また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜   作:Simca Ⅴ

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#05『クロススキッパーとチーム[スピカ]と(結ばれた糸)

 4月11日。クロススキッパーたちを始めとした本格化が近いウマ娘たちが集められた模擬レースを行なった次の日。

 

 あの模擬レースの直後、クロススキッパーはチーム[ライジェル]への入部届を提出し、晴れてチーム[ライジェル]の一員になった。

 

 そして、午前授業が終わり、今日は午後から自由時間。

 ウマ娘の生徒たちは寮へと帰るか、商店街やショッピングモールなどに繰り出して思い思いに半休を満喫していた。

 しかし、一部はチームトレーニングを実施して、グラウンドやレーストラックを走り込んだり、トレーニングジムで汗を流したり、プールを泳いだりしていた。

 

 時刻は午後2時半。

 初夏まではまだ少し遠いものの、青い中天に登った太陽が、少し傾き始めてもなお肌寒さを感じさせなかった。

 

「トレセーン!」

「「「「「「ファイッ、オー! ファイッ、オー!!」」」」」」

 

 芝の練習コースをチーム[ライジェル]所属のウマ娘たちが掛け声を上げながら軽く走っている。

 ただし、先頭にサブトレーナーである宮松ことフレアカルマが走ってる形で。宮松がかつて「フレアカルマ」として走っていた頃から愛用しているさいたまトレセン学園時代の紺色のジャージは、中央トレセン学園の生徒たちが着る赤いジャージの中では目立つ存在になる。

 一周を2000m。平均速度はレースで出してるスピードの約半分である時速30kmほど。所要時間にして約4分の比較的ゆっくりなスピードで走っているのは、まだレースに慣れていないクロススキッパーのペースに合わせているためであることと、この後の本格的な練習のためのウォームアップを兼ねていた。

 2000mの「ゴール地点」で片手に赤旗を持って待っていたのは矢萩トレーナー。

 チーム[ライジェル]の面々はメジロパーマーとダイタクヘリオスをほぼ先頭に次々と彼の前を通り過ぎて行った。

 だが、彼女たちからやや遅れて、クロススキッパーが「ゴール」を通過した。

 2000mを走った場合のクロススキッパーのタイムを計測し、平均時速を割り出すことが目的だったが、iPadの画面上に表示された数字に、矢萩は渋い顔をする。

 

「うーん……4分13秒か」

 

 ⦅4,13,09⦆。

 iPad備え付けのストップウォッチにそのタイムが表示されたままの状態で一旦それを傍に避けて、広げていたノートにそのタイムを鉛筆で走り書きして記録する。

 その上で電卓アプリを使う。

 

「えっと……小数点以下切り落としで4分13秒……。一周が2000mで、距離÷時間……おっと。60を100に直さなきゃならんから……」

 

 そうして矢萩は手慣れたように計算式を立てる。

 まず、一周が2000m。

 これを、クロススキッパーの出した4分13秒で割る必要があるものの、「4.13」ではない。

 1分間は60秒だが、これを1()0()0()()()()()()()に13をかけないといけないから、即ち、100÷60=1.67。これに13を掛けると……21.67。

 一度4分を秒に直して240、これに21.67を足してから60でまた割ると4.361。

 これで2000÷4.361をすると……。

 

「……平均時速は27.5km、ってところか」

「兄貴ぃ、唸ってどしたの?」

 

 計算結果を出して唸っていた矢萩に、実妹のダイタクヘリオスが若干のウザ絡みする。

 

「クロススキッパーの平均時速を割り出してたんだよ」

「うちらはー?」

計測す(はか)る必要ないだろ」

「えー? 可愛い妹たちのタイムを測らないなんて信じらんなーい!」

「いやいや、お前とパマちゃんはこの後が本番だろ?」

「……あ、それもそっか」

「おいおい忘れちゃ困るぞ。よしじゃぁ、チーム[ライジェル]。集合(しゅーごー)!」

 

 2000mを走り終わったウマ娘たちに声を掛け、自分の前に集めさせた。

 

「さて。ウォームアップついでにクロススキッパーのタイムを測ってみたが……」

「……どうしました?」

 

 渋い顔をする矢萩に、クロススキッパーが不安になる。

 それを傍から見ていたヘリオスとパーマーがムッとして矢萩に言った。

 

「兄貴ぃ!」「トレーナー!」

「分かった、分かってるよ……」

 

 彼女たちが言いたいことは矢萩も察していた。

 チーフトレーナーである自分がこんな顔をしていたら、チームの後輩で、新入生でもあるクロススキッパーが不安になるのは当然だ。

 だが、渋い顔をせざるを得ない理由は、

 

「……お前さんをデビューさせるとしたら、今年中にやらなきゃならん」

 

 そう。矢萩にとっての悩みの種はまさにそれだった。

 今、彼の手元には、模擬レースの映像記録と、クロススキッパーの体力測定の結果がある。

 それらを総合して、トレーナーとしての分析を割り出すなら、クロススキッパーの本格化の兆候が紛れもなく現れ始めていることが嫌でもわかる。

 そんな時、矢萩がハッと何かを思い出したかのようにクロススキッパーにあるものを手渡した。

 

「……あぁ、そうだ。これを腕に付けるようにな、スキッパー」

「これって……最新式のスマートウォッチじゃないですか?」

「しかも、心拍数のモニターと速度計付きのウマ娘用だ。遠隔でそのデータを俺のiPadと宮松のウマホに自動送信されるよう調整済みだ。特別製だから大事にしろよ?」

「は、はい!」

「トレーナー。それを使うぐらいならさっきの2000m走の前にそもそもスキッパーに渡すべきだったんじゃない?」

「いんや。平均時速の割り出しが目的だし、走ってるうちに速度が変動するんだったらタイムと距離の計算式から速度を割り出したほうが楽だ。それに、たまには頭を使わないとな?」

 

 パーマーからのツッコミに、矢萩は実用性と自身の頭の体操を兼ねていたと返した。

 

「じゃぁ、宮松」

「はいチーフ」

「クロススキッパーと一緒に併走してきてくれ」

「距離は?」

「ダートコースを5周。()()()()()()()()

「! ……分かりました。行くよ?」

「は、はい」

 

 フレアカルマは矢萩が何をしたいのかを悟り、さっき芝コースを走ってきたばかりのクロススキッパーと一緒に今度はダートコースへと繰り出した。

 

 それを見送り、特に、クロススキッパーには聞こえないよう、矢萩は残りのメンバーたちに話を切り出した。そんな素振りを見て、矢萩の妹でもあるヘリオスと、このチームではもう1人の最古参であるパーマーが尋ねてきた。

