静かなる戦いが水面下で進んでいる。
そのことを知るよしもないとある人物が、ベッドの上から窓へと視線を向けていた。
「……」
垂れ気味のふわふわとしたウサミミをひくひくと動かしながら、レイセンがぼんやりと外の竹林を眺めているようだ。
というよりは、考えに耽っているというのが正しいだろうか。
(……私、は……)
纏まらぬ考えの中、レイセンはそっと顔を俯かせた。
――自分でも、どう動けばいいのか分からなくなっていた為に。
そもそもの話、レイセンは脱走兵だ。
日々の変わらぬ業務に疲れ果て、何時来るとも知れぬ侵入者の為に訓練ばかりをし続けることに、嫌気が射していたと言っていい。
話を聞く所では、レイセンが来る前からいるもう一人の玉兎――鈴仙・優曇華院・因幡のことだが――は、嘗て、突然襲い掛かって来た暴虐に恐れを成し、戦いの最中を利用して逃げてしまったという。
『……綿月様達の御役に立とう、そんな気概でいたのに私は逃げた。みっともなく泣きながら、皆が戦っている筈の戦場から、逃げたのよ。少なくとも、貴方よりかなり酷いわ。――本当に、するべきことを放棄した加減じゃあ、ね』
ラルロスと永琳が立ち去った病室に訪れた彼女は、そう言って儚く笑んでいた。
それを見て、ますますレイセンは分からなくなる。
――本当に自分が居るべき居場所は、此処でいいのか、と。
「――よぉ、随分と悩んでいるみてえだな」
びくっと体を竦ませ、レイセンが慌てて病室の入口に眼を向けた。
するとそこには、どうやらレイセンの為に作ったと思われる粥が入れられた土鍋を盆に乗せたラルロスが立っており、やや粗暴さが見受けられるものの、その眼差しはかなり優しい光を放っている。
「腹が減ってると思ったからよぉ、優曇華に頼んで作って貰った。ちょいと失礼するぜ」
「あ、ありがとうございます……?」
思いがけないその労わりに、レイセンは出会った当初に感じた印象と余りに異なっているように見え、困惑したように眼を瞬かせた。
若干、おどおどとしているように見える彼女に、ラルロスは苦笑を浮かべ、
「見られてると食えねえか、流石に。――盆は置いとく。存分に食べろ……何をするにしても、しっかり喰わなきゃやっていけねえぜ?」
それじゃ、また取りに来るからよ――そう言って立ち去ろうとしていくラルロスに、慌ててレイセンが声を上げる。
「ま、待って下さい!」
「ん?……どうした、そんな血相変えて」
只ならぬ様子に、ラルロスが眉根を上げてそう尋ねると、
「……教えて下さい。どうして、私が此処にいてもいいと仰って下さったんですか?」
「あん?そりゃあな……嫌な物嫌だって言って逃げてきたんだろ?だったら無理矢理戻す方が可笑しな話じゃねえか」
「あ、あう……」
余りに御尤もな正論に、レイセンはそのまま言葉が詰まってしまった。
だが、ラルロスの言葉は止まらない。
「大体だな、俺がいたとこではそうだったが、脱走兵は大抵死刑か絞首刑なんぞにされるのが当たり前なんだよ。態々死地に行こうって奴を止めない理由がねえぜ」
「ぴぃっ!?そ、そういえばそうだった――!!?」
すぅ……と表情を蒼くさせ、レイセンが頭を抱えて叫ぶ。
立て続けの出来事ですっかり消え去っていたそのことに、どうして忘れていたのかと自問自答する羽目に陥った。
あうあうあう……と眼をぐるぐるとさせながら混乱しているレイセンに、ラルロスが苦笑して、ぽん、と頭に手を置くと、
「……そんな困るようなもんでもねえだろ。もう逃げちまったんだしよ、この世界で大人しくしといた方が、身の安寧に繋がるぜ?」
「そ、そんなことを言われても……!」
ラルロスの言葉に反発したい自分が、どうしてか胸中に潜んでいるのも確かなのだ。
自分の身の安全を優先するか――それとも、戦友の為に死を覚悟してでも戻るのか。
レイセンは脳を茹らせそうになりながらも、必死になって考え続けようとした。
――だが、
「……今日のとこはよく休んどきな。どんな答え出そうと、結局時間は過ぎるんだからよ」
トン、と軽やかな音と共に、レイセンの首筋に手刀が振り下ろされる。
余りに鮮やかなその業に、感心する暇もなくレイセンの意識が途絶えていった。
「――あ、やべっ。飯食わせる前に眠らせちまった……!」
そんな、ラルロスの焦った声をBGMにして。
――――――
永遠亭でラルロスが鈴仙に怒鳴られて説教されているとは露も知らず、イオは夜となりつつある空を見上げながら、縁側に座っていた。
既に、夕食を済ませた彼はこれから風呂の湯が沸くのを待っている途中なのである。
無意識に、手の中を緑光で埋めながら、次から次へと木製の何かを作っていくイオに、ふと、声がかけられた。
「――イオ~?何してるのー?」
幼くのんびりとしたその声の主が、とことこ、とイオが座る傍まで近づき、すとん、と同じように座ってみせる。
だが、イオはその言葉になんら反応を返すことなく黙ったままだった。
きょとん、とその様子に首を傾げ、夜になったが故に成長した姿のルーミアが不思議そうにその顔を覗きこもうとすると、イオがようやく彼女の姿に気づき、
「ああ、ルーミアか。うん、まあね……ちょっと、お月さんが見たくなっただけだよ」
と、天上に輝く銀月の光を指してそう告げた。
「……旅行がどうなるのか、心配?」
