また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
それと同時に、ここでは実馬がKGⅥ&QEステークスを辛勝しつつも生き延びたという設定の下で構築していたはずの、ウマ娘クロスクロウについても背景がごちゃごちゃして整理がついていない状態でずっと放置していました。
今回でその点は一区切り付けられると思いますが……。
実はこの回、3回か4回予約投稿をしていたんですが、その度にストーリー上に欠陥が見つかり、本来なら2023年内で修正を完了するはずが、再修正を何度も繰り返すことになりまして、ようやく年を跨いだ1月4日に再び予約投稿の欄に載せることができました。
しかし、投稿直前になってまた修正……。
さらに、また別のアンケートを設置しました。よろしくお願いします。
その日は暗い嵐の夜だった*1……厳密にはちょっと違うけれども、その表現が似合うような寝覚めの悪い夢を見る羽目になったのは、僕がバンちゃ……いや、スペちゃんと一緒に学外を一周した日の夜だった。
「お前がいるべきはそこじゃない」
「早く帰ってきなさい」
……僕を笑顔でトレセン学園へと送り出してくれたはずの
気付けばいつの間にか、僕は父さんと母さんと義妹たちと一緒に住んでいたマンションのリビングルームに立っていた。
そこにはかつて僕が海外に行った従姉さんの
何も触っていないはずなのに、突然にテレビの画面が点いた。
そのテレビの中では、ウマ娘のレース中継が放送されていた。
一瞬表示されたチャンネル名を見ると、〈グリーンチャンネル〉……そして、そのレースのスターティングゲートに、僕が最も見慣れた全身が白いウマ娘の姿が見えた。
【出走する
でも、そのレースを見ていて即座におかしいことに気付いた。
まず一眼でわかったことは、
次に、
ならば
【クロスクロウ下がった! 逃げ追込だ、朝日杯の再現か、これは……?!】
画面内で最初は逃げに入っていた
……従姉さんは確かに同じ戦術で
でも、
今更だけど、これは
【クロスクロウ、減速を中断! バ群を搔き乱しながら最後方へ落ちる前に再加速です、これは一体!?】
え!? そんな強引な走り方をするなんて……こんなの
【クロスクロウ、またもや減速です!どうなって……】
しかも強引に減速……こんな、無茶な走り方をするなんて……!
従姉さん、一体どうして?
こんな、身体に負担が掛かるような走り方するなんて……!?
【フォルスストレートに入って先頭は依然エルコンドルパサー、三番手以下を突き放し、だが二番手モンジュー追走!ピッタリくっ付いて離さない、逃げ切りは許さないとばかりに食らいついてくる!】
……今何て言った?
〈フォルスストレート〉に〈モンジュー〉だって?
【これは不味いかもわかりません!加速度は明らかに向こうに利がありますからッ】
【偽りの直線を越えて今!最終コーナーに差し掛かりモンジュー並ぶ、いや躱した!エルコンドルパサー差された!!】
思い出せ……フォルスストレートと言えば───有名なのはロンシャンレース場、フランスの!
【クロスクロウ上がって来た、来た来た来た!あの迷走を突き破って繰り出した!!】
【上がって来る!日本伝統の悲願の祈りが届くか!エルコンドルパサーも頑張る!行け!行け!!】
【届けぇぇぇぇ!!!】
実況の声が五月蝿いけど無視!
そこでモンジューとエルコンドルパサーが対決したレースといえば……。
【まだだ!モンジュー粘る、いやさらに加速した!?どこまで行くんだ、凱旋門賞が遠のく!!】
───凱旋門賞。
そうだ、思い出した。
スペお姉ちゃんがモンジューを下してエルコンドルパサーの仇討ちを果たし、“二代目・日本総大将”の襷を背負って勝利したあのジャパンカップの
そして、
【直線が短い……!】
【差し返せぇぇぇ!!!】
無茶だ、従姉さんの顔が画面越しからも青白いことが見えてるのに……!
