ここまでマジ大変だった。
やっと琴里ちゃんの話を……は? お前ら、温泉回のマッチョマンども。
やめろ離せええええええ。
「さぁ、さぁ。もう間怠っこしいのはやめにしましょう」
そういうと、士道の足元から手が生え、両足を掴もうとしたところで、斬撃がその腕を吹き飛ばした。
また別の方向から緑色の閃光が、狂三に向かって放たれ、彼女は咄嗟にそれを回避した。
あまりにも突然のことに、士道が唖然としていると上空から白と黒の物体が飛来してきた。
「真那! エルエルフ!」
「はい。──また、危ねーところでしたね」
「まったく……貴様は無茶ばかりをする」
<ムラクモ>を纏った真那と<ヴァナルガンド>を纏ったエルエルフのそれそれが士道を見るが、すぐに握る武器を構え直すと、後方へ逃げた狂三に鋭い視線を放った
「随分と派手なことをやってくれやがったようですね、ナイトメア」
「──く、ひひ、ひひ、いつもながら、さすがですわね。相変わらず、鋭い一撃を繰り出してきます」
「ふん、悪ーですが、そんな霊装、私の前では無意味です」
「時崎狂三、大人しく撤退しろ。そうすれば殺しは────」
エルエルフがそう言いかけたところで、狂三が大仰に手を広げ、その場でくるりと旋回した。
「でぇ、もォ……わたくしだけは、殺させて差し上げるわけには参りませんわねぇ」
狂三はそう言うと、カッ、カッ、と、ステップを踏むように両足を地面に打ち付けた。
「さぁ、さぁ、おいでなさい──
刹那──狂三の背後に現れたのは巨大な時計。そして、狂三の身の丈の倍にあろうかという、巨大な文字盤。そしてその中央にある針は、それぞれ細緻な装飾の施された古式の歩兵銃と短銃だった。
「……っ、これは──天使……っ!?」
天使──精霊の持つ唯一にして絶対の力。
「うふふ……」
狂三が笑うと、巨大な文字盤から短針に当たる銃が外れると、狂三の手の中に収まった。
「刻々帝───【一の弾】」
狂三が唱えると、文字盤のⅠから影のようなものが漏れ───一瞬のうちに狂三の握る短銃へと吸い込まれる。
「一体何を──」
士道が疑問の声をあげるよりも先に、狂三は短銃を側頭部に押し当て、一切の躊躇うことなく自らをヘッドショットする。
その瞬間狂三の姿が消え、それと同時に真那が横に吹き飛ばされた。
「ぐ……ッ!?」
真那は空中で方向を転換すると、狂三に猛進するが、狂三の身体がまたカスミのよに消え去り、次の瞬間には真那の後方に出現し、その背に踵を振り下ろそうとしたところで、エルエルフが右手のレイザーブレイド<ヴォルフテイル>で弾いた。
「ぐ……!」
「あなたは……っ!」
「これに追いつきますか、つくづくあなた達には計算を狂わされますわね……!」
そう言う狂三だが、その表情に焦りはなくむしろ戦いを楽しんでいる様子だった。
「ならば───これならどうですか? 刻々帝────【七の弾】」
即座にⅦの文字盤から染み出た影が銃口へと入り次弾を装填が完了し、真那に向けて放った。
「無駄ですッ!」
「駄目だ、その弾は避け──っ!」
エルエルフの警告よりも先に、真那の展開していた随意領域テリトリーによって銃弾は阻まれた。
「え……?」
しかし、その後に起きた光景を見た士道は、呆然と声を発する。
士道の目の前に広がっていたのは、空中に飛び立った状態で完全に静止した、真那の姿。
「真那……っ!」
士道が呼びかけるが、真那は動かず、反応を示すこともない。まるで時間が止まってしまったかのように、その場から微動だにしていない。
「あァ、はァ」
狂三は笑い、真那の身体に何発もの銃弾を放っていく。狂三の使っているのは二丁とも単発式の古式銃だが、一発放つたびに影が滲み出て、弾丸として銃口に装填されていく。
「が──ぁ……ッ!?」
数秒後、その身に何発もの弾丸を受けた真那が、地面から血を流して地面に落ちていく。