「……そりゃあね。僕がいた世界でも、他国に移動するのは実に骨が折れることだし。今じゃあ、飼い慣らした馬や魔獣を使って移動するのが増えてきているけどね。それだって、途中で休みを入れないと乗り手もそうだけど、乗られている方も大変なんだ。正直、この世界で空を飛べるようになれたのは、本当に嬉しかったんだよ。これでどんな場所にも飛んでいけるようになるからさ」
月光の下、イオがくすくすと静かに笑う。
「だから、宇宙っていう、星と星との間にある空間を飛ぶなんてこと、考えたことすらなかったんだよね。どんな旅になるのか……正直、予測が出来なくてさ」
只でさえ、紫さんの思惑やら永琳先生の思惑やらがあるし。
苦笑のそれへと笑みを変え、イオはやや愚痴るような心持ちでそう呟いた。
「……そーなのかー」
イオの言葉に、ルーミアがなんとも言い難そうな表情でそう返す。
「でも……ちょっと寂しいなぁ……少しの間、イオがいないのって」
美味しいご飯も食べられないみたいだし。
(……僕<ご飯?いや、そんなことより)
一瞬、自分の存在意義が食事を作るだけのように思えてしまったが、すぐにその想像を打ち払い、
「大丈夫だよ。パチュリーさんに教えて貰った転移用の魔法陣があるからさ。こっちに始点を作ったら、向こうで繋げられるからね。直ぐに帰ってこれるよ?」
「ホント!?良かったぁ……(イオがいないのは凄く寂しいし)」
ホッと安堵しているルーミアが内心で色々と考えているとは知らないイオは、再び夜空を見上げた。
――白銀に輝く、天蓋に在りしその月。
(……月、か……皆、どうしてるかなぁ?)
ラルロスのお陰で近づいた自分の本当の故郷。
恐らく、彼は本心から頼めば連れて行ってくれるかもしれなかったが……どうにも、踏ん切りがつかないでいた。
この幻想郷という世界で、死後の裁判を勤める四季映姫に弾劾されたあの事実。
『家族の手を振り払い、己が記憶だけを求め続けた』ことを罰せられ、本当の自分の素性がどんなものなのかを教えて貰うことは叶わなかった。
だが、そのことは逆にイオにとっては良きことではあったのかもしれない。
(せめて、一度くらいは帰った方がいいのかもしれないなぁ)
しかし、それを行うには些か障害が存在することも、イオには分かっていた。
――一つは、かの妖怪の賢者が許可を出すかどうか。
もう、今日この時点で、幻想郷に容易に影響を出せるようになってしまっていることで、たかが帰郷する為とはいえ、一時的にいなくなればどう言い繕っても何らかの波及は起こってしまう。
――そして、もう一つはカルラの存在だ。
誰よりも美しく、誰よりも孤高であった彼女は、出会った当初からイオの傍にいようと動いていた。
……いや、寧ろ、依存している、と言った方が正しいのか。
正直を言えば、あの頃彼女の傍にいることは苦痛では全くなく、とても落ち着いた生活が送れたのは確かである、が。
時が経つにつれ、彼女の立場がイオを悩ませるようになった。
――王侯貴族、それが現在の彼女の身分であり、かのリュシエール学院卒業生という肩書と、現ランクSSの冒険者『疾風剣神』という異名を持つまでに至ったとはいえ、只の平民であるイオとは比べものにならない程の彼女。
有体に言うならば……『傍にいて、彼女に何らかの悪影響が出ないのだろうか』という不安を抱いていた。
イオがクラム国という記憶がない現在においては故郷とも言えるその国を出たのは、そのことも理由に入っているのである。
だが、
(……迂闊にラルロスと一緒に帰ったら、拘束されそうな気がするんだよねぇ)
カルラは、以前イオが国を出ることを言いに行った際は、普通に応援をしてくれていた。
だが、それがもし、
『自分が国を出たとしても連れ戻せる理由』
があったが故なのならば。
少なくとも、ラルロスが以前カルラに詰め寄られたと言っていた、その理由がそこにあるのかもしれなかった。
何にせよ、イオは今の所どうすることも出来ない。
――イレギュラーな事態が発生でもしない限り、イオはアルティメシア世界に行くことはしないと決意したからであった。
――――――
――アルティメシア世界・最東端国・クラム。
――首都、リュゼンハイム市ロイヤルストリート沿い・王侯貴族邸宅。
『……はぁ』
耳触りの良い、若い女性の溜息が暗くなった室内に響いた。
小さなテラスに出ていたその女性は、ここ最近抱いている胸の鬱屈さを紛らわせようと、夜空を見上げる為に此処に来ていたのである。
「……イオ。貴方は今、何処にいるのですか……?」
ゴルドーザ大樹海傍の集落のギルドで、イオ、そしてラルロスが訪れたことは分かっていた。
――だが、肝心のイオはそこで遺跡がないかを聞いたきり姿を消し、ラルロスは一旦遺跡へと赴いた形跡はあれど、此方に戻って来ているのを確認出来ている。
この差は、一体何なのか。
艶やかな黒髪を夜の風に遊ばせ、エメラルドグリーンの眼を天蓋の二つの月へと向ける少女――カルラは、尚も考え続けた。
そして、やはり確信する。
「……何れにせよ、ラルロスさんが何かしら握っていると考えた方が宜しいでしょうね。
後は……マリアにも、少し話を訊いておかなければ」
ラルロスが初めに戻ってきた際、マリアと話を交わしていることを一応確認しているのだ。
恐らく、場所こそ知らされていないだろうが、イオのことで何かを聞いている可能性が高い。
更に、ラルロスが所属している魔法研究所にて、新たな技術(転移魔法のこと)が生み出されたことも鑑みれば……。
(他国か、それとも……)
他の大陸まで飛んでいるのか。
(……駄目、情報が足りなさ過ぎます。くっ……どうして、あの男は……!!)
