「――決着をつけろと言われたぁ!?」
「そうだよ、もう……こういう訳だから、誰にも漏らさないようにしてあったのに。僕の所為でこういう事態になったから、内々で済ませようと思ってたんだよ?」
射命丸を始めとして、魔理沙やフランドールに問い詰められっ放しだった為に、疲れた表情でぐったりと机にうつ伏せていたイオが、やっとの思いでそう答えた。
延々と続いた質問攻めに精神が疲弊している彼に、先程の大声を上げた魔理沙が恐る恐る、
「だ、だけどよ……実際のとこ、お前はどう思ってたんだよ、そいつのこと」
「……黙秘します」
ぷい、とそっぽを向き、貝のように口を閉ざすイオ。
その様子にはぁ!?と魔理沙が驚愕し、
「おい、カルラって奴のこと詳しく話しておいて、そこには触れねえ心算か!?」
「……言いたくないやい」
べっと舌を突き出して見せ、イオが徹底抗戦の構えに入った。
「く……お前がそういうんだったら、こっちにも考えがある!パチェ、手を貸してくれ!」
「嫌よ。こっちまで巻き込まないで頂戴」
「……そこは乗ってくれよ、パチェ」
冷たく突き放され、魔理沙が情けなさそうに眉を寄せる。
魔女達の漫才の掛け合いに苦笑していたフランドールだったが、
「ん~……ねぇ、イオ兄様。『どっち』を選ぶ心算なの?」
「……っ」
――イオの故郷たるアルティメシア世界か。
――何の柵もなくあり続けていられる幻想郷か。
鋭く斬りこんできたその言葉に、イオの体が小さく震えた。
その様子を見逃さず、フランドールは静かな眼差しで以て問い詰める。
「……イオ兄様が今居たいのは、どっちの世界の方なの?」
「……」
すくっと立ち上がり、突如として歩き出したイオ。
「っ!?兄様!?」
「――答えを、狭めさせないでくれよ」
震える声を残し、イオは逃げ出した。
――答えを何ら、残さずに。
「……逃げられた」
むぅ……と口先を尖らせるフランドール。
その様子を見ても反応を示さず、先程から黙りこんだままの射命丸に、魔理沙が不審そうに眉根を顰め、
「なぁ、射命丸。さっきから黙ったまんまだけど、何考えてるんだ?」
「いえ、ね……カルラという人物に、イオがどういう思いを抱いていたのか、考えていたんですよ」
「……やっぱ、気になってたのか?」
「当たり前ですよ。新聞記者としてもそうですが……考えて見れば、イオからは向こうの人間達のことを詳しく教えて貰っていましたけれど、思い出のことは何ら聞かされていないんです。どんな世界だったか、どんな家族構成だったか、どんな交友関係だったかを教えて貰ってはいても……思い出は何一つ、出てこなかった」
――ラルロスさんから訊いた以外の思い出は。
「……もう戻れないと思ってたからじゃないのか?」
「多分、それもあるんでしょう。――でも、まだ、未練が残っていたとしたら」
(……イオが、揺るがされたら)
強張った表情になる射命丸に、フランドールが不安そうに見つめていたのだった。
――――――
「……はぁ……」
物憂げな溜息が一つ、その主の感情とは裏腹な晴天に響く。
表情を溜息と同じように物憂げにさせたイオは、逃げ出した紅魔館の近くにある、霧の湖にまでやってきていた。
河童達の、かんかん、というリズム良く叩いている金属音を耳にしながらも、ぼんやりと湖面を見つめている。
(……僕は、どうすれば……)
数々の異変を経て、強固に保っていた筈の『この世界で生きる』という思いが揺らぎ始めているのを、イオは痛感していた。
これも、カルラがこの世界に来ることが決まった時からである。
これほどまでに、己が決意は揺るぎ易かっただろうか……イオはそう、丘の上から尚も湖面を眺めつつそう思っていた。
(何を、言われるんだろ……ちょっと、予想が付かないや)
向こうで旅からクラム国に帰り……旅の報告をする度に楽しそうに笑ってくれていた彼女。
お土産を渡す度、嬉しそうな笑顔を浮かべてお礼を告げた、彼女。
思い出の中にある彼女は、イオが話す内容を聞く度に驚きやわくわくとした表情など、ころころと変わっていたことも鮮明に思い出せた。
(……多分、僕は)
――彼女が、初めての恋だった。
ずきり、とイオの胸中に痛みが走る。
思わず眉を顰め――直ぐに、深い溜息をついた。
(今更過ぎる……僕は、こっちの世界で自分を見出せたのに)
記憶ばかりを追い求め、何の因果かこの世界に来たけれど……もう帰れないのだと諦め、この世界に埋没する心算だった筈なのだ。
それが、ラルロスが現れ、いよいよもってカルラや義父までもがこの世界に来れてしまう事態になった以上――決意が揺らぎ始めていた。
