デート・ア・ヴァルヴレイヴ   作:とりマヨつくね

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どうも、皆様。お久しぶりです。
リアルの方がだいぶ落ち着いたため投稿しました。
遅れたお詫びとして、今回は長めにしました。
ぜひ楽しんでください。


切り開く光、溶かす心③

 あちこちで爆発音が聞こえる中、ハルトはエルエルフに指示されたポイントである株式会社ビルの屋上で待機していた。

 

『ハルト、準備はいいか』

「令音さん? エルエルフはどうしたんですか」

 

 インカム聞こえた眠たげな声にハルトは眉をひそめた。

 

『……なんでも急な用事ができたと言って艦橋を離れてしまった。だが作戦内容は、データとして私に届いているので作戦に支障はない。それに彼のことは……彼の次に一番分かっているのではないかな?』

「……そうですね」

 

 令音の言葉に短く答えると、右手に握っていたボルク・アームを氷の結界へと向け狙いを定める。

 揺れるレティクルが重なり引き金を引こうとした時、突如背後から殺気を感じて咄嗟にジー・エッジを引き抜く。そして殺気の元凶に向けて振るう。

 ガキンッ! と金属同士がぶつかり合う音と共にハルトはそれを目視した。

 そこには細く長い手足と、剣の刃のように鋭く尖った翼と爪を備えた人型だった。その独特な見た目から連想されたのは、ゲームなどで出てくるガーゴイルのようであった。

 辛うじて人型ではあるが、モスグリーンの一つ目には生気を感じることはできない。

 

「この感じ……無人機か。でも、なんで今まで───」

 

 様々な憶測を立てようとしたところで、別の方向から無数のビームの雨が降り注いでいた。

 ハルトは、硬質残光とストライク・ブレイズの二重の防御で防ぐ。ビームの放たれた方向へと目を向けると、二つの影が手の平をこちらに向けていた。 

 

「グッ、もう二体もいたのか……!」

 

 空を飛んでいた二体が、一体目の近くに着陸する。

 これで合計三体。数で言うなら圧倒的に不利である。

 

「令音さん。応答してください、令音さん!」

 

 必死に呼びかけるが、インカムから返答はない。恐らく、あの無人機が通信を妨害しているんだろう。

 今、十香達の救援を見込めない状態で勝てるのだろうか……いや。

 ハルトは目を閉じ、小さく息を吐いた。

 

 ─────譲れないなら戦うしかない

 

 それはかつてエルエルフに送られ、ハルトが戦うことを決意させるきっかけとなった言葉。 

 

「そうだ。譲れないなら……戦え!」

 

 ハルトはカッと目を見開き、ボルク・アームを連射しながら無人機に向かって突撃する。

 無人機はそれぞれが散開して銃撃を回避するが、それをよんでいたハルトは孤立した無人機に接近してジー・エッジを振るう。

 対する無人機も爪で受け止め、残った二機が両手の掌からビーム弾を放つ。

 ハルトは鍔迫り合いをしていた無人機を蹴り飛ばし、その場を離れてビーム弾を躱す。そしてそのまま近くのビル群に逃げ込み体勢を立て直す。

 反撃のため、ボルク・アームのトリガーを引こうとした時だった。

 突如けたたましい警告音が聞こえたと同時に、急に重石が乗っかったように重くなった。

 

「っ!?」

 

 ハルトは急いで視界の端にあるものへと向けると、107/666と書かれたゲージがそこに写っていた。

 この数字が意味すること……それはヴァルヴイレヴの活動限界である。

 ダメージを受けたり、過度な行動を起こしたりすることで数字が上昇していき、それが100を超えた瞬間に冷却のためヴァルヴイレヴは活動を停止してしまう。

 急に動かなくなったハルトを見て、勝利を確信したのか接近戦をしていた無人機が一歩、また一歩と近く。

 そしてゆっくりと、力を誇示するように爪を振り上げる。

 ハルトは爪が貫くと幻視し、ぎゅうときつく目を閉じた。だけれどいつまで経っても、衝撃も鋭い痛みも来ないことに不信感を覚えた。

 

「何をボサッとしている」

 

 聞き慣れた、とても無愛想な少年の声。

 ハルトが慌てて目を向けると、そこに立っていたのは漆黒の装甲に身を包んだエルエルフが右手のレイザーエッジで無人機の攻撃を受け止めていた。

 そのデザインはASTが装備しているCR-ユニットとどこか似ていた。

 

