また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
ウマ娘編での接点が実はここにも……。
年が明けて、2002年の1月初頭。
栗東トレセンにクロススキッパーがやってきて、早くも3ヶ月が過ぎようとしていた。
日本は冬に入り、調教時間も変わった。
ここから、予定している8月の新馬戦まで残り8ヶ月ほど。
臼井は馬主である美鶴やその母である梓たちに、調教の経過と計画を話すことにした。
「臼井さん、ホッパーくんはどうですか? 迷惑を掛けていませんか?」
「いや、迷惑どころか、並みの競走馬より遥かに優秀で、物分かりの良い馬ですよ。あんな馬は初めてかもしれない……」
あの親にしてこの子あり。
クロススキッパーの異様な賢さは最早遺伝かもしれない、と臼井はいよいよそう思い始めていた。
曰く、通常なら育成牧場で行なうような馴致もスムーズすぎるぐらいに早く終わり、調教に入ってみれば、色んな馬と併走してみて、
しかもだ。
「これをご覧ください」
臼井が用意した調教時の記録を収めたビデオには、調教に生沿健司騎手が参加しており、黒鹿毛の馬と併走している姿がしっかりと残されていた。
「鹿毛の馬は年上のダイタクヤマトです。逃げ・先行気味の馬ですが、調教中の追い切りでは何度かクロススキッパーが差し切ってます」
そう言ってる側で、ダイタクヤマトを差し切るクロススキッパー。
「確かダイタクヤマトって……
「よくご存知で……」
「有馬記念の後に続けて見てましたから」
「そのダイタクヤマトも、引退を撤回し、新たに3月の高松宮記念へのリベンジ、6月の安田記念を引退レースに再設定という……クロススキッパーの存在が一気に起爆剤になったような印象がします」
「え、でも、ダイタクヤマトって、今の表記でも7歳では?」
「……確かに競走馬としてはかなりの年寄りに当たります。でも、
「「えっ……!?」」
それを聞いて美鶴と梓は顔を見合わせる。
梓は「馬がそんなことできるの?」と驚き、
美鶴は「クロスクロウと同じことを出来る馬がいるんだ……!?」と感心していた。
「まだあるんです」
そうして次に見せたのは、鹿毛の牝馬と併走しているクロススキッパーの姿。
「これは別の日の併走トレーニングの映像なんですが、併走しているのは牝馬のアローキャリーという馬です」
「アローキャリー……確か、
「よくご存知で……」
「そりゃ、生沿さん騎乗のG1レースですからね!」*3
美鶴はそう言って目を輝かせていた。
それはまさに、一人のファンの眼差しだった。
(あぁ、そういやそうだった……)と臼井は思った。
そもそも美鶴が生沿のファンになったきっかけも、クロスクロウに生沿が騎乗していたことが関わっている。
「……それと、これはデュランダルという馬と併走した時の映像です」
今度は一歳年上の栗毛のデュランダルという馬との併走する映像を見る。
同じ栗毛だからわかりにくい、ということはなく、クロススキッパーの尾花栗毛の白いたてがみはとても目立っていた。
しかし、ここでは
「あれ? 何故クロススキッパーではなくデュランダルに生沿さんが?」
「あぁ、それは……なんて説明すべきでしょうか。クロススキッパーがこの併走だけは
「「え!?」」
再び、美鶴と梓は顔を見合わせる。
クロスクロウは今や「自分でレースを選んで走った馬」という逸話が関係各所では語られている。
しかし、そのクロスクロウでさえ、
「それも併走相手がデュランダルの時だけです。まるで、生沿騎手にデュランダルをアピールするかのように」
「えぇ!? それってどうして、何か理由が?」
「……恐らくは、生沿騎手が
「「???」」
調教師も調教助手も、頭に「?」を浮かべ、さらに美鶴と梓も困惑した。
すると、栗東トレセンのお昼のチャイムが鳴った。
「おっと、もうお昼か……ちょうどいい。美鶴ちゃん、梓さん、ちょっと一緒に来ていただけますか?」
「「?」」
何事かと思い、梓と美鶴は頭に「?」マークを浮かべる。
調教師の臼井に言われるがままついていくと。
「はもっ、むぐむぐむぐ……」
「はー。ホントお前は美味しそうに食べるよなぁ……」
「あれ、生沿さん?」
「え、美鶴ちゃん、と……えっと、あなたは?」
