また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
※2023年3月21日追記……タイトルを変更しました。
※2023年3月26日修正……順番を年代順に並べ直しました。
ハグロフォルゴーレ(Haguro Folgore)
父・アイルトンシンボリ
母・ファレノプシス
2004年3月12日生まれ。
ハグロ冠が与えられた第一号であり、牝馬。
2006年からデビュー。脚質は短距離からマイルだと陣営が睨んだため、札幌2歳ステークス、及び福島2歳ステークスに参戦して勝利し、そのまま阪神ジュベナイルフィリーズに出走して勝利。
その後、2007年は一時牝馬三冠路線を進み、アネモネステークスを快勝後、桜花賞に挑戦する。
この2007年の桜花賞ではダイワスカーレット、ウオッカらと鎬を削り、桜花賞を獲っている。
しかし、陣営側としては2400mという距離に不安もあり、オークスは出走を回避し、代わりにNHKマイルカップへ向かうことになった。
ところが、レース5日前に感冒と熱発を
そのため、代わりに陣営が安田記念への出走を決めた。
この安田記念でハグロフォルゴーレは、ダイワスカーレットの半兄であるダイワメジャーを破り、スウヰイスー以来55年ぶりの3歳馬勝利(年齢表記改定後では初)を飾った。
なお、ダイワメジャーとの再戦は11月のマイルチャンピオンシップであり、ここではダイワメジャーの逆襲を許してしまい二着に。
ちなみに、オークスではダイワスカーレットが危なげなく一着を手にし、その裏で行なわれた日本ダービーではウオッカが勝利したため、秋華賞では三頭の激突が期待されていた。
秋華賞への出走はハグロ陣営側も悩み、OP紫苑ステークス*1での勝利から最終的に出走を決めるも、ウオッカとダイワスカーレットの競り合いに負け、掲示板外の6着に沈み、母娘による二冠達成の夢は破れ、重賞を含めた8戦無敗だった記録にも終止符が打たれた。
中距離G1への挑戦はやはり時期尚早だったと考えてマイル路線に戻すことにしたハグロ陣営だったが、その後、マイルCSでの敗北と、オーナーからの提案で試しにダートG1で走らせることにし、2008年にフェブラリーステークスに挑戦するも、シムーンカルマの次代ダート王者と目されたヴァーミリアンに半馬身差を付けられて敗北する。
あと一歩でヴァーミリアンに差し切られたとはいえ、やはりハグロフォルゴーレにもダート走者の適性があることを知れたオーナーはこの結果に満足し、翌年の再挑戦では見事にハグロフォルゴーレはフェブラリーステークスを勝利する(後述)。
ヴァーミリアンに敗北こそしたが、オーナーの強い希望もあり、ハグロ陣営は引き続いてハグロフォルゴーレの次走の重賞3レースをダートにした。
その内の一つは、なんと、中止が検討されていた黒船賞(開催・高知競馬場。開催日・2008年3月19日)だったこともあり、中央の注目株であるハグロフォルゴーレの参戦に気を良くした高知競馬場がこのレースの開催を積極的に宣伝した甲斐もあり、この年の黒船賞はなんと、1競走あたりの売得金記録が、5億4274万7800円に上り、これはハルウララに拓勇鷹が騎乗した2004年3月22日第10競走の5億1162万5900円を約3000万円も上回り、その後、ハグロミッシーレ(父・クロススキッパー、母・ハルウララ)が出走した時の黒船賞(2013年)の5億9963万7300円という売り上げ記録に抜かれるまでの4年間、歴代一位の座にいた。このハグロフォルゴーレの売り上げ記録は2022年の時点でも歴代4位に留まり続けている(なお、やはりというかなんというか、この売り上げを更新したのも2021年3月16日の黒船賞であり、6億4180万8500円の売得金を記録した*2。)
このレースについてはとあるスポーツ紙が「高知に轟いた電光石火!」と見出しを付けたほどの圧巻の走りであり、雨の中でも二着馬に5馬身差をつけての勝利だった。
黒船賞を快勝した勢いに乗り、いよいよ
ここでオーナーは、ダートを3戦連続させた際、偶然にも黒船賞*3、マリーンカップ、かしわ記念の馬場状態がほぼ全て稍重か重でありながらもハグロフォルゴーレが切れ味のある逃げを発揮したことから、「フランスやイタリアを戦わせてみたい!」とさらに無茶を言う(なお、ハグロ商事のオーナーはフランスの戦闘機とイタリアの車が大のお気に入りと豪語するほどだった)。
中央競馬会がそんな要求を小耳に挟んだことから、(オーナーの軽口が原因だったとはいえ)ハグロフォルゴーレによるフランスのジャック・ル・マロワ賞、及び、日程に無理がないその次走としてイタリアのリディアテシオ賞への挑戦が決定した。
そして、7月から海外遠征を始めるのだが、ハグロフォルゴーレは洋芝にも難なく適応。
