東方剣神録   作:上田幻

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第六十九章「吹き荒れるは暴虐の嵐」

 

――場所が決まった。

 そんな声が響いたのは、既に二時間以上が経過した頃だった。

「ふっふっふ……漸くかぃ。腕が鳴るねぇ……!!」

嬉々とした表情で縁側より地面に降り立った萃香がそう呟く。

 その旧来からの友人の姿に、紫は静かに苦笑して、

「全くもう……色々と苦労した私への労いはないのかしら?」

「いや、それは済まないねぇ。有難うよ、紫。もう二度と……こんなに心が躍る瞬間は来ないものと思ってたんだ。イオにもすごく、感謝しているぜぃ」

キラキラと、まるで憧れが戻ってきたと言わんばかりに目を輝かせ、萃香は笑う。

 そんな、二人の様子を遠くから眺めながらクリスが呟いた。

「……何故、彼女はあそこまで人間と戦うことに固執するんだ?」

「……元々、そういう種族だったとしか聞いてないかな。でも、宴会とかで博麗神社に集まると、自慢げに昔の外の世界の人と戦った時の話を、楽しそうに話してくれるときがあるんだ。多分、人間が『好き』だから、どうしようもなく『愛おしい』から、人間と戦うんじゃないかな」

あの人の感情は、今一よく分からないけどね。

 未だ『人間』であるからか、イオはそんな風に言って苦笑する。

「ふむ、成程……なら、俺がこの世界に来たのは強ち間違ってもなかった、か」

「どうだろ……ま、あんなに萃香さんが喜んでるのは見てて気持ちがいいけどさ」

複雑そうな表情で、イオが呟いた。

 どうやら、その原因が自身の養父にあると分かっている為に、自然とそうなっているようだった。

 ぽん、と昔にしていたようにイオの頭に手を乗せ、

「安心しろ。無様に負けるつもりも、ましてや、手を抜くこともしないさ。見ている限り、かなりの強者だからな……『本気』で、お相手させて貰う」

ぞくり。

 久方ぶりに感じ取ったクリスの変化に、イオの背中が粟立つ。

 なんだかんだ言いながら、クリスもまた、強者との戦いを望んでいたようだ。

 そんな彼の様子に深々と溜息を吐きながら、

「だったら気をつけて。怪我するなとは言わないし言えないけど……この世界の人達は、本当に『強い』から」

――レミリア=スカーレット。

――風見幽香。

――博麗霊夢。

――アリス=マーガトロイド。

――霧雨魔理沙。

 多くの少女と出会い、そして戦う事もあったが……どの人物も油断できない、いや、負けた事すらあった今まで。

 くく……と静かにのどの奥で笑うクリス。

「上等だ……見かけだけで判断すると後が怖いからな。――全力で『叩き潰す』……それだけだ」

 

――『覇王』、今此処に咆哮を上げる――!!

 

――――――

 

「――さぁ!いよいよ以て始まろうとしております!片方は、嘗て妖怪の山にて頂点を誇り、今なお数々の伝説を残す『技の四天王』――伊吹萃香様!!対するは、異世界より来たりし来訪者!彼の何でも屋イオ=カリストの師匠にして、元の世界での二つ名は『覇王』!クリス=カリストだぁーーーー!!!」

 

絶叫が、歓声が、妖怪の山を轟かせた。

 

大きく切り開かれた山の頂上。

 大いに飲み、騒ぐ宴会の広場で妖怪や一部の人間は楽しそうに、或いは心配そうに、そして或いは毅然とした表情で頭上に広がる『境界』による映像を見ていた。

――時は夜。

 普通であれば、騒ぎが人里にまで轟いても可笑しくないこの状況だが、霊夢や紫、そして幾人かの魔法使いによる結界によって、部外者に音が響かないようにされていた。

 故に、彼等は全力でこの『余興』を楽しんでいたのである。

「……まぁ、別にね?養父さんのことが心配だったから此処まで来たけどさ――」

そんな宴会場のとある一角。

 がしゃがしゃ、とけたたましい音を響かせながら、蒼紺色の髪と金色の眼を持つ鱗が所々に見える青年は不機嫌な表情だった。

 

「――幾らなんでも、皆料理頼み過ぎだと思わない?」

 

殺気が幾分か混じったその言葉に、丁度近くにいた鴉天狗の男衆――橘高・木葉・白雨は揃って背筋を立たせる。

「あ、あはは……仕方がないだろ?なんせ、俺達がちっちゃい頃に伝説だった鬼の方とお前の師匠である人間が闘うなんて、言ってみれば俺達鴉天狗でも興奮する位の試合だぜ?」