「きひひひひひひひひひ、あらあら、どうかしましたのォ?」
「な──、今の、は……」
「真那!」
自分を縛る腕がいつの間にかなくなっていた士道は、そう叫んだあと地面に膝をついた。真那のもとに駆け寄る。
「兄──様、危険です。離れやがってください……」
「馬鹿、何を言ってやがる!」
「……っ!」
士道が真那に駆け寄ったのを見たエルエルフも、ようやく痺れの取れてきた身体を動かして二人の前に立ち、剣を構える。
「「士道(シドー)!」」
「──士道」
と、そのタイミングで、バァアン! ドアをブチ破る音が響き、十香とハルト、そのあとに折紙の声が聞こえてくる。
「十香、ハルト──折紙……!?」
士道たちの元に駆け寄ってきた三人の姿は、霊装とワイヤリングスーツ、
ヴァルヴレイヴを纏っていた。
「大丈夫か、シドー!」
「怪我は」
二人同時にそう言うと、鬱陶し気に睨み合いになるが、すぐにその先にいる狂三に血塗れで膝をついている真那、狂三に向かって剣を構えているトーマの姿に気づき、それぞれ武器を構える。
「鳶一一曹……十香さん。ご無事でしたか。しかし……十香さん。その姿は一体」
「シドーの妹二号。おまえこそ、その恰好は何だ? まるでAST──」
と、そこで狂三の笑い声が響いてきた二人は言葉を中断する。
「あら、あら、あら、今日はお客さんが多いですわね」
「狂三……! いきなり逃げたと思ったら、こんなところにいたか!」
「あなたの行動は不可解、一体何の真似」
「え……?」
十香と折紙の言葉を聞いた士道は、眉をひそめる。
「逃げた、って……?」
「狂三が邪魔をしに現れたのだが……先ほどの爆発のあと、どこかへ逃げていったのだ」
「それはおかしい。時崎狂三は、私と交戦していた」
「何だと?」
二人の疑問に、ハルトは振り返らず答える。
「二人とも、正真正銘時崎狂三と戦ってたよ……詳細は省いて簡単に言うと、分身の術擬きを使ってたんだ」
「何だと!?」
十香は驚き、折紙は訝し気な顔を向けてくるが。二人はすぐに視線を狂三に向け直す。
「……残念だ、狂三。だがおまえがシドーに危害を加えようとする以上、容赦はしない」
「一部にだけ同意する」
そんな二人の様子を見た狂三は、またも楽し気にくるりと身体を回転させた。
「うふふ、ふふ。あぁ、あぁ、怖いですわ、恐ろしいですわ。こんなにもか弱いわたくしを相手に、こんな多数で襲い掛かろうだなんて」
そんなこと微塵も思っていない様子で、狂三は嗤う。
「でも、わたくしも今日は本気ですの。──ねぇ、そうでしょう? わたくしたち」
奇妙な物言いに眉をひそめた次の瞬間、屋上を覆い尽くした狂三の影から這い出るようにして無数の狂三が現れる。
『な……っ!?』
「来たか……っ!」
「なん……だよ、こりゃあ……っ!!」
広い屋上を埋め尽くさんばかりに、墓場から這い上がってくるゾンビのように、霊装を纏った時崎狂三が、影の中から這い出てきた。
「くすくす」 「あら、あら」 「うふふ」
「あらあらあら」 「驚きまして?」
「士道さん」 「さぁ、どうしますのォ?」 「あはははははッ」
「いひひひ」 「美味しそうですわねぇ」
「さぁ、さぁ」 「遊びましょう?」
「いかがでして?」 「ふふっ」 「ひひひ」
「ふふふふふ」 「そうしましたの?」
無数の狂三が、思い思いの声を発する。
「こ、ッ、れは……ッ」
「うふふ、ふふ、いかがでして? 美しいでしょう? これはわたくしの過去。わたくしの履歴、様々な時間軸のわたくしの姿たちですわ」
銃を握った狂三が、両手を広げながらくっとあごを上げた。
「な──」
「うふふ──とはいえあくまでこの『わたくしたち』は、わたくしの写し身、再現体に過ぎませんわ。わたくしほどの力を持っておりませんので、ご安心くださいまし」
狂三は、言葉を続ける。
