また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
ルドルフの次代生徒会長は?とか。
「ウマ娘ラストアンサーって結局ここではどうなってんの?」とか。
きっとスターク(元・はぎほぎ)様作の原本と、これまでのストーリー読んでいたら気になっていた人は多いはず。
お待たせいたしました。申し訳ございません。
……え?
「待ってない」?
「実馬編どころかクロスクロウの物語を碌に書かないくせに」?
「さっさと
ぴえん……。
……頭来た。
戦績鬼盛りのマシマシにしてやるぅ!
つよつよセイちゃんとか、雑穀は見たくない、って方は今のうちにブラウザバックを。
また、アイルトンシンボリ編の5話まで読み進めておくことをおすすめします。
※2023年8月20日追記……烏賊メンコ様より正式な許可をいただきまして、この度、『リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐』の主役チーム[キタルファ]を登場させることにいたしました。ただし、アニメ第三期が控えていることなどから、チームメンバーについては変更と追加が今後発生するかもしれません。ご了承ください。(ただし、キタルファTと、キング・ウララ・ライスのトリオがここでもチーム[キタルファ]の主軸であることは変わりませんのでその点はご安心ください)
※2024年2月9日追記……末尾のストーリーを修正しました。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称「中央トレセン学園」。
この世界ではウマ娘たちが主役となるレースが人々を沸かせる一大スポーツイベントとなっているが、中央トレセン学園は、日本全国から選りすぐりの実績を持つウマ娘たちが集う。
その数、中等部・高等部、そして大学部と大学院部、計12学年で2000人に及ぶマンモス校である。
そんな中央を、ある者たちは「トップスターたちの殿堂」として神格化しているが、またある者たちは「魔窟」と呼んで羨み、畏れてもいた。
だが、中央に集うウマ娘たちは、戦績の良し悪しだけが持ち味ではない。
それこそ、おおらかな校風故に良く言えば個性的、悪く言えば問題児もいるが、彼女らが行なうレースは見る者たちを魅了して止まない。
そして、それに比例して、中央トレセン学園は、3月から5月はとても慌ただしくなる。
何故かといえば、クラシック期とシニア期の様々なG1が混在するからだ。
まずは、短距離のシニアG1、高松宮記念があり、次に中距離シニアG1の大阪杯がある。
そこから4月に入ると、いよいよクラシック期のウマ娘たちを主役としたG1が始まっていく。
4月最初にティアラ路線最初の一冠、桜花賞があり、次にクラシッククラウン三冠の一冠、皐月賞がある。ここからは、天皇賞・春(シニア期)、かしわ記念(シニア期)、NHKマイルカップ(クラシック期)、ヴィクトリアマイル(シニア期)、オークスと日本ダービー(どちらもクラシック期)と毎週のようにG1レースが開催される。
これらに出走するのも中央トレセン学園のウマ娘たちである。
後世に『黄金世代』と呼ばれることになる
今日開催の第11
京都レース場で行なわれるこの由緒ある格式高いレースは、春三冠の二冠目を頂き、日本G1の最長距離を誇る。その距離にして、3200m。
クラシック三冠最後のレース、菊花賞の3000mよりも200m長く、外コース
なお、その先の第4コーナーから入った正面スタンド前の直線からゴールポストまでは403.7m。
スタミナの配分を誤れば、この最後の400mで差し返される可能性も十二分にある。
『さぁ、春の中央G1レースもいよいよ折り返し地点! 3月からの連続G1レース5週目の本日の第11
『そうですね、赤坂さん。今日出走する娘たちは、誰しもがドラマを持った娘たちばかりですし、推しウマ娘をワイド券で三人決めることも大変だと思います』
『ちなみに、細江さんの推しは?』
『そうですね、4番人気の
『おぉ、それはお目が高い!』
『えぇ』
すると、会場にアナウンスが響いた。
『間も無く、第11Rのパドックを開始いたします』
『……あぁっといけない。ちょうどパドックでのお披露目の時間が始まります』
解説席の女性陣2人の目の前のモニターが、パドックでの様子に切り替わった。