そりゃあ、みんな挙って見に来るだろうさ。

木葉が申し訳なさそうにしつつも、自身の眼をきらきらと輝かせてそう告げた。

 その様子に、深々とイオが溜息を吐いてから、

「言っちゃあなんだけどさ、ただの『人間』だよ?そりゃあ、僕の師匠でもあるし、元の世界でも恐れられてた人だって分かってるけどさ」

その言葉を聞き、橘高が若干真剣な表情となると、

「馬鹿を言うなよ?この妖怪の山の天狗達は、揃って武術を鍛えているのが多い。普通、このようにして騒ぐことはしない。お前の武術を見て、感じて、或いは聞いて……それよりも上回るとお前自身が言ったから、こうして皆が興味を抱いているのだ。――回り回ってお前から出ているのだよ」

「めんどくさー……」

表情も、言動も面倒そうにして、イオがはっきりと呟く。

 それでも、料理の手を止めないのは流石という他はなかったが。

「……それにしても、集まったねぇ……」

「せやなぁ……ワイも、此処までの騒ぎになるとは思いもせんかった」

射命丸からの紫の伝言による、天魔の鶴の一声は瞬く間に幻想郷中に広がったと言ってよかった。

 万が一の為の救急室には、永遠亭の薬師である八意永琳や鈴仙が常駐しており、大きく積み上がった酒樽の周辺には、紅魔館の主であるレミリア=スカーレットを始めとした少女達が今にも始まらないかとばかりにきらきらとした眼をしている。

 さっきからイオが料理の手を止めないのも、白玉楼の西行寺幽々子が居る所為で、大量の料理を作らざるを得なかったという事情があったりした。

 

――そして、何よりも驚いたのが。

 

「……貴方まで来られるとは思いもしませんでしたよ――映姫様」

「仕方がありません。八雲紫から、勝負の推移を白黒つけるようにと頼まれましたので。丁度、他の閻魔と交代できる時間帯でしたからね……それに、貴方の師匠にして養父という男にも、少々ばかり気になったものですから」

普段の衣装をひらり、と秋の風に遊ばせながら登場した彼女に、イオは竦み上がっている天狗男衆をスルーして、

「流石に、養父さんに対してまでお説教はなさらないで下さいよ?異世界ですから管轄だって違うでしょうに」

と呆れ顔で突っ込んだ。

 だが、映姫は苦笑して、

「分かっていますよ。それに、彼が行ってきた善行は、彼が生きてきたと同時に多くがなされている。この幻想郷に移り住むというのならば……まず、確実に浄土へと導かれるでしょうね」

「……考えてみれば、養父さんどれだけ依頼こなしてたんだろ……」

SS級の『覇王』という二つ名持ち。

 当然そこに至るまでの道のりには数々の場面があったはずだった。

 イオのように、国全体に関わる程の大事件にも巻き込まれているのなら、未だにギルドから要請されるほどにはならない筈である。

 しかし、映姫は黙して語らず、静かに首を振ってから、

「それは、貴方が当人に聞くべきこと。私のように反則手段で知った者に聞くべきではありませんよ」

「分かっておりますよ、映姫様。別に、単なる思い付きなだけです」

「嘘は、吐いていないようですね。ならば構いません。――それよりも、自分の幸せは……見つけられたのですか?」

唐突なその問い。

 料理を作る手を一瞬止めかけ、慌てて再び動かしながら、

「な、何をいきなり。……目下、探し中ですよ。それ以上に、気がかりなことが出来てしまったもので」

「でしょうね。――既に、もう選んだのでしょうが」

「…………敵わないなぁ、もう」

苦笑を浮かべるイオ。

 すると、黙って見ていた天狗の一人、白雨が手を挙げ、

「な、なぁ……選ぶって、何の話なん?なんや、えらい重要そうな話に聞こえたんやけど」

「あー……言っていいのかなぁ、これ。でも、まだ終わってないし……」

「――告げておきなさい。後で悔むことになっても、私はもう声をかけることすらできませんからね」

「もう、本当にお節介な方ですね。――でも、有難うございます。もう、審査員のお仕事が待ってらっしゃるのでしょう?行かれては如何ですか?」

「む……ふむ、確かにそうですね。では、イオ。これからも自分の幸せを、そして、己が友や家族達を蔑ろにしないように。そうすれば、貴方が此方を選んだとしても……私は、はっきりと白と言えますからね」

はっきりと、奇麗な笑顔を浮かべ、映姫は立ち去っていった。

 

