東方剣神録   作:上田幻

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第六十八章「揺れ動くは己が決意」

 

 散々に騒いだ室内は、クリスの拳骨(床を一発壊さぬ程度に揺らした一撃)によって鎮められ、冷静になったカルラが赤面し、ラルロスが安堵のため息を漏らすという結果に収まった。

 因みに霊夢はかなり不機嫌そうであったことは余談である。

「……で、これからどうする心算なの?」

「養父さん達の目的は、僕が生きている事と養父さんたちを人質に取られている事実がないことを証明するものだからね。撮影は……ラルロスが用意してくれているみたいだし、後は、僕の魔力を込めた血判状を作れば、大抵分かってくれると思うよ」

「ふぅん……でも、撮影するにしたって、拠点は必要よね?」

霊夢が考えるようにしてそう告げた時。

 

「――あら、イオが作るんじゃないの?」

 

「あのねぇ……」

マリアの素っ頓狂なその言葉に、イオががくり、と肩を落とした。

「いやまぁ、作れない訳じゃないけど、流石に直ぐには無理だよ?」

「……何だかんだ出来そうな気がしたのは気のせいだったのね、じゃ、どうしよっか?」

マリアが少しばかり困惑したようにクリスへと尋ねると、其の言葉にクリスではなく紫が反応する。

「別に、困るような事態でもありませんわ。この世界には、本当に色々と異能力を有した者達がおりますから。――例えば、対価如何によりますけれど、一瞬にして家を建てる事が出来るものも、おりますのよ?」

自慢そうなその口ぶりに、途轍もなく嫌な予感がしたイオが慌てて、

「あの、其の方って……」

「貴方が思い浮かべているので間違いないわ。どうしたの?そんなに慌てて」

「慌てもしますよ。あの方から、対価に何を要求するのかまざまざと思い浮かぶんですが」

すっかり表情を青ざめたそれへと変えているイオに、クリスを始めとしたアルティメシア世界の住人達は一様に困惑した。

 だが、唯一此方の世界を知っているラルロスが、

「あー……成程なぁ。あいつだったら、確実に要求するのが何なのかはっきり分かるぜ」

「……知っておられるのか、ラルロス殿」

「知ってるよそりゃあ。なんせ、イオを現在の体に変化させたの、そいつのお陰だからな」

 

「「――なっ!?」」

 

驚きの声を上げる二人の少女。

 驚愕の表情を浮かべるマリアとカルラに、イオは苦々しい表情となってラルロスをじろりとねめつけた。

「ラルロス……そこまで言わなくても」

「どうせ、お前が言う言わないに関わらず、二人は遠からず知るだろうさ。割と、あのちっこい鬼は自慢したがる性質だしよ」

「だからって……」

はぁ、と深い溜息を吐くイオ。

 だが、カルラは身を震わせて、

「……イオ、後悔はしていないのですか、本当に?」

変えた当人を詰るよりも先に、イオを問い詰めた。

 だが、イオはぶれることなく静かに頷き、

「そもそもの話、僕は当時においては記憶や素性に関することを貪欲に求めていましたから。この世界に至って、諦めることも考えた時もありましたけれど、やはり、諦めきれなかったものでして。お陰で、こうしてこのような姿となりましたけれど、其の方には感謝しているんですよ。本当の自分を見出してくれた、其の事にね」

「……そう、ですか」

しっかりとしたその答えに、カルラは言葉を詰まらせる。

 どのような姿になったとしても、彼を愛せる自信はあったが、それでも、相談ぐらいはしてほしかったのが実情だろう。

 そんな彼女の様子に、彼の小さな閻魔の少女から告げられた言葉を思い出す。

『――貴方は少し、自分勝手にすぎる』

(本当に、そうでしたよ。今更過ぎますがね)

