『暁に煌くミョルニルハンマー』ver.X――

 

唐突なスペル詠唱と共に、イオが蒼の魔力を体に纏い大きく踏み出す。

「わわっ!!?」

いきなり自分の所に向かって飛びかかろうとする彼の様子に、慌てたフランドールが何とか避けきったその時。

 一瞬でフランドールを中心に、宙で輝く魔法陣を組み上げたイオが、芝居たっぷりに声を上げた。

 

「――さぁさ、どうぞ御覧あれ!自然が生み出した、雄大なる光景を!」

 

――そして、雷が迸る。

 大図書館であるが故のかなり高い天井に、それを覆いつくすかのような大きさの魔法陣が構成され、中心に刻まれた『雷』の文字から、豪雨の如き雷槍が降り注がれた。

 稲妻のようにジグザグに、しかし、はっきりと脅威を示すプラズマの光と共に襲い掛かってくるそのスペルに、フランドールは表情をやや強張らせる。

「幾らなんでも、そんなのあり!?」

淑女であるように振舞っていた口調を、見た目相応に子供のようにさせた彼女が、必死になって雷から逃れようと足掻いた。

 なにせ、掠るだけでも危険なのだ。宝石の翼を必死になって羽ばたかせるのも無理ないだろう。

「兄様のいじわる!ちょっとは手加減してくれてもいいじゃない!」

逃げ惑いながらのその言葉に、イオはやや苦笑して、

「あー……嫌がらせしてる訳じゃないんだけど。ラルロスに教えてもらった魔法って、大概が対軍隊か、対巨大魔物用の凶悪な奴ばかりなんだよね。だから、御免ね?」

あはは、と頭掻きつつ笑っているその姿に、流石のフランドールもぷちっと切れた。

「このぉ!!」

 

――禁弾『カタディオプトリック』――

 

人魂を模したかのような、青白い弾幕。

 縦列や横列に行き渡るその様は、まるで幽界からの誘いを表しているかのようであり、大図書館の壁にぶち当たっては跳ね返り、無防備に見えるイオへ襲い掛かった。

「ぅおっ!?あ、しまっ……!!?」

一瞬避けられたと思った直後に、目の前に光る魔弾を見つけて驚いてしまう。

 

――そして、勝敗は決した。

 

