射命丸に案内されたそこは、妖怪の山の山頂付近から流れ出る河の縁であった。
イオはそこで、彼女の友であるとある妖怪と出会うこととなる。
果たして、その妖怪とは……?
――イオが自宅に一旦帰り、服を着替えてくるのを待つ間。
射命丸は縁側で昼寝をしていた少女――霧雨魔理沙を見つけていた。
「――どうも、誰かがいると思ったら……今日は、魔理沙さん」
うつら、うつらと薄い毛布を掛けられ、船を漕いでいる彼女が、からかうようなそんな声音に反応してばっと顔を上げる。
「な、何だブンヤか……脅かすなよ、もう。せっかくいい気分で寝てたのにさ」
若干寝惚け眼な彼女が、慌てて眼を擦りながらも抗議した。
可愛らしい寝顔が見れたことに微笑ましさを覚えつつも、射命丸はやや苦笑して、
「そんな所で寝ている方が悪いですよ」
「いいじゃないかよ、ったく。イオには許可貰ってるんだぜ?」
「それでも、ですよ。女の子一人無防備に寝ていたら、善からぬことを考える人だっているんですよ?」
ちょっとは自覚しなさいな。
くすくす、と笑ってそう説教する射命丸。
その様子に、魔理沙も寝顔を見られた恥ずかしさやら、説教されて若干煩わしいやらで少しばかり不機嫌になって、
「へいへい、身に染みましたぜっと」
と、そっぽを向いた。
そして、少し間を空けてから、
「……そういや、どうして射命丸がこっちにいるんだ?イオに用事があったんなら……」
「そのイオが一旦帰宅してるから、此方で待っているんじゃないですか。風見幽香と戦った所為で服がぼろぼろになっちゃったんですよ」
肌が見える位の酷さって言ったら想像付きます?
彼の素肌を垣間見たことを思い出したのか、若干赤面しながらもやれやれと首を振って見せる射命丸。
その言葉に、魔理沙も思わず射命丸の顔を見ると、どうやら真実であるらしいと察し、
「……なぁ、アイツ……日に日に人としての範疇を外れて来てる気がするんだけど?」
仮にもフラワーマスターと戦ってそれだけで済んだってのが、特にな。
ジト眼になった少女に見つめられ、射命丸はあー……と呟くと、
「……正直、私だってそう言いたい所なんですがねぇ……あれだけのことをやってのけている時点で、考えるのを諦めました」
「おい」
新聞記者としてあるまじき発言に、魔理沙が益々ジト眼になって突っ込んだ。
「仕事しろよ……アイツの実力、半年前とは全然違うんだぜ?そろそろ情報更新すべき時じゃないか?」
「ですがねぇ……隠しているであろうことも含めて、イオには多くの情報があるんですよ?全部を載せるだなんてこと、出来る訳がないじゃないですか」
そもそも、私はイオのことを余り出したくないですし。
ぽろり、と告げられたその一言に、魔理沙はきょとんとなり、
「出したくないって……もしかして」
と、かなり宜しくない笑顔を浮かべて射命丸に詰め寄る。
だが、彼女はその様子にたじろぐことなく胸を張ってみせ、
「何か?」
と、ややつっけんどんに問い返して見せた。
完全に開き直っている体の彼女に、からかう気満々だった魔理沙は興を削がれ、
「何だよ……少し前ならすげえ慌ててた癖にさ」
「そんなことを言われても……私の勝手じゃありません?」
明らかに詰まらないと言わんばかりの彼女に、今度は射命丸がジト眼になって突っ込む。
もしかしなくとも、魔理沙が彼女の恋愛事情に首を突っ込む気でいたであろうことを察し、内心危ない危ないと思いつつも、
「良く言いませんか?――人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって」
「おいおい、別にイオにあれこれ言った訳じゃないだろ?ただ見ていて面白いから、からかっていただけでさ」
「洒落にならないくらい悪質過ぎますよ、魔理沙さん」
完全にジト眼になり、射命丸が不機嫌な声で告げたその時だった。
「――お待たせ、文。じゃ、その河童さんのトコ行こっか」
何時の間にか階下にやってきていたイオが縁側に現れ、にっこりと笑いながら告げる。
「妖怪の山に行くからさ、取り敢えず冒険者してた頃の服を引っ張り出していたから、ちょっと遅れちゃったんだよ。御免ね?」
「大丈夫よ、魔理沙さんと話してたから退屈はしてなかったわ。――それじゃ、失礼しますね、魔理沙さん。また寝るんだったら、ルーミアと一緒に寝ることをお勧めしますよ?」
「へいへい、んなこと言われなくとも分かってるっての。とっとと行っちまえよお前ら」
しっし、と邪慳に手を振られ、イオと射命丸はそれぞれに苦笑しつつも手を振り返し、一歩足を踏み込み、空へと駆けていくのであった。
残された魔理沙はというと、若干不機嫌なままの表情だったが、
「……ったく、やれやれ……ルーミアの部屋にでも邪魔するか」
とぼやき、勝手知ったる家とばかりに階段を上っていく。
着いた先にある部屋へと入り、少女達の姦しい声が晴天に響き渡るのであった。
――――――
「……ねぇ、文。そういや聞くの忘れてたけど……その河童さんの名前を教えてもらってなかったよね?」
ットン、ットン、と空を駆けながら、イオがふと、射命丸に向かってそう尋ねた。
