士道は屋上で、両手をバッと開き、狂三に問いかける。
「狂三……お前、一体何をしたんだ!? 何なんだ、この結界は……!」
狂三は士道の反応が楽しくて仕方ないと言った様子で、笑みを濃くする。
「うふふ、素敵でしょう? これは『時喰みの城』。わたくしの影を踏んでいる方の『時間』を吸い上げる結界ですわ」
「時間を、吸い上げる……?」
怪訝そうに言う士道に、狂三はクスクスと笑いながらゆっくりと歩み、優雅な仕草で髪をかき上げると、常に前髪に隠されていた左目が露にされた。
無機質の金色に数字と針の左目、時計そのもののような異様な目だった。そしておかしな事に、その時計の針がクルクルと逆回転していた。
「なっ……それは!?」
「ふふ、これはわたくしの『時間』。命、寿命と言い換えても構いませんわ」
狂三は言いながら、その場でクルリとターンする。
「わたくしの“天使”は、それはそれは素晴らしい力を持っているのですけれど・・・・その代わりに、酷く代償が大きいのですわ。一度力を使う度に、膨大な私の『時間』を喰らっていきますの。だから、時折こうして、外から補充する事にしておりますのよ」
「な……っ」
それが本当ならば、今、十香やクラスメイト達は狂三によって寿命が吸い取られているということだ。
その事に士道は静かに戦慄する。
狂三は士道の表情を見ると、何故か寂しそうな顔になるが、すぐにその顔に凄絶な笑みを貼り付け、指先で士道の顎を持ち上げる。
「どうしてこんなことを? ……とでも思ったのでしょうけれど、精霊と人間の関係性なんて、そんなものですのよ。皆さん、哀れで可愛い私の餌。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」
士道を挑発するように眉を歪め、続ける。
「ああ───でも、でも、士道さん、あなただけは特別ですわ」
「俺が……?」
「ええ……あなたは最高ですわ。あなた方と『1つ』になる為に、わたくしはこんなところまで来たのですもの」
「一つになるって……どういうことだよ」
士道は、狂三の言葉に対して眉をひそめる。
「そのままの意味ですわ。あなたは殺したりなんてしませんわ。それでは意味がありませんもの。──わたくしが、直接あなたを”食べて”差し上げるのです」
狂三の言った食べるというのが、どういった意味なのか士道にはわからなかった。しかしその言葉を聞いた瞬間、士道の胃に冷たいものを広げるのは十分だった
しかし、士道はその気持ちを押しこめ、拳を強く握った。
脳裏をよぎったのは、血まみれになったハルトの姿。
いくら精霊の加護によって『神憑き』と同等の回復能力を持っていたとしても、より悲惨な目に遭うのは目に見える。
「俺が、目的だっていうなら、俺だけを狙えばいいじゃねぇか! なんでこんな──!」
士道の言葉を聞いた狂三は、愉快そうに言葉を続ける
「うふふ、そろそろ時間を補充しておかねばなりませんでしたし──それに、あなたを食べる前に、今朝の発言を取り消していただかないとなりませんもの」
「今朝の……?」
今まで愉快そうに言葉を発していた狂三の視線が、鋭いものに変わる。
「えぇ。──わたくしを、救うだなんて世迷い言を」
「……っ」
「──ねぇ、士道さん。そんな理由で、こんなことするわたくしは恐ろしいでしょう? 関係ない方々を巻き込むわたくしが憎いでしょう? 救う、だなんて言葉をかける相手でないことは明白でしょう?」
狂三は、何かの役を演じるように大仰に手振りをしながら続ける
「だから、あの言葉を撤回してくださいまし。もう口にしないと約束してくださいまし。そうしたなら、この結界を解いて差し上げても構いませんわ。もともとわたくしの目的は、士道さん一人なのですもの」
「な……」
士道は目を見開いた、結界を解く条件があまりにも簡単なものだったから。それこそ狂三が士道をたばかっているのではと疑ってしまうほどに
『……狂三は本気だ』
インカムから、令音の声が聞こえてくる
『……彼女の精神状態に、嘘をついている形跡は見受けられない。シン、君が条件を呑んだなら、狂三は本当にこの結界を解くだろう』
令音がそういうと同時に、狂三は薄気味悪い笑みを浮かべて身をくねらせる
「きひひ、ひひ、さぁ、早く止めなければなりませんわねぇ。急がないと手遅れになってしまう方もいらっしゃるかもしれませんわよォ?」
