また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜   作:Simca Ⅴ

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 作中で架空のレースの描写が僅かに入りますが、そういう系統が嫌な方はブラウザバックをお勧めします。

 にしても、今日は船橋でウマ娘コラボかぁ……。
 こういう時に限って仕事が忙しくなってきた。有難いことではあるんだが、朝から見に行けないのは辛かった。
 仕事帰りに寄り道するような距離じゃねぇよ……しかし、行ってみたら凄かったです。ホントに凄かったです。
 迷ってる方がいれば、行くことをオススメします。

 


#03『クロススキッパーの憧れた人たち(浦和から始まった物語)』※2024年11月11日修正

 埼玉県さいたま市浦和区に位置する浦和レース場。

 

 ここは南関東ウマ娘協会、通称「SKAU(South Kanto Association of Umamusume)」に所属するレース場の一つであり、同じくSKAU直轄のさいたまトレセン学園のお膝元でもある。

 ちなみに、SKAUに加盟しているレース場としては川崎レース場、トレセン学園としては横浜トレセン学園があり、レース場とトレセン学園が併設されているものとしては大井、船橋なども存在しているが、SKAUの上位組織として地方ウマ娘全国協会、通称「NAU (National Association of Umamusume)」が存在する*1

 

 クロススキッパーが中央トレセン学園に入学するより約5年前の7月のこと。

 この浦和レース場でとある日に行なわれた()()()1()6()0()0()m()のメイクデビュー戦は、後に黄金世代の伝説を語る上では外せないレースとなった。

 何故ならば……。

 

【1着、クロスクロウ! 1バ身差離れてフレアカルマが2着でゴール、3バ身離れて3着にコスモネビュラ……あぁっと! なんてことだ! 日本におけるダート1600m、しかも良バ場状態でのレースレコードも更新しました! タイムは1分33秒8! 1分33秒8が出ました!! 浦和レース場における最速記録が出ました!!】

 

 浦和レース場は1周1200mのダートコースが存在するだけの比較的小さい部類に入るレース場であるが、そんな地方レース場で、伝説に相応しい記録がこの時生まれてしまった。

 何せこの記録は浦和レース場に限らず、当時の日本におけるダート1600mのレースレコードを更新してしまったからだ*2*3

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 ダート1600mを完走、しかも終盤まで()()を打って走っていたはずの1着のクロスクロウというウマ娘に、ほんのあと少しまで、2着バのフレアカルマは迫れた。

 しかし、負けは負けだ。メイクデビューで勝利を逃したら、未勝利戦を勝ち上がるまで重賞はおろかプレオープンにすら挑めない。厳しいが、それが現実だ。

 何とかまだ立てている、だが、顔を上げられない、というか、上体を起こせない。

 このレース直後のフレアカルマはそこまで消耗してしまった。

 

「大丈夫か?」

 

 そう言って手を差し伸べてくれたのは、

 

「クロス……クロウ……」

「フレアカルマ……オレ、勝ったぞ。お前の末脚に!」

「……あ……あぁ……うん……」

 

 自信満々に言い切った葦毛のウマ娘、クロスクロウ。

 悔しい悔しい悔しい。

 しかし、それと同時に、

 

「……あははははっ!」

「わっ……と」

 

 フレアカルマは思わずクロスクロウに抱きついてしまった。

 悔しい。それが正直な気持ちだ。

 しかし、それと同時に嬉しかった。

 

「あはははは、やったね、クロちゃん! いやぁ、()()()()、嬉しいよ! あっはっはっは!」

「いやぁ、くそ、負けたよ、完敗だ」

「ネビュラさん、あんたも凄かったよ!」

 

 フレアカルマに抱きつかれている中、そう言って拳を突き出すクロスクロウに、3着のウマ娘、黒鹿毛のコスモネビュラは拳を軽く当てた。

 芦毛のウマ娘であるクロスクロウだが、髪にはまだ濃い灰色が残っていた。

 そんなクロスクロウに抱きついた栃栗毛のウマ娘こそがフレアカルマだったのだが───。

 


 

 ───レース映像というものは記録として残る。

 それらの映像は、ライバルとそのトレーナーが見る場合もあれば、後年になって後進たちが見る場合もある。

 その目的は大抵の場合、レースでの戦術や戦略の研究、育成の方向性についての認識を担当トレーナーとウマ娘間で煮詰めるためである。

 さらに、近年ではデジタル化のよる映像の鮮明化、またはデジタル化以前のアナログデータで記録が残されたものであってもデジタルリマスターが行なわれて公開されているものもあり、前述の目的に活用する上ではありがたい事もある。画像が鮮明化することで、鮮明になる前ではハッキリしなかった箇所についても理解が及ぶようになる場合もあるからだ。

 

 だが、それ以外には、「観賞用」という目的がある。

 

 誰にでもきっとスポーツの試合やレースを見ていたら一度は経験があるだろう。

 「この試合(orレース)を録画してもう一度観たい(or観たかった)」と思うことが。

 メジロの野球好きなお嬢様(メジロマックイーン)も度々そんな風に思うことがあるとかないとか……。

 

