また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
またあの夢だ。
⦅ルーマニアでも見せてくれるクロススキッパー! しかし、現役を引退して久しいダイタクヤマトも負けていない!!⦆
⦅大外からデュランダル追ってくる! 鞍上の池沿健二がクロススキッパーに待てよ待てよ、そうはさせぬと追い縋る!!⦆
⦅
……ルーマニアか京都か。距離は
───カーテンの隙間から木漏れ日の指し、ベッドから起き上がると思わず欠伸が出るクロススキッパー。
気付けばもう
(変な夢を見た気がするけど思い出せない……)
真横の
部屋を見渡すと、昨日まで壁のハンガーに掛けてあったジャージが無くなっていたので、ルームメイトは朝のランニングにでも行ったのだと察した。
時計を見ると午前6時半を回ったところ……ちょうどいい。起きよう。
寝癖のついた髪を手でいじり、制服に着替えて寮を後にして、一路クロススキッパーが向かったのは中央トレセン学園の食堂。
今更だが中央トレセン学園は(一部の生徒を除き)全寮制である。
そのため、朝の早い時間から学園の食堂やカフェテリアは開いている。
ちょうど朝の6時半から8時という時間は、ラッシュアワーだ。
クロススキッパーはとりあえず座れそうな席を確保してから今朝の朝食を取りに行った。
……途中、こんもりと料理の乗ったテーブル席にいる芦毛のウマ娘を目にしてギョッとする。
だが、他の生徒たちを見ると、あまり驚いた様子がない……ということは、これはここでは日常なのか。
ならあまり見過ぎるのも良くないな……と思い、配膳を取りに行こうとした矢先。
───ガッチャンッ!
「うわっ……?」
「あぁっ!?」
何か、あるいは誰かにぶつかったらしく、床には何かが落ちる鈍い音。
……ゆっくりと音の発生源に顔と目を向けると、そこにいたのは、料理らしかったものが床に散らばり、トマトのパスタを頭から被った鹿毛のウマ娘が1人。
そのウマ娘と一緒にいた黒鹿毛のウマ娘はその惨状に顔を強張らせていた。
「あいたたた……」
「だ、大丈夫ですか……?」
どうやら相手にぶつかった拍子に、その人物が持っていた料理の配膳が隣にいたまた別のウマ娘の頭から降りかかったらしく、その被害者になった鹿毛のウマ娘は床で尻餅をついていた。
クロススキッパーはその鹿毛のウマ娘に手を差し伸べた。
当然、相手はトマトソースで全身ベトベトという有様だった。
「あぁ、うん……何とか大丈夫だけど……」
「うわぁ、
クロススキッパーの手を借りて立ち上がった相手だが、その背丈は
辛うじてトマトソースを避けられたらしき前髪には矢尻を思わせる白いメッシュのようなものが入っている。
……今、その鹿毛のウマ娘は頭からトマトソースを被ってる状態であることは再確認しておくが、その両耳には緑色の耳カバーを付けていて、特に
一方で、その料理を食べるつもりでいた黒鹿毛のウマ娘は慌てふためいていた。
まさか自分の料理が相棒に被弾するなど思ってもいなかったからだ。
口調もイントネーションが独特だったが、関西人だと何となくクロススキッパーには分かった。
「うっわぁ……トマトソースでベトベトだぁ……」
慌ててクロススキッパーがハンカチを出してくるが、
「あぁ、すまんて、別にええわぁ。そらポケットにしもうといて」
「え、でも……」
「アイル。アイル、そないな状態になってもうたら、お風呂行って着替えてきた方早いんでへんか?」
「そうだね……」
「なんかその、すみません」
「いや、しゃあないで」
「……次は気を付けてね」
そう言い残して、「アイル」というウマ娘は足早に食堂を去っていった。
ただし、頭から制服上下、トマトソースまみれだったため、道中ですれ違ったウマ娘たちを驚かせてしまったようだったが……。
「アイルも朝から災難やな……」
その後ろ姿を黒鹿毛のウマ娘が少々申し訳なさげな顔をして見送った。
「あの……」
申し訳なさそうにクロススキッパーが声をかけると、
「あ、あぁ。自己紹介がまだやったね。うちはダイタクヤマト。あのトマトソースを被ってもうた緑ちゃんはアイルトンシンボリっちゅうんや」
「え?」
ダイタクヤマト───その名にデジャヴを感じたクロススキッパーは頭をフル回転させ、どこで聞いた名前か思い出そうとする。
「その反応……もしかして、アイルのファンかいな?」
「え? ファン?」
「え、違うのかい?」
アイルトンシンボリ……この名前も確かに聞き覚えがある。
ただ、こちらはデジャヴではなく。
「アイルトンシンボリさんというと、去年の
「お!? やっぱし知ってるやん! そうなんやんなぇ、元来ステイヤーとしての素質はあったらしいんやけども、トレーナーのアドバイスに従うてダート戦線に転向したら、これが大当たり! かくいううちもトレーナーに説得されて芝の短距離路線に転向してみたら……ちょい悔しいけど勝ち星見えてきたし。いやぁ、うちのトレーナーはめっちゃクレイジーやけど、ホント目の付け所がちゃうちゅうか……」
「朝から五月蝿いわよ」
「あたっ」
興奮した様子で(多分)チームメイトの推しを語り出しそうになるダイタクヤマトを後ろから軽くチョップを入れて制止するウマ娘が現れた。
見た目は金髪に近い栗毛をしており、前髪に白いメッシュが入っている。……きっと中世の騎手の格好をしたら映えるような容姿端麗だった。
背丈はクロススキッパーより
そんな彼女と一緒にいるのは、長い前髪の一房に白いメッシュが入っている鹿毛のウマ娘。金髪な栗毛のウマ娘とは対照的に派手さはなく純朴そうな雰囲気を醸し出していた。その左耳には、緑色の三つ葉のようなマークが描かれたピンク色の耳カバーを付けていた。
金髪寄りの栗毛をしたウマ娘は、朝から何やら騒いでいたダイタクヤマトが鬱陶しく思ったのか、軽くチョップを加えて、クロススキッパーからの注意を逸らさせた。
だが、一方で鹿毛のウマ娘は「あぁ、またか」と言わんばかりに一瞬溜め息を吐いた。
「ちょい、何するんどすか!?」
「デュランったらまた手が出た」
「五月蝿いって言ってるのと、あなたの推し攻撃でその子引いてるわよ?」
「え? あ、あの……どちらさまですか?」
突然に会話に割って入ってきた栗毛のウマ娘に思わずそう尋ねてしまうクロススキッパー。
「……私はデュランダル。このヤマトと同じチームのウマ娘だ」
「私はアローキャリー。よろしくね?」
「……ふぅ」
暫くして、朝のランニングを終えて寮の部屋で軽くシャワーを浴びて制服に着替えてきたメジロシクローヌがカフェテリアにやって来ると、
「……ん? あれは……」
角の隅にある席がたまたま彼女の目に入る。
そこには、少々困った顔をしているクロススキッパーが、3人のウマ娘に囲まれたような状態で着席していた。
(何かあったのかしら……?)
