また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
ちなみに、皆さんに前々回のアンケートの結果について確認したい。
……お前らホントにこれでいいんだな?
あと、#06の後書き、間違えて消してしまいました……。
版を巻き戻しても後書きは戻って来ないとかそりゃないよ……(泣)
放課後。
午後から、及び放課後からのトレーニングを予定していたチームは軒並み練習を中止したが、それはトレーナーたちがほぼ全員緊急の職員会議のために呼び出されたためだった。
そのため、ほとんどのウマ娘たちは自主練に励んでいたものの……。
「おーい、スペぇ! タイムの伸びが悪いぞ! さっきより5秒も遅いとかどうしたんだ!?」
「ご、ごめんなさい! ゴールドシップさん!」
チーム[スピカ]は
だが、お昼時の緊急ニュースを聞いてからというもの、練習に身が入らない者もちらほらいた。
例えばスペシャルウィークは2000mのコースタイムを測っていたというのに、明らかに集中力を欠いている様子だった。
一走前のタイムと比べて5秒の遅れ。
クールダウンの時間をちゃんと挟んでいるし、多少疲労していることを考慮に入れても、これは遅すぎる。
しかも、スペシャルウィークはステイヤーであり、3200mを走り切れるスタミナも持ち合わせている。
今やスペシャルウィークは他の
しかし、併走ではなく、実際のレースのようにバ群に飲まれたり周りからプレッシャーを掛けられている訳でもないのに、ここまで遅れている。
ゴールドシップは
それでも、チーム[スピカ]のチーフトレーナーである沖野とは古く馴染んだ悪友のような付き合いの長さであり、それ故、彼の元でトレーニングを積んでるウマ娘たちをよく見てきた。
だからこそ、スペシャルウィークの異変に気付き、こう言うしかなかった。
「スペ。もう今日は帰れ」
「ご、ゴールドシップさん、私まだやれます!」
「いいやダメだ。スペ、お前からは雑念を感じるぞぉ?」
「っ……!」
ゴールドシップにそう指摘されてドキッとするスペシャルウィーク。
彼女にも練習に集中できない原因をよく分かっている。
……もちろんゴルシにもその原因に心当たりがあった。
彼女たちのトレーナーなら、こんな時どうするだろうか。
「スペ。トレーナーならきっとこう言うぞ? 「今日はもうやめておけ」ってな。集中力を欠いてる状態じゃぁ、怪我しちまうぞ?」
「……分かりました」
するとそこへ彼女たちのチームメイトであり、スペのルームメイトでもあるサイレンススズカが走り込みを終えて戻ってきて、スポーツドリンクを飲み始めた時だった。
ゴルシはトレーナー代理としてこう言った。
「おぉいスズカぁ! お前も帰れよ」
「え? 私まで?」
「スズカさんにも? 何故?」
「スズカからも今日のスペと同じ気配がすっぞ?」
そう指摘されたスズカにも思うところがあったようで、普段なら
「……分かったわ。スペちゃん。帰りましょ」
「え、あ、待ってください、スズカさーん!」
そうして渋々サイレンススズカとスペシャルウィークは練習場を後にし、着替えて寮への帰路に着くことにした。
その背中を見送る、他のメンバーたち。
「ゴルシさん、なんでスペさんだけじゃなくてスズカさんまで帰らせたんですか?」
チーム[スピカ]の期待の新星、ダイワメジャーは遠慮もない様子でゴルシに問う。
だが、傍で見ていた、右目に眼帯を付けたウマ娘がダイワメジャーにこう言った。
「メジャーよ、言ってやるな。……あやつらは今、自らの
「イデア?」
そして、ゴルシはいつもの楽天的でお茶らけた態度からは考えられないような神妙な面持ちでこんなことを溢した。
「……ギムさんの言う通りだぜ。あいつら……」
ちなみに、コース上ではトウカイテイオーとメジロマックイーンの2人が併走トレーニング中であるが、そんな2人を見て魂が抜けそうになってるピンク髪をツーサイドアップにしているウマ娘と、そんな彼女の様子を見て少し嫉妬心を抱く青みを帯びた黒髪のウマ娘がいるのだが、彼女たちに今の会話は聞こえていなかった。