焦燥で身が焦がれるような思いになりながら、カルラはきつく歯を食い縛った。
(――会いたい。イオ、貴方に会いたい……!)
燃えるような焦燥の焔が、再びカルラを焼き焦がす。
一か月、二か月程度会わなかったとしても、彼女がこんなにも焦ることはなかった。
――ちゃんと、帰って来てくれると信じているからだ。
此方が拗ねた表情を見せると、何時だって困ったように笑いながらも約束をちゃんとしてくれたからだった。
だが……既に、半年以上も月日が経過している。
この間、此方に挨拶しに来てくれた時は、弐度と帰ることはない等とは告げられていないのに……だ。
それどころか、各地の様子を事細かに教えてくれていた。
依頼を遂行するなかに於いて起こった出来事を、笑いも交えながら、教えてくれていたのである。
――明らかに、何かに巻き込まれたとしか、思えなかった。
……だが、イオの親友であるラルロスが、一向に焦っていない。
一時期、とても焦った様子で最後にイオが消えたゴルドーザ大樹海に赴いた姿を確認したことがあったのにも関わらずだった。
そのことを彼に告げて反応を探ったものの、やはり、イオのように純粋な性格ではない大貴族の嫡子であるが故のポーカーフェイスであり、何ら読み取れる情報がない。
寧ろ逆に、後一歩の所で、此方が情報を洩らしてしまう所であった。
(……はぁ。いけない……これ以上、考え続けるのは体に毒ね)
只でさえ、父であるリュウ=エルトラム・フォン・クラムから『限定的』ではあるものの、地位を譲られたばかりなのだ。
少しずつ領地経営にも眼を向けなければならない時に立たされているというのに……。
……否、安否は確認出来ているのだろう――彼の、『賢人』によって。
そのことはしっかりと彼から直接聞いているが、とはいえ結局彼しかイオの姿を確認していないということに違いはなかった。
まぁ、そんな彼もカルラが地位を譲られたのは知っているだろうが、その権限は今のところ『限定的』であることだけは知らない筈である。
――全ては、彼を名誉貴族として迎え入れる為。
イオがまだ、中堅或いは上の下・中程度のランクに留まっていたのであれば、それで様子を見ることは出来た。
しかし、現ランクは『SSランク』であり、最早各国で競争が起きても可笑しくない程にまで、高められている。
それも、彼自身の実力が実力なのであろうが、少なくともカルラにとって或いは彼女の父親にとって、好ましくない状況だったのは確かだった。
故に、動き出したのである。
先んじて、クラム国初の女性近衛騎士部隊長となった、ライバルと言えるチェルシー=ノワール・フォン・アタナシアに対抗する為にも。
カルラは、動き続けなければならないのであった。
(イオ、待っていて……必ず、貴方を連れ戻すから)
悲壮とも言える覚悟をかけ、カルラ=エルトラム・フォン・クラムは歩み続ける。
――その先で、想い人の心を手に入れられると、心から信じて。
――――――
――同時刻。ロイヤルストリート内、アタナシア邸。
月明かり、そして、『照光』の魔法が掛かった壁際のランプに照らされ、中庭に分類される場所で一人の戦乙女が舞っていた。
白銀のポニーテールが月光で輝き、見た者がいるならば天上楽土の高揚を感じたことであろう。
少なくとも、そう言わしめるだけの美しさが、その演武にはあった。
「――っ。……ふぅ……今晩の修錬はこれでいいだろう。また、明日励めばならぬな」
中世的な声が響くと同時に、その美しき演武が止まる。
ぱさり、と静かに髪を振り、手櫛で整えてから演武を行っていた人物――いや、女性と言った方が正しいか――は、かちゃり、と今まで使用していた己が武器、長剣を仕舞った。
そこへ、音もなく誰かが忍び寄る。
「……御苦労様で御座いました、チェルシーお嬢様」
「ん、ロウディスか。……いつも、済まないな」
「いえ、御気が済まれたのでしたら、本望でございまする。――彼の、武人殿を案じておられたのですか?」
若い、というには少しばかり年が深い男性――ロウディスと呼ばれたその人物は、一礼してからそう尋ねた。
些かその灰色の髪に白が混じり始めてきたことを知っているチェルシーと呼ばれたその女性は首を振って、
「イオのことならば、そんなに心配する必要などない。アヤツは、このクラム国でも有数の実力者なのだから。只でさえ、彼の『覇王』と呼ばれし男の弟子と呼ばれ、更には剣術でも勝てる人間がそういないと聞けば、心配する者は少ないだろう。――ロウディス。私が不安に感じているのはな……このまま、アヤツは帰ってこない心算なのだろうか、ということなのだ」