太陽が中天に差し掛かり、少しばかり暑さを感じる最中に問われ、風に乗って飛んでいた射命丸がその言葉に反応を示すと、
「そういえば、そうだったわね。――この際、教えておこうかしら。私、よくこのカメラを使って写真を撮っているんだけどね、懇意にしてる河童の子がいるのよ。その子の名前はね――河城にとり。見かける時はいっつも大きな緑色のリュックサックを持っているから、かなり眼につくと思うわ。技術の腕の方は、こうしてこのカメラがあるから、何となく判るでしょ?」
「まぁ、割とね。見た限り、かなり細かい部品を使ってるみたいだし」
これなら凄く期待出来るかも。
飛びながらカメラを見せてきた彼女に、イオはそれをまじまじと見やりながらそう答える。
「寧ろ、どうやってこんな物を作れたのか、ちょっと興味があるかな」
「あぁ、それはね……ほら、つい先日ばかりにイオは無縁塚って所に行ったでしょ?あの幻想郷の閻魔に会った所よ」
「んーそうだったね。……でも、そこがどうしたの?」
思い出すようにして眼を細めた後、きょとんと首を傾げてイオはそう尋ねた。
すると、彼女は肩を竦めて、
「あそこって、普段からとまでは行かなくても、時折外の物が流れついて来ているみたいでさ。私のカメラも、実はそこで拾った奴だったのよね。……まぁ、忘れられて流れ着いた物だから、当然というか、壊れていたんだけど」
それを直したのがにとりって子なのよ。
若干苦笑するようにして笑う彼女に、イオはかなり呆れた表情になると、
「……そりゃあまた、とんでもない話だねぇ。幻想郷に無さそうな技術力の筈なのに」
「それを覆すのが河童だからねぇ……この幻想郷じゃあ、一番に作る事が好きな妖怪であるのは確かだわ。ま、そうは言っても、あんまり酷いのが出来るようだと、八雲紫が出てくるようだけどね」
「あー……なるほどね」
恐らく、人間に製作物が流れるのを防ぐ為であろう。
イオはそう思って苦笑する。
射命丸も合わせて苦笑した後、
「ただ、その技術を悪用するってことはないわね。何せ、臆病な性質だから、技術の危険性もよく把握しているのよ。それに、人見知りするから突然消えたりして自分の身を守っているみたいだし」
多分、普通じゃあ見つかり難い妖怪かもしれない。
「……それじゃ、どうやって見つける心算なの?」
困ったような表情でイオがそう尋ねると、射命丸は心配はいらないわと首を振り、
「此方から声をかければ、知り合いや友人だったら直ぐに現れてくれるわよ。どうやってかは知らないけど、いきなり姿を見せるから慣れていないと吃驚すると思う」
「……どういう現れ方なんだろ」
くすくすと笑う彼女に、イオもやや興味が湧いた。
そうして会話を交わす内、イオ達二人は妖怪の山の山腹にある河が近づいてきた為、その河岸にそれぞれ降り立つ。
「――ふぅ。こういう天気だと、ここらへんは気持ちがいいなぁ」
「天狗達の間でも結構評判よ?夏になると、このあたりで西瓜や野菜なんかを冷やしてることもあるみたいね」
「へぇ……あ、ホントだ。結構冷たいや」
ちゃぷん、と水の中に手を突っ込み、イオがけらけらと楽しそうに笑った。
「此処に魔法陣でも敷いておこうかな。そしたら、中に置いておいた、冷たくて瑞々しい野菜が直ぐに取れるしね」
「いいわねぇそれ。っと、いけないいけない。呼ばなくちゃ」
美味しそうな野菜の想像を振り払い、射命丸はキョロキョロと辺りを見回してから、
「――にとりー?居たら返事して出て来てくれるー?」
と、かなりはっきりとした声で呼びかける。
山の中でも少しばかり開けた場所とあってか、その声はかなり遠くまで響き――。
「――何だ、何時もの天狗様じゃないか。カメラのメンテナンスはつい最近やった筈だけど……今日はどうしたんだい?」
「おぉ!!?」
本当に突如として、その姿を現わしたのだった。
緑色のキャップが大きく目立ち、それと同じ位に目立つ大きなリュックサックを背負った少女。
水色のように見える彼女の髪や、作業服と呼ばれる野暮ったい服から水が滴り落ちるその様は、まるで今まで水中にいたかのような塩梅だった。
くりくりとした大きなその瞳が、時折イオを気にするようにしてちらちらと動くのを眺めながら、射命丸は目的の妖怪が直ぐに現れてくれたことにホッとしつつ、
「今日は別件よ。ちょっと、彼が持ってきた案件で訊きたいことがあるの。――紹介するわ……イオ=カリストよ。人里で何でも屋をしてる、龍人なの」
「宜しくお願いしますね。えっと……にとりさん、でしたっけ?」
「ひぅっ!?あ、あぁそうだよ。んーと……もしや、盟友……なのかい?人間のような霊力を感じられるんだけど」
その割には見た目が……。
びびくぅっと体を縮みこませながら、ちょっとイオから体を離しつつ射命丸に向かってそう尋ねる。
その様子に、話に聞いてはいたイオが若干ショックを受け、射命丸も射命丸で苦笑しつつ、
「見た目やら感じられる気迫やらで、忘れそうになるけどね……まず、間違いなく人間よ」
「……?どういうこと?」
盟友と呼ばれ、人間だとはっきり証言され、イオはショックから立ち直って直ぐに射命丸に訊ねた。
