同時に、ストックが切れかけているため、今回の更新はこの二つのお話で終了です。
それだけだとちょいと寂しいので、次章及びその次はイオの剣術とイオの世界における魔法に対する捉え方を出しておきます。
そろそろ、多くの語が出てきてごっちゃになりつつありますので。皆々様、ご承知の程、宜しくお願いいたします。
台所でぽつり、イオが呟く。
毎度の事ながら、料理の内容を考えるのは結構辛かった。
栄養バランスもそうだが、飽きが来ないようにするのも大変なのである。これは、イオだけに留まらず専業主婦の皆々様も日々痛感されていることであったろう。
何せ、よりにもよって「何でもいい」などと言われた時が一番困るのである。
朝の食事と比べて無理がないようにしなければならないし、尚且つ美味しく食べてもらいたいこともある。
そんなことを徒然と考えるのも、魔理沙の
「美味しいのだったら何でもいいぜ!」
そう発言したことがきっかけであった。
「何でもって言われても困るなぁ、ホント」
苦笑している彼ではあったが、それでも料理を考えるのは止めない。
「……炒飯にするか。あれだったらお腹も膨れるし。まぁ、それだけじゃ寂しいから唐揚げと、野菜も付けて……」
以前に美鈴に教わった料理のレシピを思い出しつつ、イオは米の入っている場所を開け、動き始めるのであった。
台所から聞こえてくる音を聞きながら、魔理沙はかなり緊張した面持ちで目の前を見つめている。
その目前の卓上には、遊戯盤である将棋が置かれていた。
「ぐぬぬぅ……」
まぁ、はっきり言ってしまえば、魔理沙が詰み掛けているというのが現状であるのだが。
彼女はまだ負けていないと思っているが故に必死に考えを捻り出そうとしているのであった。
……とはいえ、結局の所、後五・六手程で詰んでしまえる程度には、切羽詰まった状態なので、そろそろ終わる頃であろう。
さて、そんな彼女と遊戯を大いに楽しんでいる人物はというと、その美しくだが無表情の顔のままで、
『ほらほら、あと少しで貴方の負けになりますよ?存分に足掻いて御覧なさい?』
「う、うるせー!すっげぇ腹が立つなおい!」
にやにや、という擬音が聞こえてきそうなその煽り方に、魔理沙が青筋を立てて苛立った様子で叫んだ。
「つーか、アイツの性格から何でお前みたいに性悪なのが飛び出てきたんだよ!?あのフルナが二人いるってんだったらまだ分かるぜ!?」
『何を失礼な。私は、というより私達は、別にマスターの性格を模写して生まれた訳ではありませんよ?』
「嘘だろ!?」
『あのですねぇ……いいですか。そもそも、マスターの能力である『木を操る程度の能力』……これについて、どのくらい解っているんです?』
やれやれ、そう言わんばかりに肩を竦められ、魔理沙ははぁ?と声を上げると、
「どのくらいって……木・風・吸・雷の属性魔法を強化、その使用魔力量を減らすのと、木を自由に作ったり、後は農業関係だろ?作物なんかを病気に耐えられるように強化できるって聞いたぜ?」
と、何を今更という風な口調で言い返す。
だが、アルラウネはちっちっと指を振ると、
『――一つ、お忘れですよ。『樹木を含めた、全ての植物と会話が出来る』……ということです。まぁ、会話が出来得る程の年月を重ねた樹木などは稀有ですから、それほど意志疎通が出来るという訳ではなさそうですが』
「あーそういや、そんなことも言ってたか。……で?それが一体何だってんだよ?」
かりかり、と頭を掻きながら興味なさそうに尋ねる魔理沙に、アルラウネはくすくすと笑声を漏らすと、
『お分かりになりません?――私達は、その『会話が出来得る程の年月を重ねた樹木である』……そう言っているんですよ?』
「はぁぁ!!?」
昼中の青空に、魔理沙の驚愕した声が響き渡った。
「ちょっとまて!アイツ今までそんなこと一言でも言ってたか!?」
『あのですねぇ……そもそも、疑問に思わなかったんです?幾らマスターが規格外だとしても、『元から意志を持つコアを作り出せる』と本気で思っていたんですか?』
呆れたようなアルラウネの言葉に、やや魔理沙がどもりながら、
「い、いやまぁそうかもしんないけどよ!無茶があるだろそれは!」
『いやぁ、私共も当初こうして生まれ出てきた時は吃驚しましたけれどね……でも、考えてみればそれなりに辻褄は合うんですよ。――例えば、マスターの能力は先程も申し上げた通り、非常に多岐に渡っています。考えれば考える程多くの選択肢をマスターに齎し……そして、行使が可能です。私達のコアを作成する際は、『木で出来た物を生成する』ことと、『植物と意志を交わす』ことの二つを組み合わせれば出来る、と考えれば……それほど、無理はないのではないかとね』
人差し指を一本立て、アルラウネは己が主人の素晴らしさを滔々と説く。
その言葉に、魔理沙が何かを思い付いたかのような表情になり、
「……もしかして、アリスの奴が執拗にお前らを狙ってたのってそういうことなのか?」
単純に自分の生涯を通しての事業を先に取られたの怒ってやったのかと思ったけど。
そう尋ねられ、アルラウネはそうですねぇ……と呟いてから、
『まぁ、感情面もあったのは確かでしょう。ですが、何よりも魔法使いとしての、好奇心が主でしたでしょうね。とはいえ、マスターのあれほどの怒りによって、得るものとデメリットの差が大きいと悟ったが故に、なんとか諦めがついたのだろうと私は推測しています』
まぁ、完全に殺しにかかってくるかのような勢いでしたしねぇ。
あっはっは、と何故か楽しそうな笑い声を上げるアルラウネに、魔理沙がげっそりとした表情になると、
「いや、それ笑えるようなことなのかよ?一歩間違えればお前たち解体されてたかもしんないんだぜ?」
『その時はまぁその時でしょうねぇ。ですが、マスターが身内に関して過保護になるのは分かり切ってますし。よっぽどのことがないかぎりは見捨てられないと信頼も信用もしておりますから』