「……けほ、いやー参った参った」

あはは……と笑いながら、イオが煤けた状態で地上に降り立つ。

「全く……調子に乗るのが悪いんですよ、兄様」

ぷんすか、と若干頭から湯気を立てながら、フランドールが近くに降りて文句を言った。

「いや、御免よホント。でもねぇ……大体凶悪な威力なのが殆どだから、どうしようもないんだよねぇ」

やや困ったように告げるイオ。

「元々、義父さんの特訓に渡り合える為に編み出したのが始まりだからさ。――ああうん、ホント、よくイキテこれたなぁ……」

そして、当時の特訓時の地獄ぶりを思い出したのか、遠い眼でかつハイライトが消えた物へと変わった。

「というか、第二剣技で全方位全角度から攻撃しても防ぐってどういうことなの……古代級魔法も軽々と打ち消しちゃうしさぁ……もう、あの人が最強でよくない?」

ぶつぶつと、ずーんとした暗い空気を纏い始めたイオに、フランドールがあわあわとしている中、ふと、涼やかな声が青年に向かってかけられる。

「……随分と下が騒がしいと思ったら」

「あ!お姉さま!」

こつ、こつ、と絨毯に響く靴音と共に、レミリアが現れた。

 嬉しそうなフランドールがぎゅっと抱き付きにかかるのをやれやれと思いつつもうけとめ、静かに撫でながら言葉を続ける。

「どうやら、私の妹の弾幕ごっこに付き合ってもらっていたようね。感謝するわ」

「いえいえ、こちらも練習になりましたし。とはいえ、もう少し威力を絞らないといけないみたいで……怒られちゃいましたよ」

傍から見てホラー待ったなしの表情になっていたイオがしゃきっとなり、手を振りながら愛想良く返した。

「それだけ本気で遊んでくれているもの……フラン、楽しかったのではなくて?」

くすくす、と嬉しそうに笑いながら、レミリアが抱き付いている妹に向かってそう尋ねる。

「……楽しかったですわ。でも、兄様、割と凶悪なスペルばかりなんですもの」

むぅ、と口先を尖らせるフランドールに、イオが困ったように笑い、

「遊びって言っても僕にとっては十分命の危険に晒されるんだけどなぁ……本気で遊んでも別に文句言われる程じゃないような気が」

「ふふ……まぁ、こうして付き合ってくれているだけでも、フランにとってはかなり嬉しいことな「お姉さまそれ言っちゃ駄目!」……とまぁ、こんな感じね」

羞恥でやや頬を赤らめたフランドールに止められ、くすくすと再び笑声を響かせながら、イオに向かって肩を竦めて見せた。

 若干、そんな姉妹の様子に苦笑してみせたイオだったが、ふと、レミリアが幾ら騒がしいからとはいえ、わざわざこうしてやってきたことに少し疑問を抱き、

「……所で、レミリアさんはどうして此処まで?フランの様子を見るだけなら兎も角、話しかけてこられるとは……一体、何かあったんですか?」

と、表情をやや真剣な物に変え、静かな声で尋ねる。

 すると、あら?とレミリアが声を上げ、

「いいでしょう?いつも妹のことを見てもらっているのだもの……お礼を言いたかっただけよ」

「それだけですか?」

不審そうな表情に移行したイオが、若干身構えかけながら言葉を待った。

 何かしらの依頼を頼まれると考えている様子に見える彼に、レミリアはやれやれと苦笑すると、

「……どうにも、よく見ているのねぇ……」

と、呟くようにして言葉を紡ぎ……一瞬瞑目してから、

「そうね。正直に言えば私は貴方に用事があったわ。でもねぇ……私の立場からするに、その依頼は殊の外時間がかかりそうなのよ。長時間、何でも屋である貴方を拘束していたら、どこぞの組織が騒ぎたてるのは必定ね。だから、黙っていたわけなのだけど」

フッと微笑みを浮かべ、すっと背筋を伸ばすようにして立つ。

「……ふむ、そこまで仰るということは……どうやら尋常の依頼ではなさそうですね」

至極当然な言葉を、イオが何かを考えるようにしながらそう告げると、

 

「――そりゃあそうよ。だって私、実は月に行こうと思っているのだから」

 

何でもない口調で、衝撃的な一言をレミリアが齎すのだった。

 

――――――

 

「あ~……風が気持ちいい~♪」

ふわり、と棚引く風に、空を飛んでいたルーミアが嬉しそうに呟く。

 隣で飛んでいる彼女のそんな様子に、自分の新聞の原稿が入った肩掛けのカバンの所在を確かめつつ、文が呟いた。

「こんな天気が何日も続くといいけれどねぇ……雨降ってると、どうしても翼が濡れちゃうから」

やはり、基が鳥であるせいもあるのか、余り雨天は好まない彼女の様子に、はたてはクスクスと笑い、

「あら、イオに会えないことも、雨の日が嫌な理由に入るの?」

「べ、別にそんなこと言ってないでしょ!というか、さっきからしつこいわよはたて!」

羞恥でやや頬を赤らめながら、親友に向かって噛みついている射命丸に、ルーミアは苦笑しながら、ふと、表情を悪戯っぽい物に変えると、

「……まぁ、仲がよいのはいいけど……ちょーっと気になった事があるんだ。――文ってさ、何時頃からイオを好きになったの?」

と、ニヤニヤとしながら訊ねる。

「へ!?い、いきなり何なのよ!?」

照れ隠しにはたてを殴ろうとしていた姿勢を止め、射命丸がぱちくりと眼を瞬かせた。

 その様子は如何にも想像していなかったという表情であり、はたてはさり気なく射命丸から逃れながら、

「あ、それ私も気になってた。あの何でも屋が来てから、大体半年位になるんでしょ?割と早くにイオに恋心持ってたように感じるのよねぇ」

何時の間にか逃れきっていたはたてにぐぬぬ……と悔しそうにしつつも、そうねぇ……と思いだすようにして空を見上げ、

「――秋祭りの、時からかしら」

何処か、上の空のような心地で答える。

 