すると、射命丸は肩を竦めて、
「河童達が言ってることよ。――にとり達は人間のことを盟友だと言って憚らないの。幻想郷の中だと、此処まで人間に友好的なのは珍しいわね」
(……なんともはや、不思議だなぁ)
興味が湧いたかのような表情を浮かべ、一人頷いていると、
「そ、それで盟友の訊きたいことって何なんだい?」
という声でハッと我に返り、慌てて彼女に向かって事の説明を行うのだった。
――――――
「――宇宙へと打ち上げる為に、外装に必要な金属、かぁ……」
うむむ……と真剣な表情で考えるにとり。
だが、イオは手で制止させ、
「いや、材料自体は既に当ては付けているんです。他ならぬ僕たちが使用している魔法で、金属は生み出せるようになっているんですよ。後は、その加工技術が必要なんです」
と、此方も真剣極まりない表情でそう告げた。
その言葉を聞き、
「……ねぇ、魔法ってそんな物まで出来るの?」
と射命丸が不思議そうに首を傾げつつ訊ねる。
「あの、動かない大図書館の弾幕ごっこで出てくるあれってさ、射出されたら消える奴じゃなかったかしら?」
「そりゃあ、弾幕ごっこの状態でしているからだよ」
と、イオは事もなげに答えた。
「パチュリーさんの魔法ってさ、割と色んなのがあってね……無機物を創りだすことも可能だとか言ってたんだ。とはいえ、魔力が続く限り、ていう制限がつくけれど」
少なくとも、固体として生み出されるから大丈夫だよ。
そう言って、イオは改めてにとりに向き直ると、
「そういうことなので……どうにか、にとりさんの協力を仰げませんか?御礼なら、幾らでも致しますので」
「――本当かい?」
ぴくり、とその言葉に反応したにとりが若干イオに詰め寄りかける。
その様子に、射命丸がややむっとした表情へと変わるのに気付かず、イオは深く頷いて、
「えぇ、何でも屋という職業にかけて。将来依頼主になりそうな方とはなるだけ繋ぎも取りたいですしね」
「……そっか……。そ、それじゃ、皆とも相談してくる。内容が内容だけに、どうやら私一人じゃ手に負えなさそうだからさ」
「分かりました。連絡は……どうします?」
てきぱき、とリュックから何かを取り出そうとし始めたにとりに、イオが恐る恐るながらそう尋ねると、
「そのことだけれど……天狗様、お願いできないかな?」
と、一旦手を止めたにとりが、実に申し訳なさそうな表情で射命丸に向かって話しかけてきた。
「椛に頼んでもいいんだけれど……何時も忙しそうにしているから……」
本当に心から申し訳なさそうな彼女の様子に、先程はちょっと不機嫌になりかけた射命丸も表情を和らげて、
「分かったわ。幸い、私はそれなりに自由が利くから。でも、早々妖怪の山にいるわけじゃないから、そこは椛に連絡を取ってくれる?そしたら、あの子が私に教えてくれるだろうから」
「あ、ありがとう、天狗様。――そういうことだから、盟友。何とか折り合い付けられたら連絡するよ」
「ふぅ……良かった。有難う御座います、こんな急なことで話を聞いてくれて……でも、どうして此処までしてくれるんですか?」
不思議そうに首を傾げるイオに、にとりは作業の手を休めることなく照れ臭そうに頬を掻くと、
「ふふ……そこはまぁ、盟友だからとしか言い様がないかな。昔っから盟友は私達と関わりが深かったから。相撲を取ろうって言うと一緒にしてくれたり、美味しそうな瑞々しい胡瓜をくれたり、ともかく、凄く昔からいい関係だったんだよ」
人間の男の子と遊んだのも、いい思い出だね。
と、面映ゆそうに、懐かしそうに答えてくれる。
その言葉に、射命丸がギュッピン!と何かを閃いた表情になった。
「……ふぅん?もしかして、河童と人間の間で恋愛なんてこともあった訳?」
「ひゅいっ!!?」
ぼふん、と顔が真っ赤に染め上がり、にとりがあわあわと眼をぐるぐるさせ、
「べべべつに!そんなことはなかったよ!!?」
「怪しすぎるというか、それ、もう答え言ってるでしょうが」
見る限り明らかににとりもそういう経験があったことを匂わせる反応に、射命丸は逆に呆れて腰に手を当てる。
だが、
「止めなよ。幾らなんでも、それを訊いちゃったらにとりさんが可哀そうだよ」
凄く分かり易い態度ではあったけどさ。
やれやれ、とイオが首を振ってそう突っ込んできた。
その言葉にかちん、ときた射命丸が、
「へぇ……じゃ、イオはどうだったのよ?向こうで気になった子とか居なかった訳?ほら、前にラルロスさんが言ってたカルラさんとか……」
と、極めて自然な様子でイオの恋愛事情を探り込む。
突然矛先が変わったことに若干泡を食いながらも、にとりの方へ助けを求めようとして視線を向ければ、此方も女の子である為かとても興味津々だった。
ぐっと両手を胸の前で握り、きらきらと眼を輝かせるその様子は、正しく恋に恋する乙女と言った所。
「ちょ、何で僕に矛先が来てるのさ!?」
「いいでしょそんなの。ほら、きりきり吐きなさい」
「はぁっ!?可笑しい、僕何か変な事言った!?」
じりじり、と少しずつイオに詰め寄って来ようとしている射命丸と、未だきらきらと輝く瞳で見つめてくるにとりの二人に、イオは事此処に至ってようやく本能的な警鐘を感じ取り、慌てて逃れようと動きだした。
