「――さて、と。改めてだけど……歓迎するよ、三人共。僕の道場にようこそ」
丁度、里の若者達が集う時間帯だったこともあり、イオは紹介がてら道場に三人を招待することにした。
たった数日経っただけなのに、随分と久しぶりに皆と語らう気がするイオは、道場に入って一礼をすると、その後に三人を従え中央にまで歩いていく。
「やぁ、皆……数日位休み取ってたけど、戻ってきたよ」
「おぉ!イオじゃねえかこのやろ!」
少しばかり休みを摂っただけなのに、これまた随分と久しぶりに会話を交わす優吾が、イオの頭をヘッドロックするようにして話しかけてきた。
イオはそんな彼の様子に苦笑しながらも、流石に動きを封じられるのを嫌がって払いのけ、
「もう、やめてくれよ優吾。僕が休んでる間皆ちゃんと修錬は怠ってなかったよね?」
「おうともさ!」
にやり、と笑いそう請け負ってみせる優吾。
そこへ、いつも寺子屋の授業を受けてから此方に通ってくる心太が、嬉しそうな表情で、
「イオ兄!またあの業とか教えてくれる!?」
と息せき切って話しかけてきた。
見れば、いつも道場で使用している道着に、初めの頃とは打って変わって黒色を帯びてきた木刀を下げているようだ。
「ん、心太も頑張ってるね。大分その木刀を扱うことに慣れてきているみたいだし」
イオは、育ちつつある若き力に、やや顔を綻ばせていた。
回りを見渡してみても、二十代や十代の若者を始めとして多くの男達が、此処最近の修錬によって身体を鍛え上げてきているのが分かる。
少しずつ強くなっていく自分の弟子と言える彼らに、イオはにっこりと笑うと、
「皆に、新しく三人が加わることになったから、その紹介をしに来たよ。彼らも、皆の中に交じって業を修める心算で来たからね」
「ええっ!?」
心太が驚きの声を上げる中、言わば道場内の先輩とも言える他の男達が一様に見定めようとして一瞥した。
中でも優吾は若干不審そうな色を浮かべている。
「……なぁ、イオよぉ。俺さ、こうしてお前に教えて貰ってきたけどよ……なんかな、そこにいる三人がどうにも弱いようには見えねえんだよな」
ぽつり、と鋭い眼差しで以て、優吾は呟いた。
だが、そんな彼を含めた皆に、イオはあっけらかんとして、
「そりゃあそうだよ。――だって、この人達『天狗』だもの」
「「「「はぁっっっ!!?」」」」
一様に驚愕の声を響かせる男達。
「ちょっと待て!天狗様であられながら、人間のお前に師事したいってやってきたのか!!?」
はっきりと、『あり得ないだろ!?』と言わんばかりの表情で、優吾がイオに向かって詰め寄った。
だが、そんな彼の心情をばっきりと折る勢いで、
「うん、そうだよー。じゃ、皆早速僕と稽古をしようねぇ」
すたすたとイオが歩きだし、三人に何時の間にか手にしていた道着を三着分を渡すと、着替えるようにと指示を出す。
余りにも動じていないその様子に、思わず優吾がすぱーんとハリセンを取り出して突っ込みを入れた。
(おぉ、なんちゅうええ突っ込みや)
その様子に白雨が芸人属性として反応していたがそれはさて置き。
「……痛いんだけど、なんだよ優吾?」
「アホかぁ!?というか、一体何処で出会ったんだよ!?」
「えー?そりゃあ、此処最近の休みの時?」
「なんで疑問形にしてんだー!」
すぱぱーん!と軽快にハリセンが唸った。
「……うぅむ、エライ突っ込み属性やんか。ちぃとばかり組みたくなってきたわ」
「……これ以上、場を混沌とさせるなよ。頼むから」
怖いことを言いだしている白雨に、友の木葉が疲れたように突っ込みを入れる。
そんな彼らを余所に、唐突に始まった漫才に回りの皆は呆れた表情をするか、くすくすと笑う者であるかの二通りに分かれていた。
その中の一人である心太は、笑っている方であり、笑い過ぎによって目尻に涙を浮かばせながら、
「……あー笑った笑った。相変わらずイオ兄は面白いや」
けらけらとしているこの中でも有数の少年の姿に、先程まで気勢を上げていた優吾が拍子抜けしたように頭を掻き、
「ったく……分かったぜ、もう。取り敢えずだ、こんな所でなんだが……宜しくお願いしやすぜ、天狗様方」
と、丁度着替え終わって道場の中央に出てきた三人組に、静かに一礼をする。
その様子は、まるで己が武術の兄弟子に対する者であった為に、橘高が苦笑すると、