 ウマ娘たちが繰り広げる競走もスポーツの範疇であるので、この条件には十分に当てはまるものだ。

 それどころか、近年では某ドキュメンタリーチャンネルで日本のウマ娘レース競技の歴史を主軸に置いた番組も放送されるようになり、各回ごとに主人公であるウマ娘についての特集で構成されている。

 これには、当時のレース映像がデジタルリマスターで使用されていたり、当該のウマ娘の関係者やチームメイト、存命であれば主人公となったウマ娘本人によるインタビューなどが盛り込まれていたりと、お陰で、遠の昔に引退してしまったタイテエムやテンポイントといったウマ娘たちの映像も、現役時代の輝きが現代技術によって甦り、当時を知らない若い世代が知る所となり、当時のファンだった人々も今なお魅了されているという。

 

 当然、ウイニングライブが実施されるようになった時代からはその映像とセットという場合が多い。

 

 閑話休題(おっと話がズレた)

 

「う、うわぁーっ……ちょっと恥ずかしー……///」

 

 チーム[ライジェル]の部室を訪れたクロススキッパー。

 このチームのサブトレーナーは『宮松明美』という名札を付けているが、それはあくまでも()()()()()()である。

 この宮松サブトレーナーの()()()()()()()()()()()()()()()「フレアカルマ」である。

 だが、クロススキッパーには彼女がウマ娘としての魂(ウマソウル)に刻まれた名を明かす前から何となくフレアカルマ本人であると分かっていた。

 

 そして、フレアカルマにもすぐに理解できた事実がある。

 

 それは、彼女がメイクデビューで競ったライバルであり元ルームメイト、また彼女の個人的なとある一件で大変世話になった旧友、その旧友がかつて語っていた「生き別れの従妹(いとこ)たち」のこと。

 

 その「旧友の従妹」の1人こそが、クロススキッパーであることを彼女との会話で確信した。

 

 それらのことから、「2人は知り合いなのか?」とチーフトレーナーである矢萩が尋ねたことが、宮松サブトレーナー(フレアカルマ)にとっては擽ったい昔話を掘り返して頬を少し赤く染めるような現状に繋がった。

 

 クロススキッパーは自身のウマホを取り出して、動画として保存していたその映像を再生した。

 日付は5年前の7月某日であるが、その映像には、レース直後に、クロスクロウにフレアカルマが抱きついた映像が、()()()()()()()()()()()()()

 

 これは前述したようなナショ○オの番組ですらお目にかかれないかもしれないレア映像だ。

 何せ、この映像は「レース」と「ウイニングライブ」の「間に起きた出来事」であり、それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 URAもNARもG1のような大きなレースや、11Rや12Rのような1日の終わりに行なうレースでもない限り、メイクデビューや未勝利戦のような小さいレースが終わった場合はまたすぐ次のレースの撮影を始めるからだ。

 

「わー。サブぴわかぁい」

「へー。サブトレさん、ダートだとめっちゃ速くない?」

「しかも1着が、あのクロスクロウで、クロススキッパーちゃんのお従姉さんだなんて……サブトレーナーも仕掛けどころがもう少し早かったり、あと距離が200m長かったりしたら逆転してたかも……?」

 

 レース映像を見ていたチーム[ライジェル]の古株三人衆(便宜上こう呼ぶことにする)の反応も三者三様。

 ダイタクヘリオスは素直に現役(高2)時代にフレアカルマとして走っていた時の映像と、今の宮松サブトレーナーの姿をついつい見比べてしまう。

 メジロパーマーはというと、時々併走してくれる宮松サブトレーナーが、芝の上ではいくら全力を出しても速くはなかったはずなのに、今映ってるダートのレースでは普段の姿とは一線を画して速いように見えた。

 そして、アイルトンシンボリはレースの展開を冷静に分析しつつも、あの有名ウマ娘であるクロスクロウが、クロススキッパーの従姉である事実を何とか受け止めようとしていた。

 

 続いて場面はレースが終わり、疲労困憊な様子を見て手を差し伸べてくれたクロスクロウに思いっきり抱き着くフレアカルマがアップで映ってる映像に流れていき……。

 

「はぁ〜。サブトレ大胆な事してるなぁ」

「恥ずかしがらんでもええのに」

「でも、確かにこれは甘酸っぱい思い出になるかもね……」

 

 レース直後の映像についてデュランダルとダイタクヤマトは囃し立てるのだが、アローキャリーだけはやや反応が違った。

 彼女は思い出として残ることについて感傷に浸りつつも、確かに「映像」という形あるものとして残されたら恥ずかしいという宮松サブトレーナー(フレアカルマ)の気持ちを何となく理解した。

 

「ね、ねぇ、この映像、一体どこで誰から……?」

 

 この映像はあの時のメイクデビュー戦を実際に浦和レース場で観戦していなければ残らないようなものだ。

 気になる出典元を恐る恐るクロススキッパーに尋ねてみたフレアカルマ。

 すると、クロススキッパーは自身のウマホを引っ込めながら、あっけらかんとして答えた。

 

「お従姉ちゃんに送ってもらったんです! お従姉ちゃんのメイクデビューがどうなっていたのか僕、気になっちゃって……」

 

 流出元、あっさり特定。と同時に天を仰ぐフレアカルマ。

 