――が。
「にとり!」
「はいよ!――盟友御免よ、伸びるロボットアーム!」
勢い良くリュックから射出された何かが、イオの腰へ巻き付くようにしてがっちりと拘束し、そのままにとりの方へと引き摺り寄せられていく。
何とか逃げようと足に力をこめるが、一向に止まる様子がない二人に、
「ちょっとぉ!?何で二人してそんなに興味津々なのさぁ!!?」
「そんなことより、とっとと恋愛遍歴教えなさい!」
「……ふふふ、盟友がどんな恋愛してきたのか、すっごく興味あるなぁ……?」
「ああもう!誰か助けてーー!!!?」
眼が輝いている二人の少女に詰め寄られ、イオは心底から絶叫したのであった。
――――――
――イオが少女達に囚われている頃。
ラルロスはのんびりと永遠亭で過ごしていた。
目の前には、少しばかり大きめの卓袱台があり、中央に鈴仙が買って来た煎餅がこんもりと盛られている。
ばり、ばり、と煎餅を咀嚼しながら、彼は何処かぼーっとした様子で卓袱台から向こう、竹林の変わり映えのない景色を眺めていたのだった。
「――ラルロス、さん……」
「んぉ?……おう、レイセンじゃねえか。どうだ、怪我の容体は」
垂れ気味のロップイヤーのもう一人の玉兎。
彼女が真剣な眼差しで以て見つめていた。
ラルロスの、仰け反るようにして逆さまに彼女を仰ぎ見ながらのその問いに、彼女は少し苦笑しつつもしっかりと答える。
「お陰さまで……此処まで、回復しました。それで、少し相談があって……」
静かな光を眼に浮かばせ、レイセンは口ごもるようにしていた。
その様子にきょとんとしつつも、ラルロスは姿勢を元に戻して彼女に向き直り、
「どうしたよ。なんか、気になることでもあったか?」
「……」
乱暴な言葉遣いながら優しさも感じられるその問いに、レイセンは一瞬眼を瞑ると、しっかりと眼を見開き、
「――月へ、帰ろうと思います」
「……どうしてもか?」
覚悟を決めた、凛々しい光が眼に宿っているのを見届け、ラルロスは止めるよりも先にそう問う。
「恐らくだが、お前さんに罪状が科せられる可能性が高い。幾ら、永琳の認めた手紙があろうと、それは避けようもない事実だ。聞く限りだと、あっちの御姫さんの妹の方は、かなり生真面目だって話だしよ」
――直ぐに、とまでは行かずとも、懲罰が加えられるかもしれんぞ?
淡々とした物言いで、ラルロスはそう指摘した。
だが、レイセンは静かに首を振って、
「私、思ったんです。数日前、あの、イオさんと言いましたか……あの人から、妖怪が月に向かうという言葉を聞いて」
――やっぱり、私の故郷……だから。護りに行かなきゃって。
「……そうか」
どれ程の葛藤があっただろう。
どれ程、死への恐怖に苛まれていただろう。
だが、彼女は選び取った。
「……俺はよ。正直、お前は此処で暮らしていた方がいいんじゃねえかって思ってた。前も言ったが、『軍から脱走すること』はそのまま、『極刑に処される』のが普通だしよ。考えられる範囲だと、お前さんの故郷も同じかもしれねえ可能性がある。わざわざ死地に赴くなんざ、それこそ馬鹿らしいから止める心算だったが……その顔見たら、その気も失せた」
はぁ……と深い溜息を吐きながら、ラルロスは心底残念そうな表情でそう告げる。
「まぁ、気をつけろってのも可笑しいが……頑張れよ」
「はい。そうします。――それと、もう一つ相談事があるんです」
「あー……此処まで来たら何でも乗ってやるよ。何だ、その内容は」
こきこき、と肩や首の骨を鳴らしつつ、ラルロスは仕方なさそうに、だが真剣な表情で尋ねた。
すると、彼女は深く頷き、
「――私が此処に来た時……周囲に、薄い布のような物を見かけなかったか。それが訊きたかったんです」
「……薄い布、ねぇ……大きさ、どんくらいだ?」
即座に動き始める賢人。
彼はスッと立ち上がると自身の部屋へと赴き、メモの為にか、羽根ペンとインク壺、そして小さめの羊皮紙を持って来て、卓袱台の上に広げ始めた。
そんな彼に近づき、目前で座りながら、
「そうですね……取り敢えず、形としては長いマフラーかストールのような物だと思って貰えれば」
「と、なると……かなり大きいな。お前さんが最初やってきた時、妹紅がそれを持っている様子はなかったが、どっかに落ちてんのか?」
かなり正確なイメージを掴み取り、ラルロスは自問する。
そこへ、レイセンが、
「私が乗ってきた船……あれは旧式の船であり、正式船のように単騎大気圏突入が出来るようには余りなっていません。無論、それなりに頑丈ではありますが、大気圏突入の際の熱量が構造上の耐熱量よりも上がってしまう為、二・三十分程度しか持たないんです」
「……下手したら、お前さんがその、なんだ大気圏だったか。その中で燃え尽きてた可能性があったってことか。――だが、結果として此処にいて、船が大破するだけに留まった……ふむ。落ちて来る時にぶっ壊れたか?その時でもなければ、そんな大きさの薄い布が外に飛び出す訳もねえしよ」
かりかり、と羊皮紙を削るような音と共に、ラルロスの自問は続いた。