声と同じように中世的な美しさの顔を伏せながら、チェルシーは静かにそう呟く。
だが、その表情は告げた言葉とは裏腹に寂しげなそれではなく、かなり複雑な表情であった。
「ずっと、考えていた……アヤツが何故、己が記憶に執着しているのかを。アヤツがこの国を出て、自分の起源を探しに出てしまった時、私はこう思ったものだ――『どうしようもない、あの大馬鹿者め』、とな」
私やカルラ……そして、家族であるマリアを置いて何処に行くのだとも、思ったな。
堅苦しいその口調には、実に苦い感情が込められている。
ロウディスは知ってか知らずか静かに瞑目して、彼女の言葉を聞くのみだった。
「カルラもそうだったが……私も、色々と調べることが出来た。そう思って探りを入れてもらったのだ。――ロウディスを始めとする間者達にな。あの時はとても有り難かった。感謝している」
思わぬ言葉にロウディスは眼を見開き、感激であろうか、少しばかり身を震えさせてから、
「……勿体のう御座います、御嬢様。私共は、ただ御役に立ちたいと願っただけに御座いますよ」
「それでも、だ。そなた達のお陰で知れたことが……沢山ある。隠された事実があったことも、な」
静かな声で謝意を告げるチェルシー。
そして、眼をぎらり、とさせて、
「――考えてみれば、あのような特徴的な姿が近隣諸国で噂になっていない筈がなかった。学院に通っていた頃は、先輩から後輩に至るまでの女子達が騒ぎたてていたのを苦々しく思っていただけだったが。それ以外の者が騒ぎたてていないことに、注目すべきだったのだ」
そう、市井の者達が騒いでおらぬのを、な。
「学院であれだけ騒がれていたのにも関わらず、彼の武具屋『紅』の息子があれだけの容姿を持っていることに、誰もそのことに干渉しなかった……となれば、『何者かが口止めをしている』ことに他ならない。ああして通っていた過去の中で、そなた達間者とは別の、『平民』のメイド達に何ら変化が無かったのは、そのような噂を聞いていないということを示しているようなものだ」
若しくは、知っていて黙っていたか……どちらにせよ、隠されていたことは間違いない。
そして、それだけのことを成し得る権力を有する家を、チェルシーは知っていた。
――他でもない、王侯貴族たるクラム家だ。
そして、現国王の王族もまた、成し得ることが出来る一族であろう。
「……だからこそ、そなた達が齎した情報は、それらのことから鑑みてもかなりの重要度を誇っていると見て良い。――信じられなかったが……納得は出来るからな」
……まさか、イオが『――』の継承者第一位だったとは。
「――御嬢様」
「分かっている。余り口に出すべきものではないのはな。アヤツがこの国に来た経緯もそうだが、クリス殿に発見された時は大怪我を負っていたということを聞かされれば、嫌でも後ろ暗いことが隠れていると予想できてしまう。彼の国にそなた達を送ってみれば、それがはっきりと分かる程度には、どうやら闇が深いようだな」
「……これ以上の深入りは、危険に御座います」
「そうだな……取り敢えず、静観に留めよう。現時点で分かるのは……この状態でイオが帰ってくることがあれば、必ず大騒動になりうる、ということだけだ」
そこの部分……ラルロスはどう考えているのだろうな。
嘗て、戦うことばかりに身を置いていた彼女が、近衛騎士部隊長として任じられてから怜悧な視線を持てるようになった。
クラム国内の思惑は……少しずつ、混迷を極めようとしている。
――その中心に、既にアルティメシア世界にいないイオを据え付けて。
――――――
――そして、幻想郷に戻る。
イオがルーミアと月を望んだ一夜から明け、雀が散々に鳴いている朝方……イオは何時ものように朝食を摂っていた。
今朝のメニューは、塩揉みをして漬けた浅漬けを小皿に一品ずつ、味噌汁と近くで買ってきた納豆と、目玉焼きに鹿肉を少々炒めたもの。
そして、一番腹ごなしに良い、雑穀も混ぜ合わせたご飯一合ずつであった。
しっかりと炊き上げられた米に、しゃきしゃきとした食感の雑穀もあって納豆をかけて食べるとかなり食が進んでいく。
それは、ルーミアも同じであるようで、朝からほんわかとした雰囲気を振りまきながら、一直線にかぶりついているのが見えた。
(うふ、うふふ!美味しい美味しいよ~!)
