東方剣神録   作:上田幻

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第六十三章「彩りに添えるは赤黄色の葉」

 

――そうして、二カ月程経った。

 あれ程暑かった夏は疾うに過ぎ去り、涼しげな風が吹き始めるようになった頃。

 イオは、とある要件を携えて妖怪の山へとやってきていた。

「……ん、段々と紅葉とか黄葉が増えてきたね」

キョロキョロ、と辺りの樹木を見廻しながら、ざく、ざく、と土を踏み固めるようにして歩く。

 時折、樹木に触れながら、樹の容態も確かめたりして、死んでしまった樹等がないかどうか診ていた。

 何故か、と問われれば、死んでしまった樹がある場合、伐採し薪として売ることで人里の冬の準備を手伝う為だったりする。

 無論、イオの魔法によって幾らでも薪としての木材を創りだすことは可能なのだが、それをしてしまうと彼に頼り切りの状態になってしまうので、ある程度安くはしても普通に木を切り出すようにしているのであった。

「……さて、と。静葉様達の御家はこっちだったかな……」

そう呟きながら、イオはざく、ざく、と歩み続ける。

 

――彼が此処に来ているその切っ掛けは、ある日、一人の人物に呼び出された時だった。

 

――――――

 

「――秋の神様達に、来て頂きたい……と?」

「ああ……何分、実りの秋だからな。ただ、問題が一つ……あるのだ」

人里のとある大きめの家宅。

 イオは通された居間で、とある人物の前で正座していた。

 ぼさぼさとした短めの黒髪に、よくよく見れば茶色にも見える瞳。

 そして、幾らかふくよかな体型に、何処となく誰かを思わせる勝気そうな顔立ち。

 商人であることもあって、それなりに仕立てがしっかりとした服装で佇むその男は、人里の長老衆の一人だったりする。

 とはいえ、並みいる長老達の中でも、この御仁は比較的若い方であり、その所為もあってか、イオの感性とそれなりに合う人物でもあった。

 

――名を、霧雨司。

 

霧雨道具店……その店長にして、霧雨魔理沙の父親である。

「その、問題とは?」

「……彼の神々の御宅が、妖怪の山に存しておられるのだよ」

「それは、また……呼びに行くのに苦労しますねぇ」

深い溜息と共に告げられたその事実に、イオが苦笑しながらそう言葉を返した。

「そうなのだよ……お陰で、博麗の巫女様に御頼みするしかない、というのが現状だ」

「あれ、娘さんには頼まれないのですか?」

「……それ、なんだがな……気まずいのだよ」

深刻そうな表情で項垂れる司に、イオはあちゃあ……と顔を顰め、

「……まだ、仲直りが出来てないのですか」

「一度こうと決めたらかなり頑固でなぁ……俺も俺で譲れない部分もあることだし、な」

「大人げないですねぇ……ま、ご家庭のことに関しては余り関わる心算もないので、放り投げますが。――要するに、僕に神様を呼んで来て欲しい……そういうことでしょう?」

流石に、どうにかしてほしいと言われた訳ではない為に、イオは一先ずその話題を置いて本題へと戻る。

 うむ、と司は頷き、

「何せ、天狗様の御膝元だ。只の人間が行った程度ではどうにもならん。故に心苦しいが……どうか、頼まれてくれないか?」

「ええ、大丈夫ですよ。というか、現状僕しか行けそうなのはいませんしね。じゃあ、報酬なんですけれど……今回の豊穣の祭りで余った作物、幾らか分けて頂けますか?」

「ん、そうだな……ふむ、では米類を中心に、秋の野菜も付けておこう」

「有難う御座います。――所で、豊穣の祭りを行うのは何時頃になりそうですか?」

「今年の出来具合によるなぁ……まぁ、恐らくは来月頃になるだろう。神様方にはそう申し伝えておいてくれるか?」

「御安い御用です。――では、失礼します」

そう告げると、イオは一旦自宅へと帰り、準備を整えてから妖怪の山へと向かったのであった。

 