「……は~……閻魔様って、笑えたんやなぁ……」

「こらこら。流石にその発言は見逃せないよ?」

白雨の余りにも失礼なその言葉に、イオが苦笑しながら突っ込むが、

「いや、だってあれやん?かなり堅物やっちゅう話結構耳にしとったんやもん」

「あのねぇ……女性に対する評価にしちゃ、最低だよそれは」

流石にジト眼になったイオがそう言ってから、

「あの閻魔様は……笑いもするし悲しげな表情を浮かべられる時だってある。神様という括りに入っていても、確固たる感情を持っているんだから」

「いやまぁ、それはそうなんやけどなぁ……って、それはもうええわ。さっき閻魔様と話とった重要そうなこと、一体何やったん?」

話を逸らさせてたまるかとばかりに真剣な表情を浮かべる白雨に、イオは静かに苦笑を浮かべて、

 

「ん、まぁね……僕が、『この世界』を選ぶか、『元の世界』を選ぶか……そのどっちかっていう話だよ」

 

そう、静かに漏らしたのであった。

 

――――――

 

――クリスと萃香が戦う、戦場。

 既に、場は温まっているも同然の状態であり、片方は猛獣のごとき笑顔を浮かべ、もう片方は、ゆっくりと自身の体に力を籠めている最中だった。

 

「――なぁ、人間。お前は何の為に戦う心算だ?」

 

ふと、告げられた鬼の言葉。

 単純に疑問に思っての発言だったのだろう……一瞬、ぴくり、と眉根を動かしたクリスが不思議に思い、

「普通に、俺達の拠点を作って貰いたいが為なんだが」

「いやいや、それはちゃあんとやってやるさ。私が言いたいのは……何故、そこまでの危険を掛けて、私と闘ってくれるのかって話だよ」

くすくす、くすくすと楽しそうに笑う萃香は、ぐびり、と手に持っている伊吹瓢より酒を呷ってそう告げた。

 すると、クリスはふむ……と呟き、

 

「――自分がまだ、力を試すことが出来るか……それぐらいか」

 

「っ……ふふ、ははは!驚いた!この私を相手に!!――『力試し』と来たか!!」

余りにも愉快なその発言に、萃香がけらけらと笑うが、クリスは真面目な表情を崩すことなく頷いて、

「当然だ……誰しも、初めから負けるという気概で戦っている訳でもあるまい。お前さんが戦った……古来の者達も、背に控え、そして背に負っていた物が確かにあった筈。俺はそれが……イオ、そしてマリアからの期待だという、ただそれだけの話だ」

一介の父親として、或いは、人間種の最強の一角を自負するが故の発言。

 その言葉に、ますます萃香が嬉しそうに笑った。

「ふふふふふ……お前さんほどの人間なら、私の本当の実力位分かっている筈だろぅ?」

「ま、全力で以て掛かられたならばな。だが、今は……『制限された』状態だ。それに、先程、俺が持っていたあの大剣だが……実を言うと、単なる『手加減』の為に持っていたような物でな」

 

――俺は、本当は『こっち』が主体なんだよ。

 

ぐぐ……と体に力を籠めた、その瞬間だった。

 

――ドォッ!!!

 

『金色』のオーラが立ち昇り――直ぐにするするとクリスの体へと収められる。

「……人間の体は、突き詰められれば刀を表すことが出来る――例えば、手を真っ直ぐに伸ばせば手刀。踵落としを斧刀に見立てるように。俺は……元々、徒手空拳の格闘が得意なんだよ」

恐らく、お前さん達鬼と同じようにな。

 呆気に取られて見ていた萃香の表情に、次第にゆっくりと笑みが浮かびあがってくる。

「はっは……なんだぃそりゃぁ。イオと同じ『気』じゃないかぃ?」

「基本は教えたからな。そこからどう伸びるのかは……自分だけが分かっている。どうしても分からないのならば、他に教えを請うのもいいだろう。そう思って基本だけを教えて独学でやらせていたが……どうやら、この世界で漸く――『覚醒』出来たみたいだな」

 

さて、更に上げさせて貰おうか。

 

そんな言葉を呟いたかと思うと、

 

「――ハアァッ!!!」

 

大きく五芒星が中心にある魔法陣を展開し、その中心を自身の体で通過させる。

――すると、よく見ないと分からない程の『金色』の気に、幽かに色が混ざり始めた。

 黒・青・赤・黄・白……五行を示すその色合いは、体の随所でしっかりとその存在を主張しており、見るからに何かしらの効果が現れていることが見て取れる。

「……そりゃ、一体何だぃ?」

「なに、ただの『身体能力向上系の補助魔法』だ」

 

――その瞬間、イオは全力で突っ込んでいた。

「あんな無茶苦茶な魔法の掛け方、あるかぁー!!」

完全にブチ切れた表情で突っ込んでいるイオに、周囲の人妖は揃ってギョッとイオを見る。

 だが、彼は止まることなく咆哮を続け、

「無詠唱に補助魔法を五個同時展開って、ラルロスでもやんないよ!!」

というか、どんだけだ!!