至極当然であると言い切った彼女に、今度こそ魔理沙がジト眼になって睨み据えた。
「……結局、自分の主人自慢したかっただけじゃねえか。今やってる将棋に何か関係あったのかよ?」
『いいえ?単純にもう貴方の負けが決定しているので余裕見せつけているだけです☆』
「うぜえ!こいつ半端なくうぜえ!!」
がるる……と牙を剥き、魔理沙が咆哮を上げた。
そんな二人の様子に、がっくりと肩を落としたフルナが、
『アルラウネ……反応が面白くてからかうのは良いが、余り挑発はしないでくれ。見ていて正直はらはらするのだぞ?』
『いいじゃないですか、フルナ。この方が可愛いのが仕方ないんですよ♪』
『それは絶対に仕方なくないことだからな?……全く、申し訳ないな、魔理沙殿。コヤツは気にいった者を見つけるとこうして遊びにかかるものでな……』
ほとほと疲れた、という雰囲気を出しているフルナに、先程までの怒りが徐々に萎んでいき……気付いた時には同情がたっぷりこもった視線で、
「……苦労しているんだな、フルナ。――と、そうだ。ちょいと気になったんだけどよ……お前らの人格のベースって誰のを投射しているんだ?幾ら年月を重ねた樹木からコアを創り出したとは言っても、初めからそんな愉快な性格してた訳じゃねえだろ?」
と、途中で何かを考えついたような表情になると、きらきらと好奇心で輝いている眼でそう尋ねる。
その言葉におや?とアルラウネが反応し、
『……良く分かりましたねぇ。人格のことは言っていなかったと思うのですが』
その言葉に、魔理沙がへへっと笑うと、
「微妙に話が切り替わりそうになった時だったからなぁ。正直、普通に流してしまうとこだったけどよ、でも性格は本当に元々の奴なのかと思ったらむくむくって疑問が湧いてきたんだよ」
『ふふ……まぁ、魔理沙殿もからかわれるばかりではないということだ、アルラウネ』
楽しそうに笑うフルナにアルラウネはというと、
『むむぅ……若干悔しいですねぇ。――ま、いいでしょう。気付いた御褒美に教えて差し上げるとしましょうか』
くすくす、と笑声を漏らしたアルラウネが居住いを正すと、
『まぁ、実を言うと。――マスターの向こうのご友人方の性格を模写したものですねぇ』
と、何でもない様子でとんでもない爆弾を放りこんできた。
「……はぁ?」
『あっはっは、すっごい顔!フルナ見てやってくださいよ!』
呆気に取られたその顔に、アルラウネが腹を抱えて笑い転げる。
「……果てしなくうぜえ……」
凄まじい笑顔になった魔理沙が、アルラウネを睨みつけて思わずそう呟くと、彼女はいやーすいませんねぇという、飄々とした声で謝り、
『まぁまぁ、驚かれるのも無理はありませんが。先程も申し上げた通り、マスターは何も、無から有を創り出せる訳じゃあないんですよ?私達の始まりであるコア自体もそうですが、その性能或いは人格の形成などは、『ご自分の記憶から創られている』のが殆どなんです。普段、何気ない様子で木を生み出されてますが、あれも魔法と能力をかけ合わせることで成り立っていますからね。――真に無から有を生み出しているのでは、けしてないのです』
マスターはまだこの能力を使いこなせていないからとは申してましたがね。
えへん、と大きく胸を張るアルラウネに、魔理沙はへー……と納得の声を上げると、
「そうすると、魔力量がかなり左右する訳なんだな?」
『えぇ、そうなりますねぇ。とはいえ、能力の御蔭で魔法を使用する際のコストがかなり削減されたようですし、割とほぼ無限に出せるようになってきているみたいですが。面白いのは、それくらいの力を以てしても幻想郷ではけして最強にはなれない所なんですよねぇ』
「……あんだけの力持ってる割に、だよなぁ」
以前起きた異変の一つである、宴会続きのどんちゃん騒ぎの結果を思い出しながら呟く魔理沙。
そう、イオはあれだけの力を有しているのにも関わらず、けして最強ではないのだ。魔法に関してはパチュリーやラルロスと言った賢者とも言えるような人物が台頭し、身体の頑強さや、膂力の強靭さは鬼に及ばず。
そして、龍人という亜人種へと変貌したとはいえ、西行寺幽々子のような危険な能力に対抗出来る可能性が低く、彼の持ち味であるその速度さえも友人である射命丸文に微妙に遅れを取っている。
結局、イオが唯一最高であると誇れる物が、『剣術』にしかないというのも、かなり皮肉な話ではあった。
……とはいえ、彼の真骨頂はそんな所にはない。
誇るべきなのは、その身体に有する能力の汎用性であろう。
「……基がいいやつだと、単純な能力でもかなりの汎用性になるんだよなぁ」
『そうでなければ、冒険者稼業は続けられないからね、とマスターは仰っていましたねぇ。考えられる範囲で動けるだけ動かなければ、依頼主に認めてもらえないからというのが口癖でしたし』
ジュージュ―という、何かが焼き焦げるような音と共に、炒られたご飯と大蒜の香ばしい匂いが漂ってきた中、魔理沙とアルラウネはのんびりとしてそう言葉を交わした。
『まぁ、そういうことで。マスターのことを知ることが出来た訳ですが……他に何か知りたいことなどありませんか?』
「いいのかよ、おい。割と洒落にならないくらいの情報量だったと思うんだが?」
呆れたような眼で魔理沙が彼女に向かってそう尋ねるが、彼女はあっけらかんとして、
『マスターは気にされないですよ?知られた所でマスターのように動ける人間の方なんてそれほどいませんし。割と人間辞めていると言われても可笑しくないくらいなんですから』
「……ちょいちょい毒吐くな、お前」
仮どころか真にマスターである筈のイオに対する言動に、表情が引き攣る魔理沙に、
『あはは、それが私の持ち味ですしねぇ。それで、どうなんです?』
「……まぁ、教えてくれるっつうならいいけどよ。――アイツの使ってた魔眼だったか。『副作用』は一体何なんだ?漏れ出てくるくらいの魔力量の割に、行使した後の反動らしい反応が見当たらねえんだよ」
あの『神眼』に……どんなカラクリを潜ませてるんだ?
