東方剣神録   作:上田幻

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かなり経ってしまいましたが、新年明けましておめでとうございます。
今年度もこの物語を楽しんでいただけるよう、誠心誠意励まさせていただく所存にございます。
……取り敢えず、卒業論文は提出して受理されました。
後は口述試問……今から胃が痛い(泣)


第六十六章「ついに現れたるは貴族の令嬢」

 

――そして、とうとう、其の日はやってきた。

 イオにとっては憎たらしく感じられる程に、障子の窓から除く空は蒼く、雲一つない快晴。

(……とうとう、来ちゃったか)

苦々しく思うも、どうしようもない時間の経過に、目覚めたばかりのイオは苦笑した。

(結局、どちらの世界を選ぶのか……決められなかったな)

己が過去がある筈の、アルティメシア世界。

己が捨てたくないと思える者達が出来た、幻想郷。

 どちらも、『イオ=カリスト』という人間を構成するものであり……捨てる事など、出来る筈もない。

 

――だが、決断の時は迫って来ていた。

 

「――イオ~?起きてるー?」

とことこ、と木造の廊下に響く足音と共に、どうやら珍しく早起きしたであろうルーミアの声が響く。

 本当に珍しいな、と眼を見張りつつも、イオは一拍置いて、

「起きてるよ。直ぐ着替えて行くから待ってて」

「分かったー。じゃ、居間で待ってるねー」

「はいはい」

薄らと、入口の障子に映った影が消えていくのを見送りながら、イオは若干沈んだ表情となるも直ぐに立ち上がり、パン!と気合を入れるように、両頬を叩いた。

「……行こう。まごまごしてても、時間は過ぎていく。どうしようもないけど、それが現実だ」

自身を奮い立たせるかのように呟き、イオは歩みだす。

 

――――――

 

「――おう、お早うさん」

「……ラルロス様……」

――エルトラム王侯家。

 準備を整えてやってきたその青年に、この家の長女たるカルラは複雑そうな表情になった。

 彼の傍には、クリスそして、なんとマリアさえもいる。

「……どうして、マリアが?」

「色々と言ってやりたいことがあんだと。ま、俺としてもこのまま家族同士がケンカ別れになるのを見るのは忍びなかったんでな。向うの管理者に許可は貰ってる」

もっと早くに言いなさいと突っ込まれたがな。

あっはっは、と軽やかに笑うラルロスに、はぁ……とマリアもカルラも溜息をついた。

「(……相変わらず、魔法とイオ以外の他のことに関しては無頓着なのね)」

「(今更ですわ。全く、色々と言いたい事もありましたのに……気が削がれました)」

「かなり失礼なことを言われているようだから言っておくが。大体、お前らが無理を言うのがおかしいんだからな?」

眼の前でこそこそと話し合う二人の少女に、ちょっと待てやとラルロスがジト眼でそう突っ込む。

「ったくよー……正直、お前さんら二人をあっちの奴らに会わせるのがかなり怖いんだよ。言っておくが、実力は途轍もなく差があるからな?見た目がどんなに子供だとしても、だ」

「……エルフやフェアリーの方々と同じようなもの……そう捉えればいいのでしょうか?」

思いもかけないその言葉に、しかしカルラは驚きつつも冷静にそう尋ねた。

 その言葉にラルロスは頷き、

「ああ……魔力があるなし関わらず、な。膂力だけでも、親父さんと同じ位の物があると思え。あっちの世界じゃ、まず最強の種族だろうよ」

「……ふむ、武器を持っていくのはいいのか?」

背中に背負い込んだ、2Mもの巨大な剣を指して尋ねてきたクリスに、

「むしろ、持っていかなければ勝負を吹っ掛けられた時に困るんだよ。あいつら、戦うのが恐ろしいくらいに大好きだからな。ましてや、古代において人間たちと戦う事を至上としてきた奴らだ、万が一戦えるとしたら親父さんか、イオかのどちらしかいないんだよ」

「ほう……」

興味深そうな笑みを湛えたクリスに、ラルロスもあ、やべっと言いたげな表情に変わる。

(……そういや、何だかんだで親父さんも戦闘狂だった)

「……父さんに火が着いちゃったじゃない。どうしてくれんのよ」

「いや、マジで済まん。だが、正直なとこ、どっちもどっちな実力だからな……」

暴虐が吹き荒れるあの巨大な剣の猛威は、イオと特訓している様子を見るからに本当に命の危険を感じさせる程だった。

 あの小さな鬼の少女が見たならば、確実に狙うであろう程の実力。

 カルラもカルラで、割と非常識な実力も持っているのだ。

「……カルラ。頼むから、向こうで絶対に挑発なんかすんじゃねえぞ?基本、人間を見下してる奴らが多いからよ、もし、手を出せば……」

「あら、穏やかでは御座いませんね。私の、『全精霊と契約』した程度ではダメなのですか?」

「それを散らされたら、まず敵わねえだろうが。イオや俺みたく体を鍛えているわけじゃねえんだ、絶対に大人しくして貰うぞ」

「……いいでしょう。『賢人』たる貴方が其処まで言う事態ならば、大人しくする事を約束しておきますわ」

 

――ですが、イオの事は別問題ですわよ?