カルラの傷ついたようなその表情に、イオは内心でそう思うしかなかった。

 だが、それはけして言葉にはしない。

 どう言われようと、また、どう思われようと、変えてしまった事はもう戻らない。――また、戻るつもりも当然なかったからだ。

 故に、イオは仕方なさそうな表情となり、

「そう言うわけですから、僕は変えた事を良かったと思いこそすれ、後悔することはないでしょう」

「……」

断じられたその言葉に、カルラは寂しそうな笑顔へと変わった。

「……分かりましたわ」

言いたいことが、沢山あった筈。

 それでも、彼女はイオの決意をけして詰ることも、嘆くこともせずに笑って受け入れてくれた。

 それだけが、本当に心に突き刺さる。

 複雑そうな表情をしているイオに、しかしカルラはもう触れることはせず、

「では、話は戻りますけれど……私たちのこの世界における拠点をその方が作って頂けるというような話でしたが……?」

「えぇ。ですが、其の方は対価に『人間との戦闘行為』を求める可能性があるんです」

一旦、先程までの話題を忘れることにしたイオが、今度は憂鬱そうな表情へと変わった。

 普段、他との関わりの中で滅多に表情を変化させない彼がそれをしたことに、カルラを始めとしたアルティメシア世界の人々(うち一人は除く)は驚きつつも、

「……ねぇ、そんなにやばい相手なの?」

「やばいから憂鬱なんじゃないか。――想像してみてよ。養父さんがもう一人いるって思えば分かるだろ?」

「ふむ……それでいて、戦闘狂か?」

「自分を制御し切れている養父さんとは大違いな所だね。でも、本当にやばいんだよ。体の頑丈さも、膂力の高さも、比較にならないくらい凶悪なんだから。体が小さい方であるのが、不思議な位だよ」

単純な話、背丈も含めた間合いというのは、武術において重要な位置を占めている。

 手足が長ければ、其の分だけ遠くに当てられるということでもあるし、遠心力もかなりかかり易いからだ。

 鬼は、技術こそ持たないものの、圧倒的な戦闘経験、そして凶悪なまでの身体能力を有している。振りかぶる力が何倍にも膨れ上がる計算に、容易に達することが出来るのである。

「……ふむ、いいだろう。先方がそれを願うというのならば、俺はそれに応える気はあるぞ」

「正気!?一歩どころか、命が消えても可笑しくないのに!」

クリスの至極あっさりとしたその言葉に、娘のマリアが悲鳴を上げた。

 だが、彼は頷くと、

「忘れたか?一応、これでも『覇王』なんぞと呼ばれた口なんだ。身体能力の差が大きかろうと、それは魔力で補える範囲になるだけ納めればいいだけの話だろう」

「…………あの、そんなことが出来るの、養父さんだけだからね?」

長い間の後に、イオが何とも言い難い表情で恐る恐る告げる。

「というか、普通だったら年齢と共に筋力とか衰えてくる筈なんだけど」

「生憎、鍛冶仕事は筋力が相当に鍛えられるからな。それに最近、ギルドに頼まれて新人をしごく仕事も貰っている。お前との模擬戦のことを嗅ぎつけられたんだよ。ま、お陰でこの通りな訳だが」

「道理で相変わらずとんでもない動きすると思ったよ……大剣持ってあの速度って、戦いたくないやい」

今までの自分が崩されそうな、相変わらずの養父のとんでもなさにイオが沈みかけた。

 だが、寸前で持ち直し、ちらり、と辺りを見回してから、

「……どうされます、紫さん。一応、こちらとしては戦意が十分ありそうなんですけど」

「いいのではないかしら。丁度、あの子も『興味津々』のようだしね」

「あああやっぱりぃ……」

頭を抱え始めたイオに、きょとん、とアルティメシア世界の少女達は首を傾げる。

 だが、男達は揃って苦笑を浮かべていた。

「なるほど……先程から、妙に視線も気配もすると思えば。――ラルロス殿、今ここに『いる』のだな?」

「ああ。見てるだけじゃ、面白くないだろう?――伊吹萃香さんよ」

 

『ふ……ふふふ……あはははは!!!』

 