――あんなにも、心が痛んだのは初めてで。

 誰かに微笑んでいる姿をみるのが、どうしようもなく、苦しくて。

……そして、想いさえも操れる彼の酒吞童子に見破られ、みっともなく動揺して。

 

「……少なくともはっきりと自覚したのは、あの時からなのは確かね」

憂い気な表情になった射命丸が、ちょっぴり肩を落としつつもそう呟いた。

その言葉を聞き、へぇ……と真剣な眼差しで頷いているはたてとは別に、ルーミアは若干動揺を隠しきれない。

(え、ちょっと待って。秋祭りの時って……確か、私……)

イオに、振り向いてもらおうと、薬の力で成長した姿でいたあの時に、射命丸がいたというのか。

(……不味かったかなぁ……まさか、見られてたと思わなかった)

ちょっと、いや、かなり恥ずかしくなってきたが故に、段々と頬が熱くなってきたのを自覚しながら、ルーミアはそっと眼を逸らした。

「ふぅん……なるほどねぇ。その様子からするに、その日までイオは親友というかそういう位置だった訳だ」

「……まぁ、そういうことよ。でも、正直、イオを好きになるとは思わなかったわ」

標高が高い妖怪の山よりも少しだけ高く飛びながら、原稿を印刷出来る場所へと向かう

三人組。

 そんな中において告げられた射命丸の言葉に、はたては眼をぱちくりとさせた。

「へ?そりゃまたどうしてよ?」

はたてとしては、誰かを好きになることに理屈なんて求める方が可笑しく感じられたのだが、射命丸にとってはそれは異なっていたようで、

「考えてもみなさい。そもそもの、妖怪と人間の二つの種族には大きな隔たりがあるわ。――その大本の原因は、寿命よ」

体の作りさえも、普通の生命あるものとは違い、単純に丈夫であるということだけでは留まらない。

「人間は年老い、老人となっていくのに……私達は、精神こそ熟しても、容姿が少女、あるいは青年のそれからずっと変わることがない。それは、『イオ=カリストさえも』、例外じゃない……筈だったのよ」

それが、あの宴会ばかりが起きた異変により、それなりに永く生きられるようになって……、

「あぁ……前に、文が妙に不機嫌な表情で帰ってきたことがあったけど、もしかしなくても、イオが種族変えた所為ね?」

「――あの時程、イオを殴り飛ばしてやりたいと思ったことはなかったわ」

ふふふ……と、仄暗い笑顔を浮かべている射命丸に、二人してドン引きしながら、

「いや、でもその理由聞いたんでしょ?」

「そうだよ?私だって、あのあとイオから直接訊いたんだから」

と、今この場にいないイオのフォローをした。

 若干慌てている二人の様子に、何だか妙に可笑しく思えてきた射命丸が、くすくすと笑いながら、

「そんなに警戒しなくても、愚痴は溢さないわよ。アイツが、私やルーミアのことを思って、行動してくれていたのは分かってる」

 

『誰も、悲しませたくないと思ったんだ』

 

いっそ晴々としたような、彼の何でも屋らしい優しさと甘さを混ぜ合わせた言葉。

 それは、人間に先立たれてしまう妖怪達のことを慮っている点もそうだが、恐ろしいのは言葉通りに寿命を伸ばしてしまったこと。

 後から聞けば、あの閻魔の少女にも寿命が永くなったことを、説教されながらではあるが、認められているのである。

「そりゃあ、勝手に種族変えちゃったことは凄く怒ったわ。それでイオがボロボロになってから倒れて、萃香様に治してもらった後、イオが只の友達だって言った時は何だか妙に苛ついてさ……気づいた時には逃げるイオを追いかけてたわね」