「いや……寧ろ、此方からお願いしよう。この道場においては、一応は後輩となるのだからな」
「そーそー!そりゃあ、俺達も鍛えちゃいるが、あの龍人殿見る限りまだまだって思わされるからねぇ。精々業を盗ませてもらうぜ!」
渡された木刀を肩に預けながら、木葉が楽しそうに笑ってそう告げた。
「改めて、自己紹介させてもらうわ。――ワイの名は白雨。こっちが木葉に、橘高や。三人共々よろしゅうなぁ」
そして、纏めるようにして白雨が、自己紹介を成す。
――そうして、道場は何時もの騒がしさを取り戻していくのであった。
――――――
「――はぁぁっ!!」
「はい、いい踏み込みだよ!そのまま、大きく横薙ぎ!」
「はいっ!やぁぁ――!」
ダン、ダダッ。
叩きつけるようにして行われる技。
大きく振りかぶり、一直線に縦に振り下ろされてからの続けざまの横薙ぎの一閃に、眺めていた橘高はほぉ……と少なくない感嘆を洩らした。
「……幼き者にしては、随分と思いきりがよいな」
「だなぁ。俺達がちっちゃい頃なんざ、あんな風に堅苦しい奴を楽しそうにやることなんか無かったぜ」
同意するように、同じように見ていた木葉が、今も尚盛んに攻撃を仕掛けている少年――心太をそう評価する。
「……正直、心太は皆の中でも有望株として見られていますぜ。帰った後でも、自分で修錬をしているようで」
と、そこへ優吾が話を聞いていたのか、若干苦笑をしながら話しかけてきた。
「ふむ、そこまで強くなりたいと願うのには、何か理由でもあるのか?」
ガシッ、ダンッガガッ!
聴覚に響いてくる木刀のせめぎ合いを聞きながら、橘高がぽつりと尋ねる。
「まぁ……そこらへんは、この世界であれば十分にあり得るような、有り触れたことでさぁ。――心太、父親を亡くしているんだそうで」
「……それでか。母を守りたいが為に……」
「ええ……本当、強い子でさぁ」
フッと、何処となくしんみりしてきた所で。
「――はい、此処まで」
「――っ。有難うございました!」
「ん、御疲れさん。向うの井戸で体を流しておいで。水も忘れずに飲んでおくこと……いいね?」
「分かったよ、イオ兄!」
丁度、心太に対する稽古が終ったようで、少年がばたた……と道場を駆け抜けていく姿が見えた。
静かに歩いているイオが、此方に向かって、
「さて、お待たせ三人共。一人ずつやっていくよ?」
「おぉ、お願いするぜ!」
「ふむ……………滾ってきたな」
「――うぅ、ぐすっ」
「「なんか白雨が泣いてる!!?」」
二人が戦意も露わにしているのに、最後の一人が何故か泣いていたことに他の二人の天狗が揃って驚く。
今の白雨の様子は本当に男泣きと言っていいような有様であり、なんというか、思わず後退りしてしまいそうな勢いだった。
困惑した表情で橘高が、
「いきなりどうしたんだ、白雨」
と尋ねると、白雨は涙ぐみながらもしっかりと答えを返す。
「い、いやなぁ……あんな、ちっこいのに頑張っとる姿がなぁ……ちょいと、琴線に来てもうてん」
「……そういや、白雨って結構涙脆い所あったなぁ」
未だにぐすぐすと言わせている彼に、木葉が若干遠い眼になって呟いた。
「全く、白雨は……しっかりしろ。少なくともお前が年輩なんだ……かっこいい所見せたいと思わないか?」
「おぉ、ちょい待ってや……(ごしごし)、ん。いけるで」
眼を擦って紅い眼を更に紅くさせながら、ようやく白雨が立ち上がる。
流石に、三人が揃って立つ姿というのはそれなりに迫力があり、見ている者達もそれぞれに驚嘆の声を漏らした。
――向かうは、目前に佇む『蒼紺の龍人』。
近寄ってくる三人に、イオは静かに微笑みを深めていた。
――――――
「……誰から行く?」
先程の心太との稽古では一刀流だった彼が、何時の間にか両手に普段使用している朱煉と同等の長さの木刀を構えていることに気づきつつ、橘高が他の二人へと声をかける。
「そうだな……白雨?」
「あー……うん、任せるわ。多分、ワイが出た程度やと、そんなに手数を出せそうにあらへんし」
「……ということは、俺か。行ってくるぜ」
とんとん、と一振りの木刀を構えつつ、木葉がすいっと踏み出した。
「最初は木葉なんだね。ん、じゃあ始めようか。――皆、よく見ておいてね。一応、これが上位の練達者の戦いだから」
油断してると、何も見れないよ?