――――――

 

「秋様達、結構紛れ易いんだよなぁ……この景色の中だと」

半ばぼやくようにして呟く龍人。

 既に、彼は山腹にまで足を踏み入れており、本来であれば白狼天狗達が踊り出て来ても可笑しくない程には、領域のまっただ中にいた。

 とはいえ、あちらこちらからイオを見ている気配こそすれど、彼に直接話しかけてくるような者はいない。

(……むぅ。割と予想外だったな)

有している能力や無視できないその実力で少なからず警戒されていると思っていただけに、この現状には驚かされていた。

(誰かから情報でも齎されたのかな?それだったらまだ分かるけど)

それにしたって、少なくとも目的を訊くために現れてもいいだろうに。

若干警戒を伴った状態で腰の両側に吊下げた朱煉に、それとなく手を掛け辺りを見回した。

(……やっぱり、見られてるねこりゃ)

空を幾らか見廻しただけで気配が消えた……否、殺したのだろう。

(なんだかなぁ……僕、大層なことしたっけ?)

まぁ、上層部とはそれなりに懇意にはさせて貰ってはいるが。

 少なくとも、彼等を刺激するようなことは今は特にしていない筈である。

 かりかり、と蒼が鮮やかに輝く頭を掻きつつも、イオは再び秋の姉妹神の家宅を探すべく足を進めるのであった。

 

「……ふむ、このまま行くとあの姉妹神の所まで行くな……取り敢えず、大天狗様にはお伝えしておこう」

 

そんなことを呟き気配を絶った椛がいるとは、気づきもせずに。

 

――――――

 

「……此処、かなぁ?」

歩いていく内に、家屋らしきものを見つけたイオは、神々が住むにしては小さくそして擦り切れているように見えるその建物に、頭を悩ませていた。

 取り敢えず入り口に立っているのも何なので、トントン、とノックをしてみる。

「あのぉ……静葉様、穣子様おいでですかー?」

自信がなさそうにそう声を掛けるイオ。

 その表情は、

(本当に此処に住んでいるのだろうか)

という疑問で一杯だった。

 まぁ、無理もない。

 

――だが、家宅に住む者はその予想をいい方向で裏切ってくれた。

「はいはーい、天狗の子かな?」

そんな声と共に、ごとごとっと引き戸が開き、中から秋の色合いに染まった服を着た、一人の女性が姿を顕す。

 赤く縁がひらひらとした帽子に一房の葡萄が鮮やかに彩られ、覆っている金の頭髪と相まってなるほど秋らしく思わせた。

 開けた戸の先にいた、予想と異なった人物がいたことにきょとん、と首を傾げ、

「……どちらさん?」

「えーと……初めまして、になりますね。僕はイオ=カリスト。人里で何でも屋を営んでいる人間です。宜しくお願いします」

「あ、とこれはどうも、ご丁寧に……って、人間?」

「人間ですよ、ええ」

にっこり、と深い微笑みを浮かべたイオに、目の前の彼女は若干表情を引き攣らせつつも頷き、

「あ、うん、分かった。――と、自己紹介してなかったね。私は秋穣子。『豊穣を司る程度の能力』持ちの、神様やってます」

あと、焼き芋屋さんも兼業してるよ。

そう言って、彼女――穣子はにっこりと微笑みを浮かべるのであった。

 

――――――

 

「――ちょぉっと狭いけど、御免ね?」

中に通され、イオと穣子は囲炉裏を挟んで向かい合っていた。

 彼女に告げられた謝罪の言葉に、イオは慌てて両手を振り、

「いえ、いきなり押しかけてしまいましたし。お願いさせて戴く立場なのに、文句を言えませんよ」

「そぉ?なら、良かった」

ほっとしたように笑う彼女の雰囲気は、その辺りの少女と何ら変わらぬままであり、イオは少なからず戸惑いを感じたのは確かだ。

 だが、聞く限りだと、どうやら秋の姉妹神は神でありながら実態としては妖怪に近く、博麗神社のように本殿にて祀られている存在ではないようなので、この状態がデフォルトなのかもしれない。