よく見ると、僕がジャパンカップの時にプレゼントした
【……!!来た!伸びた!!クロスクロウ迫撃!!!】
【そこだぁぁぁぁ!!】
やめて!
【捕った!捉えた!クロス並んだ!今だっ!!クロスクロウ!モンジューを差し切って今ゴール!日本の悲願凱旋門賞を制覇した!……あぁ!? クロスクロウが倒れた! ゴールを超えた途端にクロスクロウ転倒!】
……違う、そんなはずがない。従姉さんはあの時は
【クロスクロウ、起き上がれません、そのまま救急車で運ばれます!】
ロンシャンのターフの上に血溜まりができていた……あれは一体誰の血?
ターフの上に倒れている白いウマ娘は誰?
そのウマ娘は全身が頭から足下まで、髪は白くて、勝負服も純白で、その白を鮮血が赤く染めていて……。
【……クロスクロウが亡くなりました】
違う……僕が知ってる従姉さんのレースじゃない……。
「違う……」
「お前にはあんなことになってほしくない」
「お従姉さんみたいに命を懸けないで」
「違う……違う……!」
───ドスンッ、
「……イテテテ……今のは……夢?」
目を覚ますと、カーテンからは朝日の光が漏れていた。
「スゥ……スゥ……」
……僕はベットから転げ落ちたみたいだけど、ルームメイトの
それに比べて僕は……。
「……はぁ〜……」
……何故だろう。
思えば、僕は、従姉さんが
……まぁ、クラスメイトたちに明かしたその日にランにはバレちゃったけども……。
何より───スペちゃんにもその事実を黙っていなきゃならなかった。
再会した時、併走した時は嬉しさや楽しさが上回っていたから辛い現実を忘れられた。
顔に出さなくて済んだ。
でも、今は───何事もなく元気に振る舞える自信、そんなものが全く湧かない……。
……しかも、今度は、勝手に従姉さんのレース結果を頭の中で模造して、あんな酷い結末を夢の中とはいえ描いてしまうなんて。
いくら従姉さんが
……従姉さんは今、ユーゴスラビアにいるらしい。
でも、理事長さんから渡された、従姉さんからの手紙……思えば、まだ全く中身を読んでいない。
何で?
従姉さんがどこでどうなったのか、イギリスでウイニングライブをしている最中に倒れてどうなってしまったのか。音沙汰もなくずっと心配して僕は
なのにどうして、従姉さんからの手紙を僕は全く読もうとしないのか?
それとも、単に
自分でもわからない。
怖くて聞けなかった。
事実から逃げ出したい。
現実から逃避したい。
……ずっとそんな事を思っていたせいであんな夢を?
「……え?」
時計を見るためにスマホを操作すると、朝の5時。
それと同時に、
誰から送られてきたものかを確かめるためにメッセージを開封すると、
| From:駿川たづな |
| 夜分遅くに失礼します、クロススキッパーさんへ。理事長秘書の駿川たづなです。 明日の朝、ホームルームの前に理事長室へお越し頂きたく存じます。 秋川理事長、及びURA関係者方との打ち合わせの結果、例の件についてクロススキッパーさんにお知らせしなければなりません。 |
例の件───そうか。ついにあの事を公表する日が来たんだ。
朝から陰鬱で、まさに「暗い嵐の夜」のような気分になっている。
行くのを拒否したら、あの事実を世間が知ることを防げるだろうか?