【1枠1番、ラストアンサー。5番人気です!】
最初に現れたのは、
その勝負服は髪の色とのコントラストが映える白灰色で、修道女を模したかのような姿である。
観客からは声援と一緒に何故かブーイングが混ざって飛んでくる。
そのウマ娘の声こそ観客の歓声とブーイングに掻き消されて聞こえないのだが、その修道女風の勝負服を着たウマ娘はケタケタと笑い、ハンズアップで歓声に応じた。
それに対して赤坂と細江は呆気に取られた様子で解説を続ける。
『えぇと……去年の菊花賞でミホノブルボンの三冠を阻止した差し脚で一躍有名になったラストアンサーですが、すっかりヒール路線が板についてしまっているみたいですね……』
その解説にラストアンサーは「ほっとけ!」と言ってるのが、読唇術が得意な人物なら映像を見ただけで理解しただろう。
……ところで、赤坂が「ヒール路線」と言ったがその原因は、数ヶ月前、
───この年のクラシック三冠に、観客たちは期待と羨望の眼差しを向けていた。
何故なら、今年は史上数年ぶりのクラシック三冠達成者が現れるかもしれなかったからだ。
前年ではトウカイテイオーが皐月賞、日本ダービーに出走するも、彼女は故障に泣き、菊花賞制覇は幻となってしまった。
ちなみにその菊花賞を制覇したのはチーム[プロクシマ]所属のレオダーバンなので、先ほどの話と繋げるならば、チーム[プロクシマ]所属ウマ娘による同一タイトル連覇ということになる。
だが、世間では、ミホノブルボンが皐月賞と日本ダービーを制し、シンボリルドルフやトウカイテイオーらと同じくデビュー以来の無敗三冠に王手を掛けていたことが、そのような偉業の達成を大いに霞ませてしまうことになった。
菊花賞当日。
歴史的な瞬間を見ようと、菊花賞の舞台となる京都レース場には
しかし、ウマ娘たちが一斉に出走し、レースが終盤に近付くにつれて、観客たちの響めきは増す一方だった。
そして、
『ゴ、ゴール!1着は───』
1着のウマ娘がゴールラインを越えた瞬間、京都レース場の空気が死んだ様に静かになった。
『1着は、
実況は熱く語る。だが、シーンッと静まり返ったレース場で次に出た音は、
『『『『あーぁ……』』』』
そんな落胆の声だけだった。
ところで一つ言っておくが、クラシック期を走ってるウマ娘たちは、大体が下は中学生、上が高校生であり、感受性豊かな時期だ。
そんな少女に対して心無きバッシングなどあってはならないことだ。
……そんなことを忘れた愚か者が、例え巨悪の国がとっくに滅びていようと一定数出るのだ、悲しいことに。
今日の勝者ラストアンサーは髪の色とのコントラストが映える白灰色で修道女を模したかのような勝負服をたなびかせて、観客席に手を振るが……返ってきた言葉は、到底、正々堂々と栄冠を勝ち取ったアスリートに向けてはならないものだった。
「なんで邪魔する!?」
「お前が勝たなきゃブルボンの三冠が見れたのに!」
観客たちの落胆は、わからないでもない。
ここでミホノブルボンが三冠を達成していたのならば、ミスターシービーとシンボリルドルフが二年連続で三冠を達成した時の再現をリアルタイムで見られたかもしれないからだ。
しかも無敗の三冠。この世界ではシンボリルドルフ以来の快挙になり得た。
それは年端も行かない少女たちが背負うにはあまりにも重すぎる期待だった。
その上、その期待を裏切ってみせた大番狂わせが現れればどうなるか?
当然、ヘイトが湧く。悲しいことに。
……しかし、そんなヘイトすらも吹き飛ばしたのは、他ならぬ
『おっと、ラストアンサー、ウィナーズサークルの記者団からマイクを奪い取りました!?』
1着で勝利した者がとんでもない暴挙に出たことに観客も実況も唖然。
当の本人は息を大きく吸い込んでから、
『ごちゃごちゃ五月蝿ぇ!正々堂々やって勝ったんだ、文句あんのか、あぁん!?文句あるならてめぇが走れそこのハゲ!!』
そう言いながら天に向けるかのように中指を立てた。
……その翌日の新聞の一面がその時のラストアンサーの姿だったことは言うまでもなく。
しかも見出しには〔ラストアンサー、マジギレ〕、〔菊花賞、ライブキャンセル!〕という文字まで踊ってる始末だった。
「ラストアンサー。あなたが何故呼び出されたか、お分かり?」
府中の中央トレセン学園の生徒会室。
椅子に腰掛けているのは、セミロングで、右側に緑のリボンでサイドテールを結んだ少女が、普段は可愛らしい顔を顰めて怒り心頭、今にも対面する少女に雷を落としかねないほどの視線で睨みつけていた。
