……正直なところ、割とイオの能力と実力はチートに近いものがありますが、この親父さん、それを軽く吹き飛ばせるだけの力をお持ちです。えぇ。
ある意味、バランスが取れているとも言えますね、えぇ(目逸らし)
ジュージュー・・・・・・ぐつぐつ。
肉が焼ける音や、水が煮えて滾る音がイオ=カリスト宅の居間に響き渡る。
美味しそうなその香りに、この世界にやってきた女性の一人――カルラは、嬉しそうに目を眇めた。
「・・・・・・考えてみれば、私、イオの手料理を食べるのは初めてですわ」
「そういえば・・・・・・そうよね。カルラのとこだと、やっぱり色々危険があるから、冷たい料理ばかりでしょ?」
思い至ったようにそう尋ねたもう一人の女性――マリア。
「ええ、偶には暖かいご飯も食べてみたいとは思いますけれど・・・・・・やはり、現況では難しいですわね」
若干、羨ましげな表情を浮かべるカルラに、射命丸文が興味深そうにメモを片手に尋ねてきた。
「では、こういった家族料理を食べたという経験が、カルラさん達貴族にはないと?」
その言葉に、カルラはやや苦い表情を浮かべると、
「いえ、そうとも言い切れませんわ。何故なら、貴族という位を得ていても、貧しい生活を送っている人たちもいるのですから。私の場合は王侯ということもあって、万が一現国王一家が亡くなられてしまった場合の血筋としての立場があるんです。毒殺されるかもしれないという危険性がそれなりにあるのですわ」
「・・・・・・あやや。それはまぁ、何とも楽しくなさそうな食事風景になりそうですねぇ・・・・・・」
「こら、文。失礼なこと言わないように。・・・・・・でも、確かに味気なさそう。こんな風に暖かいご飯が食べられないなんて、すごく損してると思うわ」
はたてが文に突っ込みを入れつつも、言葉自体には否定する要素がないために思わずそう告げる。
そんな、幻想郷に住むが故の遠慮のない妖の少女たちの言葉に、カルラを始めとしてアルティメシア世界に住んでいる者達は一様に苦笑していた。
と、そんな風にして親交を深めていた一行の許へ、料理を作っていたイオが台所から暖簾を搔き分け、ひょっこりと顔を出すと、
「ちょっと手間取ってるからさ、手の空いてる人、誰か手伝ってくれない?」
「……俺が行こうか」
のっそりとクリスが動き出し、
「おう、俺も行くぜ。ちょいと手伝ってくる」
とラルロスまでもが動く。
瞬く間に居間から男衆が消え、後に残ったのは女性陣であった。
一瞬にして、何やら雰囲気が強張り始めたように感じたマリアが、思わずその発生源と思しき彼女へと眼を向ける。
――そして、後悔した。
何故ならば、彼女はにこやかに微笑みを浮かべているようでいて、眼だけが爛々と光を放っていたからである。
その視線を受けていると思われる少女へと、マリアが眼を向ければ、そこには同じように臨戦態勢に入った射命丸の姿があった。
とはいえ、一見して笑顔なのは彼女も同じであったのだが。
「――一つ、お訊きしたいことがございます」
「何でしょうか、カルラさん」
ビリ、ビリビリと空気が震えるような気迫のぶつけ合いをしながら、カルラが先手として飛び出した。
「イオの事……好いておりますね?」
「えぇ、それが何か?」
(ちょっ!?二人とも!?)