けたたましい笑声と共に、唸りを上げて霧が集う。

 白の塊が次第に人の形を成すのに、カルラとマリアは驚きに眼を見開いて見つめ、クリスはにやり、と幽かに口端を上げた。

「いいねぇいいねぇいいねぇぇ!!まさかまさか、そっちから言ってくれるなんざぁよぉ!」

興奮しきりに叫ぶその声の主は、再び笑い声を上げながらぐびり、と瓢箪より酒を呷る。

 捩じれた二本の角を持つ、その幼き少女の姿を見て、カルラとマリアが再び眼を見開いたが、クリスの表情は真剣なものから揺るがなかった。

「……貴方が、イオの体を変化させた者か」

「おぅよ。私が鬼の四天王が内の一人、伊吹萃香さ。一応、仲間内じゃぁ技を司るもんとは言われてるぜぃ」

凶悪なまでの存在感が、母屋の居間を席巻する。

 濃厚なまでのその気配に、精神が一般人のそれと変わりないカルラ達二人が息詰まりそうになった所で、ぼかり、と陰陽玉がぶち当たった。

「ぎゃふん!?」

「……今にも暴れ出しそうな気配を出すな。私、この家で暮らしてるのに、無くなったらどうしてくれる心算よ」

「おおぅ……相変わらず霊夢ったら容赦ないなぁ……」

問答無用でピチュらせた彼女に、その霊力の威力を知るイオが引き攣った笑みを浮かべる。

 それとは対照的に、クリスがきょとんと眼を瞬かせた後に、ふと、何処か納得がいった表情となると、

「成程……イオが負けた、というのも分かった気がするな」

「でしょう?一見して可愛らしい女の子なのに、凶悪な攻撃が出てくるんだから堪ったもんじゃなかったよ。しかも、物理法則から飛び越えて、概念にまで至ってるみたいだし。流石に、体ごとそうなれるなんてのは初めて見たなぁ」

「……つくづく、変わった所だ」

やれやれ、と言わんばかりのクリスに、イオとマリアが呆れ顔で首を振っていた。

 

――とまぁ、茶番はさておいて。

 

「――で?お前さん達の願いは、家建てて欲しいで合ってるかぃ?」

若干、擦り切れたような状態になった伊吹萃香が、それでも楽しそうな笑顔でにやにやとしつつそう問えば、もうこうなったら仕方無いと諦めたイオが頷いて、

「えぇ、僕の私事で申し訳ありませんが」

「いいさぁいいさぁ、そんなこと。それよりも、私にとっちゃ嬉しいことがあるからねぃ」

くすくす、くすくすと楽しそうに笑う萃香。

 その様子に、一連の動きを呆れたように眺めていた紫が割って入って、

「あのねぇ……嬉しそうなとこ、申し訳ないけれど……戦う場所、どうする心算なのよ」

「おやぁ?紫が用意してくれるんじゃないのかぃ?」

「するわよ。貴方達のような武力極限突破な戦いが始まるとあっちゃね」

「なら、何の問題もないさね。だけどよぉ、戦い方はどうするんだぃ?妖怪としての戦い方だと、何の面白みもないぜぃ?」

と、萃香がクリスに向かってそう問うた。

「……というのは?」

「私もそうだが……この幻想郷にいる妖怪達は何らかの異能力を有してるのが殆どさぁ。私の場合は『密と疎を操る程度の能力』。萃めることも、散らすことも出来る万能能力さねぇ」

「……では、俺は身体能力向上のみ魔法使用可で。後はそうですな……素手でいきましょうか」

普通であれば、見かけに対して躊躇しそうな物を、淡々とした調子でそう告げるクリス。

 その言葉に、一段として萃香の笑いが深まった。

「……ほぉ?そのぶっといので戦りあったりはくれないのかぃ?」

クリスの傍らに立てられた、鞘入りの大剣を指していると見たクリスが首を振ると、

「瞬く間に折られるのが落ちだ。一応、お気に入りの物なのでな……素手で立ち向かわせて貰う」

「――ふふふ……いいよぉいいよぉ。イオ、よくぞこんな人間を連れて来てくれた!霊夢の他に、満足できるような人間、それも男なんぞいないと思っていたがねぇ……こりゃ、勇儀の奴が聞いたら絶対悔しがるぜぃ!」

アッハッハ、と高らかに笑う萃香。

「なら、私はこの戦いに限って能力を使うことはしない!始まる前に散らしちゃ、興ざめだからねぃ。だが、その代り、ちっとばかり大きくなっても別に問題ないだろぅ?」

「十分だ。見た目で判断する方ではないが……完全に幼い姿でこられても、正直、困惑するだけだ。俺と同じぐらいの大きさで戦りあおう」

「ふ、ふふ、ふふふふふ……!!!」

これ以上ない歓喜の衝動が、伊吹萃香の心を駆け巡った。

 もう、二度と人間と本気でやり合うことなどないと思っていた……だが、異世界には、まだいたのだ。

 人間に愛想を尽かしかけていた自分達を、再び蘇らせる人間。

 クリスという存在を、萃香は心底から気に入ってしまった。

(くっくっくっ。いや、本当に勇儀は悔しがるだろうよぉ)