「クロちゃん……」

 

 もちろん、クロススキッパーの求めに応じただけであり、クロスクロウに悪気がないことも分かっていた。

 だが、流石に自分が負けたレースを後生大事に取って置かれたことはフレアカルマにとって少々恥ずかしいことでもあった。

 

 が。

 ふと我に返ったかのようにデュランダルはフレアカルマに声を荒げて言った。

 

「……って、ちょっと待ったサブトレさん!」

「え、な、何かしら?」

 

 突然の大声に驚いたフレアカルマは事情を尋ねると、

 

「私、クロススキッパーがあのクロ先輩の従姉妹だなんて聞いてないんですけど!?」

「うんうん!」

 

 やや押しの強いデュランダル。いつもならばブレーキ役になるはずのアローキャリーは止めるどころかデュランダルに激しく同意して共にフレアカルマに迫った。

 

「それにサブトレさん、クロスクロウさんと元とはいえルームメイトだったってことは、沼崎トレーナーさんとも知り合いだったんじゃないんですか!?」

「あの、えっとその……」

「沼崎トレーナーっていうと、あのチーム[ミモザ]のトレーナーさん……?」

 

 クロススキッパーだって忘れもしていない。他ならぬかつてチーム[ミモザ]を率いていたトレーナーであり、従姉と共にその後失踪していた(今はユーゴスラビアにいる)から。

 それはそれとしても、どうして従姉のトレーナーの名前がアローキャリーとデュランダルの口から出てきて、何故2人は今にもフレアカルマを問い詰めようとしている状況に繋がってしまったのか?

 

「そうだった! スキッパー!あなたにも聞きたいことがあったんだった!」

「え、き、聞きたいことって……!?」

「お願い、トレーナーさんとクロスクロウさんが一体どこに行ったか知ってたら教えて!」

「あえ、えぇ……と……」

 

 そうして今度はクロススキッパーに迫った2人だったが、

 

「あたっ」

「いったぁ」

 

 ベシベシッと手早く2人の後頭部に軽いチョップを入れたのはチーフトレーナーの矢萩だった。

 

「はい、そこまで」

「何ですかトレーナー!」

「暴力反対です!」

「誰だって言いたくないことの一つや二つはあるだろうに。深く詮索するのは禁止。いいな?」

「……はーい」

「わかりました……」

「……うちの者が迷惑をかけたみたいで悪かったな、クロススキッパー」

「い、いいえ、大丈夫ですが……トレーナーさんに言われた手前、こんなことを聞いていいのかわからないのですが……発言しても?」

 

 先ほどの矢萩の「深く詮索するな」という一言で恐る恐る慎重に手を上げて質問の許可を求めるクロススキッパーに、矢萩は頷いた。

 

「実を言えば僕にもお従姉ちゃんに何があったのかさっぱりわからないんです」

 

 これは実は嘘だ。だが、()()()()()()がまだ行なわれていない以上は知らないフリに徹するしかなかった。しかし、それを抜きにしても。

 

「しかし、何故お二人はそこまでお従姉ちゃんのことを気に掛けていただけているのでしょうか? 沼崎トレーナーとも何かご関係が?」

 

 クロススキッパーにとって、興奮する2人とクロスクロウ(従姉)と沼崎トレーナーとの関係性がイマイチ結べなかった。

 なので、そもそも(身も蓋もない言い方をすれば)「どちら様ですか?」という質問をクロススキッパーがチーム[ライジェル]のメンバー(特にデュランダルとアローキャリーの2人に向けて)たちに投げかけたことで、漸くアローキャリーとデュランダルは沈静化した。

 

落ち着け、落ち着け私……、先輩だって好きに故障したわけじゃないんだから……!

「?」

 

 デュランダルは自分に言い聞かせるかのように何かをブツブツと呟いてから、アローキャリーと顔を見合わせて、クロススキッパーの質問に対して冷静に答える。

 

「……実は私たちはね……」

「……私たち、元々チーム[ミモザ]にいたの」

「え……? じゃぁ……」

「うん。クロスクロウ先輩がクラシック期を走っていた時、私たちはチーム[ミモザ]に入ったんだ」

「でも、ヨーロッパ遠征には行かなかった。……今思うと行けばよかったのかもしれない……」

 

 デュランダルは、顔を俯かせて肩を落とすアローキャリーの背中を摩った。

 そのアローキャリーの目からは涙が一雫、床に落ちた。

 

「……私たちはまだその頃、本格化していなかった。その間()()のはずだったんだ。()()()()()()()の世話になるのは」

「……」

 

 これまで沼崎トレーナーの居場所についてクロススキッパーに迫る勢いのデュランダルだったが、あの突然の別れを思い出すとただただ顔を俯かせていた。

 そんな彼女たちの代わりに、矢萩は答えた。

 

「……正直言うと、俺たちもチーム[ミモザ]が解散になった時、事態を飲み込めていなかった。あの年は色々と大変だったよな……」

 

 矢萩の言葉に、パーマーとヘリオスも思わず頷いた。

 

「うん……キャリんとデュラぴを兄貴が指導してる最中だったもんね、クロスクロウさんがイギリスで倒れた、ってニュースが届いたのは……」

「え……?」

「そうだね……その後は2人とも一旦はチーム[プロクシマ]所属になっていたけど……あれが起きちゃったんだよね、今度は丘部さんが倒れちゃって……」

「えぇ……?」

「そんな時だったよね! 去年サブトレぴが来てくれたの!」

「……まぁ、その、研修でチーム[セントーリ]にいただけなんですけどね……」

「???」

 

 あれれ? 何だか話が複雑だぞ……?