───否。
いつかは公にしなければならない事実だ。
きっと、僕は「嘘つき」とか「裏切り者」とか「卑怯な隠蔽者」だとか蔑まれるかもしれない。
……でも、例え周りから嫌われようと。
下手をしたらチームを追い出されるかもしれない。
だけど、もう逃げ回っているわけにはいかない。
僕はもう腹を括らないといけないんだ。
そうして僕は、妹が起き出すよりも前に制服に着替えて、寮を出ることにした───。
───今日は4月12日。
そして、Xアワーより3分前のこと。
いつも通りの食堂で昼食を食べていたウマ娘たちの中に、6人でグループを作ってる集団がいた。
「えぇ!? クロスの従妹が
「シーッ、エルちゃん、声が大きいよ?」
その中の1人、レスラーをイメージしたハーフマスクを付けた黒鹿毛のウマ娘が驚愕の声色を浮かべるのだが、その様子に周りの生徒たちが「何事だ?」と思い、注目が集まってしまったため、隣に座っていた少し色の薄い黒鹿毛のウマ娘が軽く注意してエルというウマ娘を軽く注意して諌めた。
そして、対面の席に座っていた栗毛のウマ娘は、「クロスクロウ」の名が出た途端に、ウマ尻尾がピンッと張り、一方で薄緑掛かった芦毛のウマ娘は何かを思い出したかのように口にした。
「……あぁ、思い出した。皐月賞の時だ」
「皐月賞、デスか? 確かあれで勝ったのも……」
「……クロ」
そうボソリと呟いた栗毛のウマ娘。
彼女の内心では、クロスクロウに対する愛憎入り混じった感情が渦巻いており、それがドス黒いオーラを伴っているかのように周りに錯覚させる。
エルは「ケッ……!?」と声が出て怯えてしまい、芦毛のウマ娘と共に青い顔をしていた。
エルはルームメイトでもある栗毛のウマ娘がこんな状態になってる場合は近寄らないのが身のためだと学習していたが、誰だって、ゼロ距離で踏まれた地雷に対処する猶予などはないに等しいものだ。
「スペちゃん。その、クロの従妹さんは何処に?」
「え、えぇと……」
話してしまうべきか。それとも……?
このテーブルに集まっているのは、世間では『黄金世代』と呼ばれているウマ娘たち。
即ち。
薄緑掛かった芦毛のウマ娘はトリックスターの異名を持つセイウンスカイ。普段は飄々としているが、こう見えても菊花賞を勝利している。
彼女とスペシャルウィーク、そしてクロスクロウがクラシック三冠を分け合った裏で、ティアラ二冠を掴んだのが、京都の胡蝶蘭の異名で知られているファレノプシスであり、彼女はセイウンスカイの対面に座っていた。
目元覆うハーフマスクをつけた黒鹿毛のウマ娘、その異名は世界に羽ばたく怪鳥、名をエルコンドルパサーという。日本の悲願だった凱旋門賞の頂こそ掴めなかったが、フランスG1サンクルー大賞を勝利した実力者である。
そのエルコンドルパサーを破った
そして、先ほどから暗いオーラのようなものを漏らしている栗毛のウマ娘は、怪物2世とも呼ばれた、グラスワンダー。
ただ、彼女たちに混ざっても違和感を感じさせないもう1人、ツルマルツヨシも間違いなく強者だった。
ところで、先ほどスペシャルウィークの異名を「2代目日本総大将」と呼んだが、では「初代は誰か?」というと……それはグラスワンダーが曇り、セイウンスカイとエルコンドルパサーが怯える羽目の原因になったウマ娘、つまり「クロスクロウ」である。
黄金世代といえば、彼女ら6人にクロスクロウと、〈不屈の王〉という異名で知られたキングヘイローを加えた8人を指すことが世間では一般的となっていた。……たまにグラスワンダーと競り合った「
グラスワンダーにクロスクロウの従妹、クロススキッパーの居場所を尋ねられたスペシャルウィークはこう答えた。
「ホッパーちゃんなら、チーム[ライジェル]に入っちゃった」
「チーム……[ライジェル]?」
もちろん、グラスワンダーもそのチームの名を知らないわけではない。