「あぁ、初めまして。私、美鶴の母の梓です」
「ヒヒンッ!? ブモブモッ!!」
何故か馬房でお弁当を食べていた生沿が突然の訪問者の存在に気付き、同じく餌の入ってるらしきバケツに頭を突っ込んでいたクロススキッパーが2人の存在を嗅ぎつけて嘶いた。
「お弁当ですか?」
「え、えぇ……まぁ。独身男の大したことない弁当なんですけどね」
「
「馬と騎手が一緒にご飯を食べてるなんて初めて見た……ん?」
梓は馬房の獣臭さと藁の匂いの中に、嗅ぎ慣れた匂いがあることに気付く。その正体は、
「……炊き立てのご飯や梅のような匂いがする……」
その匂いを嗅いだ途端、今度は美鶴のお腹が鳴り、「す、すみません!」と言って恥ずかしそうにお腹を押さえる。
すると臼井が言った。
「さすがは奥様ですね。実はそうなんです」
そう言って臼井がクロススキッパーが食べていた「お昼ご飯」の正体を見せる。
バケツの中には、食べ掛けの白米が入っていた。
しかも、炊いてから少々時間が経っている。
あと、ご飯に所々何かが混ざっていた。
「……え、これがクロススキッパーのお昼ご飯……!?」
流石にこの状況には美鶴もびっくりする。
クロスクロウでさえ、ここまで
バケツの中には、白米が約2キロ入っており、その2キロの白米に、梅や海苔、細かく砕いた煮干しなどが混ざっているのも見えた。
……同じ材料を箇条書きにして並べてみると、まるでおにぎりの具材を、おにぎりにしない状態でバケツで豪快に食べてるようなものだった。
「といっても、これは週に一回。あとはご褒美に食べさせてるんですよ」
そう言う臼井は、内心、冷や汗
きっかけは、クロススキッパーの調教を始めて2、3週間ぐらい経った頃。
アグネスデジタルが天皇賞・秋を勝利した後なのは覚えている。
「ディミトリ、馬房で飯を食べるな」
「
「あぁ。馬房はなるべく綺麗にしているが、ゴキブリやネズミが出てこられては困る。あいつらは人間の食べ物の残飯に集まってくることもあるからな」
これは割りと衛生問題に直結しやすい。
ゴキブリやネズミは菌を媒介したり不潔だったりするので、繊細なサラブレッドに近付けるのはよろしくない。
なるべくそういったものが馬房に出ないよう、ゴキブリホイホイや鼠取り、毒餌などを仕掛けて、これらを短い間隔で定期的に交換している。
「Este ca un obicei de când eram nomad rom……スミマセンデシタ」
「今度から気をつけてくれればいい」
ディミトリは今なんと言ったのか。
それを語るついでに、何故彼が栗東トレセンで調教助手のようなことをしているのかを語りたい。
ルーマニアでは、主にロマ人のような人々が遊牧民として居住している。
しかし、彼らはルーマニアやヨーロッパのほとんどの地域では差別されたり弾圧された過去もあるため、今のルーマニアでは、自らをロマ人だと名乗り出る人々は、ルーマニアの人口の凡そ2%しかいないことになっている*5。
ディミトリが日本に渡ってきた理由もまさにそれだった。
彼の家族には、第二次世界大戦でルーマニア空軍の爆撃機パイロットとして活躍したモルドヴァ人の伯父がいたという。
しかし、彼はパイロットになれるほどの学はなく、代わりに子供の頃に見たルーマニアダービーで馬にすっかりと魅せられてしまったため、彼は遊牧民たちに憧れてその生活に溶け込んだ。
つまり、ディミトリはルーマニア人であり、モルドヴァ人の血が流れており、それでいてロマ人の伝統文化の中で生きてきたわけだ。
それ故に、チャウシェスク政権時代のルーマニアではロマ人に対する差別や弾圧も横行しており、ルーマニア人の立場でありながら国の醜さを見て生きてきた。
その後、チャウシェスク政権が崩壊するもロマ人への差別意識は簡単には払拭されず、結局ディミトリはロマ人の妻子や友人親戚を連れてルーマニアを出国、様々な国を巡って、一部親戚とも別れながら、最終的に日本に行き着いたわけだ。
ちなみに、ディミトリは遊牧民だった頃、馬房で自分の世話している馬と一緒に昼食を摂ることが日課だったという。
(先ほどディミトリはルーマニア語で「ロマの遊牧民をしていた頃の習慣が出てしまいました」と言ってたのもそれが理由である)