 

「……兄貴ぃ。何でそんなにコソコソしてるん?」

「もしかして、スキッパーちゃんには聞かせたくないこと?」

 

 そう指摘されて矢萩は呟くように口にした。

 

「……やっぱり、お前らに誤魔化しは効かんよな、そうだよな……」

 

 その呟きはその場にいたチーム[ライジェル]のウマ娘全員の耳に入った。

 ウマ娘という種族は人間よりも格段に聴覚が発達している故である。

 そこで、他にも違和感に気付いた者がいた。

 

「おいクソトレーナー、何弱気になってんだよ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よぉ」

 

 デュランダルにそう見透かされ、これはいよいよ隠せないと感じた矢萩は、正直に胸の内を明かした。

 

「参ったなぁ……来年デビューだったならもっとゆっくりやれたんだが」

 

 溜め息をついつい吐いてしまう。

 矢萩にとって、クロススキッパーの指導は中々に骨が折れそうだったからだ。

 

「兄貴ぃ、何弱気になってんの!!」

「そうだよトレーナー! トレーナーのお陰で私たちトゥインクルシリーズで走れてるのに」

 

 すると古参の2人を皮切りに、

 

「ボクにダートへの転向を決意させてくれたのも矢萩トレーナーだったじゃないですか!」

「そ、そうどすえ!逆に、ダートに固執しとったうちの目ぇ覚まさしてくれたのもトレーナーはんやったやないどすか!」

 

 チーム[ライジェル]に来るまでG1に手が届かなかったアイルトンシンボリとダイタクヤマトがさらにフォローをしてくれた。

 

「ってか、今更何ビビってんだよ? 俺らのメイクデビューだってお前がいてくれたから出来たようなもんだってのに」

「そ、そうですよ! 私がこの前の桜花賞を勝てたのもトレーナーさんのお陰なのに、何故?」

 

 移籍組のデュランダルとアローキャリーも、実は一時期、チーム[ミモザ]の沼崎トレーナーが面倒を見れない時期に矢萩が指導していたことがある。

 なお、デュランダルは矢萩のことを「面倒臭い部分もあるが、やる時はやる男だ」と密かに評価しているし、アローキャリーは苦難の末に勝ち星を上げ、先日の阪神レース場で行なわれた桜花賞に出走して、しかも、名実ともにG1ウマ娘に仲間入りを果たせたのはここ1年近く指導してくれた矢萩のお陰だと考えていた。

 

 しかし、尚も矢萩の緊張が解けなかったのは、もっと「根本的なもの」がクロススキッパーに欠けていると感じていた為だった。それは。

 

「……お前ら。ありがとうな。だけどな、話はそう単純じゃ無いんだよ」

 

 改めて、矢萩は良い教え子たちに恵まれたことを実感するが、それでも不安を拭えない原因を語る。

 

「例えばだ。パマちゃん」

「え?何?」

「君は幼い頃からメジロ家のお抱えみたいなトレーナーに指導してもらっていたんだろ?」

「あ、うん。そうだけど……?」

「ヘリオスも、幼い時から一緒に隅田公園やリバーウォークを走り回ってただろ?」

「もちのろん。というか、兄貴ぃも一緒にいたでしょ?」

「そうだな」

「おい、勿体ぶるなよ、何が言いたい?」

「……デュラン。今聞いてたよな。パマちゃんやヘリオスは幼い頃から走り回っていた経験、要は「下積み時代」ってのがある。お前さんや、キャリー、ヤマトやアイルもそうだろ?」

「だからどうした?」

「……あいつの走り方をよく見てみろ」

 

 矢萩はそういうとダートコースで2周目の周回を始めたところのフレアカルマとクロススキッパーに視線を移し、チーム[ライジェル]のウマ娘たちもそれに続いた。

 

 矢萩自身、幼稚園児時代からヘリオスが自宅近くの公園や橋で走り回っているのを見てきたし、それが彼がトレーナーを志すきっかけにもなった。

 だからこそ矢萩は知っている。

 ウマ娘というのは、生まれた瞬間から「走りたい」という衝動や本能が備わっているらしく、中央トレセン学園を目指して入学してくるウマ娘たちは大抵がそれに突き動かされて、幼い頃から自分自身で走り方を覚えて身体に馴染ませてくる。

 しかし、病弱であったり、何らかの理由で走れなかったわけでもないのに、クロススキッパーにはどうやらそのような経験が見当たらなかった。

 それは、トレーナーとしての知識、というよりは、(ヘリオス)との二人三脚があったから言える経験則から来る一種の勘で分かったことだが、

 

「スキッパーの走り方は、ウマ娘のアスリートの()()とは違っている」

()()? って、何ですか?」

 

 アイルにそう尋ねられると、矢萩はこう答えた。

 

「要約すると、あいつは人間の走り方から抜け出せていない印象がする。2人の走り方を見れば一目瞭然だろう?」

 

 矢萩の言う通り、現役時代はダートを主戦場としていたフレアカルマの走り方は、フォームが整っていたし、直線ではストライド、カーブを曲がる時はピッチと、走法をうまく使い分けていた。

 それに対して、離されないよう必死であることが顔からも窺えるクロススキッパーは、フォームはバラバラで、要は「無駄」と「ムラ」のある走り方を晒していた。

 フレアカルマは矢萩からの指示通り、「ゆっくり」と走っていて、人間がランニングで出してるスピードかそれよりちょっと速いぐらいに速度を調整しているが、今のクロススキッパーはそれについていくのさえやっとという様子だった。

 

「フォームの問題もそうだが、一番の問題は、ピッチ走法とストライド走法の使い分けが上手くいっていない。特にストライド走法になるとフォームが乱れがちになる上に、長続きしていない。そうだろ?」

「え、あ、はい……」

「つまり、ウマ娘としての走り方の定着が甘いんだよな……」

 

 それこそが、矢萩が渋い顔をした原因だ。

 ヘリオスの時は、普段の歩き方と、競技の時の走り方をスイッチさせる方法を幼い頃から何年にも渡って仕込んできた。これが彼女の身体に、直線でのストライドとカーブでのピッチの切り替えを覚え込ませた。

 パーマーの時は、逆にアスリートとして特化した鍛え方をしたためか、普段の走り方にその「歪み」のようなものが見え、これを1年半かけて、間に菊花賞や天皇賞・春といった大レースを挟んで、そして()()()()()()()矯正した。今の彼女の代名詞である「大逃げフォーム」はそうして生まれたものだった。