 

「……それは向こうの管理者も交えて話さねえといけねえ論題だ」

俺に言われてもしょうがねえぞ。

苦々しくも、だが、はっきりとラルロスは口にした。

 そのまま、カルラが理由を問い詰めようとした所でマリアが彼女の袖を引っ張って止める。

 そして、ラルロスに向き直ると、

「……時間、大丈夫なの?」

「……あー……済まん。ちっとばかり頭に血が上ってた。質問……はもうねえな?じゃ、俺の家に行くぞ」

「??何で?」

マリアの不思議そうな問いに、ラルロスは歩み出していた足を止める事無く振り返り、

 

「――そこに、俺の通行手段があるからな」

 

と告げるのであった。

 

――――――

 

 ざく、ざく、と落ち葉や土の踏み締める音が響く。

「……朝早くから永遠亭に行きたいなんて、何かあったのかい?」

案内人である藤原妹紅が、後ろを歩いている青年に向かってそう尋ねた。

「ええ、まあ。親友がまた来てくれるようなので、早々に会っておきたかっただけですよ」

「また?やれやれ、あのぶっきらぼうな奴もまめなもんだね。もしや、あの薬師に惚れ込んだのかい?」

「……それ、ラルロスには言わないでやって下さいね?多分、同じ天才同士で訊きたい事も沢山あるんでしょうし」

本来の目的を隠し、イオは苦笑しつつもそう妹紅に突っ込む。

「へいへい、たく、あんにゃろうと戦う機会も減らされちまったし、どうしてくれんだよ?」

ん?と凄んで見せる彼女だったが、イオは若干黒い笑顔になると、

「へぇ?だったら慧音先生に向かっても同じ事言えますか?」

「ぐっ……べ、別に慧音は関係ないだろうよ!?」

「いいえ、十分に関係あるでしょうが」

本格的にジト眼になったイオが、じろり、と妹紅をねめつけた。

「大体、友人を心配させるなんてこと、してたらいけませんよ」

「ぐぐ……」

言い返したいが何も言い返せない彼女の様子に、イオはふぅ……と溜息を吐くと、

「……まぁ、僕も言えることですけれどね」

「ん?なんか言ったか?」

「いえ、独り言ですから、御心配なく」

さらり、とそう返し、イオはのんびりと竹林から覗く青空を見上げる。

(……やれやれ。ラルロスは大丈夫なのかな)

今回も含めて、親友に苦労ばかりを掛けている、そう自覚して苦笑を浮かべた。

……そして、永遠亭の門扉が眼の前にまで迫ったその時である。

 

――突然、永遠亭の方から途轍もない魔力の昂りを感じ取った。

 

(っ!!?)

「……おやおや。随分とまぁ、元気がいいねえ」

傍らを歩く妹紅がそう呟く。

 びりびり、と濃厚な魔力の波動を感じ取っていると思しき彼女に、しかし、イオは普段はおっとりとしているその表情を珍しく強張らせ、黙り込んだままであった。

 じっとりと冷や汗を流しているのが見えた妹紅が、その様子に不審を抱き、

「?おい、どうし――「おう、来たのかイオ。おはようさん」……ラルロス、か。行き来する期間が短すぎないかい、ええ?」

すっ、と足元を彩る竹林の落ち葉を踏み締めながら現れたイオの親友の姿に、妹紅が言葉を中断してラルロスへと向き直る。

 からかいが多分に含まれたその彼女の笑みに、言葉をかけられた当人は苦笑して、

「ま、色々あるんだよこっちは。それで察してくれや」

「色々、ねぇ……ふぅん」

ざくり、と土を踏み締めた妹紅がぽつりと呟いた。

「何やら、面倒事の匂いが漂ってくるんだけど?」

「それで合ってるぜ。これ以上は話せねえが、な」

「はいはい。分かったよ……御邪魔虫は退散するさ。慧音の所にでも行って、のんびりしてるよ」

言いにくそうにしているラルロスに、妹紅は振り返って片手を挙げながら立ち去って行く。

「……来たんだ」

「おう、マリアもいるぜ」

「っ……はぁ、もう。どっちの世界を選ぶのか悩んでるときに……!!」

苛立たしげに頭皮を搔き毟り、イオがやるせない様子でぎしり、と奥歯を噛み締めた。

 一歩間違えれば殺気と見誤りそうなその怒気に、しかしラルロスは平然と頷くと、

「だからだよ……お前、マリアとの事後悔してたんだろ?この際だ、どっち選ぶにしろ後腐れのない方がいいと思わねえか?」

「あのねぇ……動く身にもなってよ。第一、かなり気不味いんだよこっちは!?」

「そりゃ、俺に言う文句じゃねえなぁ。本人に言ってやれや」

ほれ、こっち付いて来いよ。

 飄々とかつ泰然とした態度のまま、ラルロスがくるり、と後ろへと振り返って先導し始める。

 そんな彼にイオが慌てて、

「ちょっ……もう……後で覚悟して貰うからね!!」

と叫ぶと、ザザッと足取りも荒く彼の後を追っていくのであった。

 