寮への帰路に着いたスペとスズカ。
練習場を出てから道を歩いている2人の間に、会話は無かった。
「……スペちゃん」
いつもは寡黙なスズカが珍しく先に口を開いた。
「スズカさん……」
「お昼のニュース、聞いてたのよね?」
「は、はい……」
「そう……」
スズカは立ち止まり、夕焼け色に染まる天を仰いだ。
「スズカさん……」
「……何で……」
スズカが消え入るような震える声を搾り出すと、彼女の目からは一筋の涙が溢れてきた。
スペは何も言わずにそんなスズカを抱きしめる。
「スズカさん……!う……うぅっ……」
涙を流したスズカを慰めるつもりで肩を貸したはずが、スペも釣られて泣き出してしまった。
寮へ戻る途中、寄り道をして公園に立ち寄り、2人は気が落ち着くまでベンチに座っていた。
「……スペちゃん。ごめんね」
「わ、私こそ、スズカさん……」
先輩として不甲斐ないところを見せてしまったな、と思ったスズカと、
釣られて泣き出してしまい、迷惑を掛けてしまったと思ったスペ。
「……まさか、クロちゃんが……」
「えぇ……私だって凄くショックです……」
スペの脳裏にはクロスクロウと共に競ったレースの数々が過ぎった。
共に鎬を削った皐月賞。
夢のダービーの舞台での対決。
ジャパンカップでクロが栄冠を手にし、
その翌年のAJCCは、クロが
……そういえば、イギリスへ渡る前に黄金世代のみんなやクロがお世話になった人たちに配っていた和菓子。あれは美味しかったなぁ。
「……スペちゃん、涎」
「あ、あぁ、ヤダ、私ったら……!」
「もしかしてスペちゃん、食べ物のことを考えてた?」
「あ、そ、その……」
「別に良いの。……そんなスペちゃんの顔を見てちょっと安心したわ」
「スズカさん……」
つい食べ物のことを考えると顔が緩んでしまうクセ。
恥ずかしいところを見せてしまったが、空気が少し和んだのは幸いだった。
「……スズカさん。クロがお菓子配ってたの覚えてます?」
「えぇ。確かあれはAJCCの後。あの子がイギリスに行く前……だったわね」
「その時、クロは私とグラスちゃんと……みんなで約束したんです。〈年末の有馬記念を一緒に走ろう〉って」
「……あの時の」
スズカの脳裏にはあの年の有馬記念のことがプレイバックしていた。
出走メンバーに、クロを除く黄金世代が集まり、自分も同じレースを走った。
……自分の結果は6着だったけれども、5着のキングヘイローとの間にはハナ差しかなかった。
それでも掲示板を埋め尽くしたのは、全員クロと同期で、クラシック期を共に競った仲間でありライバルであり───みんな大切な友達。いつぞやのクロスクロウが照れながらもそう明かしてくれた5人組。黄金世代。あのレースを振り返ると……スズカはまた泣きそうになっていた。
そこへ通り掛かったのは、
「あれ? バンちゃん?」
「……え?」
ブロロロッという車のエンジン音。
その音源の元にいたのは、黄緑色の小型車。
一見すると、てんとう虫のような姿の車───恐らくカーマニアであればそれが紛れもなく国産クラシックカーのスバル360だと分かるだろう。
助手席に乗っているクロススキッパーが声を掛けてきて、運転席に宮松ことフレアカルマがいるのが一目で分かった。
「ホッパーちゃん……?」
「バンちゃんに……えっと、そちらの方は?」
「あ。ごめんね。この人は私のルームメイトで先輩の」
「サイレンススズカです。……あなたがクロやスペちゃんが度々言ってたホッパーちゃんね?」
「あ、は、はい。……えっと……」
スキッパーがフレアカルマに「2人も一緒に乗せていいか」を目配せすると、フレアカルマは頷く。
フレアカルマとスキッパーには、スペとスズカの顔が涙で滲んでるように見え、先ほどまで、何かが理由で泣いていたのがわかった。
「乗ってかない?」
フレアカルマにそう誘われたため、スズカとスペは互いに顔を見合わせてから頷いた。
するとスキッパーが一旦車を降り、助手席のシートを折り畳む。
「後ろに乗って。ちょっと狭いけど」
そうしてあれよあれよの内に、スズカとスペは小さいてんとう虫の車の後部座席に座り、再びスキッパーが助手席に座った。