対する少女は、深い漆黒の髪をし、
むしろ、
「もちろん分かっている。だが、先に言わせてくれよ……」
少々面倒臭そうに頭を掻きながらラストアンサーは弁明する。
「……言っとくが、俺は9割悪くない。むしろ悪いのはぁんの、クソ観客共だろうが……。マナーが悪すぎるぜ」
「マナーもへったくれもあるもんですか! これ! どうするおつもりで!?」
一面に堂々と……中指の部分にはモザイクが掛かっているが、口にもモザイクが。まるで……いや、ホントに放送禁止用語の規制処理まで写真に施されたようだ。
「観客に中指なんて立てて! 暴言を吐き、さらに1着と2着のウマ娘が揃ってライブ拒否だなんて!?」
「待てって。ライブ拒否はともかく、前半部分はあんただってよくわかってるだろ? キングヘイロー会長」
「でも!」
「俺は1人のウマ娘として、1人のアスリートとして、あの観客どもの態度が許せなかったんだよ。G1を1つ獲るだけでみんな死に物狂いで練習してんのに」
「それは……」
それはキングヘイローにも思い当たる節があった。
黄金世代の一翼を担った彼女にはクラシック期・シニア期を通して強力な同期たちに幾度もG1制覇を阻まれたものだ。彼女がスプリンターズSの栄冠を掴むまでに重賞を少なくとも10敗はしていた。それでも這い上がって、いくら泥をかぶりながらも諦めずに挑んだ。
つい4ヶ月前にはラストアンサーの妹であるライスシャワーが宝塚記念を制したが、同じレースに出走したラストアンサーは日本ダービーからの余裕のないローテだったとはいえ5着で敗北を経験している。
ウマ娘にはよくあることだが、「一勝が遠い」。一介のOPバに過ぎなかったラストアンサーが強敵揃いのG1に挑むのであれば尚更そのハードルは上がる。
「なのに褒められるどころかガッカリされた上に、観客の一人になんて言われたと思う?〈どうして邪魔をするんだ〉なんてな。ふざけんじゃねぇよ。確かに中央トレセンの生徒があんな態度取るべきじゃなかったのは反省してる。だが、後悔はしてないぜ」
そう言うと、ラストアンサーは制服のポケットに忍ばせていた茶封筒を、中央トレセン学園現生徒会長、キングヘイローの目の前で机に叩きつけて、ドアの方向へと回れ右する。
「あんたが辞めろ、っていうなら責任とって辞めてやるさ。出走して頑張ってる
「ちょ、ちょっとこれ……!?」
それは〔退学届〕だった。
止めようとする間も無く、ラストアンサーは生徒会室を出て行ってしまう。
「何もそこまで言うつもりは無かったのに……」
キングヘイローはそう溜め息を吐くのだが、
「……でも果たして、このままあなたを周りが放っておくかしら?」
そう言うと生徒会室備え付けの電話の受話器を手に取り、キングヘイローは何処かへ電話し始めた。
一方、ラストアンサーが生徒会室を出て早々。
「ら、「ラストアンサーさん」!」「お姉さま!」「おい、ラスアン!」
そこに待ち構えていたのは4人のウマ娘。
一人目は、赤寄りの栗毛が目立つ、一見すると無表情だが、右足に包帯を巻き、松葉杖をついてた。
二人目は、穴を開けた帽子を右耳に被ってる栗毛のウマ娘。
三人目は、赤み掛かった茶髪が癖っ毛の付いたショートヘアーのウマ娘*1。
そして最後の一人は、深い漆黒の髪をし、長い前髪が
「ライスに、マチタンに、ボーガンに……それにブルボンか。何しに来た?」
「あなたを止めに来たんです」
「あ、あの! まさか本当にこの学園を辞めたりは……」
「あぁ、さっき会長に辞表を叩きつけてきた」
「お、お姉さま!? いくらなんでもそれは……」
ラストアンサーの双子の妹───ライスシャワーは泣きそうな顔をしている。
だが、そんな彼女を、背丈はあまり変わらないもののラストアンサーは優しく頭を撫でた。
「……悪ぃな。俺なりのケジメだ。さすがにムカついたとはいえ、アレはやりすぎた」
「あぁ、確かにな」
「でも、あれは
赤み掛かった茶髪のウマ娘───その名をキョウエイボーガン。今回の菊花賞で
キョウエイボーガンはラストアンサーが「(自分の行ないについて)やりすぎだった」と反省したことに頷くのだが、一方で赤寄りの栗毛が目立つウマ娘───ミホノブルボンは冷静に、ラストアンサーを射抜くような視線を送りつつ、ラストアンサーの、あの時の行動は「正しいことだった」と擁護する。