(弱いなぁ……ホント。こっちの世界で、失くしたくない絆も出来たのに)
何ともはや、女々しい男だ。
イオはそう、静かに自嘲するのであった。
――――――
――クラム国。
「……来て貰って、感謝する」
「いえ、自分の愚息の事なので」
ルーベンス家応接室で向かい合う2人の男。
――言うに及ばず、ラルロスとクリスの二人であった。
設えが良い貴族服を着たラルロスが、二日三日経った内に出会ったこの男の前で、幾分か緊張したように表情を強張らせている。
対するクリスも、静かな面持ちながら、気迫が滲み出ていた。
「結論から言おう……許可が下りた」
告げられたその言葉を聞き、クリスはまず安堵の溜息を洩らす。
「――カルラも、連れて来ていいそうだぞ」
そして、続けざまのその言葉に、クリスが眼を僅かに見開いて驚愕した。
その様子に、ラルロスが静かに息を吐いてから、
「そろそろ決着をつけろと、厳しく言われたぜ。――未練を断ち切るか、この世界に戻るのか」
「……なる、ほど」
静かに、だが、若干動揺したようにも感じられるクリスの口調に、ラルロスは頷くと、
「貴族としてではなく、俺個人としての言葉になるがな……アイツは、誰にも脅かされることのない生活を手にすることが出来たんだ。カルラもそうだが、もうアイツを縛り付ける様なことは止めた方がいいと思うぜ?」
あれだけ、のんびりと過ごせている姿見たら、な。
かちゃ、と殆どしないくらいの音を響かせ、ラルロスは持っていたティーカップを置く。
「増してや、アイツが心寄せる奴も漸く現れかけている頃合いなんだ。下手に藪突いてそれが無残に終わるなんざしたくない」
「……言われずとも、そのことは重々承知」
重々しい口調で、クリスがそう返した。
「真に、愚息がこの世界に帰ってくることを望んでいたのならば、疾うにラルロス殿が連れて帰られている筈だからな」
「まぁな。――見捨てられねえ奴も、傍にいたい奴さえも現れて、アイツはあの世界から離れたいと思えなくなっている。そもそも、こっちの世界が余りにも貴族やら何やらで黒い事情が散乱しているからな。面倒を好まないアイツが戻ることはもう……諦めた方がいいだろう」
その事は、重々カルラにも言ってやっておいてくれ。
そこまで告げた所で、ラルロスがぽんと膝を叩き、
「さて、俺も親父さん達に同行せにゃならんからな。準備もあることだし……今日はこれでお引き取り願えるだろうか?」
とやんわりとした口調で、そう告げる。
その言葉に頷き、クリスがすっと音もなく立ち上がった。
深々とした一礼をしてから、
「……この度の件、お礼を申し上げる」
「よしてくれ。イオの親父さんに頭下げさせちゃ、親友として廃っちまうぜ。――それよりも、カルラがなるだけ暴走せずに済むよう、手伝って貰えると助かるな」
「是非もない。もう、どうしようもないと思っておられたのだ……喜びこそされても、大人しくされるだろう。何よりも、イオの事を思っておられるのなら」
「だと、いいがな」
若干苦々しいとも笑っているとも取れるような曖昧な表情を浮かべ、ラルロスは静かにそう呟くのであった。
――――――
「――ゆる、された?」
茫然とした声が、エルトラム家の居間に響く。
眼を丸く見開き、青ざめていた筈のその頬は興奮からか赤みを帯びていた。
「ええ……決着をつけるように、という伝言付きで」
「あぁ……母なるアルティメシア様に心より感謝を捧げます……」
心底から嬉しそうに微笑むその女性――カルラの様子に、目の前で告げた男――クリスは静かに苦笑して、
「くれぐれもお分かりでしょうが……余り、無茶はされませんように。前にも申し上げましたが、向うの人々は実に閉鎖的な方だと伺いました。下手すれば、会った時点で無理やり戻されてしまっても文句が言えないという事です」
「そう……逆に言えば、それほどイオは大事にされている……という事なのですね」
「恐らくは。自分としては愚息が丁重に扱われているようで安心しました。――カルラ様はどう感じられたので?」
「随分と直球ですね」
己が想い人の養父たる彼に問われ、カルラは漸く余裕が戻って来たのか、くすくすと笑い始めた。
「――あの人が真に認められる世界に導かれて嬉しいです。ずっと、イオは私たち貴族の都合で振り回してばかりでしたから。本当でしたら、私とイオは会うことも話すことすらも無かった、身分なのに」
どうした訳か出会って、私が恋をして……。
カルラはフッと、寂しげな笑みを浮かべる。
「卒業したら、そのまま別れる事になるだろうと思っていたのに。私の言葉で再び会うようになって。……嬉しかったんです」