満面の笑顔を浮かべている彼女に、イオもほっこりとなりつつ取り敢えず今日の予定を告げようと思い、
「ルーミア?今日の予定のことなんだけどさ……」
と言葉をかける。
頬や唇付近におべんとを付けたルーミアがきょとんとなると、
「どうしたの?」
「ん、まぁね。――今日は依頼をゴーレム達に任せて、紅魔館でロケット作りを手伝いに行くから。僕の能力関係で依頼があったら、ゴーレム達に丁重に断るよう言っておいてくれるかな?今、丁度二人は上の僕の部屋で、休眠しているからさ」
「召喚の度にどっから引っ張り出してるのかと思ったら……単純に転移魔法で呼び出してたんだね?」
ジト眼で見つめてくるルーミアにイオはあっはっは、と笑い、
「いやー、こうでもしないと嘗められるのが普通だからさ。まぁ、演出過剰だって萃香さんには突っ込まれたけどね」
そもそも、スペルカードルールだって演出を凝らしてる部分があるからだいじょぶだいじょぶ。
何処となく胡散臭い雰囲気で笑い、イオは至極あっさりと開き直った。
「……まぁ、いいけどね。――それはそうと、早速ロケットを作っていくんだ?」
「ん、そうだよ。……とはいえ、本に書かれている通りなら、割と洒落にならないくらいの精密さが必要になるんだよねぇ」
何でも、宇宙は真空のようだからさ。
空気を循環させ、けして澱まないようにする。
それは、妖怪だけならば兎も角、人間である十六夜咲夜や博麗霊夢、そして霧雨魔理沙の三人が生きていられる様にする為の仕掛けだった。
木が生み出す気を以て、彼女たちの生命維持へと繋げる……口で言うのは簡単だが、実際にそうした装置を置くのに、場所をかなり取りそうだ。
「ふぅん……イオ、頑張ってね」
「ありがと。――じゃ、御粗末様。あの子達には、声をかければ直ぐに起き上がるようにしてあるから。紅魔館に行ってくるね?」
「はーい、行ってらっしゃい」
ルーミアに声をかけ、皿を片付けようとして立ちあがると、
「……後、ほっぺたと唇のとこ、おべんとついてるよ?」
「――っ!!?イ、イオの馬鹿―!!気付いてたなら早く言ってよーー!!」
赤面したルーミアにくすくすと笑い、そうしてイオは出かけたのであった。
――――――
――紅魔館・大図書館にて。
「お早う御座います、パチュリーさん。早速作るのお手伝いに来ましたよ」
「……あら、イオ。丁度良かったわ」
ちらり、と七曜の魔女が流し目でイオを見遣り、そのままツイッとある方向を見つめた。
釣られて、イオも彼女が見つめる方へ視線を向け……そのまま何かを考えるような素振りへと移行する。
「……流石に、まだ作業に入られてませんでしたか」
「まぁね。あの本の全てを完全に理解したという訳でもないから。それに、一回模型も作ってみないとね」
幾らなんでも、練習なしに飛ばす訳にも行かないから。
「ま、それはそうでしょうねぇ。――とはいえ、模型のガワの方は僕の能力を全開で使えば出来そうな感じですけれど」
一応、木を色々な形に形成出来ますからね。
言葉の通りに能力を発動させ、巧みに手を動かしソードブレイカーの模型を創りだして見せたイオ。
何処となく艶々とした輝きを放つそれは、そのまま戦闘に流用出来そうな程の出来栄えだった。
「……随分と器用ね」
「うちの養父さんが鍛冶師をしてましてね。剣を始めとして、全身鎧なんてのも請けているんですよ」
お陰で、僕もそこらへんの知識は学ばせて貰いましたねぇ。
呆れかえっている様子のパチュリーに何ら動じることなくイオはニコニコと笑う。
「……まぁ、今更イオが万能主夫になっているのは、もう気にしないけれどね。それより――外装をどうしようかしら」
恐らく、本に書かれていた通りにした方がいいのだろうけれど。
そう言って、パチュリーがちらり、と今まさに開いていた宇宙関連の本を見てそう呟く。
そこには何処となく歪な形の円錐のようなロケットが描かれていた。
細長く縦に伸びたその物体に、イオは静かに眼を細め、
「……人が乗れるような作りになっていないような気が。乗るにしても、かなり詰めてかからないと出来ないと思います」
「そうね……貴方だったら?」
「僕ですか?――そうですねぇ……先ず、こんな円錐状ではないものですね。どちらかと言えば、断面が台形になるような物で……」
言いながら、イオは能力で木板を作り出し、一応用意しておいた筆を用いて簡単な絵を描いてみせる。
先程の本に描かれていたそれとは大きく異なり、かなり扁平状で先が柔らかく尖った物であり、翼は空気を切り裂くような、鋭角が随分とある作りになっていた。
ただ、本のそれと比較しながら描いた為か、その扁平状になっている船体の最後部にある推進器が些か大き過ぎるような気もする作りである。
「……ふぅん。随分と大きくなりそうな作りね」
「宇宙で一夜明かす可能性もありますから、居住性も持たせてみたんですよ。これなら色々と内部をカスタマイズ出来ます。それに、咲夜さんの能力は空間にも作用するそうですから、更に広くなりますしね」
「なるほどねぇ……でも、出発する時はどうするの?」
「ええ、そのことなんですが……この、船体の下部に」
言いつつ、イオが扁平状になっている船の床辺りを筆で示し、
「発射する時は縦になりますから、船の推進速度を大幅に上げる為の道具を取り付けるんですよ。爆発的な速度で宇宙にまで到達したら、そのまま航行へと移行出来るでしょう」
「ふむ……材料は兎も角、その計画なら行けそうな気もしないではないわね。イオの魔力を借りて、この推進補助装置に貯めるようにして、噴出孔に火の属性魔法陣を描けば行けるかしら」