 其処の辺りは、失礼に当たるだろうと考え余り追及していなかったが、この分だとそのように思われた。

 と、其処でイオははた、と思い至り、もう一人の秋の女神がいないことに、今更ながら気付く。

「……あの、静葉様は?」

「ああ、お姉ちゃんなら、今幻想郷中の樹木やら草木やらを彩るのに忙しいから、いないよ?」

「…………はい?」

とんでもない言葉が聞こえてきたように感じ、イオが眼をぱちくりとさせて問うた。

 その様子にきょとん、と首を傾げ、

「あれ?知らないの?私のお姉ちゃん、秋になった時は何時も紅葉や黄葉とか塗り分けているのに」

「――初耳過ぎますよ、それ……」

遠い眼になったイオがぼやく。

 此処に移り住んで凡そ一年が経とうとしている彼ではあったが、それでも相変わらずの幻想郷の吃驚箱っぷりには、毎度のように驚かされていた。

 そして、こうも思うのである。

(――ああ、何時ものことなんだな)

と。

「と、取り敢えず居られないことは分かりました。ですが、今回御話があるのは静葉様ではなく……穣子様なのです」

仕儀を正し、イオは真剣な表情へと移行してそう告げた。

 突然の豹変に穣子は眼をぱちぱちとさせながら、

「な、なに?言っとくけどやれることなんてそんなにないんだからね?」

「いえ、別にそういう心算で言った訳ではありませんよ。――人里の豊穣の祭りが近づいて来ていることで、お知らせに参ったのです」

告げられたその言葉に、穣子が一瞬眼を見開いてから納得したようにこくこくと頷き、

「……あー……そっか。もうそんな時期かぁ。でも、何時もだったら凄くぎりぎりになった位で来るのに、今年は速いんだね」

「それはまあ、僕がいたからでしょうね。一年前に此処に来たばかりですから、割と重宝してくれているみたいでして」

「へぇ……嬉しいな。やっと、私の存在意義が果たせる!」

うふふ、と嬉しそうに笑う彼女は、やはり、神らしく見えない。

 寧ろ、どんどん威厳さが無くなっていくような感じがして、イオは逆に感心してしまった。

(……此処まで人懐こいの、見たことないなぁ)

下手すれば、絶滅動物並みに珍しい位である。

 彼の世界でも、また、この世界においても、神という存在は崇め奉るべき存在であって、此処まで人々の生活に直結した神はいないのではないだろうか。

(しかも、やってることはそれなりに凄いのに、信仰が集まっている様子がない、というのが悲惨過ぎる)

姉の静葉にしろ、妹の穣子にしろ、秋という季節の中で人々にとっては重要な役割を果たしているというのに……だ。

 どうしたことであろう?

(……作為じゃ、ないみたいだしなぁ)

まぁ、あまり考え過ぎるのも良くないだろう。

 イオはそこまで考えた所であっさりと思考を放棄し、

「取り敢えず、来月頃に行われるようなので、また日が分かりましたら、僕か僕の遣いの者が伝えに行きます」

「分かったよ。有難う、態々ここまで来てくれて……お礼は出せないけれど」

「いりませんよそれは。僕は只の伝達ですから」

庶民のような感性を持つ彼女に、イオは少し苦笑しつつも押し留め、すっと静かに立ちあがった。

 そして、

「何か依頼でもありましたら、何でも屋のイオを宜しくお願いします。家の前にポストがあるので、出来得る限りでしたら受け付けていますから」

「へぇ……人里も変わったねぇ。うん、其処まで言ってくれるのなら、偶には利用してみようかな。姉さんに会わせられなかったのはちょっと、御免ね?」

同じように立ちあがりながら、穣子がくすくす、と笑いながら片手を前に持ってくる。

 照れ臭そうな謝罪の仕草に、何となくイオは何処かの優しいお姉さんのような雰囲気を幻視しながらも、おっとりと笑って一礼するのであった。

 