マリアが慌てて止めようとしたが、カルラが視線だけで止める。
淑女然とした彼女が、獰猛な笑顔とも取れる表情へと変化し、己が想いを肯定した射命丸へと静かながら猛然として問い質した。
「……貴方が、イオを支えてあげられるとでも?」
「少なくとも、そちらの世界のように雁字搦めではないとはっきり言えると思いますが?」
火花が散る勢いで続けられる女の闘い。
射命丸もまた、カルラへの敵愾心を隠すことをせず、
「それよりも、どうして高位身分の方がイオを手にしたがるのでしょうね?――もしや、彼の力を頼みにしているのでは?」
「あら、そんなことはどうでもいいことです。――私が、一緒にいたい、ただそれだけのことですもの」
「お引き取り願いたいものですねぇ……はっきり言って、彼は貴方の来訪を快く思っていませんよ?昨日も、憔悴するくらいに、悩んでいたようですし」
「……ちょっと、文?」
はたてが、不安そうな面持ちとなって射命丸を止めようとした。
しかし、射命丸は止まらない。
「……どれだけ貴方と絆が深かったのかは知りませんが。こちらとしては本当に迷惑なんですよ。――知っていますか?彼が、此方の世界にあっても、どれだけ身と心を削っているのか。漸く、自分の幸せを掴もうとしているところに貴方がたの来訪……御蔭で、また彼が苦しんでいる」
ぞく、とマリアの背筋に冷気が走り、彼女は射命丸の様子におびえた。
だが、カルラは殺気を真正面からぶつけられても動じない。
「……では、貴方達の傍にいた方が、彼にとっては良いと?」
「当然でしょう。……聞くからに、そちらの世界はどうやら彼を利用する方向性で固まっているようじゃありませんか。彼から安寧を奪うことだけは……私にとって堪忍ならないことなのですが」
怒りも露わに、射命丸がきりきりと視線を鋭くさせて言い放った。
――その時である。
「…………文様。それ以上はお止めくださいませ」
カルラとの出会いから、ずっと口を閉ざしたままであった犬走椛が口を挟んできた。
「……なに。邪魔する心算?」
ぎらり、と鴉天狗の殺気が白狼天狗の少女へとぶつけられるが、彼女は眼を閉ざしたまま、
「それ以上は……一介の鴉天狗としての立場から逸脱しておりまする。このような時の為に、私、そしてはたて様が付けられていることは御存じの筈ですが」
静かなその物言いに、一瞬射命丸が呆け、そして眦が更につり上げられる。
「……く、余計なことを……!」
「……親交がある二人ならば、貴方様も無体はすまいとのことでしたし。正直なところ、私としても色々と思いはしますが……決めるのは、『イオ』殿ですよ?」
そして、其の言葉が両者に向かって放たれた。
硬直する空間に、止めた張本人である椛はずず……と、イオに出して貰ったお茶を啜り、ぱちり、と片目を器用に開け、
「そもそも、はたて様も流されすぎです。こういう一触即発の事態に陥らないよう、元々会わせないのが事前の取り決めだった筈ですが」
「う、それは御免……流石に、イオの料理食べられるとなったら、ちょっとね」
しゅん、と身分差がある筈のはたてが、しきりに恐縮する。
その様子に深く溜息を吐いた椛は、ちらり、と周りを見ると、
「……まぁ、こうしてお呼ばれしてしまった時点で諦めておりますが。お二方、食事も近いですし、この辺りで落ち着かれては?雰囲気が変だと、イオ殿も困られると思いますよ?」
なんせ、先程の様子からしてどちらも大切でしょうしねぇ。
飄々とした雰囲気を醸し出しながら、椛が再びずず……と湯呑を傾けるのであった。
――――――
――時は少し遡り、男衆+α。
「……イオ、まさかとは思うが」
「あのねぇ……ルーミアは妹分だよ。それくらい分かってるでしょ」
なんて会話があったのもほんの少し前。
男達は、淡々として作業を進めていた。
と、そこでクリスが口を開く。
「……上手くやっていけているようだな」
「ん?あー……まぁ、人間関係というか、妖怪関係は御察しとしか言い様がないけどね。楽しくやらせて貰ってるよ」
安心した、そう言っているように聞こえたイオが、養父の物言いに若干苦笑しつつもそう返した。
「まぁ、こっちでもあっちでも僕という存在は存外に不思議な物みたいでさ、少々ばかりは面倒になってはいるけれど。手を出してきた輩がどうなるかってことを知ってるのかな?とりあえずは凄く大人しいね」
人間妖怪問わず。
くすくす、と楽しげに笑って見せるイオに、嘗てあった焦燥感は最早無い。
――とはいえ、目下の所別問題が浮かび上がっているわけであるが。
「なぁ、イオ。どうするんだあの二人。かなり丁々発止とやりあってるのが眼に見えてくるんだが」
ラルロスが向こうの様子を伺いながら、イオに向かってそう告げてきた。
ぴしり、と音たてて硬直するイオに構わず、
「さっきから、向こうの雰囲気が妙に強張ってたの、お前気づいてるだろ?」
「……僕にどうしろと」
がっくり。
そんな擬音が聞こえてきそうなイオの様子に、クリスがあー……と言い難そうな声を出すと、
「まぁ、あの方もかなり無理しておられたからな……」
「……ほんと、どうしろって言うんだよ……」
ますます雰囲気が暗くなっていく親友の様子に、しかしラルロスは呆れ顔で首を振ると、
「どうしろも何もねえだろうが。きっぱり決めろ。それしかねぇ」
