とにかく楽しんでいただけたら幸いです。
では本編へどうぞ
<フラクシナス>の艦橋にて、琴里はディスプレイに集中していた。
その隣には令音とエルエルフが左右に立っていた。
そこに映されていたのは、エルエルフが独自に調べ上げた真那の戦闘記録の映像だった。
そして真那が幾度目かの首切りを行なった後、エルエルフは映像を停止させた。
「以上がこれまでの戦闘データだ。残念ながらCRーユニットのデータまでは手に入らなかった」
「十分よ。それにしても改めて見ると、やはりあの子は異常ね。あなたどう思───令音?」
令音の名を呼ぶが、返事が無いのを不審に思って令音の手元を覗いて首を傾げた。
令音も集中していたようで、いつになく難しい顔をしていた。
「令音? 真那がどうかしたの?」
「......! ああ、すまない。少し考え事をしていた」
そこでようやく琴里の存在に気づいたのか、令音が隈まみれの目を向ける。普段から冷静沈着な令音にしては珍しい事だった。
「ところで、シンとハルトは大丈夫なのかい」
そう言って、令音は慣れた手つきでコンソールを操作し、真那が映った画面をズームアウトさせた。
「ええ……ハルトはバイタルが安定したみたい。士道の方は十香と話して吹っ切れたみたい。さっき連絡があったわ。ハルトと面会したいようだから、後で<フラクシナス>に転送ね」
「ん、了解した」
「ところで村雨解析官、解析は済んでいたのか」
「……ああ、そうだ。頼まれていた解析が済んだよ」
令音の言葉に、琴里はピクリと眉を動かした。
先日入手した真那の毛髪と唾液を渡し、令音にDNA鑑定を依頼していたのである。 真那が、本当に士道の妹であるかどうかを。
「で……どうだったの?」
「……ん、真那は、シンの実の妹と見て間違いない」
「───っ、そ、そう……」
琴理はゴクンと唾液を飲む。予想していなかったわけではないのだが・・・・やはり、少し胸がざわついてしまい、胸の辺りに手をやった。
エルエルフも送られたデータを見ながら顎に手を当てる。
「本当の妹……か。どうしてそんな人間が、どうしてASTに入った上に、あんなに魔法の力を得た?」
「いや、厳密には違う」
「どういうこと?」
「彼女はもともと自衛隊員ではなく、『DEMインダストリー』からの出向社員だ」
「───っ! なるほどそういうことね……」
DEMインダストリー社。
イギリスに本社を構える世界屈指の大企業であり、〈ラタトスク〉母体のアスガルド社を除けば、世界で唯一顕現装置を製造できる会社である。自衛隊ASTのみならず、世界中の軍や警察に秘密裏に配備されている顕現装置は、全てこのDEM社製と考えていい。
さらにはアスガルド社でも開発が不可能であった、ヴァルヴレイヴの開発したのも、このDEM社である。
精霊を狩ることにも非常に積極的であり、精霊保護の〈ラタトスク〉とは商売敵と言っても差し支えない。
無論、同社にはCR-ユニットを扱う魔術師も在籍しているのだがーーーその練度は、各国の特殊部隊員を上回るとさえ言われている。
「ちょっと待ってよ。余計意味が分からなくなってきたわ。士道の妹が、なぜDEMなんかで魔術師なんかをやっているのよ!」
「それはまだ分からない。だが……」
令音は言葉を切ると、ギリと奥歯を噛み、怒りに震えるように拳を握った。
琴里は眉をひそめた。長い付き合いだが、このような表情を浮かべる令音は初めて見たからだ。
「一体何があったの?」
「……これを見てくれ」
令音がコンソールを操作する。
画面に真那の写真と士道を路地裏から離す際に顕現装置を使用した時の計測された細かな数値が表示されていた。
「……っ、これは!」
そのデータを見た時、琴里は思わず咥えていたキャンディーを噛み砕いた。
「……ああ、全身に特殊な魔力処置が施されている。……だが代償も大きい。恐らく。あと十年ほどしか生きられないだろう」
「何よ、それ……!」
「DEMなら……まあ、やりかねないだろうな」
「エルエルフ、あなた何を平然としてるのよ!!」
一切表情を変えないエルエルフに琴里は激昂するが、当の本人であるエルエルフは平然と答える。
「琴里司令、確かにお前が言う通り、これは人道的には許されない。だが、あちらにも大義名分は存在する」
「大義名分!? 一体、どこにあると言うのよ!!」
琴里はついに堪忍袋の緒が切れ、エルエルフの襟を掴む。