目をやや細めて、その内の1人をよく見ると、
「……あっ!」
「「「?」」」
その栗毛のウマ娘は、メジロシクローヌもよく知る人物だったため、思わずそんな間の抜けた大声を発したため、周りのウマ娘たちは何事かと思ったが、僅か一瞬後のメジロシクローヌはその集まりに乱入していた。
「おn……ぅぅんっ、クロススキッパーさん? それに、お隣のデュランダル先輩とアローキャリー先輩、それにダイタクヤマト先輩も?」
「あれ、ラン? ランニングは?」
「もう済ませて参りましたわ。それよりも。一体どうしたんですのこれ?」
「……? おや、誰か思たらメジロの嬢ちゃんじゃあらへんか」
「……ってことは、あなたがメジロのお嬢さまの
「え? 先輩、ラン……いえ、メジロシクローヌとお知り合いで?」
「シクローヌちゃんも言ってたでしょ? あなたたちの隣が私たちのお部屋よ」
するとシクローヌはヤマトに手を差し出し、
「え? え? この手はどないしたん?」
「ヤマト先輩。改めて去年のスプリンターズSでの激闘、それにこの前の高松宮記念、お見事でした」
「な、なはは、褒められると照れるなぁ……」
ダイタクヤマトは少々恥ずかしがる素振りを見せつつ、メジロシクローヌからの握手に応じた。
「ヤマト先輩だけでなく、チーム[ライジェル]の皆さまの活躍は常々聞いております……そういえば、ここにいるのは……」
改めてクロススキッパーを囲んでいる面々を見たメジロシクローヌ。
「どうしたの?」
クロススキッパーにそう尋ねられると、
「先輩方、スキッパーさんをチームに勧誘するのは早すぎるのではなくて?」
「え?」「はぁ?」「何で?」「……うん?」
4人はそれぞれ違った返答を返してきたが、予想外のことを言われたことにポカンとした。
「あら? 違いましたの?」
「え、どういうこと?」
状況がイマイチ飲み込めないクロススキッパー。
それとは対照的に、ダイタクヤマト、アローキャリー、デュランダルの3人はお互いに顔を見合わせて、ようやく
「……あぁ、そういうことか」
「なるほどね」
「ちゃうでちゃうで。勧誘なんて考えもしいひんかった」
「おn……う゛ぅん、スキッパーさん。この方々はチーム[ライジェル]のメンバーさんたちですの」
思わず「お姉さま」と言ってしまいそうになるのを無理やり咳払いして誤魔化すメジロシクローヌ。(別に僕は気にしないのに)と内心思うクロススキッパーであるが、
「……うん? 何で[ライジェル]ってチームを知ってるの?」
ダイタクヤマトや、さっきまでいたアイルトンシンボリのことなら活躍を耳にしていたが、アローキャリーとデュランダルの名はあまり聞いたことがなかった。
その2人までチーム[ライジェル]に所属しているということを知ってるということは、このチームにメジロシクローヌがかなり詳しいということが何となく察せた。
……いや、待てよ、チーム[ライジェル]といえば……、
「いや、ちょっと待った……そうだ、そういえばランの
「「「え?」」」
「……」
いざ指摘されると恥ずかしくて顔が茹だったかのように真っ赤になるのを感じたメジロシクローヌ。
恐る恐るアローキャリーが挙手してから尋ねた。
「あの……
「……え? ……パーマーお義姉様、ですわよ……」
「「「……えぇーっ!?」」」
一瞬の沈黙の後、アローキャリーとデュランダルとダイタクヤマトの3人が驚愕の声を上げた。
そんな時だ、チャイムが鳴った。
時計を見ると、午前8時。
……始業は8時半だ!
「あ、やばっ」
「話が長くなっちゃった……」
「急いで飯食うて行くで!」
そこからは4人とも大急ぎで皿の上で冷めてしまった食べ物を無言で口に掻き込む。
メジロシクローヌは「お先に失礼いたしますわ」と言い残して足早にカフェを後にした。
「ご馳走様でした!」
一足早く食器皿を空っぽにしたクロススキッパーは、先輩たちを待つつもりだったが、
「……おい、何をしている?」
それをギョッとした様子でデュランダルに見られて問われた。
「先輩たちが食べ終わるまで待っていようかと……」
「そないな気遣いはいらへんさかい早う行け」
「え、でも……」
「いいから行くんだ。君が遅刻するぞ?」
食べ物を口に放り込みながら……実に行儀が悪いのを自覚しつつも、この如何にも真面目そうな後輩に「早く行け」とハッパを掛ける。
まるでどこぞの戦場で聞くような言葉だが、今の彼女たちの敵は「時間」だった。
時計を見ると8時10分を指していた。
クロススキッパーは自分が起こしたアクシデントに続いて自分たちの長話に付き合わせてしまった上でこんな状況を招いてしまったことを申し訳なく思い、せめてもと頭を下げて謝った。
「……先輩! ごめんなさい!」
「別に謝らなくていいから。それよりも早く行きなさい」
「はい!」
そう言ってる間にデュランダルは朝食を完食し終えたが、クロススキッパーは背中を向けた時だったのでそれが見えていなかった。
「……あぁ、そうだ、一つだけ。もしチーム[ライジェル]のことが気になるなら、この学園の「倉庫街」を訪ねてみてほしい。その内の一つに、派手に「ディスコガレージ」って描かれてるバラックみたいな建物があるから」
「……はい! ありがとうございます!」
それだけ言ってクロススキッパーはカフェテリアを急ぎ足で後にした。
その後、始業5分前に教室に滑り込めたクロススキッパーは何食わぬ顔で授業を受け……あっという間に昼食時を迎えた。
『こんにちは、全校生徒の皆さん、4月4日木曜日、お昼のトレセン学園ラジオ部の時間です。今日のお昼のコーナーは木曜日ならお馴染みの!』
『ウェーイ、YOH!! トレセン学園のみんなー! 木曜日のパーソナリティはウチ、ダイタクヘリオスと!』
『今日初めてのメジロパーマーが
『なっはっはっは、ぱ、パマちん、
『あ、ごめんごめん、間違えた。えぇとね、「おおくりお」じゃなくて、お送りするよ!』
『にゃっはっはっは、さぁさぁ、おランチの時間だYO! 木曜日のトレセン学園のお昼といえば、「マハラジャ! トレセン学園前店!」。今日も元気に回ってこー!! 最初のリクエストは、ラジオネーム《しゃかしゃかーる》さんより。
『ひゃー、《しゃかしゃかーる》さん、相変わらずシヴい趣味してるねぇー』
『ねー。でも聞いてみたらテンション爆上げ間違いなしだYO! じゃぁ、ミュージックスタート!』
〜♪*1
トレセン学園の校内放送からテクノサウンドの渋いイントロが流れ始めている最中。
「「「え? チーム選び???」」」
