綾小路清隆の妹として、全力で支えます   作:ぐれーぷ

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4限目〜今は可愛いの気分だから〜

 

 

「──それで清にぃは見事に軽井沢さんを手籠めにしたと」

 

 オレの顔面に左拳が迫る。これは少し後ろに下がるだけでいい。これで愛歌のリーチでは届かない。しかし次の瞬間、目の前から愛歌は消えていた。気配を感じたのは右下。今の愛歌の左ジャブはオレの視界を奪い右サイドに回り込むためか。

 流石にまずいな。今のオレは無防備の状態、このままだと愛歌の強烈な右拳が入る。

 ガードは間に合わないので逆にオレは体当たりをする事で距離を詰めた。これなら力が完璧には乗らず、足で愛歌の腰の回転も邪魔をしているので力の伝達も弱い。ダメージは避けれないがそれを減らすことは出来る。

 

「……否定はしないがもう少し包んで言ってくれ。仲間になってくれたんだ」

 

「今のでも無理? 完璧に入ったと思ったのに」

 

「考えたな。オレの視野を一瞬奪い素早く回り込む……凄いテクニックだ」

 

「簡単に対処されたから喜べないんだけど?」

 

 今度はオレの両足の間にある愛歌の左足が振り上げられる。このままだと金的だな。流石にそれは避けたい。

 ここから避けるのは難しいと判断し、右手で愛歌の左足を止めて押し返す。

 すると今度は左から右足がオレの顔に目掛けて迫る。これは避けれる……いや、蹴りに速度がない。避けたところを踵落とし、ってところか。ならそれは左腕で受け止める事にした。

 

「ここ最近身体を鍛えたからか? 勘が戻ってきてるな」

 

「余裕ある、ね!」

 

 次は柔術か。技を決められるのだけは避けたいところだ。

 

「それで、試験ももう最終日で次が最後のディスカッションだけど手はあるの?」

 

「ああ、勿論だ」

 

「どの結果を目指すの? 結果1? それとも結果4?」

 

「当然結果4だ。それともうおしまいにしよう。これぐらいで十分だろ」

 

 お互いの腕を掴み取っ組み合いをしていた愛歌に隙ができた。腕を払い愛歌のお腹に拳を添える。その結果、愛歌は少しくの字に折れ前傾姿勢気味になる。今のはジークンドーのゼロインチパンチと呼ばれる技術だ。

 前傾姿勢となった愛歌の頭を掴み背中を下に向かって押しながら胸に膝蹴りを放つ。肺から空気が押し出され咳き込む愛歌を、オレはそのまま腕を掴みベッドへ背負い投げた。

 

「はぁはぁ……ったぁい、はぁはぁ、ま、まって。こ、れや、っば、い」

 

「大丈夫だ。少ししたら息もしやすくなる。オレは先に出てるぞ」

 

 この状態の愛歌に返事を返すのは辛いだろうからオレは返事を待たず部屋を出た。元々そこに投げて終わらせるつもりだったオレは、ベッドの上に水とタオルを置いといた。愛歌ならあと2分ほどでいつも通り満足に動けるだろう。

 オレはクラス内で協力者を求め、軽井沢を引き込むことにした。本来なら愛歌が居るから必要なかったが、愛歌は『2学期』から色々と忙しくなる。今までみたいにオレと一緒に居る時間は無くなると見ていいだろう。

 愛歌自身もそれを分かっているため、オレと同じように協力者として松下を選んだ。

 オレと違うのは時間をかけて着実と信頼関係を構築してできた協力者だということだろう。松下とだけ他の生徒よりも過ごした時間の密度が違うのは知っていた。

 ただ今回、失敗だったのは軽井沢を引き込む前に、真鍋たちと愛歌を1度でも間接的に関わらせるべきだった。龍園は遅かれ早かれ堀北の裏にいる人物、オレを探し始める。その時に真鍋たちに接触した人物の中に愛歌の候補があれば、愛歌を裏の人物として判断してくれる可能性が高かったかも知れない。

 しかしもう終わった事なので今更仕方ない。オレは予定通り堀北の成長を促しながら、愛歌の影へとフェードアウトすればいい。その頃には茶柱先生も満足してオレを退学にさせることもないだろう。本来なら愛歌1人でも十分すぎる。