「それが出来ないから言ってるんじゃないか」
今更過ぎる話ではあるが……どちらにも、正しく未練を抱えているのだからどうしようもない現実である。
はぁ……と深い溜息を吐いているイオに、今まで黙って手伝っていたルーミアがその可愛らしい唇を開いた。
「ねぇ、イオは……黙って消えたりなんか、しないよね」
唐突に尋ねられたその言葉に、イオが眼を白黒させる。
驚きの表情を浮かべる彼に、ルーミアが様子を見ていた竈の魔法陣から眼をイオへと向けた。
「……当たり前だよ。というか、大丈夫だって昨日も……」
「――もう、そんな事を言ってられる状況なの?」
姿かたちこそ幼き少女なれど、大妖怪たる彼女の澄んだ瞳に貫かれ、イオは口ごもる。
その様子にクリスは静かに溜息を吐き、
「……ルーミアといったか、お嬢さん。何を思ってそう言ったんだ?」
内心、答えが分かっているという雰囲気を感じ取ったルーミアが、くすり、と微笑み、
「だって――イオ、もう『決意』してるみたいだもの」
「――っ!?」
思わぬ言葉に、当人であるイオが驚きの表情を浮かべた。
「な、何を言って――」
「分かってるでしょ、イオ……貴方は、もう決めてる。それがどちらなのかは、正直、私も訊きづらいけど。でも、はっきりと答えを持っているのでしょう?」
今はどういう風に言おうかを悩んでいるだけのはず。
確信を抱いたその発言に、とうとうイオが黙ってしまった。
俯き、眼を見せなくなってしまった彼に、ラルロスは何といっていいものか、分からない。
「あー……まぁ、決めてるんだったらいい。だが、なるだけ早くしとけよ。ずるずると引き摺っちまったら……待ってるのはお互いの不幸だぜ」
よし、出来あがったな……持ってくか。
そんなことを言いながら、ラルロスはこの世界でよくつかわれている土鍋を持ち、せっせとクリスやルーミアと共に運び出していく。
たちまち、居間が騒がしくなっていくのを聞きながら、イオは未だに、顔を俯けていた。
(……僕だって、分かってるよ)
静かに、強く拳を握りしめる。
――自身の考えが、思いが、どうしようもなく優柔不断であるだけ。
そんな事は、とっくのとうに分かり切っていた事だった。
だが――イオにとっては恐ろしいことなのだ。
選べば――縁が途絶えてしまう。
両親の顔も、自身の名前すらも覚えていないイオの記憶のことがあるからこそ、一番に恐れていることであった。
(……僕は、どう、言えば……)
青年は悩む。
ただ――悩み続けていた。
――――――
「……おぉ……」
久方ぶりに見る、イオと男達の作った料理に、マリアが若干眼を丸くさせながら驚いていた。
ぐつぐつ、と煮え滾っている土鍋の中に、美味しそうな香りを放つ肉類や、丹精込めて作られたと思しき野菜の数々。
「イオの奴は、まだちょっとかかるみてえだ。もうちょっと待ってやってくれ」
何気ない様子でラルロスがそう告げるのを聞きながら、先程まで強張った雰囲気だった居間を、マリアはゆっくりと見回した。
射命丸やカルラは心配そうに暖簾の向こう側を眺めており、はたてや椛は漸く料理が来たこともあって若干浮かれているように見える。
そして、イオの料理を手伝いに行っていた筈の男達二人と、ルーミア。
その三人だけは、何だか、先程台所へと行った時と雰囲気が異なっているように、マリアには思われた。
「……ねぇ、イオって今何を作ってるの?」
だが、彼女は単純に気の所為だろうと思い、そう尋ねるのみ。
すると、ラルロスがかりかり、と頭を掻きながら、
「んー……確か、この料理に合いそうな酒とか用意してるって話だったか」
「酒って……まだ昼間よ?」
呆れたように首を振るマリアに、ラルロスが苦笑して、
「仕方がねえだろうが。こっちの世界は娯楽ねぇのもあって、ちょっと何かあるとすぐ宴会に持ち込まれるんだからよ」
酒、あった方がお前さん達も嬉しいだろ?
天狗の少女達に向かってそう尋ねると、彼女達はかなり複雑そうな表情を浮かべた。
「あー……うん、確かにまぁ、こんなの見たら酒飲みたくなるなぁとは思ったけど。私や椛はまだ仕事が残ってるからねぇ……」
「……私としてはちょっと、遠慮させて頂きたいのですが」
「そういや、そうだったか……ま、帰った時にでも飲んだらいいんじゃねぇか?イオだって、手土産とか持たせるだろうしよ」
――色々と迷惑かけた侘びとか言ってな。
そんな言葉をラルロスが告げた時であった。
「――お待たせー。御摘みと酒持ってきたよー……って、あれ?」
ほらな。とでも言いたげなラルロスや、頭を抱える天狗三人娘達、そして若干呆れたように首を振っているアルティメシア世界の人々に、イオは困惑したように首を傾げる。
そこにはもう、先程台所で見せていた弱々しい姿は見えなかった。
とはいえ、そんなことは男達+α以外の面々には預かり知らぬことであるのだが。
「あれぇ?なんか、お酒が歓迎されてないような感じだけど……?」
「仕事に酒持ち込むなってよ。ま、後で手土産にでも持たせたらどうだ?天狗の首領も喜ぶだろうしよ」
ピンポイントで告げられた手土産の先に、天狗三人娘がどきり、と身を竦ませた。
(……考えてみれば、今の状況、命令違反してるのと同じなのよねぇ……)
(ちょっ!?考えないようにしてたこと言わないで下さい!)