彗星の如く現れた新興チーム。
〈逃げ専門店〉という幟を掲げ、チームを率いる矢萩という男は自身を「ただの三流トレーナーだ」と自称(もしくは自虐?)するが、その実態は、現時点のメンバーだけでもG1を
しかし、率直に「何故そんな所に?」という疑問が浮かんだ。
「チーム[ライジェル]……確か、アイルさんのチームで、最近[ミモザ]にいた人を迎え入れたと聞きましたわね」
「……あぁ! 思い出したデース! それ、キャリーとデュランの2人デース!」
ファレノプシスは親しい友人から聞いた世間話を思い出して口にすると、エルコンドルパサーも思い出したらしい。
「チーム[ミモザ]……クロのいた、沼崎トレーナーのチーム」
漸くグラスワンダーにもクロススキッパーが何故チーム[ライジェル]に加わったのか合点が行った。
「ねぇ、スペちゃん。その、スキッパーさんは、クロの事、何か言っていた?」
「……うぅん、そういえば聞いていないような……」
「そう……」
「……」
シニア期1年目の有馬での再戦を約束した親友が、イギリスから帰ってこなかった。
その事実はここ数年、グラスワンダーの心の片隅に黒い霧のようなものを居座らせていた。
彼女だって、クロスクロウの消息はずっと気になって仕方なかった。精々、安否ぐらいしか彼女には分からなかったが、それだって、3年も前の情報だ。
ならば、何か知ってるかもしれない従妹にその答えを求めてつい食い気味になってしまうのも致し方ないだろう。
一方で、この時スペは、昨日の放課後の練習時にクロススキッパーの態度を見ていて感じたことを思い出していた。
沖野に、スキッパーがあのクロスクロウの従妹だと知られて驚いてた時。
間違いなく───ほんの一瞬だが、クロススキッパーは暗い顔をしていた。
次に沖野に「どうした?」と尋ねられた時には「なんでもない」と誤魔化し……、
(……もしかしてホッパーちゃん。何か知ってて隠していた?)
それはスペシャルウィークの、根拠のない憶測に過ぎない。
しかし、時に直感というのはバカに出来ないものだ。
「……にしても、キングちゃんも来ればよかったのに」
「……生徒会が忙しいのでしょうから仕方ないですよ」
ところで、ここで不在のキングヘイロー。
数度の敗北の後、10回目の挑戦にしてG1タイトルの頂を掴んだウマ娘であるが、黄金世代のリーダー格といえばこの娘しかいないだろう*2。
そんな彼女も長く生徒会長を務めたシンボリルドルフの後任として生徒会長に当選して早くも1年。たまに他の黄金世代の仲間やクラスメイトたちとランチを一緒に食べることもあるが、生徒会が忙しい時は中々顔を出せない。
特にここ2週間近くは授業中と休み時間以外では彼女たちも顔を合わせていない。
クロスクロウの話でドス黒いオーラを放っているグラスワンダーの気を紛らわせるために不在の王のことを切り出したセイウンスカイは内心ホッとしたのだが、そんな安堵も文字通り一瞬で終わりを迎えた。
ここで突然に音楽が中断した。
中央トレセン学園のお昼時は
そんな最中にMCのダイタクヘリオスが慌てた口ぶりで伝えてきた。
『き、
……
………
…………
「「「えぇーっ!?」」」
噂をすれば何とやらだ。
一瞬の静寂の後、中央トレセン学園中から大勢の生徒たちの感嘆符が溢れることになった。
当然、この日は日本中が上を下への大騒ぎになったことは言うまでもないことだった。
「……スキッパーの言う通りにして正解だったな」
「ねー。もしあのままいつも通り食堂へ行っていたら……」
一足早く、事情を知っていたクロススキッパーはクラスメイトの3人と共に、周りの驚愕と混乱を他所に、屋上へと上がった。
恐らくあの騒ぎだ。昼食を食べるどころではなかっただろうが……。
【あの、それって本当なのですか、秋川理事長!?】