 考え事をしながらオレは堀北との最後の打ち合わせをするべく、目的の場所へと到着した。今回はカフェでは無く、人目の多い船外デッキだ。

 星を観ながらでもロマンチックな打ち合わせを始めるとしよう。

 

「綾小路くん1人なの?」

 

「そりゃあ1人だろ」

 

「てっきりいつもみたいに綾小路さんも一緒に居ると思ったわ」

 

「愛歌なら部屋で休んでると思うぞ。連絡しなかったのか?」

 

「ええ。あなたを呼んだらいつも一緒に来るから声をかけてないのよ。最後に彼女からも意見を聞きたかったのだけれど」

 

 ならオレだけでは無く愛歌にも連絡すれば良かったのにな。

 

「次で試験も終わりだな。順調か?」

 

「当然よ。万事うまく行っているわ……必ず勝つ」

 

 堀北からは強い意思を感じ取れた。あの竜グループ、生徒たちの間では死のグループと呼ばれる優秀なメンバーの中で、怖気付くことなくはっきりと勝つと宣言した。

 オレたちは竜グループの『優待者』が櫛田なのを当然知っている。それを他クラスに悟られないように今日まで緊張しただろう。この試験、守る側は楽ではあるが『優待者』が話し合いの中で露呈する可能性もある。だがこの様子なら心配する必要はないだろう。

 

「落ち込まないで。頼りにしてるわ」

 

「別に落ち込んではないぞ」

 

「そう? 相談して欲しそうに見えたのだけれど?」

 

「いや、しなくていい。自分で考えて決めたことなんだろ? なら堀北は堀北のやりたいようにやればいいさ」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 そう笑顔を浮かべて頷く堀北はとても綺麗だった。

 最初の頃は冷たく他者を寄せ付けない儚い美しさ、今は凛としていて生まれ変わろうとしている輝くような美しさを放っている。堀北は今までの考えを1度捨て、生まれ変わろうと今足掻いている状態だ。

 男子も女子も必死になって前を向いて頑張る姿はかっこいいものだ。それが楽しそうにしているなら尚更。

 

「メールでも言ったが新たに協力者を得た。その協力者というのは軽井沢だ」

 

「あなたが人選したのだから大丈夫だと思いたいのだけれど……少し不安ね」

 

「大丈夫だと思うぞ。きっとオレや愛歌と一緒にDクラスの為に助力してくれる」

 

「……綾小路くん、なんであなたは私を助けてくれるの?」

 

「おまえが言ったんだ。オレと愛歌が必要だって。誰だって頼られて悪い気はしないだろ」

 

「……ありがとう。この試験、必ず勝ちましょう」

 

「ああ。お互いにベストを尽くそう」

 

 初めから自分1人の力には限界があると気づいてくれていたならな。もしかしたら無人島とこの試験、もっとDクラスはいい成績を残せていたかも知れない。

 たらればに意味はないが、こう何度もしてしまうのが不思議だな。そもそもこんな思考をすること自体が無駄だとあそこで学ばされ育った訳だが……あの部屋に残っていたらこんな綺麗な星空も見ることは無かったかも知れない。

 

「月が綺麗だな」

 

「私は死にたくないわ」

 

「……そのつもりで言った訳じゃないんだがな」

 

「あらそうだったの。最近よく見られている気がしたからてっきりそうだと思ったのだけれど」

 

「人間観察が趣味なんだ」

 

「ふふ、そうね。あなたは色んな人をよく見ているわね」

 

 最近堀北と2人っきりになると、親しい友達みたいに接してくれることが多くなった。オレに向ける視線なんかも前より柔らかいものになっている。このまま行けば良き隣人、親友として関係を構築できるだろう。

 

「そろそろ時間ね。行きましょう」

 

 堀北に言われ時間を確認する。午後6時30分。30分後にはこの『特別試験』の最後のディスカッションが行われる。

 

「綾小路くん、また後で」

 

「ああ。またな」

 

「……」

 

「……? 何か言ったか?」

 

「本当に綺麗な月だと思っただけよ」

 