普段の落ち着いた彼の様子とは格段に懸け離れたその様子に、思わず笑ってしまう人妖もいたが、紅魔館の面子の一人であるパチュリーは深々と頷いて、『全く以てその通り』と言わんばかりであった。

 フランドールも、此処最近はアルラウネにイオの世界の魔法を習っている為に、いささか表情を引き攣らせており、

「……普通、魔力で魔法陣展開した上で、詠唱の終わりと同時に発動しますのに……でも、ちゃんと体の随所随所には効果が出ておりますね」

「あれで本当に効果が出ているのなら……正しく、『化け物』と称せるわ。イオが勝てないと言うのも納得がいく」

そんな言葉が周囲の人妖達に伝わると、理解したような、或いは驚嘆したようなどよめきが沸き起こる。

 

――そして、中継の言葉が聞こえるように設定されていたが為に、とうの戦いの場においても、萃香が呆れたように首を振っていた。

「私でさえ、随所随所に力を萃めることは出来るけどよぅ……ちゃんと、『能力』を使ってからだぜぃ?魔法とやらで出来るお前さん、何をどうやったらそんなことが出来んのさ」

「別に、大したことはしていない……『気合い』で――どうにかなった」

「出来るかそんなの。はぁ……こりゃ、ますます血が滾ってくるってもんだねぇ。くく……気づいているかい、人間。今、お前さん……人間が手にするにしちゃ、余りにも外れ切っている力持ってるってよぅ」

「今更だな。元より、『壁』の向こう側へと辿り着いた身だ……人から外れていると、十分にわかりきっている」

先ほどよりも気も、凶悪な力を有している事による重圧も増してきているクリスは、しかし、それでも理性を保ったままそう告げる。

 

「俺が為すのは――只、戦うことのみ」

 

「ふっふっふ……おい!もういいだろよぉ!わたしゃ、限界まで押さえつけられて我慢できないんだ!とっとと始めようぜぃ!!」

咆哮を上げる、一匹の鬼。

 それが言葉と共に急激に膨れ上がり……一瞬にして、クリスと同じ背丈へと変貌した。

 今まで描写こそなかったが、漂っていた妖力による霧が晴れ……クリスは漸く、その全貌を見る。

 

――はたしてそこにいたのは、幼き少女から成長した鬼の姿だった。

 

 先ほどよりも遙かに変化しているその姿に、さしものクリスも若干眼を見開く。

 そんな彼の表情を見て、楽しそうに笑った萃香は、

「以前、お前さんの息子を弄ることになった時……ふと、後で思いついたんだよぅ。『龍の因子』を萃められるのなら……『成長する因子』も萃められるんじゃないかってさぁ。お陰で、いっつもちっこいちっこいと言われてた昔が懐かしいぜぃ♪」

まるっきり女性らしい姿へと変化を遂げ、嬉しそうに再び笑う。

 とはいえ、服装は依然として変わった様子はなく、どうやら成長するのと同時に服装も大きくさせたようだった。

 少女の姿の時においては柔らかく見えた手足も、成長することによってしっとりとした大人らしい肌理細やかな肌へと変化し、それでいて筋肉もしっかりついているように見える。

 それを見たクリスは、静かに苦笑した。

「……やれやれ。どうやら実力の方も変化したようだな」

「お、分かるかぃ?いやー勇儀っていう私の友達が羨ましかったぜぃ。これでも結構女らしさについちゃ、周りを羨んでたこともあったんだがよぅ。イオにはホント、感謝してるねぇ」

油断もなく、また、隙もない。

 それでいて、間合いが変化した事により以前の姿であれば間合いを読み取ることも出来た筈が、これで勝負の行く末が分からなくなった。

 クリスの行った事は単純にして明快な、自身の肉体能力の向上だ。肉体を武器と見なし、古来より生きる鬼と同等の戦闘経験をその身に刻んでいる。

 対して伊吹萃香の行った事は、体の大きさによるアドバンテージを無くしたことにあった。

 間合いを読まれて避けられることのないよう、そしてまた、相手の先読みをなるだけ潰していく戦法を取ったのである。

 肉体能力に関しては今更過ぎる為に省くが、これで経験も身体的な差も縮まった。

 

後はただ――心ゆくまで闘争を味わうのみ。

 

「さぁさぁさぁ!場も充分に温まった所で、いよいよ試合開始の鐘が鳴ります!審査員は御存じの方もおられると思いますが、『白黒をつける程度の能力』を有する地獄の最高裁判長!四季、映姫様だーー!!」

進行役を務める射命丸が、楽しそうに声を上げると同時に、中継会場内で大きく歓声が轟いた。

 