クラスメイトであるキングカメハメハ、ダイワメジャー、トウショウナイトの3人と一緒に食堂へと訪れて、今日のランチメニューを手に着席したクロススキッパーはそんなことを尋ねた。
「実は……」
そこで今朝の出来事を語ると、
「なるほどなぁ、チーム[ライジェル]の先輩方からオファーを受けた、的な?」
「オファーと言えるかどうか……でも、確かに言われたらチーム[ライジェル]のことは気になるし……」
加えてこれまで緘口令が敷かれていたためにチーム[ミモザ]の解散を知らなかったクロススキッパーは、ちょうど目標を見失っていたタイミングだった。
「「「うーん……」」」
問いを投げかけられた3人の内、トウショウナイトとダイワメジャーは、実は所属チームのことなど、全く頭に無かった。
もちろん、3人ともいずれはトゥインクルシリーズのレースに出走することを夢見ていて、そのためには専属、ないしはチームのチーフ、もしくはサブでもいいからトレーナーがいないとメイクデビューすらままならないことは理解していた。
と、その前に。
思い出したかのようにダイワメジャーが問う。
「それはそうと、結局スキッパーは競技ウマ娘を目指すことにするのか?」
「うん、やってみようって思ってる。お従姉ちゃんほど走れないかもしれないけど……」
一先ず、昨日はレースを走るべきか否かで悩んでいたクロススキッパーに、その問いの答えを求めたダイワメジャーは、クロススキッパーが昨日よりは雰囲気が落ち着いたことに安堵するのだが、
「そっか……それはそれで楽しみだな。けどよぉ、スキッパー。来週のこと忘れてないよな?」
「来週? 何かあったっけ……?」
「ホッパー、本当に忘れちゃったの? 体力測定と模擬レースだよ!」
何のことだっけ?と、分からないという素振りを見せたクロススキッパーにトウショウナイトがツッコむように教えた。
そう、体力測定。
それはこの学園に入学した新入生たちにとって入学式の次に待ち受ける重要なイベントでもある。ここでウマ娘たちは自身の適正を見定める指標を得ることになるからだ(もちろん、参考になる程度であって、必ず「こうだ!」というわけでもない、あくまでも自身の目標を定めるための参考に過ぎない)。
そして、模擬レースは、学園のトレーナーに新入生である自分達の能力を喧伝し、アピールする場でもある。この模擬レース無くしてはスカウトはあり得ないとまで言われている、これも重要なイベントだ。
しかし、クロススキッパーたち新入生は模擬レースは愚か、この体力測定すらまだやっていないのだ。そんな状況でチーム選びというのは……それはあまりにも、
「改めて思うが、ちょっと……意識高すぎないか?」
「うんうん……」
「「……え?」」
ダイワメジャーの呟きのような一言に頷くトウショウナイトと、その呟きに驚くキングカメハメハとクロススキッパー。
「いや、だって、考えてもみろよ。そもそも来週の体力測定でアタシらの適正とか
「そうだよね、気が早すぎると思う」
「それはそうだけど、今の内に「このチームに入りたい」って目標を立てていても良いんじゃないかい?」
「んじゃ、キンカメはどこ行くつもりだよ?」
「ボク? ボクは……」
そう言って、キングカメハメハは、食堂に来る前に寄った職員室前にあるチーム広報用のポスターから1枚を抜いてきたため、それをテーブルに置いて3人に見せた。
それは何と……。
「……はぁ!? チーム[リギル]じゃねぇか!?」
「「……えぇぇぇっ!?」」
テーブルの上に置かれたポスターの内容が一瞬頭に入ってこなかったダイワメジャー。
思考が戻ってきて内容を漸く理解して口に出すと、同じく時間が止まっていたクロススキッパーとトウショウナイトまでもが驚きの声を上げた。
「えぇっ、チーム[リギル]ってことは、新堀サブトレ、というかシンボリルドルフさんのいるチームで……?」
「東条トレーナー率いる、このトレセン学園のスーパースターが集まった精鋭チームのはずじゃ……!?」
「お、おま、正気か!?」
「む。ダメジャーくんも案外失礼だね」
思考が追いつかず、状況整理に
キングカメハメハの宣言に目を丸くして正気すら疑い始めるダイワメジャー。
そんなダイワメジャーに少しムッとするキングカメハメハは、こう反論した。
「チーム[リギル]は、現在の
「一生に一度……」
「だったら、チーム[スピカ]だって良いじゃないか。完全管理でカツカツしたチームよりは……」
「いや、ボク、あのチームは生理的に無理」
「……はぁ?」
まさかの返しにダイワメジャーは口をアングリと開ける。
「まぁ、待ってほしい。確かに、チーム[スピカ]のように、伸び伸びとしたチームも良いし、日本ダービーを制したスペシャルウィークさんとトウカイテイオーさんがいる、実績あるチームであることは認めるよ。……認めるけども……」
そこまで言うと、顔を少し赤らめるキングカメハメハ。
「……られた」
「……あん? 何だって?」
何か言ったが声が小さすぎて聞き取れずに聞き返すダイワメジャー。
すると、キングカメハメハ、恥ずかしい気持ちを押し殺して言った。
「だから……
その絶叫のような独白に、食堂中のウマ娘の視線が集まった。
流石に不憫に思ったのでダイワメジャーは謝った。
「……あぁ……その……ごめんな……」
「い、いや、ボクも悪かったよ、棘のあるような言い方して……」
しこりを残すことなく、この件についてはお互いに謝って終わった。
気を取り直してキングカメハメハは咳払いして、
「……というわけで、もし、チーム[ライジェル]が理想なチームじゃなかったとしても、ボクは[スピカ]だけはお勧めしないよ?」
「う、うん」
「……アタシももう少し考えてみる」
「……私も……」
一旦は波風が落ち着いたかのように思われた、のだが。
「ちょっとお待ちになって?」
そう声を掛けてきたのは、銀髪の美しい芦毛のウマ娘。
外野から「え? メジロマックイーン?」とか、「いや、よく見ろよ、あの人はメジロシクローヌだよ」などとヒソヒソ声が聞こえるが、「メジロマックイーン」などと言ったウマ娘を、メジロシクローヌはキッと一瞬睨みつけて萎縮させた。
「あの、らn……じゃなくて、メジロシクローヌさん?」
一瞬出そうになった幼名を引っ込めたクロススキッパーからフルネームを呼ばれたメジロシクローヌ。
ハッとしてから、キングカメハメハに食って掛かった。
「……なんでもありませんわ。けれど、キングカメハメハさん? あなた、聞き捨てならないことを仰いましたね?」
「え、えぇと……?」
