――その報せは、直ぐに人里に、妖怪の山に、永遠亭や或いは博麗神社に届いた。
「……何だ、アイツも一緒に行くのね」
「ふふ、安心したのかしら?」
敢えて淡々とした物言いを貫こうとしているかの様な、博麗の巫女の様子に、紫がニヤニヤとしてからかう。
ギン!と霊夢が縁側の廊下に座っている紫を睨みつけ、
「うっさい。吹っ飛ばされたくなかったら黙って」
と、鋭い物言いでそう返した。
「どうせ、アンタのことだからアイツの身内を巻き込むような形で強引に誘ったんでしょ。アイツが困惑してるのが眼に見えるようだわ」
ふん、と言葉も荒くしてそう言い募る。
そんな霊夢の様子に、紫は常に浮かべている賢者としての笑顔ではなく、まるで、可愛い我が子を見つめている母親のような慈しみのある笑顔で、
「どちらにしても、結局イオはついてくる心算ではいたでしょう。少なからず関わりのある子がいて、何処とも知れない怪しい場所に行こうとしているのを、黙って見ていられなかったでしょうから」
「……ふん。分かりきったことじゃない」
彼女の言葉に、少しばかり間を空けて霊夢が呟いた。
「何があろうと、アイツは身内に関して驚く位に過保護よ。その癖、何処かで突き放してるとこもあるし。だけど……身内に危険が迫れば、身を呈することを平気でするわ」
「……ふぅん……」
博麗の巫女とはまた違った、誰に対しても公平さを貫く彼だが、友人や知人、そして家族が傷つくことを極端に恐れている。
それは、かつての永夜異変に於いても見出されていた性質だった。
――そして、昨年の冬において、アリスが原因で龍へと変貌した時も、また。
「アイツが……本気でぶち切れたら、私だって止められるか分からない。そもそも、幾ら弾幕ごっこで最強と言われていても、幾ら地力が高くあったとしても、アイツの溶岩のような怒りの前じゃ、吹き飛ばされかねないわ」
アリスにあの宴会の後尋問して、龍のことを知った今なら尚更、ね。
「……」
す……と、紫が湯呑を傾けていたが、黙して語らない。
その様は、まるでその怒りをどう転用しようかと悩んでいるかのようであった。
――――――
「――ふむ。そのようなことになったか」
大天狗――鞍馬が、顎を撫で摩るようにして呟く。
彼の目前には、今しがた入ってきた情報が綴られた、弐枚の楮で出来た紙が卓上に置かれていた。
「やれやれ……まさか、こんなことを考えるとはのう……確かに、これならば強くもなれる上に、身近で監視も出来よう……」
さて、困ったものだ。
怜悧な視線を、紙上に記されたその情報に向けつつ、黙認すべきかどうかを思慮する。
飽くまでも、利用するだけに留まるのであれば、このように考えるまでもなく採用したかもしれないそれは、木葉、橘高、白雨の三人の鴉天狗達が密談に置いて提唱された案によるものだった。
大天狗の子飼いである(射命丸その他は知らぬことだが)犬走椛の能力と、彼女自身が有する読唇術が、今回の情報となったものなのである。
『――人里の龍人殿の道場に堂々と現れ、弟子入りを志願する計画を立てた模様』
(……あの子のことを考えるならば、これは止めた方が良いかもしれぬが……一般的に、閉鎖された空間である筈の妖怪の山に、新たな風を吹き込むことにもなりうる可能性も存在する)
そしてそれは、けして無駄にはならないものではあるのだ。
無論、天狗達は旧き古から生き続ける妖怪だという自負もある故に、己が武を鍛える者も少なからず存在はした。誰あろう、大天狗の鞍馬でさえも、それは例外ではない。
しかも、彼の場合は外の世界において、とある武人が幼少の頃稽古をつけていたことさえあったのだ。
近頃は、幹部の位についているが故に、武を魅せることが出来なくなりつつあったため、イオに他世界への転移が出来ないか具申しているようだが……。
――閑話休題。
「……椛や。この言葉が出た時、彼らの様子はどうだったんじゃ?」