非常に淡々としたパチュリーと、真剣な眼差しのイオ。
ある意味で智者とも言える二人が傍からして楽しそうに船体内容を計画していると、
「――やっほーパチェ!あっそびに来たぜー!」
ドパーン!という豪快な音と共に、白黒エプロン姿の少女が突貫してきた。
思わぬ轟音に、イオの肩がびくりと震え……直ぐに、眼が笑っていない笑顔を浮かべて新スペルを詠唱。
――『捕らえ捉えるは木蔦縛縄(ウッドウィップバインド)』――
新たに生み出されたそれは、主に侵入者及び逃走しようとしている犯人を捉える為のものだった。
いきなりの本気モードに、少女――魔理沙の顔がはっきりと引き攣り、
「ちょ、ちょっ待てって!いきなり入ってきたのは謝るから……って、ギャー!!?」
うねうねと生理的悪寒を感じさせる木の蔦の攻撃に、大きな悲鳴を上げる。
箒に飛び乗り、一目散に逃げ去ろうとするが、ちょっとぶち切れたイオが早々に逃がす筈も無かった。
「――思う存分、擽ってやって」
「ギャーッ!!?あ、謝るから許し――アハハハハッちょ、マジ止めアハハハッ」
あっさりと捕まった白黒の少女に、イオはにべもなく、情け容赦もなく擽り攻撃へと移行する。
パチン!という指弾の音が響く度に、少女の笑声がどんどん大きくなったりしていくのを、イオは聞くこともせずにパチュリーとの会話に戻ろうとした。
だが、そこで待っていたのは彼女のジト眼。
「?どうかしました?」
「シレッとして訊ねてくるんじゃないの。全く……あの子だってロケットに乗るんだから、無茶したら駄目じゃない」
「どうせだったらそのままお留守番にいて貰いたいくらいですよ。彼の『月の頭脳』がいた、それだけで十分に警戒すべき対象に入ります。無論、僕自身は永琳先生とは依頼を請け負う関係でそれなりに良くして貰っていますが、月人はそうはいかない。幾ら対策を講じようが……あちらが敵であるとして此方を見れば、命が幾つあろうが足りない」
無論、ただでやられる心算は僕はないですが。
いっそ、臆病とも取れる彼の発言に、パチュリーはそう、と呟くと、
「何を聞いたのかは知らないけれど……それでも、貴方とレミィ達は行くことは決定しているわ」
「分かっていますよ、そんなことは。――ということだから、魔理沙にはお仕置きだよ?」
「はぁ、はぁ、ふ、吹っ飛ばすぞこのやろー……お前、ホントは隠れドSなんじゃねえの――ヒッ!?わ、分かった!分かったからウネウネ動かすなぁっ!!!?」
擽り攻撃が終わったものと思っていた魔理沙が漏らした不用意な言葉で、再び木の蔦が蠢きだし、恐怖で彩られた魔理沙が絶叫した。
「だ、大体余計な御世話だってんだ!色々あるんだろーが、私だって覚悟はしてる!」
必死になって絞り出されたその言葉に、イオが静かに溜息を吐く。
「……あのね、魔理沙。この幻想郷で、今完全にスペルカードルールが施行されている現状で覚悟を決めてるなんて言葉……はっきり言って生温いよ。……僕にとっての戦いってね、『殺し合い』、それだけに過ぎなかったんだから。想像したことある?人間がさ、腸ぶちまけて死んでいくような世界なんだよ?普通に寿命で死んでいけるこの世界とは大きく違うんだ」
下手すれば、死ぬだけに留まらないことも在りうるんだから。
「特に、女性だったら尚更悲惨だよ?魔物ってね、どうしたことか異種族だとしても容赦なく母体として利用しようとするし」
まぁ、パチュリーさんはその辺り御存じだろうと思いますが。
ちらり、とイオがパチュリーを流し目で見やりながらそう告げた。
余りの言い様に、魔理沙は完全に絶句し、口をぱくぱくと開閉させるのみ。
「――そこまでにしておきなさい。言っておくけれど、魔理沙は知らないだけよ。血を血で洗うような骨肉と惨劇の戦いは、ね。知っているのは、レミィか或いは年経た大妖怪クラスの者しかいないわ。余りいじめてやらないで」
「……まぁ、それもそうですね」
パチン、と再び指弾をし、その音で思わず身を竦ませた魔理沙がふと、自身が拘束から外されていることに気づき、はぁ……と安堵の溜息を漏らすのを聞きながら、イオはすたすたと歩き、
「さて、と……魔理沙も船体の設計図に口出ししに来たのかな?」
と、彼女の方を振り返りながらそう尋ねて見せた。
先程の余りに異なった雰囲気ではない、普段の彼のそれになっていることに魔理沙が安心しつつも、
「ま、まぁな!パチェが作るって聞いてさ、どんなのになりそうかすっげぇ期待してんだぜ?」
「……あまり期待されても困るのだけれどね」
ふぅ……と息をつきながら、パチュリーがとんとんとこめかみを叩きつつぼやく。
「今の所、イオが出してくれた案とこちらの本に描かれている仕組みで組み立てる案の二つがあるわ」
「へぇ……どれどれ、って妙に不格好だなこれ。誰のだ?」
「あ、それ僕の」
「お前が!?……なんか、すっげえ趣味悪くないかそれ」
「あのねぇ……居住性とか求めてるから格好なんか気にしてられないんだよ。それに、世の中、不格好な方が意外にいい仕事をする時だってあるんだから」
これはこれで間違いないよ。
ふんす、と若干鼻息が荒いイオが力説した。
「そうかぁ?パチュリーが言ってた方の奴が良さそうに見えるんだがよ」
「それ、居住性とか全くないから、いざ乗ろうとしたら凄く狭いよ?人数も多いし、確実にぎゅうぎゅう詰めになっちゃうからね?」
「は?マジかよそれ」
眼をぱちくりとさせる彼女に、イオは力強く頷いて、