 いくらクロススキッパーの頭が良いとはいえ、彼女が精々理解できたのは、デュランダルとアローキャリーの2人がこのチーム[ライジェル]に来るまでには紆余曲折あったということぐらいだった。

 

「……あぁもう、こんなのアタシたちらしくない!」

「そだね……うん、そうだよパマちん! ここはチーム[ライジェル]! ウチらはパリピで、ここはお通夜やるとこじゃないし!!」

 

 小さなクラブのような雰囲気を纏ったチーム[ライジェル]のチームルーム。普段は明るく楽天的な空気を醸し出しているであろう場所であることはクロススキッパーもすぐに察した。

 そこがお葬式のような冷え切った状況になってしんみりしていたのをダイタクヘリオスとメジロパーマーの二人が振り払って消散させた。

 

「そ……それにしても、5年かぁ……」

 

 ふと我に返ったようにフレアカルマは時間の流れの残酷さと切なさを口にした。

 クロスクロウと初めて出会ったのも5年前だ。

 だが、「もう5年」というべきか、「まだ5年」というべきか。フレアカルマには判断し難かった。

 旧友とのあのレースのことは昨日のことのように思い出せるが、それと同時にずっと昔の出来事のようにも感じてしまう。

 

「どうしたのサブトレぴ?」

「いや、その……ね……確かにあの映像を見て懐かしい気分になったんだけど、同時に、自分が負けてるレースを見るのはちょっと、心に来る、というか……」

「「「「「あー……」」」」」

「え? そうなん?」

 

 ダイタクヘリオス以外のチーム[ライジェル]のメンバーたちは納得して頷いた。

 だが、意外な人物が反論した。

 

「そ、そんなことないですよ! フレアカルマさんのあの時の走り……お従姉ちゃんにあと一歩まで迫れる強さでしたし、最後まで諦めないあの意地……僕にとっては、ウマ娘競技者としてのお手本なんです!」

 

 クロススキッパーは目をキラキラさせながら宮松サブトレーナー(フレアカルマ)を見つめてくるが、それは余りにも彼女には眩しすぎた。

 そう、前述したように、レース映像はある者たちにとっては「研究材料」となり、またある者たちにとっては「観賞用」となる。

 クロススキッパーの場合、その目的が()()()()()というだけである。……似たような思いで憧れの先輩のレースを手元のウマホやスマホ(携帯電話)の中に保存している者たちもけっして少なくない。

 

「い、いや、そんな大したもんじゃないし……クロちゃん、あ。そのクロスクロウ……さんにあそこまで迫れたのはダートで、一緒に練習していたからたまたま仕掛けどころが分かったけど、そもそもその見極めを間違えて負けてるんだけども……というか、何故私なの? お従姉さんじゃなくて?」

 

 率直に彼女は質問をぶつけた。

 すると、クロススキッパーは鼻息を荒くして、

 

「もちろん、お従姉ちゃんも僕の中では憧れです! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 その一言が、チーム[ライジェル]のメンバーたちの心に刺さる。

 その刺さり方を例えるなら、ナイフのように鋭利なものではなく、まるで手にささくれが刺さったかのようにチクチクする感覚を覚える。

 ウマ娘というのは元来「走りたい」という本能を備え、その発散方法がレースであり、そこで頂点に立つ(1着になる)ことを皆が追い求めるようになった。

 

 このクロススキッパーの発言、もし極端に受け取るなら「お前の走りは(クロスクロウに比べると)一番ではない」とも取れてしまうものだ。

 だが、いくら気の短いデュランダルとて、それで怒るほどに短慮ではなかった。

 

 一方、今クロススキッパーが言ったことに引っ掛かる箇所があったと感じたアイルトンシンボリは、

 

「ん? ちょっと待って。「()()()」ってどういうこと?」

 

 確かにクロススキッパーは、「()()()()()()()()()お従姉ちゃん(クロスクロウ)が一番だと思ってます」と言ってた。他のメンバーたちはともかくアイルはそこに少し妙な部分があると思った。

 するとクロススキッパーは、

 

「え? あ、はい……凄く欲張りかもしれませんけど、出来れば芝のレースだけじゃなくてダートのレースも走りたいな、って。そのためのダートでの走り方は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 全く邪な心もなく、純粋かつ無邪気で、同時に残酷なことを言われたような気分になったのはアイル……ではなく、当の本人であるフレアカルマだった。

 

「どうして私なの?」

「だって、お従姉ちゃんが「イギリスを勝てたのはカルマのお陰だ」って、言ってた……ような? あははは……そ、それでフレアカルマさんのことが気になって、それで僕はレース映像を掻き集めて、それで見ているうちに好きになったんです!」

「え? へ、へぇ〜……」

 