椛とはたてがこそこそと言い争い、射命丸は射命丸で何やら冷や汗を流し始めている。
……どうやら、今更ながらに母親の怒りが炸裂するであろう可能性に思い至ったらしい。
そんな彼女の様子に、ややイオが苦笑しながらも、
「文、そんなに心配しなくても、僕が言付けをしておけば問題ないよ。無理に引き止めた所為だって言えば、そんなに叱られないだろうから」
「……叱られるのは確定なの?」
「あーまぁ、そりゃぁねぇ……」
言わなくても分かるでしょ?と言わんばかりの彼の表情に、射命丸はうぐっと声を詰まらせ、がっくりと肩を落とした。
だが、直ぐにそぉっと顔を上げ、上目遣いになると、
「……直接来て話したりなんてこと「出来るわけないじゃないか。というか、それやったら更に暁さんが怒るだけでしょ?」デスヨネー」
言葉の途中でバッサリと断ち切られ、はらはらと射命丸が涙を流す。
そんな二人の様子に、若干カルラが頬を膨らませたのをマリアは見逃さなかった。
他の面々も、彼等の様子に気づき、或る者は呆れたように首を振り、或る者はいいものが見れたとばかりににやにやと茶目っ気たっぷりに笑ったり。
こんな所で争わないでほしいとハラハラしたりと、多種多様に表情を変化させていた。
――そんな中。
ルーミアだけが静かな光を瞳に湛え、射命丸やカルラ、そしてイオを見つめているとは、誰も気づかなかった。
――――――
「――ふぅ……食べた食べた~。あー美味しかった♪」
「ふふ……良かった。久しぶりに家族に料理を出したから、評判が気になってたところだったんだよね」
かた、かたかた、とお椀などを盆に載せて纏めながら、マリアの言葉にイオが嬉しそうに眼を細めつつ告げた。
そんな彼の隣で、カルラが少しばかりお腹を摩りながら、
「……生まれて初めて、温かい食事を頂けました。あぁ、なんと……」
心底から心浮かれていると見え、上気した頬を緩ませている。
彼女の様子に、イオがこっそりと胸を撫で下ろした事には構わず、射命丸がこっそりと後ろに忍び寄り、
「……これからの予定、どうする心算なの?」
「ぅおっと……もう、文。驚かさないでくれよ。――予定?予定は……まぁ、一応、僕の現況についての報告を映像で纏める方針だよ。元々、父さんたちはそれが目的でこっちに来たような物だから」
「……それって」
彼が告げたその言葉に、射命丸が若干眼を見開くようにして呟いた。
その様子に、イオは何故か静かに目を逸らす。
だが、射命丸は思考の海に沈んでいるようで、全くその動きに気付かなかった。
カルラはカルラで、未だに料理の余韻を楽しんでいるのか、浮ついた状態である。
(……なにこのカオス)
こっそりと、マリアが心中で思うのも無理ない話なのであった。
――後片付けが済んだ一行は、取り敢えずこの世界の管理者の一人とも言えるとある人物に会いに行こうと動き始める。
……無論、『博麗の巫女』……そして、『妖怪の賢者』の二人にであった。
何かしらの行動を起こすならば、しっかりと挨拶位はしておかないと後々が恐ろしいものになる。
そうイオ、そしてラルロスに脅されたためである。
とはいえ、実際のところイオの心がはっきりと決まるまでの時間稼ぎでしかないわけなのであるが。
「……深い森ですわね」
ざく、ざく。
土を踏みしめる音を辺りに響かせながら、カルラが眼を丸くさせつつ呟いた。
「元々、外の世界の自然があふれる場所を切り取った所のようですから。動植物も割と生食出来るものがあるんですよ」
流石に、肉類はきちんと調理しないとだめですけれどね。
からから、と己が第二の故郷とも呼べるこの世界を自慢するかのように笑い、イオはカルラの歩調に合わせてゆっくりと歩く。
すると、ばさばさ、という音と共に射命丸の翼が広げられ、
「イオ、先駆けした方がいい?」
「あー……うん、そうだね。いきなり行ったら、霊夢が不機嫌になるかも。お願い、文」
「はいはい。じゃ、先に行って向こうで待っているわ」
そんな言葉と風の唸る音と共に、一瞬にして彼女の姿が消え失せ、透き通るような晴天に一筋の雲が生まれ出た。
「……あの速さ。イオと同じ位ではありませんの?」
「あー……どうでしょうねぇ。少なくとも、全力でやったら同じぐらいにはなるでしょうが。そもそもの話、天狗の人達は移動能力が格段に高いので……」
恐らくは、僕が負けるでしょうね。
至極あっさりとした様子で、イオは静かに答えを返す。
