また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜   作:Simca Ⅴ

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 今回で仔馬編は終了です。
 一週間に渡りお付き合いいただきありがとうございました。


#11『激動の一ヶ月③ 〜我が家よ、さらば〜』

 2001年10月6日の日高大洋牧場。

 

 田園風景には似つかわしくない高級セダンが牧場にやってきた。

 そのセダンから降りてきたのは、スーツを着た女性二人と、中学生ぐらいの年頃の少女。

 女性たちは、片や20代後半から30代前半の、見るからにやり手の女性秘書と、少女の母親であった。

 

「牧場長さん、奥様……」

「……お待ちしておりました」

 

 牧場長ら厩務員たちもヒリついた空気の中、訪問者を出迎えた。

 

 最後に牧場長が美鶴と顔を合わせていたのは8月後半のこと。

 あの時の笑顔からは打って変わって、悲痛な面持ちの彼女たちに、牧場長は何と声をかけて良いものか悩んだ……が。

 

「えっと……美鶴ちゃん? と大川さん、と……こちらの方は?」

 

 女性秘書の大川は前に雄馬の代わりに美鶴を牧場に連れてきたので顔見知りであったが、もう一人の女性の正体は生憎わからなかった。

 そこで、どちら様かを尋ねようとした牧場長に、女性は答えた。

 

「初めまして。美鶴の母の揚羽 梓と申します」

「これはこれは……お電話口ではお話しさせていただきましたが、ようやく顔を合わせられて、こちらとしてはホッとしています」

 

 牧場長と彼の妻は、梓と大川らと握手をした。牧場長は言葉を選びつつ、雄馬の死を悼んだ。

 

「雄馬さんの件、お悔やみ申し上げます。まさかこんなことになるなんて……」

「私たちこそ、申し訳ありませんでした。中々来れなくて……」

「いえ、あの様なことがあっては仕方もないでしょう……」

「えぇ……クロスクロウも亡くなったとお聞きしました」

「牧場長さん。ホッパーくんはどうですか?」

「目に見えて落ち込んでいます……オースミキャンディも」

「……会わせてくれませんか?」

「そうですね……わかりました」

 

 そうしてホッパーのいる馬房に案内される美鶴。

 だが、すぐに美鶴は気付く。

 

「え?ここは確か……」

「美鶴、どうしたの?」

「ここ、クロスのいた馬房だ……」

 

 そして、彼女の目の前には、寝藁に頭を突っ込んでる状態の栗毛の仔馬がいた。

 立髪と尻尾の毛は父譲りの白毛で、尾花栗毛の馬だ。

 完全にお尻丸見えというのがどうにもカッコがつかない感じもするが……。

 


 

『お父ちゃん……お父ちゃん……!』

 

 嫌だよぉ……確かに覚悟しなきゃならないって思っていたけどさ、まだ早いよ……!

 神様の意地悪! せめて……せめて、僕が独り立ち出来た姿を見せたかった……。

 お父ちゃん言ってたよね、僕には兄弟姉妹たちがいるって。

 その一人にも顔を合わせないまま逝ってしまうなんて……!

 

「ホッパーくん?」

 

 ……その声は!?

 

 まさか……まさか、死んだはずじゃ……!?

 

 そう思って藁から顔を出してみれば、心配そうな眼差しで僕の顔を覗き込んでる女の子が。

 

『美鶴ちゃん! 良かった、良かったよぉ、生きてたんだね!!』

「おー、よしよし……」

 

 美鶴からの呼びかけを聞き、ホッパーは寝藁から顔を出して周囲を見渡して、美鶴の姿を見つけるや否や、寝藁を飛び出して美鶴の元へとダッシュしてきた。

 

「……良かった」

 

 牧場長はホッと一安心した。

 クロスクロウが亡くなってからというもの、放牧しようにも一切の興味を示さなかったからだ。

 

「……牧場長さん。お話したいことがあります。母屋をお借りしても?」

「えぇ、もちろんです」

「美鶴、来なさい」

「……ねぇ、お母さん。もう少し、ホッパーと一緒にいてもいい?」

 

 これから話すことはホッパーのこの後の進路に関わるものだ。

 美鶴の母───梓は一応ホッパーの馬主である美鶴の同席なしでそんなことを話していいものか悩んだが、振り向きざまに見せた美鶴とホッパーの顔に、何も言えなくなった。

 