す……と、静かにイオが自然体へ移行し、皆へと注意を呼びかける。
――そして、動いた。
木葉が気づいた時には目の前にまで迫っており、
「ぉおっ!!?」
軽く体を捻るようにして薙ぎ払われた攻撃を、寸での所で受け切り、何とか力を流す。
「くっ、ハアッ!!」
そして、木葉が流した勢いのまま柄頭の部分を叩きつけようと力を籠めた。
だが、敵もさるもの。
その動きを読んでいたかのように、イオがもう片方の木刀で受け流して見せる。
「――せぇいッ!!」
気迫が籠められた掛け声と共に、イオは両手を最小限に動かし一気に勝負を決めにかかった。
「――壱刀流『蒼龍炎舞流』壱之型『疾風』壱式『碧風』」
小さく呟かれたその言葉と共に。
――木葉は己が木刀を奪われた。
(――不味い!!)
するり、と奪いとられた木刀を何とか手元に引き寄せようとするが、イオの攻勢は留まらず。
気づいた時には、木葉の顔面すれすれにまで木刀の切っ先が近づいていた。
はぁ……と、大きく息をついた木葉が、
「……参った」
と、両手を上げて降参する。
「うん、御疲れ様。力を受け流した所と、そのままの流れで柄頭を使おうとした所が良かったね。ただ、ちょっと読まれ易かったかな。あそこで一拍置ければ、もう少し良くなったと思う」
するり、と木刀を引いてみせたイオが、現時点での改良すべき所を指摘した。
「あー……そうだな。いや、焦り過ぎたぜ」
「まぁ、普通だったら驚きで思考を停止するとこだからさ、十分に動けているから。大丈夫だよ」
「そうかぁ……ありがとな」
軽く手を一振りし、木葉が静かに下がる。
そのまま、歩いて来た橘高とハイタッチをしながら、
「…………思った以上に動きが読めなかった。気をつけろよ?」
「ああ、すまんな。――取り敢えず、よく休んでおけ」
「そーする。いや、俺もまだまだだな」
そんなことを言い合って、そのまま二人が分たれた。
「ふぅん……橘高なんだ。どう?先程の稽古見て」
何処か、からかっているかのような光が浮かぶ眼で、イオが彼に尋ねる。
「……そうだな。強い……というよりは、巧い、と言った方が分かり易かったな。そもそもの生物的に、天狗の方が優れた身体能力を有している筈が、こうして受け流されているのだから。恐らく……力の向く先を見ているのではないのか?」
「ふふ……そうだね。分かる人には分かる、それだけの技術だよ。何回も、暴力的なまでの力で押し切られそうになったことがあったからね。まぁ、それが僕の師匠とも言える人な訳だけど」
ざわり。
イオが最後に漏らした一言に、初耳だったのか周りの皆がざわめいた。
「……考えたくもないな。そこまでの武術を極めた人間がいるなど」
「あはは……しかも、僕のように種族としての亜人じゃなくて、本当に只の人間だったんだよねぇ……僕がいた世界じゃあ、まず、最強の一角だったのは確かだよ」
さて、と……橘高は構えて。
静かな微笑みへと移行したイオが、尚も衝撃的な発言をした後に、再び自然体へと体を戻す。
そして、動き出した。
「――参る」
橘高が取った戦法は、先程の木葉が行った受動的な稽古ではなく、専ら攻撃を叩きこむ積極的戦法だ。
妖怪としての身体能力を大いに生かし、踏み込みと同時に二連撃を放った。
左右からの、まるでイオへ喰らいつこうとせんばかりのその攻撃に、しかし、イオはけして余裕を崩すことなく、そっと体を逸らして見せる。
一見して体勢を崩しているように見える彼の様子に、しかし、橘高は追い打ちをかけることなく下がった。
たった一瞬の攻防。
だが、それだけで橘高は緊張を多大に強いられていた。
(……くそ、此処までとはな)
自然体であるが故の、そして、常に余裕があるが故の動きの読めなさ。
有体に言えば、
『何をするのかが分からない』
ということであった。