――そして、戦いの場に降り立つ映姫。

 

「……ふむ、偶にはこういう審査もいいでしょう。さてと、では、双方構え……」

 

ぐぐっ。

ぎりぎりっ。

 

肉体が引き締まり、今にも解き放たれんと蠢き。

 

「――開始!!!」

 

「はぁあああああーーー!!!」

「うぉおおおおおーーー!!!」

 

――激突する。

 先手必勝とばかりに両者とも右の拳を突き出し、ゴッ!!ゴッ!!とおよそ人体から出てはならない音が響き渡った。

「ぐぅ――!」

「がぁ――!」

咆哮に次ぐ咆哮。

 その中で萃香ははっきりと獰猛な笑みを浮かべていた。

(これだ……これが、私が嘗て人間達に求め、そして味わってきた闘争……!!)

驚くべきことに、現在かなり本気で打ち合っているが、クリスの表情は萃香と同じように獰猛であり、かつ、放たれる拳が『重い』。

 よもや、自身の技術のみで鬼と同等にまで殴り合えるようになってくるとは、本当に思いもしなかった。

 

――ただひたすらに、楽しい。

 

「あははははは…………!!いい、実にいいぞ人間よぉ!もっと、もっと魅せてみろぉ!!」

傲然と大妖怪としての矜持を胸に、萃香は殴り続ける。

 

 対するクリスもまた、自身が此処までやれることに正直驚いてもいた。

(……ふむ、意外と何とかなったな。だが、これは試合だ……此処まで実力が伯仲しているとなれば、後はただ、己が意志のみ……!!)

ズゴゴゴッと連続して正拳突きを繰り出すクリス。

 

――弾き、返し、受け止め、蹴りを繰り出す超高速の動き。

 

 そこにあったのは確かに――神代の戦いだった。

「あー……うん、まぁ。養父さん楽しそうでなによりです」

料理の皿を運びながら、心底から呆れた表情で映像を見ていたイオが呟く。

 と、そこへ、

「……ねぇ、イオのお父さん、本当に何者?あんなふうに、萃香様と殴り合えるだなんて」

「今更過ぎるよそれは。僕だって知りたい位だし……しかも、剣使ってたのが手加減だったなんてさ」

むっすりとなったイオが、進行役を交代したのであろう射命丸に向かってそう告げた。

 恐らく、今までのトラウマがクリスにとっては手加減だった事に若干不満だったのだろう。

 何時になく子供っぽいと思えるような彼の姿に、射命丸はくすくすと笑って、

「自分の息子に負けたくなかったんじゃない?」

「……やっぱ、そう思う?」

「そうに違いないわよ。だって、鬼の方々と同じ位勝負には煩そうなのに」

けらけら、と楽しそうに笑う。

 

「……見た所、私達でも苦労しそうな相手ね」

 

――艶やかな声が響いた。

 直後、射命丸の表情が固まり、すぅ……と蒼ざめていく。

 笑顔のまま冷や汗を流し始めた彼女に、イオはあー……と何とも言いにくそうに苦笑すると、

「どうも、こんばんは……天魔様」

「あら、普通に暁さんと呼んでくれて構わないのよ?」

「いえ、流石にそれは……」

「あらあら、いけずねぇ……ま、それよりも――文はどうして此処にいるのかしら?」

暁がイオに向けていた微笑みを綺麗に搔き消し、娘に対するには随分と冷酷な眼差しでそう問うた。

 脂汗を滝のように流す射命丸は、最早、其の言葉に必死になって顔を逸らし、けして母親と向き合おうとしない。

 だが、そんな彼女に構わず暁は瞳孔を鋭利に変化させながら、

「あれほど、言いつけを守りなさいと言っておいた筈なのに……遅めの反抗期かしらねぇ?」

(……うん、かなり怖いや)

自身に降りかかることのない災いだと分かっている所為か、イオは何処か遠くを見るようにして母娘を見ていた。

 だが、流石に彼女を見捨てるのも忍びないため、

「あの、申し訳ありません天魔様。僕が、昼食を摂っていくようにと引き留めたんです。あの時間帯にお腹を空かせてる姿見たら、ちょっと見捨てるのも後味が悪くて」

と、心底から済まなさそうにそう告げる。

 すると、暁は嘆息して、

「毎回毎回、この子の為にご免なさいねぇ。余り、貴方の厚意に頼りたくないのよ。只でさえ、この子は自分で料理を作ろうとしないのに」

「ちょっ母様!?」

「黙らないわよ、文。今回という今回は、流石の私も腹に据えかねるわ。聞くところによれば、貴方、イオがいた世界の子たちと衝突しかけたってね?先方に失礼過ぎるにも程があるわよ?」