 アイルの場合は、船橋レース場で幼い頃から走り回っていた結果、ターフ()走者よりもダート走者としての足の使い方に特化してしまっていたが、敢えて芝での走り方ではなくダート走者としての走り方を重視させたことで、川崎記念での栄冠を掴ませた。

 逆に、ダイタクヤマトの場合は、ダートの中・長距離を走ろうとして無茶を繰り返した結果、脚が危うく壊れる寸前になっていたが、芝の短距離路線に転向させたお陰でスプリンターズSを勝利できた。

 

 そう、これらは彼女たち自身が中央トレセン学園に来る前から「走り方」の経験を積んでいたこと、あるいは矯正する時間があったからこそ、出来たことだった。

 

「これ以外にも、スタミナの補強と足腰の強化、筋力トレーニングが課題になりそうだが、困ったことにあまり時間がないんだよな……」

 

 矢萩はまたも悩む。

 時間が少ないというのに解決しなければいけない課題が山積しすぎているように思えた。

 

「トレーナーはん、そういえば、さっき気になること言うてましたやんな。確か、スキッパーはんのトレーニングについて〈もっとゆっくりやりたかった〉って?」

 

 ダイタクヤマトからの指摘について矢萩は甲を垂れて肯定した。

 

「……あぁ、その通りだ」

 

 「もっとゆっくりトレーニングをしたかった」。

 矢萩がさっき微かに漏らしたその言葉の意味からして、メンバーたちもまた、この4月の予定について矢萩には別プランがあったのだろうと推測する。

 尤も、肝心の本人がこの様子だとするといつものやつだな(プランに穴があった)とこの場にいる皆は何となく察した。

 恐る恐るアイルが尋ねる。

 

「……その場合だったら、どうするつもりだったんですか?」

「そうだなぁ……マイラーズカップと天皇賞・春を出来ればスキッパーにも見せたかったんだよ。特に京都のマイル戦はスキッパーが今後避けては通れない道だろうなと考えている」

「兄貴ぃ、スキッぴーはマイラーなん?」

「わからん。だがあいつが目標としているのは皐月賞や日本ダービーだろ? そもそもマイルを走れなきゃどうしようもないだろう。で、天皇賞・春の前の週に皐月賞をやるから見せに行こうと思ったんだが……」

「そのプラン通りで良いのでは?」

「そうもいかない。……あいつを今年中にデビューさせないと本格化のピークが過ぎちまう。そんな最中に俺と宮松で一緒に面倒を見れないとなると……」

「いやいや、トレーナー。ボクがクラシック(芝G1)をまだ走ってた時なんてボクとヤマちゃんを射手園トレーナーに預けてヘリオスさんとパーマーさんでイタリア遠征という名の旅行に洒落込んでいたじゃ無いですか!」

 

 そんな痛恨のツッコミを叩き込んだのはアイルだった。ヤマトも「うんうん」と頷く。

 だが、

 

「あの時とはまた話が違う。ヘリオスとパマちゃんがイタリアの新設G1を荒らしてた頃には、もうお前らは走りの基礎はしっかり固まっていたし、それを俺と射手園くんの合わせ技(監修)で何とか回せていた。……それにだ」

「それに?」

「……コネも下積みも無く、しかもあと数ヶ月でデビューさせなきゃならないウマ娘を指導した経験が俺にも宮松にもない」

「「……あぁ〜」」

 

 そこまで言われると、アイルもヤマトも納得した。

 ヘリオスとパーマーの次にこのチームに居る時間が長いからこそ、矢萩の「履歴」というものがわかった。

 しかし、これに今度はデュランダルが噛み付いた。

 

「おいクソトレーナー、何怖気付いてやがるんだ。つーか……なんだよキャリー?」

「だからスキッパーにサブトレーナーさんと一緒に走って来いって言ったんですね?」

「そうだ」

 

 デュランダルが容赦なしに追求しようとしたところをキャリーが割って入ってそう尋ねると、矢萩は肯定する。続けてデュランダルにこう返した。

 

「デュラン、俺は下手な嘘がつけないのをお前さんだって知ってるだろうが」

「だから?」

「本人の目の前で言うべきではない話だが、それでもお前たちだけには隠し立てしたくなかったんだよ。この事は絶対にスキッパーには言うなよ?」

 

 渋柿を食べたような顔をしつつ、口元に人差し指を立てるモーションをする矢萩。

 続けて、覚悟を決めたようにこう言った。

 

「それに、さっきも言った俺のトレーナーとしての「履歴」からしてだ、()()()()()俺だってトレーニングに気合を入れなきゃならん。ここからは俺にとっても、恐らくは宮松にとっても未知の領域だ。だが投げ出すつもりはないからな。……もし、俺が投げ出しそうになったら、ぶん殴るなり、噛み付くなりしてくれ」

 

 それから程なくして、フレアカルマとクロススキッパーが併走を終えて戻ってきた。

 

「はぁ……はぁ……チ、チーフ! 終わりました!」

「お、おぉ。帰ってきたな……さてとだ」

 

 ややぎこちないが、先ほどまでの話をクロススキッパーに悟られないよう、矢萩は次の課題の話をヘリオスに振る。ヘリオスはそれに慌てて反応した。

 

「……ヘリオス」

「あ、う、うん、何?」

「ヘリオスは……マイラーズカップが控えている。そっちではチーム[セントーリ]の二人がヘリオスへのリベンジに燃えてるはずだ」

 

 そう言われて、改めて、仲間でありライバルでもあるお隣さんの二人の顔が思い浮かんだヘリオスは途端やる気スイッチが入った。

 

「……りょだよ兄貴ぃ! ミラクルんとお嬢を意識して走る!」

「いいぞ、その調子だ。で、デュラン、ヤマト、キャリー。お前たちがアグレッサー役だ」

「はい!」

任せとぉくれやす(任せてください)!」

「先輩、手加減しないぜ」

「おk!もちのロン、3人まとめてぶっちぎってやんよ〜」

「それからパーマーは天皇賞・春が控えてるのを忘れるなよ? 今年の天皇賞・春はマックイーンが()()()()()()を果たすためにきっと鬼の形相で追ってくる。それに今年は()()()()()()()が脅威になるはずだ。それをちゃんと意識して走れよー?」

「うん!」

 

 パーマーとヘリオスは元気に返事してきた。

 

「問題は……そうだ、キャリー。お前、この後どうするのか決まったのか?」

「え、何ですか?」

「何ですか、じゃない。このままティアラ路線を行くのか、それともマイラーに転向するか。NHKマイルカップの登録期限が迫っているからな」

「あぁー……そうでしたね」

 