「
その一言に、クロススキッパーは頭を抱えた。
「まぁた始まったよ」と。
「えーと、[プロクシマ]というと、丘部トレーナーの率いる老舗チーム、だよね?」
「その通りですわ、トウショウナイトさん。チーム[プロクシマ]といえば、去年の菊花賞の覇者
「そのルドルフさんはシニア期に東条トレーナーについて行ってチーム[リギル]に行きましたけど?」
「それは単に生徒会や学園運営の利便上、同じチームにいた方が互いのやり取りをしやすくて、尚且つそのスケジュール管理やら何やらと一緒にレースに向けてのトレーニングも熟せる腕利きとして、丘部トレーナーのお弟子さんでは東条トレーナーぐらいしかいなかったというやむを得ない事情から。丘部トレーナーもお年を召しておられますからね。[リギル]への転籍もシンボリルドルフさんと丘部トレーナーの関係が険悪になったからだとか、指導方法で意見対立したとか、そんな話も全くありません。むしろ、シンボリルドルフさんは去年サブトレーナーへの転向を発表した時は、トレーナーとしての理想像は丘部トレーナーだと発言されていらっしゃいましたわ」
マシンガントークでスラスラとメジロシクローヌの口から説明や理由が次々出てくる状況に、4人は静まり返ってしまう。
そこまで言ってから一旦咳払いをし、
「……えぇ。ならば、私は丘部トレーナーのご指導ご教鞭を受けることこそが、パーマーお義姉様や、ひいてはラモーヌお義姉様をいつか超える、その目標を達成するために必要なことであると考えておりますわ。だから、丘部トレーナーのチーム[プロクシマ]こそが一番だと思いますの」
「パーマー」とは「メジロパーマー」を指してるのだと4人はすぐに理解した。先ほどの放送にもMCとして出ていたから当然と言えば当然だが。
そして、最終的にはあのメジロラモーヌをも超えるウマ娘になることがメジロシクローヌの野望だと知り、その情熱と勢いに圧されたキングカメハメハは……。
「……ボク、もう一度チームとかトレーナーとか目標とか考えてみようかな」
ウマ娘競技者としての自分の目標が浅はかだったかもしれない、と若干凹んでいた。
「だ、大丈夫だよ……何を目指すかは、人それぞれなんだし……」
「そ、そうさ。まだこれからなんだし。というか模擬レースすらまだ走ってないんだから、やっぱ気が早すぎるぜ。……お前もだよ、スキッパー。な? な?」
「う、うん……」
トウショウナイトは慌ててフォローし、ダイワメジャーは目標をそう慌てて立てるモノじゃないと思い、同じような悩みを抱えているクロススキッパーを説得&同意を求めたが、クロススキッパーは頷くぐらいしか出来なかった。
そんな彼女たちに構わず、昼食の締めに紅茶を優雅に啜るメジロシクローヌであった。
しかし、先ほどのキングカメハメハの一言がクロススキッパーは頭に染み付いて離れなかった。
(一生に一度、か……)
そして、迎えた放課後。
「ねぇ、ラン……いや、
「何かしら、
知人や友人の前では姉妹であることを隠す必要はないのだが、ここは今、学園から寮への間にある帰宅路だ。
ただ、別に周りが聞き耳を立てていようと構わない。
お互いが他人行儀の態度でお互いの名をフルネームで呼び合う場合、この二人にとってそれは、「(人目を憚らずに)真面目に話したいことがある」というサインでもあった。
「……どうして君はチーム[ライジェル]ではなく、[プロクシマ]へ行くつもりなんだい? メジロパーマー先輩は……君の憧れの人だって、僕は耳にタコが出来るほど聞いていたのに」
ちなみに、メジロシクローヌが先に学園を出て、クロススキッパーが後を追いかける形だったので、必然的にクロススキッパーの前をメジロシクローヌは歩いていたことになる。
その質問を投げ掛けられて、メジロシクローヌの足が止まる。
「……えぇ。私にとって、メジロパーマーお義姉様は、憧れの人ですわ。幼い頃、私が引き取られた先の函館メジロ家のご息女でしたが、養子である私のことを本当の妹のように扱ってくださいましたわ。何より、パーマーお義姉様は、かっこよくて、たまに可愛くて……。私も養子でこそありますが、メジロ家の令嬢。その名に恥じない立ち振る舞いや姿は、私にとってパーマーお義姉様が理想形ですわ」
その話はこれまで何十回と、口伝から手紙から散々聞かされてきたクロススキッパー。
「何を今更」と言いたげになる態度が顔に出ていたことにメジロシクローヌはムッとしながら、疑問に答えた。
「……だからこそです。だからこそ、私はチーム[ライジェル]にいてはならないし、
「勘案した……って、何故?」
「きっと近くにパーマーお義姉様がいたら、私は甘えてしまうでしょう。もし悩み事を抱えたら。もしレースに負けたら。それをきっとパーマーお義姉様に話して吐き出してしまうでしょう。でも、それでは駄目なのだと悟りましたわ」
「何故?」
「……やはり、あなたには
クロススキッパーに聞こえるか否かの、そんな小さい呟きの後、メジロシクローヌは何とも言えない表情で睨みながら言う。
「……レースに負けた時の悔しさや悩み事。それらは全てトレーニングとレースにぶつけて晴らしなさい。敗北や悔しいという感情をレースに勝つための燃料として注ぎ込みなさい。そして、馴れ合うべからず。特に身内であればあるほど勝負事では容赦なく甘えてはならない……ラモーヌお義姉様に、私はそう教わりましたわ」
「……」
思わず沈黙してしまうクロススキッパー。
改めて思う。
キングカメハメハはメジロシクローヌに詰め寄られた時、「自分の考えていた目標は浅はかだったかもしれない」と凹んでいた。
だが、今のクロススキッパーは自身に「(キングカメハメハが自虐した「浅はかさ」を指して)それすらもない」ことを痛感せずには居れなかった。
そこに追い討ちを掛けるかのような宣言の一言が、クロススキッパーの心に突き刺さる。
「ラモーヌお義姉様の教えを受けてから、私は競技ウマ娘としての人生の目標を決めましたわ。それは、メジロパーマーお義姉様のような大逃げで、パーマーお義姉様や、ラモーヌお義姉様。そして、
それは、数年ぶりに(学生寮とはいえ)同じ屋根の下で寝食を共にした妹が、実は自分が思っているよりも遠い所へ行ってしまったような錯覚に陥らせるには充分すぎるものだった。
「僕は……その……」
何か言わなきゃいけない。
でも、何も出てこない。
……不意に、クロススキッパーは自身の心の奥底から焦燥感や絶望感のようなものが込み上げてくるのを感じた。