打って変って真剣な表情となった魔理沙に、アルラウネは驚きかそれとも別の理由か……沈黙した。
代わりに、フルナが静かに近づいてきて、
『……それを調べて、どうしようというのだ?』
と、動作と同じ位静かな物言いでそう尋ねる。
すると、
「短い付き合いだが、曲りなりにも友人として認めて貰えているみたいだからな。私としては、アイツが無茶するのをなるだけ止めてやりたいんでね。――もし、とんでもない代償を払うんだったら、マスタースパークで吹っ飛ばしてでも、止めてやるぜ?」
にやり、と勝気そうな笑顔を浮かべると共に、魔理沙は男よりも男前な発言をした。
『……ふむ』
『……いやはや、悪戯ばかりする方だと思っていたのは間違いだったようですねぇ。どうします?フルナ』
『そうだな――とはいえ、魔理沙殿?我々も、マスターの業の全てを知っている訳ではない。剣術にしても、魔法に関しても、知識こそ転写されてはいるが……それをはっきりと自覚も経験も済ませている訳ではないのだ。そうであるらしい……ということはわかるのだが、な』
指を顎に当てながら、フルナが考えるようにしてそう告げる。
「……つまり、不確実性が高いってことなんだな?」
『有体に言えば、な。今、こうしてアルラウネが自慢げに話していたことは、大体その場にいて実感も体験もしたからこそ言える事実だ。だが……マスターはどうしてか、その弱みとも言える反動、或いは弱体化するかもしれないことを隠されておいででな。推測と一応、それらしき知識を埋めこまれたはいいが、本当なのかどうかさえ、判断が付き辛いのだよ』
何せ、こんななりでもまだ半年位しか生きていないのでな。
至極あっさりとした様子でそう告げるフルナに、魔理沙はあー……と言葉を漏らしてから、
「……考えてみりゃ、お前らってまだ赤ん坊に近いんだったっけか。その割にはえらく濃ゆい性格してるが」
『いいでしょうそんなことは。――取り敢えず、現時点で分かりかけてきたこと、言っておきますね』
「おう、どんと来い!どんな事実が来ようが、受け止めてやるぜ!」
どん、と胸を叩いて見せる魔理沙に、アルラウネはふふ、と笑みを漏らすと、すぐにコホンと咳払いをして、
『……マスターの精神に、良いか悪いかはともかく……影響を及ぼしている可能性があります』
と、厳かな雰囲気と共にそう告げたのであった。
――――――
「――あれ?ルーミア呼んでなかったの?」
衝撃的な言葉が発せられてから大凡二十分後。
イオが魔理沙達に作った料理を御膳に載せながら、きょろきょろと同居している少女を探しながら訊ねてきた。
「ん?あー……済まん、料理を待つのに夢中で忘れてたぜ。直ぐに呼んで来てやるよ」
立ちあがりながら魔理沙がそう告げ、イオはそれにニコニコと微笑みながら頷くと、
「うん、お願いしようかな。――アルラウネ、フルナ。何時も御苦労さま。あんまり休ませて上げられなくて御免ね?」
申し訳なさそうな表情をしているイオに、従者たる二体のゴーレム達は揃って首を振り、
『元々マスターのお手伝いをさせて戴く為に生み出されたのですから、これ位は当然のことですよ。お気になさらないで下さいな』
『全く以て同感です。普段、あり得ない程動き続けておられるのだから、こうして他人に任せてくれるだけでも、我らは安心しております』
「……そう言ってくれるだけでも、本当に嬉しいよ。――それにしても、随分と魔理沙と楽しそうに喋ってたね?」
何か、共通の話題でもあったの?
穏やかに笑いながら尋ねられたその言葉に、アルラウネはぽん、と手を打ち合わせ、
『えぇ!つい先程まで将棋で一緒に遊んでおりましたもので!楽しませてもらいました!』
「そりゃあ良かった。フルナはどうしてたの?」
くすくすと笑い、イオが今度はフルナに向かって話を振ってみせる。
すると、彼は首を振って、
『何分、私には難しかったようで。見ているだけでも精一杯で御座いましたよ』
「ふーん、そうだったんだ。まぁ、向き不向きはあるからね。でも、覚えておいて損はないよ?僕も大天狗さんと戦ったけれど、かなり面白かったからさ」
戦術眼が鍛えられるからねぇ。
楽しそうな笑顔を見せながら、イオが告げた。
するとそこに、
「おーい、ルーミア呼んで来たぜー?」
「えへへっ、美味しそうな炒飯だー!はっやく!はっやく!」
ルーミアが何時ものように卓袱台に駆け寄り、その後ろから魔理沙がトレードマークたる白黒の格好でやってきたのである。
「ん、じゃあお昼にしますか。アルラウネ達、一緒に運ぶのお願いしていいかな?」
『ええ、御手伝い致しますとも。フルナも行きましょうか』
『あぁ。そういう訳だから、二人共もう少し待っていてくれるだろうか?』
律儀にそう言いながら、フルナが立ち上がり台所へと消えていった。
「へっへっへ。イオの料理は毎度楽しみなんだよなー」
「ふふ……それを聞くと嬉しくなるねぇ。まぁ、女の子の一人暮らしは大変だろうし、偶にならこうして作って上げるからさ」
「おう、ありがとな!……にしても、米を炒めるやり方って初めて聞いた気がすんなぁ」
しげしげと炒飯を見つめながらそう言う魔理沙に、イオはおっとりと笑うと、
「美鈴さんが教えてくれたんだよねぇ。どうやら、この世界に広がる国とは別の国から来た人みたいでさ、不思議な料理を教えてくれたんだよ。なんというのかな……小麦粉をよく練った生の麺を、鉄鍋でこんがりと焼き上げたものとかね。あとは片栗粉を使った餡かけ料理もあったかなぁ。見た目が不思議な割に美味しいって結構面白いよね?」