【無論! 事実だ、クロスクロウは、ウマ娘競技から引退することになった!】
【し、しかし、理事長! キングジョージ6世&クリーンエリザベス・ステークスでクロスクロウが勝利してからもう3年ですよ!? その間どうして今の今までその事実をひた隠しにされておられたのですか!?】
【謝罪! その件についてはキングジョージ6世&クリーンエリザベス・ステークスのウイニングライブ後から関係各所に固い緘口令を強いていた。引退の公表はクロスクロウ本人からの希望あって……】
【そのクロスクロウですが、3年間もファンに顔を見せずに、引退公表の場にも姿は愚かインタビューすらないのはどういうことですか!?】
ラジオからは生中継の記者会見の模様が流れていたが、一つ一つの質疑応答にしっかり答えているにも関わらず、まるで「あんたが一番悪い!」とでも言いたげな責め立て方をしてくるマスコミは情報を文字通りの力付くで秋川理事長から搾り出そうとする、まるで乱闘劇のような様相が嫌でも伝わってきた。
……それを聞いていたが、マスコミの醜態ぶりに嫌気が差してラジオを切った
「お姉さま」
そのラジオの持ち主は、屋上に上がる階段のすぐ裏で唐揚げ弁当を食べていた。
「……ラン。どうしてここに……え?」
そのラジオを切ったのが誰か。
声の主が誰か。
クロススキッパーにはすぐにわかった。
しかし、彼女と一緒にいた人物たちの顔を見て、予想もしなかった事態に呆気に取られた。
「デュランダル先輩とアローキャリー先輩……!? どうしてここに?」
「お昼よ」
「ランチ食べに来ただけだぜ?」
「はぁー……こんな偶然もあるものですわね」
「尤も、これは
クロススキッパーについてきた3人はその状況に固まって、もはや空気だった。
屋上ではデュランダルとアローキャリーとメジロシクローヌがレジャーシートを広げて各々パンやお弁当を広げて食べていた。
微妙な空気の中、彼女たちに促されたクロススキッパーたち4人は静かにレジャーシートに腰を下ろすことにした。
「別に示し合わせたわけじゃねぇんだ。ただな……」
「トレセン学園のラジオ放送を聴きながら屋上でお昼を食べるのが私たちの日課なの」
「そこにたまたま私がやってきて……という具合ですわね」
お弁当とパンをモグモグと咀嚼しながら説明する3人のお陰で空気が一瞬緩んだ、かと思いきや。
「……しかし、あなたたちは違うようですわね?
「え、えっと……」
「誤魔化そうとしても無駄ですわ。屋上に上がってきた辺りからの会話は全部聞こえてましてよ?」
弁当を食べ終わり、使っていた割り箸を思わず屋上の床に叩きつけるように置きながらクロススキッパーを問い詰めるメジロシクローヌ。
クロススキッパーについてきただけのダイワメジャー、キングカメハメハ、トウショウナイトたちは「どうすんのこれ?」と言いたげだった。
何より、レジャーシートを広げていたチームの先輩2人からの視線には怒気が混じっていて怖かったのだが……もはや観念して事情を全て話すことにした。
「実は……」
「はぁ……!? スキッパー、てめぇはクロスクロウさんの容態とか沼崎トレーナーの居場所とか!理事長から聞いていたのに、この1週間俺たちにずっと黙っていたってのか!?」
「そ、その……ごめんなさい! でも……」
「デモも学生運動もあったもんじゃねぇよ!」
すごい剣幕で迫ってきたデュランダルと、糸目で一見笑顔を崩していないアローキャリーも、目が笑っていなかった。
「……スキッパーちゃん? どういうことか説明してちょうだい?」
そのアローキャリーの言葉と視線はまるで冷たい刃物が刺さってくるような錯覚を覚え、スキッパーは逃げられなかった。
「そ、その……従姉さんが、どうしても……自分が引退したことを世間に公表するまでは黙っていてほしいって、理事長にもURAの上層部の人たちにもお願いしていたらしくて……」