――罪悪感を、感じながらも。
「……」
ソファに軽く腰かけた状態のクリスは、穏やかな眼差しで沈黙を保ち続けた。
独白に近い、彼女の言葉を邪魔したくなかったからである。
そんな彼の気遣いを知りつつも、カルラは言葉を紡いだ。
「大好きな人と、言葉を交わして。大好きな人が持って来てくれたお土産に喜んで。――語られる英雄譚に、胸がドキドキして」
イオが依頼を遂行してから幾日か経って訪れてくれた事に、喜んで。
「私の我儘を聞いてくれて、危険な依頼を受けても、日常的な依頼を受けても、笑顔で楽しそうに語ってくれる彼が、凄く愛おしかった」
ギュッ、と胸の前で両手を合わせて握り込みながら、カルラは恋する少女の、上気した笑顔を見せる。
「学院に通っていた頃も、今のこの状況でも、私は、誰よりもイオを愛していると言い切れます」
――だから、誰にも譲れない。
「イオが誰を好きになっていようと。イオが、誰から好かれていようと。私はイオの心が向いてくれる事を望んでいるんです。だから、大人しくはしますが――全力で、奪いに行きます」
そこにいたのは、恋するだけの少女ではなかった。
優雅に、だが、欲しい物を手に入れる為に全力を尽くす貴族らしい貴族の少女。
決意を固め、メラメラと闘志を燃やす彼女の様子に、クリスはやれやれと内心嘆息しつつも、
(……イオ、本当に覚悟しとかねえと、引きずり戻されちまうぞ)
と、向うの世界にいる愚息に向かって内心で呟くのであった。
――――――
「――はぁ。色々と焦ったわ~もう」
クリスが家に帰り、留守番を任されていた娘――マリアに事の次第を告げると、彼女から返ってきた反応はそんな物だった。
ジトリ、と半眼で父親を見やったマリアが、
「……で、父さんとカルラがラルロスの付添で行ける事になった訳ね?」
「ああ。腑抜けているようなら、ちいとばかし特訓付けてやらんとも思ったしな。建前は以前言った通りだが、本音としちゃこんなもんだ」
「止めなさい、絶対それ悪影響を周りに齎すでしょ」
至極あっさり、と何でもないように告げる父親に、ますます娘がじっとりと湿った眼付きでそう突っ込む。
「聞く限り、どうにも狭い世界のようだし。イオと父さんが戦ったら色々な意味で不味いでしょうが」
「ま、そうだろうな」
「……分かってるんなら尚更ダメじゃないの」
がっくし、と肩を落としながら、マリアが弱々しく突っ込みを入れた。
そんな彼女の様子に、今まで真顔だったクリスがフッと表情を和らげ、
「――冗談だ。実の所、イオが懸想を抱いている娘に興味が湧いてな。まぁ、人となりを見抜くのが上手い奴だから、それほど心配はしていない。とはいえ、ちぃとばかし、気になったのは確かだ」
「あー……それもそうね」
何処か納得したような雰囲気になったマリア。
そんな彼女に、クリスはやや天井を仰ぐようにして思いを馳せた。
――初めて息子と出会った、あの時を。
『――……コフッ……』
『っ!?おい、大丈夫か、坊主!!くそ、誰か早く神官様を呼んで来てくれ――!!』
血塗れで、仰向けになって倒れ果てていた、彼。
偶々、クリスが、近くで用事を果たしていなければ、偶々、治療を受け負う神官の詰め所が近くになかったならば、到底助からないだろうとまで言われていたのだ。
「――考えてみれば、イオがこの家にやってきてから、もう十二年も経つのか」
「……そう、もうそんなに経ってたんだ」
クリスがぽつり、と呟いたその言葉に反応し、マリアがしみじみとした様子でそう相槌を返した。
「初めて会った時、吃驚したわよ。だって、帰ってきたと思ったらいきなり父さんが血塗れになってて、其の上、血塗れになった誰かを担ぎあげて帰ってきたんだから」
「……あれは、済まんかった。どうしても、引き取らないといけなかったもんでな」
若干ジト眼になった娘の言葉に苦笑しつつも、クリスは後悔はしていないと呟く。
それにマリアは頷き、
「別に、其の事に関しては文句を言うどころか、自慢に思えるわよ。――でも、ちょっと、気になったのよね」
当初、彼がカリスト家にやってきた時、着用していた服があった。
金糸と銀糸、そして蒼と朱を用いて彩られた、一目に高位身分の者が着用すると判別できるその服。
当時、色々と大変な状況ではあったが、特徴的な彼の容姿と相まって、その事だけは妙に頭の片隅に残っていた。
「ねぇ、父さん……イオが最初、着てた服って……」
「……どうだかな。考えなかった訳でもないが、確信に至るまでにはならなかっただろう。あやつの前では言い難かったしな」
お前も、そうだろう?