フッと穏やかな表情を浮かべている射命丸に、しかし、二人はからかうこともせず真剣に聞き入っていた。

「まぁそれから色々とイオの隠してた能力だとか知ったり、普段のイオの表情を見て、何処か心がほっとしたり。多分、そうして魅かれていったんだと思う」

照れ臭そうに、そう言って言葉を締め括ると、

「ほ、ほら、速く河童の所行って、新聞刷って行きましょ!印刷してもらうのに変に時間掛かっちゃった!」

と、少々ばかり頬を赤らめながら、ビュオ!と風唸る音と共に空を駆ける。

 そんな彼女の後を、二人はというと……、

「あ!ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?」

「文みたいに速く空を飛べないんだからさ!」

慌てたように口々に文句を言いつつも、後を追い掛けていくのであった。

 

――――――

 

「……えーと……」

頬をかりかりと掻きながら、イオは何とも言い難そうな表情。

 場所を変え、パチュリーと魔理沙がいる長机の席に着いたイオは、先程のレミリアが告げた衝撃的な言葉に、やや困惑していた。

――いや、むしろ、彼女の正気を疑ったと言ってもよいくらいだ。

「本気で……仰っているんですよね?」

……幻想の象徴の一つとさえ言える、この星の衛星。

 イオのいた世界では、望遠鏡という代物さえあれど、その星に向かって直接行くなどという発想は考えられないことであった。

 そもそも、宗教観からして、月は神が姿を変じた物であると思われており、その他の天体にしても、触れられることというのはそんなに無かったのである。言わば、暗黙の了解という訳であった。

「あら?本気も本気。少しばかり退屈だったもの……私達にも影響がある、あの銀色にも金色にも変化する天体に、まさか、人が住んでいるなんて思いもしなかったから。ちょいと観光でもしようかなと思ってね」

「……はぁ……幾らなんでも、不可能でしょう。僕の世界においても、国を移動する時はかなりの苦労を伴うのに……まして、夜空に浮かぶ星に行こうだなんて」

戸惑った表情を浮かべているイオ。

 このあたり、ある種のカルチャーショックとも言えるのかもしれなかった。

 さて、そんな彼に対し、レミリアはというと……。

「――ふふ。非常識だと、イオは言いたいようね?」

「言っておきますが、僕たちの世界で開発された国家間転移魔法陣でさえ、画期的過ぎて秘匿されていても可笑しくないと言われていますからね?そんな話を聞かされた後、こんな話を聞くなんて思いもしませんでしたし」