 キャリーは桜花賞を勝った。

 それはまだ良いのだが、あの栄華の興奮からもう4日だ。そろそろ熱も冷めている頃である。

 このままティアラ三冠を狙うべきかどうかは本人にも迷いがあり、そこで予め、矢萩は「マイラー路線」という別の選択肢も与えていた。

 

「うーん……トレーナーさん。折角マイラー路線を提案してくれたのに、悪いんですが」

「やっぱりティアラ三冠行くのか?」

「……いいえ」

 

 一瞬、キャリーはヤマトとデュランダルを見やってから、

 

「……私、スプリンター路線に転向したいです」

「スプリンター、か……」

「ダメですか?」

「いや……それも悪くないかもな。1月のフェアリーステークスで結果もしっかり出してるしな*1。……じゃぁ、次走は……すまん、それはまた明日決めようか」

「ありがとうございます!」

 

 少々予想外の方向転換故に元々用意していたレースローテやトレーニングプランの見直しが必要になった矢萩だったが、彼の脳裏には今年の夏の合宿のことが一瞬だけ頭を過った。

 

 しかし、それよりも前に()()()()()の変更が必要だと思い出した。

 

「あ。しまった……そうだ、伏見稲荷の件を忘れるところだった」

 

 伏見稲荷。

 それは京都の稲荷山の麓にある、全国ある稲荷神社の総本山とも言うべき神社であり、山道に設置された千本鳥居は観光名所でもある。

 また、その道は起伏に富んでもいるため、毎年、京都や阪神のレースに挑む際はトレーニングコースの代わりに活用するウマ娘やトレーナーも少なくない。

 ただし、それだけ足元が不安定な場所でもあるので、ここを歩く際は担当ウマ娘とその引率役で必ずトレーナーかサブトレーナーの同伴が中央トレセン学園では理事長命令により厳命されている。

 

「出来れば今年もあそこで()()をしたいところだが……」

「チーフ、如何なさいました?」

「あぁ、いや。クロススキッパーは今年中にデビューさせなきゃならんだろ? だからスキッパーの面倒を見れないからどうしたものかと思ってな……」

 

 最悪、自分だけ京都行きを取りやめてフレアカルマこと宮松と一緒にクロススキッパーの基礎固めのプランを練らなければ、と思っていた矢萩だったが、

 

「チーフ。それならヘリオスさんやパーマーさんと一緒に行ってきてください」

「「「え?」」」

 

 スキッパーのデビューまで時間がなく、職人肌を持つ矢萩は、なるべく中途半端な育成をしたくはなかった。

 なので、伏見稲荷行きは……どうしても他に手がない場合は、後で同僚の射手園トレーナーに頼もうかと矢萩は考えていた。

 しかも、ホテルの部屋の手配自体はこっちから何とかできるので、賄賂代わりに都ホテルの予約と、射手園率いるチーム[セントーリ]の旅費を持つつもりでもいた。

 

「だが……」

「その間、チームのみんなと、スキッパーのトレーニングは任せてください! 実績も必要ですからね」

 

 しかし、フレアカルマは、兄妹(+ズッ友(パーマー))水入らずの旅行に気を遣うのと同時に、チームのチーフトレーナーがいない状態でのチーム運営(逆境)に挑戦してその経験を自分のものにする気満々だった。

 その気遣い反面野心から来る思惑を矢萩は感じつつも、彼女の向上心に大いに感謝した。

 

「……ありがとう。それじゃぁ、4月末は頼むぞ」

「はい、チーフ」

「それに。これはお前さんの得意分野だしな?」

 

 矢萩はクロススキッパーとフレアカルマを交互に見る。

 

「何ですか?」

「あの、トレーナー?」

 

 矢萩が何か言いたげだったので、フレアカルマとクロススキッパーがそれぞれ尋ねてきたら、

 

「さっきお前らが併走しているのをチームのみんなと一緒に見ていたんだが、宮松の走り方はピッチ走法とストライド走法の切り替え方がスムーズだった。特にストライド走法でのフォームは良かった」

「え? そ、そうですか?」

「悪いがそのやり方をクロススキッパーに教えてやってほしい。感覚的なことだから説明するのは難しいかもしれないが」

「……分かりました。スキッパーちゃん。頑張ろう」

「は、はい! フレアカルマさん!」

「宮松。あと、お前らも。毎度毎度言ってると思うが」

「兄貴ぃ、分かってるよぉ? 無理・無茶・無謀は厳禁!」

「その通りだ。さて、ちょっと休んだら、今日は特別ゲストが来るぞ」

「「「「「「「特別ゲスト?」」」」」」」

「……あ」

 

 チーム[ライジェル]のウマ娘たちは何のことやらさっぱり、と言いたげだったが、ただ一人、サブトレーナーであるフレアカルマには心当たりがあった。

 


 

 時刻は午後4時。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 芝の練習コース上で大の字に寝転がって息を切らしているのはアイルトンシンボリだった。

 そんな彼女の頬に、冷たい水のボトルを充てて、常温のスポーツドリンクを差し出す矢萩。

 

「お疲れ」

 

 そう言って彼は倒れているアイルトンシンボリに手を差し伸べると、彼の手を取って、アイルは漸く立ち上がるのだが、その顔色がちょっと悪かった。

 

「おい、大丈夫か? んな青い顔して」

「はぁ……はぁ……はぁ……パ、パーマー先輩、めっちゃ怖かったです……」

「あぁ〜……」

 

 手渡されたスポーツドリンクを飲み、水分補給をすると、とりあえず顔色は元に戻った。

 

「アイル、大丈夫?」

「あ、はい……」

 

 アイルを思いっきりビビらせたはずの張本人であるパーマーはケロッとしていたが、アイルのあまりの疲弊ぶりを見てからは「やりすぎちゃった」と気まずそうな顔をする。

 

「うーん……ステイヤー不足はうちにとって痛い問題かもな」

 

 そうは口で言いつつも、

 

(……まぁ、元々すぐに(チーム)を畳むつもりでいた俺が言うのもアレだとは思うが)

 

 と、矢萩は内心で自嘲した。

 

「兄貴ぃ。その顔」

「俺の不細工な顔がどうしたって?」

「内心では自虐してるくせにー」

「……バレたか」

 