「若しくは、その布だけ招き寄せられた……か」
――おい、出てこい八雲紫。
「ふぇっ!?」
いきなり不機嫌な表情になったラルロスの低い声に、レイセンが思わず怯えて後じさる。
だが、ラルロスは尚も不機嫌な表情のままで、
「とっとと出てこい。俺が考えてるのが間違いでなきゃ、どう考えてもお前が関わってるとしか言い様がねえ。――そうじゃねえのか、妖怪の賢者さんよ?」
ぎろり、と空中を睨み据えた。
いきなりのラルロスの豹変に、レイセンがあわあわとなりながらも抑えようとすると、
「――全く。イオといい貴方といい……向こうは賢しげな坊やが多いこと」
「っ!!?」
突如としてラルロスの背後に現れた金髪の美女に、レイセンは口をぱくぱくと開閉させて黙ってしまう。
だが、ラルロスは驚く素振りも見せなかった。。
それどころか怒りの表情を維持しながら、
「ようやく来たか。答えろ――アンタがレイセンの持ち物盗み取ったってことでいいんだな?」
「さぁ?少なくとも私はそんな物を見てはいないし、触れてもないわ。どうしても探したかったら、霊夢にでも相談しなさいな。あの子はあれでも失せ物を探すのは割と得意な方だからね」
「……気に食わねぇな。まぁいい、取り敢えず情報らしきものはくれたんだ。それで手打ちにしてやるよ」
明らかに疑っていると言わんばかりの彼の様子に、妖怪の賢者はやれやれと首を振ると、
「全く、可愛げのない。イオの方がよっぽどいい子だわ」
「俺に可愛げ求めてどうすんだ。貴族の生まれにいちゃもん付けられても困るぞ、おい」
ジト眼になったラルロスがそう突っ込むが、紫はついっと視線を逸らすと、
「まぁ、たかがそれだけの為に呼んだのなら、私はもう失礼するわね。他にも見なければならないこともあることだし」
「おい逃げるな――って、もういねえし……」
直ぐに気配を消して去っていった紫に、ラルロスは不機嫌極まりないという顔になると、
深々と溜息を吐いて、
「……まぁ、そういうことだ。取り敢えず、俺も一緒に行くからよ、支度しな」
「うぇっ!?は、はい分かりました!」
最初から最後までぽかんと口を空けていたウサミミの少女がようやく我に返り、慌てて頷くと共に、鈴仙に訊きに行くのだろう、とたとたと慌ただしく駆け去っていく。
その様子を見送りながらも、ラルロスは再び卓袱台に向き直り、
「――うん、やっぱ美味えな」
最後の一枚とばかりに煎餅を頬張ると、そんなことを漏らしたのだった。
――――――
――所変わり、妖怪の山。
山から流れてくるそれなりの川幅があるその川の傍で、イオはぜい、ぜい、と何かから逃れきったかのように憔悴していた。
その目前に、たんこぶを頭につけた二人の妖怪が、痛みに唸りながらうずくまっている姿がある。
「……全く。二人して本当にしつこいんだから……私生活のことはあんまり言いたくないのにさ」
ようやくにして一息吐いたイオが、完全にジト眼になって二人に文句を告げた。
すると、射命丸がゆっくりと頭を上げ、
「あ、あたた……いいじゃないのよ。別に減るもんでもないのに」
此方も若干ジトっとした眼でイオにそう言い返す。
余りの言い様に、イオががくりと肩を落とすと、
「あのね……幾ら友人とはいえ、女の子に言うのって結構キツイんだよ?恥ずかしいし、下手したら黒歴史になってるのを掘り返されるような気持ちなんだから」
「……むぅ……」
あわよくば、という思いで訊けるかと思っていたが、どうやらそう事は簡単には行かないらしかった。
射命丸は未だに痛む頭のたんこぶを摩りつつも、残念そうな面持ちである。
その様子に、イオははぁ……と溜息をつくと、
「……訊きたいんだったら、別に教えてあげないでもないよ」
「――え?」
ぼそり、そう呟かれた言葉に、傍に流れている川の音の所為で、射命丸はいまいち良く聞き取れなかった。
だが、イオは二度も言う心算はないようで、くるり、と身を翻すと、そのまま飛び立っていく。
「あ、ちょっと!……もう。何て言ったのか聞こえなかったのに」
にとりは分かった?
不思議そうに首を傾げ、射命丸がにとりに訊こうとするが、
「??盟友、何か言ってたかい?」
既に作業を始めているにとりの姿に、がっくりと肩を落とした。
「うぅ……きーにーなーるー……」
何やらやきもきし始めた傍の鴉天狗にきょとん、としつつも、にとりは久々に入った大仕事に気持ちが傾くのであった。
――――――
――その頃。アルティメシア世界はというと……。
――クラム国首都リュゼンハイム・マイスターストリート。
「……ふぅ。今日もそれなりに客が入った、か」
評判高い、とある鍛冶屋兼武具屋のカウンターで、男が一人呟いていた。
その眼の先にあるのは、本日の客の入りと稼ぎが記された言わば家計簿のような紙の束。
昨日の日付と今日の日付を比べてみると、それなりに多くの客が入っていたことが窺えた。
「ふむ……」
何ともなしにそう呟き、天井を仰ぎ見るこの男性。
壮年に差し掛かっている為か、金髪の中に白が垣間見えるが、その頭髪の様相とは対照的に、硬く筋肉質の肉体をその作業着と思しきツナギの上下から見せていた。