揶揄するかのようなレミリアの流し目に、イオは見とれるよりも先にジト眼になって言い返す。

 そんな彼に、レミリアの近くに座っていたパチュリーがやや深い溜息をついてから、

「私としても、馬鹿じゃないのの一言で済んだら良かったのだけれどねぇ……どうにも、そうはならなかったわ」

これを、読んでみなさい。

 そんな言葉と共に渡された、一冊の本。

 表紙には、暗闇に点在するようにして輝く小さな丸のような中に、船の様にも、或いは塔の様にも見える物体が斜めにあった。

 その周りに、茶褐色の球体や、水色が少し濃くなったような球体もあり、イオにはどういう代物なのか、さっぱり分からない。

 視線でパチュリーに訊いてみようにも、彼女は自分の読書へ戻っており、レミリアに眼を向けてもくすくすと笑うだけだった。

 仕方なしに溜息をついてから、ぺらりとページを開く。

――つかの間の、静かな読書へとイオが没頭していったのであった。

 初め、胡乱気にも見えた彼の様子が、少しずつページを捲っていく内に真剣な物へと変えていく様を見つめながら、魔理沙がこっそりとパチュリーに話しかける。

「にしても……なんであんな本が見つかったんだ?あれ、明らかに『外の世界』のだろ?」

しっかりとした装丁に、色鮮やかな表紙。

 幻想郷の中において、そのような本など稗田邸における『幻想郷縁起』にしか見出せないその本に、魔理沙は疑問を抱いたようだった。

 普段、魔導書に関して色々と試行錯誤していることを知っているパチュリーは、そんな彼女の鋭い指摘に、フッと傍目からは分かり難い微笑みを浮かべつつも、

「私としても、そのような本があるなんて知らなかったのだけれど……まぁ、面白そうな内容だったしね。『誰が置いたのかはともかく』、読んでみるのはお勧めできることではあるわ」

色々と興味深いことが書かれているから。

 知的好奇心がかいま見える彼女の様子に、魔理沙はやや苦笑しつつも、

「そう言われてもなぁ……なんか嫌な予感するし遠慮するぜ」

「あら、珍しい。明日は槍でも降るのかしらね?」

「……そんな言い方ないだろパチェ」

魔術、あるいは魔道の先達として内心尊敬しているパチュリーからの、意地悪気なその言葉に、普段勝ち気そうなその眉根が情けなさそうにしょんぼりする。

 その時だった。

 

「――読まなくて正解だよ、魔理沙」

 

ふぅ……と、読了後の疲れが出ている為か、眉間を揉むようにしてイオが言葉を告げる。

 何時にないその真剣な眼差しは、どうやら、本を読んだことによるものか。

「……パチュリーさん。これ、何時の間にか入っていたと仰いましたよね?」

右手に持っているその本を指し示しながら、イオがパチュリーに向かって訊ねた。

 緊張がはっきりと分かるその様子に、パチュリーはむしろ納得したように頷きながら、

「貴方の様子からするに……やはり、気付いたようね」

「気づきますよこんなの。明らかに――僕たちの世界での、『古代級魔法並み』のことが書かれています。恐らく、魔理沙が言ったように『外の世界』の物であり……同時に、こんな本が出される程度には、外の技術力が進化しているということなのでしょう」

僕たちの世界が、魔法によって進化してきたのと同じように。

 思考に耽るイオが、静かながらも興奮したような光を眼に浮かべ、力説する。

「……それを読んだ後、疑問が一つ、出てきたんですよ。――『何故、此処までの技術力があるのに、それらが普段幻想入りを果たしていないのか』……まず、その辺りからですかね」

そして告げられたその言葉に、その場にいた四人はそれぞれに相槌を打って見せた。

「まぁ、僕の考えでは……『人間が力を持ち過ぎないように』する為であると断定しています。かと言って、生活が苦しくなる程に技術力は低くはない。けれど……それを、人間に友好的な妖怪たちが補っていると考えれば、これは、この本は、絶対に『幻想郷に入れてはならない』筈の物……」

 

――詰まりは、『誰かが故意に』入れたと考えることができます。

 

しん、とその場に静寂が舞い降りた。

 静かな眼をしているレミリアは、イオのその考察に思う所があるのか、フランドールがやや不安そうに姉を覗きこんでいても、黙ったままだ。

 ぺらり、と魔導書を捲りながら、パチュリーがぽつりと、

「……私と同じ考えに至った訳ね。誰が入れたかについては……分かった?」

「――パチュリーさんが考えてらっしゃる人と同じですよ」

 

――『八雲紫』さん以外に考えられないですね。

 