確信を抱いていると分かるその問いに、マリアは物憂げに俯き、
「……カルラの事も、チェルシーの事も全部見ずに一直線に調べる事しかしてなかったし、そんな時にその事を知ったら益々暴走するって分かってたから。」
言えるはずも、無かったわ。
「……」
告げられたその言葉に、クリスは瞑目して沈黙する。
そんな彼に構わず、マリアは俯いたまま、
「……正直、もう見ていられなかった。身を削って、命まで削ってもいるように見えたんだもの」
――だから、あの時私はイオを止めたわ。
「そうだったな……」
「ま、言った事を無しにする心算はないけど、それでも、もう少し考えて上げれば良かったのかもしれない。――でも、止めなきゃ……もっと大変な事に首を突っ込むだろうから」
結局、イオは向こうの世界に行っちゃったけどね。
俯いていた顔を上げ、マリアが寂しげに笑った。
「……付いて行きたいか?向うの世界に」
「……出来るの?」
「可能性は、ある。ラルロス殿が向うの世界の管理者に言われたのは、『決着を付けろ』だった。ならば、様々な柵、そして諍いに関する事の決着も望んでいるはずだ。だが、確実に言えるのは、そうして柵を抜き取るということは、イオを此方に返す心算は無いとも取れる。いや、もしかすると、イオの判断に任せているのかもしれん」
どうなるかは……大地母神のみぞ、知るだろうな。
再び、考えるような素振りをしつつ、クリスがそう告げる。
「……そうね。会いに行こうかしら。イオが大事にしてる娘ってのもちょっと気になるしね。大体、今まで朴念仁その物だったアイツが、どんな子を侍らしてるのか……興味が出てきたわ」
「そうか……ふむ、ならば、ラルロス殿にも告げて置かなければならないな。店長の休暇の為に、店を休業することもギルドに伝えて置かなければ」
そう告げたクリスに、マリアは若干呆れたように首を竦め、
「……ねぇ、もう少し休むための文句になるようなのないの?」
「これが一番後腐れのない言い方だ。考えてもみろ、元冒険者だった俺が動き出すというだけでも、十分にギルドや貴族達には警戒すべき事なんだ。それが元とはいえ、SSランクだった人間に対する物としては当然だ。だからこそ、事情を知る者には可笑しく思えても、建前としては必要なことなんだぞ」
「……面倒なのねぇ。というか、下手したら他国の貴族のような扱われ方じゃない」
「武力としては最高峰の一角だからな。当然、引退したと言っても武力はまだ衰えていない可能性があると思われてるのさ。ま、間違ってはいない」
さて、色々と準備していくぞ。
そう言って、カリスト家は動き出したのだった。
――――――
「――イオの家族と友達がやってくる?」
「うん……ごめんね、連絡が遅れて」
「ううん……大丈夫、だけど……イオは?」
帰って来たイオと共に夕食を取っていたルーミアが、彼の何時にない沈んだ様子に心配そうに顔を覗き込んできた。
その言葉に、イオは疲労が見えるその表情のまま首を振り、
「ん、大丈夫……とまでは行かないけれど、少なくとも死ぬような事にはならないから大丈夫だよ」
「……それなら、いいけど。見てると、何だかイオが悩んでいるように見えたから」
彼の雰囲気に引きずられたのか、ルーミアまでもが表情を曇らせる。
その様子に、イオは漸く表情を安心させるかのように笑顔に変え、
「御免ね、心配かけちゃって。でも、僕自身の内面の事だから。これは、自分で解決しなきゃいけないんだ」
「……そう」
決意を秘めた、彼の瞳に何も言えず、ルーミアはそう返すしかなかった。
そして、首を振ると、