「エル……エルフ。その姿は」

「ヴァナルガンド……アスガルド・エレクトロニクスのCR-ユニットだ。ふむ……援護は不可能か。まあ良い、お前は必要最低限の自己防衛をしていろ」

「わ、わかった」

 

 ハルトが首肯したのを確認すると、無人機の方へと向き直る。

 

「こうなる事も見越して円卓から無理無理引っ張ってきたが……ここまで予想通りに事が運ぶと、自分の才能が怖くなるな。なあ──お前もそう思うだろう」

 

 エルエルフは珍しく自画自賛しつつ、無人機に向けてまるで挑発するように言葉を掛けた。すると今の今まで無機質だった無人機の瞳が怒りの炎が宿る。

 無人機がエルエルフを上空へと弾き飛ばすと、後ろで控えていた無人機も射撃を行う。

 対するエルエルフは背中のスラスターを器用に操作して綺麗に躱す。そして左手掌を後方の二機向け、握り潰すような仕草をする。

 それと同時に翼、足と腕、胴、顔といった順序に潰れていき、小さい爆発とともに力なく倒れた。

 その後、間髪入れずに急降下してレイザーエッジを残りの一機の右腕を叩き斬る。 

 

「……外したか。だが」

 

 小さく呟くと、スラスターを噴射して光の刃を首元へと突き刺す。

 血のように火花が吹き出し、中途半端に締められた魚ように痙攣を起こす無人機────どこからどう見ても勝敗は明らかだった。

 しかし無人機は一矢報いるように、ぎこちない動きで砲門をどこかへと向ける。 

 

「────まさか」

 

 エルエルフは無人機の意図を読み取り、砲門の向いている先へと目を向ける。

 無人機の狙い……それはハルトだった。

 

「逃げろ、ハルト!」

 

 エネルギーが臨界点ギリギリなったところで、咄嗟にエルエルフは叫ぶと同時に蹴りを入れて方向を変える。

 発射されるビーム。だがその方角はスレスレのところを通り過ぎ、代わりに近くに駐車されていた車に直撃して爆発した。

 

「……大丈夫か。時縞ハルト」

「な、なんとかね。エルエルフの方こそ大丈夫?」

「問題ない。コイツはもう動かない」

 

 エルエルフはそう言って、動かなくなった無人機からレイザーエッジを引っこ抜いた。

 

「そうか……でも……」

 

 ハルトは右手のボルク・アームに目を向ける。

 先ほどの砲撃が掠ったのか、銃身の塗装が一部禿げて、小さなスパークを発生させていた。これでは仮に撃てたとしてもまともな威力を出せるはずがない。

 

「これじゃ、作戦が……」

「いや、方法はある。限りなく最悪に近い状態だが仕方あるまい。今からプランBへ移行する。時縞ハルト、ゲージの数字は今いくつだ」

「今は……214/666から緩やかだけど上がって……まさか!?」

「ああ、()()を使う。随意結界で無理矢理、機体の温度を上昇させる。出来るな?」

「……もちろんだ。やってくれ」

「了解した」

 

 ハルトの了承を得たエルエルフは両手を地面につけ、周りを覆うように見えない壁が展開される。

 少し間が経つと、結界内の氷は溶け温度を上昇させてゆく。

 

「グッ……」

「ぬうっ……」

 

 433……492……507……551……とゲージが増えてゆく中、結界内の温度も上昇してゆく。

 現在の温度は推定でも100度を優に超えている。ヴァルヴレイヴとワイアリングスーツの生命維持装置がなければ、今頃蒸し焼きになっているだろう。

 

「602……あと少し、あと少しなんだ」

 

 636、生命維持装置の限界を知らせる無数の警告音が鳴り響く。

 意識が遠のいて行く中、ゲージの数字が666/666に達した時、突如<火人>の装甲が金色に燃え盛る。

 

「あとは……任せたぞ」

 

 エルエルフはそれだけ言い残して倒れてしまう。

 

「エルエルフ!」

 

 倒れたエルエルフに手を差し伸べようとして……辞めた。

 いや、止まるな。ここで止まれば、今までの全てを無駄にしてしまう。

 胸部装甲と背部装甲が展開する。その中から球体状の動力炉が露出させ、それをジー・エッジで肉体ごと自らの手で突き刺した。

 これこそヴァルヴレイヴ一号機である<火人>にのみ許された最強の兵装、《ハラキリブレード》。

 動力炉から発生した黄金の炎を纏って、ゆっくりと刀を引き抜いて掲げる。

 衝突する炎の奔流と氷の結界、凍結と融解を繰り返す。

 少女を守るための盾、少女を救うための剣がそれぞれの信念を通すためにせめぎ合う。

 