――――――

 

――同時刻。

 嘗てあった、紅魔館の吸血姫との戦いを想起させるような魔力の迸りに、博麗神社、妖怪の山を始め……全幻想郷地域に住むそれぞれの人妖達がそれぞれに反応した。

「……あら、もう来たの」

「面倒な……こっちは修行してるのに」

「いいじゃない。これで白黒はっきりと付けられるのだから」

あの、ちみっこ閻魔じゃ、ないけれどね……。

 博麗神社ではカミオロシの修行に明け暮れる巫女と、それを監督する大妖怪たる賢者が言葉を交わし。

「……ふぅ。今度は何をやらかしたのかしらね……どう思う、魔理沙?」

「あー……まぁ、うん。多分だがあいつの知り合いがこの世界にやってきたんだろ。気にするほどじゃねえよ」

「へぇ……あの吸血鬼と戦ってた時と同じ位、魔力が胎動しているのに?」

「色々と後回しにしてたツケを払うときが来たんだろうさ。それより、アリス――今度はこういう構成の魔法薬にしたんだけどよ」

魔法の森の魔法使いたちは、感知こそすれ傍観の立ち位置へ。

「……」

「……気になるの?」

「うん……イオ兄様がどっちを選ぶのか、そればかり気になっちゃってね……ねぇ、パチェ?」

「――大丈夫よ。どちらにせよ、あの子はしっかり報告しにくるでしょうし……レミィ、だからイオの事は一旦放っておいた方がいいわ」

「ふふ……我が大親友がそう言うんだ。フラン、気になるだろうけれどあやつの宿題でもやっていたらどうだ?気が紛れるだろう」

「えぇ……分かりました、お姉さま」

麗しき吸血姫2人と魔女は同じく傍観に。

「――竹林に行ってくるわ」

「ちょっ!?文様、暴走しないようにとあれ程天魔様や大天狗様から言われておられたのに!!」

「あー……まぁ、うん。恋敵が出来たらそうもなるでしょうよ。兎も角、私たちも追いかけましょう……勢い余って、激突でもされたら大目玉食らっちゃうし」

「はぁ……後の報告が……」

自由を愛する鴉天狗の少女と、その友人であるところの少女達は一直線に竹林へと駆け抜け。

「……おい、どうするよ二人とも。お嬢があっという間に行っちまったぞ」

「どうするもこうするも……あれは流石に仕方なき事だろう。まぁ、流石にそのままにする心算はないがな」

「せやせや。お嬢がイオに襲い掛からんよう、止めたらなあかんし。――正直、わいも気になっとったんや。イオを慕っとるちゅう、人間の女子に」

「……お前は……それが一番の本音だろうが」

「へっへっへ、まま、そんな怒らんといて。橘高も木葉も正直気になっとるやろ?」

「…………ま、まぁな」

「木葉、お前もか……全く。どちらにしろ、追うぞ」

「おうっ!」

「はいよっ!」

イオの友となりしアルビノ烏天狗と黒翼の鴉天狗の三人組は、抑えんが為に動きだす。

 少なくない関わりのある人妖が、元凶が集いたる永遠亭へと集まっていった。

 

――そこに待ち受けるのは、異変か、それとも……。

 

「……イオ、様?」

「……話には聞いてた、けど……」

「……ふぅ。――久しぶり、マリア。カルラ様も……ご健勝そうで、本当に良かった。父さんは……相変わらずみたいだね」

「フッ……お前こそ、元気そうだな……随分と様変わりはしてるようだが。それに……腕も、上げたか」

「上げざるを得ないよ、この世界じゃ、ね……兎も角、ようこそ――『神も妖もいる幻想郷』へ」

 

それは、運命に従うのみ。

 

――――――

 

――時はやや過ぎて、太陽が上に差し掛かる頃。

 取り敢えず、魔法陣の上で話を交わすのも何だということで、一行は一旦永遠亭の応接室へと案内されていた。

 この世界の特徴的な内装である、障子や襖、そして段違いの棚に小さな物入れなどを興味深そうに眺め回している異世界組に、イオはふぅ……と、長卓の上に置かれた抹茶を飲んで寛いでいる。