――――――

 

――ざく、ざく、ざく。

 イオは一人、山中を歩いていた。

 幸いにして、と言うべきか……未だ天に陽は高く在り、方向感覚が見失わないようにはなっていたが、イオにとって考えるべきことがあった為に、そのことは考えの外へと追い遣られている。

 

――彼が考えていること……それは、留守中の依頼受付のことだった。

 

なんせ、月旅行というものに初めて挑戦するわけである。

 事前に各勢力に告知はしてあるとはいえ……この辺りで人里へ全体的に申告しておかなければならないだろう。

 無論――イオが死ぬ危険性も合わせて、だ。

 万が一にも、紫の思惑によって彼の月の武姫と戦わされる羽目になったとすれば……彼の身がどうなろうとも、護衛対象を幻想郷に帰さなければならない。

 仮に『そう』なった時に、遺されたルーミアやゴーレム達に何らかの行動を起こす者がいないとは限らないのだ。

 アリスによくよく頼めば、確かに大事にはしてくれるだろうが、何時分解されてしまうかという恐怖に苛む羽目にもなるし。

 パチュリーに関しても、それは同じであるかもしれない。

 まぁ、彼女には恩もあるし、それなりに報いても来たから「小悪魔の手伝いが増えた」と喜んでくれるかもしれないが。

 魔理沙は……まぁ、論外。

(……こんなこと考えてるなんて知られたら、文に怒られるかな)

この世界に来てから割と接点のある彼の鴉天狗の少女を思い、イオは内心苦笑した。

(でも、この世界の人達には世話になったからね……こういう機会でもないと、恩返しは出来そうにないし)

つい、と空を見上げ、眩しげに眼を眇めるイオ。

 その時だった。

 

「――あら、其処にいるの……何でも屋さんじゃない」

 

おっとりとした優しげな声と共に、ふわり、と眼前をフリルとリボンが舞い踊る。

 黒みがかった赤色で彩られたその服の女性に、イオは一瞬眼をぱちくりとさせると、

「ありゃま……雛様じゃないですか。こんにちは」

とやや嬉しそうに笑って声を掛ける。

 其処に立っていたのは、体全体がフリルとリボンで縁取られたゴシックロリータの、ワンピースタイプの衣装を纏った女性。

 若葉のように鮮やかな緑色の髪と瞳を持つその女性は、顔立ちが人形のように美しくそして可愛らしかった。

「春の雛祭りから随分と久しぶりね。まぁでも、私は貴方を良く見かけたわ」

山の中を歩いてると、結構空の様子が見えるのよね。

ふふふ、と楽しそうに笑う、雛と呼ばれたその女性。

 フルネームを鍵山雛と言い……本来であれば、普通の人間は近づけない、或いは近づいてはならない神の一柱であった。

 だが、イオ自身の『木を操る程度の能力』による副次効果によって、イオ自身に影響は齎されない仕組みとなっている。

 これは、嘗て伊吹萃香の能力によって精神状態を変化させられかけた時と同様であり、イオには彼女の能力である『厄をためこむ程度の能力』が効かない為であった。

 故に、彼女と会話を交わすことが可能となり、こうして時々話す程度には親しくしているようである。

「本当に久しぶりですねぇ……雛様は、あれからどうされてました?」

にこにこと微笑みながら、イオがそう尋ねると、彼女もおっとりと笑って、

「人里の人達がちゃあんと雛人形を流してくれているから、厄が溜まって来ているわ。今年一杯は、人里の厄は消えてくれていると思っていいわよ?」

「有り難い。皆にいい土産話になりそうですね――あ、でも、無暗矢鱈に話してたら逆に溜まっちゃうか」

「そうね。私の権能が権能だから……もしかしなくても、そういうことが起きかねないわ。だから、出来れば黙っていてね?」

困ったように、しかし嬉しそうにも見える、そんな複雑な表情を雛は浮かべた。

 そして、今度はきりっと表情を改めると、

「丁度良かったわ。貴方に会うことが出来て。一つ、とても大切なことを伝えたかったのよ」

「……何でしょう?」

きょとん、と首を傾げたイオが、そう尋ねる。

 