「うぐっ……」

自分でも自覚していたのか、言葉を詰まらせますます冷や汗を流す射命丸。

 その姿に深い溜息をついた暁が、

「兎も角、大人しくしていなさい。今は皆、怪達も人間達も目の前で行われている途轍もない戦いに眼を奪われているから。それほど、貴方を詰ったりすることもないでしょうけれど」

「あう……」

がっくりと肩を落とし、沈んだ表情になる射命丸にイオは苦笑した。

 だが、すぐに穏やかな顔となると、

「……にしても、先程少し漏らされていたようですが。苦労するとは?」

「あら、聞こえていたの?」

若干恥ずかしそうに暁が笑ってから、

「貴方のお父様ですってね。なるほど――貴方が勝てないというのもよく分かる話ね。特に、今回は条件が同じ状態だから……萃香様も、とても楽しまれていると思うわ」

「さっきから笑い声が響いてくるのでよく分かりますよ。……でも、どうして苦労すると?」

「貴方もそうだけれど……何分、隠されている引出しが本当に多いのよ。特に、クリスさんは貴方とは違って一生分を戦いに費やしたかのような経験がありそうに感じられるから。その辺り、妖怪と人間の差ね。だって、私達は元々が『強い』から」

苦笑を浮かべ、それでも天狗という妖怪としてのプライドを覗かせる。

「年月を経るに従って、私達の妖力は自然と培われ、そして強くなっていく。でも、人間は寿命が短いでしょう?どうしたって地力は低くなってしまう。――その点、貴方のお父様は本当に大したものよ」

恐らく、殆どを努力によって賄っているから。

「その都度その都度、相手に合わせて戦法を変える。余程、長く戦っていなければそこまでたどり着かない。それに、既に『壁』を越えてもいるようだし……どういう風に勝負がつくか、誰にも予想出来ないでしょうね」

暁がそう言って映像を見上げた。

 映し出されたそれには、既に多くの痣や拳圧によってか薄く切り傷も出来ている両者の姿が。

「……凄まじいわ、本当に。普通、鬼の方々の攻撃というのは本当に危険なのよ。痣や、ましてやあんなちゃちな傷程度に収まるものではけしてないの。でも、貴方のお父様は自力でそれを成し遂げた……この戦い、彼が勝っても負けても末永く、天狗や萃香様が語り継ぐことになるわ」

とてつもない速度で打ち出される両者の殴り合いを眺めながら、天狗の首領は妖怪らしく妖艶さが漂う笑みを浮かべるのであった。

――――――

 

「――ふふ、何ともまぁ泥臭い戦い方だ」

だが、生命の輝きを特に感じさせるね。

小さな円卓を広げ、その席に着いていた吸血姫の姉――レミリア=スカーレットはにやり、と哂う。

フランドールはそんな姉の姿に苦笑しつつも、妖怪らしく瞳を興奮で彩らせ、

「それでも、彼の方の戦いはとても凄まじいですわ。普通でしたら、私達吸血鬼と同じ膂力を持つ鬼の方と戦おうとすら思いませんもの」

「……色々と規格外ね、本当に。イオが先程叫んだ気持ちがよく分かるわ」

パチュリーが何時もの無表情を貫きつつも、クリスが使用している魔法の構成を読み取ろうと、何時もよりも眼が動いていた。

「恐らく、彼が使っている魔法は大抵が一つずつで使用すべきもので併用は出来ない。というよりも、そのような魔法陣の構成になっていないのよ。だけど、彼は見ることすらせず、しかも無詠唱で魔法陣を構築させた。余程、魔法をかけ慣れているか……戦い慣れているのでしょうね」

戦闘において、実力というのは一段飛ばしで駆け上がっていくことが多いから。

「ふむ、パチェ。あの男……正直どう思ったんだ?」

「戦いに興じているようでいて、その実努力で勝利をつかみ取ってきた人間よ。以前、貴方がイオと戦った時は勝ったけれど……あの人間は止めておきなさい。――不老不死で滅ぼせないのならば、幾らでも殺しにかかるでしょう」

あの男は、それだけ冷酷にも非情にもなれる人間よ。

パチュリーが無表情ながら真剣な眼差しで以て告げた言葉を聞き、レミリアは静かに哄笑する。

「ま、だろうな。見たところ、イオとは別格のようだし……とはいえ、声位掛けても構わないだろう?」

「お姉様ったら……喧嘩を売りに行くのではないのですから。私としては、お礼を言いに行きたいのですよ?」

あんなにも素敵なお兄様を齎してくださったことにね。

フランドールが静かにくすくすと笑った。

 だが、咲夜が静かに苦笑すると、

「お嬢様方……余り、無茶は仰らないで下さいませ。思わぬことで肝を冷やしましたわ」

「おや、御免よ咲夜。ま、大丈夫さ……先方にとってみれば、こちらは息子の仕事先にも通ずるからね。礼を失しないようにすれば、向こうもそれなりの態度で接してくれるだろうさ」