「シートベルトはした?」
そう尋ねられた3人は各々肯定し、シートベルトしたのをフレアカルマも確認してから車を動かし始める。
「それじゃ、行くわよ」
4人が乗った小型クラシックカーは公園前の道をゆっくりと走り出した。
「あ、外出届け……」
「……それなら後で電話で伝えておくわね。さっきスキッパーの分は提出してきたから……多分、大丈夫なはず……」
門限までに寮の自室に戻れない場合などは外出届け、もしくは外泊届けがないと、後々寮のお風呂やトイレ掃除といったペナルティが課されることがある。
車を使ってこの時間に出掛けるということは門限を破りそうになるのがスペシャルウィークにはすぐ想像できたため、車が出た瞬間、そのことを思い出して口にした。
しかし、車を使うとはいえ、そこまで遅い時間にはならないはずだ。
フレアカルマとクロススキッパーはそもそも
……後々、フレアカルマはこの事を後悔する羽目になるとは知らずに。
4人を乗せた車はJR南武線の線路とほぼ並行している府中街道に沿って走る。
南下してしばらくすると、大きな建物が見えてきた。
「あれって、府中レース場……え!?もしかしてあれが目的地ですか?」
「いいえ、違うわね」
東京レース場。ただし所在地が府中のため、「府中レース場」という呼び名も世間一般では認知されている。
中央トレセン学園に最も近く、日本に現存するウマ娘
地下1階から地上9階建て、メインスタンドだけでも全長380m、高さ52mにも及び、これに加えて、一周が最大約2140mにも及ぶ芝コースの他、ダートコースと障害レース用コースも備えた広さは圧巻の一言に尽きるだろう*1。
また、日本国内の平地競争G1だけでも実に34レース存在するが*2*3*4、その内で8つのG1レースがここでは毎年開催されている。
だが、レース開催は土日のみであり、平日は閑散としている場合がほとんどだ。
ついでに。
クロススキッパーはやや食い気味に東京レース場を見ていたが、今回の目的地ではないので、そのままスルーということになり少しションボリした。
4人の乗った車はさらに南下してしばらくすると、今度は多摩川に架かっている
これを超えると、府中市からお隣の稲城市に入る。
一旦は橋を越える前に離れた南武線の路線が、是政橋を少し超えた先に高架橋として現れる。
南多摩駅はこのすぐ近くだ。
このまま直進すると城山通りに入るが、直前を左折して都道9号をそのまま行く。
そうして車で約15分ほど掛けて向かった先は。
「ん〜〜〜〜〜! 美味しい!」
「そうでしょ? 気に入って貰えてよかったわ」
時間は午後5時半。
そろそろ日が落ちる時間に4人はとある喫茶店に入店して、サンルームっぽいテラス席に座る。
おやつタイムからはだいぶ経ってしまっていてむしろディナータイムに近い時間帯だったが、クロススキッパーはデザートメニューにあった「苺たっぷりスフレパンケーキ(なお、ウマ娘用サイズ)」を注文して食べていた。
「あ、あの、私たちまで良いんですか?」
「えぇ、構わないわよ」
「で、でも……えっと……[ライジェル]のサブトレーナーさん?」
「遠慮しないで。落ち込んだ時には食べて忘れなさい」
「あ、はい」
自分たちはあくまでもついでで連れて来てもらっただったので、スズカは遠慮がちだったが、スペはというと美味しそうに生姜焼き定食を頬張っていた。
「……何故わざわざここへ?」
「浦和にもあるお店だからね。
「は、はい!」
「うんうん、良い返事」
しばらくして絶品パンケーキを食べ終えたクロススキッパー。
苺の甘味をたっぷりと頬張って思わず満足気な笑顔が浮かんだ。
それを見ていたスペは、生姜焼き定食のお代わりのついでに絶品パンケーキを注文した。
スズカもいちごのチーズケーキを注文する。
クロススキッパーが満腹感で寝落ちしそうになっているのだが、
「スキッパー。起きて」
「ね、寝てませんよ……」
眠気に襲われて寝落ちしそうになったのだが、そのタイミングでフレアカルマはどこからかペンとメモ帳を取り出してきた。