「妹はともかく、クラスメイトの3人にはゲロってんのに、俺たちには黙っていたのか!」
「はぁ〜……あの人らしいといえばらしいけども……それで、何故クロさんと沼崎トレーナーはユーゴスラビアに?」
「えっと……確か
「手紙」。
その単語が出た途端、紙コップで麦茶を飲んでいたメジロシクローヌの手が止まった。
「手紙って?」
「は、はい……従姉さんから何十通か日本に届いていて……それを理事長から預かりまして……」
「……お待ちなさい。それってどういうことですの?」
先ほどから問い詰めてきたアローキャリーとは比べ物にならないほどの鋭い視線を向けてきて、ついでに黒いオーラを纏ったメジロシクローヌがクロススキッパーを問い詰めに入った。
「おい、お嬢、今は……」
「お黙らっしゃい。
デュランダルとアローキャリーに問い詰められた弾みで漏らした単語一つが、今度は、デュランダルとアローキャリーをそっちのけでメジロシクローヌだけがクロススキッパーにオーラをぶつけて問い質すような構図に変化していた。
その状況に気圧された先輩2人は一歩引く羽目になったのだが、クロススキッパーはしどろもどろになりながらメジロシクローヌに答えた。
「だって……ラン、……うぅん、
「それは……そうですけど……」
「それに、あんな光景のフラッシュバックに苦しむのは僕だけでたくさんだし、君を巻き込みたくなかったんだ!」
「あんな光景って? ……あ」
クロススキッパーの言う「あんな光景」とは、彼女が今朝見た悪夢のこと。
……それは以前、クロススキッパーの心が弱っていた時、不意にメジロシクローヌに語ったものと同じだった。
「何の話だ?」
当然、外野の2人には知る由がないし、あんな事がなければ本当ならシクローヌにも話すべきではなかったことだったと今更ながらクロススキッパーは思った。ホントに今更である。
「……話したくない」
そう押し切られると、アローキャリーとデュランダルは追求を躊躇った。
だが、シクローヌはそれを一旦置いて、それでもこう言った。
「けれども、例え私にクロスクロウお従姉様の記憶が無くても、私たちの大切な家族だったはずですわ!」
「よく言うよ! 君だって、従姉さんを「家族」と呼ぶ割りには冷たかったみたいじゃないか!」
「何ですって!?」
「皐月賞で再会した時からだけど、僕は従姉さんと毎月のように文通していたけれども、君は疎遠だったじゃないか!」
クロススキッパーが言及したのは、クロスクロウがイギリスに渡る前の最後の手紙の話だった。
「従姉さん、君のことを心配していたんだよ? 〈セイランは元気か?〉って。僕は君にも従姉さんのいる部屋の住所を教えてあげたし、それでも君は従姉さんに手紙の一つも寄越さなかったそうじゃないか! それで僕は……」
「一通ぐらいは……え? 何ですの??」
「……もういいや、また怒られるけど言う」
「だから何なんですの!?」
「従姉さんが君のことをずっと心配していたから、君のいた家の住所を従姉さんにも教えたんだ」
「! か、勝手になんて事をしてくれてんですの!?」
それはプライバシーの侵害、下手すれば個人情報保護法違反だ。
だが、そうしたのはクロススキッパーにも考えあってのことだった。
「そうでもしないと君と従姉さんが話しをできないと思ったからさ!」
「……だとしても、私の元にお従姉様からのお手紙は届きませんでしたわ」
「ほら見ろ! だから君には言わないほうがいいって思ったんだ!」
「完全に兄弟喧嘩だね」
「だな。喧嘩は犬も食わない、って誰の言葉だったっけ?」
「さぁね……あ。先輩、このたまごサンド食べていいですか?」
「……いいぞ」