よくよく見てみると、その上半身を覆う作業着の袖から出ている腕も相当に太く、大小様々に古い傷がついていることが分かる。
その傷も、男が営む鍛冶屋兼武具屋の作業から出来たものにしては、明らかにあり得ない物が混じっていた。
――切傷や刺傷、更には獣に噛まれたと思しき大きな傷。
ぐぐ……と大きく背を伸ばし、男はふぅ、と一息漏らすと、
「さて、と。今日はもう店仕舞いするかな」
かたん、とカウンターから店内へと出入りする為の仕掛けを動かし、いざ店の入口へと向かおうとした、その時。
ドアの向こうから、馬の嘶きが聞こえた。
「――?もうすぐ、夜になりそうな頃合いなんだがな……」
不思議そうな表情を浮かべ、取り敢えずドアを開く。
――そして、静かに眼を見開いた。
「……これはこれは。もうすぐ夜へと差し掛かって来ようとしている時にお会いするとは……カルラ様」
「ええ……店仕舞いをされる頃合いだろうと思いまして。お聞きしたいこともあって此方に参りました。――御邪魔させて頂いても、宜しいですか?」
頗る真剣な眼差しをした、カルラ=エルトラム・フォン・クラムがそこに立っていたからである。
少しばかり手入れがなされた鬚を弄り、男は静かに頷くと、
「まぁ、そろそろ閉めようとしていたので良かったですが……御食事の方は宜しいので?」
「此処に来る前に済ませてありますので」
「……それほど、火急を要する案件だと?」
男が静かに身構えながらそう尋ねた。
だが、カルラは静かに首を振り、
「それは違います。どうしても……訊きたいことがあって来たのですわ。――クリス=カリスト殿。元SSランクの冒険者……『覇王』殿、貴方に」
と、目の前で静かに佇む短い金髪の男に向かってそう告げたのだった。
――――――
「……何でカルラが此処にいるのよ」
「どうしても訊きたいことがあって。居ても立っても居られなかったからですわ」
驚いたように眼を見開く少女と、カルラ。
少女の名はマリア=カリスト。
以前、ラルロスが住むルーベンス邸を訪れた、色艶やかな金髪のショートボブを持つ、顔立ちの整った少女であった。
そんな少女が何故、男――クリス=カリストの家にいるのか……真に単純ながら、彼女はクリスの一人娘なのである。
そして、同時に……イオ=カリストの家族でもあった。
そんな彼女は、カルラが告げてきたその言葉に眼を丸くさせると、
「あれだけじゃ、終わりじゃなかったの?」
根掘り葉掘り訊かれた先日の様相を思い出しつつそう突っ込む。
だが、彼女は平然として頷き、
「当然のことでしょう?」
「……いやまぁ、前々からカルラの執着具合は分かってたことだったけど」
がくり、と肩を落して見せるマリアに、カルラは何ら恥ずべきことはないとばかりに胸を張っていた。
と、そこへ軽食を作っていた父――クリスが現れ、その手に簡単に作った御摘みを持ちながら彼女達に近づいてくる。
「――取り敢えず、此方にお座りを。何もないのも良くないから、少しばかり摘みを持ってきたが、マリアはいいのか?」
「ん、ありがと」
そう言ってクリスの手から皿を受け取りつつ、居間のテーブルへと運ぶマリアへ、カルラは共に歩きながら、
「……ずっと、変わらぬままですのね、此処は」
と、近くの家具へ手を伸ばしながら呟いた。
「アイツが此処に帰ってこなくなってから、ずっとよ。まぁ、アンタの所には寄ってたみたいだから、生きてるのは分かってたけどさ」
「……えぇ」
伏し目がちにしながら、マリアの言葉にカルラは頷く。
そして、少しばかり音を立てながら二人が席に着いた。
「……マリア。ラルロスさんから、何か話は聞いていて?あの方、私が想いを寄せている方のことを知ってらっしゃる癖に、何も教えて下さらないのよ」
単刀直入にそう告げるカルラは、何処か焦燥しているように見え、マリアはそれに答えて上げたい気持ちだったが、力無く首を振り、
「……居場所までは兎も角、これだけははっきりと言われたわ。生きてるってことと、種族が変わったこと。それに――……「アイツがいる場所に行ける手段を持ってる、そう言ったんじゃないか、マリア」!!?」
かたり、とティーカップを置きながら、父親が告げた言葉に二人して驚愕の表情を浮かべて見やる。
マリアは何故知っているのか、という顔であり、カルラは何処となく歓喜が混じっているように見えた。
そんな二人の少女を見つつ、クリスはふぅ……と溜息を吐くと、
「――そろそろ、様子を見に行くべき時が来た、そんな気がして、な」
「……駄目よ、父さん。カルラ、いい?父さんが言ったことは間違い。ラルロスはそんな手段なんか持っていない!」
彼の言葉に一瞬呆け、しかし直ぐに我に返って奥歯を噛みしめるとそう言い募ったマリア。
そんな幼少期からの親友の言葉に、カルラは悲しそうな表情になると、
「……何故……」
「ずっと、こうして離して置くべきだった……!カルラが、異常な位イオに執着してる姿見て、私は少しだけ不安を感じただけだったけど、イオはずっと苦しんでたかもしれないのよ!?」
――だって、イオとカルラ、どうしようもない身分の差があるじゃない!
