また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜   作:Simca Ⅴ

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 時系列が分かりづらい人のために、ざっくりと説明します。

 9.11前後を軸にすると、
①雄馬がユナイテッド93便を救って亡くなる(#01参照)
②その知らせを聞いた日高大洋牧場の人たちに戦慄が走る(←クロススキッパーが「美鶴ちゃんも亡くなった」と勘違いする)(#09参照)
③そんな悪い知らせをクロスクロウの耳に入れるわけには行かない、とクロススキッパーがなんとか隠そうとする(#10参照)
④しかし、9.25、つまり、クロスクロウが亡くなる(#01参照)
⑤雄馬の葬儀(#02参照)
⑥美鶴が臼井調教師に入厩の相談をする(#02参照)
⑦美鶴がクロススキッパーの様子を見に日高大洋牧場へと訪れる(#02、#11参照)
⑧牧場長やスペたちに見送られて日高を旅立ち、栗東トレセンへ←今ココ

 という状態です。
 なお、クロススキッパーが日高を出発した日の前後に、ある馬との絡みがあり得たかもしれない、と考えたため、今回はちょっと長めです。

※諸事情により、投稿時間を早めさせていただきました。


#12『盛岡の先輩 〜2001年マイルCS南部杯〜』

 日曜の夕方に故郷から馬運車に乗って揺られて、時々サービスエリアに止まって休んで、また走って。いつの間にか日付も変わって。気付いたら青函航路をフェリーで移動して。着いた先でちょっと休憩してから走り出した後。

 僕がやって来たのは……あれ? トレセンじゃない?

 

「全くもう。臼井さんったら。俺らはタクシーか、っての」

「いんや、大きさといい、これからの旅程といい、むしろ夜行バスに近いかもな」

 

 運転席にいる二人の男性がそんな愚痴に近い会話をしているのを馬の耳が拾った。

 運転席側についてる窓の外をじっと見ると、「盛岡南IC」という場所であり、ここを僕の乗ってる馬運車は降りていく。まるでエレベーターで降るような感覚がした。

 盛岡……えっと、確か岩手だっけ?

 

 こんなところに競馬場なんてあったっけ……?

 

 ……なんて思っていたら、岩手県道36号という道路にいつの間にか入っていて、揺られること約20分。

 見えてきたのは、「ORO PARK 盛岡競馬場」と彫刻されている屋根付きの正面ゲート。

 ……盛岡には競馬場があるのか。

 前世ではウマ娘のアニメから競馬を齧った程度の知識しか無かったから、ストーリーの舞台になった競馬場はともかく、地方の競馬場となると全く存在すら知らないものばかりだ。

 ……しかも、今年は2001年。ということは、アニメが放送されるまでの17年間で閉鎖された競馬場もある、ということになりそうな気がしてきたけど……。

 ……って、そんな余計なことは今は考えなくていいか。

 

 馬運車は競馬場のバックヤードにそのまま入庫することになるものの、馬の僕だけを車の中に置きっぱなしというのも良くない、ということで馬運車の運転手さんたちに手綱を引かれるまま、盛岡競馬場備え付けの馬房に連れて来られました。

 ……馬運車の人たちは、馴致もちゃんと行なっていないのに、ハミも嫌がらないどころか静かにカッポカッポと歩く僕を不思議そうに見てくるけど、()()()()()()()。何故僕がこんなところにいるのか。理由の方が気になった。

 

 そんな時、隣の馬房に、栗毛の優しそうなお馬さんが入ってきた。

 

『……ん? どちら様かな?』

『あ、どうも、こんにちは……初めまして?』

 

 何処の馬の骨ともお互いに分からないために、場が緊張しているのを嫌でも感じた。

 

『えっと……君、新馬かな? にしてもだいぶ小さいように見えるけど……』

『あ……わかります? そうなんです、実は新馬戦でもないのに何故かここに連れて来られまして……あ、すみません。僕の名前、クロススキッパー、っていいます』

 

 そうして僕が隣の先輩馬にお辞儀をすると、

 

『これはこれは、ご丁寧に……』

「……おいこいつ、今、アグネスデジタルに向かってお辞儀しなかったか?」

「あぁ、確かにしたよな……」

 

 ……え? アグネスデジタル? 今、厩務員の人はそう言った?