襖の向こうにいるはずの彼女に向かって、鞍馬がそう尋ねた。
「ええ……少しばかり気負いが見受けられましたが、其れほど緊張されておられませんでした。恐らく、彼の方々は監視するというよりも、縁を繋ぎに行かれたのではないかと」
「ほぉ?友人か、知人になりたいが故にそうした……椛はそう考えておるのじゃな?」
「少なくとも、彼の御仁に関して敵意は持っておられないようでありましたので。会話をしている中でも、『いっそ、憎たらしい奴だったら問題なかったのにな』という発言を、木葉様がされたのを見ております」
「ほほ、そうかそうか。それは良いことを聞いた。なるほど……出来得るなら、あやつ等も敵対はしたくないと思っておるのか」
くすり、と天狗達の中でも熟練ではあるが若手の域でもある彼ら三人組の心意気に、大天狗が薄く笑みを浮かべて呟く。
一瞬瞑目し、そしてすぐに開くと結論を述べた。
「――ならば、黙認するとしようか。友人になるならないはともかく、成功すれば十分に天狗の地力を高めることが出来よう。……後は、もう一つ。彼の八雲の式が齎した情報じゃが……」
はてさて。
若干、ちょっと苦手そうな表情を浮かべた鞍馬だったが、静かに嘆息を漏らすと、すっと隅々まで視線を走らせる。
――そして、かっと眼が見開かれた。
「……ぬぅ。これ、は……」
余りの衝撃で言葉も上手く出て来ないのか、鞍馬が口ごもる。
その紙上に書かれていた言葉を要約するならば、たった一言に尽きた。
――『今再び月へ、蒼き龍と共に赴く』
「……これは、どう捉えれば良いのか……ふむ。普段イオ殿は平和主義じゃし、まかり間違っても不法侵入に値するようなことはせんと思っておったのじゃが」
――いや、寧ろこれは巻き込まれたのか?
何はともあれ、ことの真相を彼か、若しくは知っているであろう射命丸に問わねばならぬかもしれない。
「――椛。至急、射命丸文に訊きたいことが出来た。即刻、儂の部屋まで呼んできてくれるかの?」
「畏まりました。直ぐに呼んで参ります」
真剣な声音の鞍馬に、同じようにきっちりと真剣な声でそう返した椛の気配が、すっと消え去った。
「……どうやら、この知らせからするに、嘗てのように紫殿の力で行く訳ではなさそうじゃが……胸騒ぎがするのう」
鋭い猛禽の眼差しを、鞍馬は宙へと彷徨わせる。
暫しの間、彼はそうして考え続けるのであった。
――――――
――永遠亭。
渦中にある月に、最も関わりが有ると言える勢力。
嘗て、月では賢者として持て囃され、多くの研究を残している永琳がそのことを知ったのは、何でも屋である彼が彼女のいる施設へとやってきた時だった。
既に、時は紅魔館で話をしていた時から数日が経過しており、イオはラルロスに会いにくることも用事に入れ、常駐依頼である薬草集めをした後で、渡しに来ていたのである。
「……はぁ。いきなりこんなことを聞かされる羽目になるとは思いもしなかったわ」
「あ、あはは……いや、本当に申し訳ないです。ただ、勘違いしてほしくないのは、僕達は飽くまでも観光に行く心算で準備をしているということなんですよ」
「あのねぇ……貴方がその心算でも、その他の妖怪達はどうなのよ?」
完全にジト眼になった八意永琳が、腰に手を当てながらずずいっと彼に詰め寄った。
「聞けば、あのスキマの大妖が指示をしているそうじゃないの。それだけでも、私は十分に警戒をせざるを得ないのだけど」
「……いやまぁ、それを言われるとかなりきついんですが」
落ち着かせようとしてか、両手を上げながらもイオはそっと眼を逸らす。
実際、彼も彼女の言葉には不審さを覚えていたのも確かではあった。
何せ、幾らいつも何でも屋として活動していることへの褒美だと言ってはいても、これ程の大掛かりな旅行というのは準備にも、ましてや旅立つ際にも色々と慌ただしくなる。