加えて、己が武術の結晶である業を少ししか見せていないことも、橘高にとってきついものがある。
ふぅ……と、一旦深呼吸をし、息を整えた直後であった。
「――呼吸を整えるのはいいけれど、少し脇が甘いかな?」
すぐ近くで聞こえた、何処か幼い彼の声に、全身に鳥肌が走る。
「う、うおおぉお!!?」
全身全霊で以て薙ぎ払いをした橘高だったが、しかし、薙いだ方向にイオはいなかった。
――トン。
軽やかに跳ねた音と共に、イオが宙を舞う。
この稽古で見せた初めての大きな動きに、橘高は死に物狂いで突きを放った。
最早、妖怪がどうのとかは言っていられる状況ではないと、本能的に察していたからである。
……しかし。
「――壱刀流無手『蒼龍牙刃』、模倣・貳之型『緋炎』弐式『車焔』」
大きく片足を伸ばし、何と、その場で縦に勢い良く一回転を行った。
当然、それに合わせて踵落としの威力は高まることになり――
「ぐぁっ!!?」
ばきぃっ!
何かが折れる音と共に、橘高が持っていた木刀が割れ爆ぜた。
「つ、つぅ……」
場の空気が唖然となっているのを自覚しながらも、イオは静かに佇む。
「うん、今の動きはかなり良かった。ただ、ちょっと余裕がなさすぎたね、橘高」
「あー……まぁ、そうだな。全く……まさか、言霊で心を揺り動かされるとは思いも寄らなかったぞ」
若干、まだ痺れが残っているのだろう、手首を振るようにして動かしながら、橘高は尻餅をついた状態から苦笑して見せた。
見れば、先程まであった橘高の木刀が無残なまでに破壊されており、その様子からしてもかなりの威力が籠められた一撃だったと推察できる。
「一対一の状況だとね、言葉が重要になってくることがあるんだ。それは、政治の場であっても、戦いの場にあっても、意外なことに同じなんだよね」
――例えば、信念がぶつかりあう時。
――例えば、迷いを持つ者に対し、迷いなき者がぶち当たっていく時。
旅をしていた中において、或いは、今もまだあの武具屋で鎚を振るっているであろう養父の修行において、イオは、そうした戦いを経験することがあった。
「僕の師匠でもあった養父さんと戦う時……少なからず、余りの実力差に動きが止まったことがあってさ。そうした時程、かけられる言葉によって思いっきり行動を誘導されたんだよね」
恐怖による行動制限に、狙ったように動きを誘導されてはたまったものではない。
かつての養父の修行を思い出しているイオに、
「……なるほど。どうにも一連の動きが慣れているように見えたのは、その経験からか」
参った。
尚も苦笑を留めたまま、橘高が一言呟くと、イオはそれに微笑みを浮かべて手を貸してやり、
「まぁ、木葉もそうだったけど、動きとしては悪くなかったからね?寧ろ、基礎が十分に積んであるからこそ、咄嗟の動きでもあれだけのことが出来たんだからさ」
ニコニコと笑うイオの様子に、フッと橘高も笑みを浮かべ、
「……それを聞けてかなり安心した。もう一度自分の動きを見直さないといけないと思う所だったぞ」
「あはは、それは御免よ。――じゃあ、最後は白雨だね」
「おぉ!やっとワイの出番や!」
戦意も十分に、白雨が満を持して登場した。
イオが、壊してしまった橘高の木刀を能力で作り直しながら、
「うん、これでよし、と。――ん、始めよっか」
そう告げると、此処に来て、イオが殺気を放ち始める。
「橘高も木葉も強い部類に入っていたけれど……どうにも、白雨を一番警戒しちゃうんだよねぇ」
ぽつり、と呟かれたその言葉に、突然の殺気で凍りついていた周囲がざわめき始めた。
そんな彼に、殺気を向けられている当の本人は冷や汗を流しながら、
「い、いやそんなに警戒せんでもええんよ?ワイ、巷やと無害で通っとるし」
「――はい、嘘でしょそれ」
「嘘ちゃうよ!?ホンマのことやで!!?」
考える間も持たずに告げられた即座の言葉に、ガビン!とショックを受けた表情で白雨が叫ぶ。
