それとしばらく投稿ペースが落ちると思います。
すいません。
長々とした話ですいません。それでは本編へ。
「と、いうわけで、十香。買い物に行こうと思うが、ご同行を願えるかな?」
翌日、五月十三日(土)。午前十時。
昨日宣言した通り、令音は十香の部屋の扉の前でそう言った。
しかし十香は昨日と同じように、扉の奥から苛立たしげな声を響かせた。
『うるさいっ、私ことなど放っておけ……!』
「ふむ……十香」
『構うなと言っているだろう……! 私はーー』
「……買い物ついでに外で食事でもと思っているのだが、どうかな?」
令音が言うと、不意に十香は黙り込んだ。
そして数十秒後。
ギィ、と部屋の扉が開かれ、中から不機嫌そうな十香が現れた。
「早く行くぞ!」
「ん……そうしよう。今日も朝から雨が降っている。傘を忘れないようにしてくれ」
言いながら令音は歩き始め、十香はそれについていた。
その様子を影で見ている者が居た。
士道だ。
「令音さん……頼みましたよ」
士道は、二人を見送ることしか出来なかった。
そのまま数分、呆然とそこに立ち尽くす。
しかし、すぐに時間の無駄だと言うことに気づき、軽く頰を張って気を取り直し、階段を降りてゆく。
「学校も休みだし、俺も午前中に買い物に行ってくるか」
士道は手早く着替えをすませると、傘に手に取って家を出た。
「鍵は……一応かけておくか。琴里も寝ているし」
言って鍵をかけてから、士道は雨の道に足音を響かせていった。
そしてどれくらい歩いただろうか。
「…………ッ!?」
商店街に向かう道の途中。見覚えのある後ろ姿を認めて、士道は足を止めた。
その、ウサギのような耳がついた緑のフードを見つけて。
「よ……よしのん……!? 警報は……鳴ってないな。十香の時と同じパターンか」
そういえばよしのんと初めて会った時も、警報は鳴っていなかった。
もしかしたら、頻繁にこちらに来ているのかもしれない。
「……しかし、どうすればいいんだ?」
見つけてしまった以上、放っておくことはできない。だからと言って連絡をしようにも、今、琴里は眠っていて電話は繋がらないだろうし、令音は十香の説得で忙しい。
「あ」
そこであること思い出しーー携帯電話のボタンをプッシュした。
しばらく呼び出し音が聞こえた後、低めの声が聞こえた。
『なんだ? 何かあったのか』
「エルエルフ、緊急事態だ。よしのんを見つけた」
『…………詳しい事情を話せ』
「お、おう」
そんな少し気圧されながらも、士道は今の状況を説明する。
「なるほど。五河士道、インカムは持っているか』
「え? ああ、一応はーー」
「よし。それを着けて、精霊を見失わないように待機していろ』
「え? ちょーー」
ーーぶつっ。つー、つー、つー。切られた。
「た、待機って……」
あまりにぞんざいな指示に、眉を顰める。
だが他に出来ることもないため、大人しくインカムを耳に装着し、『よしのん』の様子を窺う。
『士道ーー聞こえる?』
と、それから五分と経たず、インカムから妹様の声が響いた。
奥から欠伸をする音が聞こえたため、どうやらこの短時間でエルエルフに起こされ、支度を済ませて<フラクシナス>へと移動したらしい。
「……おう、聞こえるよ」
『このまま彼女を放っておくこともできないわ。とりあえずコンタクトを取ってみましょ』
「……了解」
士道は深呼吸してから、そろそろと『よしのん』の方に歩いて行った。
『よしのん』は未だに気づく様子もなく、必死に地面に視線を送っている。
「……じゃあ、声を掛けるぞ」
◇
「むう……」
十香は、嘶く腹をさすりながら、令音のあとについて雨が降る街を歩いていた。
昨日の昼から何も食べていないせいか、あまり寝付けなく、何とも気分が悪い。
だが、それは空腹感や睡眠不足だけではないということは、十香も何となくわかっていた。
昨日、士道と右手にうさぎのパペットを付けた少女がキスをした時、あの場面を思い出そうとするだけで、また腹の底から苛立ちが溢れそうになる。
「……」
すると前を歩いていた令音が不意に足を止め、十香はその背にぶつかる寸前で足を止めた。
「……何かあったのか?」
「いや、粗方買い物が終わったのでね。あそこのファミレスで昼食でもどうかな」
そう言って令音が指差した先には、カラフルな看板のついた建物があった。
確かファミレスとかいう、金銭を払えば食事を提供してくれる店舗だ。
「そうしてもらえると助かる。腹が空いて今にも死にそうだ」
十香は深く頷きながら言うと、令音も同じように頷き返す。
「……では入ろうか」
二人は傘を畳んで店に入ると、店内は家族連れや学生達で賑やかだった。
店員の案内に従って、禁煙席の一番奥に腰を落ち着けた。
すぐにメニューに目を通して、料理を粗方注文する。
そして料理が来るまでの繋ぎとして、店員がテーブルに置いていった水を一気に飲み干す。ーーと。
「……十香」
そこで令音が、分厚い隈に飾られた双眸を十香に向ける。
「なんだ?」
「料理が運ばれてくるまでの間、少し話をしたいのだが……いいかな?」
「ぬ……まあ、構わんが……一体、何を話すのだ?」
十香は、少し警戒するように身体を離しながら頷いた。
この村雨令音という女、いつも何考えているかわからなくて、そのくせこちらの考えは見透かされている気がして、少々気味が悪かったのである。
「……まあ、私は話があまり得意ではないから、単刀直入で言わせてもらおう。十香、君が苛立っていたーーーーいや、今まさに苛立ちを覚えている、その理由と原因を教えてくれないかな」