 先ほどまでデュランたち3人と一緒にマイラーズカップに向けた練習をしていたヘリオスが戻ってきた。

 ヘリオスとて15年余り矢萩と兄妹を伊達にやってない。故に、実兄の性格からして何となくその顔から何を考えているか読み取ることができた。

 まぁ、そもそもヘリオスとパーマーは、矢萩がチーム[ライジェル]を元々ここまで大きくするつもりがなかったことをよく知っていた。

 

 一体何があったのかは長くなってしまうのでまた別の機会に語ることにする。

 ところで、チーム[ライジェル]の現状のメンバー構成をまず説明したほうがいいだろう。

 

 簡単にいえば、チーム[ライジェル]は、芝の短〜長距離を走れるメンバーがある程度揃っている。

 まず、短距離戦が出来るのはデュランダルとダイタクヤマトの二人が主軸で、ここにスプリンター路線への転向を示したアローキャリーも加わることになる。

 そして、ダイタクヘリオスは短距離から中距離までなら何でもござれであり、去年は有馬記念でも好走したほどであり、2500mまでなら勝ち筋が見える。

 だが、メジロパーマーの適正距離は中距離〜長距離であり、マイル適性についてはジュニア期にギリギリでコスモス賞と萩ステークスを勝てた程度*2*3

 しかも、今回の出走レースは天皇賞・春(芝3200m)であり、紛う事なき長距離レースだ。

 いざ本気で走るとなるとヘリオスではスタミナが保たないはずである。

 

 では何故、ダート走者のアイルトンシンボリが先日はメジロパーマーの芝3200mの併走に付き合っていたのか。

 これについては、アイルトンシンボリが矢萩に説得されてダート走者へと転向する前は自他ともに「芝のステイヤー戦線に向いている」と評価・認識されていたことが大きく関係している。

 実際、矢萩と出会った頃ですらアイルトンシンボリには長距離レースを完走できるだけのスタミナが備わっているとベテランのトレーナーたちが太鼓判を押していたほどである*4

 

 なので、()()()()()()他チームからメンバーを借りられない時はアイルトンシンボリがメジロパーマーの併走相手になることも時々あった。

 

 だが、今のパーマーにとって天皇賞・春に向けてのトレーニングは今回かなり本気で取り組んでいることでもあった。

 

 そのせいか、いつもは流しで行なっていたはずの併走トレーニングだったにも関わらず、今日のアイルトンシンボリの消耗具合は想像の遥か上をいく程のバテバテぶりだった。

 

 お陰で、アイルトンシンボリも萎縮しており、パーマーは本気を出し過ぎたこと。矢萩は自身の判断をミスしたことを謝罪することになった。

 

 ちなみに、アイルトンシンボリは今年がシニア1年目。

 パーマーが()()()()()()()()()()()()()()()は矢萩とまだ出会って間も無く、練習にまだいなかったことが今回の()()()()()()()()に繋がってしまうことになった。

 では、その時のパーマーのスパーリング相手は誰だったかといえば……実はヘリオスである。

 ヘリオスとしてはあの時のパーマーが天皇賞・春を本気で勝ちに行こうとしていた気迫を思い出し、その時のことをアイルにちゃんと説明しないまま今日に至ってしまったことに、少し罪悪感を感じた。

 

「うわぁ……アイル、大丈夫?」

「トレーナーさん、もう4時ですけど?」

 

 同じダート走者としては先輩にあたるフレアカルマもその状況には少々引いた。

 一方、アローキャリーと一緒に休憩から戻ってきたスキッパーは時間を気にしている様子。

 そこへ、

 

「あ、おーい」

「お? ちょうど()()()()が来たか」

 

 少し遠くから声を掛けられた矢萩たちが振り向くと、そこにいたのは……。

 

「……あ!? バンちゃんとスピカのトレーナーさん!?」

「うっわ゛ぁ……」

 

 クロススキッパーが目を向けた先にいたのは、チーム[スピカ]の沖野トレーナーと、そのスピカの所属しているウマ娘であるスペシャルウィークだった。

 一方でアローキャリーは声にならない声を発し、凄まじく嫌なものを見た顔をする。

 同室のデュランダルですらそんな顔をするアローキャリーを見るのは珍しい。

 

 なんせその人物というのが、飴が付いた棒を口に咥えていて、髪は左側頭部が刈り上げられているためか少々モヒカンを思わせるボサボサ頭で、黄色いシャツの上から皮ベストを着ている、見た目は30〜40代ぐらいの男性で……。

 

「あなたはあのお触り妖怪!?」

「妖怪呼ばわりはひでぇな」

「え、もしかしてキャリーさんも??」

「そ、そう! 私もこの人に突然トモを触られたことがあって!」

「え!? トレーナーさん! まさかアローキャリーさんにもお触りをしたんですか!?」

 

 アローキャリーが「妖怪」呼ばわりした男性トレーナー。

 クロススキッパーがアローキャリーもこのスピカの沖野トレーナーにトモを突然触られたことがあると知り少し驚く。

 尤も、そのクロススキッパーの驚きも、いつもは糸目で大人しいアローキャリーが、嫌悪感剥き出しの顔で開眼して沖野トレーナーを「汚物を見るような目」で見ていることが大半を占めているのだが。

 ちなみに、クロススキッパーが沖野にトモを触られた現場にはスペシャルウィークも居合わせていたので、今度はアローキャリーにそれをやったことに怒った。

 

「……ん? ちょい待ち。スキッぴー、スペちゃんと知り合いだったん?」

 

 危うく流されそうになったが、ダイタクヘリオスは事ここに至ってある事実に気付いて問う。

 

「え? そうですけど、言いませんでした?」

「寝耳に水ぅ!?」

 

 つまり、「言われてない」ってことである。

 

「にしても、()()()()()()()()をお前に取られちまうとはなぁ」

 

 一方、アローキャリーに嫌悪感を向けられつつも、沖野は矢萩に先を越された悔しさを口にした。

 

「将来有望? ……僕が?」

 

 その沖野の発言を向けられた矢萩ではなく、クロススキッパーが反応した。

 

「昨日の短距離レースでは追い込んできたスイープトウショウに差し切られて惜しいところで2着だったよな」

「え、あ、はい」

「だが、模擬レース1回目とは思えないほどゲートでは落ち着いていて出遅れも無し。コーナリングも驚くほど綺麗だった。鍛え方か得意距離か。見定め次第ではもっと才能は伸びそうだ、というのが、トレーナー間でのお前の評価さ。クロススキッパー」

「えぇ……そんな話題になるなんて。ぼ、僕なんかより、ラン……いえ、メジロシクローヌさんやスイープさんとか。あ、あと、ユニちゃんとか!」

「謙遜するな。そもそもお前さんのトモを触ってみてわかったんだが……」

「ん゛んっ!」

 