だがしかし……先ほどの厳しい雰囲気からは打って変わり、メジロシクローヌは微笑みながらこう言った。
「……だけど、ダイワメジャーさんの言う通りかもしれませんわね。目標というのは焦って立てても成るものではない。確かに、クロススキッパーさんがこの学園に来た時には持っていた
「……」
「だから、
そう言ってメジロシクローヌが指差したのは、トレセン学園のレーストラックの先。
そこには、かつての体育倉庫が連なった区画───トレセン学園の関係者たちが「倉庫街」と呼んでる場所が広がっていた。
メジロシクローヌは、今日は何も予定がないため、真っ直ぐと寮の自室へ戻っていく。
しかし、クロススキッパーは暫く呆然と、倉庫街を見つめていた。
それから10分ほど後。
気付けばクロススキッパーは、「倉庫街」へと足を向けて踏み込んでいた。
今更な話だが、中央トレセン学園はその敷地の広さ故に大小様々な施設や建物が存在している。
それと同時にこの学園の歴史もまた長い。
その長い歴史の中で実は学園の大きさも何度か変化している。
最初期は普通の学校のように校舎とグラウンドだけだったのが、今や、最新機器を備えたトレーニング施設から体育館、大きな屋内プールに、ダンスレッスンに使うための室内スタジオ、屋外には多種多様なレーストラックと簡単なレースなら開催できるだけの観客席を備え、またステージ練習のための屋外ステージまで完備されている。
つまり、建物が建っては老朽化のために取り壊されたり、移動したり、リフォームしたものや増改築が繰り返されたものまで、その痕跡が学内の建物の随所に見受けられる。
それ故に、昔は使われていた施設が、今では忘れ去られてしまったパターンも珍しくない。
例えば、トレセン学園のレーストラックの近くには、体育倉庫がかつて連なっていた区画があり、ここが今、クロススキッパーが足を踏み入れた場所である。
しかし、その体育倉庫の一群だが、それらのほとんどは今は取り壊されて、代わりに多数のバラック小屋が立ち並んでいる。
これらのバラック小屋は、その名に反して実はかなり頑丈に作られており、主にチームルームとして機能している。
3人以下のチームや専属トレーナーたちの場合は、こことは別のトレーナー棟という建物の一室を学園から借りているのだが、複数人の規模にまで膨れ上がったチームの場合はこれら倉庫街にあるバラックの内の一つを学園からのリースという形で支給されている例も多い。
例えば[リギル]に並ぶ強豪チームとして知られる[スピカ]や、重賞レースで善戦している[カノープス]といったチームもここにいる。
そして昨日、隣室の先輩であり元チーム[ミモザ]所属だったデュランダルが言ってた「ディスコガレージ」というのも、ここにあるのだ。
正確には、⦅チーム[ライジェル]部室⦆という表札がぶら下がっているのだが。
そうして部室に近付くにつれて、ウマ娘特有の高い聴力を持つ耳が音を拾い始める。
【I can tell by your eyes when you're near to me 】
【Satisfied with yourself thinking I don't see 】
【 I'd have never believed you would hurt me so 】
【Ah there's something in me want to know 】
(この曲って……!?)
【How can so many promises turn out this way 】
【How could I ever dream that you'll be here to stay 】
【What happened to the love I thought would never end 】
【How could it ever end 】*4
その曲は1.2倍速だったが、クロススキッパーにとっては聞き覚えのあるものだった。
聴き慣れた好きな曲だからどうしても気になって仕方なかったので音の発生源を探すことにした。
途中でチーム[カノープス]やチーム[スピカ]の部室を通り過ぎ、生垣に擬態した鹿毛のウマ娘が芦毛のウマ娘たちのトレーニング風景を覗き見してる現場を目撃する。その鹿毛のウマ娘は後々からやって来た芦毛の奇行種に追いかけ回される修羅場が勃発するのだが、クロススキッパーはそれを見なかったことにしてスルーした。
音の発生源に辿り着くと、曲が変わっていた。
【Is it the first time in your life】
【Or is it just another one-night stand】
【Do you wanna make a fool of me】
【Just like you do with all those other guys】*5
クロススキッパーにとって、これもまた聴き慣れた曲だった。
彼女にとって、80’sや90‘sのユーロビートは養父がプレゼントとして与えてくれたものであり、辛い時には常に元気と勇気をくれた。
でも、こんな所でまさか耳にするとは思ってもいなかったし、いつの間にか足でリズムを取っていた。
そして、クロススキッパーにとって、自然とテンションの上がる曲でもあった。
「……あれ? ここって」
部室のドアをノックしようとしたら、そこにはちゃんとした開閉式の金属製のドアがあったのだが、そのドアはサイケデリックな色彩で塗装されており、
ドアには大きく、
⦅Disco Garage⦆
と描かれた表札がぶら下がっており、その大きく描かれた字の下に、少し小さい字で、
⦅チーム[ライジェル]部室・トレセン学園ラジオ放送部⦆とも描かれていた。
「ディスコガレージ……チーム[ライジェル]……あぁ、ここか!」
そこが目的地だと漸く理解したクロススキッパーがチーム[ライジェル]の部室のドアをノックすると、「コンコンッ」と金属音が響く。
だが、中からは音楽が聞こえるだけであり、反応がない。
もう一度ノックする。
……反応なし。
こうなったらもうドアを開けて中に入ろうか、そうしよう。
そう思っていた時だ。
「あれ? あなたは?」
後ろから声を掛けられて振り返ると、そこにいたのは……。
「……え!? あなたは確か……?」
「? 私たち、何処かで会ったかしら?」
紺色のジャージを着た栃栗毛のウマ娘に声を掛けられたクロススキッパーがそのウマ娘の顔を見ると、驚き、続けて、興奮と嬉しさが顔に出てきた。
「あなたは確か……!」
その栃栗毛のウマ娘の名を呼ぼうとした時だ。