すっかりシリアスな雰囲気から追い出しを受けたデュランダルとアローキャリーは、外野の3人がランチを食べている所に戻ってきて、「二人の世界」に入ってる空気などお構いなしに各々昼食を口にした。
自分たちが喧嘩している傍で緩んだ空気を発してることに漸く気づいたシクローヌは憤慨する。
「……ちょっと、皆さん!? 何してますの!?」
「何って、今
「今食べないと午後からの授業やトレーニングに差し支えるからね」
「早くしないと昼休みが終わっちゃいます。ですよね、先輩方」
「「うんうん」」
スキッパーのクラスメイトたち3人がそう反論し、トウショウナイトに問われたデュランダルとアローキャリーも渋々とはいえ頷いた。
「私たち、真剣な話をしてますのよ!?」
「もちろん聞いていたよ。ローヌちゃんの言ってたことも」
「何を聞いていたんですか?」
「シクローヌ嬢。君、
「……え?」
キングカメハメハからの指摘にクロススキッパーは驚いた。
すると、メジロシクローヌは、顔を真っ赤に染め、
「……ラン。それ本当に?」
スキッパーがそう問うと、シクローヌは小さく頷く。
しかし、彼女は次には目に涙を溢れさせて泣いていた。
「うっ……うぅ……!」
「えぇ……っ!? ちょ、ちょっと、ラン!?」
「あーあ、泣かした」
まさか、あの気丈でいつも当たりの強い妹が泣き出すなどクロススキッパーは思ってもみなかった。
一旦気を落ち着けつつ、残ったサンドイッチを口にしながら、シクローヌは真実を告げた。
「……私がお従姉様に手紙を送ったのはあの年の4月か5月か……確か、その辺りだったと思いますわ。内容は……自分でもよく覚えていません。でも、何日も何日も。何て書こうか悩みに悩んで。漸く形にして、トレセン学園に送っていただきましたの。……しかし」
「クロスクロウさんからの返事が……こなかった?」
トウショウナイトに問われて、シクローヌは頷いた。
「……何週間も。構成も中身も吟味して、書き損じなんて数え切れないぐらいして。やっと送った一通。その返事を、あの人は全く返していただけませんでした。その状況に私がどれだけガッカリしたかお分かりいただけますか?」
メジロシクローヌにとって、クロスクロウから見た自分は「返事を返すに値しない存在だ」と思ってしまった。
だからこそ、先ほどのクロススキッパーの口から告げられた話が信じられずについ拒絶してしまった。
だが、ここからダイワメジャーが考え込む仕草をしたことに2人は気付いていなかった。
「……私だって、クロスクロウお従姉さまがイギリスG1出走を最後に
(……そうか、……この子はこの子なりに従姉さんのことをずっと心配していたんだ……)
疎遠で従姉のことを記憶も朧げにしか覚えていなかった妹。
それでも家族であったことには変わりがなく、せめてその行方や安否を知りたいという気持ちはこの3年間自分と同じく胸に抱えていたことをクロススキッパーは痛感した。
……つい数日前に、理事長室に呼び出しを受けて手紙の束を受け取って部屋に帰ってきて、それを
ランにとって、
それが誤りだったことを今、遅まきながらも理解した。
そして、「手掛かりを探しても行き止まりだった」ということ───それはクロススキッパーにも経験があったことだった。
クロススキッパーが養子になったハグロ家は、メジロ家の分家の一つに過ぎず、クロスクロウの行方探しに使えるツールも人材も全てが限られていたし、養子になってからというもの、彼女自身が小学4年生になるまでは跡継ぎになるべく英才教育と勉学に励むばかりで忙しく、それから程なくして競技ウマ娘を目指すようになってからは毎日のように死に物狂いでトレーニングを繰り返していたため、肝心の調査は
かといって、日本有数の大財閥であるメジロ家ですら、クロスクロウの真相には辿り着けなかったというのだ。
この状況、例の手紙の一件が無ければクロススキッパーとて気が気ではなかっただろう。