 いけない。あの手紙のことは誰にも話しちゃいけないのについポロッと出そうになったので、慌てて誤魔化して軌道修正を図るクロススキッパー。

 その不自然さに気付いたのは矢萩とデュランダルだけだったが、先ほど「深く詮索しない」と言った手前、この場で追及するのはやめにした。

 

 一方、当のフレアカルマはその誤魔化しに気付かず、自分にもファンが(少なからず)いたことに気付かされて、つい頬がつり上がってしまう。

 しかも、この娘ほど、(フレアカルマ)の走りで目を輝かせてくれた人はいなかったとなれば、フレアカルマにとっては、込み上げてくるものがあった。

 ……しかし、ふとその後の話が遅れて頭に入って来ると、これがまた混乱をまき散らしていく。

 

 今、クロススキッパーはクロスクロウの口伝として何て言ってた?

 「イギリスで勝てたのは(フレアカルマ)のお陰」?

 ということは……。

 

「イギリスを勝てたのは、って言ってたということは……」

「え、は、はい……」

 

 その言葉の真意を確かめるよりも先に、先ほど瞳を輝かせていた時のクロススキッパーの笑顔は一転、節目がちになり、暗い顔をしていたことから、フレアカルマは察した。

 クロススキッパーが自分のことを深く知ろうとし始めたのは、イギリスでこの娘の従姉(クロスクロウ)に何かよくないことが起きたからだということに。

 

 ……この場でクロスクロウの病状を知っているのはクロススキッパーだけだったが、彼女はクロスクロウが現役を引退せざるを得なくなるほどの呼吸器不全を患っていることを改めて思い出していた。

 そして、目元が熱いと感じた。

 

 そんな泣きそうな顔になっているクロススキッパーを、フレアカルマはそっと、ギュッと抱きしめた。

 

「フレアカルマさん……?」

「カルマでいいわ。大丈夫。大丈夫だから……」

 

 クロススキッパーの気持ちを落ち着けるための行為であることは、チーム[ライジェル]のウマ娘たちも、チーフトレーナーである矢萩も分かっていた。

 分かってはいた、が、同じ空間に自分たちが居て良いものか。

 目の前は完全にフレアカルマとクロススキッパー()()の世界になっており……、

 

(((((((ホントどうすんの?これ……)))))))

 

 クロススキッパーとフレアカルマ以外の7人全員がそんなことを同時に思っていた。

 


 

 暫くして。

 窓の外では日が落ち暗くなり始めており、門限まであまり時間がない。

 

「……僕、チーム[ライジェル]に入りたいです」

 

 気持ちの落ち着いたクロススキッパーは、いの一番にそう言ったが。

 

「気持ちは嬉しいんだが……」

「兄貴ぃ? ここまで言われてんのに断るつもりぃ?」

「……そうだよトレーナー。幾ら何でもそれはナシでしょー?」

 

 通常、チームメンバーが増えること自体は歓迎できる。

 何故なら、構成メンバーが多ければ多いほどチームを存続できる基盤が強くなるからだ。

 メジロパーマーもダイタクヘリオスも、永遠に現役ウマ娘というわけにはいかない。いずれにしろ誰にでも引退の時は訪れる。

 その時にチームを引き継げる後輩がいなかったなら?

 あるいは、矢萩トレーナーが担当するウマ娘がいなくなってしまったら?

 そのチームの終焉を意味するだろう。

 ただでさえ、生存競争の激しい中央だ。これまで幾度も幾つものチームがそうして生まれては消えていってる。チーム[プロクシマ]や[スピカ]、[シリウス]のような歴史のあるチームが現状でも活動しているパターンは稀だ。

 

 そう、構成メンバーの減少や停滞(ゼロかマイナス)というものはチームにとっては死活問題なのだ……()()()()()()()()()()

 

「トレーナーさん、一体何を怖気付いているんですか?」

「私からもお願いします! もしトレーナーさんが面倒を見切れないという場合は、私がクロススキッパーのトレーニングを担当しますから!」

「いやいやいや、何のためのチーフトレーナーだよ? 自分のチームに所属している担当ウマ娘のデビューから引退まで面倒を見るのがトレーナーという職業じゃないか。フレアカルマ、いや、宮松。お前さんはまだサブトレという身分だろ? ほいほいと自分の担当を投げて「はいよろしくね」なんていう無責任なことできるかよ」

 

 フレアカルマこと宮松サブトレーナーは「クロススキッパーが一人前のウマ娘競技者になれるよう誠心誠意尽くそう」。この短い時間でそんな決意にも覚悟にも似た思いを持っていた。

 対する矢萩は、チーム[ライジェル]のチーフトレーナーとして、サブトレーナーに担当を任せっきりにするつもりもなかった。

 そもそも彼自身はそのような中途半端が嫌いでもあった。

 

 というかそれ以前に。

 

「それに。忘れてるかもしれんけど、模擬レースも体力測定もまだじゃないか。クロススキッパーは」*4

「「「「「「「……あ」」」」」」」

 

 矢萩がクロススキッパーやフレアカルマの懇願に対して返事を言い淀んでいた理由はまさにそこだった。

 模擬レース。

 中央トレセン学園所属のウマ娘たちの内、担当トレーナーが決まっていないウマ娘たちが芝で短距離・マイル・中距離・長距離、ダートで短距離・マイル・中距離の計七種類のコースで競い合うエキシビションレースの一種。