その言葉に、ラルロスを除き、カルラを始めとしたアルティメシア世界の面々は一様に眼を丸くさせた。
「……珍しいじゃないの、イオが負けを認めるなんて」
特に、十三から共に過ごしてきたマリアが、あの負けず嫌いだった彼の言葉に驚いているようである。
そんな彼女に、イオは静かに溜息を吐くと、
「負けを認めざるを得ないよ。幾ら、元の世界で強者の分類に入っていたとしても、この世界じゃ『少し強いだけの人間』でしかないわけだし」
(僕を無力化することなんて、簡単にできる妖怪が多いんだから)
彼が出来るのは、技を始めとした飽くまでも『小手先の技』でしかない。
鬼のように、或いは天狗のように圧倒的な膂力を有しているわけではけしてなかった。
――とはいえ、圧倒的膂力というならば彼の養父はどうなのかという問いには口を噤まざるを得ないのだが。
(……案外所か、とんでもない戦いになりそうで怖い)
吹き荒れる暴虐の嵐が二つなど、考えたくもない事態だ。
それでなくとも、この世界は嘗てあったとされる戦乱の頃とは異なり、スペルカードルールというきちんとした決闘法がある。
それはあくまでも一つの決闘の形であるから、元々の力と力のぶつかり合いという決闘も未だにある。イオと風見幽香が戦うのはその決闘を用いたものだからだ。だが、それが、世界の維持にまで関わる程の戦いとなれば、妖怪の賢者が出張ってくるのは必然である。
下手をすれば、大事な友や家族が皆殺しにされかねない。
それゆえに、イオは養父を始めとして気を配っていたのである。
「……『少し強いだけ』、か……」
ふむ、と息を吐いたクリスがそう呟いた。
「お前でそうなるなら、俺はどういう分類に入るんだろうな」
「……お願いだから、絶対に向うの挑発に乗らないでね?さっきも言ったけど、相手は若く見えるように見えて、途轍もない年月を過ごしているのが殆どなんだよ。さっきの文や、天魔さんに報告しに帰ったあの二人だって、普通の人間の寿命を遙かに超えてるんだから」
こんなこと当人の前じゃ言わないけどね。
「……率直に言ってしまえば、『若造り』だと?」
「…………その言葉、絶対に当人に向かって仰らないでくださいよ?」
身も蓋もないその言葉に、イオは冷や汗を流しながらカルラを戦々恐々とした眼で見た。
古来より、女性の歳に関する話題はかなりの禁句だ。
イオが此方に来てから、それで若干射命丸と喧嘩になりかけた経緯もある。かの妖怪の賢者でさえ、若々しく見られたいという気持ちもあるのだ。故に、基本的にイオはそちらの話題には口も手も出さないようにしていた。
だれしも、藪を突いて蛇どころか鬼まで出てくるような事に触れるわけがない。
「ええ、それは十分に。イオの様子からするに、本当に危険なことのようですからね。――まぁ、私としては有難いですが」
「……ええっと……」
彼女の言葉が意味する事に、何となく思い当たる節はあったが賢明にもイオはそれには触れず、
「と、取り敢えず、其の事は一旦置いておいて。人里から離れつつある以上、マリアもカルラ様も十分にお気をつけください。博麗神社への参道を歩いているとはいえ、妖怪からの襲撃が無いわけではないので」
「……ふむ。なぁ、イオ」
イオの言葉に顎に指を持っていったクリスが、ジャキッと背中の大剣の鍔を鳴らしながらそう声を掛けてきた。
その様子に嫌な予感が膨れ上がったイオが恐る恐る、
「何……父さん」
「真剣に話しているところ悪いが――」
「――周りの妖怪は、どうやら襲いたいようだぞ?」
その言葉と共に、ザザッと周囲の茂みがざわめく。
一気に不穏な雰囲気へと変化していく状況に、だが、イオは深い溜息を吐いた。
「……別に、いちいち反応しなくたって良かったのに」
「いいじゃねぇか。あっちは人間を喰いたい気で一杯なんだからよ」
「だからだよ。――こんな奴ら、殺気を飛ばすだけでも十分だ」
ぞぞぉっ。
本気で放たれたその気迫に、今にもクリスへ襲いかかろうとしていたその妖怪が動きを止める。
「おいおい、全く……余計なことをしなくとも」
そんな呆れたような声と共に、一瞬にして暴虐が吹き荒れた。
イオの動体視力を以てしても見え辛いその斬撃の嵐は、瞬く間に常人では敵わない筈の妖怪を粉微塵へと化す。
流れ出る血さえも吹き飛ばし、クリスは風の唸る音と共に大剣を振り回してから、
「……大よそ、ちょっと強いゴブリン程度か」