「ーーっ」
十香は息を詰まらせてしまう。
令音は恐らく全部わかってる。全部わかっていて、十香に聞いているのだろう。
「っ、私は、別にーーーー」
「……やはり、シンが別の女の子と会っていたのが許せないかい?」
シン。それは令音が士道を呼ぶ際の名前だ。
「な、なぜ、そこでシドーの名前が出てくるのだ」
「おや、関係なかったかな」
「……」
しばらく悩み悩んだ末、観念したように頭をくしゃくしゃとやった。
そしてゆっくりと、絞り出すように口を開いた。
「わからないのだ……」
「わからない?」
令音が首を傾げながら聞き返してくる。十香は俯けた顔をさらに前に倒した。
「うむ……自分でもどうしてこんな気持ちになっているか、わからないのだ……」
頭を抱えながら言葉を続ける。
「昨日、シドーが私を学校に置いてーーその女の子と、キスとやらしていたのだ」
キス。その単語を聞くだけで、あの場面を思い出して胸がズキズキと痛む。
「ああ……そのようだね」
「別に……何がいけないわけではない。シドーがどこで誰とキスをしようが、私が咎められるはずがない。だけど、それを見た瞬間、もう、なんというか、とてもーーそう、とても嫌な感じがしたのだ」
「……ふむ」
「気づいた時には……声を荒げていたのだ。それに……そのあとあのウサギが、シドーは私よりあの娘の方が大事だと言うのを聞いて……もう、どうしようもないくらい、悲しくて、怖くて、何がなんだかわからなくなってしまったのだ。……自分でも意味がわからない……こんなことは初めてだ。シドーに救われる前も、ハルトの様子がおかしくなった時でも、こんなに胸が苦しい気持ちになったことがない」
再び大きな溜息をつく。
「やはり……どこかおかしいのだろうか」
「……ハルトのことはともかく、今君が感じていることは何もおかしくなどないさ。むしろ、それは非常に健康的な感情だ」
「そ、そうなのか?」
十香は戸惑い気味に聞くと、令音は小さく頷く。
「……ああ。心配することはない。だがーーーー誤解は解いておいた方がよさそうだね」
「誤解……?」
「……ああ。あのキスに関しては完全な事故だし……シンが十香、君よりもあの女の子のことを大事に思っているとか、そんなことは決してない」
令音が機械の方を一瞥してから言ってくる。十香はバッと顔を上げた。
「っ、ほ、本当か……?」
「……本当だとも」
「だ、だがシドーは……仕事の邪魔だと言って……」
「……君のことを大切に思っていなければ、自らの命を危険に晒してまで君を助けはしないと思うがね」
「ーーーーあ……」
言われてーーーー十香は言葉を失くす。
胸に、腹に渦巻くわけのわからない感情に気を取られ、完全に失念してしまっていた。
ーーーー昨日、士道は、先月と同じように、十香を守るように動いてくれたではないか。
また、凶弾に倒れる可能性があったにも拘わらず。
十香は、胸元のあたりを手で押さえながら、ごくんと唾液を飲み込んだ。
「……っ、私は───」
なんて、馬鹿なことを。
十香はうめくようにのどを震わせると、再び頭をくしゃくしゃとかきむしった。
そして、バッとその場から立ち上がる。
「……十香?」
「すまん、今日の買い物、後日にまわしてもらうことはできないか?」
十香は、唇を噛みしめてから再び声を発した。
「……シドーに、謝らねばならん」
令音はあごに手をあててから、小さくうなずいた。
「……行きたまえ」
「感謝する」
十香は短く言うと、ファミレスの扉を抜けて傘を手に取り、雨の街を走っていった。
「……ふむ。まぁ、一件落着……かな?」
一人残された令音は、小型端末の画面に表示されたグラフと数値に目をやりながら、誰にともなく呟いた。
十香の精神状態を歪めている要素には、なんとなく予想がついていたのだ。
駄々っ子のような拗ね方をしていたものの……十香は、士道を悪く思っているわけでもなければ、士道が会っていた少女を嫌っているわけでもない。
どちらかといえば、苛立ちが収まらない自分自身に、得体の知れない恐怖や焦燥を覚えていた……というのが近いのだろうか。
だから、機嫌を直すところまではいかずとも、十香の意識を変えること自体は、そう難しいことではなかった。
そうーーーーただ、気づかせてやればいい。
自分が、士道に守られていたのだということを。それが何を意味するのかを。そしてそれを知ったとき、自分が何を思うのかを。
「……まぁ、ジェラシーも、立派に恋のうちさ」
呟きながら、端末を閉じる。
「……ただ、気をつけたまえよ。ソレはきっと、世界を殺す感情だ」
と。
「お待たせしました!こちらダブルチーズハンバーグセットのライス大盛りに若鶏の唐揚げ、牡蠣フライセット、ミックスグリル、マルゲリータ、スパゲティ・ボロネーゼでございます。鉄板が熱くなっておりますのでお気をつけください」
「……ん?」
突然現れた店員が、テーブルに十香が注文した料理を次々と並べていく。
「ごゆっくりどうぞ」
そして慣れた調子で身体を倒すと、その場から去っていってしまった。
「ーーーーふむ」
残された令音は、その夥しい数の料理を前にして頬をかく。
「……これは……困ったな」
一人そう呟いてその料理を見つめた。
はいはーい、あとがきです。
うーん、中々オリジナル展開は難しいですね。
もうちょっと話が進めばできるのですが。
まあ、その時になるまで少し待ってください。
それではまた次回