紅い眼が若干潤みかけた所で、イオが苦笑して、
「……だったら、何で他の二人のように正眼じゃなくて、『杖術』の構えになってるのさ」
と、右手の木刀の切っ先で、白雨の構えを指し示した。
その言葉に改めて皆が白雨の構えをよくよく見直すと、そこには先だっての二人とは全く異なった、右足を下げて半身になり、敢えて心臓を晒す形で構えている彼の姿が。
「……あれ、普通の構えじゃあないな」
優吾がぽつりと呟くのを聞きながら、イオはこの場にいる皆に話をする。
「――突かば槍。払えば薙刀、持たば太刀。杖はかくにも外れざりけり、なんて言葉があってね……恐らく、刃を持たなくても十分に殺しを行える武術だと僕は思ってる」
今が木製であったとしても、それが金属製になったらなんて考えると……ね。
鋭い眼差しのイオに、白雨は逆に引き攣った顔で笑うしかなかった。
「いや、あのな?そないにワイは強うないよ?精々、捕縛術の一環として手始めに習うとるだけやし」
それに、大天狗様には敵わへんしな。
苦笑して見せる白雨には、言葉の通りに気負っている様子もない。
「そもそも、ワイのこの武術を鍛えよ思て此処に来たんやで?せやから、何ら身構えんでもええと思うんやけど」
「……生憎と、その手の言葉を言う人ほどとんでもない実力だったりすることが多くてさ。――此処から先は、一段階上の戦いをさせてもらうよ」
お願いだから、耐え切ってみせてね?
恐ろしい言葉と共に、イオからますます気迫が迸った。
ある種、異種武術戦闘となった今回の稽古に、皆は固唾を飲んで見守る。
「――貳刀連撃……壱刀流貳之型『緋炎』壱・貳式複合式『迦楼羅炎』」
直後、イオが気迫と共に業を繰り出した。
「なっ!複合式だと!?」
「……知っているのか、優吾よ」
思わず驚きの声を上げた優吾に、橘高が不思議そうな表情で尋ねる。
「知ってるもなにも……あれは、イオにしか出来ない芸当だ!俺達はただ一刀流の技をそのままになぞり描くしかないのが、イオの場合、それを合わせることが出来るんだよ!」
下手すりゃ、無限に業を繰り出せるんだぜ!?
興奮してはしゃいでいる優吾の言葉に、お、おぉなるほど……としか、橘高は言えなかった。
とはいえ、己が剣術を組み合わせるというある種の離れ業とも言えるそれには、素直に感嘆の声を漏らすのだが。
「……これは、一刀流の業だけに留まらないだろうな」
「そうじゃねえか?寧ろ、弐刀流の方を組み合わせて戦えると思わない方が可笑しいぜ」
小さな声で呟きを洩らす木葉。
――そうするうちに、試合は進んでいた。
まず、イオが繰り出した複合式『迦楼羅炎』。
これは、壱式『車焔』に貳式『焔薙』を組み合わせた代物であった。
これ等は縦・横という違いこそあるものの、大きく一回転を行う範囲攻撃技である。
――故に。
「うぉっ!?あっぶなぁ!!?」
自然と、その刀の軌跡から逃れんとして、白雨は大きく身を捩らざるを得なかった。
だが、軌跡から逃れられたとはいえ、まだ忘れてはならないことがある。
――何故、この一刀流の技の中で、弐之型が範囲攻撃技であるとされているのか。
以前、イオ=カリストが依頼を遂行していく中において、とある武芸者と戦うことがあった。
職業を『白玉楼の従者並びに庭師』と号したその少女の名は――魂魄妖夢。
この平和な世界の最中にあって、鍛えられたその技は確かに十分な強さではあった。
だが、殻を打ち破れていなかったのだろう。
結果としてイオには負けてしまったが、その後も彼女はこの道場に通ってきている。
閑話休題。
ともかく、かの少女と戦った際、イオはとある秘義の一つを繰り出していた。
――飛ぶ斬撃。
少なくとも、一流に至った武芸者ならば、容易に行える業であるとされているこの技術。
……もしそれが、『緋炎』の業に使われたとするならば……?