「……はぁ、全く。事前に知ることが出来て良かったわ。とはいえ……あの子達にも連絡を取ろうにも、私達では無理ねぇ……」
自分の教え子である、飄々としていながらおっとりと笑う少女と、生真面目で己が武に誇りを持つその妹のことを思い浮かべ、永琳が溜息をついた。
「おや?何方か手紙を交わしたい方でも?」
耳聡く聞いたイオが少し永琳から離れ、小首を傾げてそう尋ねる。
「ええ……向こうの教え子達なんだけどねぇ……」
やれやれ全くと言わんばかりの彼女に、イオは若干冷や汗を流しつつも苦笑した。
「……なんでしょう。永琳さんの教え子と言われると、かとなく嫌な予感がするのですが」
「まぁ、出来たら貴方のことも伝えておくわ。――並々ならぬ強敵になりそうって」
「逆でしょう!?」
ガビン!!とショックを受けた表情で、イオが永琳に向かって叫ぶ。
「あら?だって、貴方剣だけなら最強と自負しているんでしょう?明らかに危険人物じゃないの」
「……僕、基本的に平和主義なんですけど。ラルロスに聞いてないんですか?」
がっくりと肩を落とし、イオがニコニコと笑っている永琳に向かって訊ねた。
「少なくとも私の記憶にはないわね」
「嘘だッ!!」
殊更に笑みを深めた彼女に、永遠亭中にイオの声が響き渡るのだった。
――そして、そんな様子を傍らで見ていたラルロスはというと。
「……気づけ、イオ。からかわれてんぞ」
楽しそうな薬師の様子に呆れながら、イオに向かって突っ込むのであった。
――――――
――帰り道。
「……全く。永琳さんにも困ったもんだよ。何でああも悪戯好きなのかなぁ」
「そりゃ、妙に隙があるように見えるからだろ」
普段おっとりしてるのが悪い。
見送りの為、一緒に歩いていたラルロスがニヤニヤと笑いながら告げた。
「むぅ……そんなに隙があるように見える?」
「貴族やってる俺からすればな。割と、女はそこらへんよく見てることが多いぞ?」
飽くまでもニヤニヤしながら、ラルロス。
がっくりと親友の言葉に落ちこみながらも、イオはそれでも歩き続けた。
「…………月に、行くんだってな」
ぽつり、とラルロスがイオに向かって話しかける。
イオが傍らを歩いている親友を見やれば、彼は何処となく苦笑とも羨望ともとれそうな表情を浮かべていた。
恐らく、天体へと旅行出来るというのが羨ましいのだろうと思いつつも、
「ん、まぁね。何でかレミリアさんに巻きこまれたんだよ。本当だったら、人里の方もやらなきゃいけないから断らなきゃいけない筈だったんだけどねぇ……」
――どうも、話に聞く限り、霊夢も魔理沙も行くみたいだからさ。
真剣な眼差しとなった彼が、そんなことを呟く。
「ふぅん……成程な。永琳がいた所でもあるから警戒したってとこか?」
「まさにそれ。聞けば、あの人に教え子がいたっていうからさ。事前に聞いておいて正解だったね。これで、永琳さんと知り合いだって言えば何とかなるかもだし」
「いや無理だろそれ。その教え子の姉妹、俺も教えて貰ったが……中々に強烈だぞ?」
「……妹さんが真面目な方だっていうし、だいじょぶだいじょぶ」
ふふふ……と、何処かハイライトが消えているように見える眼で、イオは笑っていた。
もう行く前から不安を抱えているのが丸分かりである。
「お前なぁ……不安になってるんだったら断ればいいだろうに。――まぁ、出来ねえのは分かってるがよ」
はぁやれやれと首を振りながら、ラルロスがイオに向かって突っ込んだ。
とはいえ、直ぐに性格のことを思って翻している辺り、イオのことをよく分かっていると言えよう。
「ま、まぁ、文も一緒に来てくれるみたいだし、だいじょぶ。うん」
そんな彼の言葉に、イオは漸くにして眼の色彩を元に戻すと、そう言って頷いた。
「へぇ……アイツも来るのな」
「うん、旅行の写真も撮ってもらいたいし。新聞のネタにもなるでしょ?」