 堀北はそう言い残し先に行ってしまった。オレも折角だから最後に空をもう一度見上げる。

 視界いっぱいに広がる満点の星空と、星の海に漂う月。まるでこの世界の主人公にでもなったかの様な気分になりそうだ。

 最後の詰めに取り掛かるべく、オレも足を踏み出した。

 

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 

 清にぃに膝蹴りされた所がまだ痛い。打撲で済んだけれど、妹の胸に向かって膝蹴りとか普通はしないでしょ。いや清にぃは普通じゃないか。

 清にぃとの手合わせはこうしてたまに行っている。定期的にやらないと鈍ると私から提案したことだ。もちろん勝敗は私の負け越し。40敗ぐらいはしたと思う。引き分けが何回か。勝ち星はまだ無し。今日は勝てる自信があったけど結局負けてしまった。

 激しい運動をしたことで汗をかいたので、身体を清めに船内にあるお風呂に入浴しにやって来た。中に入ると広い浴槽が置かれており、私は身体を流した後、その浴槽の中へと浸かった。

 

「はぅ……気もちぃい」

 

 つま先から身体が温まって行くこの感覚がとても気持ちいい。これで海の夜景でも観ながら入れれば最高だなって思った。でもそしたら外からお風呂丸見えじゃんってなるよね。マジックミラーとかで何とかならないのかな? 頼むよ、最先端技術さん。

 

「あれ、愛歌ちゃん?」

 

 入浴を1人楽しんでいると声がかけられた。この声の主は帆波ちゃんだ……って。え、でか。

 

「愛歌ちゃんもお風呂に来たんだ。気持ちいいよね」

 

「毎日来てるよ。帆波ちゃんとここで会うのは初めてだね」

 

「確かに。私も毎日来てるけど入れ違いだったんだね」

 

 私は夜遅くに来てるから中々人とは会う事がないからね。たまに生徒が居るけど、みんな違うクラスの子達だった。

 隣お邪魔しますと律儀にお断りを入れ浸かる。私みたいに気持ちよさそうな声をあげてたけど、猫みたいな声をあげてた。帆波ちゃんやっぱり可愛すぎ。

 

「特別試験もこれで最後だね」

 

「そうだね。私としてはもう少し楽しみたかったけど、誰かさんが1日目に終わらせちゃったからな〜?」

 

「ごめんって。帆波ちゃんも『優待者』が誰か分かったら直ぐに密告するでしょ」

 

「そうだねどこかのクラスに裏切らせて間違わさせるか、私たちBクラスが裏切って密告してたと思うよ。BクラスとDクラスには『優待者』がいないって愛歌ちゃんが教えてくれたからね。AとCどっちがマイナスになってもBクラスは得だから」

 

 私は試験が始まって『優待者』が誰か分かったと口にした。帆波ちゃんがBクラスの『優待者』全員を把握していなくても、自分のグループぐらいは把握していたと仮定した場合、Bに『優待者』が居ない時点でAとCの2つのクラスに絞られる。『優待者』の居るクラスは密告することができないので、Dクラスは候補から外れるわけだ。

 そう言えば午グループでは南くんを『優待者』と見抜いたBクラスの子が密告していたっけ。これ以上、他クラスから『優待者』が突き止められないことを祈ろう。それはそれとして……。

 

「帆波ちゃん、そんなにジロジロ見られるとちょっと恥ずかしいよ」

 

「え、あ! ごめんね? 凄い肉体美だなって思って……腹筋割れてる……初めて見た……」

 

「私なんかより帆波ちゃんの身体の方が立派だよ」

 

「そ、そんな事ないよ。愛歌ちゃんの方が綺麗だもん。私なんて太ってるし」

 

 いや太ってはないでしょ。

 いやぁ、でも男子はこの胸を見れないんだもんね。そう考えると愉悦感が凄い。そしてこの子もいつか清にぃレディーズの一員になると考えると、自分の兄が恐ろしい存在だとつくづく思い知らされる。いいよ、もっとやっちゃって。

 すると思考が読まれたのか話題は清にぃのものへと移った。

 

「綾小路くんは愛歌ちゃんより優秀だったりする?」

 

「そんな訳ないじゃん。清にぃはダメンズだよ」

 