「そもそも、パチュリーさんが持っている本に描かれているのは、短期で何処かの基地に向かって飛ばす奴みたいでね。そんなに耐久性もないし、途中で荷物になっちゃう物を捨てていくから、どうしても機密性が薄くなっちゃうんだ。幻想郷の場所がばれるのも不味いから、僕の考えたこの船体に推進力を強化するオプションを取り付ければ、恐らく少ない期間で着くようになるんじゃないかって考えてる」
言いながら、自分が描いた図に付け足しの絵図を書き加える。
すると、イオの考察した船体の下部に、何やら二つの筒のような物が取り付けられた図が完成した。
何処か、満足そうな表情を浮かべているイオに、パチュリーがその図を覗き込んで一言。
「……言い忘れていたわ。その方法だと、イオが何かしらの方法で魔力生成するにしても消費が激しくなる。その点はどうするの?」
だが、パチュリーは冷静に対処し、疑問に思ったことをどんどん指摘する。
「ああ、それでしたら……こういう空へと飛ばす為の台みたいなのを作るんですよ」
真剣な眼差しで喧々諤々と議論を交わす二人。
(……なんか、私場違いな気がしてきたぜ。パチェは元からだけど、イオの奴だって頭はいいほうだしなぁ)
何だか妙に居心地が悪くなってきたように感じられ、若干もじもじと魔理沙が身動ぎした。
――さて、此処で少しばかり、パチュリーとイオの考察の違いについて述べてみよう。
パチュリーが持っている本の中に描かれているのは、正式名を『多弾頭式』と呼ばれている代物であり、主に、現在も稼働している国際宇宙ステーションへの物資搬入に使用されている物だ。
形としては実に細長く、而もそもそもの荷物の置場が先端の筒状の船体へと収納されるので、中筒及び下筒は完全に推進剤しか充填されていないのだ。
その上、それだけでは推進剤が心許ないので更に二つ三つ程、補助ブースターを取り付けなければならない為に、結果として宇宙に捨てていく物が多くなってしまう。
現在、ただロケットを飛ばすのも、国際間において監視されるべき要綱となっている為に、残された筒状のデブリ(宇宙ゴミ)が見つかれば、周辺国で不審がられる元となりかねないのだ。
さて、そこでイオの考察である。
彼自身が知ることはなかったが、これはある種の『スペースシャトル式』と呼ばれる代物であろうことは間違いなかった。
嘗て、幻想郷の外に広がる世界において、アポロ11号というスペースシャトルが月面に到着したことがある。
結果としてそれは成功し、月より帰った乗組員が持ち帰った月の石などで大いに騒がれていた。
まぁ、それはさておき。
問題は、先程示した多弾頭式よりも、居住性があるということなのである。
とはいえ、外の世界ではあくまでものりこむ為だけに作られた代物である為、イオの示したように扁平型の船体ではなかったのだが。
更に言うならば、イオのやり方は通常の物と異なり、マスドライバーと呼ばれる発射台をも使用している点にある。
此処までくると、パチュリーとイオのやり方の違いがはっきりと分かるであろう。
――低コストで安全性・居住性が低い最高速の多弾頭式か。
――高コストであっても安全性も居住性も高いスペースシャトル・マスドライバー式か。
有体に言えば、そういうことなのである。
「……その発射台って、どんなのなんだぜ?」
「そうだね……スリングって知ってる?こういう、紐で石を投げる武器なんだけどね、大抵猟とかで使われてるんだ。ぐるぐる回した後に大きく飛ばしてぶつける方法で獲物を狩るんだけどね、重要なのは、この何かを使って飛ばすということなんだよね」
こういう風に曲線状に台を斜めに作って……。
と言いながら、イオが新たに木板を創り出し、すらすらと筆で発射台を書いて見せた。
「……で、どうやって飛ばす心算だ?」
「そこはまぁ、色々と。先ず、船体を載せる台を作ってこの溝を掘った中に嵌めこむ。で、その上に船体を固定した後に台に取り付けた推進装置と船体の推進装置を稼働させる。――ま、後はその勢いで大きく飛ばすだけだね」
「なんか、色々と必要な奴が出てきそうだな、それ」
面倒そうな表情を浮かべる魔理沙に、しかしイオは至極あっさりと。
「そりゃあ、皆の安全も考えてるからね。なんせ宇宙を飛ぶんだし、皆が快適に過ごせて安心出来るようなのにしないと、魔理沙だって宇宙を飛んでる時に空中分解とかしたら嫌でしょ?」
その本読む限りじゃ、宇宙って所には空気が存在してないみたいだし。
「……なんというか、すげえ隙のない考えだな、そりゃ」
最早呆れたとしか言い様のない表情で、魔理沙が小さい声でぼやく。
そして、考えこんでいる様子のパチュリーに向かって、
「パチェはどう思うんだ?」
「……そうね」
ぽつり、と彼女が呟いた。
「まず、ひとつ。――余りに高コスト過ぎる気がするわ。船体部分もそうだけれど、このマスドライバーとやらも、ね」
「ああ、それでしたら。――僕の能力があるので、少しは節約出来るんじゃないかなと。ただ、どうしても船体の外装は金属製でないと……戻って来る時に着陸で耐久性を上げておかなければなりませんし」
立て板に水という勢いでかつ流れるように話すイオ。
「その分、内装でしたら軽くて丈夫な樹を使って壁やら椅子なんかも作れますよ。藁などを使ってクッションにすることも出来ますから」
「……本当、魔理沙の言うとおりに隙がないわね。だけど、金属は何処から持ってくる心算なの?」
幾ら私が金属性も操れるとはいえ、無限に湧き出す訳ではないしね。
すると、イオは少し困ったような表情となり、
「そこなんですよね……単なる金属――例えば鉄や銅など――だと、融解してしまう可能性が大きいし。ああ、でも僕の魔眼を使えば、金属は作れるか」