 

『先に言われちゃったけど、ボクの名前はアグネスデジタル。よろしくね』

 

 アグネスデジタル……さんといえば、確か……。

 

『あの……もしかしなくても、昔、日高大洋牧場にいました?』

『そうだけど……もしかして、クロスクロウさんとご関係が?』

『そ、そうです。実は僕、クロスクロウの息子です』

『そうかぁ、クロさんの息子って、えぇぇぇぇっ(ビヒィィィン)!?

 

「うわ、うっせ」

「おいおいデジタルくん、いきなりどうした」

 

 え?何?驚く要素あった?

 

『あ、し、失礼しましたぁ……』

 

「大丈夫か?」

「……うーん、デジタルがクロススキッパーを怖がってる様子はないし、その逆も然りだし。……多分大丈夫だろう。レースまで時間はあるし、このまま休ませとこう」

 

 それだけ言って厩務員さんたちは去っていった。

 

 暫くして、アグネスデジタルの方からクロススキッパーに話しかけた。

 

『あのぅ……先ほどは申し訳ありませんでした』

『い、いいえ、僕こそ突然ごめんなさい。何かやっちゃいました?』

『いや、その……クロスクロウさんと初めて出会った時のことを突然に思い出しちゃいまして』

『あ。あぁ……なるほど……』

 

 僕もお父ちゃんとスペおじさんの口から「有馬記念前の冬季休暇でのやらかし」を聞いたことがある。

 何故かお父ちゃんはアグネスデジタルという栗毛のお馬さんが気になって、軽く挨拶をしようとした。ところが、当時はデジタル先輩もまだ身体が出来上がっていない2歳馬に過ぎず、それに対してある程度体の出来上がっていた芦毛の牡馬が興奮しながら近づいて行ったら、そりゃ、普通に怖いよね。

 

『それで、あのクロスクロウさんの息子さんだとお聞きして驚いちゃいまして……』

『い、いいえ、まだまだ未熟な若輩者に過ぎません。それに僕、遅生まれ中の遅生まれですし……』

『遅生まれ中の遅生まれ? というと?』

『僕、実は10月生まれなんです』

『……へー』

 

 その顔、「なんでそんな時期に?」って顔してますね、先輩。

 僕だって状況を掴むまではそんなこと考えてたし。

 

『クロスクロウさんがイギリスG1を勝利したって話はウスイさんがよく自慢していたよ。あと、彼のいる牧場にも時々出掛けていたみたい』

『ホントに? ……やっぱりうちのお父ちゃん、とんでもない有名()だったんですね……』

『有名なんてモンじゃないよ。もはや伝説! 日本初のイギリスG1獲得で、しかもあのアスコット競馬場を舞台にしたKGⅥ&QEステークス。昔のイギリスの王様とお妃様の名前を冠した由緒ある……らしい格式高いレース……! 日本にとっては凱旋門賞の次の目標とも噂されていたレースを先に勝っちゃったんだもん! そりゃ伝説になるよね!』

『へ、へぇー……』

 

 父・クロスクロウが勝利したレースについてあまりにも熱を入れて語るアグネスデジタルからの圧に圧倒される。

 

『その後何かあって引退したみたいだけど、君がクロスクロウの息子さんってことは種馬で元気にやってるみたいで安心したよ。お父さんは元気?』

 

 しかし、その質問を聞いた時、クロススキッパーは思わず凍りついてしまった。

 

『……』

 

 そのまま沈黙が暫く続いた後、クロススキッパーは目元から涙が流れ始めており、アグネスデジタルが慌てて謝ってきた。

 

『……え? ごめん、ボクまさか不味いこと言った……?』

『あ、い、いえ……』

 

 こういう時はどうすればいい?