「イオの家族って、人達なの?ちょっと興味が出てきたなー!」
と、空元気を装うかのように、満面の笑顔で尋ねる。
そんな彼女の様子に心を安らげ、イオは漸く本物の笑顔に変えながら、
「うん、じゃあそうだね……僕の父さんから紹介していこうかな」
と、懐かしげに遠い日を思い出すようにして語り始めた。
――――――
――僕、実は拾われっ子だったりするんだよね。
え?初耳?……はは、そういや全然思い出話とかしてなかったや。御免ね、ルーミア。
それでね、拾ってくれた人が今の僕の養父さんでさ、名前をクリス=カリストって言うんだ。
……いやあもう、本当にとんでもない人だったよ。
かなりストイックな性格をしてる所為か、養父さんとの特訓は地獄だったね。御蔭で、こうして剣を極めつつあるからやっててよかったなぁと言えるんだけどさ。
――当時は、本当に死ぬかと思ったんだよ。
で、もう一人。こっちは養父さんの長子で娘のマリアって子がいるんだ。
僕と違って養父さんと血のつながった家族でね、僕が拾われた当初もかなりお世話になったよ。
――そして、誰よりも心が優しい人だった。
ん?もう死んでるの?って……いやいや、勝手に殺さないで上げて?まだ生きてるから。というか、僕と同い年だから。
基本的に男勝りな性格してるけど、ホントは優しいんだよ。
――その優しさに気付いてても、僕は、自分を探しに行っちゃったんだけどね。
喧嘩、したんだよ……僕が十八になって、本格的に冒険者として身を立てて行こうとした時に。
『自分を探しに行かなくたって、此処に居られるじゃないの』なんて言われてさ、頭が真っ白になったんだ。僕が、記憶を失くしてどうしようもなく焦燥に駆られてること、知ってた筈なのに何でそんなことを言うんだって、それで大ゲンカになっちゃってね。そのまま、僕は家を飛び出して帰ることはなかった。
まぁ、ラルロスの家とかは近況を報告するために寄っていったんだけど、ね。
……正直、こうしてこの世界に来てからもまだマリアに対して蟠りがあったよ。でも、ずっと過ごしていく内に、後悔し始めたんだ。
『もっと、考えるべきことはあったんじゃないか』って。
――馬鹿だよね、ホント。
あの閻魔様に言われて、漸く自分が余りにも周りを見ることなく動き続けてたって事に気づいてさ、そっからはもう後悔しまくったよ。
でも、会うことが出来ないなら……謝ることさえも出来る筈もなくてさ。
もう、諦めてた。
……複雑かって?そりゃあね。
眼を背けてた人たちに会うなんて、気まずいを通り越して逃げたくなる位だよ。
ましてや、僕に想いを寄せてくれてる人まで来ると知っちゃ、ね。
――ホント、どうしたらいいんだろうね……。
――――――
ぽつり、と告げたその言葉を最後に、イオは複雑な表情のまま黙り込んでしまった。
そんな彼の顔を覗き込みながら、ルーミアは共に縁側で月に照らされつつも思う。
(……イオは、『どっち』の世界を望んでるんだろ)
イオに拾われて、暖かなご飯を食べられるようになって。
――暖かな、彼の心に触れて。
ルーミアは、淡い想いを彼に抱くようになった。
しかし、彼は見た目もあってか、妹のように、大切な家族のように接するのみ。
彼の、そんな態度にやきもきした事もあったけれど。
――それでも、ルーミアは彼が大好きだった。
束縛せず、ただ、傍に。
(……私は、イオを引き留められる自信はない。でも、出来うるなら……)
――彼と共に、生きたい。
その想いは、譲れない。
決意を込め、ルーミアは頭上に輝く月へと眼を向けた。
……どうしようもなく憎たらしいほどに輝く、それでも柔らかな光を放つ銀色の月を。