遥か昔に地底へと消えた、友である女鬼を思い出しながら、萃香がぎゅるん、と首を紫へと向けると、

「ほれ、早く準備しておくれよぅ。これ以上ない戦いを、お預けにする気かぃ?」

「待ちなさいな、もう……そこの鴉天狗、天魔や紅魔館の面々に伝えなさい――神代の戦いが、今再び、蘇ろうとしていると」

その言葉に、クリスと萃香、そして霊夢を除いた面々が一様にぎょっとして、

「ちょっ!?見世物にする気ですか!?」

とイオが叫んだ。

「仕方がないでしょう……此処まで萃香が嬉しそうにしているのを邪魔するのは、忍びないしね。だったら、イオのお父様が死なないよう、何かがあれば全力で止められそうなのを見繕うしかないわ。元々の目的を果たす前に死んでしまうなんてことがあったら、貴方にも申し訳ないし、ますます面倒がやってくるだけだからね」

「……(ぱくぱく)」

何かを言いたいが、何も言えずに口を開閉させるイオ。

 だが、カルラは悩ましげな表情となると、

「……それが、出来うる限りの対策なのですね?」

「えぇ、そうよ。血が流れるのは確かだけれど……ま、コロシアムだとでも思ってくれたらいいわ」

「こっちの世界でも、武闘大会と言えば人死が出る可能性が大きい奴だしなぁ……ルールあるだけましだと思わねえとやっていけねえぜ?」

「それにしたって……イオの伝手を使って、家を建てて貰うことは出来ないの?」

どうしても不安なのであろう(当然だが)、マリアがそう尋ねると、

「現状、僕に戦力が集まりつつあるのに?それじゃ、人里にも妖怪にも警戒されるだけなんだよ。だから、もうどうしようもないね。幸い、医者を始めとしてこの世界には割と生命維持系統に強い人もいるから大丈夫だよ」

と、既に諦めているようである。

「……何でそんなに諦めてるのよ」

「諦めざるをえないんだから仕方ないでしょ。只でさえ、養父さんが来る事には嫌な予感がしてたんだ。それが当たったって事だからね。――取り敢えず、紫さん。戦う場所、十分に周囲を配慮して下さいね。もしあれだったら、別の場所から観測できるようにしておかないと。でなければ、確実に周りが『巻き込まれ』ます」

故郷にいたときでさえ、周りに迷惑掛からないように首都の防壁の外でかつ結界を張った状態でやってましたからね。

 すっかり疲れたような表情で告げるイオに、紫を始めとした幻想郷の面々は一様に表情を引き攣らせた。

「……異変であんたが暴れた以上に暴れるって考えるのも嫌になるわね」

「そりゃあ、僕の師匠だしね。兎に角、僕以上の理不尽の塊ってだけは頭に叩き込んでおいて。でないと、本当に訳が分からない戦いになるから」

イオが例えば、と前置きをすると、

「僕が前に使ってた魔眼……あれ使っても互角どころか赤子の手を捻るようにして遊ばれたからね。当時、僕がまだ体が完全に出来上がってなかったこともあってさ、結局、こうした技術を特化させたんだけど」

それでも勝てる気がしなかったよ。

事実上の敗北宣言。

 その言葉に、霊夢が頭を抱えるようにして、

「……つまり、本気でやったら私だったら夢想天生を使わないと勝てないと」

「それははっきり言えるね。あれは確実に自分を概念へと昇華させる技だからさ、対抗するにはこっちもおんなじことをしなきゃいけない。流石に、養父さんは人間だからね……多分、千日手になるんじゃないかな」

精密射撃が可能でも、容赦なく力技で吹き飛ばすような人だから。

 それは暗に勘が良かったとしても無駄だと示しているかのようであり、霊夢がはっきりと表情を引き攣らせた。

「……本当に何もんよ、アンタのお父さん」

「うん、それは僕も常々思ってる。というか、この年齢になってまだ強いとか、割と恐怖だったり」

家にいたころのトラウマを思い出したのか、がくがくぶるぶると蒼くなって震えだしたイオ。

 そんな、好き勝手に言われている現状にクリスが表情を渋くさせていた。

「はっは、慕われてるじゃないかぃ。普通だったら、もっと怖がられても可笑しくないだろぅ?」

「いや、全くその通りだな……とはいえ、イオにはきついお仕置きが必要か」

 

ぞっくうぅっ。

 

イオの背筋を冷たい気配が通り過ぎる。

 そんなこんなで、騒がしくも戦いの前の時間が過ぎていくのであった。

 

 




はい、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

――正直に言います、どうしてこうなった(困惑)
あっれぇ、普通に拠点作るはずがどうしてこんなことに……?
勝手にキャラクターが動いて困惑すること頻りな作者でありまする。
と、ともかく書いてしまった以上は、次回において戦いを書かせていただきます。
……書けるかなぁ。
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