「そうなの?」

 

「うん。そうじゃないと私が一生養えない……清にぃは死ぬまでずっと私と一緒に居るんだから。私が面倒を見るの」

 

「す、ストップ! 愛歌ちゃんそれ以上はまずいよ!?」

 

「冗談だって。からかいたくなっちゃった」

 

 リアクションがいいからついつい遊びたくなる。帆波ちゃんもDクラスだったらもっと楽しかったと思う。

 浴場にある時計を確認する。現在時刻は午後の19時20分。試験終了まであと40分だ。そろそろ出ないといけないかな。髪を乾かしたり、パックしたり、スキンケアしたり、メイクもし直して、女の子には色々とやる事が多い。髪を乾かすのが一番めんどくさい。帆波ちゃんなんか余計そうだろう。

 

「私はそろそろ出るけど帆波ちゃんは?」

 

「そうだね。私もそろそろ出ないと間に合わないかも」

 

 お互い考えることは一緒だね。浴槽から出て身体を洗いタオルで水気を拭いて行く。私はパックをしながら髪を乾かすという、女の子なら誰しもが1度は必ずやった事があるであろう暴挙に出る。たまにペロンって剥がれて、別々でやれば良かったって後悔することもある。

 いよいよ顔面工事に移ろうとした時、帆波ちゃんから声をかけられた。

 

「愛歌ちゃんはメイクしない方が綺麗じゃない?」

 

「あれ、もしかして喧嘩売られてる?」

 

「ち、違うよ! 本当に綺麗に見えるから……同性の私が見てても照れるぐらいだし」

 

「あはは、ありがとう。でも今は可愛い(・・・)の気分だから」

 

 私が転生した時に貰った特典、『傾城傾国』は絶世の美女にしてもらうこと。既に完成された究極の造形美ということになる。つまりメイクは余計なのだ。でもメイクをしないで出歩くと普段以上に視線に晒されてしまうので、こうして薄くメイクをしているのだ。それにメイクすると何か強くなった気分になるよね。制服に着替えてお気に入りの香水を浴びて準備を済ませた。

 

「帆波ちゃん私先に行くよー?」

 

「うんー! 私はまだちょっとかかるから行って行って」

 

 それではお言葉に甘えて。

 少しお腹が空いた。清にぃと運動した後、何も口にしてないし、お風呂上がりってお腹空くよね。小腹を満たすためチョコバナナスムージーを頂き、船外デッキで試験終了を待つことにした。

 空には清にぃも絶賛した星空が広がっている。この景色をバックに他の生徒たちを待つ私……なんかラスボスみたい。

 

「……時間だね」

 

 午後8時00分。遂に船上での『特別試験』が終了した。一気に船内から騒音が聞こえてきた。清にぃから何処に居るのか質問のメールが送られて来たので教える。数分とかからずに清にぃが私の所へとやって来た。

 

「お疲れ様。どうだった?」

 

「上手くいったと思うぞ。ただ裏切るかどうかは……ああ、噂をすればなんとやらだな。これでDクラスは2勝か」

 

 携帯端末に兎グループで裏切り者が出たことを知らせるメールが届いた。流石は清にぃ。問題なく終わらせた。

 帆波ちゃんが居なくて心配したけど、全員でメールを見せ合う流れまで持っていけたようだ。ただ帆波ちゃんのように電話で確認するという手順がなかったため、裏切ってくれるかどうか心配だったみたいだけど、ちゃんと裏切って貰えた。

 千秋ちゃんから『優待者』を見つけることができたかったと泣いてる絵文字つきでメールが来た。見つけられなくても誰かに外させることは出来たと思うけど……少し千秋ちゃんのこと買いかぶり過ぎていたかな。

 すると受信音が立て続けに4回も鳴った。

 

「なんだ今のは……どのクラスだ」

 

「どう考えても1つのクラスがやったよね」

 

「ああ、それは間違いない。取り敢えず堀北と連絡を取ってみよう」

 

