綾小路清隆の妹として、全力で支えます 作:ぐれーぷ
1限目〜真剣にやってもいいよ〜
無人島での『特別試験』も終わって、突如来訪した堀北生徒会長と茜先輩の二人は今朝ヘリでこの豪華客船から出発し、私たちは穏やかな日常を過ごしていた。
この3日間は全クラスが夏のバカンスを楽しんでいる。
勿論、生徒の中にはまた突然『特別試験』が始まるのでは? と身構えている子もいるだろう。鈴音ちゃんなんかもその一人だ。気を張ってても疲れるだけだから休めばいいのにね。ただまあ、鈴音ちゃんの気持ちも分かる。何事も程々がいいのだ。
それにしても誰も彼も、夏の楽しい過ごし方というものを知らない。もっと私を見習って夏を有意義に過ごせばいいのにと思わずにはいられなかった。
「いや、だからおまえは引きこもってるだけだろ」
「だって外は暑いもん。嫌よ」
冷房を効かせてルームサービスで食べ物と飲み物を頼み、窓から見える大海原を風景にして静かに本を読む。
最高の夏休みの過ごし方だと思う。きっと鈴音ちゃんやひよりちゃんもそんな過ごし方をしているはずだ。
清にぃから部屋を出て行くよう注意されるけど、もちろん断る。
ここは私のサンクチュアリー、何者にも侵害されず、決して崩れることのない私の領域。そう、楽園なのだ。
「仕方ない、高円寺を呼ぶか」
「清にぃまたね!」
危うく聖域が地獄と化すところだった。
それにしても高円寺くんを呼ぼうとするなんて……諸刃の剣にもほどがある。
ただ呼んだ所で来るとは思わないけど、私が居ると知ったら十分来る可能性が高い。なんなら私の兄から頼みなら、それぐらいお安い御用、みたいな可能性も僅かにある。何を隠そう、清にぃと高円寺くんは不運にもルームメイトなのだから。
そんな訳で遅かれ早かれ、私が聖域を捨てるのは必然だった。
楽園から追放された私は砂漠の中を進む。目指すは次なるオアシス。そう、鈴音ちゃんの部屋だ。
「あ、いたいた。おーい愛歌」
名前呼ばれたので振り返ると千秋ちゃんが手を振っていた。
基本的に千秋ちゃんは誰かいる時は私に話しかけたりしてこないため、今彼女が一人で行動していることが分かる。
「千秋ちゃんどうしたの?」
「愛歌、一緒に昼ご飯食べに行こう。誘おうと思って部屋に行ったら居ないんだもん」
「あー、ごめんよ。さっきまで清にぃの部屋にいたんだ」
「まぁ、そんなことだろうとは思ったよ。それで行く? 行かない?」
「勿論行く!」
豪華客船で千秋ちゃんとご飯食べに行くのは初めてだ。
食べに来たのはビュッフェ式のバイキング。
いいよね。バイキング。自分の食べたい物だけを選んで、お皿に飾りつける。まるで宝石箱、幸せいっぱいだ。
「ケーキ、ケーキ、ケーキ……ケーキしか持って来てないじゃん。ちゃんと食べなよ」
「いやぁ、現役時代に食事制限したせいでその反動が」
「なにアスリートみたいなこと言ってるの。愛歌は普通の女子高生何でしょ?」
「さぁ〜? どうでしょう」
「……はぁ、憎たらしいやつ」
千秋ちゃんがずっと私の事を探っているのは分かっている。もしかしたら私の事をネット上で調べてみたのかも知れない。
そんなことしても私に関する記事は出てくるはずもなく、高度育成高等学校の生徒に聞いて回ったとしても誰も知らない。
知っている可能性があるとすれば、坂柳さんとそれこそ清にぃぐらいだ……ああ、もしかしたら彼も知ってるかも知れないね。
それに余談だが、女の子は秘密の数だけ魅力的になるらしい。
「愛歌、私と一緒にAクラス目指さない?」
「あれ、うちのクラスは今Aクラスを目指してる最中じゃないの?」
「はぐらかさないで。愛歌がDクラスのリーダーとしてってこと。愛歌がリーダーになればクラスは今よりも纏まるし、あの高円寺くんだってやる気を出してくれる。それに私も出し惜しみはしない。お願い、力を貸して」
「何度も言ってるでしょ、私はいつだって全力だよ。それにリーダーにはならない。でもそうだな、条件付きでいいなら
「っ! その条件ってなに?」
それに答えようとした時、私と千秋ちゃんの端末が同時に通知音が鳴った。それは学校から送られた時に鳴る通知音だ。そのメールを確認しようとすると、船内アナウンスも流れた。
『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に──』
「これってまさか」
「うん。そのまさかだね。千秋ちゃん、送られて来たメールを見てみなよ」