「あの……フレアカルマさん? それは?」
「メモ帳とペンだけど?」
「じゃなくて何故出したんですか?」
「そう、それはね……今から大事な話をしたいからなのよ」
パンケーキを完食してご満悦なところで、急にシリアスな空気が漂う。
「大事な話?」
「そうね。まずあなたの目標を決めないと、だけど……」
「目標……」
「!」「?」
今更だったが、フレアカルマは「失敗した」と感じた。
今日はクロススキッパーと2人でディナータイムを過ごしつつ、今後の目標を立てようかと元々考えていた。
何事も。目標がなければ指針は立てられないし、モチベーションだって上がらないものだ。
基礎トレーニングをさっさと始めたほうがいい、というのはクロススキッパーもチーム[ライジェル]のチーフトレーナーである矢萩たちですら理解している。
しかし。その前にレースの目標を決めておかないと、どんなトレーニングが必要になるかがわからないものだ。
だが、学園のようなキリッとした空気の中だと、緊張して上手く言い出せない。
それに、誰かに聞かれたくない目標があるかもしれない。
そして、リラックスできる場所が必要。
ということで、フレアカルマが学生時代も、宮松がサブトレーナーとして中央トレセン学園で働き始めてからも休日には足繁く通ってきた星野コーヒー店まで、クロススキッパーを連れ出すことにした。
お店の落ち着いた雰囲気と絶品パンケーキ攻撃によるリラックス効果と糖分の相乗効果が必要だったわけだ。
実際、クロススキッパーは寝落ちしそうなほどリラックスしていたのだから効果は抜群だった。
ところが。
「あの……私たち、一足先に戻りましょうか?」
「?」
その今後の指針について固めようとしているところで、サイレンススズカはフレアカルマが話を進め辛そうにしているのを見て、そう言う。
スペは状況をあまり理解していなかった。
どうしようかと考えたフレアカルマだったが、クロススキッパーは言った。
「良いんです。別に、先輩にも……バンちゃ……いえ、
そう名指しされたスペは、ようやくスキッパーと向き合った。
頬にパンケーキのクリームを付けながらも。
「……僕、……僕、皐月賞に出てみたいです」
「「!」」
クラシック期の第一目標にして、スキッパーにとって一番大きな目標を口にした。
それを聞いたスペとフレアカルマの空気が変わる。
後者は指導者としてのチャレンジ精神を高まらせるが、前者はというと……
「皐月賞……というと、クロスクロウ───つまり、あなたのお従姉さんが勝ったレースよね?」
「は、はい! じ、実は僕も、お従姉ちゃんが皐月賞を走っている姿を実際に見に行ったんです」
「!!」
「……へぇ〜」
それは
そして、テレビで見るレースと、実際に観客席から見るレースでは、後者の迫力が段違いであることをよく理解していた。
それが幼心のクロススキッパーにどれだけ深く刻み込まれているのかはフレアカルマには正確に推し量ることこそできないものの、今のクロススキッパーの根幹を成すほどに深いものであることは察した。
しかし、先ほどの宣言を聞いた前者、即ちスペシャルウィークは、
「ゲホッ、ゲホゲホッ……」
「す、スペちゃん、大丈夫?」
生姜焼きがパンケーキか、どちらかはわからないが喉に詰まったらしく咳き込んでしまった。
それを傍目に見つつも、クロススキッパーがその先の目標について言及した。
「そ、それに、日本ダービーとジャパンカップも!」
「日本ダービーに、ジャパンカップ……あぁ〜……」
「ゲ、ゲホッ、ゲホッ……!」
より咳き込んだスペの背中をスズカが摩る。
先ほどクロススキッパーが東京レース場を食い気味に見て、スルーしたらションボリしていた、その理由をフレアカルマも漸く理解する。
特に、クロスクロウがクラシック期に制したジャパンカップは今や伝説のレースの一つとしてウマ娘ファンたちや関係者の間では語り草となっている。
それと同時に、クロススキッパーと
なので、フレアカルマは何かをメモに書き留めた、のだが。
ちょっと落ち着いてから、スペは言った。
「……ホッパーちゃん」
「え? えぇと……スペちゃん?」