「へぇ……大体宴会の時なんざ、私が主に食べてるのは和食系統だからなぁ。それにしたって大体酒かっくらってる時が殆どであんま料理に手ぇ出してないしよ」
ま、そんなことより料理食べるか。
そんな一言と共に、魔理沙が頂きますの声を上げ食べ始めていく。
「っ、旨いなこれ。卵か?」
「うん、当たり。最初に生卵を溶いて予め炊いてあったご飯に混ぜた後、火力を強くした竈の上で炒めたんだよ。こうすれば、ご飯がパラパラになるって教えて貰ったんだ。いやー上手く出来て良かったよ」
「はぐはぐっ!――うん、これは美味しいよっ!」
ニコニコと笑っているイオの傍ら、毎度のように嬉しそうに頬を赤らめてルーミアが食事を進めていた。
本当に美味しそうに食べているルーミアに、イオも嬉しそうに頷きながらもちょいちょいと彼女の口の端を拭ってあげている。
その行動に瞬時に顔を真っ赤に染め上げ、
「――っ!イ、イオ!恥ずかしいからそれ止めてよ!」
と、抗議するルーミアだったが、イオはのんびりとおっとりと笑い、
「だって、凄い勢いで食べていくからさ、あっちこっちに溢しかけてるんだよ?拭って上げないと気付かないでしょう?」
「お、女の子の肌にみだらに触るのは良くない!」
眼を><の形にさせ、ルーミアが尚も抗議した。
だが、イオは些かも動じず、
「あっはっは、子供の姿で凄まれても別に怖くないよ~」
「……お前。やっぱりすげえドSだよなぁ……」
よくよく見ればだが、彼の表情が何処となくからかい混じりのそれになっている事に気づいた魔理沙が呆れたように首を振っている。
「私がやらかす度にお前がスペル出してくるけどよ……殆どが木の蔦ってどういうことだよ。お陰でちょっと擽られただけでも笑い転げちまう羽目になっちまったんだぜ?」
「え?オシリペンペンされる方が良かったの?」
「だ、誰がそんなこと言ったよ!!?」
きょとん、と白々しくも首を傾げてみせる龍人に、魔理沙が羞恥で頬を赤らめて突っ込んだ。
「そんな眼に会う位なら、マスタースパーク系統で撃ち抜かれた方がまだましだ!」
「いいでしょ別にさ。死ぬ訳じゃないんだし……それに、図書館の中で暴れるのはなるだけ避けたいしね。魔理沙のようなマスタースパーク系統の光線だと、幾ら防護する為の魔法が本棚にかけられていても倒れちゃうよ?だからこうしてるんだけど……」
不味いことでもあるかな?
一見、正論であるその言葉に、魔理沙がうぐぅ……と言葉を詰まらせたが、すぐにいきり立って、
「だ、だからってよ、お前のあのスペルは一体どうなんだよ!?」
「少なくとも、あれを使えば図書館で暴れようだなんて早々思わないでしょ?それに、殆ど無傷で拘束出来るんだから、いいスペルが出来たって自分でも思ってたんだけどなぁ?」
「……ぎゃふん」
隙もない完全理論武装に、とうとう魔理沙が白旗を上げる。
ノロノロと食事を進めながら眼を死んだそれへと変えている彼女に、イオはコロコロと笑い、
「冗談だよ、冗談。正直、自分でも女の子にあれはないと思ってたからねぇ。でも、使い勝手がいいのは本当だしさ、許して?」
拝むようにして両手を合わせて見せる彼に、魔理沙はジト眼になると、
「だったらもう少し見栄えとか考えろよ。あんなの只の蛇以外の何者でもねえじゃねえかよ」
「あー……うん、善処するよそれは」
何とも言い難そうな表情でそっと眼を逸らしながら、イオはそう言葉を返したのだった。
――そうして、緩やかに昼時は過ぎていく――。
――――――
「――ふ~……あー食った食った。いやぁ、本当に旨かったぜ、イオ」
「ふふ……御粗末さん。さて、と……じゃあ、僕午後の仕事に行って来るね?魔理沙はどうするの?」
「あーちょっと腹が膨れたんでな。縁側の方で昼寝でもしてるぜ」
「……う~ん……食べた後すぐに寝転がるのは余りお勧め出来ないけど、まぁいいか。ルーミア?薄い毛布でも持って来て上げて?」
お腹を摩りながら告げられた言葉に、イオが若干困ったように首を振ってからルーミアにそう告げる。
言われた彼女はにっこりと笑って頷くと、
「じゃ、魔理沙は縁側でまっててー?」
「おう、ありがとな。……さて、私もあっち行くかな」
魔理沙が立ち上がりながら呟き、イオも同じように立ち上がりつつ、
「風邪ひかないように気を付けてね?幾ら温かい季節だって言っても、風邪をひくときはひくからさ」
「そんな子供でもないぜ、イオ。所でよ……これから、何の仕事しに行くんだ?」
何処かへと向かおうとしているイオに興味を抱いたのか、若干好奇心で輝いている眼を向けながら、魔理沙がそう尋ねると、イオが突如として暗い表情になり、
「……風見幽香さんから呼び出しだよ」
「――イオ、お前のことは忘れないぜ」
「もう死ぬのが決まったみたく言わないでくれるかな!?」
此方へと合掌してみせる彼女に、イオが悲壮感たっぷりに叫んだ。
「ここ最近は何もやらかした覚えなんてないのに、何で呼び出されるのか分からないし!」
「……そういやそうだな。ん~?どういうこったよ」
「僕に訊かれても分かるもんか……兎も角、何とか死なないように頑張るしか……」
「――御邪魔するわ」
必死さが見えるイオが、完全に硬直する。
そして、ぎ・ぎ・ぎ……という硬質めいた動きで玄関の方を見やると、途端に地獄を垣間見たかのような表情へと変化した。
何故ならば、そこには今噂をしていた当人そのものが立っていたのだから。
「あ、あはは……どうも、幽香さん」
引き攣った笑顔で挨拶するイオに、何故か彼女が満面の笑顔で頷き、