「ぉん? 先客か」
「あれれ? クロススキッパーちゃうん?」
「あら、ホントね」
「え? ダイタクヤマト先輩と……確かアイルトンシンボリ先輩? それに、デュランダルさんとアローキャリーさんまで!?」
栃栗毛のウマ娘の後ろからひょっこりと姿を表したのはクロススキッパーとメジロシクローヌたちの隣室の住人であるアローキャリーとデュランダル。
その後ろから、黒っぽい鹿毛のウマ娘であるダイタクヤマトと、今朝はトマトソースを頭から被ってしまっていたが今はちゃんと鹿毛だと分かるウマ娘アイルトンシンボリが付いてきた。
その勢揃いに一瞬驚いたが、
「……あ、そうか。皆さん、チーム[ライジェル]でしたよね」
「ホントに来てくれるとは思わなかったけど」
「勧誘の甲斐はあったみたいね」
「もしかして、この子がデュランたちの言ってた今朝の後輩ちゃん?」
「うん、そう。この子はクロススキッパー」
「偶然だけどお隣さんね」
「へー……」
アローキャリーがニィと口角を吊り上げ、デュランダルも腕を組んで仁王立ちして得意げな顔をしていた。
そんな2人から「噂の後輩ちゃん」の話を聞いていた栃栗毛のウマ娘は「こんな偶然もあるんだなぁ」などと考えていたら。
「あ、あの! もしかして、あなたは……」
「? 私?」
その「後輩ちゃん」は明らかに自分を見てビックリしている様子だったことに、栃栗毛のウマ娘は何事かと思った。
「私は宮松。宮松明美。このチーム[ライジェル]のサブトレーナーをしているわ」
「宮松……さん? あ、あの、もしかして、浦和……いえ、さいたまトレセン学園に在籍していた「フレアカルマ」さんですか!?」
「! どうしてそれを……!?」
この世界では、ウマ娘は基本的に2つの名前を使い分けている。
1つは出生時に戸籍で登録する名前。こちらは競技ウマ娘を引退して社会人になってからも使う名前である。
もう1つは、「ウマソウル」に刻まれた名前───そもそも、『ウマ娘』という存在は、この世界ではない何処か別の世界で生まれて活躍した魂が、この世界に流れ着いて人と同じ姿になった、と遠い昔からの伝承で語られている。
異世界での活躍が多ければ多いほど、その経験や体験が強く刻みつけられていればいるほど、この世界に生まれ落ちた時に競走ウマ娘としての名前が
まぁ、極端な話。
この世界でウマ娘として生まれたとしても、前述したように、競走ウマ娘として覚醒するか否かは前世の影響が色濃く出るらしいので、身も蓋もないが、「発現しない場合」もあるわけだ。そのためにヒトとしての名前が必要になってくるわけで……。*6
宮松明美ことフレアカルマは、自身の名前をクロススキッパーが知っていることに驚きを隠せなかった。
何せ、この世界ではG1に出走できるのは競技ウマ娘たちの中でも
メイクデビューや未勝利を勝ち上がれるのも全体の内25%と言われており……それでもG3クラス以上の重賞に顔を出せていないウマ娘たちは存在が埋もれてしまう。
かく言うフレアカルマは───この世界では幸いと言っていいのか、その「未勝利戦を勝ち抜いたウマ娘」に含まれる。
が。
彼女の場合、幾つかの諸事情が重なったことで未勝利戦を勝ったはいいものの、その競技人生は短く、OP戦すら勝ち上がれていない。要は、「知る人ぞ知る」どころか「知ってる者がいるかすら怪しい」という状態であり───だからこそ、目の前にいる尾花栗毛のウマ娘が、まるで「有名人に会った」かのように目を輝かせていることがフレアカルマにはイマイチ理解できなかった。
「あの……浦和レース場に見に来てくれていた
「あ、はい……い、いいえ!」
「え、どっち?」
「スキッパー。一旦落ち着いて」
「そう、深呼吸どす」
明らかに興奮している様子のクロススキッパーに、デュランダルとダイタクヤマトがアドバイスした。
言われた通り、クロススキッパーは吸って吐いてを繰り返してから、気を取り直す。
そして、こう言った。
「あ、あの、フレアカルマさん! 従姉さんのメイクデビュー戦で見せた末脚、凄かったです!」
「え?
「はい、そうです!」
「えぇ……; あのレース、リアルで見てたんだ……?」
「あ、いいえ、正確には録画を見てました。それこそもう、何回も!」
「あ、あははは……恥ずかしいなぁ……///」
「「「「?」」」」
一方、デュランダルたち他の四人は「何のことやらさっぱり」と言わんばかりにクエスチョンマークが上がってる状態になるのだが、ここまでの少ないやり取りで、フレアカルマとクロススキッパーの関係は、ざっと、「知り合いの知り合い」といった関係であることは理解できた。
だが、クロススキッパーがチーム[ライジェル]の部室に入ろうとしていたのを察したデュランダルは少々意地悪そうにこう言った。
「……しかし、どうしてチーム棟の部屋の前に立ち尽くしていたんだ?」
「いえ、その……ノックしても中から返事が無くて。入ろうとしたら、ちょうど先輩たちがやってきたものでして」
【Give me up! Oh,oh,oh,oh Give me up! Oh,oh,oh,oh】
しかし、中から音楽が聞こえてくるとアイルトンシンボリは呆れたように、
「はぁ〜……またやってるの?」
と言って呆れたように溜め息を吐く。
続いてデュランダルが面倒臭そうに頭を掻きながら、手でクロススキッパーに「退いて退いて」と合図をし、ダイタクヤマトと共にチーム棟の部屋のドア前まで歩み寄る。
そして、ダイタクヤマトが、クロススキッパーがやった時よりも明らかに力が強く「ゴンゴンッ!」とドアを叩いた。
そのノック音がしてから曲が止まる。
〔わっ、とっとぉ!?〕
〔……んぁ、何だ? もうこんな時間か……〕
〔ヤバッ、まだ終わってない!?〕
そんな会話がドアの向こうから聞こえたのでダイタクヤマトも呆れて溜め息を吐きながら強引にドアを開けて部屋に押し入った。
「こら、聞こえてんで。遊んどったな!」
そう怒るダイタクヤマトの背中に続いて、クロススキッパーと他のチーム[ライジェル]のメンバーたちが部室に足を踏み入れると、
窓は黒いカーテンで夕日の光が遮られており、巨大なスピーカーとオーディオコンポ、DJブースのような台にはDJ用のターンテーブルやサウンドミキサーなどの機材が置かれている。
天井にはミラーボールがあり、部屋中を色取り取りの色彩のライトが照らす。その様子はまるでナイトクラブの雰囲気そのものだった。