 ……そうだ、深呼吸だ。

 

 そうして気を落ち着けてから、僕は事実を話した。

 

『……そうか。クロスクロウさん亡くなっちゃったんだね……』

『はい』

 

 ここで一旦会話は途切れるが、

 

「……ビヒヒーン(よし決めた)ッ!!」

 

 アグネスデジタルは突然にそんな嘶きをしたために、周囲の馬たちが驚いた。

 当然クロススキッパーも。

 

『き、決めたって何をですか先輩!?』

『スキッパーくん。ボク、今日のレース絶対勝つからね。その勝利を天国にいる君のお父さんに捧げるよ。うん、やってやるからね!』

 

 そうしてやる気に火がついたアグネスデジタル先輩。

 

「ちょ、デジタル。落ち着け」

 

 暫くして異変に気付いた人物が馬房にやってきた。

 

「……あ、ホッパーか」

『臼井さん!?』

 

 その人物こそ、現役時代のクロスクロウとスペシャルウィークの、今ではアグネスデジタル、将来はクロススキッパーにも調教を施すことになるであろう、臼井(うすい)寿彦(としひこ)調教師であった。

 

 実はクロススキッパーも臼井のことをよく知っている。

 彼に初の海外G1勝利の実績を齎すもその代償として引退してしまったクロスクロウ。臼井にとってクロスクロウは不思議と息子や孫のような存在に思えるほどだった。

 その子供ともなれば、どんな仔馬なのか気になって仕方なかったため、調教が休みの日は時間を作ってわざわざ栗東から日高まで文字通り飛んできて見にきてくれた。時々雄馬とも一緒で、たまにクロススキッパーの目の前で喧嘩漫才のようなやり取りもしていたため、かなり懐いていた。

 

 少し遅れて馬運車を運転していた人たちがやってきた。

 

「真桐、武藤。よくやってくれた」

「あ、はい」

「しかし、臼井さん、ホントにいいんですか? こんな大掛かりなことをして」

「なぁに、どうせ栗東に行ったらこの二頭の馬房は隣同士になる。なら今の内に相性を見といても良いだろう。それに、心なしかデジタルがやる気に満ちているように思えるぞ。どうだ?」

「……そうですね。確かに、さっきよりも元気に見えますね」

「それに、クロススキッパーとの相性もそう悪くない感じでしたね」

「よし。……さて、デジタル。お待ちかねのレースだ。行こう」

 

 臼井調教師はそう言ってアグネスデジタルの手綱を引いていくのだが、クロススキッパーが小さく嘶いた。

 

「待ってろ、ホッパー。真桐。ラジオあるか?」

「ラジオですか? また何で?」

「こいつにデジタルの晴れ舞台を聞かせてやるのさ」

「「……えぇ?」」

「なんだその顔は?」

「い、いいえ」

「でも馬の耳に念仏、豚に真珠とも言うじゃないですか」

「ごちゃごちゃ言うな。いいな、すぐにラジオを持ってきて、ここの地方局に周波を合わせろ」

「は、はい」

「わ、分かりました」

 

 クロススキッパーはアグネスデジタルが臼井に手綱を引かれて馬房を去っていく姿を見送り、武藤という厩務員兼運転手と一緒に馬房で留守番。真桐は急いで私物から携帯ラジオを用意した。

 

 暫くして真桐がラジオをクロススキッパーの目の前に用意し、馬房に掛けられた時計が15時59分を指していた頃だ。

 チャンネル合わせに苦戦していたが、

 

【〜♪】

 

 周波数を合わせて音声がクリアになると、ラジオからファンファーレが流れてきた。

 他の馬が驚いてしまうのでなるべく音量は控え目にしてある。

 それでも、ラジオの向こう側と、馬房の外からの歓声が二人と一頭の元に届いた。

 

「よし、これでどうだ」

【この盛り上がり、雰囲気、伝わったでしょうか。非常に盛り上がっております。ここORO PARKは今日も時々ワンダーランドであります。優駿9頭が争いますダートのマイル戦。第14回の統一G(グレード)1、マイルチャンピオンシップ南部杯。さぁ、各馬枠入りの作業が続いておりますが、5番のハイフレンドピュア、1番トーホウエンペラー入りました。頭数は9頭。最後の枠入りは9番メイセイユウシャ】

 

 そこで一瞬間が開き、「ガチャンッ」という音がした。

 クロススキッパーも瞬時にそれがゲートの開く音だと理解する。

 

【スタートしました!】

 

 それと同時に観客席から拍手と歓声が上がる。

 

【バラけたスタートになりました。まず内の方、クラシックホリデー、最後方からの競馬になります、騎手は鯨島。さぁまずは何が行くか。先頭を切って行ったのは5番のハイフレンドピュアか。おっと内から1番のトーホウエンペラー行った。そのすぐ後ろに7番のアグネスデジタル、三番手に付きました】