「あー……うん、相変わらずのようで何より」
この世界に来ても何ら変わる様子のない養父に呆れつつも、イオは取り敢えず他の動きが止まっている妖怪へと体を向けると、
「――君たちは帰りなよ。これ以上、まだ何かをする心算なら……僕が、出るよ?」
すらり、と腰に吊り下げた朱煉の片振りを抜き放ち、切っ先を妖怪達へと向けて告げた。
「……っ!!」
「ニ、ニゲロッ!」
悲鳴のように声を上げ、脱兎のごとく逃げ去る妖怪達。
そんな彼等を見送ってから、安心したように息を吐き……チャキリ、と納刀した。
「……随分と、甘いな」
「ん、まぁ……彼等もこの世界で生きているから。それに、必要以上に妖怪を狩ると、妖怪側から危険視されるんだよ。何でも屋である以上、そうしたバランスには気を使ってるからね」
クリスの言葉に、イオは笑ってそう告げる。
「そうか……ならいい。とはいえ……あれがまた襲いかかってくる可能性だってあるんだろう?」
「そりゃ、あるよ。どんなに恐怖を抱いていても、所詮は人間だって思って襲い掛かってくるかもね。でも、その都度追い返せば済む話だよ。――だって、僕以外の人間は、滅多に人里から出ないからさ」
猟師や里の外に畑を持っている人はいるけれどね。
「そういう人達は、今から向かう博麗神社のお守りを大抵持ってるか、事前に僕のような何でも屋とか妖怪退治屋に依頼して身を守ってるのが一般的だね。だから、実質的には『襲われる人間はほとんどいない』ことになる」
「……待って下さいな」
歩きながら告げられた彼の言葉に、カルラが何かに気づいたように声をかける。
その表情は、何処か気を張り詰めたものであった。
「その話が本当の事なら……イオは?」
「僕は強いですから。――たかだか雑魚に負ける道理もない」
端的にそう言い放ち、イオは先を歩いていく。
その背中は、自信と誇りに溢れていた。
マリアが歩きながらその背へ、
「……まぁ、本人が納得してるならいいけどさ。気をつけなさいよ?あんただって、怪我をしないわけじゃないんだから」
「重々承知してるよ。向こうとは違って、僕はこの世界に住んでるんだから。けして無理はしないし、手が必要なら誰かに頼ったりもする。妖怪達も神様達も、この世界にしか安住の地はないからね。根幹を揺るがすような存在は、須く淘汰される定めにあるんだ」
だから、『大丈夫』だよ。
イオは振り返って微笑んだのであった。
――――――
――そうして、彼等は博麗神社へと辿り着く。
「やっほ、霊夢。元気かい?」
「たった今あんたが姿見せた所為で不機嫌になったわ。全く、とっとと用事済ませればいいでしょうに」
赤と黄の木の葉が舞い散る中、紅白で彩られた巫女は機嫌が余り宜しくないようだった。
むっすりと眉間に皺を寄せ、憤然とした様子で腕を組んでいる彼女に、そして、音もなく霊夢の傍に降り立ち此方へと手を振っている射命丸にもイオは苦笑して、
「しょうがないでしょ。事前に話は通してあるけど、やっぱりちゃんとしておかなきゃ。でないと、霊夢が異変だって飛び込んでくるかもしれないし」
「……」
ますますむっすりとした表情へと移行した霊夢に、イオは再び苦笑する。
と、そこへ、クリスが話し掛けてきた。
「イオ、此方のお嬢さんは一体……?」
「あ、御免ね養父さん。紹介するよ……この子は、この幻想郷の結界を管理している一人で、博麗霊夢っていうんだ。そうだね……戦いともなれば『確実に』僕が負ける唯一の相手、かな。でも、感情を持つ普通の女の子だよ」
(ふむ……成程、妙に浮いた雰囲気を感じるなと思ったが)
確実に、というイオの念押しにも近いその言葉に、クリスが納得したように頷くと、
「お初にお目にかかるな……俺はクリス=カリスト。こちらは娘のマリアだ。愚息が世話になっている」
と言った。
すると、霊夢ははぁ……と溜息を吐くと、
「正直、これが最初で最後の出会いにして貰いたいものだけどね……博麗霊夢よ。ま、こっちこそイオには世話になってるわ。よく、精がつくようにって色々と持ってきてくれるから」
と、普段の泰然自若とした雰囲気へと戻り、飄々として告げる。
そして、カルラの方を見据えると、
「……イオの話によく出てたカルラってのが、アンタなのね?ふぅん……妙に人間離れした顔つきねぇ」
と、態々近くまで寄り、珍しくしげしげとカルラの容貌を見ていた。