「い、いけええええええええ!」

 

 ハルトの咆哮と共に炎はより一層燃え盛り、氷の結界を大爆発を起こした。

 霧が辺りを埋め尽くす中、ハルトは立つことすらままならず片膝をつく。

 晴れていく霧、そこから姿を現したのは一回りも、ふた回りも小さく氷の結界だった。

 もう何もできない。だが、これで結界は無力化できた。

 

 ────そう思っていた。

 

 先ほどまで弱っていた結界が再び冷気を纏って、元の大きさに戻ろうとする。

  

「そ、そんな……ここまでしたのに……それでも届かないのか」

「いや、まだだ!」

 

 ハルトの言葉を否定する声が聞こえたかと思えば、彼の横を高速で何かが通り過ぎる。

 それは自分と同じ砂糖より甘くて、自分よりも誰かを助けにはいられないもう一人の相棒の姿だった。

 

 

 ◇

 

 鏖殺公は士道を乗せて走り出した。目指すは、もうすでに再構成を開始している冷気に向かって突撃する。

 

『何をしているの、士道!?』

 

 インカムから聞こえてくる妹の声。

 

「何って、四糸乃のところに行くんだよ! それ以外にあるかよ」

『───っ、無茶よ。もう再生は始まっているのよ』

「──琴里。確かめておきたいことがある」

『なに?』

「あまりにも気になることが多すぎるもんだから、一つ……訊き忘れてたんだ。俺、十香の力を封印した日──折紙に撃たれたよな」

 

  確かに士道はあの日、折紙によって脇腹を撃ち抜かれた。けれど今は生きている……それがずっと士道の中で引っかかっていたのだ

 

『えぇ──事実よ』

「あれは……一体何なんだ? あれも、原因不明で備わっている俺の能力ってやつなのか?」

『……半分正解、半分ハズレ、かしら』

「って言うと?」

 

 士道の問いに対して、琴里は悩むようにうなってから言葉を続けた

 

『士道に備わっている能力って言うのはその通りよ。体に致命的なダメージを受けた際に、焔が体を焼き、再生させる。アンデッドモンスター顔負けのチート能力よ。──ただ、こっちは、原因不明ってわけじゃないわ』

「今は、その原因は効かないでおく。ただ一つ答えてくれ。俺は、致命的な怪我を負っても、回復することができる。それに間違いはないか?」

『──えぇ。肯定するわ』

 

 琴里のその言葉を聞いた士道は、ふぅっと息を吐く

 

「……よかった。あれが俺の幻覚なら、今から死ににいかなきゃならないところだった」

『……っ、士道、あなたまさか……生身で結界に入るつもり? 回復力頼りで? 無謀すぎるわ、止めなさい』

「おいおい……俺が撃たれたときは、おまえ全然動揺しなかったって聞いたぞ?」

『あの時とは状況が違うわ。吹雪が吹き荒れる領域は、結界内の外周およそ五メートル地点まで。五メートルよ? その距離を、散弾銃撃たれながら進むようなものよ? しかも、その範囲内で霊力を感知されたら、鏖殺公は凍りつかされて使い物にならない。』

 

 

 琴里が静止の言葉を放つが、それでも士道は足を止めようとしない。

 

『言ってる意味わかる? 結界外縁部にいる間は、傷が治らないって言ってるのよ。一発きりの銃弾とは違うわ。途中で力尽きたら、間違いなく死ぬわよ!?』

 

 まくしたてるように、琴里は続ける。

 

「……霊力──か。俺の回復能力ってのは、精霊の力なのか」

 

『──ッ!』

 

「士道──! 士道! 止まりなさい!』

 

 琴里が必死に呼びかけるが、士道は足を止めない。

 

『──止まって……ッ、おにーちゃんッ!』

 

 その言葉を最後に、インカムは琴里の声を発しなくなった。

 超高速で突き進む鏖殺公、しかしそれよりも早く再生を行う。

 ハルトが、十香が、琴里が、キューマが、山田が、エルエルフが、ラタトスクのみんなが必死に作ってくれたチャンスを無駄にしたくなかった。

 だから士道は止まらない。あの、どうしようもないほど優しい少女を、助けなければいけない少女のために。

 士道の思いに呼応するかのように、鏖殺公の速度は文字通り風を切るように速くなる。

 徐々に縮んでゆく距離。だがそれでもあと一歩、もう一歩足りない。

 

「……」

 

