「……むぅ」
十香は椅子に座ったまま顔を上げ、黒板の上にある時計を見やった。そろそろ昼休みが終わってしまう時間である。
お腹がコロコロと鳴る。朝ごはん以来食べ物を口にしていないものだから、健啖家の十香はもう目眩がするくらいお腹がペコペコだった。
でも、弁当はまだ開けていない。士道は先に食べていろと言ったが……士道と一緒に食べるご飯のおいしさを知ってしまった十香は、どうもそういう気になれなかったのである。
おまけにハルトも一緒にいなくなってしまっことにより、そのことを相談しようにもできないので余計に心の中がモヤモヤする。
「……シドー」
もう教室には、外に遊びに行っていた生徒がちらほらと戻り始めていた。気の早い者などは、もう次の授業の準備を始めている。
だが、まだ士道の姿は見えなかった。
「う……う……」
なぜだろうか、目がじんわりと熱くなって、鼻で呼吸をするのが苦しくなってくる。
ずずっと鼻をすすって、目元を拭う。服の袖が少し濡れていた。────と、そこに。
「────あれ?どしたの十香ちゃん」
「何、まだご飯食べていないの?」
「もう授業始まっちゃうよー」
外で昼食を摂っていたらしい女子三人組が、教室に入るなり、十香に声をかけてきた。
よく十香を構ってくれる女子たちである。確か名前は、右から亜衣、麻衣、美衣。似たような名前が縁で仲良くなったのだという。
「ってうわ!どーしたのよ十香ちゃん!泣いてんじゃん!」
「なになに、誰かに何かされたの!?」
「おいコラ誰だよ出てこいやぁッ!!」
見事なコンビネーションで十香を囲い込み、三人が口々に言う。
教室の男子たちがビクッと肩を震わせた。
「ち、違うぞ!別に何もされていないぞ!」
十香は慌てて手を振ると、三人に訴えかけた。
「ええ? そうなの?」
「じゃあ何、どうしたの?」
「花粉症? 花粉症なの?」
十香はブンブンと首を振ると、手元の弁当箱に視線を落とした。
「シドーがな、まだ戻ってこないのだ。……それで、今日は、あまりシドーと話せていないなあと思ってしまって、そうしたら、なぜか、こう……」
それを口に出すと、目からポロポロと大粒の涙がこぼれた。
「あぁっ! 十香ちゃん! いいのよ辛いならそれ以上言わなくて!」
「ていうか五河君あり得ないんですけど! こんなかわいい子を泣かせるとか! 時縞君も時縞君よ。なに、親友の不始末を見逃しているのさ!!」
「首を落として豚の餌にしてくれるッ!」
三人がやたらテンション高く叫ぶ。十香は再びアワアワと制止した。
「し、シドーもハルトは悪くないのだ! ただ、私が……」
十香は乏しい語彙の中から言葉を拾い集め、士道に非がないこと、十香がちょっと士道がいることに慣れてしまっていたことが原因なのだと説明をした。
それを聞いて、亜衣、麻衣、美衣がふぅむとうなる。
「十香ちゃん的には、五河君とお話できて、ご飯とか食べちゃって、あまつさえ遊んだりできたらスーパーハッピーなわけね?」
亜衣が言ってくる。十香はこくこくと頷いた。
「くぅッ、なんて純真なの。もうこれ五河君百叩きじゃ済まないでしょ」
次いで、麻衣が芝居がかった調子で涙を拭く真似をする。十香は目を丸くした。
そんな十香の様子を見ていた三人は「よし!」と膝を叩いた。
「十香ちゃんのためなら人肌脱ぐよ私は!」
と亜衣が言うと、自分の鞄から紙切れを二枚持ってきた。
「あ、亜衣、あんたそれは……!」
「そう、天宮クインテットの水族館のチケットよ……ッ! 確か明日開校記念日で休みでしょ? 十香ちゃん! これあげるから、明日五河君と行ってらっしゃい!」
「亜衣! それはあんたが────」
麻衣が言いかけるのを、亜衣が手で制する。
「それ以上言うんじゃあねぇ! 十香ちゃんが遠慮しちまうだろぃ……」
亜衣が言うと、麻衣と美衣は涙を堪えるような仕草をして、十香の肩をそれぞれ掴んだ。
「十香ちゃん……! 黙って受け取ってちょうだい……!」
「亜衣を! 亜衣を女にしてやってくんなせぇ……!」
「ぬ、ぬぅ…………?」
十香はなんとなくこの場の雰囲気を壊してしまうことが躊躇われて、大人しく亜衣からチケットを受け取った。
「って、いやいや」
急に冷静になった亜衣が、十香に言う。
「つまりね十香ちゃん。これ持って五河くんにお誘いかけてみなさいって」
「お、おさそい……?」
「そ。明日デートしていらっしゃいって言ってんの」
「……!」
言われて、十香は目を見開いた。デート。確か、男女が一緒に遊びに行くことだ。
