起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
ちなみに名前は出てないけど芝千二をぶっちぎったのはバクシン理論者。
選抜レースの始まる第81話でもちょこっと出てたから覚えてる人は覚えてるかもです。
ドーロちゃん、リズちゃんの世代はそんな感じ。ルジェさんは一つ上の世代。
テントの天井近くに背の高いスタンドで掲げられたTVモニターからは第4レースの模様が流れている。音声は出ていないものの、救護テントの入口からスタンドの喧騒が入ってくるので、それなりに臨場感はある。
レースは真っ先に飛び出した鹿毛のウマ娘がそのままどんどん加速を続けていく。芝の1200メートルという短距離でもあり、そのスピードはモニター越しでもわかるほど速かった。2番手以降もそれなりに追随できているので大逃げにこそなってはいないが、先頭を走る娘とそれ以外では力の差は歴然に見える。
テント越しに聞こえてくる歓声の中、結局その娘がそのまま危なげなくレースを決めてしまった。
「すごいなぁ、今の娘。来年の短距離路線走る娘はきっと大変だね」
モニターとは反対の方向からため息交じりの声が聞こえた。その声色に何か引っかかりを感じたので、軽い気持ちで尋ねてみた。
「お姉さんも走っていたんですか? 昔は」
「ん? ええ、そうだよ。もう10年ぐらい昔の話だけどね」
「そうなんですね。それで今はトレセン学園で看護師さんをやっている、と。資格取るの大変だったんじゃないですか?」
「そうねー。大変、と言えばそうだったのかな。でも喉元過ぎれば熱さ忘れるって言うでしょ?
今となってはいい思い出よね」
うん、いい思い出よね。と、看護師さんは誰かに言い聞かせるような口ぶりで表現を繰り返す。
その様子は何か触れられたくない秘密を含んでいるように感じてしまい、俺はそれ以上話を続けることができなくなってしまったのだが。
「ねえヴェントドーロさん。あなたは将来どうするとか、考えたことある?」
突然の問いに答えあぐねていると、彼女は俺の返しを待たずに話を続けていった。
「私がトレセン学園の生徒だった時は、走って勝つ以外のことなんて全然考えてなくてね。勝てば将来バラ色だーって安直に考えてたの。入学前は周りにいた娘よりずっと速かったしね。
でも現実は厳しくて思うように勝てなかった……。
実は私、このトレセン学園には2回入学してるんだよ」
「それってどういう……」
「話すと長くなるんだけど……」
「聞きたいです」
俺がやや食い気味に出ると。彼女は居住まいを正して話し始めてくれた。
「最初は中等部に入学したんだ。
でも本格化がなかなかやってこなくてね、まるっと1年以上くすぶってて。それで2年生の秋だったね、やっとデビューしたのは良かったんだけど、そっからもなかなか勝てなくてね。未勝利戦で悔しいレースばかりやってた。
それで半年ぐらい走ってたんだけど、その時の私って相当追い詰められてたんだろうね。練習のし過ぎであちこちボロボロ、精神的にもボロボロになってて、見かねたトレーナーから親に連絡が行って3者面談。夏が来るってところで一旦実家の方に戻ることになったの。
でもそこで終わりってわけじゃなくて。トレーナーさんがね、方々手を尽くしてくれて、実家に近い地方トレセン校でレースを続けられることになった。
それで再び走り始めたんだけど、地方トレセン校って、
トレセン学園を辞めて地方へと。思いもしなかった展開に俺は少々面食らう。
「レベルが全然違うって……それは、どういう意味でしょう?」
ふと湧き上がった疑問は深い考えのないまま口を突いて放たれた。
「有り体に言えば、地方はすごくレベルが低かった、ってことかな。
私みたいな全然勝てないウマ娘でも、トレセン学園にいたってだけで世間から見たら十分上澄みの存在だったってこと」
初めて地方で出走したレースは7馬身も差をつけて1着。その後も走れば敵なしの3戦3勝をマークして、その地方トレセンでは一躍注目を浴びるようになったという。だが、それはそれで問題があったと彼女は零した。
「そこで思ったのが、ああこれは楽勝すぎて私本人が面白くないし、相手はもっと面白くないだろうってこと。実際3連勝もした後は他のウマ娘からの風当たりがきつかったしね。
それに私はレースに勝ちたかったけれど、こんなに一方的なレースをしたかった訳じゃない。小説の主人公みたいに無双をしたかったわけじゃなかったんだって、その時気がついたの。
私はそれから元のトレーナーさんに連絡を取って、なんとか戻って走りたいってお願いした。そうしたら地方で3勝してたから転入自体は問題なくて、あとは今在籍してる地方トレセンと私の親が了承すれば良いと、そういう話になって」
「それで2度目の入学に」
「そう、そういうこと。2度めは高等部入学から始まってね、まさか2回も入学式の席に座ってるなんてね、可笑しいでしょう?」
看護師さんはカラカラと笑いながら話してくれる。
その様子は話し始めに見せていた思い詰めた表情から一転して、憑き物の落ちたような快活さを振り撒いていた。
「……そうやって
高等部2年の終わりまでずっと走っていたが、結局
「意気揚々と戻ってきたのは良かったんだけどね。中等部で同級だった娘とか、高等部で同じクラスになった娘とか、もちろんトレーナーさんも家族もみんな私の再出発を祝福してくれたし、最後まで応援してもくれていたんだけどね。
とはいえ2度の挑戦で、さすがにもうここまでかあって自分の中で踏ん切りも付いたって事でね」
「でも
だからトレセン学園に残って、後輩たちがキラキラ輝く手伝いをしたかった」
「それで、残る方法として看護師を?」
「そうだね。まあちょっと遠回り感はあったけど、ほら、看護師資格持っとけば他でも潰しが効くじゃない? サポート科と違って」
「そこはえらく現実的ですね」
「いつまでも夢だけ見られればいいけどね。そうもいかないし」
お姉さんは少しばかり苦々しい笑みを浮かべ、そこで言葉を区切った。
お互い少しの沈黙。そのうちに外からゴロゴロと低いドラムのような音が聞こえてくる。その音が止まないうちにテントが閃光に照らされ、続けてドドンバリバリと空気を切り裂く大音響が響いた。
地面が揺れたかと思えるほどの音と振動に、俺とお姉さんは同時に耳を引き絞って身を固くする。
2人とも警戒が解けないまま、話題は移り変わった。
「今のはちょっとすごかったね」
「外、すごく暗くなってますよ」
「これは降りそうだね」
彼女が喋り終わらないうちに、テントを打つ音が響き始める。
開け放たれたテントの外では激しい雨粒が地面を叩いていて、その中を人々が惑い走っていた。
真っ暗な空を背景に学園の校舎は途切れることなく雷光に照らされ、雨粒はますます激しく地面を打つ。雨水が川のように路面を流れていた。
「雨が止むまでレースは中断だそうですよ」
そこへ上半身が濡れそぼった白衣とともに、織田先生が救護テントに飛び込んでくる。
俺と話していた看護師さんがすぐさまタオルと替えの白衣を出してきて、先生は濡れた頭を拭きつつそう教えてくれた。
次回 「てか良かったんだよね?」