「冷静に考えろ。我々、<ラタトスク>以外で精霊を認知している人間たちは、精霊のことを世界を滅ぼす怪物だと認識しているだろう。だから───」
「だから、少女一人が死のうと関係ないと言うの!」
「その通りだ。奴らに常識を説いたところで意味がないのはわかっているはずだろう」
「……ええ、そうだったわ。ごめんなさい、おかげで冷静になったわ」
「問題ない、それにこの件に関してはある程度目星はついている。だからお前たちは五河士道が時崎狂三を安全に堕とす方法を考えろ。俺は時縞ハルトの様子を見てくる」
「「了解した(わかったわ)」」
琴里と令音は頷くのを見たエルエルフは、背中を向けて艦橋を出た。
取り残された二人は、気を引き締め直し次なる策を考えることにした。
◇
それはひどく懐かしい夢だった。
彼の取り巻く全てが変わった日。多くを守り、多くを失うきっかけになった力を手に入れたあの日。
後悔がなかったと言えば嘘になる。あの日の選択を何度も恨んだことはあった。
だから、だからこそ、あの選択を間違えていたとは思わない──────────
───────────────
そしてハルトは目を覚まし、視界に写っていたのは見慣れた天井だった。
辺りを見渡してみると、やはり<フラクシナス>の医務室である。
「僕も……しっかり常連だな」
「そんな冗談が言えるなら、問題はなさそうだな」
ハルトは小さく呟くと、それを聞いていたエルエルフがコンソールの操作を続けながら返した。
そしてしばらく静寂が訪れた。
どれだけの時間が経ったのだろうか、やがてハルトから切り出した。
「……エルエルフ、お前時崎さんと知り合いだったんだな」
「時崎狂三から聞いたのか」
「ああ……『喰わせる』ことを条件として」
「そうか……悪かったな、黙っていて」
エルエルフの表情は、ハルトの方からでは見えなかった。
だけどその背中が、どうしようもなく小さく見えたのはきっと気のせいではないはずだ。
「もし……お前が罪悪感を感じているのなら気にしなくていい。どのみち僕がもう一度、神憑きになったのは避けられないんだ。それに今は、この力のおかげで士道たちを……精霊たちを助けられる」
「その精霊が多くを命を奪い、あまつさえお前をも殺そうとした奴をか? 正気の沙汰ではないな」
「確かに、そうかもしれない。だけど『喰われている』時も時崎さん、とても悲しそうな目をしてたんだ。確かにあの人がやったことは許されないことだ。だからって永遠に殺されるのは間違ってる」
拳を握りしめ、改めて覚悟を決めるハルトを見てエルエルフは嘆息した。
「相変わらず、甘いな」
「わかってることだろ」
互いに笑みを浮かべ、拳と拳をぶつけ合う二人。
それはかつての二人の関係を知っている者にとっては、驚くことだろう。
だからこそ、今、この時から、彼らは本当の意味で『友達』になったのだ。
「それよりも、『喰われた』せいでRUNEを大量に消費している」
「ああ、頼む」
ハルトの頷くと、エルエルフは襟元を緩めて近づけた。
ハルトも口を開け、彼の首筋へと噛み付こうとしたその時、医務室の扉が開く音がした。
目を向けると、士道が顔を真っ青にして突っ立っていた。
その原因はすぐに理解できた。
現在、二人の体制を第三者視点から解説すると、エルエルフがハルトにほぼ馬乗り状態のような体勢になっており、ハルトはエルエルフの首筋に噛み付こうとしているのである。
もう……あとは説明しなくてもいいだろう。
「お前ら……ただの友達の関係だとは思っていたけど、まさか、そんな関係だったのか……!?」
ポク、ポク、ポク、チーン……。
完全に誤解されていた。
これにはエルエルフもハルトも固まるしかなかった。
「わ、悪いな。二人の逢瀬を邪魔したいみたいで。ハルトも元気そうだから、か。帰るわ」
そう言って医務室を出ようとする士道を見て、ハルトは一足先に我に返った。
「し、ししし、士道! ま、待ってくれ!? これは別にそういうわけでなくて───だから、黙って去ろうとしないでくれえええええええええ!!」
<フラクシナス>に少年の叫びは轟いた。
その後、士道の誤解を解くのにそれほどの時間をかけたせいで、十香の機嫌を取るのに大変だったのは別の話。
エ「……(チャキ……)」
作「ひいいいいいい!」カタカタカタカタ(キーボードを打つ音)!