ぱち、ぱち、ぱち……。

 突如、図書館に静かな拍手の音が響き渡った。

 若干びくりと肩を上下させたフランドールや魔理沙とは異なり、実力者達は一様に鋭い目つきとなって、聞こえてきた方を見やる。

「来てましたか……紫さん」

「うふふ……御見事。そこまで考察がしっかり出来ているのならば、私が言いたいことも十分分かっているわね?」

何時ものように考えが読み取れぬ笑みを浮かべながら現れた彼女――紫が、自身で創り上げた境界の淵に座り、こちらに向かってそう尋ねてきた。

 依然として鋭い目つきのまま、イオが代表して言葉を告げる。

「何故……レミリアさんを、月に行かせようとしているのですか?」

「あら?自分は行こうとは思っていないの?」

此方を挑発するかのような彼女の笑顔に、イオは怒るよりも先に呆れてみせた。

「逆に訊きたいんですが……何故、僕が行く必要があると?」

「……ふふ……その様子じゃあ、まだ霊夢から何も言われていないようね?」

「――何を考えているんです?」

ぞくり。

 妹分のように思っている彼女に、何をさせようとしているのかとイオが眦を吊り上げ、殺気を放つ。

 何時の間にかその両手が腰にいつも提げられるようになった朱煉の柄に掛かっており、実力行使してでも、彼女の考えを訊き出そうとしているのをはっきりと感じ取れた。

 だが、そんな彼に対し、紫は焦りもせずに微笑むと、

「あらあら、そんなに怖い顔しては駄目よ?これは貴方への、何時も頑張っている御褒美なのだから」

「……は?」

するり、と気配もなく眼前にまで近づいた紫に告げられた言葉に、イオはさっきまでの雰囲気が嘘のように消え、眼をパチクリとさせる。

「御褒美って……僕、何かしましたっけ?」

「ふふ……そうして何でも屋として中立であり続けてくれている事へのお礼と思ってくれればいいわ。休みを取っているのだし、月にでも観光してもらおうと思っただけなのよ」

「いや、あの……そもそも、行けるんですか?月に」

頭痛を堪えるような表情になったイオの言葉に、同感の意を表明したのか、後ろにいる魔理沙とフランドールが揃ってこくこくと頷いてみせた。

 レミリアは、そんな二人の様子に内心微笑ましさを感じつつも、表向きは紫を嘲笑うかのようにハッと笑声を上げ、

「そのスキマが言うんだ……可能なのだろうよ、『外の技術』ではな」

「――一つ、訂正ね。……あくまでもその本は、単に月へいく為の船の内部構造を知ってもらいたかっただけ。私が提示するのは、『幻想』の力によってのみなされる方法よ」

「どちらにしても……僕が行くのは確定事項なんですか?」

がっくりと肩を落としつつそう突っ込みを入れるイオ。

「あら?うちの可愛い霊夢を、何処とも知れない所に観光に行くというのに、貴方は何もしない心算?」

「あからさまな脅迫じゃないですかそれ!?」

ずびし、と裏拳ならぬ裏ちょっぷを噛ましながらイオが再び突っ込みを入れた。

 一気に空気がコメディのそれへと変貌を遂げているのを感じつつも、イオは慌ててレミリアに向かって、

「やめましょうよ月旅行は!絶対何かありますって!」

そもそも、あの永遠亭の薬師である永琳さんの故郷なんですよ!?

 どうにかして彼女の気持ちを逸らそうとしてか、この幻想郷内で警戒に値する天才のいた場所であると警告をしたいようだ。

 

――だが、生来からして、妖怪が人間の言うことを聞く筈もなかった。

 

「だったら寧ろ面白い物に会えそうね。――スキマ、喜べ。お前の思惑に乗ってやろうじゃないか」

「ふふふ……ええ、楽しんで来なさい。館の方はどうするのか考えているの?」

「私が残るからいいわ。フランも行ってきていいわよ」

間髪を入れず、パチュリーが告げたその言葉に、フランドールが眼を輝かせる。

「いいのですか!?」

「むぅ……余り、遠くに出したくはないけれど。最近は症状も落ち着いているようだし……ふむ。いいわ、フラン。一緒に楽しみましょう?」

「やった!お姉さま大好き!」

ぎゅっとレミリアを抱きしめ、心底から嬉しそうな彼女の様子に……イオはとうとう心が折れた。

「……こんな、嬉しそうにしてるのに駄目だなんて言えやしない……」

はぁ……と深々と溜息をついてみせるイオではあったが、少しばかり、この旅行に心踊る部分があったのも確かなのだった。

 