 一人と一頭。お互いにその目には涙を浮かべ、頬にその跡が伝っていた。

 

「……えぇ。いいわ。私たちに任せて。大川さん」

「はい、奥様」

「牧場長。電話でお話ししていた件についてですが……」

 

 梓は大川と牧場長たちを連れて母屋に移動して行った。

 ホッパーのこれからを話し合うために。

 

「ホッパーくん……辛かったね……」

『美鶴ちゃんこそ……お父さんを亡くしたんだって聞いたよ……』

「あ、ちょ、ちょっとやめてよ……ふふふ……」

 

 お互いに辛気臭い顔をしていたが、先手を取ったのはホッパーだった。

 美鶴を慰めるために、涙でグショグショになってる彼女の顔を舐め始めた。しょっぱかった。

 美鶴も「やめてよ」とは言うが、拒否することなく受け入れて微笑みを浮かべ、ホッパーの頬や頭を撫でた。

 


 

 あれからどれぐらい時間が経ったか。

 気が付けば馬房に夕陽の光が差し、目に染みている。

 僕は眠っていたらしく、美鶴ちゃんに撫でられていた。

 

「ねぇ。ホッパーくん。まだ起きてる?」

 

 優しく語りかけるように美鶴ちゃんから尋ねられると、寝藁に体を預けていた僕は頭を上げた。

 美鶴ちゃんの表情は……浮かない顔をしていた。

 

『ダメだよ、そんな顔してちゃ』

 

 なんて嘶いて(言って)僕は美鶴ちゃんの顔を舐め回してみた。

 

「ふふっ、くすぐったいよ」

 

 そんな僕の頭を撫でつつ、美鶴ちゃんは頬を充てて、耳元でこんなことを呟いた。

 

「ホッパーくん……私、我が儘を言うけど聞いてくれる?」

『我が儘って? どうしたの?』

 

 僕がそう嘶いた後、美鶴ちゃんは続けてこう言った。

 

「……もう一度。私に夢を見せて欲しい。君のお父さんが私に見せてくれた夢の続きを……」

 

 お父ちゃんは……確か、朝日杯を勝って、皐月賞を勝って、ダービーにも出て、菊花賞は出れずじまいに終わって後悔していたなぁ。特に、1999年の有馬記念に出走できなかったこと。黄金世代の仲間たちとまたG1という舞台で競う約束を果たせなかったことを、文字通り一生後悔していた。

 もし、お父ちゃんにあんな悲劇が起きさえしなければ、僕は生まれなかったか、もしくはもう少し後に生まれていたのかもしれない。

 

「うぅ〜ん……ホッパーくん……」

『……』

 

 そのまま僕の小さなご主人様は、泣き疲れて僕に寄りかかったまま眠ってしまった。

 ……このままだと良くないだろうから、自分の馬房の閂を開けて、寝藁を咥えて持ってきた。

 

「ホッパーくん……走ってぇ……」

 

 そんな寝言を呟く美鶴ちゃんはどんな夢を見ているのだろうか?、

 

「行けぇ……さつきしょう……そのまま……」

 

 ……皐月賞。僕の耳には確かにそう聞こえた。

 皐月賞……。それはお父ちゃんが、スペおじさんや"トリックスター"セイウンスカイ、"不屈の王"キングヘイローたち強敵揃いのレースで勝ち星を上げたレースだ。

 

 そうか、皐月賞か……。

 美鶴ちゃん、僕にそれを獲って来て欲しいんだね?

 ……わかったよ。じゃぁ、勝とうじゃないか。どんな強敵が現れても絶対に……!

 

 僕は、お父ちゃんとスペおじさんから昔話をいっぱい聞かされてきた。

 今度は僕がその主役になる番だね?