「おいおい、優等生のサイボーグがそんな庇い方していいのか?」
ちょっと脅すかのような口調でラストアンサーはそう言うが、ミホノブルボンはむしろ冷静に返した。
「……正直に申し上げますと、私は感情表現を表に出すことは苦手です。菊花賞に負けたのも……何というべきか……」
「悔しい?」
「……えぇ。きっと、そうなんだと思います。菊花賞であなたに逃げ切られて負けてからずっと、そう、私は「悔しかった」んです。でも、だからこそ私を打ち破ったあなたに対して、あの時の観客たちの言葉はあまりにも心無いものだと思いました。感情……これはきっと「怒り」。……えぇ。私も怒っているんです」
無表情で、感情表現がお世辞にも上手ではない普段のミホノブルボンからは想像もできないような、赤く怒りを醸し出すオーラのようなものが彼女の体から漏れ出ているのが、ラストアンサーにも伝わってきた。
「私だって激おこプンプン丸だよ! ラストアンサーさんのお陰でブルボンさんは怪我に気付けたし。もし気付かないままだったらどうなっていたかわからないのに!」
「そ、そうだよ。ライブをキャンセルしたのだって、お姉さまがブルボンさんを病院に運んだだけなのに」
「あとな、お前。ネットで〔リアル○ェント様*2*3〕とか言われてんぞ?」
そう言ってボーガンが持ってきたスマホには動画サイトに投稿されたであろう、昨日の菊花賞の映像。そこでラストアンサーがブーイングを投げかけてくる観客たちに対して中指を立てた瞬間に流れたコメント*4に思わず、
「ぷっふ……くっふっふっふ……〔リアルヴェ○ト様〕っておま……、こ、こんな時に笑わせにくんじゃねぇよ……!」
変なところでツボにハマったラストアンサーは笑いを堪えるのに必死だった。
「はっはっは……笑わせてくれるじゃないか」
「あぁ。この動画にコメントしてくれてる奴らのほとんどが「お前は悪くない」って言ってくれてるぞ?」
「うん、だから、ラストアンサーさんが学園を辞める必要なんてないよ!」
「そうだそうだ。菊花賞では逃げ切れなかったけどな、次の有馬ではお前諸共、今度は千切って勝ってやるんだからな!」
「お姉さま、ライスね、今回は負けちゃった、けどね……来年の天皇賞・春、一緒に走って、今度こそはお姉さまに勝ちたい!」
「私は怪我でジャパンカップも有馬記念も今回は無理です、でも、来年の天皇賞・春、おそくても宝塚記念か有馬記念では必ず再戦を……!」
「あぁ……気持ちはありがたいんだが……」
「だが? なんだよ?」
「……それは別に、中央トレセンだからこそできる、ってことじゃないんだよな」
その瞬間、空気が死んだ。
「俺だってただ責任を取るだけで辞めるつもりじゃねーよ」
「え? でも、一体どこへ行くつもりですか!?」
「そうだなぁ……さいたまトレセンもいいし、群馬トレセンに行くのも良いかもな。桜葉理事長のオファーを受けてみるつもりだ*5」
「え、でも、お姉さまのトレーナーさんは?」
「そういえば、丘部トレーナーは? 昨日、京都レース場にいなかったように思いますが……?」
そうミホノブルボンに指摘されると気不味そうに答えるラストアンサー。
「あぁ……トレーナーな……一昨日から入院してるよ」
「「「「え?」」」」
そう言われた4人は唖然とした。
すぐに「何故?」と聞こうとしたところでラストアンサーが答えた。
「それがな……物が二重に見えるとか言い出して、病院に放り込んだんだ。検査してもらったら脳卒中を起こす一歩手前だったんだ」
「え!?」
思った以上に重たい話が待っていたことに、その場の空気がまた凍る。
「どうしても生でレースを観戦したい!って言って聞かないのをお医者さんたちが抑え込んだんだと。きっと菊花賞はテレビか録画で見てただろうし、あの醜態も見てるだろうな……」
ラストアンサーが退学届を叩き付けてきた理由はそこにもあった。
彼女が所属するチーム[プロクシマ]はこの中央トレセン学園における老舗チームであり、そのチーフトレーナーの丘部もこの道30年以上のベテランであり、あと数年で定年退職する年齢だ。
そんな丘部トレーナーは、ラストアンサーが中央トレセン学園に入学してからというもの、よく目を掛けてくれており、そのまま丘部トレーナーの率いるチーム「プロクシマ」に入部した。
「……さっきキングヘイロー会長にも言ったが、1割は確かに俺も悪い。
「でもそれだけなら丘部トレーナーは……」
「わかってる、わかってるさ……」