「ええ、今日は。待ち草臥れたものだから……迎えに来て上げたわよ、イオ」
「そ、それはまた御足労様です。と、所で今回は何の御依頼で?」
ゆっくりと近付いて来る彼女に、内心悲鳴を上げながらも何とかイオがそう尋ねると、
「此処の所、どうにも疼いて仕方がなかったのよ……寄ってくるのはどうにも雑魚ばかり。――とことん、私と付き合って貰うわよ、いいわね?」
傍で聞いていれば間違いなく勘違いされるであろう言動だが、彼女の体から迸る闘気や殺気を感じ取れば、まず男女のそれとは異なっているとはっきり分かった。
途端にイオが思いきり涙を流し始め、
「……魔理沙ぁ……」
「いや、そこで私に振るなよ!?」
明らかに『助けて』と言わんばかりに泣く彼に、魔理沙が巻きこまれては敵わないとばかりにそう叫ぶ。
それに、幽香が頷きながら、
「そうよ、イオ。女の子に助けを求めるだなんて……男としてなっちゃいないわ。じっくりと、甚振って上げるから覚悟なさいね?」
言いつつ、ずるずると大の男を引き摺り始めた。
「……あぁ、此処で僕の人生が終わるんだ」
「あらあら、少なくとも私を満足させてくれれば文句は言わないわよ?どうやら、イオは私と戦える手合いの内には入るようだしね。――私が満足するまで……存分に付き合ってくれるかしら?」
「――……どうせ問答無用な癖にー」
「当たり前でしょう?」
さ、行くわよ。
そのままずるずると引きずって行こうとしている彼女に、イオは首を絞められかけながらも静かに溜息をつくのであった。
――――――
――イオが引き摺られていったのを見送った魔理沙が、こっそりとイオへ向かって合掌してから縁側へと向かって歩いてきた。
そこには、イオに言われて毛布を持ってきていたルーミアが既におり、
「……イオ、連れて行かれちゃった?」
「ああ……どうやら幽香の奴、アイツに何か用があったみたいでさ。問答無用で連れてかれちまったよ」
「あちゃー……イオもついてないなぁ」
若干頭を抱えつつ、ルーミアがそうぼやく。
魔理沙が彼女の顔を見れば、その表情が些か困惑したそれへと変化していることに気付いた。
「そんなに驚いてる感じじゃないな、それ。前にもこんなことがあったのか?」
「あー……何というか、あのフラワーマスターに連れて行かれる時って、大体があんな感じだから、もう慣れちゃったというか」
そんなにある方じゃないけどね。
諦めとも取れるその発言に、魔理沙もやや表情を引き攣らせ、
「……あの花妖怪が気にするって相当だぞ」
「其れ位、強者に飢えてるんでしょ。まぁ、そうは言っても雑魚とか弱者には本気出さない辺り、かなり徹底してるよねぇ」
チルノも、向こうの花畑で出会った時に花冠を作って貰ったなんて言ってたし。
あっけらかんとしてそう告げた彼女に、魔理沙は何とも言えない表情で頭を抱えると、
「何といえばいいんだか……それはそれで見てみたい気もするぜ」
「稀少極まりないよねぇ……」
「全くだぜ」
二人して、そんな溜息を吐くのであった。
――そんな二人の溜息と対照的に。
「――はあああぁっ!!」
「ふふふふふ……!!!!」
問答無用で連れて行かれた彼はというと……幻想郷上空にて死闘を繰り広げていた。
大気中に足場を作ることが可能なイオと、ふわりふわりと己が種族である花妖怪であるが故の軽やかな飛び方。
一見して見事に対照的なその空の駆け方は、同時に速度の急激な変化に対応出来るか否かの違いでもあった。
とはいえ、両者共に幻想郷の実力者であるが故に、片方がどれだけ俊敏に且つ立体機動をしていようと悠々とついていくその様は流石と言えるが。
妖力が籠められた日傘と、少なくない膂力が籠められた脇差級の刀がぶつかりあい、辺りに鈴が鳴るような、或いは金属同士で擦り合せたような音が響き渡る中、イオは表情をかなり引き攣らせていた。
「――何か又強くなってませんか!?」
「ふふ……礼を言うわ、イオ。御蔭でまた一段階上がったみたいなのよ。嬉しいでしょう?」
「誰がそんなこと言いましたか!?というか、出鱈目過ぎでしょう!!?」
本当に嬉しそうな笑顔を見せる幽香に、イオは流石に絶叫する。
よもや、彼女がイオの成長に合わせて強くなっているとは思いもしなかったが為に。
絶望的な表情を浮かべているイオに、幽香は本当に嬉しそうに笑うと、
「まさか、こうして力が増すとは私だって思いもしなかったわよ?でも、なっちゃったものは仕方がないしねぇ?」
「自重して下さいよ!!!」
全力で突っ込みを入れつつも、イオは油断なく刀を八双に構え、
――第参剣技弐式『断空貳撃』――
状況を変えようとしてか、瞬間的に大業を繰り出した。
自分目掛けて飛んで来る十字を描いた斬撃に、幽香はおや、と眼を丸くさせながらも危なげなく避けて見せる。
「――これだけ?全く、もう少しどうにか――「してみせます、よぉっ!!」!!?」
瞬時に目の前に出現してみせたイオに思わず驚愕し、されども日傘が油断なくイオに突き付けられた直後――。
――第参剣技複合式・壱・漆式『絢爛舞踏』――
全力の殺気が幽香を取り囲んだことを知覚した。
……否、殺気と取り間違えたのは錯覚だ。
というのも、イオが繰り出して見せたのは、そんな生易しい物ではけしてないからだ。
壱式『天剣絶刀』のように黄金色に輝く気刃……その美しさに思わず惚れ惚れと眺めながら、
「あらあら……随分と小奇麗な剣だこと。そのようなちっぽけな剣で如何にか出来るとでも?」
「その言葉、本当にこの剣の力を知っていれば、そんなことも言えなくなりますよ」
さぁ、参ります……!