「……」
叫ぶようにして告げられたその言葉に、カルラは凍りついた。
彼女の言葉に乗っかるようにして、クリスがふと、呟く。
「……正直な所、アイツの傍にカルラ様がいてくれたのはとても有り難かった。記憶を失くし、常人と容姿が異なることさえも抜きにして、真っ直ぐにアイツを見てくれていたのは、ラルロス様、マリア、チェルシー殿……そして、貴方様だけでしたから」
ですが……此処最近の貴方様のご様子を伺うにつれ、危険だとも感じるようにはなった。
その言葉に、カルラが悲痛さを感じさせる眼で、
「どうしてですか……!?クリスさんだって、マリアだって、私があの方に想いを寄せていることなど、分かり切っていた筈!」
「――余りにも、執着が過ぎるのですよ」
静かな声音、そして表情でクリスが尚も呟いた。
その物言いに、再び身を強張らせたカルラに続けるようにして、
「幾ら容姿が優れていようと、幾ら性格において信用が出来ようと、たかだか平民であるだけのアイツに、四六時中付いて回っておられたこと……それは、アイツに心底から惚れこんでいたからそうしていたというだけならば、まだ分かる」
――ですが、カルラ様は何かしらを隠しておられるように感じる。
一転して鋭い眼差しになったクリスが、ぎらり、とその碧眼をカルラに向ける。
その様は、己が息子を護らんとする親としての気迫が籠っていた。
余りに突然のことで眼を見開くカルラに、クリスは眼を爛々と輝かせながらも静かな物言いのままで、
「……これでも、元冒険者だったこともあるものでね。アイツを拾って来た当時から、色々な伝手を辿って調べてきた。――だが、何故か、調べが容易に片づかない。それどころか、揃って『このヤマはヤバい』と断って来るようになる有様だった。しかも、それだけに留まらず、近くの住民の若い娘達や御婦人達が、予想よりも騒がしくないことにも、不審を感じた」
――明らかに情報が制限されている。
「っ!?」
話を聞いていたマリアが、もしかしてという表情を浮かべカルラを見つめる。
その視線の先にあったカルラの表情は何時の間にか伏せられ、伺うことは知れなかった。
だが、クリスは尚も言葉を続ける。
「その上、普通であれば貴方様の御父上であるリュウ様がイオに対して娘に近づくなと警告をしていても可笑しくない筈。――しかし、寧ろ貴方様の御父上が積極的に関わるようにと言っていたのならば……」
貴族の立場上、利益があると見たようなものだ。
静かな眼差しに戻ったクリスが、俯くカルラをじっと見つめた。
予てから交流があり、同年代の娘を持つ者同士として友誼を育んでいたクリスではあったが、それでもリュウという人物にキナ臭さを感じない訳ではない。
殊に、イオを拾い、彼の人物に出会わせてからそれは更に強まったのであった。
「……教えて頂きたい。一体貴方は……いえ、王侯貴族殿は、何を『知った』ので?」
「……」
口を噤み、カルラは答えない。
そのことにマリアは大いに不安を感じ、
「カルラ……?」
と、長年の親友である彼女にそっと声をかけた。
――その時。
「――答えられようもありませんわ……事は、国家機密に相当してしまうのですから」
「……」
今しがたの言葉に、クリスは元から鋭い目つきを更に鋭くさせ。
マリアはその言葉が意味するものが何なのかが分からず、表情を困惑のそれへと変えた。
「……答えられないって……どうして?そりゃあ、イオは綺麗な顔してるし、見た目からして普通じゃないわ。でも、私達と一緒に過ごしてた、只の『平民』なのよ?」
「――只の、ではありませんわ。『強大な実力を持つ』、冒険者という『平民』ですわね。……下手をすれば、『そのまま国力へと』換算出来てしまえる程に」
「――はぁっ!!?」
思わぬ言葉を聞かされ、マリアは今再びの驚愕の表情を浮かべる。
だが、クリスは思い至ったとでも言いたげな表情で、
「……やはりか」
「どういうこと、父さん……!?」
「簡単な話だ……SSランクってのは伊達じゃないってことだろ。それに、恐らく王侯貴族殿さえもこれは想定外だった筈だ」
高々数年程度で上がれるような、そんな柔な規則じゃない。
ほぼ断言するような物言いで、クリスは告げた。
その言葉にカルラは何も反応を示さなかったが、クリスはそれにさして何も言わずに己が考察を述べ続ける。
「俺は若い頃からずっと冒険者をやってきた。――その内、『覇王』なんぞと呼ばれる程にはランクも上がったし、母さんとも出会ったしな。だが、同時に、『年を考える』べき時に差し掛かってたんだよ」
だからこそ、こうしてこの首都で武具屋を経営している訳だが。
そこで一旦息を整え、クリスは再び話し出した。
「だが、俺のように古くさくなっちまった奴ならともかく、アイツはまだ若い。その上、若いながらにトップクラスの実力者だ。俺がそう育てたのもあるが、何よりもアイツが勤勉に鍛え上げたからこそ、今の実力となっている。それが冒険者として活動を始めたのならば、その勤勉さで瞬く間に上がるのは眼に見えていた。――だが、そこで誤算が生じた」
――アイツがSSランクとして認定されちまったんだよ。
「元々、アイツがこっちにいた時から冒険者をしていたからな……学生時代だったら兎も角、今のアイツは何も柵がない状態なんだ。真面目さだったら、誰よりも凄いのは分かるだろ、マリア」
「……っ」
複雑そうな表情を浮かべるマリアに、クリスは苦笑したがそれはそれとして話を進めていく。
「まぁ、アイツがSSランクとして認定されちまった。そこまではまぁいい。寧ろ、名誉貴族として成り上がらせるには丁度いいランクだったろう。だが、SSランクとして認定されちまった以上、起こる弊害というのは必ず存在する」
――それが、各国の『勧誘』だ。
「あっ……」
「そして、極めつけにこれだ。――アイツが『行方不明』になっちまったことだ」
多分、これが一番の予想外の出来事だった……違いますかな?