――――――

 

「――はぁ!?月に旅行!!?」

――夕食時。

 家に帰ったイオが、何時の間にか居間でのんびりとお茶を飲んでいる鴉天狗二人と同居している妖怪がいることに驚きつつも、今日の出来事を話した時の射命丸の様子がこれであった。

 これでもかというほどに驚愕で眼を真ん丸に開き、ぽかんとしている彼女の様子にイオはあはは……と、疲れたように笑いながら、

「うん、やめようよって言ったんだけどねぇ……フランが凄く楽しみにしてるからさ。もう止められなくなっちゃって」

どうしようかなぁ……と呟くイオは、どうにも困惑していること頻りな様子だ。

「そうなると、かなりの日数を取られそうだけど……大丈夫なの?」

はたてが、イオの作ったクリームシチューという、牛乳を用いて煮こんだ料理を口に運びながらそう尋ねるが、

「そうなんだよねぇ……知り合いが結構参加するみたいだからさ。正直不安だし……仕方がないから、ついてくことにしたよ。護衛の依頼になるね、これは」

ん、美味し、と呟きながら料理を食べつつ、イオが三人に向かって宣言した。

「ルーミアはどうする?一応、僕のサーヴァントゴーレム達を置いていくから、料理には困らないけど」

依頼を代行して貰わなきゃいけないしね。

 横目で、何やら考えている様子のルーミアに、そう提案をしてみると、彼女はう~ん……と唸りながら、

「……そうだね、私は留守番してる。御土産期待してるからね?」

「御安い御用さ。向うでも、多分人みたいなのは住んでるだろうし、尋ねる分には怒られないと思うからね」

若干、紫の所為でその安心さえも揺らぎかけているような気もするが、取り敢えず大丈夫だろう、多分。きっと。めいびー。

「……むぅ。何かホントにありそうでやだなぁ……断りきれない依頼って大抵ロクなことが起きやしないし」

第六感とも言うべき感覚が、何らかの警鐘を鳴らしているのを敏感に感じているイオが、ジトっとした眼で呟いた。

「はぁ……でも。そうすると、皆とも少しばかり話せなくなる訳だねぇ……ちょっと寂しいかな」

割と楽しい毎日だし、話してるだけでも結構気が休まるんだよねぇ。

何気ない様子でそう告げた一言に、その場の雰囲気が若干ぴきりと固まる。

 少しばかり頬を赤らめ、射命丸が無言でシチューをかきこんだ。顔を見せまいとしてか、皿ごと持ち上げて食べている始末である。

 ルーミアもルーミアで動揺しているようであり、眼が泳いでいるのをはたてはしっかりと目撃していた。

(わざとやってんのかしら、コイツ)

思わずじっとりとした眼つきになり、イオを睨みつける。

 当の本人はそんなことも知らず、一口一口食べては嬉しそうに笑い、うんうんと自分の料理の出来栄えに頷いていた。

 何も考えている様子ではないのは確かな彼の姿に、

(ナルホド、文がはったおしたいなんていう訳だ……少なからず天然なのね)

やれやれ、と内心首を振りながらも、取り敢えず口を出しておこうと唇を開いて、

「……所で、依頼遂行するのは代行させるとか言ってたけど。誰にやらせる心算なの?」

「ん?ああ、それは僕が作ったゴーレム達に任せることにしますよ。まぁ、僕の能力が関わる依頼は流石に無理ですが、それ以外で鹿肉などを狩ってくることは出来るので」

余りその部分は心配していないんですよね。

 自慢げな表情でむふーと息ついてみせるイオは、まるで、我が子を思うかのような表情であり、はっきり言って親馬鹿以外の何者でもない。

(……こいつが親になったら子供は苦労しそうね)