 士道は意を決して足に目一杯の力を込めて、鏖殺公を蹴って士道は結界の中に消えていった。

  

 

 結界の中心で四糸乃は、氷結傀儡の背に跨った状態で静かに泣いていた。

 吹き荒れる氷弾の中とは思えないほどに、静かな空間である。ただただ、四糸乃の嗚咽と鼻をすする音だけが、いやに大きく反響した。

 とても怖くて、外には出られない。でも、ここは───一人しかいない。

 よしのんとならこの孤独の世界は耐えられた。だけれど、だけれど─────

 

「ぅ、ぇ……っ、うぇ……よ、し、のん……」

 

 四糸乃は友達の名前を呼んだ。無論、それを答える声のなどあるはずがない。

 ───そう思っていた。

 

「は・あ・い」

 

 四糸乃はビクッと肩を震わせると、バッと顔を上げてあたりを見回した。

 そして涙を一杯に溜めながら、目を見開いた。

 だが──

 

「……ひっ……!」

 

 バタン!と、よしのんの後ろから誰かが倒れ込んできて、四糸乃は思わず足を止めてしまった。

 正確には、今倒れ込んできた人が、よしのんを手に着けているようだった。

 その人物は、全身が血塗れ傷だらけになっていた。きっと四糸乃の結界を無理矢理通ってきたのだろう。

 もはやこれは人というより死体だった。それは四糸乃の目にも明らかだった。

 その男の人が倒れ込んだ場所からは夥しい量の血が流れていた。しかしすぐに、四糸乃はその認識を改めねばいけなくなった。

 なぜなら突然、半死人の身体に無数にあった傷が燃え上がる。

 その様子に唖然としていると、その人物の容貌がわかる程度に全身の傷が治る。

 

「……っ!? 士道さ……っ」

 

 四糸乃は共学に染まった声を発した。

 そう、ボロボロにだった人間は、あの五河士道だったのだ。

 士道はゴロン、とその場に仰向けになると、ふぅぅぅぅと深い溜息を吐いた。

 

「し、死ぬかと思った……約束通りよしのん、持ってきたぞ」

「う、え、ぇえぇぇ……」

 

 すると四糸乃は目に涙を溜めて、遂には泣き出してしまった。

 

「わわわ、な、泣くなって。俺、な、何かいけないことしたか?」

「違…………ます、来て、くれ…………嬉し…………て…………っ」

 

 そう言って、再び「うぇぇぇぇ……」と泣き出してしまう。そんな様子に苦笑しながら、右手で四糸乃の頭を優しく撫でた。

 しばらく四糸乃が泣き止むまで待った後、士道は口を開いた。 

 

「なあ、四糸乃。お前さえ良ければ、俺と友達にならないか?」

「ひ、ひぐっ……と、も、だち?」

「ああ、俺がお前のもう一人のヒーローになってやる。約束だ」

 

 士道は、そう言って右手の小指を四糸乃の前に差し出す。四糸乃も恐る恐る小指を絡ませ、上下させる。

 そして、左手にパペットを装着して、ピコピコと動かしてみる。

 

『やっはー、お久しぶりだね。元気だったかい?』

 

 などと、口をもごもご言わせながら、見よう見真似で腹話術をする。

 拙すぎる芸だったけれど、四糸乃は嬉しそうに首を何度も前に倒した。

 あくまで『よしのん』は、四糸乃の腹話術で動く人形のはずなのである。

 士道は、先程の令音から伝えられた言葉を思い返した。

 

 

『…………調査の結果、こちらがモニタリングしていた精神グラフの後ろに、もう一つ非常に小さな反応が隠れていることが分かった』

「え……?それってつまり…………」

『……要するに、パペットを着けているときにだけ、四糸乃の中にもう一つ、並列しているということさ』

「なっ……そのことをあいつ自身は気づいているんですか?」

『……どうだろうね。ただ一つ確かなのは、デパートで君たちと会話していたのは、四糸乃ではなくパペットを介して発言していた別人格だったということさ。四糸乃自身はそのとき、全ての対応をよしのんに任せ、意図的に心を閉じ込めていた状態に近い。それともう一つ。よしのんの発生原因について、興味深いことがある』

「興味深いこと?」

『…………ああ。己以外の人格を自分の中に生み出してしまう理由はいくつかあるが───ポピュラーなのは、虐待などの強い苦痛やストレスから逃れるため、といったところだろう。要は、辛い思いをしているのは自分ではなく別の誰か、と思い込むために、もう一つの人格を作り出してしまうのさ』