そして、この日の彼の昼食は、日本の文化を取り入れて(?)混ぜ込みご飯で作ったおにぎりだった。
のだが。
「……あれ?」
「どうした?」
「
ディミトリが異変に気付いたのは、日本に来てから好物になった梅干し入りのおにぎりを食べようとしたのに、無くなってたからだ。彼は好物を最後に取っておくタイプなのだ。
「あ、あれか?」
「エ?」
臼井が指を差した先に、ディミトリのおにぎりは確かにあった。
それを見つけたクロススキッパーは、器用に前足でおにぎりを抑えて、
「「あっ」」
一口食べた。
すると、
「ヒンヒン……」
クロススキッパーは悲しそうに嘶いた。
「クロススキッパー、
「おいおい、何かマズイものでも入ってたんじゃないよな?」
「ウ、ウメボシ」
「何だって?」
「ウメボシノライスボール……」
つまりは、今クロススキッパーが頬張ったのは、梅干しのおにぎりということか。
しかも、悲しく嘶いたのはたった一瞬であり、またおにぎりを食べ始めるクロススキッパー。
そして食べ終わった時、確かにクロススキッパーの目は潤んでいた。
泣いていた。
そのままクロススキッパーはディミトリの元へ行き、その腕を前歯で咥えて引っ張る。
まるで、「もうないのか?」と言いたげに強請ってきたわけだ。
「……と言うことがありましてね」
「なるほど……」
「で、これを定期的に食べさせるようになってからは、身体つきがかなり変わってきましたね」
「言われてみると、前に見た時より大きくてガッシリしてるような……」
「最初はアグネスデジタルとの800m走ですらバテていたのに、今では1200mまでなら何とか走れるだけの体力は備わりました。それに、先ほどの調教時のビデオを見ていただけてお分かりかもしれませんが、クロススキッパーは年上の馬や牝馬と併走しても全く臆しないんです。こんなすごい馬を調教するのは自分としては初めてです」
「どのくらい凄いんですか?」
「そうですね……クラシック期ではスタミナ面の不安があるものの、
「「……」」
美鶴と梓はその臼井の評価に思わず開いた口が塞がらないほどに驚きを隠せなかった。
「正直言うと、中距離はまだわかりません、でも、これなら皐月賞には最低限出られるかと思います」
「……ありがとうございます、臼井先生」
「臼井さん。ホッパーをどうかよろしくお願いします」
「えぇ、お任せください。あと、新馬戦の日程についてなんですが。今のところ、当初の予定で問題ないですね?」
「はい。
「わかりました」
どうやら、僕の新馬戦の日程も決まったみたいだ。
それにしても、やっぱり元々日本人だった前世があるせいか、お米が恋しくなってしまう。
特に、ディミトリさんのおにぎり……あの人が梅干しが好きだった、ってのは意外だった。
けど、美味しかったし……前世でお母さんが作ってくれた日の丸弁当を思い出した。
……母さん、僕らが死んだ後、一体どうなったんだろうなぁ……。
「さてと、スキッパー。ランチを食べてちょっと休憩したら、もうちょっと走ろうか」
「
さてと、食べた分はしっかり運動しないとな……。
そうして食休みの後、僕は生沿さんに手綱を引かれる形で馬房を出て、再びコーストレーニングへと向かうことになった。
今作に望むものは?
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コメディ!
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シリアス……!
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スポ根!
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哀愁……
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ハッピーエンド!
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曇らせ、鬱展開……
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