若干呆れの色を顔に滲ませながらも、はたてははいはい、と手を振り、

「じゃあ、イオが旅行に出るにはそれほど制約はないわけね。――文、一緒に行ってあげたら?」

「うぇっ!!?」

びびくーん!と大きく身を竦ませ、射命丸が慌てた。

「月に旅行なんて、新聞のネタ的にも大きいし。行った方がかなり面白そうよ?」

「な、なんでそうなるのよ!?」

ばん!と卓袱台を揺るがす勢いで叩き、すっくと膝立ちになる射命丸。

 赤を通り越して真赤になったその顔は、果たして羞恥によるのか、それとも怒りによるものか。

 だが、それはある時を境に一気に青ざめる――。

「……料理零れちゃうから止めようね?」

ぽつり。

 呟かれたその一言に、そろってその場の天狗達が凍りついた。

 ぎ、ぎ、ぎ……と軋んだ木製のドアのように首を動かし、鴉天狗二人が青白くなった顔をイオに向ける。

 

――恐ろしいほどの無表情だった。

 

その癖、金色の眼だけが爛々と輝いているのが、更に恐怖を煽り、思わず二人がずざざっと畳を引き摺るようにして後退りするのも、無理ないことである。

「何をそんなに慌てているのか知らないけれど……料理、落ちついてタベヨウカ?」

かく、と小首を傾げる所か折れているようにさえ見える彼の様相に、二人は青ざめたままこくこくと頷くばかりだった。

 

――閑話休題。

 

未だ、イオに対しておどおどとしつつも、二人が再び会話を開始する。

「……で、どうするのよ?一緒に行きたくないの?」

「あ、うー……むぅ……というか、そもそも一緒に行って大丈夫なの?」

何時の間にか行く行かないの話に切り替わっていることにようやく気付き、射命丸がはっとなってイオに向かって訊ねた。

「あー……どうだろ。そこらへん、よく聞かなかったし。そもそも依頼だから僕一人で行こうと思ってたくらいだから」

「なんでそこで一緒に行こうと誘わない!」

すぱん!と音高くハリセンが迸り、はたてが若干キレ気味に叫ぶ。

「あたた……何で叩かれたの今」

解せぬ、と言わんばかりのイオの表情に、はたてが再び眦を吊り上げ、

「そりゃあ当たり前でしょ!滅多にない位のチャンスなのに、何でそれで一緒に行動しようなんて思わないのよ!?」

「……?何がチャンスなの?」

「ちょ、馬鹿!?」

ドガッと鈍い音と共にはたての頭蓋骨に拳骨が突き刺さった。

 丁度頭蓋骨の頂点とも言える場所を的確に穿たれた彼女が、うごぉ……!と頭を抱えて転げまわっているのを、射命丸が必死に息を整えながら睨みつけている。

「――なにこのカオス」

その様子を傍から見ていたルーミアが、ぽつりと呟くのを聞きながら、イオは取り敢えず射命丸に向かって、

「……別に、来たかったんだったら、いいけど?というか、この旅行のこと新聞に一応載せてもらわないと、人里の皆に信じてもらえないしさ」

ばっと彼女がこちらを見つめてきた。

 驚愕と、ちょっぴり嬉しそうな気配を纏っているその眼に、イオは何処となく面映ゆさを感じつつも、

「さ、話はここまで。食べ終わったから片付けるよー」

と、そそくさと立ち上がり、台所へと歩き始める。

 後ろで、拳をぎゅっと握りしめ、とても嬉しそうな表情で勝ち誇っている射命丸がいるとは思いもせず、居間から立ち去っていった。

 

「――ねぇ。何で私殴られたの?」

「言っちゃいけないこと言おうとしたから自業自得よ」

「納得できない!というか、結局一緒に行くことになってるし私殴られ損じゃない!」

 

最も、すぐに鴉天狗同士で取っ組み合いになって喧嘩をし始めた為、イオが台所から殺気を飛ばして仲裁させたが。

 

 




イオと共に旅に出かけられるとあって、浮かれる射命丸。
そんな、彼女に黙って、とある計画がとある三人組によって成されようとしていた――。
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