「それって、ASTに命を狙われてたからですか……?」

『……いいや。なんとも信じがたいことに、この少女は、自分ではなく、他者を傷つけないために、自分の力を抑えてくれる人格を生み出した可能性がある』

「───っ」

『…………シン。きっと、彼女を救ってやってくれ。こんなにも優しい少女が救われないのは…………嘘だろう』

 

◇ 

 

「ありが、とう……ござ、ます」

 

 と、不意に四糸乃が頭を下げてきた。

 

「え?」

「……よしのんを、助けて、くれて」

 

 士道は一瞬頬を書くと、小さく笑って「ああ」と頷いた。

 

「次は──四糸乃。今度は、お前を救う番だ」

 

「え……?」

 

 四糸乃が不思議そうに返してくる。士道は四糸乃と目線を合わせるように、その場に膝を突いた。

 インカムからは、何も聞こえてこない。きっと結界を通る際に壊れてしまったのだろう。

 四糸乃の精神状態を知りたかったが、こうなっては仕方がない。

 しかし、いざキスをするとなると緊張してしまう。

 十香の時と違い、こうして幼気な少女とキスをするというのはいささか罪悪感というか、恥ずかしさを感じられずにはいられなかった。

 だがどちらにしろ、腹を括るしかないのだ。

 パペットを失った四糸乃との触れ合いと、今この会話と。

 それだけの時間で、四糸乃に最低限の信頼を得ていると信じて。

 

「あー、えーとだな、四糸乃。お前を助けるためには、その、一つやらなきゃいけないことがあるんだよ」

「なん………ですか?」

 

 四糸乃がきょとんとした様子で首を傾げる。士道は乾くのどに唾液を流し込んでから、言葉を続けた。

 

「……キスって知ってるか?唇と唇を近づけることなんだけど……」

 

 と、士道がキスの説明を始めた途端──

 

「────へ?」

 

 四糸乃は、士道の唇に軽く口づけてきた。

 瞬間、身体の中に何やら暖かいものが流れ込んでくる感覚が士道に全身を駆け巡った。

 以前、士道が感じたことがある。

 

「……なっ!? よ、よ、四糸乃……ッ!? お前……?」

「違い……ました、か……?」

「あっ、へっ、い、いや……違わない……はずだけど」

 

 しどろもどろな調子でそう言う。

 突然のキスに驚いて、最後の方は声が小さくなっていた。

 士道の言葉を聞くと、四糸乃はこくりと首肯した。

 

「士道、さんの……言う事なら、信じます」

 

 と、その瞬間──四糸乃の後方に佇んでいた氷結傀儡や、彼女の纏っていたインナーが、光の粒になって溶けていく。

 そして士道と四糸乃を囲っていた吹雪の結界もまた、急激に勢いをなくして掻き消えていった。

 

「…………っ、お、士道さ…………、これ───」

 

 四糸乃は何が何だか分からないといった様子で、目をぐるぐると回した。そして半裸状態の身体を隠すように、身を屈める。

 

「へ……? ……いや、その…………すまん」

 

 そんな反応をされると、士道も改めておかしくなってきてしまった。

 恥ずかしくなってしまって、士道の方も頬を赤らめてしまう。

 そんな自分の顔を見せたくなくて、手で顔を隠して四糸乃から少し目を反らした。

 あんなカッコつけたこと言っておいて、恥ずかしそうにしているのは、少し決まりが悪い気がした。

 と、そこで。

 

「ん…………」

 

 四糸乃が眩しそうに目を細めた。雲の切れ間から太陽の光が、注いできていた。

 

「暖か──い……」

 

 まるで初めて太陽を目にしたかのように、四糸乃が小さな驚嘆を発する。

 彼女がこちらに現界した際は、いつも雨が降っていた。

 きっと四糸乃は、今まで太陽を見たことが無かったのかもしれない。

 

「き、れい……」

「太陽を見るのは──初めてか?」

 

 ぼうっと、小さく四糸乃に士道は声を掛ける。

 

「は、い……」

「───空って綺麗だろ?」

 

 士道が訊くと、四糸乃は小さく首肯する。

 

「はい…………き、れい……………です」

 

 四糸乃は天を見上げて言う。士道も、それにつられて顔を上にやった。

 そして、すぐに四糸乃が見つめていたものを見つける。

 灰色の雨雲が掻き消えた空には───見事な虹が架かっていた。

 七色の橋に喜ぶ四糸乃の様子を見て、頑張った甲斐があったなと思った。

 




次回『転校生は精霊』
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