見るからに年下と思しき少女に、かなり近寄られたカルラはややたじろぎつつも、
「えぇ……カルラ=エルトラム・フォン・クラムです」
と端的に答える。
と、そこへ苦みが強い笑みを浮かべたイオが、霊夢の頭へそっと片手を乗せると、
「霊夢、そんな風にまじまじと人を見るもんじゃないよ。失礼だからさ」
「いいじゃないの、別に」
「良くないから言ってるんじゃないか……もう。申し訳ありません、カルラ様。この子、普段は余り人と関わりを持たないものですから」
妹のような少女の不敬を詫びるイオに、若干霊夢が膨れ面となり、バシッと頭に載せられたままだった手を振り払う。
「……で?私に声を掛けるだけじゃないんでしょ?」
再び機嫌が悪くなった霊夢が、それでも淡々とした物言いでそう尋ねると、イオは苦笑しつつも深く頷いて、
「ああ――八雲紫さんを呼んでくれるかな?」
「やっぱりか……でも、来るかどうかは分からないわよ?大抵、何かしらやってることが多いから」
「大丈夫だと思うよ。幾ら此方がその気がなくとも――幻想郷を『破壊できる』戦力が揃っているんだ。紫さんは……必ず何処かで見ている」
――そうでしょう?紫さん。
くるり、と後ろを振り向き、イオが虚空へと声をかけた。
――そして、応えは返る。
「……ふぅ。全く、見守るだけに留めておく心算だったのに、そこまで言われては仕方がありませんわ」
そんな言葉と共に、ずるり、と虚空の一部分が裂けた。
何の色とも見ることが出来なさそうなその裂けた空間の中から、紫を基調としたドレスを着た八雲紫が姿を現す。
何時ものように片手には扇子を構え、口元を覆っているようであるが、其の眼にははっきりと呆れの色が浮かんでいた。
とん、と軽い音と共に降り立ったその女性に、アルティメシア世界の面々はそれぞれに反応を示す。
ある少女は眼を丸くさせ、またある少女は静かに目を細め、そして大男はふむ……と言葉を漏らした。
一様にして様々な反応ではあるが、一貫して彼等が驚いているということだけははっきりと分かる。
その様に、八雲紫はやや満足そうに笑うと、
「イオのお父様、そしてお家族並びにご友人様……ようこそ、幻想と神秘が色濃くあるこの世界へ。歓迎いたしましょう――この、八雲紫が」
と緩やかにカーテシーを行ったのだった。
――――――
一先ず、中へと入りましょ。
そんな霊夢の鶴の一声と共に、一行は神社の母屋へと移動していた。
イオが、勝手知ったる何とやらでよく用意してあるお茶を淹れようと台所で動き回るその間に、一行はそれぞれに情報を交換していたのである。
「――成程……どうやら、此方でよくやっていけているようだな、イオは」
敬語はいいと言われたクリスが、普段のぶっきらぼうな物言いでそう紫に尋ねれば、彼女は嬉しそうに深く頷いて、
「えぇ……普通であれば、彼のように立ちまわることなど……この幻想郷に限らず、妖怪や神に接するにあたっては難しいものです。ですが、イオは本当によくやってくれておりますわ。人里に住んでいれば、少なくとも何かしらの思惑に絡まれることだってあり得ない話ではない。けれども……彼は染まることなく、己が一念を通しきっている。さりとも、相手を染めようとすることもなく、周りと調和出来ている……ここまで来ると、もはやでき過ぎのように思えましたわ」
と、人間であるイオ=カリストという存在をべた褒めしていた。
「だからこそ……正直なところ、イオはすでにこの幻想郷に認められております。少なくとも、何でも屋という職業は人里にも、或いは妖怪達にも知られているのは確かです。そして――彼という存在を、気に入っている者は確実にいます。そのことだけは……どうか、覚えて頂けますか?」
真剣な眼差しを以て、妖怪の賢者はそう告げる。
その言葉を受け、クリスは一瞬瞑目してから眼を開き、
「――はっきり言おう。息子がどのような選択をしようと、『俺自身』は関与しない」
「ちょっ、お父さん!?」
唐突なその言葉に、興味深そうに周りを見回していたマリアがぎょっとしてクリスを見つめた。
だが、クリスは動じることなく、
「そもそも、俺が動いたのは自分の国が余計なことで突かれているからだ。そのような事実はないのにも関わらず、俺達という、『イオの家族』が人質に取られていると邪推されているからに他ならない」
そのような事はないとはっきりした証拠を示す必要があったからこそ、俺とラルロス殿は動いたのだ。