 年4回開催し、この模擬レースにおいてトレーナーからのスカウトを受けてトレーニングを始めるのが通例となっている。

 トレーナーからしても、模擬レースに出走するウマ娘たちの走りを観察する良い機会でもある。

 

「というわけでだ、クロススキッパー。模擬レース。まずは走ってみろ。な?」

「え、でも……」

「大丈夫だ。模擬レースは確かに一年度に4回しかやらないが、来週末にその一回目がある。もちろん、俺も見に行くからな。……一回本気で走ってみてくれ」

「……わかりました」

 

 するとここでタイミング良く、

 

 ───リーン、ゴーン、ガーン、ゴーン……

 

 まず学校の鐘の音が鳴り、続いて、

 

 ───ピーン、ポーン、パーン、ポーン……

 

 というアナウンス音に続いて、音楽が流れ始める。

 

 〜♪

 

 それは府中市の防災行政無線チャイムから鳴る、「家路」であった。*5

 

「おっと、もう5時……?」

「今日は解散だ」

 

 ここでチーム[ライジェル]、本日は解散となる。

 グラウンドを走ってきたために中央トレセン学園指定の赤いジャージを着ていたアローキャリーとダイタクヤマトとデュランダル、アイルトンシンボリの4人は、制服を一先ずスポーツバックに詰めて、足早に部室を出て行った。

 ダイタクヘリオス、メジロパーマーと、クロススキッパーらはトレセン学園の制服姿のままだったので、学生用鞄、もしくはショルダー付きのスポーツバックを肩から下げて、デュランダルらの後を追うようにして部室を後にする。

 

「じゃぁね、兄貴ぃ〜」

「トレーナー、また明日!」

「おーぅ、気をつけて帰れよー」

 

 帰り際にダブルピースをキメるヘリオスと、手を振ってくるパーマーたちに、矢萩と宮松は手を振り返した。

 が。クロススキッパーはドアから出る直前で頭を下げ、

 

「トレーナーさん! フレアカルマさん! 模擬レース、頑張りますからどうかよろしくお願いします!」

「あぁ、当日ちゃんと見に行くからな」

「はい、ではお先に失礼します!」

 

 そう言い残して部屋を後にして行った。

 

 チームルームに2人っきりになったところで、フレアカルマこと宮松サブトレーナーは矢萩に問うことにした。

 

「……矢萩さん」

「なんだ?」

「さっきあなたはこんな事言ってましたよね。「世間は狭いな」って」

「……あぁ、多分言ったな」

「あれってどういう意味ですか?」

「そのままの意味だが?」

「なら、どうしてヘリオスさんとパーマーさんのお二人に両手を抓られていたんですか?」

 

 そう言われて矢萩は自分の手の甲を見ると、赤く変色し、指で抓られた跡がまだ残っていることに気付いた。

 すると、矢萩は溜め息を吐きながら天を仰ぎ、そして、ソファーにどっかりと腰掛けて、宮松にこう返した。

 

「……宮松。その問いに答える前に、こっちから聞きたいことがあるんだがいいか?」

「……誤魔化すわけじゃないですよね?」

「そんなつもりはない。……宮松。そもそも俺が嫌なことって何だかわかるか?」

 

 そう言われてもフレアカルマは困惑してこう答えるしかなかった。

 

「……色々と聞いてますから答えきれないんですけど……?」

「……はぁ〜……そうだな、質問の内容が悪かった。じゃぁズバリ言おう。俺は過度な期待を掛けられるのが嫌なのさ」

「過度な期待……?」

「あぁ、そうさ。……さっき妹たちに抓られていたのは、多分、俺が嫌そうな態度をしているのが顔に出ていたせいなんだろうな」

 

 そう言われてから漸く状況を理解した宮松はムッとして、矢萩に詰問した。

 

「……クロススキッパーをチーム[ライジェル]に迎えるのがそんなに嫌なんですか?」

「嫌というわけじゃない。だが、よく考えてみろよ。クロススキッパーは、()()クロスクロウの従妹だぜ?」

「それが?」

「……はぁ〜……おいおい、勘弁してくれ」

「……私にとってのクロちゃんは、さいたまトレセンの悪童のイメージしかなくて。あとは、一度、()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょうか?」

「……看板娘云々のことは深く聞かないが、お前にとってのクロスクロウはそういうイメージなのはよーく分かった。だがな。世間様はどう思ってるか分かってるか?」

「え? えぇっと……?」

「お前さんが言うその()()()()()が問題なんだよ。キングジョージ6世&クイーンエリザベス・ステークス」

「……あっ!」

「やっと気付いたか。そうだよ。ヨーロッパ最難関のG1レースの一つに数えられていたイギリスのキング&クイーンの名を冠した伝統あるレース……言うなれば、日本の天皇賞みたいなもんだ。それを日本のウマ娘として勝利したはいいが、その後のクロスクロウの行方は知られていない。その従姉妹にあたるウマ娘の担当になるトレーナーはどうなると思う?」