 トモに触ったことについての言及をスペシャルウィークは咳払いして注意した。

 

「……すまんて、あぁ、つまりだな。俺の見立てが正しければ……分析を聞いてみるか?」

「え、えぇ、是非お願いします!」

 

 クロススキッパーが食いつくように沖野からの分析を聞きたがると、矢萩とフレアカルマ他チーム[ライジェル]のメンバーたちは聞き耳を立てていた。

 

「お、おぉ、そうか。そうだな……俺の分析では、逃げと先行も出来そうだし、それに加えて差しと追込みも出来る可能性が見えたな……」

「えぇ……そんなに?」

「脚質は自在、本格化の兆候が出ているし、それを迎えるのは来年のクラシック期中頃だろうか。距離は……触った感じ、短距離からマイラー向きだが、鍛え方次第では中距離も行けそうだ。あとは芝かダートか、走らせてからなら判断できるだろうな。……というわけで、スペ。併走トレーニング行ってきてくれ」

「はい、トレーナーさん。行こうホッパーちゃん」

「は、はい、バンちゃん。トレーナーさん、行ってきます!」

「あ、あぁ。車には気をつけろよ〜」

 

 そうして、スペシャルウィークとクロススキッパーは2人で校外に飛び出して行った。

 学園の周囲を1周。今日のチーム[スピカ]とチーム[ライジェル]の併走トレーニングの内容はそれだった。

 

 学外へと軽くランニングに出掛ける2人を見送ってから矢萩は、

 

「……ちょっと、すみません」

「どしたの兄貴ぃ?」

「チーム[ライジェル]、全員集合」

 

 チーム[ライジェル]のメンバーたちは集まり、現時点で所属の現役ウマ娘6人に、サブトレーナーの宮松(フレアカルマ)と矢萩の8人で円陣を組んで短い作戦会議のようなことを始めた。

 

「……さて、どうしよう?」

「沖野っぴの分析、やっぱ凄すぎるね……」

「かぁー、あの変態め……だが悔しいことに、あいつの分析は外れたこと無ぇんだよなぁ」

「そうなんだよね……」

「チーム[スピカ]にいた方があいつには良かったんだろうかね……?」

「あ、ダメだよトレーナー。そんな簡単に諦めちゃうなんて君らしくないよ?」

「そうですよ。そもそもヤマトのバ場適正を見抜いたのって、トレーナーさんだったじゃないですか」

「そやで。アイルがダート行けるようにお膳立てしたのもトレーナーはんだったんちゃいますか?」

「だがなぁ……脚質自在っていうんだろ? その使い分けのオーダーが俺に果たしてできるかねぇ……」

「だ、大丈夫です! トレーナーさん。ダートでの走り方と差し足なら私がスキッパーに教えますから!」

「そうだぞクソトレーナー。てめぇはてめぇでヘリオス先輩とパーマー先輩と一緒に逃げ足をスキッパーに教えてやればいい」

「先行でダートなら私がいますから」

「追込みを教えるなら俺がいるだろ?」

「最悪の場合、お嬢のトレぴくんにも……」

「いや、射手園くんに毎度毎度頼るのはなぁ……」

「おうおう面白い話かぁ? あたしも混ぜてくれよ」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 そんなチーム[ライジェル]の作戦会議に、未確認ウマ娘(ゴールドシップ)が割って入ってきた。

 ちなみに、チーム[ライジェル]の8人が円陣を組んでからの会話はたった1分も掛かっていない。

 

「あぁコラ! ゴルシ勝手に……」

「良いじゃねぇかよトレーナー! んなところで円陣組んで内緒話たぁ、わざわざ「聞いてくれ」と言わんばかりじゃねぇか」

「……そりゃ、わからなくはないが」

「だろ?」

 

 チーム[ライジェル]のメンバーたちの行動にはツッコミどころが多い故に、そのゴルシの返答につい頷いてしまう沖野トレーナー。

 

「こらそこ、〈スペが雨の中でケーキを頭に乗っけてたじゃないか〉というツッコミは無しだぞ?」*5*6

「……誰に向かって言ってるんですか?」

「気にすんなって。それよりもよぉ、やはーぎん。スキっぴーのことでお悩みならあたしらも手伝ってやってもいいぜ?」

「おいおい、ゴルシまたお前は勝手に……」

「良いじゃねぇか! ……それに、やはーぎんもそうだがあんたらは()()をスキっぴーに感じてんだろ?」

 

 ついでに「かくいうあたしもマックちゃんやステゴネキに感じたことあるけどなー」とゴルシが言ったそれ(アレ)とは、この場に集まった(実は矢萩も含めた)全員が()()()()()()に、クロススキッパーが自分達のチームのドアを叩いた時に、自分たちのチームに迎えるべきだと感じていたことと合致する。

 

 少々躊躇いはあるが、矢萩は沖野に改めて尋ねた。

 

「……良いんですか?」

 

 そう問われて沖野は少々困りつつも、結局、ゴルシからの圧に負けて頷いた。

 

「……スペのやつは今年から大学生*7だし、走るレースは年2回のドリームトロフィーぐらいしかないし……あいつがクロススキッパーと併走したい時は、俺から声を掛けようか?」

「追い込みならゴルシちゃんがいるぜぇ!!」

「かぁー、てめぇじゃぁ全っ然頼りにならねぇよ!」

「んだとデュラララ!?」

「「あ゛ぁん!?」」

 

 そうして追い込みウマ娘二人(ゴルシとデュラン)がガンを飛ばし合ってると、

 

「こら!」

 

 そんな二人を注意したのは、普段はデュランダルのストッパー役に徹してるはずのアローキャリーであり、

 

「!?」

「ゲゲッ!?」

「喧嘩はダメ。いいわね?」

「「アッハイ」」

 

 そんなアローキャリーが纏っているオーラに、喧嘩っ早い2人のウマ娘はあっという間に大人しくなってしまった───。

 


 

 ───それからさらに1時間後。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……バン……ちゃん……すごいね」

「うん。ホッパーちゃんもよく頑張ったね」

「2人ともお疲れさん」

 

 息の上がっているクロススキッパーと、それとは対照的にまだまだ余力のある様子で、幼い頃の妹分がトレセン学園の赤いジャージを着て一緒に学園を一周できたことに微笑みを浮かべるスペシャルウィーク。

 