あの男、よく見ると動きが洗練されているからね。

 そんな風に呟きの声が興奮に彩られた空間へと溶けて行った。

 

――――――

 

――永遠亭が座する臨時救急室。

 テントを用いて作られたそこには、宴会が行われている所為もあってか、時たま急性アルコール患者が担ぎこまれたりする時もある。

 そうした時に、臨時の医者として常勤している永琳が薬を出し、鈴仙によって介抱されるという仕組みとなっていた。

 とはいえ、早々妖怪が酒に酔い潰れるということはなく、現状、かの戦いによって両者が倒れた時の為の備えとして構えている所である。

 

「――師匠……なんだか、見てるだけでも気絶しそうなんですけど」

「安心しなさい、私もそうよ。全く……予想以上だったわ……」

若干白目を剥きかけている弟子の惨状にも、また、頭上で映し出されている戦闘の過酷さにも、永琳は頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 月において、聊か弓に通じていた永琳であったが、イオの師匠でありまた養父でもあるクリスの実力は予想以上だったとしか言えない。

 しかも、聞こえてきた言葉に、イオの修行は手加減した状態で行ったとあった為に、ますます人間として見れなくなっていた。

「……むぅ。まさか、向こうの世界で神として崇められているんじゃないでしょうね?」

「――安心しろ、流石にそれはないぜ」

ぽつり、と呟かれたその言葉に反応し、銅色の髪の青年――ラルロスが苦笑しながら首を振って否定する。

「とはいえ、英雄としては途轍もない名だたる者ではあるけどな。なんせ、一つとしてクリス=カリストの名を詐称した者がいないってだけで十分分かるだろ?」

「十分すぎるわ。それって、国どころか世界中を跨いで知られてるってことじゃないの……下手な妖怪より、余程知名度があるわよ」

なんて人間を連れて来たんだとばかりにジト眼な永琳に、ラルロスは再び苦笑して、

「そんな眼をしたって仕方ないだろ。俺が知る限り、最も信頼性も信用性も高い人間だったんだから。未だにギルドに依頼されてるなんてこと、イオからよく聞かされてたしな」

「ますます、とんでもないわね……まさか、技術のみで鬼と張り合うことが出来るだなんて。私達があの迷いの竹林に居住を構えた時だって、鬼という妖怪は恐れられていたのよ?」

レミリアや天魔のように呆れ、或いは、驚異に感じているのか。

 永琳は鋭く目を尖らせ、だが若干冷や汗を額に浮かばせた状態でそう呟いた。

「全く、正直に言ってこんな隠された戦力があったのなら、ますます、あの子の月旅行に関して警戒せざるを得なくなるわ」

「――心配せずとも、あの親父さんは月には行かねえよ。そもそも、目的自体が違うしな。あくまでも、あの吸血姫の依頼で行くのはイオなんだから……そう、やきもきしたって無駄に精神を疲れさせるだけだぜ?」

「あのねぇ……行かなくたって、あの子に戦力の増強につながる何かを作るかもしれないじゃないの。見た所、彼の体に幾つか火傷のような黒ずんだ部分があるし……向うの世界で、鍛冶師でもやっていたんじゃないの?」

鍛え上げられた肉体の各所に、告げた部分があることを見つけていたと話す永琳に、ラルロスはピューッと小さく口笛を吹くと、

「大当たりっちゃ大当たりだな。だがよ、戦力の増強にしたって何を要求すると思ってんだ?そもそも、イオに渡された武器である『朱煉』や『白夜』がそうなのに?」

「……それでも、よ」

若干、苦しいとは自分でも思っているのだろう。

 苦々しい表情である永琳であったが、ふと、周りの歓声、そして映し出されている映像が変化したことに気づき、そちらへと意識を向けた。

 

――そこには、クリスより零距離寸打を受けた萃香が一瞬蹲る姿があったのである。

 

――――――

 

「――が、はっ……!?」

思い切り内臓に響いたその一撃に、さしもの萃香も息が大きく吐き出された。

 だが、瞬時に立ち直り、一瞬にして飛び下がって見せる。

「くく……今のは、効いた、ねぇ……いきなり、何だって、んだいぃ?」

「古来より生きるのならば……知っているはずだぞ。――『発剄』だ」

「あっははは、あれがか!いやぁ、胎に響いたねぇ……!」

今までにないあの衝撃。

 その上、表面上には影響がないように思えるが、若干、服の下は血液によって痣が生じていた。

 クリスは尚も残心を崩すことなく、言葉を続ける。

「ずっと、考えていたんだがな……どうやら、普通に殴り合った所で鬼の体は容易に倒れない。何故か……それは、外皮膚を構築しているのものが頑丈だからだ。謂わば、文字通りの肉の鎧なんだよ。だったらどうするか……簡単だ。『内側』から壊せばいい」

