[編集済み]年7月9日
TYPE-SAKUYA A9 個体名“ユーミア”が遂に完成した。
長く苦しい戦いだった――等とは言うまいが、それなりに大変だったのをよく覚えている。
平和利用のためなどと失笑を禁じ得ないお為ごかしでスイスはセルン研究所の偏執科学者達から強奪――もとい、多少手荒な説得によって譲渡されたに過ぎない“クエーサーエンジン”の中枢部分の完成品二基。“ユーミア”の完成に欠かせない構成パーツの一つだ。
核の傘に似た詭弁に乗せられてしまった以上、彼らは二度と綾小路重工の事業には加担しないだろう。自力で増産できない可能性を微塵も考慮しない営業や上層部の馬鹿さ加減にはほとほと愛想が尽きていたのだが、この一件で地の底だと思っていた好感度がマリアナ海溝の岩盤まで掘り抜いたのは記憶に新しい。やはり多少無理をしてでも間に立ち、口を挟むべきだった。もう一つの重要な構成要素である“システム・ワルプルギス”の開発に尽力していた身であるとは言え、だ。彼らの技術力にはまだ盗むべき余地があったというのに。惜しいことをした、と後悔したところで過去に戻る術を持たない以上は開き直るしかないのだが。
“システム・ワルプルギス”についても、綾小路は自力で開発にこぎつけることも出来ない。アメリカの「ミスカトニック大学」の神秘物理学部第三研究室が主だって研究・開発したのを提供してもらうよう必死になって交渉したことをよく覚えている。“ユーミア”の人工知能及び“クエーサーエンジン”を含めた機体の統合制御に四苦八苦していたところに、縋るような思いで頭を下げに行き、許諾を受けた時に内心どれだけ歓喜したことか。人目が無ければ舞い上がる余りクアドラプルアクセルを披露していたかもしれない。――兎に角、“システム・ワルプルギス”を搭載することにより、“ユーミア”は完全な機体制御が可能になった。開発責任者の一員としても、ルキア・エル・ゴールドシュタイン教授には頭が上がらない思いだ。内部の解析が不可能なブラックボックスであることに関してもこれはまだ自分にとって勉強・成長の余地があるということだ、今後の課題にすればいい。「天聖院学園」と「ミスカトニック大学」の関係の悪化についてはこの際目を瞑ることにする。仲が悪いのはトップとそれを真に受けた馬鹿な上層部に、更に輪を描けてそれを馬鹿正直に受け取った末端がお互いに睨み合っているだけ――だと思いたい。いや、実際にその通りなのだろうが、確証がない以上はこれ以上考えても時間の無駄だろう。全く以って人間の集団心理と言うものは実に厄介で面倒臭い上に、解決策が単純明快な癖にいざ実践となると難易度が跳ね上がるから質が悪いことこの上ない。
綾小路が独自に新型エンジン・新型システムの開発できれば良いのだが、望み薄だろう。タイプライターの上の猫がシェイクスピアの新作を書く方がまだ期待できる。
そも、戦闘用アンドロイドの開発など、まだ人類には早すぎるのだ。その領域に至るにはまだ、人類という種そのものが幼すぎる。
確かに、戦地に無人機を導入できれば制圧は容易だろう。偵察から索敵、狙撃も近距離戦闘も、こちら側には人的被害が存在せず、物資が供給され続ける限り戦線を維持し続けることが可能ならば、如何に相手が強大だとしてもいずれは消耗し、磨り潰し、物量の暴力におけるごり押しで最終的には勝利できるだろう。エースがどれだけ活躍して局所的には勝利しようが陣営としては負けてしまうのは、
それに、無人機にAIを搭載して自己判断で戦場に赴かせるなど、輪をかけて狂気の沙汰以下だ。どのような作戦も実行当日の気候やその日のトラブルと言った、コントロール不可能な要素で遅延する可能性をクラウゼヴィッツが既に戦場の摩擦として指摘している。AIによって統制された軍隊など、想定外の事態が突発的かつ連鎖的に起こるのが常の戦場においては麻雀でやらかした全自動振り込みマシーン以上のカモだ。
――いけないな、思考が脱線し続けてしまった。悪い癖だ。綾小路が無謀な野望を抱き滅びようが心底どうでもいいが、この“ユーミア”の誕生に関しては素直に祝杯を挙げることにしよう。自己防衛のため、というには余りにも過剰な兵装ではあるのだが、人外魔鏡が群雄割拠しているような世界に身を窶さざるを得ない彼女へは、これぐらいでは少し物足りないプレゼントになってしまうだろうか。ほんの少しでも彼女自身の幸せを願うのは、単なるボク自身の我儘だ。
少しばかり筋違いかも知れないが、せめてボクだけは人間らしく言祝ごう。
誕生日おめでとう、“ユーミア”。
「……これはまた、随分と懐かしいものが出てきたものだ」
開発当初から、上に出す報告書とは別に個人的に記してきたものがこんな形で出てくるとは。
これがまだ存在しているということは、ボク自身が綾小路に何の思い入れもないことが誰にも知られていないということなのか、あるいは単なるビジネスパートナー故なのか、まぁそんなことはどうでもいい。
あれから彼女――“ユーミア”がどのような人生を歩んできたのかを記すのにはボク自身関わることが出来なかった。特に何ということでもなく、他のプロジェクトに尽力せざるを得なくなって余裕がなかった。そんな往年のドラマでも在り来たりすぎて逆に新鮮ですらあるような展開によって、彼女が消息不明になったという報告を受けるまで何もしてやれなかった。当時の無力な自分を呪ったし、相も変わらず無能な上層部には最早怒りも沸くまい。あるいは痛みと同じように上限をあまりにも超えた所為で何も感じなくなってしまったのか。老害共が軒並みくたばって清々した今となってはどうでもいいことではあるのだが。
現在も捜索を続けてはいるのだろうが、恐らく無能な彼らでは見つけられまい。ボク自身が本腰を入れて調査すれば補足は可能だろうが、そのような無粋な真似はしないほうがいいだろう。エアリアルを自由の身にしたプロスペローの言葉に従おうじゃないか。
根拠はないが、確信がある。あるいは、今となってはもう遅い、ある程度の権力を持ったボク自身のエゴかも知れないが。
きっと彼女は、どこかで彼女自身の主人に仕え、幸せに過ごしているに違いないと。
……そう言えば、図らずも今日は彼女の誕生日じゃないか。
プレゼントはやれないが、いや、もうそんな物を気にするような年齢でもないかな? いや、そうでもなかったかも? そもそもからして、贈ろうにも居場所がわからないわけだし。その為だけに探すのは流石に大人気ないし、無粋だ。
あの阿婆擦れと名前が一緒なのは癪だが、性格はきっと違うに違いない。彼女の人格のベースはあれではないはずだから。いや、うん、アレは無理だな。エミュレート不可能だし、したくない。
だからまぁ、祈ることにしよう。天に捧げることだけは、誰にも邪魔されないだろうから。
改めて、誕生日おめでとう。“ユーミア”。
この開発記録を書いた人間が誰なのかは読者諸兄の想像にお任せします。