「――貴方の周り、厄が漂っているわよ」

 

極めて真剣な眼差しで、鍵山雛はそう告げたのだった。

 

――――――

 

「――もうすぐ、かぁ……」

ふと、紅魔館の大図書館にそんな声が響いた。

 ぐてー……と体を長机に凭れさせ、三角帽子を被ったままの少女――霧雨魔理沙のそんな言葉に、傍らで何時ものように魔導書を読み耽っていた七曜の魔女――パチュリー=ノーレッジは溜息を吐いて、

「全く、そんな風にだらけきった格好にならないで頂戴。視界に入ってくるから目触りよ」

「そんな言い方しなくたっていいじゃんか……にしても、準備は滞りなく進んでるみたいだな」

ちらり、と何処か天井を見るかのように眼をやった魔理沙。

 その視線の先に、霧の湖で建設途中である彼のマスドライバーを思い、パチュリーも何処か感慨深そうに頷き、

「聞きしに勝る、河童の技術力ね……昔とは考えられないほどよ」

「だろうなぁ。あれ、どんな金属で出来てるんだ?少なくとも、鉄のようには見えなかったぜ?」

「さぁね。私も協力はしたけれど……そもそも、生み出した金属の大元はイオが魔法を使って出した物だし。見た限りだと、あれは魔法銀(ミスリル)ではないかとは思ったけれど」

ぺらり、ぺらり、と常の様に頁を捲り、パチュリーは読み進めながらもそう答えた。

 その言葉に、魔理沙がげんなりとした表情になって、

「……なぁ。最早何でもありじゃねえかそれ」

「私に言っても仕方がないわよ。そもそも、あの子が木を自由自在に操れていることからして、私は既に諦め気分なんだから。魔力だけで、あれだけの物を生み出せるなんてこと、正直張り倒したくなるくらいなのよ?」

何処となくむっすりとした表情になりながらも、パチュリーはふぅ……と一息入れ、

「兎も角、イオのやることなすことに驚いてたら、身と心が持たなくなるわ。計画は順調なのだから、気にしてる場合じゃないわ」

と、きっぱりと言い切る。

 そんな彼女の様子に、魔理沙は不安そうな面持ちになると、

「なぁ、パチェ……ちょっとは不安に思わないのか?なんせ、幻想郷じゃ初の『月旅行』なんだぜ」

「――愚問ね。私がいる限り……そして、イオや博麗の巫女がいる限り。絶対そんなことにはさせないわ。これは、『七曜の魔女』などと呼ばれてる私の、誇りに懸けて成功させる。貴女は安心して乗っていればいいのよ」

ぞくり、と背筋が震える程のパチュリーの気迫に、魔理沙は思わず眼を見開いた。

 そして、なんとなく嬉しくなってにやにやと笑いつつ、

「ああ、うん。便りにしてるよ、パチェ」

と、ぎゅっと彼女にとっての先達に抱き付く。

 突然の彼女の行動に、若干パチュリーが面倒そうにして、

「なあに、もう」

「へへ、いいじゃんかパチェ。ちょっとくらい」

「全く……もう少し、女の子らしくなさい」

そんなことを言いながらも、パチュリーはやれやれと首を振るのであった。

 

――――――

 

「――厄、ねぇ……」

人里を歩くイオはそう呟いて、はてどうしたものかと頭を悩ませる。

 

 

 あれからというもの、彼は人里へと戻って来ていた。

 

『……今はまだ、其処まで酷いことにはならないけれど……貴方にとっての厄介な出来事が降り掛かってくる可能性があるわ。こうして出会えたことだし……今、私が厄を取り払って上げるけれど?』