 鈴音ちゃんたちも当然今のメールのことは把握しており、後で集合する時に話し合う事になった。

 集まるメンバーは私と清にぃと鈴音ちゃんに平田くんと軽井沢さんの5人だ。集合時間まで1時間以上あるので清にぃは部屋で少し休むそうだ。

 また1人になってしまった。何をして時間を潰そう。愛里ちゃんに会いに行くもいい。この試験が始まってから2人で話せていないしね。どうするか悩んでいると山内くんが私の方へと駆け寄ってきた。

 

「ま、愛歌ちゃーん!」

 

「山内くんお疲れ様。どうしたの?」

 

「あ、あやの……うは、綾小路! から聞いてるんだろ!?」

 

「え、な、なにを?」

 

「そ、その……愛歌ちゃんが、お、お俺とデ、デデ……一緒に遊びに行ってくれるって! き、き聞いたんだけど!?」

 

 ……この生き物は何を言っているの? 私が山内くんとデート? 何故? 幾ら山内くんとは言え、こんな清にぃに確認すればすぐバレるような嘘は吐かないと思う……いや、思いたい。そこまで愚かじゃないことを祈る。じゃあ本当に清にぃが関わってる? どうしてこんなことになってるのか少し考えてみることにした。その結果、無人島での鈴音ちゃん泥んこまみれ事件が原因であると分かった。

 恐らく清にぃは山内くんに、鈴音ちゃんを泥だらけにしてくれたら、私とデートに行けるように間に入ってくれるとでも言ったのだろう。全部知ってて余計なことを……清にぃに対して怒りは湧かない。湧いてくるのは何故山内くんが相手なんだという点、1つだ。

 仕方ない。高円寺くんの件で清にぃに迷惑をかけてるし、これはその罰だと思うことにしよう。甘んじて受けるとも。

 

「ああ、うん。聞いてるよ。清にぃのこと手伝ってくれたんでしょ?」

 

「っ……! そ、そうだぜ! 俺ってば気が利くからよ、綾小路も俺じゃないとダメだってどうしてもって言うから。ほ、ほら? 愛歌ちゃん俺が誘うと気遣って断ってくれるじゃん? だから綾小路から誘ったら、愛歌ちゃんも遊びに行きやすかったりするのかなって思って」

 

 いや、山内くんのことを思って断ったことは1度もない。

 

「あはは、確かにそうかも。でも私は夏休みもう予定が埋まってるんだよね」

 

「え、まじ? い、1日も空いてないの?」

 

「うん。生徒会も忙しくてさ。その代わりと言っちゃなんだけど、この後プールにでも行く? 2人で。2時間ぐらいなら一緒にいられるよ?」

 

「っ……! 行く! 今から! すぐに!」

 

「う、うん。わかったよ。私レンタルしてくるから先に行ってて?」

 

「いや俺も一緒に行ってやるよ! 夜中に1人で出歩くと危ねぇし!」

 

 危ないも何も船上だから大丈夫でしょ。寧ろ山内くんといる方が危ない気がする。時間潰しに山内くんとナイトプールで遊ぶことにした。私と山内くんが2人で話しながら歩いていると、すれ違う生徒たちが全員振り返る。それを勝ち誇った様にする山内くん。ボディタッチしようとして来るからそれは全て避けたり弾いた。流石に舐めてる。

 プールまでやって来た私は更衣室を借り水着に着替えてプールの中へと身体を浸かった。またお風呂入り直さないと行けないのか……やだな。

 

「愛歌ちゃんなんだよその水着」

 

「これ? フィットネス水着ってやつだよ」

 

 上は長袖で下は短パンタイプのフィットネス水着。水色が基調で所々に白のラインが引かれているだけ。オシャレのかけらもない、競泳用みたいな水着を私は身につけていた。

 

「せ、せっかくのナイトプールだぜ? ビキニとか着た方がいんじゃねぇの? それかこの間の無人島みたいな水着とか!」

 

「どっちも恥ずかしいからこれでいいよ。人が大勢いるならまだしもね」

 

 普通にビキニ姿が見たいって言えばいいのに。言っても着ないけど。それはそれとして……しまったな。今しているメイクは水に強いコスメでしたものじゃない。なるべく顔は水に浸かないようにしつつ、プールサイドに座ってお喋りをメインにしていこう。

 

「そんなことよりも山内くんのこと話してよ」

 

「お、俺のこと?」

 