クリスはそう言って、カルラへと眼を向けた。
「有名になり、各国へと勧誘されるだけならばまだ話は良かった。だが、国内外に関わらずSSランクの冒険者が消えてしまう事態なんぞ早々ない。俺のように引退宣言をしていなくなったのなら兎も角、普通はギルドで訊けばどの場所にいるか、大体分かるようになっているものだからな。強大な実力を具えているのなら、それは当然のことだ」
――何せ、下手すれば『国を滅ぼせる』レベルなのだから、な。
「父さん!馬鹿を言わないでよ!イオがそんなことをする訳がないじゃない!!」
「だが、俺達が関わればどうなる?」
クリスは初めてそこで娘に向かって鋭い眼差しとなる。
「アイツが身内に関して驚く位に甘いのは身を以て知っている筈だ。学生時代でも、アイツは友人・家族に対する侮辱と暴力をけして許さなかっただろうからな。だが、同時に、他の命を奪うことも余り好まないアイツのことだ……俺達が生きて軟禁されているだけならば、仕方なく貴族の命令を聞かざるを得なくなっちまうだろう。――そして、そのことで各国から突かれている……今の話で、俺はそこまで考えたんだがな?」
「……っ」
クリスの言葉に、しかしカルラは歯を思いきり食い縛ることで返事とした。
だが、クリスはその様子で分かったというように頷くと、
「……マリア。どうやら御疲れのようだし、お前の部屋にでも案内してやりな。恐らく、お前の助けが必要だ」
「!わ、分かったわ」
小さく告げられ、マリアは慌てて頷くとカルラに手を貸し、自室へと案内していく。
階段を上り、消えていく二人の背中を見送りながらも、クリスは静かに考えに耽っていた。
(……鍵となるのは、ラルロス殿……か)
彼の若者が戻ってきた時が正念場になるだろう。
(それまでに、此方が持つのかどうか……だな)
クリスは静かに決意を固めた。
――あの、愛すべきバカ息子に、言いたいことが出来た為に。
――――――
「――ふわぁ……ねむねむ……くぅ」
家に戻り、一夜を過ごしたイオ。
眠たげな彼が、何時もの様にポストを探っていた時だった。
「お、イオじゃん」
快活そうなその声に、イオがん?と顔を上げその声の主を探す。
すると、とんとん、と靴の位置を直しながら出て来る魔理沙の姿があった。
――そう、結局あれから魔理沙はそのままイオの家に御邪魔していたのである。
「おはよ、魔理沙。良く寝れた?」
「おう、いい抱き枕もあったことだしな!」
「……全くもう。少しは落ち着いて行動したらどう?」
一緒の部屋で寝ていたであろうルーミアの苦労を思い、イオは苦笑しながらもそう突っ込むが、魔理沙は下手な口笛めいた物を吹きながらそっぽを向いていた。
その様子にイオはやれやれと思いながらも諦め、
「朝食どうするの?一応、これから作ろうと思ってるんだけど」
「お、いいのか?」
「食べずに出る心算だったのかい?全く、それじゃ体に悪いよ?魔理沙の今って成長期に差し掛かってるんだからさ」
若干体が細い彼女のことを心配し、イオは真面目な顔つきでそう告げる。
「今からちゃんと食べていれば、後悔しなくても良くなるよ?」
「へいへい、分かったよ。直ぐ戻るから安心しろって」
過保護な兄にやや面倒そうな妹のような絵柄が、その場にはあった。
――――――
「――お早う御座います、パチュリーさん」
トン、トン、と絨毯の上をリズムよく歩きながら、イオは大図書館の主たる彼女へとそう声をかけた。
何時ものように魔導書と思しき書籍を開いている彼女――パチュリーがちらり、とイオのいる方を見て、
「あら、おはよう。その様子からするに……当ては見つけたのかしら?」
「ええ……文のお陰で助かりましたよ。兎も角、これで技術力と材料の当ては付きました。後は……完成させるだけです」
「とんとん拍子に行けたわねぇ……霊夢の様子はどうだったの?」
「つい最近行って来ましたが、面倒そうではありましたけれど、修行はちゃんとしてましたよ。――まぁ、色々と複雑そうでしたが」
穏やかなイオの語り口に、パチュリーは傍目からしても分からない程に口端を上げ、
「巻きこまれた形に近いのかしらねぇ。それとも、あの妖怪の賢者に言われたのかしら」
「さぁ?どちらにせよ、今回のことは半ば勝負に近いですから……僕と、彼の賢者との、ね」
くすり、とイオが珍しく黒さが垣間見える笑顔でそう告げる。
「紫さんも、引くに引けない事情があるんでしょうけど、僕は平和主義ですから」
誰が喧嘩を売って来ようと……ぬらりくらりと躱すだけですよ。
そう言ってイオはくすくすと笑声を響かせたのだった。
――さて、場所は変わり、此方は永遠亭。
今、レイセンがラルロスと共に外へと出かけようとしている時だった。
怪我もすっかり治った彼女は、トントン、と靴先を整えて履き心地を確かめているようである。
「……大丈夫か?」
そんな彼女の様子に、既に玄関の外に出ていたラルロスが心配そうに訊ねた。
見れば、恐らくは用心の為なのであろう……彼の右手にあの『ロードオブヴァ―ミリオン』という、彼の家の家宝とも言える古代級(アーティファクト級)の魔法補助の為の杖が握られている。
普通に考えれば、総合力でイオとタメを張れる彼がそこまでの武装をしているとなると、完全にオーバーキルでしかないのだが、そこはまぁ、用心深い彼だからとしか言いようがなかった。
そんな彼の様相に、レイセンはふと可笑しさも覚えつつも、にっこりと笑って、
「はい、大丈夫です。行きましょう、ラルロスさん!」
「おう、じゃ、俺の後ちゃんと付いて来いよ。迷っちまうからな」
「はーい」
そんなのんびりとした声と共に、二人のちょっとした旅路が始まる。
――故郷で、多くの思惑が絡んでいることなど、ラルロスは知りもせずに。
故郷、そして幻想郷。
二つの世界で静かに進行していく思惑。
そして、とある鍛冶師が幻想郷に向かうことを決意する。
そして、イオは……己が過去、詰まりは嘗て想いを寄せた人物を告げようとし始める。
彼自身が、自らの周りにある関係を見定めようとせんが為に。