「ヒヒンッ!」

「「……!?」」

【その後は3番のノボトゥルー、おっと外から4番のゴールドティアラ上がっていきます。昨年の勝ち馬が一気に脚を使っております。さらには9番のメイセイユウシャ、あのメイセイオペラの弟です。後ろの方に2番のクラシックホリデー、最後方に6番のウイングアローであります】

 

 尚も競馬の実況はラジオから流れてくるが、厩務員兼運転手の二人は、「アグネスデジタル」の名にクロススキッパーが反応したことに顔を合わせて驚いてしまい、少しの間だけレースの内容を聞き逃してしまった。

 だが、クロススキッパーはそんな二人のことなど意識の外であり、レースの経過にひたすら耳を傾けていた。

 

【先頭から後方までは、凡そ10馬身の圏内です。前で二頭並びました、5番のハイフレンドピュアと4番のゴールドティアラ、3馬身差に3番手の7番アグネスデジタル、4分の3馬身差で白い帽子のトーホウエンペラーが4番手。その後に赤い帽子、3番のノボトゥルー。ノボトゥルーが真ん中中団の5番手にいます。2馬身差で9番メイセイユウシャ、3年前に兄はこのレースを勝ちました、兄弟での制覇になるか。そのユウシャと並んでる黒い帽子のクラシックホリデーであります。差がなく6番のウイングアロー、ウイングアローこれまたG1馬であります。昨年の南部杯は2着でした。奥分、奥分、6番のウイングアローが前へ前へと押し寄せて参りました。さぁ、ラスト、最後方からの競馬になっているのは8番のヤマサコンドル、ぐんと盛り上がって来たぞー!】

 

 それが合図と言わんばかりに観客席がより騒めき立つ。

 

【さぁ、第四コーナーのカーブから最後の直線! また、急な坂が、急な坂が待ち受けているぞ! この辺りで一気にアグネスデジタルが先頭か。外からノボトゥルー、内から4番ゴールドティアラ、最内から1番のトーホウエンペラー。だが突き抜けた7番アグネス、アグネス、アグネスデジタル! アグネスデジタル、今ゴールインして完勝! 2着は、1番のトーホウエンペラーか3番のノボトゥルーか。いやぁ、盛り上がった盛り上がった、7番のアグネスデジタル、四井宏之騎手。芝のマイルCSも勝った馬でありますが、この砂の南部杯(マイルCS)も完勝。いやー、強かった、強かった】

「ビヒヒーンッ、ブモッ、ヒヒン」

「分かった分かったって、アグネスデジタル勝ったね」

 

 先輩馬が勝利したことにクロススキッパーは明らかに興奮していた。

 ……というか、今更だが、クロススキッパーはここまで人の言葉を解せる上に、競馬というものをまさか理解しているのだろうか?

 

 運転手兼厩務員の二人はお互いに顔をつねる……が、痛い。

 やっぱりこれは夢じゃなかった……。

 

 なお、二人がそうして痛みで顔を歪めていたその時、クロススキッパーはデジタルの勝利を祝って嘶いていたのを、二人が「五月蝿いぞ」「静かに」と言って聞かせると途端に大人しくなった。するとクロススキッパーは少しションボリしたような顔になっていた。




 クロススキッパーくんの前世の競馬知識は、ウマ娘のアニメ第一期に元ネタになった実馬の話などの予備知識がある程度で、競馬の素人かどうかも怪しいレベル。
 故に「盛岡競馬場が将来無くなってるのでは?」などと思ってますが、ご心配は無用。
 むしろ、()()()()()が今後いっぱい出てくる予定です。当然、この作中の時間軸における2023年では盛岡競馬場も廃止どころかバリッバリに存続してます。

※2023年8月8日追記……恐らくは読んでいる人の中にはお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、8月1日からの連続投稿分は全て時間指定による投下です。ただ、諸事情により、申し訳ないのですが、明日の投稿で一旦止めることになりそうです。理由は活動報告をご覧いただければ幸いです。

今作に望むものは?

  • コメディ!
  • シリアス……!
  • スポ根!
  • 哀愁……
  • ハッピーエンド!
  • 曇らせ、鬱展開……
  • その他(コメント欄か活動報告へ)
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