「真那さん、わかりまして? わたくしを殺しきれない理由が」
「──っ……」
真那が息を詰まらせる、それは士道たちも同じだ。唯一この光景を見た事のあったトーマも、今は消耗が激しくいつものように戦う事は難しいだろう。
「さぁ──終わりに、いたしましょう」
狂三が、くるりと回る。
「……ッ、舐めんじゃ──ねーです……ッ! ……ガッ!」
真那は傷ついた身体を随意領域を使い、傷ついた身体を無理矢理動かすとユニットを可変させて幾重もの光線を放った。その光線は無数に存在する狂三のうち何体かの体を貫き、地面に跪かせる。
「ふん……っ!」
真那はユニットを可変させ、襲い来る狂三を次々と屠っていくが、刻々帝の前で銃を握った狂三が【七の弾】を装填し、再び真那に放った
「真那──!」
士道が声を上げると真那の元に向かい、十香と折紙は士道を守るように展開するが、数に差がありすぎた。それぞれが無数の狂三に包囲され、攻撃を加えられ、その場に押さえつけられる。
唯一、動けるハルトとエルエルフも分身体の対応でまともに動けない。
「十香──折紙……ハルト……エルエルフ……真那……ッ!!」
士道も両腕をとられ、地面に押さえつけられる。
「ぐ……」
「────」
「くっそ……がぁ……」
無数の狂三が存在するなか、銃を握った狂三が、士道の方に近づいてきた。
「あぁ、あぁ、長かったですわ。ようやく、士道さんをいただくことができますのね」
「や……っ、やめろ狂三! シドーに近づくな!」
「……っ、放して──」
「……力が……出ねぇ……」
十香たちはもがくが、狂三の拘束から逃れる事はできなかった。
「ふふ──そうですわ」
くすくすと笑っていた狂三は、士道の目の前で足を止めると、何かを思い出したかのように眉をぴくりと動かした。そして、左手に銃を預け、右手を頭上に掲げた瞬間、再び空間震警報が鳴り響く。
「な……狂三、おまえ何を──」
「うふふ、ふふ。先ほどできなかったことをして差し上げますわ。まだ皆さん目覚めておられないでしょうし──きっとたくさん死んでしまいますわねぇ」
「や、やめろ……ッ! そんなことしやがったらオレ、舌噛んで──」
そう言いかけた瞬間、士道を取り押さえていた狂三が口に細い指を差し入れ、顎と舌を押さえつけた。
「ふぐ……ッ!?」
「舌を……? どうするんですの?」
狂三が笑い、右手を握ると、先ほどのように空間が悲鳴を上げ始める。
「ふふ、ひひひ、ひひひひひひひッ! さぁ! もう二度とわたくしを誑かせないよう、絶望を刻み込んで差し上げますわ!」
士道が声にならない叫びを発する間もなく、狂三は右手を振り下ろした。
「あ────ーッはははははははははは──っ!!」
その瞬間、来禅高校の周囲の空から凄まじい音が響き──空間が震える。
が、発生するはずだった空間震は、初期微動だけを残し消失した。
「…………?」
「これは……どういうことですの……?」
起こる筈だった事象が起きなかったことに対し、狂三が不信そうに眉を歪める。
「──知らなかった? 空間震はね、発生と同時に同規模の空間の揺らぎをぶつけると相殺することができるのよ」
狂三の疑問に答えるように、空から凜とした声音が聞こえてくる。
「──っ、何者ですの?」
狂三は右手に銃を握り直して、空に顔を向ける。
そこに広がっていたのは炎だった──否、正確には士道たちの頭上を炎の塊が浮遊していた。
「琴、里……?」
炎の中にいた人影……和装のような格好をした少女をみた士道は、そう口を開いた。
そう、炎の中心にいたのは五河琴里──ラタトスクの司令官であり、五河士道の妹、人間である筈の少女だった。
「──少しの間、返してもらうわよ、士道」
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