……しかし、それらの機材のほとんどは直近で使われた痕跡が無く、ただしオーディオコンポの電源はONになっていて、トレセン学園の制服を着た2人のウマ娘たちが机にノートと教科書を広げていて、頭にタオルを鉢巻状に巻いた1人の男性が自分のデスクに腰掛けていた。
「……んぁ? あれ? ……なぁんだ、ちゃんとやっとったのか」
「「「あはははは……」」」
力なく笑うウマ娘2人と、トレーナーらしき男性。
その様子を見て頭を冷やしたダイタクヤマト。
今度はアイルトンシンボリが呆れた様子でトレーナーに詰問した。
「……トレーナーさん。まさか入部希望者がドア叩いてたのに聞こえなかったんですか?」
「あぁ、すまん……音楽があった方が2人は集中できると思ったんでな……」
「よく言うよ兄貴ぃ、寝てたでしょ」
「あ、バカ!?」
トレーナーらしきこの男性の妹(ヘリオスというらしい)による暴露を聞いて額に青筋を立てたのは、意外な人物。
「ほぉ……? 私らが外でトレーニングしていて、パーマー先輩とヘリオス先輩が勉強していたっていうのに、あなたは寝ていたと……」
「い、いや、その、な……」
普段の穏やかな雰囲気からは想像できない怖い顔で、アローキャリーは、大きく息を吸い込んでから、
「クゥォラァァァァァッ!!!」
アローキャリーが一喝。
「正座だ、正座ぁ!!」
そして、飛び上がるかのようにトレーナーは部室の床に正座させられた。
「ねぇ、トレーナーさん、あなた言いましたよね? サブトレーナーのカルマさんが私たちのトレーニングを見てる間にパーマー先輩とヘリオス先輩の宿題を見てるって言ってましたよね!? なのに何寝てやがったんだんですか!」
アローキャリーが怒る理由も分かる。
例えば、国会での執務中に寝ているような議員なんて「さっさとクビにしろ!」と怒りが湧くだろう。
これはまさに、それと同じことだ。
流石の剣幕に、元々(アローキャリーに比べると)柔らかめの注意するつもりだったデュランダルとダイタクヤマト、それにアイルトンシンボリらはやや引きながらも、アローキャリーを宥める。
「お、落ち着いてキャリー」
「そうだよ」
「ちょい頭を冷やして」
デュランダル、アイルトンシンボリ、ダイタクヤマトらの呼びかけで……アローキャリーは一旦クールダウンする。
アローキャリーが一喝して正座させたとはいえ、
「むぅ……居眠りしていたことは弁明のしようもない」
しかし、このトレーナーも無駄に潔い性格をしていたため、アローキャリーもこれ以上の怒りは湧かなかった。
「はぁ〜……まったく、何やってんですか……」
「すまんて……」
「あ……、あの、チーフ!」
このチームの
「……何だ宮松?」
「この娘、チーム[ライジェル]の見学希望者みたいです」
「と、トレーナーさん? 初めまして、クロススキッパーっていいます!」
「クロススキッパー……うん? クロススキッパーだって?」
「あの……何か?」
「あぁ、いや、風の噂でな……中央トレセン学園への入学試験を
「……はぁ!?」
「え?」
「つまり、あなた主席合格者だったの!?」
「あ、え、そ、その……」
「入試を満点で受かって入学なんてマヤノの時以来だ。しかも、あの時と違って入学式の挨拶も真面目にこなす良い子ちゃん。……んな娘がこんな寒門チームを見学とはどういう風の吹き回しだ?」
「ちょ、トレーナー?」
「兄貴ぃ、それはちと失礼すぎんじゃね?」
「けどよぉ……」
「あ、あの! トレーナーさん!」
チーム[ライジェル]のトレーナーは、ジーッと品定めするかのようにクロススキッパーを見ていた。
そんな見方をしたトレーナーを、パーマーとヘリオスが嗜めようとするのだが、クロススキッパーは思わず挙手してこんなことを言った。
「さっきの
……
…………
………………
「……ぉーぅ……そうかそうかそうか……!」
そんな話題がクロススキッパーの口から出た途端、正座からゆっくりと立ち上がりながら、関心した様子でトレーナーが近寄ってきた。そして、両肩に手をポンッと置いた。
その異様な雰囲気に思わずデュランダルたちはドン引きする。……デュランダルらの勘は囁く。「このトレーナー(さん)、絶対碌なこと考えてない(な)!」と。
まぁ、十中八九その通りなのだが。
「妹ぉ! パマちゃん! この娘、うちのチームに入れていいよな!?」
「……え?」「それ、マ……?」
「トレーナーさん……」
「やっぱり碌でもないこと考えてましたね?」
「何だよぉ? やっと80‘sユーロビートの良さが分かる奴がうちのチームに
「はあぁぁぁっ!? 理由それ!?」
「うぉい! トレーナー、ちょい待ちぃ!」
「そ、そうですよ、矢萩さん!」
「ちょっ、ちょっとトレーナー!」
「タンマ、タンマ、兄貴ぃ!」
「「ストォップ!!」」
理由に呆れるデュランダル、やや強引な勧誘に待ったを掛けようとしたダイタクヤマト、サブトレーナーのフレアカルマが注意しようとしたところで、いの一番に矢萩に許可を求められたパーマーとヘリオスが流石に止めに入った。
「なるほど……すまんな。まだ模擬レースもやってないのに入部だなんだって浮かれちまって……」
「い、いいえ、気にしないでください」
実は中央トレセン学園では、トレーナー間の暗黙のルールではあるが、体力測定や模擬レースを行なっていない新入生を囲い込むことは事実上禁止になっている。
本人とトレーナー間が両思い*7であれば話はまた別だが……。
「にしても兄貴ぃ、
「だね。トレーナーが自分からウマ娘を勧誘に行くなんて私の時以来で……初めて見たかも?」
「……だな。改めて言われると、パマちゃんの言うとおりだなぁ」
ここで語ると長くなってしまうが、チーム[ライジェル]のメンバーというのはほとんどがワケ有り*8で所属している。
その中で、チームトレーナーの矢萩が自ら積極的にスカウトへ行ったウマ娘というと……ふと矢萩が思い出したのはパーマーだけだった。
……気のせいか、表面上は笑顔のパーマーから圧を感じるクロススキッパーだったが。
「……うん? ということは、私ったら余計なことをしちゃった?」
「そんな事ないよデュラン。スキッパーちゃん、入部するなら歓迎するよ?」
「後輩増えるのんは大歓迎どす。そやなぁ? アイル」
「うん。それに、ボクらの次の世代でもチーム[ライジェル]は在って欲しいよ」
軽い気持ちで勧誘したことを「余計なお世話だったか」と後悔したデュランダルだったが、チームメイトであるアローキャリーやダイタクヤマト、アイルトンシンボリらは、仮にクロススキッパーがチーム[ライジェル]に入ってくれることに期待を膨らませて歓迎してくれていた。