「うん。私、もっと山内くんのこと知りたいな」

 

女子が質問するのは脈がある証拠……しょ、しょうがねぇな。愛歌ちゃんだけに特別だぜ?」

 

「うん! ありがとう!」

 

 よし。あとは適当に相槌でもして聞き流せば問題ない。普段からお喋りの山内くんに、あなたのことを知りたいから話を聞きたいと言えば、ずっと話してくれるだろう。そしてこのナイトプールは遅い時間でも遊びに行く生徒が多くいる。時間も経てばDクラスから生徒も来るし、知り合いや友達も増える筈だからそれまでの辛抱かな。

 

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 

 綾小路くんたちはもう着いているでしょうね。

 午後10時50分。私は目的のカフェの場所へと到着した。既に夜遅いと言うのに多くの生徒たちが居た。席の心配をしたけれども、予想通り綾小路くんたちは既に集まって場所を取っておいてくれている。助かるわ。

 

「待たせたわね」

 

「おい堀北、どうして須藤も一緒なんだ?」

 

「……? 何のことかしら」

 

「おい! さっきから俺を無視すんなよ堀北!」

 

「って言ってるけど。どうなの? 堀北さん」

 

「ああ、彼は私の背後霊……かつてこの客船で『特別試験』で苦い思いをした生徒たちの怨霊よ」

 

「なんだよそれ。俺最悪な幽霊じゃねぇか」

 

 冗談はここまでにしましょう。

 ここに向かう道中で須藤くんと出会い、彼は私に勝手に着いて来た。帰る様にお願いしたが聞き入れてくれそうになかった為、そのまま一緒に来てもらったのだ。綾小路さんの姿だけがまだ見えないわね。

 

「ごめんっ、ちょっと遅れた!」

 

 肩で息をしながら綾小路さんは姿を現した。でも何故か髪が濡れていた。お風呂に入って時間の調整に失敗したのかしら? 

 

「綾小路さんいらっしゃい。ナイトプールで山内くんと遊んでたんだって?」

 

「え、綾小路さんが? 本当かい?」

 

「うん。そうだよ平田くん。流石軽井沢さんだね。全部バレてる」

 

 綾小路さんと山内くんがナイトプールで遊んでいた? 一瞬だけ頭の中が混乱した。私ではなく山内くんを遊びに誘った……そうじゃないわ。どうして綾小路さんが山内くんと2人で遊んでいたのかしら? まさか山内くんが綾小路さんの何かしらの弱みを握っていて脅した? もしそうなら最悪の場合、彼には退学になって貰う必要があるわ。

 

「す、鈴音ちゃん遅れてごめんね? 山内くんに借りがあって……その対価がデートだったんだけど、私予定が合わないからその代わりにプールで遊んでたの」

 

「……別に怒っては無いわよ。試験の発表まで時間も無いわね。最低限の確認をしましょう。Dクラスで裏切り者としてメールを送った人は、綾小路さんただ1人……その認識でいいのよね?」

 

「うん。僕が聞いた限りだと男子には居ないよ」

 

「私も確認したけど、女子も綾小路さんを除いてメールはしてないよ」

 

「把握したわ。なら最高+200CP。最悪−200CPという訳ね」

 

 整理しましょう。

 私たちの『優待者』は竜と馬と兎の3つのグループ。きっと私の竜グループは当てられていないから大丈夫。馬グループは南くんが『優待者』で、もしかしたら見破られた可能性がある。本人の様子から見て当てられたと考えるべきね。となると−50CP。次に綾小路くんの報告によると兎グループは何処かのクラスが『優待者』の判断を誤ったと断言した。ならここで+50CPでポイントは0。

 最後に綾小路さんによる猿グループの裏切り。当たっていれば+50CP、外せば−50CP……私たちDクラスは今回の『特別試験』はCPが増えるか減るかのどちらかとなった。

 

「あーあ、50CPでもいいから欲しいなぁ」

 

「軽井沢さん大丈夫だよきっと。僕たちは出来るだけのことをしたんだから」

 

「ちくしょう、悪ぃ堀北! 俺が『優待者』を当てていれば」

 

「何もしなくても正解よ。また次頑張りなさい」

 