「やめて」
先ほどまで咳き込んで涙すら浮かんでいたスペだったが、そうスキッパーに告げた時の目は据わっており、
声は弱々しくも、その眼力には恐ろしさを感じた。
「……クロと同じ道を辿らないで」
ポツリポツリとスペはそう言いながら、スキッパーを思い留めようとする。
その様子に、フレアカルマもサイレンススズカも、何も言えなくなった。
そして、スペは思い出したかのように、懐刀のように忍ばせていた思いを、意を決してぶつけることにした。
「……そうだった、食べ物のことで危うく流されるところだったけれど、私、ホッパーちゃんに聞きたいことがあったんだった」
お皿にはパンケーキ一切れが残っていたが、それを眼中から排除したかのようにクロススキッパーに、スペは疑問をぶつけた。
「き、聞きたいことって……?」
スペは、やっちゃいけないとは感じつつも、スキッパーを問い詰めることにした。
「……ホッパーちゃん。知っていたの? クロが引退したってことを」
「クロスクロウ引退」。そのニュースはもはや全国ネットで知れ渡っている話だ。
スキッパーのここでの選択肢は二つ。
「何のこと?」と誤魔化すか。
もしくは……。
「……ごめんね。実は知っていたんだ」
「……っ!」
「待って!」
立ち上がってその場を後にしようとしたスペを、クロススキッパーは止めた。
そして、淡々と静かに、真実を打ち明けた。
「……僕だって、従姉さんが引退したのを知ったのはここに入学してからだったんだ」
「なのに、ずっとそれを私たちに黙っていたの……?」
「バンちゃ……うぅん、
「!?」
そう名指しされ、スペが振り返った先にいたのは、目に涙を浮かべつつも、目の輝きを失ってはいない前向きな思いを宿したクロススキッパーの顔が目に飛び込んできた。
「自分だけが辛いなんて思わないで! 僕だって……、僕だって、従姉さんが……イギリスでのウイニングライブ中に倒れた映像を生で見てた。従姉さんがどうなったのか気になってはいたし、一抹の希望を持って僕はここに来たんだ! でも結局従姉さんは呼吸器不全に陥って、事実上の引退を余儀なくされたって聞いた時……僕、どうして良いのかわからなくなって……」
「ホッパーちゃん……!」
今度は自分は泣かずに、クロススキッパーのことを自身の胸でスペシャルウィークは優しく受け止める。
フレアカルマとスズカに出来たことは、何も言わず、静かに時が過ぎるのを待つしかなかった───。
───それから5分か10分ほど後。
「どう? 落ち着いた?」
フレアカルマにそう尋ねられたスペとスキッパーは互いに顔を見合わせてから頷いた。
「お騒がせしました……」
「申し訳ありませんでした……」
そう2人が頭を深々と下げて謝ってくるのだが、
「もういいから、2人とも顔を上げて」
そうフレアカルマに言われて2人が顔を上げると、そこに、ページを開いたままのノートがあった。
「これは……?」
「あなたのレースプラン。……どうしても皐月賞に行きたいのよね?」
フレアカルマは覚悟を問うように、改めてクロススキッパーに尋ねると、
「……はい。僕、
スキッパーは深く頷いた。
「……そう。あなたの気は、そこだけは変わらないのね。まぁ、それは良いとして」
「「「え?」」」
先ほどの口調からして、クロススキッパーが皐月賞に出ることを頑なに譲らないのであれば契約解消もあり得たような雰囲気だったのだが、クロススキッパーが固い決意を持って皐月賞に臨む姿勢であることを再度確認したフレアカルマはあっさりと皐月賞へ向かうプランに
「問題は皐月賞の後。つまり、日本ダービーと菊花賞を走るか否かという話で……」
そこでフレアカルマは一旦ペンをテーブルの上に置き、両腕を前に組んで思い悩んだ。
「フレアカルマさん?」
「……チーフも言ってたけど、あなたの距離適正は、クラシック期だとまだ2000mをギリギリ走れるかどうか。それ以上の距離となると勝つどころの話じゃなくなると思うのよ」
「でも出られるだけで……」
「クラシック期の競り合いを舐めちゃいけないわよ」