2008年8月、フランスでジャック・ル・マロワ賞を無事に勝利し、タイキシャトル、キングカメハメハ以来三頭目の日本調教馬による同賞勝利に日本が沸いた。これには父のアイルトンシンボリを手放したはずのシンボリ牧場関係者も興奮気味にオーナーであるハグロ商事へエールを送ったほどだった。
そのままの足でイタリアGIのリディアテシオ賞に挑もうとしたら、ハグロフォルゴーレはある事件に巻き込まれる。
それはイタリアに渡って早々、ハグロ陣営はリディアテシオ賞がストライキによる競走中止の危機に晒されていることを知ったことによる。
その原因は賞金額の引き下げ案に騎手や他の陣営が反発していたためであり、ハグロ陣営が日本競馬会に窮状を訴えた結果、紆余曲折の末にリディアテシオ賞は開催されることになった。
なお、日本競馬会とハグロ陣営がイタリア競馬会に提示した賞金はなんと計10億円に及んだ*4。
これにより他の陣営が引き下がったが、日本側が賞金額を工面したため、特別な条件として、
「仮にリディアテシオ賞をハグロフォルゴーレが勝利した場合、一着の賞金は二着馬以下に繰り下げる」という旨を書面で用意した(同競走に参加した日本馬がハグロフォルゴーレのみだった状況がある意味では幸いした)。
その結果、ハグロフォルゴーレは、2008年のリディアテシオ賞をデモーロ騎乗で勝利した。ハグロフォルゴーレによる生涯唯一の中距離G1勝ち星であるが、上記の条件により賞金額が加算されない稀な例となった。
なお、この出来事がきっかけで、日本馬によるイタリア挑戦の波が巻き起こることになり、2013年から2017年の5年間に渡って、リディアテシオ賞は日本調教馬が連続勝利を果たしている(2013年・ヴィルシーナ、2014年・ジェンティルドンナ、2015年・ハグロヴェルトロ、2016年・ハグロライトニング、2017年・メジロトラバント、2020年・ハルフカシ*5)。
このため、2018年にはリディアテシオ賞は新たに「リディアテシオ賞・ハグロフォルゴーレ記念」という名が与えられ、牝馬だけでなく牡馬も参加できる国際G1中距離レースの一角を担うことになった。
2008年末は東京大賞典に出走するが、ここでは伝説とも言えるダート王者、カネヒキリに敗北。
それでも翌年のフェブラリーステークスでは去年の雪辱を果たして勝利。この出来事は同競争における牝馬初の勝利であると同時に、かつて蕁麻疹が原因で出走回避を余儀なくされて涙を飲んだ母・ファレノプシスのリベンジを見事に果たした。しかし、ヴィクトリアマイルではウオッカに撃破されて11着。2桁の着外がこれまでなかったために観客たちは動揺を隠せなかったが、実はレース中に故障を起こしていたことがゴール後に発覚し、これが結果的にハグロフォルゴーレの引退レースになってしまった。
その後はハグロ牧場で繁殖牝馬となり、ハグロヴェルトロ(2012年産。父・セイウンスカイ)、メジロトラバント(2013年産。父・クロススキッパー)などを輩出している。
最終的な戦績は中央G1四勝と国際G1二勝に加えて、Jpn1のかしわ記念勝利。その内、リディアテシオ賞を除き全てマイルでの勝利である。
スポーツ紙は「高知を轟かせた電光石火」と見出しを打っていたが、後続で同オーナー所有のハルノウラワが2012年に黒船賞を出走し、さらに2013年にハグロミッシーレが黒船賞を勝利した後は、上記の呼び名よりも、最終的な戦績と、ウオッカやダイワスカーレットが二強として降臨していた時代に稲妻の如く現れた存在であることから、「07世代牝馬の第三勢力」という呼び名がいつの間にかメジャーになっていく。
また、イタリア競馬の没落を結果的に防いだ功績に関与したことからも、「日本が産んだMC.202*6」とも言われてる。*7
◎主な勝ち鞍
G1
○阪神ジュベナイルフィリーズ(2006年)
○桜花賞(2007年)
○安田記念(2007年)
○ジャック・ル・マロワ賞(2008年)
○リディアテシオ賞(2008年)
○フェブラリーステークス(2009年)
G3
○札幌2歳ステークス(2006年)
OP
○福島2歳ステークス(2006年)
○アネモネステークス(2007年)
○紫苑ステークス(2007年)
Jpn1
○かしわ記念(2008年)
Jpn3
○マリーンカップ(2008年)
○黒船賞(2008年)
匂わせてる通り、2008年の黒船賞とリディアテシオ賞って、史実では中止になっているんです。
気のせいかもしれんけど、2008年の競馬のレースって中止になった重賞多くね……?
本作のリテイク・大規模な修正を考えていますが、実行してもよろしいですか?
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