(……そこらへん分かってるのに、未だにアイツの気持ちには気づいてないのな)
ニコニコと笑って告げる何でも屋の龍人に、ラルロスは内心やれやれと思いつつも、
「まぁ、お前がそう言うならそれでいいんだろうが……準備はどうしてるんだ?」
「あー……それもあったね。まぁ、一応飛ばす船の中にお風呂とか作ってみようかなぁなんて思ってるんだけど。ちゃんと、男女分けてさ」
うん、能力で湯船は作れるし。御湯も魔法陣を刻みこんだ鉄の注ぎ口作ればいいし。
若干竹ばかりが並ぶ景色を見上げながら、イオが指折り数えて準備を考える。
「……いやまぁ、教えてきたこと役に立ってるんなら本望だけどよ……」
相変わらず妙な方向に頭脳を発揮させている彼の親友に、ラルロスは呆れつつも笑った。
――全くこいつは……本当に変わってねぇな。
「ま……変わらねえ方が、俺としては嬉しいがな」
「ん?ラルロスなんか言った―?」
「なんでもねぇよ。……っと、ここ等で別れだな。月、気をつけて行ってこい」
「あはは、まだ船を創らなきゃだし、先になるけどねー♪」
じゃね、ラルロス。
彼に向かって、ヒラヒラと手を振ってからイオが飛び立って行く。
丁度、昼時になった中天の太陽が、サンサンと温かい日差しを降り注いでいた。
――――――
「~♪~♪~~♪♪♪」
口笛を吹きながら、空を飛ぶ。
来たばかりの頃はそれなりに戸惑った移動方法だが、此処に来て、イオはようやく慣れてきた。
――まぁ、嫌でも慣れざるを得ないとは思うが。
何せ、普通に歩くだけでも妖怪にカチ合うようなこの世界、地上に降りて歩いているのは確実に襲われるのが日常茶飯事だ。
だからこそ、イオは人里の外へ行く用事があれば、必ず二振りの刀である朱煉を腰に下げるのが普通だった。
(……まぁ、別に素手でも出来ない訳じゃないけれど)
自身の技にもある、寸剄を用いた零距離打撃。
それは、皮膚などの表面を破壊せず、内部のみを破壊する技である。
けして、活人にはなれない殺人拳であった。
(寧ろ、僕の全ての剣術がそんなのばっかりだけど)
高らかに口笛を吹きながら、イオは自身の技について改めて思う。
――先程、永遠亭でも述べたが、あれから既に数日が経過していた。故に、イオものんびりと仕事を再開している訳であるが……。
少しばかり気になったのは、数日前、イオが彼女たちに向かって月へ行くと告げた時。
(……椛さん、一体何があったんだろう?いきなりやってきて文とはたてさんを連れてくなんて)
射命丸は初めのんびりとしていたが、椛の告げた耳打ちに、表情をあっさりと変貌させ、慌ててイオの家を後にしていたのがとても印象的であった。
「……何かあったのかなぁ……?」
ぽつり、と呟きを漏らしながらも、イオはトン、トーン、と空を踏みながら飛んでいく。
そして、眼下に見覚えのある平屋の道場と二階建ての一軒家が見えてきた頃、同時にあることに気づいた。
「……おんや?誰か道場の前にいるような……?」
ふむ?と、声を漏らしつつ、とりあえず道場の近くに降り立つ。
「――おぉ、手前がイオ=カリストっちゅう奴か?話あるんやけどちょいとええ?」
訛った言葉遣いできっちりとした武官姿であり、白髪と紅い眼が特徴的な男がイオに向かって話しかけてきた。
見れば、その後ろに焦げ茶色の髪に琥珀色の眼を持つ男と、長い黒髪に灰色の眼を持つ男二人がおり、服装も何やら最初に話し掛けてきた人物とほぼ同じであるようだ。
「……まぁ、別に構いませんが。お名前を御伺いしても?」
す……と、鋭い目つきとなったイオが、若干雰囲気も鋭くさせ、誰何を問うた。
余りに変貌したその様子に、慌てて最初に話しかけてきた男が手を振って、
「ちゃうちゃう。別段、喧嘩を売りに来た訳でも、道場破りをしにきた訳でもちゃうんや。普通のお話やさかい、そんな怖い眼ぇせぇへんといてや!」