普段の優しい彼女からは考えられないような、やや脅すような強い口調をスキッパーに投げかけた。
しかし、スペもその意見に内心同意した。
毎年クラシック三冠もティアラ三冠も白熱した戦いが繰り広げられるが、身体が出来上がっていないウマ娘たちにとっては周りからのプレッシャーや競り合いというのは辛く厳しいものがあることを、スペもスズカも身を持って経験している。
それに果たしてクロススキッパーが耐えられるかは分からないし、下手をすれば……という最悪のケースがどうしても頭を過ってしまう。
「……私の見立てでも、あなたの本格化のピークはきっと皐月賞にはまだ来ない。日本ダービーでもなく、もしかすると菊花賞の前後あたり。でもそこから長距離を走れるように体を作ろうとしたら、絶対に間に合わないはず。かといって、スプリンターをステイヤーの走り方に矯正するにはそれなりに身体が出来上がっていないと厳しいし……」
そう考えを口にしつつも、そこでフレアカルマは解決策を思いついた。
「……それなら、これでどうかしら?」
フレアカルマが提示してきたクラシック期のレースローテ、それは。
「ジュニア期のメイクデビューは……8月の小倉?」
「勝ち上がれれば、そのまま9月の小倉ジュニアステークスを狙ってみてもいいけど、まだあなたの走りに適したバ場が芝かダートかも定まっていない。だから、ここからは8ヶ月ほどすっ飛ばした話になるけども……」
「皐月賞の後に……アイビスサマーダッシュ?」
「それからマイルCSまでレース無し?」
「あくまでもこれはプランB。プランAは普通にクラシック三冠を狙うけれども、皐月賞を走った結果を見てからこっちに行くという手もある。プランCは……ダート路線になるかも。その話はまた今度ね」
「え、天皇賞・秋は?」
そのスズカからの問いにフレアカルマは、
「あっちは2000mという距離だけでも厳しいのに、クラシック・シニアの混合。だったらまだトレーニングに当てられる時間に余裕があって、適度な長さがあるマイルCSの方がいいと思うの。それに、うちの爆逃げコンビが今年は出る予定だし。絶対にハイペースで流れるはず。……それに」
「……あっ」
爆逃げコンビがハイペースで引っ張るレースで、ついでにスピカからはあの芦毛ウマ娘が出走するのをスズカも知っているのでフレアカルマが言わんとすることを察した。
フレアカルマも、あのウマ娘のプレッシャーは凄まじいものだと同門のメジロパーマーから聞いている。……尚更、身体が不完全な状態のクロススキッパーをそこに放り込む勇気は残念ながらフレアカルマには無かった。
きっと矢萩も同じ決断をするだろう。
「……」
ウマ娘にとって、自身の本格化のピーク云々はコントロール出来ない領域だ。
クロススキッパーもその点を悔しく思っていたが、
「……スキッパーちゃん」
そう言ってフレアカルマはクロススキッパーの目を見ながら、彼女の手を両手で包み込むようにして握って言った。
「もし、少しでも異常やその兆候があれば言ってほしい。私が気付けた時は、あなたを止める」
「……フレアカルマさん?」
「あなたのお従姉さんはね……とても我慢強い
フレアカルマが語るクロスクロウの印象。
それはあくまでも彼女が知っているさいたまトレセン学園時代の姿であるが、スペとスズカはその話を聞いて思わず頷いていた。
当のクロススキッパーも
今彼女が語ったクロスクロウの姿は、クロススキッパーのよく知る従姉そのままで変わりがなかったことに懐かしさや、胸が熱くなるような気持ちが湧き上がってきた。
しかし、我慢強く、頑張り屋で、レースに勝つために情熱を燃やしていた───それはまた同時に、「全力で命を燃やす行為」だったことと同義でもある。
ついでに言えば、従姉は塞ぎ込むことも多く、周りが思っているよりも内向的で、悩みを抱えても安易に誰かを頼ろうとしない性格でもあった───それは
その結果、従姉はどうなったか。
ここ数日で特にクロススキッパーは、従姉の選手生命の
「……だからもし、三冠へのチャレンジが、あなたか私が、「無理だ」と感じた時は言ってほしいし、言うわ。良いわね?」
「……はい。よろしくお願いします!」