「……世間から強いプレッシャーを受けるでしょうね」

「そうだよ……」

 

 先ほどまで肘を膝につけて手で顎を支える体勢になっていた矢萩は、一転してソファーの背もたれに体を投げ出して伸びをしつつ、舌打ちした。

 

「チッ……また「凱旋門行け」とか言われそうだな……」

()()? え、どういうことですか?」

「あれだよ」

 

 矢萩はチームルームの二段になってる書類棚を指差した。

 下段は中身が見えない金属製の扉であるが、上段の扉はガラス張りで中が見える。

 そこにあるのは、銀色の杯のようなトロフィーであり、台座には「G1 Coppa dell'Unità Italiana」と掘られた金のプレートが付いていた*6

 

「確か、イタリアで、ヘリオスさんと獲ってきた……?」

「正確にはパマちゃんの()()()()()()も込みだよ*7。……ったく、凱旋門賞の何が良いんだか。海外挑戦を表明したら即日本じゃぁ「凱旋門賞だ」、「凱旋門賞だ」と騒ぎ出す始末で呆れたもんだよ。まぁ、イタリアG1を2つ獲ってきてほとんどの連中を黙らせたがな、ガハハハ」

「は、はぁ……?」

 

 半ば自分の担当の自慢話をしつつ乾いた笑いを出す矢萩に宮松は、彼が何を言いたいのかわからなくなった。

 

「……はぁ。だからな、俺が言いたいのはな。従姉妹(クロスクロウ)がイギリスG1の最難関中距離レースを制したんだったら、世間があいつ(クロススキッパー)を「凱旋門賞に行かせろ」とか言い出してもおかしくない、ってことだよ」

「……確かに。あり得そうですね……」

「だろ? 俺の胃がキリキリしていたのはそれが原因だ。……だからな、宮松」

 

 宮松ことフレアカルマは、次の矢萩の一言を予想した。

 先ほどの「過度な期待は嫌いだ」という発言から、クロススキッパーのチーム入りを認めないつもりかもしれない、と思ったのだが。

 

「……あいつの従姉に何があったにしろ、きっと良くないことだ。だから、俺たちがやらなきゃならないのは、あいつを従姉と同じ目に遭わせないことだ」

「つまり?」

「……ここまで言ったら分かるだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだ」

「……え?」

「……何だよ、「意外」って顔してるな?」

「え、あ、はい……さっきから後ろ向きな話ばかりでしたから」

「……だからと言って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺はあいつらの兄貴なんだからな」

「……ふふふっ。全く」

 

 矢萩が嫌いなもの。それは過度な期待やプレッシャーである。

 逆に好きなことというか、彼が逆らえないものは、妹やその親友からの懇願だった。

 何だかんだ言って妹たちには甘い兄。それが矢萩という男。

 

 そんな彼の決意に、呆れたような安堵したような、小さい笑い声を漏らしたフレアカルマであった。

 

「……ということは、寝不足の原因も?」

「……ったく、ホントにお前さんは察しが良すぎるなぁ」

 

 そこで宮松サブトレーナーが気付いたのは、一見、木箱風の塗装が施された段ボール箱。

 その箱の中身を矢萩が取り出してみると、色とりどりの折り紙を切って繋いだチェーンと、多数のクラッカー。

 そして、段ボールの箱の底には、丁寧に包装されたプレゼントの箱が見えた。

 

「あ、やっぱり……パーティーグッズの下にプレゼントを隠していたんですね?」

 

 矢萩の机には卓上カレンダーがあり、4月14日に赤い花丸が描かれていた。

 

「……頼むから」

「わかってます、この事はヘリオスちゃんたちには内緒にしておきますね?」

「あいつにだけじゃないだろ」

「……え?」

「プレゼント。クロススキッパーの入部祝い。ちゃんと用意してやろうや。だからな?」

「……ふふふっ。分かりました。みんなにも秘密にしておきますね?」

「頼んだぞ。……さぁてと。俺たちも帰るか。明日からまた忙しくなるぞ」

「そうですね」

 

 矢萩はパーティーグッズの入った段ボール箱を再び綺麗に梱包し直して、机の引き出しに卓上カレンダーをしまい、鍵を掛ける。

 2人も各々荷物を纏めて電気を消し、部室を後にした。

 

*1
※この設定はホッケ貝様作の「転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件」よりインスパイアを受けて、筆者であるSimca Vによる独自解釈も含めたものです。ホッケ貝様、ありがとうございました。

*2
なお、ダート1600mのワールドレコード所持は、1996年にリンコンアメリカーノが記録した1分32秒2。日本では2020年のマイルCS南部杯(なお馬場状態は不良)で1分32秒7を記録したアルクトスがダート1600mの最速記録である。

*3
ちなみに、ダートの良馬場、かつ1600mでの最速記録はクロフネが2001年10月27日の東京競馬場にて記録した1分33秒3である。

*4
アニメ『ウマ娘プリティーダービー』の第一期でスペシャルウィークは模擬レースなしでチーム[スピカ]に加入していた、とツッコミが入るかもしれませんが、筆者はスペシャルウィークがチーム[リギル]への入団テストの際にレースコースを走っていたことから、あれが「模擬レース」と同等の扱いであると解釈しています。

*5
いわゆる「ふるさとチャイム」。これは地域によって異なり、例えば同じ東京都であっても、墨田区や足立区などでは「夕焼け小焼け」が流れる。

*6
直訳すると「イタリア統一記念杯」。どうやらG1のようだが……?