彼女の衝撃的な発言の後に、少ししてそう言われたイオだったが、

『あー……別に、今でなくても大丈夫なんでしょう?』

『そう、ねぇ……厄の濃さとしてはまだまだね。軽いわよ』

『だったら、後に回して置きます。ちょっと、何でも屋としての仕事があるものですから。ちょっと暇が出来たら、直ぐに会いに来ますよ』

イオはそう告げると、彼女はやや悩ましげな表情となり、

『……なるべく、早くに取り除かないと、後が本当に怖いことになるわよ?』

具体的には、死んでも可笑しくない位にまで。

『だーいじょうぶですよ。そんな酷くないんでしたら、死にませんって。必ず寄らせて貰いますから』

『――そう。なら、気をつけてね』

『ええ、失礼しますね』

そうして、彼等は別れたのであった。

 

「……ふむ……正直な所、不確定要素はなるだけ取り除いて置きたい所だけど……」

まだ、依頼の報告が済まされていない為、後回しになるだろう。

「仕方ない、か……」

イオはぽつり、と呟くと、すっと眼を霧雨道具店のある方角へと向け、一つ大きく足を踏み込み、飛び上がった。

 風に乗りそして大気を踏み固めながらリズム良く飛んでいく内に、眼下に『霧雨道具店』と墨痕鮮やかに描かれた看板が見えてくる。

 周辺に客が幾人かいるのを認め、イオはそれらの人々にぶつかることのない様にトトトン、と固めた大気を蹴り飛ばすと、シュタッと付近に降り立った。

 一息を吐き、いざ歩き出そうとすると、

「おや、何でも屋さんじゃないかえ」

と声を掛けられる。

 やや、きょろきょろと周りを見回していると、此方に手をちょいちょいと振っている老女の姿を見つけた。

 見覚えのあるその姿に、イオはやや頬を緩ませながら、

「あぁ、どうもこんにちは。――石母田の御婆さん」

「んむんむ、元気でやっとるみたいじゃのう……感心感心」

にこにこと見る者全てをほんわかとさせるような、そんな微笑みを浮かべながら、石母田と呼ばれたその老女は静かに頷く。

 彼女の名は石母田ねねと言い、この人里の長老衆の一人であった。

 現状、長老衆の中においては派閥が存在している。

――一つは、イオに対して友好的である者。

――一つは、イオに対して非友好的である者。

――そして最後の一つは……神の一柱として見ている者だ。

 ねねはそんな長老衆の中では比較的友好な者の一人であり、割と長老衆では発言力が強い人物でもあった。

 当初こそ、彼女は非友好的ではあったのであるが、イオの仕事に対する誠実さを認め、こうして親しく会話を交わすことも多くなっている。

 因みに、彼の霧雨道具店の店主たる司はこの友好的な派閥の一人だったりした。

 故に彼女がこの付近でイオと此処で出会えたのも、どうやら偶然ではなさそうである。

「……司さんと御話でもされていたのですか?」

「ふふ、する予定、といった所じゃな。お主はどうやら、依頼に纏わる要件で会うようじゃが」

「ええ、豊穣の祭りの関係で、彼の神様に」

にこにこと笑いながら訊ねてくる彼女に、イオもにっこりと笑ってそう答えた。

「ほう……確かに、もうそんな時期じゃからのう……その様子からするに、色よい返事は貰えたみたいじゃな」

「ええ、日付が確定次第、お知らせすることになりました。とはいえ、来月頃は僕自身は予定が詰まっておりまして……」

やや困ったように告げる彼に、ねねはふむふむと頷くと、

「まぁ、取り敢えず司のぼんに会って決めなさい。私はその後でも構わぬから」

「す、済みません。有難う御座います」

「いいんじゃいいんじゃ。聞く所じゃと、色々と忙しいようじゃしの。私はのんびり出来る故、お主の用事を優先しなさい」

にこにこと微笑みを浮かべつつ、ねねは寛大にもそう告げてくれる。

その言葉に、心からお礼を告げ、イオは一礼してから霧雨道具店へと向かうのであった。

 

 

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