ぐるり、とその気刃を自身の周囲で張り巡らせ、イオはそれらを勢い良く射出し始めた。
次から次へと襲い掛かって来る気刃に、幽香は若干驚きの表情を浮かべながらも華麗に避けていく。
「ふふ……どうやら、見かけだけではないようね?何ともバラのようだわ」
くすくす、と優雅な微笑みを浮かべ、彼女はでも、と一言を漏らし、
「たかだか素早く、追撃するだけの弾幕じゃないかしら?」
その一言と共に、大きく日傘が振り払われた。
その途端、ガラスが大量に割れ爆ぜた音が鳴り響く。
避ける内に一点に集った気刃達が、一斉に破壊された為であった。
だが、イオの攻勢は留まらない。
――第参剣技複合式・参・漆式『煌輝閃撃』――
参式『煌輝光顕』と漆式『青嵐華焔』――の二つが交わった、居合でありながら連撃を可能にしたこの攻撃。
幾千もの斬撃が瞬く間に幽香へと襲い掛かった。
「っく、これは流石に……!?」
自身の日傘で何とか構えた彼女が、じとり、と冷や汗を流しながら、無数へ変化した斬撃の数を受け流そうとしたその直後。
「――御覚悟――!!」
脳裏に走る第六感の警鐘により、その日傘が大きく後方へと向けられた。
――同時に、光線が射出される。
――雷遁『雷神之鎚=集束型(ミョルニルスパーク=レーザー)』――
――元祖『マスタースパーク』――
雷撃と虹色に輝く光線がぶつかり合い、盛大に轟音を響かせた。
だが、以前は相殺されていた筈のそれらが、拮抗しあっている。
その姿を見て、イオは益々確信を持った。
(不味い……!何でか分からないけど、幽香さんの魔力が底上げされてる!く、以前はこれで相殺出来たのに!)
ぐぐぐ……と朱煉を持つ手に体内の魔力を送りこみながら、イオは焦燥を眼に浮かばせる。
対する風見幽香はというと、一見して優雅にかつ嗜虐的な笑顔を浮かべているように見えた。
――だが、此方も此方で、それなりに焦っていたのである。
(……ふふ。全く、私が強くなった時期と同じ位の時に強くなっていようとは、ね。無論、私が勝つ心算ではあるけれど……)
少なくとも、以前幻に騙されて負けた時よりは、遥かに楽しめそうね。
そんな言葉が心に浮かんだ、そんな時だった。
フッ……と、眼前のイオから放たれていた光線が消える。
拮抗し合っていたが故に、突如として消えたそれに幽香は蹈鞴を踏んだ。
――その隙を、剣神は見逃さなかった。
「はぁっ!!」
「っ!!」
再び打ち鳴らされる金属音。
「我慢大会はもう終わり?」
「少なくとも、続ける意義を感じませんでしたので!」
鋭い斬撃が繰り広げられ、その度に日傘が受け止めた。
心底から楽しそうに嘲笑う幽香と、必死極まりない表情で攻撃を続けるイオ。
どちらも、ここ数瞬の攻撃により服がボロボロになりつつあった。
その所為で、彼等の格好がどんどん十八禁的なものへと変わりつつある。
イオはその上半身の服が破れかけ、鍛えられた肉体がさらけだされようとしているし、幽香も幽香で下半身のスカートが破けて、スリット状になっていた。
そのことに気づき、イオはぎょっとした表情になると、
「ちょ、ちょっとストップストップ!!」
と、襲い掛かってくる彼女の攻撃から逃れようとしつつ、大声で停止を呼びかける。
だが、彼女は手を休めることなく攻めながら、
「なぁに?いきなり何を逃げ出そうとしているの?」
嗜虐心たっぷりに笑いながら追撃を続けようとすると、
「ふ、服見て下さい!流石にこれ以上は無理ですって!!」
「服?……――っ!!コロス!!」
「ぎゃあぁーー!!?ちょっとなんでそんな殺る気満々にーー!!?」
赤面した幽香に追い立てられ、イオが涙目になりながら逃げ惑った。
「当たり前でしょうが!許可してもないのに……!!」
「それって僕の所為ですかぁあ!!?だから止めようって言ってるでしょーー!!?」
光線が幾つも襲い掛かる中、イオは本当に涙を流しながら逃げ続ける。
そんな風にして、イオの死闘は繰り広げられたのであった。
「この!逃げるなーー!!」
「し、死にたくないから逃げるんですよぅっ!!」
――まぁ、正直、逃げ切れるか如何かは彼自身にかかってはいるのだが。
――――――
幻想郷の遥か上空で戦っている二人がいることなど分かる筈もなく、
「……ふぅ」
と、射命丸文は人里でのんびりと茶を喫していた。
折しも、丁度自身のいつもの記事の執筆作業が一旦終わった時であり、休憩も兼ねて人里に遊びに来ていたのだった。
その胸中に思うのは、勿論と言うべきなのか、彼の蒼き龍人のことである。
(……まさか、イオと一緒に月に行くことになろうだなんて、ね)
因縁が有り過ぎるかの場所に対しては、正直複雑な胸中ではあった。
だが、イオと共に出かけられるのもまた、嬉しいのは確かであり……、
(……母様にはさんざんからかわれたのは忘れよ)
月への旅行に同行することになったことを告げた時の、あの母のにんまりとした表情には本当に精神を削る何かがある。
只でさえ、天狗が同行するのを許可しないのではと気を揉んでいたのにあの態度……娘をからかうのもいい加減にして欲しかった。
(なーにが、『新婚旅行ねぇ?』よっ!私はまだ、イオとそんな関係になれちゃいないのに!)
急速に不機嫌になっていく射命丸。
何だか非常にむしゃくしゃしてきた彼女が、再び茶屋の甘味を貰おうと声を上げかけた、その時だった。
――ズドンッ!