「……っ」
士道が言葉を撤回すれば、結界は解除される。そうしなければ、結界の中にいる人たちが犠牲になるかも知れない、選択の余地がなかった士道は、意を決して口を開く
「……結界を、解いてくれ」
「なら、言ってくださいまし。もうわたくしを救うだなんて言わないと」
一瞬、狂三は安堵しかのように息を吐いた
「それは……できない」
「は──?」
士道がそう言った瞬間、狂三はぽかんと瞼と口を開いた。少なくとも今まで士道がみてきた狂三の中で、一番間の抜けた表情をしていた
「……あら、あら、あら?」
しかし、そんな表情を浮かべたのも一瞬、狂三の表情はすぐに不機嫌なものに変わる
「聞こえませんでしたの? それを撤回しない限り、私は結界を解きませんわよ」
「……っ、それは、解いてくれ。今すぐ!」
「なら」
「でも、駄目だ! 俺はその言葉を撤回できない!」
士道は叫び、狂三の言葉を拒否する。自分の言った言葉を撤回してしまったら、何も変わらないから
「──聞き分けのない方は嫌いですわ……ッ!」
狂三はそう言うと、軽やかなバックステップで士道から距離を取り、右手をバッと頭上に掲げる
その瞬間
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──────
けたたましい音が、街全域に鳴り響いた
「──っ、空間震警報……ッ!?」
精霊が現界する際に、自分の意思とは関係なしに引き起こす厄災、それを知らせる警報がこのタイミングで鳴った。士道は別の精霊が出現するのかとも考えたが、狂気に満ちた笑みを浮かべる狂三が、それを否定していた
そこから導き出される答えは、狂三が意図的に空間震を起こそうとしているというもの
「きひ、きひひ、きひひひひひひひひひッ、さぁ、さぁ、どォぅしますの? 今の状態で空間震が起こったなら、結界内にいる方々は一体どうなりますでしょうねぇ」
「……!」
そう言われ、士道は言葉を失う
通常、空間震が起きた際、一般人はシェルターに避難する。しかし、狂三の結界内にいる人々は気を失い、避難することは不可能──なのだが、士道の頭に一つの疑問が浮かぶ
「さぁ、さぁ、士道さん? いかがですの? わたくしが恐ろしいでしょう? わたくしが憎いでしょう? これでも同じことが言えまして? 弱き肉が! 強き捕食者に!」
「……」
心臓の鼓動が早くなる、呼吸が荒くなっているはずなのに、士道の頭の中は信じられないくらい冷静だった
そして、士道の中に浮かんだ疑問とは──どうして狂三は、そんなにも士道に言葉を撤回させようとしているのか。彼女の目的が士道なら、変な小細工はせずにさっさと食べてしまえばいい、なのに、なぜ、そこまで狂三は気にするのか
強き捕食者である自分が、弱き肉である士道の言葉を
『……シン』
そこで、インカム越しに令音の声が聞こえてくる
『……狂三の精神状態が変化している。まるで君を……恐れているかのような数値だ』
「ぇ……?」
令音からその言葉を聞いた瞬間、士道は狂三に聞こえないくらいの声を発し、眉をひそめる。
どうして狂三が自分の事を恐れるのか、士道は一瞬混乱し──そして、納得した。
「あぁ──そうか」
士道は息を吐くと、もう一度狂三を見る。
「さぁ! 士道さん、どうしますの? あなたが言葉を撤回しなければ、何人もの人が死ぬことになりますわよ!?」
狂三が士道から視線を逸らさないまま、高く掲げた右手をぐっと握ってみせた瞬間、空間が悲鳴を上げているような甲高い音が聞こえてくる。
「く……」
狂三にかけなければならない言葉もある、話さねばいけないことがある。だが、今はそれより先に、何とかしない事がある。自分の言葉を撤回せず、空間震を何とかする為に思考を巡らせると、ふと狂三の言葉を思い出す。
「……狂三」
「何ですの? ふふ、ようやく取り消す気になりまして?」
狂三が、不敵に笑いながら言ってくる。その言葉に構わず、士道は言葉を放った。
「おまえは、俺を食べるのが目的って……言ってたな」
「えぇ、そうですわ。殺したりしたら意味がありませんもの。あなたはわたくしの中でずっと生き続けますのよ。素敵でしょう?」
「…………」
その一言を見て、確信を持った士道は、小さな声で令音に確認を取ると、その場から駆け出し、屋上の端にあるフェンスを登っていく。