────嗚呼、それはとてもいい。
思えばここ最近ずっと、士道とデートに行っていない気がする。久しぶりにデート。それは、とっても素敵なことに思われた。
だが────一つ問題があった。
「わ、私が誘う……のか」
十香は緊張に汗を垂らしながら言った。
「ええ。たまには女子から誘うのもいいモンよ。時縞君は私達に任せて!」
「だ、だが……もし断られたら……」
十香は不安げにそう言うと、三人は肩をすくめ、「はふぅ」と息を吐いた。
「おっけおっけ。まず断られはしないと思うけど、というか断ったりなんかしたら五河くん、しばき倒すけど、私達がとっておきの秘策を授けてあげるわ」
「ひ、秘策……?」
「そう。結局男なんてエロで動いてるモンなのよ。十香ちゃんがこの誘い方をすれば、一国を制圧できるレベルの兵力が集まるわよ」
「い、いや、そんなにはいらんのだが……」
「いーからいーから。まずはね……」
十香は、こくこくとうなずきながら亜衣の秘策を聞いた。
◇
そして時間が経ち、帰りのホームルームが終わると、士道は直ぐ様席を立つ。
その際、右側の十香がなんだかモジモジした視線を、左側からは折紙の絶対零度の魔眼を浴びた気がしたが、どうにか無視して狂三のもとへと赴いた。
「狂三、ちょっといいか」
言ってから、廊下の方を指で示し、歩きだし、ひと気のない場所まで歩いてから、大人しく後をついてきた狂三に向き直る。
「士道さん。いかがいたしましたの?」
「あ、ああ。突然で悪いんだが……狂三、明日暇か?」
「? ……ええ、大丈夫ですけれど」
「その、もしよかったら、この辺を案内しようか……?」
「え? それって……」
「ま、まあ……平たく言うと……デート、かな」
その瞬間、狂三がパァッと顔を明るくした。
「本当ですの!?」
「あ、ああ……どうかな?」
「もちろん。光栄ですわ」
「そっか、じゃあ……明日10時半に、天宮駅の改札前で待ち合わせな」
「ええ、楽しみにしておりますわ!」
「じゃあ、また明日」
狂三が満面の笑みで言い、士道は軽く手を上げると教室に戻っていった。
「(良し。後は狂三とのデートを成功させるだけだな)」
と、なんとも短絡的なことを考えていると。
「───彼女と何を話していたの」
静かで抑揚のない声を響き、士道は心臓が飛び出そうになる。
慌てて後ろを振り向くと、そこに折紙が立っていた。
その後ろには十香の姿もあった。
「……い……っ!?」
「────彼女と何を話していたの」
怜悧な瞳で士道を見つめ、静かで抑揚のない声を響かせる。
「い、いや、何でもないよ」
「答えて。これは非常に───」
「わ、悪りぃ。急ぐからまたな折紙! 十香! 帰るぞ!」
「ぬ? う、うむ!」
折紙の脇をすり抜けて自分の席まで走り鞄を手にとって逃げる。十香も何とか反応し士道の後をついてきた。
一人取り残された折紙は、無表情ながらもどこか寂しそうな雰囲気を醸し出していた。
そんな彼女の事情を知らないのか、不意にポケットの中が震える。
折紙はスマホを取り出し差出人を確認すると、そこには日下部燎子の名前が記されていた。
「どうかしたの?」
『ええ……もうあなたも知っているだろうけど、<ナイトメア>が復活しているわ。だから───』
「それ以上は不要。すぐにそちらに向かう」
そう言って、電話を切る折紙。
その瞳にはたった一つの炎が燃え盛っていた。
◇
「時縞君、そこの荷物をそこに置いてね〜」
「ほら、さっさと運ぶ!」
「まじ引くわー」
「ちょ、ちょっと待て!? 僕だけなんか仕事の量がおかしくない!?」
ハルトは大きめの段ボールを運びながら、亜衣麻衣美衣の三人に抗議する。
放課後。係の仕事を手伝って欲しいと三人に呼び出され快く了承した。
そこまではいい。だがその内容が教室の掃除や張り紙の交換だけでなく、体育祭の準備やら修学旅行の出し物の準備やら文化祭の準備やらetc……とどう考えてもどうでもいい業務までやらされている。
ちなみに今は、去年行われたらしいクリスマスパーティーの小道具を物置小屋に運んでいる最中である。
「まあまあ、これで最後だから(それにそろそろ十香ちゃんの方もいい頃合いだろうしね)」
「(それもそうね)」
「(まじひくわー)」
「ん? 何か言った?」
「なんでもな〜い」
「ほら、気にせず進め! 終わったらジュースぐらい奢ってやるじゃけえ!」
「まじひくわー! ファイトー!!」
「ああ、もう! わかったよ! やればいいんだろやれば!」
そうやってヤケクソ気味に荷物を運んで、はや十数分。