私の端末、いや全ての生徒の端末にこれから『特別試験』が始まることがメールで告げられた。
メールには他にも、各自指定された部屋に、指定された時間に集合する様に指令されており、私は18時40分までに2階の2202号室に集合する様に記載されている。千秋ちゃんは私よりも早い時間で別の部屋だった。
「特別試験……今度は何をするんだろ」
「この学校のことだから、態々豪華客船にまで乗ってペーパーテストとかじゃないだろうね。無人島で試験をするぐらいだし」
「聞かされるまで分からないってことだよね」
再び私の端末が震える。今度は着信を知らせるものだった。着信相手は鈴音ちゃん。タイミング的にどう考えても『特別試験』のことだろう。
「──うん、また後で。千秋ちゃんごめん、鈴音ちゃんに呼ばれたから行くね」
「待って愛歌! さっき言ってた条件って何?」
「それは後で連絡するよ。この『特別試験』に関係あるから」
「絶対してよ? 忘れたらそのほっぺ千切るからね」
「も、もちろん」
思わず私は自分の頬を触ってしまった。千秋ちゃんなら本気でやりかねないので、連絡を忘れない様にしよう。
「──全員揃いましたね。それではこれより『特別試験』の説明を行います。尚、今の段階では質問は一切受け付けません。説明が終わった後に質問の場を設けます。静かに聞く様に」
Dクラスからの参加者は私と沖谷くんと高円寺くんの3人。何というかアンバランスな組み合わせだ。いや、一周回ってバンランスいいのかな?
それよりも肝心の『特別試験』の内容は、1年全員を干支になぞらえた12のグループに分けで行われる試験だ。私たちは申の猿グループ。AクラスとBクラスからは4人、Cクラスからは3人の生徒が参加する。
まさか私のグループに来るなんてね……無人島での結末が少し変わったからだろう。試験が終わった時の反応が楽しみだ。
渡されたプリントにはルールが書かれていた。
『・試験開始当日午前8時に一斉にメールを送る。『優待者』に選ばれた者には同時にその事実を伝える。
・試験の日程は明日から4日後の午後9時まで(1日の完全自由日を挟む)
・試験結果の詳細は最終日の午後11時に全生徒にメールにて伝える』
他にも色々と書かれており、1日に2度、グループで1時間の話し合いを行うことが義務付けられている。話す内容はこちらに任せてくれるそうだ。
解答は自分の携帯電話を使って所定のアドレスに送信することでのみ受け付け、当然『優待者』にはメールにて答えを送る権利が無い。
またこちらも当然ながら、自身が配属された干支グループ以外への解答は全て無効だ。他にも細かい注意があり、確かに無人島の時よりも制約が多い。
「特別試験の各グループにおける結果は4通りしか存在しません。例外は無く、必ず4つのどれかの結果になるよう作られています」
『結果1・グループ内で優待者とその優待者が所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合、優待者の所属するクラスメイトと含め、グループ全員にプライベートポイントを支給する。
結果2・優待者とその優待者が所属するクラスメイトを除き、1人でも未解答や不正解があった場合、優待者に50万PPを支給する。
結果3・優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを告げ正解していた場合、その生徒の所属クラスは50CP得ると同時に、正解者に50万PPを支給する。また見抜かれたクラスは逆に−50CPの罰を受ける。この時点でそのグループの試験は終了となる。
また優待者と同じクラスメイトが正解した場合、答えを無効とし試験は続行とする。
結果4・優待者以外の者が、試験終了を待たずに答えを学校に告げ不正解だった場合、答えを間違えた生徒が所属するクラスは−50CPを罰として受ける。優待者は50万PPを得ると同時に優待者の所属クラスは50CPを得る。
また結果3同様、優待者と同じクラスメイトによる解答は正解・不正解に関わらず無効とし試験は続行とする』
「──説明は以上です。それでは質問を受け付けます。質問のある生徒は手を挙げてください……質問は無さそうですね。では解散して頂いて結構です」
坂上先生から許可も降りたので私たちは部屋から退出した。
とにかくやる事も無くなったので何をするか悩む。
清にぃも既に説明は受けた後だから、試験について話し合うのを口実に会いに行くのもありかな。