「次世代……? 僕が、ですか?」
突然に重めのワードを感じて固まるクロススキッパーであるが、そんな彼女に、フレアカルマが耳打ちした。
「矢萩さん、元々このチームを畳む気でいたらしいの」
「……え?」
「ただ、それも、私が来るまでの話だったけどね」
「そもそもは、……トレーナーさん?」
デュランダルのやや重みのある呼びかけを合図に、ヘリオスとパーマー、フレアカルマ以外のチームメンバーたちがジットリとした視線を矢萩に向けた。
……そして、彼女のお説教が矢萩に刺さることになる。
「トレーナーさん、あなた去年も新入生を誰も勧誘しない内にポスターの広告期限が終わるまでみすみす逃して何もしなかったことをまさかお忘れですか?」
そのようなアピールを積極的にあまりやらないような例外があるとしたら、チーム[リギル]やチーム[プロクシマ]のような、入部希望者が殺到するような中央トレセンの看板チームや老舗チームぐらいだろう。
特に前者の[リギル]は少数精鋭を掲げており、真に「時代を引っ張るウマ娘」や「強者たり得るウマ娘」というのを求めて止まない。
一方のチーム[プロクシマ]は、チームトレーナーの丘部が入部希望者を厳しく絞っているものの、彼はウマ娘の指導だけでなくトレーナーの指導にも熱心であることから、彼の元から独立したサブトレーナーと元担当が新たにチームを築く例も非常に多い。言わば、実地講習の場を提供している特殊なチームと言えるかもしれない。
しかし、チーム[ライジェル]はこのどちらにも当てはまらない。
……精々、その設立理由が特殊だったことと、
ただし、チームルームの端っこをよく見ると、幟のようなものが3本。台座に挿したまま置かれていた。
一本目には「歓迎! チーム「ライジェル」へようこそ!」という、一見まともそうな幟。……これはきっとチームの新人募集に使うもののようだ。
二本目には大きくかつシンプルに「逃げ上等!」と。
最後の三本目には……「逃げウマ専門店 By team.RIGEL」という幟が竿に挿さった状態で置かれていた。
さて、厳しい視線と去年の過ちの追求をするデュランダルと、それについて耳にタコが出来るぐらい聞かされてきたというより忘れたくても忘れていない矢萩は、やや気だるそうに、
「そりゃぁな……今更隠すつもりはないが、確かに俺はこのチームを畳むことを考えてはいたさ……だってこんな冴えないアラサー手前の……」
「兄貴ぃ」
すると、彼の妹のヘリオスは「お口にチャック」と手でモーションをして、兄である矢萩が自虐に走ることを阻止した。なので、矢萩も少々強引だが話題を変えた。
「……あぁ、すまんって。この話はおしまい……そういえば。うちの連中を紹介していたか?」
「あ、はい。えっと、ダイタクヤマトさんに、デュランダルさんに、アローキャリーさん。あとアイルトンシンボリさんですよね。……えっと?」
「あぁ。メンゴメンゴ。
「あと、私はメジロパーマー。よろしくね」
「メジロパーマー……さん?」
先ほど矢萩が
「……何か?」
「あ、あの、もしかして、ラン……いえ、メジロシクローヌ……さんが言ってた……」
「え! ローヌのこと!?」
「は、はい、そうです!」
「あれ? パーマー先輩に言ってませんでしたっけ? この子、同室の子がメジロシクローヌですよ?」
「そ、それだけではなくてですね、あの……」
「?」
「「「「「「「「生き別れの姉!?」」」」」」」」
メジロシクローヌとクロススキッパーが同室であることにもメジロパーマーは驚いたが、それ以上の事実にチーム[ライジェル]は揺れた。
「はい。ラン……つまり、ローヌですね。メジロパーマー先輩のことを熱く語っていて、とっても慕っているんです、だからよくお噂は
「うわぁ……何だか恥ずかしい……」
義理の妹とはいえ、まさか
「……あぁっ!」
と、そこでフレアカルマが思い出したかのように言った。
「ということはやっぱり……」
「……どうしたんだ宮松?」
更なる事実の発現を予感させ、矢萩は若干身構える。
だが、宮松ことフレアカルマは、再び小声になり、クロススキッパーに耳打ちして何かを尋ねている……その内容は他のメンバーには聞き取れなかった。
「ねぇ、スキッパーちゃん。君があのクロの従姉妹だってことは話しても?」
「……えぇ、良いですよ」
クロススキッパーが何かを肯定したことしか聞き取れなかったが、フレアカルマは言った。
「……クロススキッパーと、メジロシクローヌの2人はね、あの
……
…………
………………
「「「「「「えぇーっ!?」」」」」」
チーム[ライジェル]のウマ娘たちは一斉に驚きの声を上げ、矢萩トレーナーは身構えていたためか驚きの声を漏らすことはなかったが、思わず天を仰ぐ。そして、呑気なことを自覚しつつ、こんなことを呟いた。
「世間ってのは狭いな……」
……何、呑気なこと言ってんだコイツ。
そう思ったのは一体この場の誰なのか。
一応それについては一人ではなかったことは明記しておく。
矢萩はそう呟いた裏で胃がキリキリしているような感覚に襲われそうになっていた。
だが、そんな彼がどこか後ろ向きな声色だったことを、このチームの古株たちが見逃さなかった。
矢萩の両隣に控えていたヘリオスが左手、パーマーが右手を抓りながら、詰問した。
「兄貴ぃ?」「トレーナー?」
「「何か隠してるでしょ?」」
幼い頃から一緒に過ごしてきた家族であるヘリオスにはすぐ分かった。
矢萩が言い淀んで何か隠そうとしていることを。
そして、矢萩にとってある意味有難かったのは、その2人が両手を思いっきり抓ってくれたお陰で、胃がキリキリした気分を何とか誤魔化せたことだった。
来週から火曜投稿に戻ります。
あと、困ったことにうちの通話用iPhoneがイカれました。
しばらくは制作に影響が出るかもしれません。
※2024年1月10日追記……結局、iPhoneは本体交換になりました。幸い、バックアップとiCloudのお陰でウマ娘のスクショや動画、電話帳なんかはほぼ全部回復できましたが、その額、なんと型落ちしてるのに本体価格4万2800円……。皆さんもコネクター部分の損傷には気をつけてください。充電できない・電源が入らないと何もできなくなります。
※2024年10月1日追記……私生活についてもちょっとご報告があります。先日、アニメとかを録画していた15年モノのBlu-rayレコーダーが壊れてしまい、今とても落ち込んでいます……ただでさえモチベーションが上がらないという時になんでこうなる……!