わたわたと慌てている彼の様子に、少しばかり毒気が抜かれたような気分になったイオが、肩を竦めてみせると、くいっと母屋の方を指して、
「……取り敢えず、こちらで話を聞かせてもらいましょう。改めてですが……僕はイオ=カリスト。この人里で何でも屋を経営してます」
と、歩きながら自己紹介をしてみせた。
「お、おぉ……わいは白雨。白い雨と書いて白雨や」
「私は橘高。橘に高いと書く……以後、宜しく頼む」
「俺は木葉!よろしくな!」
わたわたとしながら白髪の男――白雨が、真面目そうな表情の長黒髪の男――橘高が、焦げ茶色で短髪の男――木葉がそれぞれに名前を返す。
「……白雨さんに、橘高さんに、木葉さんですか。ん、覚えました……それじゃ狭い家ですがどうぞお上がりくださいな」
穏やかに微笑み、イオは三人を自宅へと案内するのであった。
――――――
「……粗茶ですが、どうぞお召し上がりを」
「お、おおきに!温かくなってきたとはいえ、ちょいと肌寒かったから助かったわ」
こと、こと、と置かれていく湯呑に、白雨が嬉しそうな声を上げる。
「いえいえ……さて、ではお話を御伺いしましょうか。どうにも隠しておられるようですけれど――皆さん方、鴉天狗の方達ですよね?」
射命丸の背中に見出していた翼がなかったが、イオにはその独特の気配が友人のそれと同じであった為に気づいたのであった。
服装も、以前鞍馬が着ていた服装と、それとなく似通っていたのもある。
あっと言う間に妖怪としての種族を見破られ、思わず白雨がビックゥッ!といっそ大袈裟な位に身を竦ませた。
「あ、あっはっはー……あっちゅうまにばれてもうた。いや、うん流石やねぇ」
頭を掻き掻き、白雨は少しばかり引き攣った笑顔でそう呟く。
その様子にやや深い溜息をついた橘高が、
「……済まない。流石に、堂々と他の妖怪が入っていく姿を見られるのも、イオ殿に迷惑がかかるだろうと思ったものでな」
「いえ、そこらへんは有り難いと思ってます。――とはいえ、身分を隠して接触されてこられるということは、何かしらの要求をされに来られたと思ったものですから。少々ばかり警戒をせざるを得なかったんですよ」
ずず……と湯呑を傾けた後、イオがごとり、と置いてからそう告げた。
「何分、僕の能力はあるだけでもそれなりに影響があるようですしね」
暗に、取りこもうとするならば覚悟をしろ、と副音声を以てイオが眼が笑っていない笑顔で言う。
勢力が小さいとはいえ……トップとしての威厳が込められたその眼差しに、慌てて、
「いやいや、俺達が今日此処に来たのは別に喧嘩を売りに来た訳じゃあないんだよ。白雨も会ったばかりの時に言っただろ?」
「それはそうですがね……では、何故此処に来られたので?」
それもそうだ、とイオが頷き、そして再び本題を問うた時だった。
「――恥を忍んで請い願う。どうか……我らにイオ殿の剣を教えて貰えないだろうか?」
すっと静かに頭を下げた橘高が、真剣な声音で告げる。
「……………………はい?」
今しがた聞いた一言が信じられず、イオは眼を真ん丸に開いて聞き返した。
「あはは……いやー、信じられんのも分かるんやけどな。本気なんよ俺ら」
「俺達だって鍛えている方ではあるんだぜ?けどよ、この世界じゃあ早々戦う羽目になることだって少なくなってきてるからさ、腕が鈍らねえようにしたい訳だ」
「……まぁ、その。なんというのか……言ってみれば暇なんですね?」
イオは、何処となく頭痛でも感じているのか、眉間を揉みながら呆れたように首を振ってそう突っ込む。
身も蓋もないその言い方に、眼に見えぬ錐がおもいきり突き刺さったように、三人には感じられた。
眉間を思いっきり顰めた橘高が、
「…………むぅ、言い返せないな」
「いや、言っておくがそんなに暇でもないからな!?天狗って言ったって、割と通常の任務とかあるしよ!?」
「いや、こうして此処に来られている時点で、暇な時間が出来るって言ってるのと同じなんですが」