でも今頃部屋で休んでると思われるので、その邪魔をするのは申し訳ない。
たまには1人で居るのもありか。船首の方に行ってみよう。
「あ、いたいた! おーい愛歌!」
デジャヴ。数時間前にも同じ声、同じ呼び方をされた記憶がある。振り返ると千秋ちゃんの姿があった。
「千秋ちゃんさっきぶり。どうしたの?」
「どうしたの? なに、ほっぺちぎられたいの?」
「あ、ああ! それね! 丁度連絡しようとしてたとこだよ!」
「……」
「ほ、ほんとだって! んっ、えっとそれじゃあ話すよ?」
私が出す条件。それは特別試験で千秋ちゃんが結果を残した場合、次の特別試験では真剣に取り組むという条件だ。
今回で言えば、これから始まると予想される船上試験で他クラスの『優待者』を当てる、または自分たちの『優待者』をバレずに守り切ること。
ただ千秋ちゃんのグループでDクラスに『優待者』がいた場合、千秋ちゃんに有利なので条件を追加させて貰う。
「『優待者』を当てた場合は次の『特別試験』で真剣に取り組み、『優待者』を悟られず守れた場合は次の『特別試験』で部分的に真剣にやる」
「えー、何それ。普通に真剣にやってよ。部分的ってなに」
「例えば次の『特別試験』がテストなら5教科の内、3教科を真剣にやるよ。この条件でいいかな?」
「……愛歌、あんたやっぱりテストでも手抜いてたのね」
「あくまでも例え話だよ。それでどうする?」
「はぁ、どうするも何も、あんたに少しでも真剣にやって貰えるなら、私に選択肢はないよ。その条件でお願い」
こうして私と千秋ちゃんとの間で取引が行われた。
今回のこの『特別試験』では最大450CPが手に入る。もしそうなったらDクラスのCPは792CPになり、一気にAクラスとの差が180CPにまで縮まる。
これが私には可能だ。でもこれだとクラスの成長は見込めない。これから先、私や清にぃがこのクラスに残ってるとは限らない。なら私たちが居なくても勝てる様に成長して貰わないと困る。だから今回は自分のグループにだけ専念しよう。
「愛歌この後の予定は?」
「特に何も──ごめん、また電話」
「また? ……ってまさか」
「そのまさか。ごめんね。もしもし鈴音ちゃん?」
やっぱりか、と千秋ちゃんは苦笑いを浮かべていた。
鈴音ちゃんが私へ電話した理由は試験についてだった。既に私は『特別試験』についての説明がされ、鈴音ちゃんはこの後の午後8時40分から。その前に『特別試験』についての情報が欲しいのだろう。
昼の時と全く同じ流れだ。
「そんな訳だから……ごめんね、千秋ちゃん」
「勝つためでしょ? いいよ別に。愛歌も大変だね」
「これぐらいで大変って言ってたら先が思いやられるよ」
「どういう意味それ?」
「あはは、じゃあまたね!」
私は千秋ちゃんの返事を聞かずに、鈴音ちゃんの下へと向かった。
オレは再び平田と共に2階へやって来た。この後の午後8時40分から平田たちは説明を受けることになっている。
辺りを見渡すと堀北と愛歌の姿を見つけた。向こうも気づいたようで愛歌が手を振って来る。
平田が合流しようと歩き出したので、オレも着いて行くことにした。
「やっほ清にぃ。平田くんの付き添い?」
「そんな感じだ。愛歌はどうしてここに?」
「私と一緒にいたから序でに着いてきて貰っただけよ」
なるほど。堀北は先に『特別試験』の説明を受けた愛歌に色々と質問していたのだろう。
するとこちらに誰かが近づいてくるのに気づいた。その人物はAクラスの葛城だ。
「君たちも20時40分組なのか?」
「そうよ。あなたもそう見たいね、葛城くん」
「ああ。堀北、君とは1度話してみたいと思っていた」
ついこの間までは眼中にも無いと言わんばかりに、堀北は勿論のこと、オレたちDクラスを相手にしていなかった葛城が自ら話しかけてくるとはな。
その理由は間違いなくこの間の無人島での結果だろう。
堀北も同じ事を思った様だ。
「無人島で会った時はこちらと話すことは何も無いと言動に出ていたけれど……私の勘違い、解釈違いだったかしら?」
「確かにあの時は俺は勿論、Aクラスの殆どの生徒がDクラスは敵では無いと思っていた。だが、結果があの様な形となれば警戒して当然のこと。そしてその功績者と同じグループ、協力をする関係となれば言葉を交えてみたいと思うのも当然。違うか?」
「確かにそうね。でも残念ながら今のところ私は葛城くんとは話したいことが無いわね」