「あぎゃふぅっ!!?」
目の前で、突如誰かが墜落したのは。
「……は?」
余りのことに眼をぱちくりとさせ、射命丸が凍りついた。
そんな非現実めいた出来事があったことなど忘れたかのように、墜落してきたその人物はよろよろと立ちあがる。
「……うぅ……流石にこれはきついよぅ……」
「――って、イオだったの!!?」
「ふぇ?……なーんだ、文か。やっほ」
何故か上下の作務衣がぼろぼろとなったイオが、煤けたような笑顔で射命丸に挨拶してきた。
「やっほじゃないでしょ、やっほじゃ。何でそんなにぼろぼろになってるのよ?」
しかも、肌が見え隠れしてる位だし。
若干、鍛えられた肉体に眼が行きかけながらも、何とか隠してみようと画策する射命丸。
そんな彼女に気づいた素振りもなく、イオがあはは……という乾いた笑声を響かせ、
「うん、まぁ……幽香さんと戦ったのが、ね。ちょーっと今回は真面目に死を覚悟したよ、ほんと。――同時に、幽香さんも女性なんだなぁって知りたくもないことを知らされたね」
あっはっは、と何故かイオは軽やかに笑って見せた。
そこへ、
「……全く。指摘される方の身にもなりなさい」
「おおっとぉっ!?も、もう今日は止めましょ、ね、ね?」
何時の間にか奇麗な格好に戻っている風見幽香に、イオは思いきり反応して脂汗を流しながら降参の意味で手を挙げて見せる。
「……フラワーマスターじゃないですか」
「あら?そこにいるのは何時もの鴉天狗じゃないの。珍しくカチ合ったみたいねぇ」
くすくす、と幽香が笑うが、
「あの、もう御怒りではありません、よね……?」
と恐る恐るイオが話しかけたことによって、溜息へと変化した。
「……全く、そんなにおどおどとしなくても、もう怒ってはいないわ。流石に今回のは私も夢中になりすぎていたからね。――でも、次ハ無イワヨ?」
「イェスマァム!!」
ビッシィッと直立不動の敬礼へ移行し、イオは冷や汗を流しながらもそう誓う。
その様子に何やら不穏な空気を感じ取ったのか、
「……一体何をやらかしたのよ、イオ」
と、若干ジト眼で射命丸が話しかけてきた。
だが、
「……」
必死になって眼を逸らすばかりで何も言わない。
それ所か、
「じゃ、じゃあ幽香さんこれで依頼は終了ですね!これで失礼させて戴きます!」
「あっちょっと!!」
一目散に逃げ去ってしまった。
明らかに後ろ暗いことがあると言わんばかりの彼の態度に、射命丸は逃げ去ってしまったイオを諦め、逆に当人であろう幽香へと話しかける。
「……一体、何をしでかしたのです?」
「ふふ、何でしょうね?」
だが、幽香も流石に大妖怪としてのプライドがある為か、にっこりと微笑むばかりで何も告げることはなかった。
とはいえ、射命丸も新聞記者を始めてかなりの年月を経験している。
その経験からくる勘が、明らかにネタになりそうな雰囲気を感じ取っていた。
「……もしや、イオと戦う内に服が破けてきたんです?」
「さぁ?御想像にお任せするわ。もう、正直あのことが起きた時点で興が削がれたからね。後で、あの子の家に報酬を届けておくから、そのように伝えなさいな」
「むぅ……分かりましたよ、もう」
どうあっても答えてくれそうにない彼女に、ようやく射命丸も諦めてそう告げる。
(こうなったら、イオを尋問してでも……)
若干昏い眼でぶつぶつと呟いている彼女に、幽香は苦笑しながらも何も言わずに立ち去っていった。
――その直後。
「――文?幽香さんもう帰られた?」
ひょこっと物陰からイオが現れたのである。
きょろきょろと頻りに辺りを警戒しているイオは、眼の前の彼女の様子が可笑しいことに気づくことなく、自身に危害を加える者がいないかと見ていると、
ガッシィッ!!
「いたいいたいいたい!!?ちょ、文痛いってば!?」
「……正直に吐きなさい。何をしたの……!」
「ふ、不可抗力の事故だよ!少なくとも僕は悪くない!」
ぎりぎりと締め上げられる肩の激痛に、イオは若干脂汗を流しながら叫ぶが、
「へぇ……じゃあ、もしかしなくてもラッキースケベ的な事故が起こったのね?――この、ヘンタイ」
「ぐはっ!?」
普段からそれなりに親しくしている少女からのこの舌鋒に、イオが喀血した。
肩を掴んだまま、
「何時か、こんなことが起きるんじゃないかって思ってたのよ……!これも、イオの周りに女の子が増えてきてるから!」
「幾らなんでも理不尽過ぎぃ!?」
不機嫌まっしぐらな彼女の表情に、流石のイオも捨て置けないとばかりに叫ぶ。
周囲の里人達は、突如として起こったこの出来事に何だ何だと視線を寄こしたが、イオ、そして射命丸の二人が騒いでいるだけであると知ると、
(なんだ、痴話喧嘩か)
と、犬も食わんとばかりに日常へと戻っていった。
そんな周囲の状況に渦中の二人は気づく素振りもなく騒ぎ続けた。
そこへ騒ぎがあることを聞き付け、動きだす人物も当然のことながらいるわけで……。
「――天誅!!」
続けざまに弐発、青天に鈍い音が響き渡る。
余りの痛さに悲鳴を上げることなく蹲まる二人に、寺子屋から急ぎやってきたハクタク――上白沢慧音が深い溜息を吐きながら立っていた。
「……全く、仲が宜しいのは結構だが、人里で痴話喧嘩は止めなさい」
「「誰が痴話喧嘩ですか!!?」」
がばり、と頭を上げ、二人して叫ぶその姿に、慧音は再び溜息を吐くと、
「寧ろ、そう思わない人間・妖怪はいないと思うぞ?」
「ぐっ……」
「……理不尽だよ……僕何にも悪くないのに」
若干心当たりのある射命丸は言葉に詰まり、何でも屋の若者はというと頭を撫で摩りながら文句を呟いているようだ。
その呟きを耳聡く聞き付けたのか、ギランッ!と射命丸の眼が光を放った。
だが、隣にいる親友(と思っている)彼女の様子に気づくことなく、イオはショボンとしょげているようである。
(……やれやれ。この二人もなんだかな……)
素直になれない少女もそうだが、頑なに誰にも眼をくれようともしない青年も明らかに悪かった。