クリスが淡々とした口調ではっきりと告げる。
その言葉に、紫がふぅん……と言葉を漏らすと、
「では、イオがどちらの世界を選ぼうと文句は言わないと?」
「『俺』はな。――他の者達はどうなのかは……まぁ、分かるだろうが」
「でしょうねぇ……ま、大よそ予想通りではありますわ。まぁ、私としては恋する少女に手を貸してあげたいのは山々なのですが、ね」
「――っ!!?」
ぼふん、とカルラの表情が途轍もなく赤くなった。
ぱくぱく、と何かを言いたげに口を開閉するその表情に、マリアを始めとして、同行していたラルロスが一様にあっちゃぁ……と表情を青くさせる。
「な、なな……何で貴方にまで!?」
「あら?ラルロスから教えて貰ったのだけれど……お聞きでない?」
「あ、貴方という人は……!!」
カルラが怒髪天をつき、ラルロスに詰め寄ろうとするが途中ではっと我に返り、
「も、もしや、イオにも知られて……?」
その言葉に、ラルロスを始めとした面々が一様に眼を逸らした。
そんな彼等の様子に、がくり、と肩を落とすカルラ。
そして、ふふふ……と淀んだ笑い声を響かせると、
「……道理で、イオが私に対して妙に距離を置いていると思いましたわ……それもこれも、貴方の所為ではありませんかーー!!」
ガバッと顔を上げラルロスへと一気に詰め寄った。
流石のラルロスもこれには非常に慌てて、
「ま、待て!話せば分かる――!!?」
「ちょっ!?何事!?」
流石に台所にまで響いてきたのか、慌てた様子でイオが茶盆と共に姿を現わす。
今にもラルロスに襲いかかろうとしているカルラの様子に、混乱した様子で、
「あの、一体何が……?」
「……不用意に、乙女の恋心を漏らした男の末期よ。幾らなんでもあれはないわ」
非常に不愉快そうな紫の表情、そしてその言葉が意味する事に気づいたイオが気まずそうな表情へと変わる。
「あー……うん、そのまぁ……準備の続きに戻りますね」
「待ちなさい」
「(ギギクゥッ)」
冷酷さが滲み出るようなその声に、イオが背を向けた状態で体を強張らせた。
ギ・ギ・ギ……と軋むような動きで振り返ったイオは、紫が鋭利な視線でイオを睨んでいることに気づき、サァ……と青くなる。
「あ、あのぅ……?」
「――もう、決めているんでしょうね?どちらを選ぶのか」
「……」
スゥ、とイオの表情が無へと変わった。
その様子に構うことなく、紫は言葉を続ける。
「どちらを選ぶにせよ、私は貴方達の『記憶を消す』事も、『二度と来れない』ようにもする心算はない。完全に向うの世界と繋がってしまっているし、私としても、もし、外の世界が『失われて』しまうような事態に陥った時の回避策としても使わせて貰うしね。だから――確実に選びなさい。『誰が泣こうと』、それは選んだが故の当然の理。貴方が気にすることでは『けしてない』」
追々、自分で自分を納得させていくしかないのよ。
「……そう、ですか」
イオはそう返すしかなかった。
「でも、記憶を消されないのは、有り難いですねぇ」
「失った恐怖で探し回っている子を知っているからよ。政治者としては失格だけれど……私は情を持つことが出来る。だから、安心なさいな」
「えぇ、済みません……こんなにも良くしていただいて」
漸く、表情を柔らかいものへと変えたイオが、弱々しい声で告げる。
だが、紫は笑って、
「構わないわ――幻想郷は、全てを受け入れるのだから。残酷にも、そして優しくも、ね」
と母性が溢れる表情で言い切ったのだった。
――とまぁ、二人の会話はこんなものであったのだが。
覚えているだろうか……未だに、ラルロスに対する罰は続いていることを。
「ちょ、マジで止めろ!お前の攻撃洒落にならねぇんだよ!?」
「知りませんわ!天誅!!!」
「こんな狭い所で暴れるんじゃないわよ!」
ギャースカギャースカと騒がしい部屋の内部。
ラルロスが逃げ惑い、カルラが怒りの声を上げ、霊夢がぶち切れる。
カオスにも等しいそんな部屋の中の状況に、クリスはやれやれと首を振るのであった。
……因みに、実力の程は、かの小さな魔法先生の第二の師匠であるとあるバグキャラを思い出していただき、かつそれと同じであると思っていただければわかり易いと思います。
……いま、マガジンで新たな物語となってますけど……あの人、もしかすると生きてるんじゃないですかねぇ……何らかの方法で気合で寿命をどうにかしても可笑しくない(白目)