「スペは可愛い顔して容赦ないからなぁ」

「ぅんえ!? と、トレーナーさん、私のことをそんな風に見ていたんですか!?」

「別に悪い意味じゃないさ。矢萩。ありがとうな」

「いえいえ」

 

 笑みを浮かべていたスペシャルウィークを揶揄うように、沖野がタオルで巻いたアイスノンを渡しながら言うと、スペシャルウィークはスポーツドリンクを差し出してきた合同練習の相手チーム所属の矢萩と宮松に礼を述べた。

 

「タオルとドリンクをありがとうございます、えっと……矢萩さん、ですよね?」

「そうだ」

「それとあなたがチーム[ライジェル]のサブトレーナーさん?」

「宮松明美です……ちなみに、現役時代の名前は『フレアカルマ』でした」

「宮松さ……え? フレアカルマって今言いました?」

「はい。……その様子からして?」

「ん? 2人は知り合いだったか?」

 

 他のチームのトレーナーの名前というと、チーム[スピカ]と交流がある(というかライバル同士の)チーム[リギル]の東条トレーナーと、この中央トレセン学園の御意見番であるチーム[プロクシマ]の丘部トレーナーや同輩の六平(むさか)トレーナーぐらいしかスペシャルウィークは覚えていなかった。

 矢萩の名前も沖野が声をかけていなかったら恐らくは忘れたままだっただろう。

 

 しかし、スペシャルウィークが宮松の現役時代の(ウマ娘としての)名前を聞いた途端、

 

「フレア……カルマ……」

 

 その名を聞いて、スペシャルウィークの脳内を駆け巡ったのは、あの皐月賞のパドック裏での出来事だった───。

 


 

 ───4年前。

 4月も半ばの中山レース場。

 出走を目前に控えた皐月賞のパドックでのお披露目を終えた出走者たちは地下バ道を移動中だった。

 

「あーぁ。ファンを取られちゃったなぁ」

 

 皐月賞の舞台へと続く道の途中。中山レース場のターフへと向かっているクロスクロウを待ち構えていたらしきセイウンスカイと、そんな会話がふと聞こえて耳をピンッと張るスペシャルウィーク。

 

「スペちゃん? どうしたの?」

 

 黄色と緑の玉飾りを白いカチューシャの右耳側につけた栗毛のウマ娘がチームメイト兼ルームメイトの様子が心ここに在らずといった感じであることを気にした。

 スペシャルウィークが聞き耳を立てていることを気にする素振りもなく、クロスクロウはセイウンスカイの嫌味とも取れる一言に反論した。

 

「そりゃ、あれはオレの妹分だからな」

 

 パドックでのお披露目をしている時、幼き頃のクロススキッパー(ホッパー)からの声援を受けて反応したクロスクロウだったが、それについてセイウンスカイの挑発をものともせずあっけらかんとして答えた。

 ……そして、それを聞いた時、スペシャルウィークはハッとした。

 

「え、もしかしてホッパーちゃんがここに!?」

 

 気付けばセイウンスカイとクロスクロウの会話に割り込んでいた。

 セイウンスカイは「ありゃぁ、そっちが反応するのかー」と苦笑い。

 一方、クロスクロウは興奮した様子で、

 

「そうさ! ホッパーがパドックにいたんだ!」

 

 と答えるが、

 

「えー? 私見てないんだけど……」

「あー。スペちゃんが派手にズッコケてた姿、きっとそのホッパーちゃん? は見なくて済んだんだろうね……」

 

 呆れたような、微笑ましいような、そんな表情を浮かべるセイウンスカイ。

 

「んもう。あなたたち。この後レースが控えていることを忘れてない?」

 

 そこに5人目登場。

 

「「「あ、キングちゃん」」」

「あ、って何よ? それよりも、スペシャルウィークさん? 派手にすっ転んでくれたお陰で私のパドックが目立たなくなっちゃったじゃない」

「ご、ごめん、キングちゃん……」

 

 ちょっと雰囲気が気まずい。

 なので、そんな空気を変えようと、カチューシャと玉飾りを付けた栗毛のウマ娘が尋ねてきた。

 

「ホッパーちゃんって、あのスペちゃんと一緒に写真に写ってた娘?」

「そう、そうなんですよ、スズカさん! まだ小さい頃、私の故郷の近くに住んでた、って話はしましたよね? そのホッパーちゃんはなんと、クロちゃんの従姉妹なんだそうです!」

 

 スペシャルウィークは、ホッパーと幼馴染だった。

 そして、クロスクロウがその従姉妹であるとスペシャルウィークが知ったのは、トレセン学園に来て親友になってから。

 「世間は狭いもんだね」と呟くセイウンスカイに、「そうね」と静かに同意するスズカこと、サイレンススズカ。

 すると、クロスクロウは、絞り出すような声で、こんなことを言った。

 

「……従姉妹ってのもそうだけど、ホッパーとオレは同じ孤児院で育ったんだ。オレは揚羽家(ねえちゃんち)の養子になったけど、ホッパーやセイランが誰に引き取られたのか、どこで育ったのかは結局知らなかったんだ」

 

 クロスクロウは親しい者に対しても、自身の過去をあまり語ってこなかった。

 しかし、今この場にいる目的で自分自身を何とか鼓舞するため、続いてこう明かした。

 

「だから……オレは三冠を獲ってやる、って決めたんだ。オレが三冠バになったなら、きっとあの二人にオレのことを気付いてもらえる。そう思ってここまで来たんだ。だけど……」

 

 気合いを入れようとするクロスクロウ、しかし、途端に脱力感を見せた。

 

「だけど? ……如何して?」

 

 キングがそう理由を促すと、

 

「……だけど、その目標も半分達成しちまったようなもんだしなぁ……」

 

 溜め息を漏らしながら嬉しいような悲しいような表情を浮かべるクロスクロウ。

 空気が一気に湿っぽくなる……ただ1人を除いて。

 

「はぁ……全く」

 

 それに対して呆れたかのような呟きをしたのは、他ならぬキングヘイローだった。

 

「クロスクロウさん。そんな腑抜けた気持ちで私に勝負を挑むつもりなら、どうぞこのまま回れ右してくださいませんこと?」

「!!」

「ちょ、キング……」

「それはいくら何でも……」

「言い過ぎだと思う」

「あなたたちもアスリートとしての本分を忘れてはダメよ! 皐月賞、一生に一度しかないクラシック期(いま)しか獲れないG1の一冠。その一冠をかけて私たちはみんな血の滲むような努力を重ねてきたことでしょう? あなたは目的を半分達成した。だから何なの? 折角この場に立った選ばれし者同士。みんな全力で勝負しようって気持ちを持ってるのにそれをあなたは欠く状態で走るなんて、同じレースを走る人たちへの侮辱にも等しいことだわ」

