また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
リハビリがてら短めなのでご容赦ください。
クロススキッパーです。
2002年になりまして、(一応)2歳馬になりました。
「10月生まれだからなぁ……相変わらず身体の出来に気を付けながら調教を続けていこう」
年明け早々、僕の育成方針について調教師の臼井さんは担当厩務員さんと調教助手さん、それにディミトリさんに対して、改めて確認するかのようにそう訓示していた。
「そうなると、新馬戦はいつにします?」
「そうだなぁ……出来れば11月ぐらいにしたかったんだが、美鶴ちゃ……いや、オーナーがクロススキッパーを皐月賞に出したいと考えているから、7月か8月になりそうだ。その後、どこかで短距離かマイルのG3をいくつか叩いて獲得賞金を稼ぎ、来年の皐月賞トライアルを好走出来れば、晴れてクラシックロードの一冠目のレースに立てる、という具合だ」
「つまりタイムリミットは7、8ヶ月……」
「やるしかないだろう。それに」
すると臼井さんは僕に何か言いたげに視線を向けてきて、こう言った。
「……スキッパー。やる気なんだろ?」
そう問われて、僕は思わず頷いた。
「……本当にこれ「YES」って言ってるんでしょうか?」
「ヒヒーン」
厩務員の人がちょっと呆れたような眼差しを向けてきたけれども……まぁ、「失礼だなぁ」と思う気持ちが2割ぐらい。残りの8割は「仕方ないか」って気持ちだ。
だって、人同士ですら相手が何を考えているのかわからない時が多々あった。
それが人から馬相手なら、普通は余計にわからない。
……幸い、僕は「普通」じゃなかっただけの話だけども。ただ、今更だけど調子に乗って字なんて書くんじゃなかった……。
あの「事件」を臼井厩舎で知ってる人たちの中には、何でも、僕のことを「ルドルフ並みの気性難になる可能性がある」とか考える人がいて、暫くは距離を置かれた。……あれは地味に傷ついたからやめてほしい。
「……クシュンッ」
「おいおい、寒いのか?」
思わずクシャミしちゃった……。
そういえば、ここは滋賀にある栗東トレーニングセンターの臼井厩舎の馬房の中。
中は暖かいけれども、外は1月。平均気温約4℃の世界。
冬の風は当然冷たいし、馬房内では馬用のコートを被せてくれているけれど、調教中はこれを脱がないとならないから、まぁ、寒さが体に突き刺さってくるような感覚に悩まされる季節だ。
……馬って、暑さに弱い生き物だから冬の方が扱いやすいらしいけど、僕としては夏の方がまだいい……。
冬はどうにも身体が固くなる季節のように感じる……。
早く、エアコンの効いた部屋でアイスでも食べながらダラダラする季節が来ないかなぁ……。
ちなみに、現在朝の4時で日が出ていない時間帯だからきっと外は4℃よりも寒い世界になってるだろう。
何故こんな寒い朝にわざわざ僕たちは起きているのか。
そも、トレーニングセンターの朝は早い。
大抵の馬というのは朝の4時には起きている。これは馬が自然界では被食者の側にいて、捕食者に狙われないためにも眠りが浅いことが関係しているらしい。要は本能のようなものだ。……でも、人間だった頃の記憶や感覚が残っている僕の場合は、その本能が備わっているかどうかは怪しい。
何せ、ダイタクヤマトさんとかデュランダルさんとか、僕以外の馬は深い眠りについても4時間で目を覚ます。
……しかし、僕は人間だった頃の影響がまだまだ残っているせいなのか、どうにも最低でも8時間はちゃんと寝ないとダメみたい。
なので、僕は午後6時を回ると寝藁に直行してさっさと寝るようにしてる。
そして、周りの馬と厩舎の人たちに合わせて4時起床……人間だった時は夜型で中々昼型に治せなくて苦労していたのに、馬に転生してみたらすっかり生活サイクルが朝型になっていた。これは何という皮肉か。
さて、厩舎では馬が起床すると餌を与え、馬房から出し、調教が始まる。
この場合の調教は、主にレースに向けてコースを走らせるものから、プールや坂路を使ってスタミナを付けさせたり、馬体を仕上げたりするものまで様々……。
「……そういえば、今日はアレが来る日だったな」
「……あぁ、アレですね」
「うんうん……」
……「アレ」ってなぁに?
臼井さんが言う「アレ」について、調教助手とディミトリさんはうんうん、と頷いた。
……?
結局、その正体を知らないまま、僕の今日の調教が始まった。
時刻はお昼を回った頃。
「臼井さん、どうぞよろしくお願いします」
馬運車と共に、男性1人と、馬一頭が臼井厩舎にやってきた。
男性は臼井調教師に一礼をすると、
「こちらこそ、数ある厩舎の中から私の厩舎を選んでいただきありがとうございます。早速ですが……この馬が?」
「は、はい。ゴーアレディの2000改め、イーストウインドです」
「ビヒヒンッ」
「ほぅ……」
発育が同期たちに比べて半年近く遅れているハンデを背負ったクロススキッパーと比べると、その馬の体格は育成牧場を出たばかりとは思えないほどに引き締まっているように思えた。
だが、
「……やはり父馬の影響が濃く出てますね」
「そう見ますか?」
「はい。体躯を見ると明らかにミドルディスタンス、もしかしたらステイヤー向きかと」
「なるほど……ではもしかして父馬が勝った菊花賞を親子制覇……なんてことも?」
「可能性はありそうですが……現時点で確約は出来ませんよ?」
「そうですよね……先生、あとはよろしくお願いします。ところで……」
男性は調教コースに思わず目が行く。
その目線を追う臼井調教師が視線を向けた先では、全長1800mのウッドチップのコースをやや抑え目に走ってる尾花栗毛の牡馬の姿があった。
「あの馬は……?」
「クロススキッパーです。ちょうどイーストウインドと同期になる馬ですね」
「乗ってるのは、外国の方ですか?」
「えぇ。彼はディミトリ・アマン。ルーマニア出身でウルサリの家系だそうです」
「ウルサリ? それって確か、ルーマニアや東ヨーロッパに居住する遊牧民の?」
「ご存じなのですか?」
「聞いたことはありますが……」
男性は、つい「何故こんな所にロマ人の遊牧民がいるのか」と疑問を口にしそうになるが、あることを思い出して、押し黙った。
そして、そんな男性の姿を見ていたイーストウインドは……。