 と、静かにその唇が開かれた。

「……当初、ラルロスから聞かされた時は本当に吃驚したよ。まさか、父さんだけでなくマリアもカルラ様もいらっしゃられるとは思わなかったから」

苦笑を浮かべながら告げられたその言葉に、マリアもカルラもやや気まずげに視線を逸らす。

 その様子にクスッと笑ったイオが首を振って、

「いえ、別に責めているわけではないです。――僕が、色々と抱え込んでいるのが悪いんですよ」

「……ッ」

告げられた言葉に思う事があったのか、カルラが何かを堪えるかのような表情となった。

「それにしても、本当にこうして出会えて……結構嬉しかった。マリア……あの時はごめんね」

「っ……そうよ、本当……イオともう会えないだろうって思ってたんだから……!」

「うん、あれから色々な出来事があったよ。その御蔭で、僕は漸く自分の行いを振り返るようになってね……よくよく考えれば、僕が如何に馬鹿だったのかが分かってきて、さ」

今更ながらに、後悔してたんだ。

運ばれた湯呑を燻らせながら、イオはそっと視線を下に落して告げる。

「自分の幸せを……考えるようにしなさいって言われたんだよね。大切な記憶だったとしても、過去は過去でしかないって叱り飛ばされたよ。それでやっと、本当にやっと、自分が余りにも執着し過ぎてたってことを気付かされてね。今はかなり落ち着いてるんだ」

にっこり、と殊更に微笑んだ彼の表情には、マリア、そしてカルラが嘗て見たそれとは大きく異なり、旅立つ前に見た焦燥感が消えている事に気づいて、どちらともなくほっと一息をついた。

「……良かったわ。この世界で、幸せを……見つけられたのね?」

「ん~……まだ、それに関しては見つかってない、かな。というか、記憶探しに夢中になってたから、今更自分の幸せって言われても何だかよく分からないんだよね」

苦笑を浮かべて見せるイオ。

 その彼の言葉に、クリスはくっくっくっと喉の奥で笑声を漏らし、

「俺なら、こうして娘や息子が出来たことだがな」

誰かを好きになって、誰かと結ばれること。

言葉にすれば簡単であろう事柄ではあるが、如何せん、若いうちにそれを見出せる者は意外なほどに少ない。

 若い時は多くの夢に突き進み、年を経れば穏やかにそう暮らすことを望む者が冒険者に多いからだ。

 だが、クリスは他の冒険者のように引退こそ選んだが、その引退は到底緩やかなそれとは異なっていた。

 まぁ、それは此処においては関係のない話であるため省くこととなるが、恐らく物語として記されていたならば、吟遊詩人は元より市井の人々の口端に噂として上っていたかもしれない。

 そうしてなんやかんやあった後に、マリアの母たるユリアという女性と結ばれ娘が生まれたのだ。

「……いや、あのさ……父さん。僕、まだそんな心境じゃないよ?只でさえ、近々ちょっとした護衛任務が待ち構えてるのにさ」

「ちょっと待ちなさい」

聞き逃せないその言葉に、マリアが待ったと眼が笑っていない笑顔で突っ込んだ。

「ねぇ、イオ……アンタ、今この世界でどんな仕事に就いてるわけ?」

「え?ラルロス教えてなかったの?今は、何でも屋をやって日銭とか食べ物手に入れてるんだ」

あっけらかんとしてそう答えるイオ。

 ぐりん、と首を動かし、応接室の壁に寄り掛かっているラルロスを見やると、

「…………ねぇ、聞いてないんだけど」

「待て、そんな怖い眼で言われてもこっちが困る。というか、別に大したことじゃねえ――「大したことだから言ってんのよ」お、おう……す、済まん」

眼がハイライトになっているマリアに、ラルロスも気迫に飲まれてどもった。

「全く……呆れた。イオだったら別に農業とかやってても苦じゃない筈でしょう?なんで、そう……命にかかわりそうな仕事ばかり選ぶのかしら」

「あー……うん、言われてみればそうなんだけど……でもね、僕、こっちの世界で発現した異能があってさ。その関係もあって、あんまり植物が関わりそうなのには手を出さないようにしてるんだよね」

なんせ、こわーいお姉さんがいるからさ。

あはは、と頭を掻き掻きしながら、イオが笑って見せる。

 だが、何処となく空笑いであると悟られたようで、ますますマリアが呆れかえったとばかりに首を振っていた。

「何よそれ……馬鹿すぎるでしょうに」

大体、料理の腕前だって悪くないんだから、そっちも狙える筈でしょ。

「……黙秘します」

「……(ピキッ)」

とうとう口ではかなわないと思ってか、ぷいっとそっぽを向く家族の様に、マリアがとうとう青筋を立てる。

 