*7
こちらもイタリアG1のようだが……?




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作中に登場したレースについて。

 2000年代に入るとイタリア競馬は世界的地位の低下や実力の低下により衰退の影がちらつき始めた。
 例えば、マフィアが絡んだり、賞金の支払いが酷い場合は半年遅れになったり、そもそも賞金の額が年々安くなったり、そのせいでストライキが頻発したり、レースが中止になったりと散々な状態だった。

 ところが、そんなイタリア競馬に2003年、日本から2頭の競走馬が殴り込んだことで全体の潮目が変わり始める。

 その2頭というのが、クロススキッパーとネオユニヴァースであった。
 前者はマイラーでありながら2003年のミラノ大賞典を勝利し、同年のローマ賞ではネオユニヴァースと熱く火花を散らしあった。
 結果、ローマ賞を勝利したのはネオユニヴァースとその鞍上を務めたマルコ・デニーロ騎手のコンビだった。
 翌年もクロススキッパーはイタリア競馬に挑戦し、ローマ賞で勝利を収めてみせた。

 この日本馬たちの躍進に、イタリア競馬は良くも悪くも揺れた。
 日本馬たちとイタリア馬たちの圧倒的な実力差───ある者たちは日本馬たちの活躍に酔いしれ、またある者たちは実力差の前に膝をついた。
 中には「日本馬を競走から除外しろ」などという脅迫すらイタリア競馬組合に届いたのだが、2頭が奮戦したレースはそのどれもが2000年代のイタリア競馬における売上の最高額の更新に貢献していた。
 また、2頭の活躍を日本から遥々見にきた日本人の観光客も大勢いたほどだった。

 しかし、イタリア競馬の世界的な地位の低下を本格的に食い止めにかからなければならないきっかけになる事件が2008年に発生する。

 それは、同じく日本馬であり、「見目麗しいハイパワーエンジン」の異名を持つハグロフォルゴーレが参戦する予定だったG1、リディアテシオ賞で起きてしまう。
 2008年。リディアテシオ賞は賞金額に不満を抱えた騎手や陣営によるストライキで危うく中止になりかけた。
 しかし、結果は何事もなく開催されて、無事にハグロフォルゴーレが勝利する結果となった。

 一説によれば、ストライキによるレース中止にハグロフォルゴーレのオーナーが怒り、カパネッレ競馬組合と陣営、及び出走予定の騎手たちを一同に集めて、10億円の入ったスーツケースを彼らの目の前に叩きつけて、「これを賞金に使うからレースをしてくれ」と懇願したという。
 ちなみにハグロフォルゴーレが優勝した場合は、賞金は二着以下で分配する、という契約書まで用意していたため、オーナーに賞金は一切渡らなかった。
 また、この時の賞金は即日各陣営に支払われてもいる。

 だが、この事件を機に、イタリア競馬では真面目に組織改革へと舵を切ることになる。

 その結果、イタリア競馬組合は、日本競馬会との太いパイプを築くことになり、イタリアと芝質がよく似た日本の高速競馬に倣ってレースの整備が行なわれた結果、2017年には大きな平地G1レースが二つ新設されることが決まった。

 その二つとは、

 まず、ローマ教皇賞。
 こちらは2018年2月11日からサンシーロ競馬場で開催されたG1。
 距離は日本の天皇賞・春に倣い、3200m。
 初年度はバチカン市国がラテラノ条約締結日の2月11日を建国記念日と見做して、日曜日にちょうど被っていた。また、2回目の開催は同年の12月25日。初代教皇の聖ペトロの生没日・就任日などが不明のため、イエス・キリストの誕生日を開催日とし、開催をローマのアニャーノ競馬場、施行距離をこれまた天皇賞・秋を参考に2000mとした。
 翌年の3回目以降は、奇数回は2月の第二週の日曜日、偶数回はジャパンカップや有馬記念との兼ね合いの問題から9月の第一週の日曜日開催に固定されている。

 もう一つは、イタリア統一記念杯。
 こちらは2019年より新設された、毎年3月17日前後の日曜日にアニャーノ競馬場で開催されるG1競走。
 距離は1800m。イタリア統一と建国に尽力した偉人として知られるジュゼッペ・ガリバルディが死没したカプレーラ島が地中海を挟んだ向かい側にあるため、ローマでの開催になった。

 この二つはOVA『ウマ娘プリティーダービー If you can Cross to tomorrow』においてチーム[ライジェル]所属となっているダイタクヘリオスとメジロパーマーが勝利したレースとして言及されているが、これはイタリア競馬組合からの直談判もあって、イタリア競馬の宣伝のために付加された設定である。

 2020年代、イタリア競馬は「日本競馬の植民地」と揶揄される状態に繋がるのだが、皮肉なことに日本競馬の影響を直に受けたことが、イタリア競馬の健全化と売上の向上にも貢献しており、日本競馬会とイタリア競馬会の関係性は健全なまま続いている。
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