「……俺以外で他に話したい生徒が居ると?」
「ええ。私と葛城くんじゃ程度が合わないもの。あなたよりも坂柳さんと話した方が有意義な時間になると私は思ってるわ」
あからさまな挑発。
今Aクラスが坂柳派と葛城派で二分されており、その事実は一年生の中で有名な噂話となっている。
有名な話なんだが、まさか堀北が知っているとは思わなかった。
「どんな意図でその様な発言をしたかは分からないが、勘違いはしないで貰いたい」
「何が言いたいのかしら?」
「誰にでも一度の会心の出来というのはある。たまたま自らの戦略が一度成功したからと言って、調子には乗らない方がいい。CPの差が今も歴然である事を忘れないで貰いたい」
「……? ごめんなさい。葛城くんあなたが言っていることがよく分からないわ。私じゃまだAクラスのリーダーである、あなたと会話が成り立つレベルに至って無いから話すことがないと言ったのよ。あなたが言った通り、私とあなたのクラスとの差は歴然ですもの」
「……」
「それとも……あなたはもしかして、坂柳さんの方が自分よりも上だと考えていたのかしら? てっきり私はAクラスのリーダーを務めてる葛城くんが上だと思ってたのだけれど」
「クク、テメェの負けだ葛城。野獣は美女に弱いみてぇだな?」
「っ……! 龍園」
こちらに拍手をしながら近寄ってくる龍園。どうやら今までの口論を見ていた様だな。
堀北は龍園の登場がめんどくさいと思ったのか、指定された部屋に入るつもりだ。
「待てよ鈴音。俺とも遊ぼうぜ」
「ええ。あなたも同じグループの様だし、その時に話しましょう」
「……まぁいい。葛城よりも楽しませてやるよ。童貞と違って女の扱いには慣れてるからな」
龍園が言い終える前に堀北は部屋の中へと入って行った。
すると今度はそのまま龍園と葛城の言い争いが始まるが……どうするか悩む。
このまま二人の口論を見届けるのもいいが、龍園と葛城がこんな所で弱みを見せるとは思えない。
ここで仮に弱みを見せたとしても、その弱みは早い段階で周知されることだ。そんなものはオレが欲しい情報じゃ無い。ならここで見届けることは何も無いだろう。
どうやらオレの高性能な道具もそう結論出した様だ。
「あれ、平田くんに綾小路くんと……綾小路さん?」
「櫛田さん。もしかして20時40分の同じグループなのかな?」
「うん、平田くんそうだよ! 綾小路くんと綾小路さんは違うよね?」
「私は鈴音ちゃんの付き添いだよ」
「オレは平田の付き添いだ」
「お、おお。2人同時に……そうだったんだね!」
櫛田も同じなのか。
どうやらこのグループは各クラスの中心にいる生徒が集められているみたいだな。だがそうなると一之瀬の姿が見当たらないのが気になる。他のグループにいるのか、或いは先に部屋に入っているのか。
「平田くんそろそろ入らないと」
「そうだね櫛田さん。それじゃあ綾小路くん、綾小路さん。僕たちもそろそろ行くよ」
「またね2人とも」
「ああ、またな」
そして2人も部屋の中へと入って行った。
他の生徒たちも部屋の中へと入っていく中、龍園が部屋に入る直前にコチラを見ていたが気づかないふりをする。
どちらかと言えばオレじゃなくて、愛歌のことを見ていた感じだが、警戒しておく事に損はない。
「鈴音ちゃん強かになったねぇ……じゃあ私たちも行こっか」
「そうだな」
外へ出るとプールで遊ぶ生徒がまだ居る。もう少しで一般的な就寝時間だと言うのに。そんな生徒たちを見下ろしながら愛歌に幾つか確認した。
「堀北に何を教えたんだ?」
「全クラスの内部事情、今回の『特別試験』のルール、私のグループに参加する他クラスの生徒、この3つだよ」
「そうか。オレが気になる様なことはあるか?」
「私のグループに帆波ちゃんが居ることかな」
どうやら一之瀬は前者、別のグループに配属されていた様だ。法則性が分からなくなったな。
「星之宮先生が私を警戒して帆波ちゃんを申のグループに入れたんだと思うよ」
愛歌がオレの考えている事を察して答えてくれる。
星之宮先生とはまともに話したことがないため、判断ができない。
だがもし愛歌が言っていることが真実なら、星之宮先生は私情を挟んでクラス間の争いに関わっている事になる。人である以上、多少は仕方ないが。
「今回の『特別試験』も楽しみだね」
「オレも楽しめる事を祈ってる」
「清にぃのグループ結果、楽しみにしてるよ」
「いつも通りやるだけだ」
そう、いつも通りだ。いつも通り勝って終わる、それだけだ。