「……それで本当にやれるってところが恐ろしいねぇ。なるほど、私達の膂力に技術が伴えば此処まで脅威となるかぃ……やれやれ、こりゃ本当に勇儀に自慢出来そうだぜぃ……!!」

鳩尾という、人体の急所を貫かれかつ内側に衝撃を通された彼女ではあるが、それでもにやり、と獰猛に嗤った。

「私達は、大よそ生きてきた年月そのものが力となって蓄えられる……だから、ほんの少しの膂力でも、どんなものだってぶっ飛ばせた。そんなわけだからよぅ、私達鬼という存在は『技』なんぞという、人間が私達に勝つ為の手段を用いようとも思っちゃいなかったんだよなぁ」

だって、弱いのが使ってるのなんか、私達を貶める要因でしかないからねぇ。

少しでも衝撃より回復する心算なのか、唐突に話し始めた彼女に、しかしクリスは追撃を食らわせる事無く佇んでいる。

 

――否、そうせざるを得ない事情が彼にもあったのだ。

 

(……少し、不味いな。魔力が『足りなくなる』かもしれない)

表面上は冷静であれど、少々ばかり焦りが生じていたのである。

 元々、現在使用している補助魔法は一つずつ使用していくのみであり、併用するにせよ、きちんとした手順によってでなければ、普通は出来ても一つのみしか体に宿らせられないのであった。

 だが、クリスは五つ同時という不可能に近いことを成し遂げている。

 その理由として、ほぼ、『魔力』によるゴリ押しが原因であったことが挙げられた。

(……ふむ、次で決まるか)

殴り殴られた事による痣は、傷は、両者共に存在する。

 だが、クリスは自身の肉の堅固さを、或いは膂力等を補助魔法によって強引に引き揚げさせた為に、また、萃香は元々の妖怪として生きてきた年月を以て、妖力を肉体に染み込ませているが為に、双方余り目立った傷はなかった。

 しかし、流石に妖力や魔力が無尽に出てくる訳でもない。

 肉体の補強に、そして攻撃の補強に使用すれば使用するほど妖力は、魔力は、減っていった。

 故に、両者共に意外と余裕がなかったのである。

「……さて、と。次で仕舞いにしようじゃないかぃ。お前さんが私に勝とうが勝つまいが……きちんと拠点は作ってやるから安心しなよぅ?」

「ふ、それは有難いな。なら――参ろうか」

「おうさぁ――!!」

 

ゴォ――――――!!!

 

妖力が、金色の気が、それぞれの体へと集束される。

 爆発的に生み出されたそれらに、進行役の射命丸が大きく声を上げた。

「――おおっとぉ!どうやら両者、次の一撃で決める心算のようです!さぁ、勝つのは一体どちらなのか――!!?」

「……やれやれ。空間壊れないよねぇ流石に……」

会場のボルテージが上がっていくのを肌で感じ取りながらも、イオがそう呟いたその時である。

 

「――オラァッッッ!!」

「――ハァッッッッ!!」

 

始まりと同じように一気に肉薄した両者。

 クリスは零距離打撃を加えんとしてか、低く腰だめに拳を大きく構え。

 萃香は力任せに頬を殴り飛ばさんとしてか、大ぶりに拳を構え。

 

――そして、決着がついた。

 

「――……ぐ……ぁ……」

「――へ、最高、だったぜ、ぃ……」

 

ドシャリ、ドシャリ。

 ほぼ同時に倒れ込んだ二人に、試合開始の鐘を鳴らしてから外に戻ってきていた映姫はびしり、と錫を突きつけ、

 

「――そこまで!!両者相討ちによる気絶の為、引き分けとする!!」

 

と宣言したのであった。

――その瞬間、会場内で轟くような大歓声が沸き起こったのは言うまでもないであろう。

 

 




……はい、こんな結果になりました(白目)
どっちのキャラクターも好きな俺の優柔不断さを笑ってくれ……orz
えぇ、まぁ前章でも述べたとおり、とあるバグキャラがモデルとなっているために、このような仕儀と相成りました。
……あのキャラってほんとどうにかしているよねぇ……主人公の最大攻撃食らってまだ生きてるとか、うん、最早生き物であるのかすら読んだ当初は疑いました。

 ではでは、また次回お会いいたしましょー。
 さようなら。
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