――そのときだった。

 

「――やーやー、これは皆さん方お揃いで!おおぅ、見た所初見の方もいらっしゃるようですねぇ!」

もう一つの台風の目が、永遠亭の応接室に現れたのであった。

 

――――――

 

「……」

その声を耳にし、姿を視界に収めたイオが頭を抱える。

 よくよく見れば、その項や腕にびっしりと冷や汗をかいているのが見て取れた。

 彼の様子が気になり、カルラが心配そうに声をかけようとしたその途端。

「あやや、まずは貴女からお名前等教えて貰いましょうか!」

「……名乗るのでしたら、そちらからでしょう?私、貴女の事何にも知らないのですが」

「おや、これは大変失礼いたしました!私、こういう者でして!」

嘗てイオとの取材の時でも渡された、薄らと光を放って見える名刺と思しきカードを渡される。

「……文々。新聞記者、射命丸文……?」

「はいです!この永遠亭からとんでもなく濃い魔力の波動が漏れ出たものですからねぇ!気になってやってきたんですよ!」

にこにこ、と毒気を抜かれるかのような眩しい笑顔に、カルラもたじたじとなった。

 だが、直ぐに我に返り、こほんと咳払いすると、

「カルラ=エルトラム・フォン・クラムと申しますわ。イオとは……」

此処でちらり、とイオの方を見やると直ぐににっこり、と射命丸に向かって笑いかけ、

 

「――家族ともども仲良くさせて頂いておりますの」

 

ギシリ。

何の気もなしに放たれたその爆弾。

 その言葉に、応接室の空気が確実に固まった。

「おやおや?イオとは話をよくしましたけれど……そんな許婚のような存在はいなかったと聞いておりますが?」

「あら、可笑しいことではないでしょう?此処にいるマリア=カリストと親友であり、当然お泊り会もしあったりしたんですから。ね?マリア」

「ちょっ!そこで巻き込むの!?」

いきなり女の戦いに放り込まれ、マリアがぎょっと己が親友を見やる。

 その様子を、あわあわ……とイオが狼狽した様子で射命丸とカルラを見比べているのが見えたが、この話題においては役立たずでしかない為にマリアは放置した。

 と、射命丸が畳みかけるように、

「でしたら、もう少し勘違いすることのないように伝えてくれませんか?私、新聞記者である以上そうした物言いははっきりさせたい所なので」

「あら、それは済みません。ですが、別に大丈夫だったんでしょう?」

「他の方が、てことですよ。ましてや、イオが勘違いしたらどうするんです?」

バチバチッと火花が飛び散る。

 両者満面に笑顔を浮かべているのに、漂う空気は春の日差し所か真冬の極寒の空気だった。

(あわわわ……えーと、えーと……!)

おろおろとしている、幻想郷でも有数の実力者に数えられている親友の情けない姿に、ラルロスはダメダコリャ、と天井を仰ぎ見る。

――と、そこで漸く救い主がやってきた。

「……ふむ。射命丸さんと言ったか……俺達には、何も訊かないのかな?」

何処となく苦笑が交じったような物言いに、ハッとカルラと射命丸が我に返る。

「あ、あややこれはこれは申し訳ない。お訊きする方を間違えていたようで……」

「いや、構わない。どうやらうちの愚息を気にかけてくれているようだったからな。改めて自己紹介をさせてもらおう――俺は、クリス=カリスト。そこの愚息の養父をさせて貰ってる。こっちの勝ち気そうなのは俺の娘、マリアだ。親子ともども宜しく頼む」

「ちょっと父さん、勝気そうって何よ!女の子の紹介に随分と杜撰過ぎるんじゃないの!?」

「あー……寧ろ、よく合ってると思うんだがどうだ?」

「……何も聞いてないよ、うん」

そっと視線を逸らしながら、家族であるイオが無回答を選択した。

 だが、有り体に言ってそれはそうだと言ってしまっているようなもので……。

「イオ、後で処刑ね」

「ふぁっ!!?」

訳が分からないよと言わんばかりな彼であったが、直ぐに凶悪な視線にさらされて沈黙する。

 その様子に、射命丸が何処となく労わるような視線を向けてくるのに気づいた。

「……もしかして、貴方も苦労してるの?」

「え、えぇ。ちょーっとばかり……」

「……ご免なさいね、本当。デリカシーのない家族で」

「いえ……」

同じ苦労を分かち合ったかのような、苦い笑顔の二人。

 その様子に納得がいかないとばかりにイオが言いたそうな表情となっているが、賢明にも何も言わなかった。というより、言えなかった。

(……なんだ、このカオス)

たった一人、ラルロスが頬を引き攣らせていたが。

 