最後の荷物を置き終えると、ハルトは大きく体を伸ばした。
「それじゃ、僕はこの辺で」
ハルトがカバンを背負ってその場を立ち去ろうとすると、亜衣が慌てて引き止める。
「ああ〜待って! ジュースをまだ奢っていない!」
「ごめん……流石にこれ以上時間が掛かったら士道達に迷惑をかけちゃうから」
「そ、そうか〜じゃあ、また今度ね〜」
「もう少し足止め──ゲフンゲフンお話ししたかったけど、それじゃ仕方ないよね〜」
「じゃあ、また明日。まじひくわー」
亜衣麻衣美衣に見送られ、ハルトは急いで学校を出た。
辺りは夕日で赤く照らされ、ほんの少し幻想的に映った。
そんなことを考えている時、妙な浮遊感を感じた。
数秒のしないうちにハルトの視界には夕焼け景色ではなく、浮遊艦<フラクシナス>の内部であった。
「これは……!?」
「いきなりですまないが、緊急事態だったため手荒な真似になったのは許せ」
「エルエルフ!? 一体、何が……」
「<ナイトメア>がASTの襲撃を受けている。中には崇宮真那の姿も確認されている。現在、犬塚も山田も呼び戻しているが待っていたら間に合わない。お前はヴァルヴレイヴで救援に向かってくれ」
「……わかった。エルエルフは通信で支援してくれ」
「無論だ」
ハルトはことの重要さに気づき、すぐにその場に立ってヴァルヴレイヴが保管されている格納庫に向かおうとエルエルフの横に通り過ぎると同時。
「死ぬなよ、ハルト」
出会って以来初めて名前だけで呼ばれたハルトは、目を見開くがすぐに冷静になり、今度は口元を緩ませて言った。
「僕は死なないよ」
◇
『B4! <ナイトメア>にライフルを掃射。 A1はポイント3にて随意領域を再展開!』
住宅街離れた森でAST隊長日下部燎子の怒号が通信越しから聞き、真那は半分呆れ気味に指示通りのポイントで待機していた。
はっきり言って、ASTのやり方はDEMと違ってあまりにもやり方が甘すぎる。
別に民間人の安全を軽視しているわけではないが、<ナイトメア>の脅威を知っている彼女からしたらあまりにも悠長に感じる。
現に今日も二人の犠牲者を生み出している。
「……ったく、甘ったれの集団というのも嫌になりやがりますね」
真那が思考の海から現実世界へと浮かび上がると、彼女は目の前に現れた存在と対峙する。
世界を殺す災厄『精霊』、その中でも最悪に位置付けられる正真正銘の化け物。
<ナイトメア>……悪夢のコードネームを与えられた少女、時崎狂三がそこにいた。
「あら? わたくし、逃げていたはずですけどまんまと誘い出されたようですわね。昨日ぶりですわね、真那ぁさん」
「うるせえですね。私の名前を気安く呼ぶんじゃねえと言ったはずです。虫酸走ります」
「連れないですわね〜。ま、良いのですけど」
そう言って、足元の影から古式銃の姿をした天使を出現させて真那に向ける。
真那もほうも、自らのCR-ユニット<ムラクモ>の肩部パーツを近接用のソードモードに切り替える。
分離したパーツのグリップを握ると、一部が展開し光の刃を形成する。
二振りの剣を構え、じっくりと相手の間合いを図る。
もう何千回と繰り返してきた慣れた作業だが、ここ最近は抵抗するよりも先に仕留めていたからこういった場面は久々ではある(と言っても四ヶ月ほど前だが)。
古式銃から弾丸を放つが、真那はそれを切り裂くと即座に駆け出し距離を縮める。
そして右手に握られた剣を大きく振りかぶり、そのまま力一杯に振り下ろす。
その一閃を狂三に防ぐ術はなく、その真珠のような肌を切り裂く。
「かはっ……」
彼女は血を吐くと力なく倒れた。これも何百回と見てきた光景だ。
そして真那は、いつものように狂三の胸に刃を突き刺してトドメを刺した。
「ふぅ……作戦終了」
誰にも聞こえない声で呟くと、剣を引き抜いて剣をパーツに戻そうとした時。
突如、信じられないほどの殺意が真那の身体を突き刺した。
真那は振り返ると、そこにいた存在に思わず目を見開いた。
そこには黒と赤に彩られた機械の武者だった。
お久しぶりでございます皆様、ちょっと他作品やらリアルの用事で投稿が遅れました。
さて、ここで次回の告知といきますか。
次回はハルトと真那が戦いがメインになります。
本当ならキューマさんやら山田を出したかったのですが、多分出せないと思います(出せるには出せるが活躍できないが正しい)。
その他にもエルエルフの予測や、琴里のイケメンや、神無月の……はないですね。
それでは次回『壊れかけの心』