 これで外されていたら困るもの。

 そして現状最も気になるのは、あの同時に送られた4通のメール。間違いなく1つのクラスが送ったと見るべき。

 

「そうなのか?」

 

「僕も堀北さんの言う通りだと思うよ須藤くん。あれは誰かが誇示するためにタイミングを合わせてメールをしたと捉えることが出来るからね」

 

「なにそれ? 自慢ってわけ? 誰がしたって言うの?」

 

「そんなことをする生徒、オレには1人しか思い浮かばないな」

 

「奇遇ね、綾小路くん。丁度私もその人物を思い浮かべたところよ」

 

「じゃあ後は来るだけだね。どうせいるよ……ほらね? おいで龍園くん」

 

 綾小路さんが振り返ると、その先に龍園くんの姿があった。よくもまあ他クラスで何度も同じ場所で会うわね。

 

「やっぱりここに居たか。鈴音は余程ここが好きだとお見受けする」

 

 人を不快にさせる様な笑顔を浮かべて龍園くんが私たちの下へとやって来た。あなたはきっと私たちの所へ来ると予想していたわ。

 

「今丁度あなたに関して話題になっていたところよ」

 

「ほう? 俺の偉大さについてでも話してたのか?」

 

「ええ。あなたのストーカー行為がそれはもう立派なサイコパスレベルだとね。困っていると相談したわ」

 

「なんだと!? 龍園テメ「須藤くんは黙ってて」──お、ぉぅ」

 

「クク、急に褒めんなよ。照れるじゃねぇか」

 

「これを褒め言葉と認識するなんて……ディスカッションの時も思ったのだけれど、やはりあなたとはまともな会話は出来ないわね」

 

「当然だ。会話が成り立つのは同じレベルの人間、お前たちみたいに下で這いつくばってる様な連中じゃ俺の考えを知ることなんてできやしねぇのさ」

 

 龍園くんが新たに椅子を持って来て、少しだけ離れた所で座る。その減らず口がいつまで叩けるのか見ものね。

 

「もうすぐ結果発表ね。手応えはどうなのかしら……?」

 

「分からないのか? 俺がここにいる。それが答えだ」

 

「けっ、無人島で0ポイントだった癖に偉そうにしやがって」

 

「なんだ。バカでもこれぐらいは通じるのか。安心したぜ」

 

「っ……ちっ」

 

 突っかかることなく須藤くんはその場で我慢した。前までなら1人で突っ走っていたでしょうね。今更ここまで来て暴力沙汰になることは無いようで安心だわ。

 

「いつまでそんな余裕の態度で居られるか楽しみだな?」

 

「私の方こそ、いつまであなたがそんな上から物を言えるのか楽しみね」

 

「クク、言うも何も実際に俺はおまえの上にいるんだよ鈴音」

 

「気に食わないわね……どういう意味かしら?」

 

「この試験、Cクラスの圧勝で終わる。俺の勝ちだ。なんなら結果発表の前に竜グループの『優待者』が誰だったのか教えてやってもいいぜ?」

 

「それは是非とも知りたいわね。聞かせて貰えるかしら?」

 

「クク。竜グループの『優待者』は──櫛田桔梗。だろ?」

 

 っ……。どうして? どうして龍園くんにバレたの? 

 

「クク。ほら、また顔に出てるぞ? どうして? ってな」

 

「っ……!」

 

「お前は分かりやすいんだよ鈴音。俺は2日目の時点で気づいた。そんな事も知らずにディスカッション中、あたかも『優待者』は別のクラスにいてそれを探す様な真似をしているおまえの必死な姿は笑えたぜ。大笑いするのを我慢した俺を褒めて欲しいくらいだ」

 

 そんな筈はない。もしそうなら龍園くんは2日目の時点で竜グループの『特別試験』を終わらせる事ができた。にも関わらず終わることなく試験が続いたのは龍園くんが裏切り者になっていないという証拠。きっとこの『特別試験』が終わってから何処かで櫛田さんが『優待者』だったと知ったに違いない。

 

「だから分かりやすすぎだ。それともおまえも他の女みたいに察して欲しいってことか? 安心しろ今回の標的はAクラスだけだ。DクラスとBクラスに用はねぇ」

 