気を取り直し、一行は取り敢えずそろそろ昼食時が近づいて来ていることもあり、イオの家へと向かっていた。

 何故かって?言わずもがな、射命丸のオネダリである。

『イオの手料理を食べたいな~?』

と言わんばかりの表情を見れば、誰でも断れないというのは分かりきった事実であった。

 というか、キラキラしてる眼がそのまま子供のように見えたイオは可笑しくないと思う。

 そう言うわけであり、一行はイオの家へと向かっていたのであった。

「……随分と長閑な集落ね」

さく、さく、と優雅に日傘を広げながら足を進めるカルラの言葉に、前を歩いていたイオがくすっと笑って振り返り、後ろ向きに歩き続けながら、

「向うとはちょっと違うでしょう?こんな雰囲気のある風景が、僕のお気に入りなんですよ」

後は、秋の十五夜の名月に照らされる湖の夜景なんかもそうですね。

身振り手振りもやや加えながら告げられたその言葉に、興味を抱いたカルラがふむふむ、と頷いている。

「あっちにあるのは主に外の世界から海の魚を輸入しているお店でして、何処をどうしているのやら、本当に鮮度が抜群なんですよ。御蔭で、朝食の時や夕食の時なんかは助かってますね」

「……?あら、どうして『外の世界』などと」

「?……あぁ、言い忘れておりましたね。――実のところ、この世界は『閉じられて』いるんですよ」

太古より築かれた結界によってね。

 

「改めて歓迎しましょう――この、時代から忘れ去られた者どもが集う楽園へ」

 

イオは悪戯っぽく、楽しげに笑うのであった。

 

――――――

 

――イオ達が昼食を食べに出て行った永遠亭では。

「……やれやれ。どうにも『見えなかった』わね、あの巨きな男は」

自身の武術を以てしても、見極め切れないほどの隙のなさ。

 永琳は、立ち去っていった彼等の後を見送りながらそうぼやいていた。

 その言葉に、眼をまん丸に開いた鈴仙が、

「……師匠がそこまで言うだなんて……」

と、絞り出すようにしてそう呟く。

 小さく呟かれたその言葉に反応し、

「まぁ、体こそ動かしてはいるけれど、実戦からは遠ざかっていたから。正直、得意な弓でも戦って勝てる気が全くしないわ。本当、なんてとんでもないのと家族なのやらね?」

と苦笑している永琳。

「おまけに、イオを好いているらしい娘からも、何やら超常的な存在の『匂い』が幽かにしたわ」

「……私の『眼』にも、反応がありました。とは言っても、どうやら向こうの『モノ』みたいで揺らいだのを何とか感知できたくらいですけど」

「ふぅん……と、なると。『精霊』、かしらね……?」

興味深そうに眼を輝かせる永琳は、ぽつり、と自身の考察を口にした。

「ずっと前に、あのラルロスから色々と話を聞いていたわ。何でも、向うの世界は幻想郷と同じく幻想が住まい、神や精霊と呼ばれる神の遣い達が世界を見守り、時には干渉するとね。その干渉の仕方はそれぞれだそうだけれど……一番には『契約』を以て絆を作ると、彼は言っていたわ」

「契約、ですか?」

「たぶん、魔女の使い魔と同じようなものでしょうね……でも、異なる部分が一点、あるわ。恐らくだけど、『対等』な関係でなければならない可能性がある」

腕を組み、中へと入っていく師匠の彼女を慌てて追いかけながら、

「ってことは、契約相手に強制できないってことですか?」

「その代り、気に入った相手ならば全力で援護してくれるでしょう?本来、超常的な存在は気紛れなもの……それは、月にいる神々も、こちらの幻想郷の神々も変わらないわ。妖怪たちでさえそうなのよ?彼等の気にくわぬ事が発生した場合、容赦なく契約を打ち切るでしょうね」

「……それに、一体どんな利益があるんでしょう?」

「簡単よ。――願った通りに強力な援護が貰えること……つまるところ、カミオロシもそうだけれど、契約さえ遵守出来ていれば、彼等は機嫌の良し悪しに関わるけれど、それでも大いに援けをくれるでしょうね。ある意味、月にいるあの子の劣化版とも言えるわ」

だからこそ、正直この世界で戦いなどしてほしいとは思えないわね。

物憂げな表情と共に、永琳はそう呟くのであった。

 

――――――

 

「詳しい事はあまり知りませんが、とりあえず僕が知っていることは二つ。――一つは、この世界を覆う結界は二つあり、それぞれ妖怪と人間によって管理されている事。もう一つは、この世界はあくまでも妖と人の住まう世界であって、構成するものを損なうものは全力で排除しに掛るということでしょうか。ともかく、カルラ様は先程のことも鑑みると少々ばかり怖いですが……どうか、心を落ち着けて下さるようお願い致します」