メタリックメテオがあるし。
かりかり、と頭を掻きながらも、イオは何処か宙を見つめて頭を回転させた。
薄らと眼を細めた状態である為、些か雰囲気が変化しているようにも見受けられる。
だが、そんな彼が漏らした言葉にパチュリーは呆れたようだった。
「……わざわざ危険を冒してまで金属を用意しなくともいいじゃないの。全く、貴方もそうだけれど、もともと頑丈なのが多いメンバーなのだから、心配はいらないでしょうに」
「それで後悔をしたくないので。少なくとも、僕は向こうで依頼を受けていた頃、そういう後で悔やむことを経験したことがありますから」
どれだけ頑丈だろうと、命は一つですしね。
静かな眼で、尚も宙を見つめる彼が、何かを思い出すようにしてそう呟く。
その、臆病とも取れる彼の発言に、魔理沙も少々ばかり顔を引き攣らせ、
「……その、なんだ。考えすぎじゃあないのか?」
「……情報が遅れて、魔物の大群で滅んだ村の話、聞いてみたい?多分、魔理沙だったら吐くのは確実だよ?」
燃えた人間の匂いとか、嬲り殺しにされた人の様子を聞きたいんだったら、ね。
何処か空虚な金の瞳に見つめられ、魔理沙は思わず生唾を飲み込んだ。
そんな彼女の様子に、イオははっと我に返り、
「――っと、御免よ。こんなの年頃の子に言う話じゃなかったや。……兎も角、未知の部分が多いことだけは確かなんだ。あの紫さんから何も教えて貰っていないし、準備はし過ぎても別に損にはならないと僕は思ってるよ?」
と、元の穏やかな雰囲気へと変化し、おっとりとしてそう告げる。
「ん……分かったぜ。だけどよ、結局材料の部分はどうするんだ?」
「そうなんだよねぇ。――どうするかなぁ……あ、そうだ。文にも聞いておいた方がいいかも。いい考えくれるかもしれないし」
ぽん、と手を打ちながら呟いたイオに、魔理沙が呆れた表情になり、
「アイツに訊いて分かることなのか?」
「さあ?でも、年中幻想郷飛び回ってる位だし、情報源としてはかなり優秀だよ?」
そう言い、イオはパチュリーに向かって一礼すると、
「まぁ、そういう訳なので一旦失礼しますね。長々と話していたこともあって、もうすぐ昼時になりそうですし」
「……もう、そんな時間なのか?自覚したら結構腹が減ってきたなぁ」
ちらり、ちらりと此方を見やりながら告げる魔理沙に、イオは流石に苦笑して、
「そんなに食べたかったらおいでよ。ちょっとずつ暑くなってきてるし、精のつくもの出してあげるからさ」
「やった!言ってみるもんだぜ!」
歓声を上げ、ひょいと箒に飛びのると、
「じゃ、御先に行ってるぜイオ!」
そんな言葉と共に勢い良く図書館を飛び出していくのであった。
「……そんなに慌てなくたって、食事まだ準備してないってば」
既に聞こえなくなっているであろう彼女にそうぼやいてから、イオは静かに苦笑して空中を踏んで駆けていく。
「それじゃ、また後で」
そんな言葉と共に、イオは成長期真っ盛りな少女の為に動くのであった。
――――――
「――あー魔理沙だー」
「よっ、お邪魔するぜ☆っと、そっちはイオのゴーレム達か」
『こんにちは、白黒の御嬢さん』
『アルラウネ……名前で呼ばないのは失礼に当たるぞ。魔理沙殿、済まないな』
魔理沙がイオの家まで駆け付けた時、そこには、丁度玄関に入ろうとしている弐体のゴーレム達とルーミアが談笑していた。
何処までも飄々としたアルラウネと、何処までも生真面目なフルナに、魔理沙も苦笑して、
「いいっていいって。寧ろ、普通に話しかけてくれるだけでも割と誠実な方だぜ?アルラウネに、フルナ……で合ってたか?」
『そうだ。ふむ、所で我が主を見かけなかったか?ルーミア殿がお腹を空かせたようで、どうやら帰りを待っているようなのだ』
『それに、私達のメンテナンスもありますから。割と切実です』
むん、とアルラウネが両手を握り拳にしてそう告げる。
そんな二人の様子に魔理沙も少し笑って、
「大丈夫だぜ。アイツ、今日は私に飯作ってくれるって言うからよ。御先にこっちにきたんだ」
もうすぐこっち来る筈だぜ?
そんなことを、魔理沙が口にした時だった。
「――もう、魔理沙。流石に早すぎだって。料理すら出来てないのにさ」
そんな言葉と共に、イオが帰ってきたのである。
流石に今回は、いつもにこにこと笑顔を浮かべているその顔にかなりの呆れを含ませた状態であり、相当呆れかえっているのが丸分かりだった。
だが、魔理沙は悪びれもせず、
「おっと、お小言は勘弁だぜ!というか、お前の料理やメンテナンスを心待ちにしてる奴等がいるの、忘れてないか?」
「忘れる訳ないだろ、もう。――ただいま、ルーミア、アルラウネ、フルナ。ちょっと待っててね。すぐ用意するからさ」
イオは穏やかに笑い、玄関から中へと入っていくのであった。
無論、お呼ばれしてしている魔理沙も、元からの住人であるルーミア達三人も一緒に中へと入り、昼が故の騒がしい人里を一層賑わしくさせていく。
「――……」
そんなイオの姿を見ている影がいるとは知りもせずに。
えー……気づけばこんなに長くなってきた拙作ですが、正直、月での話しとなるとどんな風に進めば良いのやら、という思いでいっぱいでやんす(汗。
というか、船自体も原作と大きくかけ離れていますし……いやまぁ、倫理的に男女が同じ部屋にいるのはちょっと有り得ないので、どうにかこうすることで離した訳ですけれど。
マスドライバーがあるのは……まぁ、進みすぎた技術は魔法と同じであるという言葉からです。
説明が遅れたのでそれだけ申し上げたく。
ではでは、引き続き次章もお楽しみくださいませ。