「どうして……分かっていて裏切らなかった? なぜ……?」

 

「俺にとってこんなものはゲームだ。遊びに過ぎないんだよ。今回の遊び相手はAクラスだった。それだけのことだ」

 

 龍園くんが指を鳴らす。そのタイミングで私たちの携帯端末が全て震えた。時刻は午後11時00分。試験の結果発表だ。

 

『試験の結果を通達します。

 ・子(鼠)──試験結果3

 ・丑(牛)──試験結果4

 ・寅(虎)──試験結果2

 ・卯(兎)──試験結果4

 ・辰(竜)──試験結果1

 ・巳(蛇)──試験結果2

 ・午(馬)──試験結果3

 ・未(羊)──試験結果2

 ・申(猿)──試験結果3

 ・酉(鳥)──試験結果3

 ・戌(犬)──試験結果2

 ・亥(猪)──試験結果3

 

 Aクラス=マイナス200CP/プラス200万PP

 Bクラス=変動なし/プラス250万PP

 Cクラス=プラス150CP/プラス550万PP

 Dクラス=プラス50CP/プラス300万PP

 ──以上が試験結果となります』

 

「──俺の勝ちだ」

 

 疑う余地もない。今回の『特別試験』はCクラスの勝ちだった。

 

「信じられないと思うならこれを見るといい」

 

 龍園くんがテーブルに携帯端末を置く。メールが開かれており、そこにはAクラスの『優待者』の3人の名前が書かれており、各グループの生徒は告発する様に指示が出されていた。そして竜グループの『優待者』が櫛田さんであることも。また、こちらは告発してはならないという指示の書かれた文がそこにはあった。

 

「これで分かったか? おまえたちは俺の手のひらの上で泳がされてたんだよ。今回はAクラス……次はDクラスだ。鈴音楽しみにしてろ、徹底的に潰してやる。2度とこの俺に逆らう気が起きないように……な?」

 

 龍園くんはそう言い残しこの場を去って行った。龍園くんが言ったこと全てが真実だとは思わない。だけど彼が私よりも上手で早々に竜グループの『優待者』に気づいていたのは事実……どうやって? それが分からない。まさか本当に試験の根幹に辿り着いたと言うの? 

 

「はい! 暗い雰囲気はここまで。まだ1勝1敗だよ。それに相手はCクラスだけじゃない。反省も大事だけど、今は喜ぼう。私たちはちゃんとCPを伸ばしてる。ね? 平田くん」

 

「……綾小路さんの言う通りだよ。僕たちは前回も合わせて305ポイントもCPを伸ばしている。完全敗北した訳じゃないよ」

 

「そうだよね……うん、平田くんの言う通りだよね。また次頑張ればいいもの」

 

 確かに綾小路さんや平田くんの言っていることは間違っていない……。でももしもっと早く綾小路くんに頼っていれば勝ててたかも知れない。結局私はまた1人で戦った。やれると思った。私は成長しているのだと……でも違ったわね。

 

「……堀北、落ち込む暇はないぞ」

 

「っ……誰が落ち込んでいるって言うの? 2人の言う通りよ。全体的に見ても1番CPを伸ばしているのは紛れもなくDクラス。『特別試験』の順位だけで言うなら、1位と2位よ。間違いなく学年で1番の好成績と言えるわ」

 

「うんうん。鈴音ちゃんまだまだこれから始まったばかりだよ。みんなで頑張ろう」

 

「……ええ、次は必ずDクラスが勝つわ」

 

 そう。まだ始まったばかりだ。今の私に落ち込む暇なんてない。人はそう簡単に変わらない。そんなことは分かっていた筈なのに……今回は私の大敗。ええ、甘んじてそれを認めましょう。でも私の負けであってDクラスは決して負けていない。私が活かしきれなかっただけ。私を潰す? 上等よ、受けて立つわ龍園くん。最後に勝つのは私たちDクラスよ。

 





分かるか悩みましたが纏めることに。これで船上特別試験はおしまいです。
予定の変更で、次回はプール回、そしてその次は遂に愛歌のしたいことが判明します。

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24限目と25限目の内容を少し変更します。変更した箇所はまたお知らせします
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