「……先程の言葉、ちょっとだけ撤回してもいいでしょうか?少しだけ、物騒で長閑な世界ですわね」

「少しだけとは限らない気もするんだけど……」

若干引き攣ったような表情でマリアがカルラに突っ込んだ。

 だが、彼女は日傘を差しながら、はんなりと笑んで見せ、

「今更過ぎますわ。イオの旅先からの話を聞けば、大体がそのようなものですもの。それでも、とても楽しいですのよ?」

くすくすと、何処となく挑発的にイオの傍で見つめてくる射命丸を見ながら笑声を洩らす。

 明らかに、その眼は射命丸文という少女を標的として、或いは恋敵として見ていることを指していた。

「おやおや、私たちの世界をそのように怖がられても困りますねぇ。この世界は確かに物騒なところもありますけれど、基本的に人里にいれば襲われることなく過ごしている人間たちが多いのは事実ですよ?」

だが、射命丸は先程の緊張感たっぷりであった初対面の時と異なり、逆に挑発し返すかのように笑顔で言い返している。

 再び、ピリッと雰囲気が強張りつつあることに気づいたイオが、頬をかりかりと掻きながら、

「えーと……話、進めても?」

と、どうにか割って入った。

「ええ、構いませんわ」

「いいわよ、イオ」

表面上は笑顔になっている2人に、イオはどうしたものかなぁと思いつつ、

「で、先程言った結界の管理者なんですが……この世界の創始者である『八雲紫』という大妖怪の女性と、『博麗霊夢』という、博麗大結界を管理する巫女の女の子とで構成されているんです「ちょっと待って下さい」……?何でしょう?」

ずずい、といきなりカルラが話をぶった切って詰め寄る姿に、イオが若干腰が引けた状態で対応すると、

「……この世界に来てから思っていましたが。見る人、妖怪ともに女性の数が多く御座いません?」

「いや、そんなことを僕に言われましても……」

笑顔のままこめかみ部分に青筋が若干浮き出ているように見えたイオが、その顔を引き攣らせながらも何とかそう返した。

 だが、カルラはそのまま笑顔で、

「あら?何をそんなに御顔を引き攣らせていらっしゃるのです?別に、疾しいことなどないのでしょう?」

「その言い方では、イオに疾しいことがあると決めつけているようなものですよ、貴族のお嬢様?」

見かねたのか、それとも近すぎるその距離に危機感を抱いたのか、射命丸がイオとカルラを引き離しながらそう告げる。

「それに、女性の数が多いのも大体にして男は戦闘で死ぬことが多いのが理由なのですから。これは、性別の問題であって、イオの責任にはなりえませんよ」

助かったと表情を明るくさせているイオに、射命丸自身は現在のこの世界の状況もあって若干睨みつけるようにしながらカルラに告げた。

 当然、睨まれている当人は何故射命丸がそんな表情になっているのかすら分かっておらず、おろおろとしていたが。

 そのようなアイコンタクトをしあっているのに気付いているのかそうでないのか、カルラは漸く納得したように頷いて、

「……確かに、私たちの世界においても、戦場に駆り出されるのは男衆が殆どですわね」

と、こちらも何故かイオをじっとりとした眼で見つめながら告げる。

「あ、あのー……?」

正直居た堪れない気分であるイオが、そう恐る恐る上目づかいで尋ねるが、彼女たちはふいっとそっぽを向き、突如として、

「どう思われます?イオの行動について」

「正直、危なっかしい以外の何物でもありませんね。この間なんか、この幻想郷における最も凶悪な妖怪と戦って地面に激突していたんですから」

「まぁ!?なんて危険な!でも、こうして立っている分には怪我をしていないように見えますけれど」

「ずい分と頑丈になってきたんでしょう。種族変えてからは、どうやらあの龍の鱗と同じように皮膚も変化しているんでしょうし」

「あの―……?お二人ともー……?」

結託したかのように愚痴を零し合っている彼女たちに、おいてけぼりにされたイオがおろおろとしていた。

 そこに、苦笑しているクリスがぽん、と頭に片手を置いて、

「放っておきな。どうやら、カルラ様は此方の世界でご友人になれそうな女性と出会えたようだからな」

「……話題が僕に対する愚痴なのが納得いかない」

むすり、とちょっぴりイオが不機嫌そうな表情になった所で。

 

「あー!?やっと見つけたわよ、文!」

 