そんな時、暫し考え込んでいたダイワメジャーが口を開いた。
「……ってことは、シク……ローヌの手紙はもしかして……?」
「……何ですのダメジャーさん」
「だ、ダメジャー言うな! ……オホンッ。つまりだ。クロスクロウさんがイギリスに行くタイミングとぶつかったりしたから、シクローヌの手紙がそもそも届かなかったんじゃないか?」
「「……え?」」
今度はキングカメハメハが何か考え込む仕草をする。
「まぁ、それはアタシの勘だけどさ」
「……いや、ダメj……じゃなくて、メジャーくんの言う通りだと思うね。クロスクロウって人は、スキッパーくんの言う通りの人物だと思う。少なくとも、
クロ姉妹の最大のすれ違いの理由をダイワメジャーがあっさりと直感で言い当てて、その仮説に自分の知識で以って信憑性を持たせて補強したキングカメハメハ。
……とはいえ、キンカメ自身も一瞬「別の可能性」が頭を過って口にしそうになったが、今はそれを出すべきではないとして飲み込んだ。
「じゃぁ、お姉さまが勝手に私の住所を送りつけたのに、クロスクロウお従姉様からの返事が返ってこなかったのは何故ですの?」
「そりゃぁ、手紙が届かなかったわけだからな。向こうがシクロに遠慮したんじゃないか?」
「遠慮……、って、お待ちなさい。ダメジャーさんあなた私のことを「シクロ」呼ばわり致しましたわね?」
「だって「シクローヌ」じゃ長いし、「メジロ」はこの学園に何人いると思ってんだよ? あと、いきなり「ローヌちゃん呼び」も気安すぎるだろ?」
そう言ってダイワメジャーはトウショウナイトをジロっと見るが、当のトウショウナイトは目を逸らして誤魔化した。
「……それもそうですわね。許します。……お姉さまのことも、私は許します」
「ラン……」
「た・だ・し! 今度から隠し事なんてしないでください。今度やったら部屋を変えますわ」
「……ごめんね、心配をかけて」
「全くですわ」
と、ここで予鈴が鳴った。
「やばっ、もうこんな時間か」
「……ん? あれ? 先輩。これ」
デュランダルとアローキャリーは慌てて立ち上がり、それに、ランチを食べて駄弁っていた面々も慌てて手に持っていた食べ物を口に納めるなり、空っぽの弁当箱やレジャーシートを片付け始めた。
そんな時にスキッパーが自身のスマホを取り出してみると、時刻は13時20分だったのだが、メッセージアプリに通知が届いており、開いてみると、それはチーム[ライジェル]のトレーナー、矢萩からチームメンバーに宛てたものだった。
「何かしら?」
メッセージを開くと、〈午後からのトレーニングは中止〉とあった。
「はぁ? おい、マジかよ?」
それを見た直後、シクローヌも自身のスマホが震えたのを感じて取り出すと、同じくチーム[プロクシマ]のチーフトレーナーである丘部から矢萩と同様に〈放課後のトレーニングは中止〉という通知が届いていた。
「……お前ら、この後授業だろ?」
「あ、はい」
「ここは俺とキャリーが片付けるから教室に戻れ」
「……先輩、ありがとうございます」
「礼はいい。早く行け」
そう言われたクロススキッパーたち5人は頭を下げてから、先輩2人に後片付けを任せて階段を降りて行った。
「……沼崎の奴、なんちゅうとこにいるんだ」
「クロさんもね……全く、3年間もヨーロッパで何をしていたのやら」
片付けをしながら元チーム[ミモザ]のメンバーだった2人はそんなことを愚痴っていた。
「……デュラン?」
「何だよ?」
「……あなた大丈夫?」
「何がだよ……ぁっ……おい?」
実はデュランダルは目元が赤くなっていた。
そんな彼女をアローキャリーは、お互いに顔を見せることなく抱きしめていた。
ごめんなさい、アンケートの結果から「やっぱり」と思ったので、後半部分を一旦削除してすぐに再投稿します。