慌てて言い訳をしている木葉に、イオは冷静に(だが呆れた口調のまま)突っ込み続ける。
「ぐ、ぐぬぅ……」
理路整然として突き付けられたその言葉に、思わず木葉が口ごもってしまった。
だが、気をとり直すと、
「まぁそれはいい!ちゃんと休暇も貰っているから大丈夫だからな!問題は、イオ殿が俺達に修行をつけてくれるかどうかなんだよ」
「……ふぅむ……色々と突っ込める部分はありそうですけど、一旦置きましょうか」
考えるような素振りを見せながら、イオは静かにそう告げると、
「――そうですね。個人的には教えても構わないとは思っております」
「っしゃ「ただし」お、おう……?」
思わず歓声を上げかけた木葉を遮り、イオは怜悧な光を眼に浮かべると、
「……そもそも、僕のことを妖怪の山の頂点である天狗さん達がどう思われているのか……そこらへんが気になりまして」
「うっ……」
「只でさえ、普段から文と親しくさせて頂いていることを知っておられるんです……何かしら思われていても不思議じゃないと僕は考えているのですが」
淡々とした口調で、だが、けして言い逃れは許さじとばかりの追撃。
三人、揃って冷や汗を流し、一様に言葉をいいあぐねてばかりであった。
しきりに視線を交わし合っては、お前が言えとばかりに顎をしゃくっているのが見える。
そして、遂に橘高がその視線に負け、口を開いた。
「――決めあぐねている、と言えばいいのだろうかな……いや、見た限りでは、天魔様と大天狗様はその意志を固められているようには感じた。だが、俺達も含めて、天狗全体が意志を一つに出来ないでいる」
「……随分と、胸襟を開きましたね」
思っていた以上の情報に、イオは再び眼を見開いて呟く。
他の二人も、その情報量に驚いたのか驚愕して橘高を見つめていたが、当の本人は苦笑して、
「そもそも、敵対する心算で此処に来た訳ではないからな……前々から噂を聞いていて、友人となれたらどんなに楽しいかとも思っていた位だ」
此方に流れてくる情報で、少なくとも交流を交わしたくなる位にはな。
いっそ清々しいとも言える彼の言葉に、イオは一瞬呆けた表情をした後、ぷっと小さく噴き出した。
「いやはや……そこまで言われちゃうとねぇ……全く、警戒していたのが無駄じゃないか」
警戒の為にしていた敬語を止め、イオはくすくすと笑う。
張り詰めていた雰囲気は消え去り、ふんわり穏やかな表情になったイオが再び口を開いた。
「なら、もう敬語は止めにするよ。改めて、宜しくね三人共」
「お、おぉ……じゃなくてだ!ちょい待った、橘高!俺達問答無用で巻きこまれてねぇか!?」
「――何を今更。どちらにせよ、こうして関わりを持った以上、避けようがない事態だろうに。あの大天狗様が、俺達のことを見ておられないとは到底思えないしな」
「ちょ、おま……!!?」
しれっとイイ笑顔で言ってのける橘高。
……どうやら、この三人の中では彼が一番腹黒いようである。
余りにも動揺すら欠片も浮かんでいない彼に、とうとう頭を抱え始めた木葉。
だが、最後の一人は楽しそうに笑うと、
「ええやないか、木葉。わいはイオと友達になるんは賛成やで?」
にやり、と不敵な笑顔と共にそう告げた。
そして、
「あー、そうしたら変に身構えんでもええちゅう訳や。ふー……ホンマつっかれたわー」
「気ぃ抜けんの早すぎぃ!!?」
二人揃ってボケをかまし始めたことに、木葉が混乱の極地に至って爆発する。
そんな彼らの様子に、イオはとうとう声を上げて笑い始めるのであった。
ちょいと短めですが今回はこれにて。
それと、恐らく優吾、大天狗に次ぐ男キャラ達三人組でありましょう。
元々の原作組である香霖はさておき、イオに新たな男の友人が出来た章となりました。
無論、色々な場面で関わらせる気はがっちりありますので、この後の異変になどにもちょこちょこ出てきます。