しかも、ことが恋愛に関するだけに、こういう場合というとイオの方が圧倒的に悪い。
これは、古今東西の恋愛事情でも同じことが言えるであろう。
とはいえ、こういった問題に他人が関わるとなると、大抵が明後日の方向へと流れてしまいかねなかった。
故に、慧音はけしてそれに触れることなく溜息を吐いて、
「ともかく、二人共余り人里で騒がないようにしてくれ。特に、イオだ。只でさえ、君が騒ぎの元になっていることが殆どだからな。何でも屋をしてくれているのは感謝をしているが……だからと言って、無駄に騒がしくなるのは好ましくないのだぞ?」
「むぅ……」
納得がいかないとばかりに唸るイオだったが、仕方なさそうに頷くと、
「分かりましたよぅ……大人しくしてまーす」
「是非ともそうしてくれ。――射命丸も、だぞ?」
「……ええ、言われるまでもないですよ」
未だむっつりとした不機嫌さながらの表情だった彼女も、慧音のその物言いにしぶしぶと頷く。
その様子に、どうやらこれ以上の騒ぎは起こらないようだと感じた慧音が深ーく息をつくと、
「……全く。君たちが暴れ出すだけでも、人里に被害が及び兼ねないんだ……もう少し、考えてくれると私としてはかなり助かる」
「オゥフ……それは申し訳なかったです……」
かなり苦労をしていそうな彼女の様子に、流石にイオも申し訳なさそうに謝ったのだった。
――――――
「――で?フラワーマスターから離れていった割に、どうして直ぐに戻ってきた訳?」
ちょっとむすりとした射命丸が、腰に手を当てながらイオに向かって詰問する。
あれからというもの、イオと射命丸は二人人里を歩いていた。
若干不機嫌そうな射命丸の様子に、中々イオが話しかけられない状況が続いた後、彼女の方からそう尋ねてくれ、正直イオは内心ホッとしながら、
「ちょっと、ね。幻想郷中を飛び回ってる文だったら、知ってるかもしれない情報があるかなって思ってさ」
「……?何があったのよ?」
「まぁ、有体に言えば月旅行の時の船の材料集めだね。一応、設計図は出来たんだけどさ、着陸の時でも耐えられる構造の船を作るのに、金属を集めることになったんだよ」
ようやく此方を向いて不思議そうにしている彼女に、イオはおっとりと笑顔を浮かべながら、答えてみせる。
すると、眼を若干驚きで瞠らせながら、
「はぁ?どうしてまたそんなのを」
「何が起こるかさっぱりだからね……少なくとも船の外装は頑丈にする心算でそうなったんだ」
「へぇ……そりゃあまた」
言いながら、射命丸はどうやら己が情報を利用してくれるとあってか、段々機嫌が元に戻りつつあった。
「そういう訳だからさ、融通してくれそうなトコ……何処かに無いかな?」
両手を合わせ、拝むようにして尋ねられると、射命丸は直ぐに考えるような表情となって、
「そうねぇ……そうしたら、河童の所に行くのがいいかもしれないわ」
「河童……?」
初めて耳にするその妖怪と思しき種族の名に、イオが首を傾げてそう問うと、射命丸は一つ頷いて、
「少なくとも、この幻想郷の中では断トツの技術力を持っているのは確かでしょうね。それに、人間にも友好的な妖怪だし、腕は勿論、性格も保障出来るわよ」
「……そっか……良かったぁ。有難う、文」
「でも、言っておくけれど……金属が大量にある訳じゃあないからね?」
「大丈夫、そこらへんは自力で何とかするよ。パチュリーさんとも協力体制を作ってるからさ」
じゃあ、早速で悪いけれど、送ってくれないかな?
何処か急くようにして言われ、射命丸はきょとんとして首を傾げると、
「……まだ、設計図の段階なんでしょう?そんなに急ぐ理由があるのかしら?」
「どんなことにも対応出来るようにしておかないといけないんだよ。完成を急ぐ意味も、少しは含まれてるけどね」
でないと、レミリアさんが痺れを切らすかもしれないからさ。
未だにぼろぼろの状態でかつずーんと、暗い雰囲気を醸し始めた彼に、射命丸が何処か納得したように頷きながら、
「あー……まぁ、御愁傷様としか言いようがないけど……月へ行くのは決まってるし、そんなに焦らなくてもいいんじゃないかしら?」
ちゃんと完成してくれた方が喜ぶんじゃない?
「うーんどうだろ……まぁ、あの人のことは一旦置いておいて。兎も角、連れていってくれるかな?繋ぎを取って置きたいし、そこに転移の魔法陣刻んで置きたいからさ」
直ぐに動けるようにしておきたいこともあるしね。
ニコニコと笑いながら返事を待つ彼に、射命丸はうん、と頷くと、
「任せなさい。幸い、あの娘には世話になってることもあるからね。住んでいる所も十分に把握しているわ」
「ホント!?わぁ、凄く楽しみだ!」
心底から嬉しそうな笑顔と、わくわくとした空気を感じる彼の様相に、射命丸もふっと微笑みを浮かべた後、直ぐに不安そうな表情になり、
「……あ、でも。言っておくことがあるわ」
「??なぁに?」
突然表情を暗くさせた彼女に眼をぱちくりとさせたイオがそう尋ねると、
「あの子……はっきり言って人見知りするし、かなり臆病なのよ。人間に友好的な性格をしているとはいえ、そこの所分かって上げてくれるかしら?」
「へぇ……そうなんだ。うん、分かったよ。なるだけ刺激をしないように動くから」
「助かるわ……当人としては、頑張っている方なんだろうけれど……それでも、親しい妖怪と接するのは少ないしね」
「だったら、会う前に胡瓜でも持っていってあげれば喜ぶかな?」
すた、すた、とゆっくりと歩きつつ、傍らの少女にそう問えば、彼女は再び考えるような素振りを見せた後、
「そうして上げて。少しはましになるだろうし」
「そっか……じゃあ、何を作ろっかな」
木耳と胡瓜使って酢の物でもいいし……浅漬けもいいかも。
早速その妖怪に上げる料理を考えだしたイオ。
そんな、顔立ちが整っていると言える彼の横顔を眺めながらも、射命丸はゆっくりとその歩みについていくのであった。