だからこそ。
例え宮松サブトレーナーの提案が
もし、自分がある時点で三冠レースへの挑戦をあきらめるかもしれない、そんな未来が来るとしても。
「もしもの時は、私だけじゃない。チーム[ライジェル]のみんなを頼ること。いいわね?」
「あ、は、はい!」
目の前にいる人はいつでも自分の味方でいてくれる、チーム[ライジェル]の先輩たちや矢萩トレーナーにだって頼っていいんだ。
その確信と事実が、クロススキッパーにとってこれから始まるレース人生に、未だに見果てぬ、不安こそ抱かせるが、不思議と恐怖を忘れさせる温もりを与えてくれた。
が。
「フレアカルマさん。私たちもいます」
「うん……ホッパーちゃん。私たちチームは違うけど。何かあった時は力になれるかもしれない」
チーム[スピカ]の2人もそう名乗りを上げてくれた。
「バンちゃん……スズカ先輩……ありがとう。フレアカルマさん……いいえ、宮松サブトレーナーさん、明日からよろしくお願いします!!」
「こーら、
「あ、……はっはっは」
「ふふふ……っ」
緊張状態を感じたシリアスな空気から一転、4人からはいつの間にか笑いが漏れていた。そして、フレアカルマにとっての地獄はここで窯が開くことになった……。
再び4人は、フレアカルマの車に乗って中央トレセン学園への帰路に着く。後部座席に座っていたスズカとスペは外を眺めていた……が。
「まさかここまで
後ろの2人には聞こえないよう、フレアカルマは1人でゴチた。
というのも、シリアスな空気が去った後のスペシャルウィークの食欲といったら、まるでスーパーチャージャーを乗せたエンジンの如く。
気付けばあっという間に
お陰様でフレアカルマは大破沈座レベルの財布を抱えて帰る羽目に……。
「あの……フレアカルマさん?」
……そんな悩みを顔に出してしまっていたためか、クロススキッパーに心配された。
気を取り直して、このお出掛けの「もう一つの目的」を話すことにした。
「ねぇ、スキッパー」
「は、はい……何でしょう?」
「行きはどうだったか分からないけど、帰りの風景はしっかり目に焼き付けなさい」
「え? どういうことですか?」
「あなたは多分気付かなかったかもしれないけど、中央トレセン学園からこのお店までは何キロ離れていると思う?」
「えっと……3kmぐらいで……あっ」
距離に関しては大雑把にそれぐらいだろうと思ったクロススキッパー。
しかし、3km前後というと、
「そう。菊花賞とほぼ同じ長さよね。しかも、途中で高低差の激しい道や階段の登り降りなんかもある」
「……ということは、この行き帰りの道を使って走る練習も?」
「えぇ。考えているところ。ただ、それ相応のスタミナを備えておかないと片道だけでも大変になる。往復なら尚更」
そうして車で再び来た道を戻り始める。
クロススキッパーは運転席のフレアカルマに言われた通り、これからの「練習場所」を目に焼き付けようと目を凝らしていた。
「尤も、私だって最初はバテバテだったけど、今では往復約6kmなんて軽い運動程度よ?」
「僕もそれぐらいに?」
「もちろん、なれるわよ。やる気次第でね」
「……その時は」
クロススキッパーはつい声が嬉しさで上擦り、それを聞いた
「……えぇ。一緒に走りましょ」
「はい!」
春とはいえ肌寒くなり始める時間帯。
夕日が沈んだ府中街道を、黄緑色のクラシックカーが行く。
そうして、門限を破るよりも遥かに早く3人は自室に帰り着いた。
余談だが、例の手紙について話し合う場が後日設けられたのだが、それはまた別の話である。
※以下、#06の後書きを思い出しながら書いてます。内容違っていたらごめんなさい。
一応これで、修正前からずっと棚上げになっていたクロスクロウの引退関連の話にはある程度の決着がついたと思います。
でも、沼崎トレーナーとクロスクロウが「今後再登場しない」というわけではありませんよ?
なお、今回の話に、ハーメルンの別作品から登場してるキャラクターがいるんですが、気付いた人はコメント欄で教えてくださいねー。
正解したら豪華賞品をプレゼント(←豪華賞品は嘘だよ)