「……っ、何のつもりですの?」
「空間震を止めろ。さもないと──」
フェンスの頂上に足をかけた士道は、校庭を指さす。
「俺は、ここから落ちて死んでやるぞ……!」
「な、何を仰ってますの……? 気でも触れまして?」
流石に動揺を隠せない狂三は士道にそう言うが、当の本人は既に覚悟が決まっていた。
「悪いが正気だ。やっぱり俺は、朝の言葉を引っ込められない。──それじゃあ、おまえを助けられなくなっちまう」
狂三が不快そうに顔を歪めるが、士道は構わず言葉を続ける。
「でも、おまえに空間震を起こさせるわけにはいかない。だから──」
「それで、自分を人質に? 短絡的にも程がありますわ。追い詰められた逃亡犯ですの!?」
確かに狂三の言う通りである、今の士道がやっているのは海外のニュースやドラマでよく見る、犯人が自分のこめかみに銃を突きつけているのと同じ行為だ。
けれど、狂三の目的が士道である以上、決して無駄な行為ではない。
「……そんな脅しが聞くと思いますの? やれるものならやってご覧なさいな!」
小さく息を吐いた狂三が士道にそう言う。
「……あぁ」
士道は静かにそう言うと、身体をフェンスの向こう側に投げ出した。
◇
火花が散った。
血が舞った。
赤は紅に染まる。
「クッ……」
迸る激痛にハルトは呻き声を上げ、貫かれた装甲を守るように硬質残光を広げて弾丸を銃撃を妨げる。
光の壁が守っている隙に、曲がり角に身を隠す。
「ハ・ル・トさ〜ん、隠れていないで出てきてくださいまし。あれほど逢瀬を共にした中ではありませんか」
軽い調子で言う狂三の声が聞こえてくるが、今のハルトには返答をする暇はない。
よく見ると、<火人>の各部はオレンジ色に輝いていた。
78/100。もうヴァルヴレイヴが動けるのも残り僅かだ。
消耗戦は望めない。だからと言って現在の手持ちでどうにかなるものではない。
「どうすれば……ん? あれは?」
ハルトは目についたものを掴んで、とある作戦を思いつく。いや、エルエルフからしたらこんなのは作戦とは言えない。
だけど……
「これならいけるかもしれない……!」
覚悟を決め、ハルトは身を乗り出す。
「あらぁ? もうお諦めになってしまったのですの?」
名残惜しむように狂三は古式銃を構え、引き金に指をかける。
ダンッ! と古式銃が火を吹くと同時、ハルトは持っていたものを放り投げた。
弾丸がそれに着弾すると、白煙があたりを覆う。
「なッ……! これは消化器の……ッ!? ハルトさんは一体どこに───」
狂三が言い切るよりも前に、すぐに回答が返ってきた。
白煙を薙ぎ払い、<火人>は長刀を両手で目一杯に力を込めて───振り下ろした。
赤き光を纏った刀身は、血色に染められたドレス状の霊装を破り、狂三の白磁の肌を切り裂く。
そう思っていた。
「────来なさい、<鉄火>」
緑色の光と共にこれまで感じたことがない衝撃波によって吹き飛ばされ、廊下の最奥の壁をウエハースのように簡単に破られる。
それでも勢いは消せず、ハルトは水の張ったプールに衝突した。
「今の、光は……」
ハルトは知っている。
なぜならこの身に流れ、ヴァルヴレイヴの原動力となる『情報の原子』とも言われる情報素粒子RUNE。
そして先ほどの波動は前の世界で追放刑を受けた後、エルエルフと殴り合いをしていた時に発動させたものと酷似していた。
「きひひ、いやはや流石に少し驚いてしまいました。ですがァ、まだまだですわね」
ハルトが穴を開けた壁の向こうから、狂三の声が聞こえると共にそれは姿を現した。
それは<火人>を色を鈍い銀色にしたかのような、『ヴァルヴレイヴ』だった。
「どうして……君がそれを……!」
「ヴァルヴレイヴ二号機<鉄火>……あなたには馴染みのある機体では?」
ヴァルヴレイヴ二号機、またの名を<鉄火>。
モジュール77の最深部に半壊の状態で保管されていた機体にして、ドルシア軍のマギウス、アードライによって強奪され最恐の霊長兵器<ダーインスレイブ>の元になった機体。
ハルトも一度、戦ったことがあるがまるで歯が立たなかった。
そんな機体が、今、完璧な状態で人外の精霊の手によって扱われている。
「きひひ、さァ、第二ラウンドと行きましょうか?」
狂「きひひ、タタじゃ、終わりませんわよ?」
作「デスヨネ〜」