「っ!!?」
白雨は驚愕した。
道着に薄らと切れ目が走るその様を見て。
死の気配がすぐそこにまで迫っているかのような、死神が此方へと手招きをしているかのような恐怖を全身で味わった。
「お、おおおぉっ!!」
槍の様に構え、眼にも止まらぬ速度で連撃に連撃を重ねる。
対するイオは千変万化に変化する杖術の軌跡を冷静に対応し、二刀流で以て往なしてみせた。
(あかん!マジであかんぞこれは!!)
猛撃に猛撃を重ねているはずなのに、一向に届く気配が感じられない。
いや、寧ろそこから更に遠くへと誘われている気がますますしてきた。
必死になって喰らいつこうと足掻く白雨は、イオが怜悧な光を浮かべているのに気づかない。
「――壱刀流壱之型『疾風』壱式……『碧風』」
その動作は、一瞬で終わった。
突如、イオが持つ木刀が蛇のようにのたくり、気付いた時には、白雨は己が武器を絡め取られ、あっけなくも手放す羽目になる。
(しまっ――)
内心で不覚の弐文字が占めるが、現実は非情であった。
「……はい。これで終わりだよ」
その言葉と共に、ごとり、と天井まで吹き飛んでいた棒が白雨の背後に落とされる。
「……はぁ。いや、ホンマ参ったわ。つか、木刀で服切れるなんて何処の芸当やねん」
疲れが一気に噴き出したのか、ぐたり、と崩れ落ちた白雨がそうぼやいた。
「そう言われてもねぇ……これ、実の所真空刃だし」
「あの一瞬で繰り出せるとかありえへんやろ!!?」
驚きの表情でそう白雨がそう突っ込む。
だが、イオは苦笑して、
「言っておくけれど……僕の養父さん、今の僕程度の動きであっても平然としてついてくるからね?下手するとこれ以上の速度で襲い掛かってくるんだからさ」
この程度でひいひい言ってたら持たないよ?
「……そんなん勘弁してやぁ……今以上の速さになるぅ言うんは。結構必死やったんやで?」
「まぁ、此処にいる以上はね……取り敢えず、僕の極限の速さに眼が追いつけるようには鍛えてもらうからさ」
にっこりと、恐ろしい一言を告げてきたイオに、白雨が表情を引き攣らせて、
「こ、こないなとこにおれるか!ワイは帰らせてもらう!」
ダダッと勢い良く走り出した白雨に、しかし厳しい現実が待ち構えていた。
「――まぁまぁ、そんなに邪険にしなくてもいいじゃんか、白雨」
がしっと首根っこを掴まれ、思わず白雨がぐぇっと蛙が潰れたような声を出す。
捕まった彼が恐る恐るそちらを見やれば、とってもイイ笑顔を浮かべたイオが彼の首根っこを捕まえていた。
「あ、あはは……ゆ、許してくれへんか?」
「ダーメ♪筋がいいんだから、これを鍛えなきゃ、ねぇ?」
ふふふふふふ……。
背後に澱んだ空気を醸し出して来ているイオの雰囲気に、がたがたがた……と白雨が真っ青になって震え上がる。
「か、勘忍してや―――!!?」
青天の昼下がり、人里に大きく悲鳴が響き渡るのであった。
――合掌(ちーん!)
ここで注意。
あくまでもこれは武術であり、模擬戦なので殺し合いのような戦いにはなりませぬ。
その証拠に種族としての特性を前面に出すことなく戦っておりまする。
そもそも、全面的に出したならば、風やら砂やら竜巻やらが襲う仕様でありますが故に。
以上、注意事項でありやした。