 

 どこまでできるかはわからない。

 でも、できる限り頑張ってみる……。

 

「美鶴ー?」

 

 馬房にやってきたのは、先ほど美鶴ちゃんと一緒にやってきた、秘書の大川さんじゃない方の女の人。

 軽く嘶いて呼んでみると、女性は牧場長と一緒に僕らのいる馬房にやってきた。

 ……僕は何故か寝たふりをした。

 

「あら……寝ちゃってる……って、寝藁? 牧場長さん、これって大丈夫なんですか?」

 

 多分、女性は寝藁の衛生的な問題を指摘しているんだと思う。

 

 ご安心を。

 

「あぁ、大丈夫ですよ。ここの牧場の馬たちはクロスクロウのお陰で、寝藁に寝小便や寝グソをしなくなりましたから。ホッパー……いえ、()()()()()()()()もその点はしっかりしています。清潔な寝藁ですよ」

 

 ……牧場長が今さらっと言ったけど、僕にも幼名卒業の日がやってきた。

 「クロススキッパー」。

 それが今日から、競走馬としての僕の名前なのだろう。

 

 そうして何度か美鶴ちゃんのお母さんが呼びかけると。美鶴ちゃんは目を覚ましたようだ。

 

「お母さん……?」

「美鶴、ダメよこんなところで寝てたら……」

「え?私……眠っていたの……?」

 

 そうして起き上がると美鶴ちゃんは自身の現状をようやく理解した。

 美鶴ちゃんは僕の首筋に抱きついたまま眠ってしまっていたようだった。

 狸寝入りしてる僕だが、周りにはホントに眠っているように見えたらしい。

 

「ホッパーくん……」

「さぁ、美鶴。今日は一旦帰りましょう?」

 

 そうして美鶴ちゃんのお母さんは手を差し伸べてくれたものの、

 

「……うぅん、ヤダ……」

「美鶴……」

「今はヤダ……ホッパーくんと一緒にいたい……」

「……はぁー……」

 

 あーぁ、美鶴ちゃんの我が儘にお母さん困っちゃってるよ……?

 

 それにしても、これから僕はどんなレースを走り、どんなライバルたちと火花を散らし合うことになるのか。

 そして、僕の兄弟姉妹たちは何処へ?

 

 ……それはそれとして後日、僕がトレセンへの入厩のために牧場を離れることになった時。

 

『ヤダヤダヤダ! この寝藁も持ってくんだい!!』

 

 お父ちゃんの匂いの残った寝藁もトレセンに持っていきたい、なんて、僕は盛大の駄々をこねてしまった。

 我ながら子供っぽいことをして周りに迷惑を掛けてしまったけれども、どうしてもこの時の僕は譲れなかった。

 

 見かねたスペおじさんが声をかけてくれた。

 

『こら、ホッパー。そんなことしたって無駄だよ』

『何で!? 寝藁ぐらい持って行っても良いじゃん! お父ちゃんの匂いが残ってるのはこれだけなんだもん!』

『そうはいっても、君の匂いが染み付いちゃってるよ?』

『え……?』

『だって、数日間、この寝藁に君が出入りしていたんでしょ? クロの匂いなんてとっくに上書きされちゃってるよ?』

『ガーン!!』

『さぁ、諦めて馬運車に乗った乗った』

 

 ……冷静に考えればそうだった。

 駄々をこねたのが急に恥ずかしく思えてきて、僕はそそくさと馬運車に乗るしかなかった。

 

『心配しないで。君がこれから行く厩舎はウスイさんの所だから』

『お父ちゃんとスペおじさんのいたあの厩舎……?』

 

 係員の人たちが手早く出発準備を整え、あっという間に僕の乗った馬運車は牧場を離れ、スペおじさんの姿もだんだん遠くなって小さくなっていく。

 

 しかし、そんな時に見覚えのある栗毛や鹿毛の牝馬さんたちが姿を表した。

 

『ホッパーちゃーん!』

『頑張って来てねー!!』

『どうか無事に帰ってきて!!』

「ホッパーくん、頑張って!」

「いってらっしゃい!!」

 

 スペおじさんやお母ちゃんにメジロウェイデンさんたち。それに、牧場の人たちも声を掛けてくれて手を振ってくれた。

 今まで散々迷惑を掛けてきたのに、こんな送り出しをしてもらえるなんて……。

 ……スペおじさん。お父ちゃん。お母ちゃん。美鶴ちゃん。

 僕。やってみせるよ。

 きっと、二人と同じか倍ぐらいレースを勝って、またここに戻ってくるから。

 

 それまではさようなら。

 

 僕の故郷。

 

 またいつか戻る日まで。

今作に望むものは?

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  • シリアス……!
  • スポ根!
  • 哀愁……
  • ハッピーエンド!
  • 曇らせ、鬱展開……
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