 

 腕を組み、凛とした態度でキングヘイローはライバルたち───特にクロスクロウ───に檄を飛ばし、叱責した。

 

「クロスクロウさん、あなたがそんな浮ついた気持ちでいるなら……いいわ。私の全力で叩き落としてあげるわ」

 

 そうして髪を掻き上げて踵を返し、ターフへと向かっていくキングヘイロー。

 彼女に叱責され、後ろ姿を見送ったクロスクロウは、

 

「……ありがとうキング。さすが王様だよ君は」

 

 そう呟くクロスクロウの口元は釣り上がっていて、目からは迷いが消えていた。

 

「そうだよな……こんなところで腑抜けた負け方なんてしたら、それこそフレアカルマたちに見せらんねぇよな。……っ、しゃぁっ! やったるか!」

 

 そう決意を新たに気合いを入れ直してターフへと向かって行った。

 

「あーぁ……キングがクロちゃんをやる気にさせちゃった」

 

 一方、きっと顔文字で表現したら(−3−)みたいな顔をして「ちぇー」と悔しそうにするセイウンスカイ。

 彼女からしたらライバルが一人でも減ってくれれば有り難かったのだが、その可能性をこれまた別のライバル(キングヘイロー)が薄めてしまったものだから。

 だが同時にそのライバルの背中を見送りつつ、遠い目をしてセイウンスカイは、

 

「……全く君は。王様も大変だね」

 

 と呟いた。

 心優しき王、一生に一度の大舞台での正々堂々の決着を望むためにライバルを鼓舞する。

 ……そのアスリートとしての態度もプライドも確かに立派だが、それ故に自らに課すハードルを上げている自覚が果たして「王」にはあるのだろうか。

 

 しかし、セイウンスカイのそんな心情を他所に、クロスクロウにはそれらが聞こえておらず、スペシャルウィークとサイレンススズカはセイウンスカイの呟きを、互いに顔を見合わせて「何のことかさっぱり」みたいな反応をした───。

 


 

 ───そんな出来事を昨日のことのように覚えていて語るスペシャルウィーク。

 

「あの時にクロが言ってたフレアカルマって、宮松さんのことだったんですね!」

「え、えぇっと、そう、なるわね……」

 

 漸く噂の張本人を見つけられたことに、アイシングの最中にも関わらず興奮で再び熱を帯びるスペシャルウィーク。

 

「お従姉ちゃん……パドックから地下バ道でそんな出来事があったんですね……」

 

 一方、クロススキッパーは自分が今まで知り得なかった従姉の姿を伝え聞き、そんな言葉を漏らすと、

 

「へぇ、クロススキッパーがあのクロスクロウの妹とは。世間は狭いな」

 

 沖野は若干の齟齬を抱えるも、すぐにクロススキッパーが訂正した。

 

「正確には従姉妹なんですけどね。でも、幼い頃……」

 

 クロススキッパーの脳裏を過ったのは、孤児院で暮らす前の「幸せだった日々」の記憶。

 まだ何も恐れを知らず、従姉と妹と、父と母と、家族5人で暮らしていた頃の思い出。

 ……その次に頭を過ったのは、従姉がイギリスのウイニングライブで倒れ込んだ時の姿で……。

 

「……どうした?」

「な……なんでも、ありません……」

 

 動揺を抑えつつ、沖野からの問いにそう答えるクロススキッパー。

 ……そんな彼女を見て、スペシャルウィークにはある予感がした。

 しかし、クロススキッパーが続けて紡いだ言葉に、その予感は頭の片隅に埋もれてしまった。

 

「……お従姉ちゃんが挑んで、そして勝利した舞台……皐月賞……。バンちゃん……うぅん、()()()()

「……()()()()()()()()。何?」

「お従姉ちゃんは、僕とランを探すためにクラシック三冠に挑んでいた、って言ってましたよね?」

「うん。そうだったね」

「……じゃぁ、僕は、今度は僕が皐月賞を勝って、お従姉ちゃんに示したい。〈クロスクロウの従妹(いもうと)はここにいる。だから見て!〉って!」

 

 スペシャルウィークの脳裏にも、純白色のウマ娘との思い出が過った。

 普段はガキ大将やお調子者のようにしゃしゃり出てきて、時には一緒にバ鹿をやったり、でもレースでは普段以上に真剣で、挑んでも、挑まれもしたライバルの1人。

 幼い日に栗毛の女の子と出会うきっかけを与えてくれた存在。その栗毛の女の子は、今でも自分の良きライバルの1人だ。

 不思議と、今のクロススキッパーの姿には、純白のウマ娘と栗毛の良きライバルの姿が重なって見えた。

 

「だから僕……皐月賞を勝ちます。勝って、従姉に見てもらう。妹にも道を示したい。だから……!」

「……うん。ホッパーちゃ……うぅん、スキッパーちゃん。それなら私も全力で協力させてもらうね! ですよね、フレアカルマさん!」

「えぇ、もちろんですよ、スペシャルウィークさん!」

 

 そうして、クロススキッパーの立てた目標にフレアカルマと共に決意を新たにし、そこにスペシャルウィークも加わって、クラシック期における最大の目標が定まった。

 

 気付けば、もうそろそろ日が落ちる間際だった。

 ……しかし、間も無く嵐はやってくる。

 

 余談だが、メジロパーマーが併走相手を探しているという噂を聞きつけたメジロシクローヌがそれに立候補しようとして、チーム[プロクシマ]の丘部チーフトレーナーから「身体が出来上がってないからダメだよ」と止められるのは、また別の話である。

 

*1
実馬のアローキャリーが現役の時代は12月開催でしたが、ここではウマ娘のアプリ版ローテを採用しています。ご了承ください。

*2
なお史実のメジロパーマーは萩ステークスで負けているが、1989年当時は1200mの短距離戦だった。

*3
ちなみに、ここでのメジロパーマーが挑んだ萩ステークスは、アプリ版でも採用されている2002年以降の芝1800mになったコースを走ったことになっているのでご了承いただきたい。

*4
史実のアイルトンシンボリは3600mのステイヤーズステークスを連覇したことがあるため

*5
カメラ目線

*6
読者「」(ギクッ

*7
クロスクロウやスペシャルウィークたちが中学3年生だった時にクロススキッパーが小学3年生だったとすると、ここでのスペシャルウィークは大学1年生ということになる。……おや誰か来たようだ(ry

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