何やら聞き覚えのある声が、天上より響き渡った。

「およ?」

素っ頓狂な声を上げイオが頭上を見上げれば、そこにいたのは姫海棠はたてと犬走紅葉である。

……が、何故かはたてはむっすりとして不機嫌であり、傍にいる椛もやや苦笑めいた、疲れたような表情を浮かべていた。

「声をかけても全然止まらない上に、あっという間に行っちゃったから探したわよ、もう!」

「……せめて、私たちにも行先を言って下さい……大目玉食らうのは文様だけじゃないんですから」

降りてきて射命丸に真っ直ぐに抗議する2人に、射命丸の眼が泳ぎまくっている。

「あ、あやや……(まさか、もう見つかるなんて)」

誰にも邪魔されないように限界の飛行速度で捲いた心算であった彼女。

 その様子を察知したのか、はたての表情がますます厳しいものへと変わり、

「あのねぇ、そもそも私たちは事前に天魔様を始めとして御偉方に頼まれてるんだから、逃げるんじゃないの!ほら、とっとと帰るわよ!」

「あっ、ちょっ、い、イオの料理が……!!」

問答無用で引き立てられかけ、射命丸がイオに向かって手を伸ばした。

 どうしようかなぁ……と、イオが若干遠い目になりながらも何とか取ってあげ、

「あー……はたてさん、どうも。もう、こんな状況になってますし、お昼作って差し上げますが?」

「うっ……だ、ダメよ!こいつを甘やかしちゃいけないわ!」

体を一瞬ぐらつかせ、しかしはたては健気にもしっかり上の命令をこなそうとしてか踏みとどまる。

 と、そこで漸くカルラが割って入った。

「……イオ、そちらの方々は?」

尋ねられたその言葉に、イオは勿論のこと、あっという間に消えようとしていたはたても思い至って、

「……そういえば、なんだか見慣れぬ人間がいるみたいだけど……申しおくれたわね、私は姫海棠はたて。こっちは白狼天狗の犬走椛。ま、この天狗の腐れ縁な親友よ。宜しくね」

「初めまして、人間の少女よ」

「はい、初めまして……私はカルラ、カルラ=エルトラム・フォン・クラムと申します。此方にいる、イオ=カリストの友人をさせていただいてます」

「俺はそいつの父親で、クリスだ。こっちはマリア」

一通り自己紹介し合い、はっとそこではたてが気づく。

「……もしかしなくても、もう手遅れだったりする?」

「あー……残念ながら」

恐る恐る尋ねてきた彼女に、イオは疲れが見える苦笑でそう返した。

 見る見るうちに青ざめ始めた彼女が、思いきり頭を下げ、

「――ほんっとうに申し訳ないわ!こいつが迷惑掛けて!」

「ちょっと!私何もしてないわよ!?」

憤然として猛抗議する射命丸。

 だが、腐れ縁と自称する彼女だからこそ言える言葉があった。

「余計な重圧とかかけてないって本当に誓えるの?」

「…………ち、誓えるわよ」

「おいこらこっち見てちゃんと喋りなさい」

視線を泳がせ、震え声になっている射命丸にジト眼ではたてが突っ込む。

 全く、と彼女はその様子ではっきりと分かってしまったようで、カルラに向かって、

「兎も角、私の親友が迷惑かけて本当にごめん。こいつ、色々と事情があってこんな状態だけどさ、いい奴だから」

「え、ええ……」

吃驚したように眼を瞬かせているカルラ。

「僕からも、お願いいたします。文は、ずっと僕のことを気にかけてくれて……毎回僕がバカなことを仕出かす度に叱りつけてくれるものだから、すごく有り難いんです」

そう、イオが言った。

(へぇ……そうだったんだ)

聞いていたマリアが、しみじみと頷く。

(あちらの世界にいた頃よりも、随分と表情が穏やかになったと思ってたら……)

心底から良かったと安どしていると、ふとしてイオの親友から言葉が発せられた。

「……結局、昼飯はどうするんだ?正直なところ、俺はもう割と空いているんだが」

同行していたラルロスが、頭の上で両手を組みながらそう尋ねると、はたてはうぐっ……と言葉を詰まらせ、椛と眼を交わすと、

「……その、申し訳ないけれど、御一緒させてもらってもいいかしら?」

「ええ、どうぞ。そうなると、合計で九人かぁ……うん、ちょっとずつ寒くなってきたし、鍋にしてもいいかな?」

「構わん。久しぶりにお前の料理が食べられるからな。マリアの料理は美味いが、お前には負けるだろう」

「ぐ・・・・・・普通なら云いにくい事をはっきり言うわね父さん。というか、大丈夫なの?料理の具材は」

家族であるが故の身も蓋もないその物言いに言葉を詰まらせたマリアだったが、すぐにイオに向かって心配そうに尋ねた。

 だが、イオはにっこりと笑って、

「大丈夫だよ。この世界、閉じられてることもあってか結構娯楽に飢えててね。みんなで集まって宴会するのがしょっちゅうあるから、料理の具材はなるだけ欠かさないようにしてるんだ」

と笑ってみせるのであった。

 

 




はてさて、とうとうカルラ達がやってくることとあいなりました。
とはいえ、時期的に言うと東方儚月抄と東方風神録の二つと同時進行になるんですよねぇ。
どうしたらいいことやら……
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