ラストアンサーは丘部トレーナーが自分を見捨てることはないだろう、という信頼を持っていた。それがより、ラストアンサーにとっては辛かった。
「俺にとっては、これまで俺を手塩にかけて育ててくれた丘部トレーナーのためにも「最低でもG1を1勝でも獲って喜んでほしい」って思っていたんだよ。元はと言えばその一心から、これまでの辛い練習も、敗北も全て飲み込んできた。なのに、いざ菊花賞を獲ってみたら、どうだ? この有様だ。トレーナーを喜ばせるどころか、マスゴミどもが好き放題吐き散らしたスキャンダルでトレーナーのストレスを恐らく増やしただけに終わっちまったし……」
「お姉さま……」
「けどよぉ、ラスアン……」
「ら、ラストアンサー!」
ライスシャワーもキョウエイボーガンも。
もちろん、ミホノブルボンもマチカネタンホイザも、意気消沈するラストアンサーにどう声を掛けていいものか悩んでしまう。
そんな時に、聞き慣れた皺枯れた男性の声がラストアンサーの耳に届いて、振り返ると、そこには髪がロマンスグレーに染まった紳士がいた。
杖をつきながら、眼鏡を掛けた大柄な芦毛のウマ娘に支えられている状態で。
「丘部トレーナー……」
「ラストアンサー、キングヘイロー会長から話は聞いた。まだお前がここにいると言うこともな」
そう言われてラストアンサーはあることに気付く。
「……おい、お前ら、もしかして?」
ジト目を生徒会室前で待ってた4人に向けるラストアンサー。
そう、4人の役目は、ラストアンサーの説得兼足止め役だったのだ。
バツが悪そうな顔をする4人。特にボーガンは吹けてない口笛で無理やり誤魔化そうとしていたが。
「あとで覚えとけよ……」
「ラストアンサー。勝手にやめてもらっては困る」
「はぁ〜……言うと思ったぜ爺様……俺はな、爺様……」
「悪いが、話は聞かせてもらった」
「……えぇ!?」
さっきの小っ恥ずかしい話、よりにもよってトレーナー本人に聞かれていたのか!?
そう思うとラストアンサーは耳の先まで赤くなってしまう。
「ぜ……全部聞いてた、ってどこからだよ!?」
「トレーナーに無理させちまって、という所からだ」
「う、うっわぁ……」
「確かにな。お前の落ち込みも理解できる。私にとって、また教え子が菊花賞を勝つ姿を見たかった*6。それが祝福された場でなく、マスコミ共が好き勝手言ってるような有様で。確かにお前は私に迷惑をかけるだけに終わってしまった、と思っているかもしれない、だが、それが何だ。「ラストアンサーの菊花賞の勝利を誰も喜ばない」などと誰が言った?」
「え、で、でも……」
「そもそも教え子であるウマ娘が勝利したことを喜ばないトレーナーなどおらんだろ。だからだ。改めて言おうじゃないか」
そう丘部トレーナーは区切り、ラストアンサーをジッと見据えて、喜んでいる口調で言ってみせた。
「……ラストアンサー。私はお前を誇りに思うぞ」
「じ、爺様……」
「あぁ、泣きそうな顔をするな。お前らしくもない。いいかラストアンサー。菊花賞だけと言わず、
「え? ……本気で言ってるのか?」
「当然だろう。次は有馬記念か天皇賞・春を狙っていこう。今度こそ観客に祝福させてやろうじゃないか」
「うぅ……だから爺様……ズルいぜ……」
その日、年甲斐も普段の男勝りな態度もなく、ただただ泣き噦るラストアンサー。
一方、ラストアンサーの説得兼足止め役だった4人は、生徒会室からそっとこちらを見ているキングヘイロー会長の姿を見つける。するとキングヘイローは「ちょいちょい」と言わんばかりに手でおいでおいでをして4人を呼び寄せると、さっきラストアンサーが自分の机に叩きつけた〔退学届〕を渡し、「ラストアンサーさんに返しておいて」と言う。
ついでに言伝として、「ウマ娘自身が退学届を出しても、担当トレーナーがNoと言ったら無効になるって教えておいて」と述べていた。
そんなやり取りなど目にも耳にも入ってこないぐらいにラストアンサーはその日、菊花賞で泣けなかった分まで泣いていたという───。
───舞台は再び天皇賞・春のパドックへ。
【2枠3番、ライスシャワー!】
先ほどのラストアンサーとは異なり、パドックで彼女を迎える観客たちは拍手や声援を送っていた。
『今日は7番人気ですが、
『菊花賞に続きラストアンサーが勝利するか、それともライスシャワーが春の盾を獲得するのか……!』
『ライスシャワーの場合は
その姿はラストアンサーとはあらゆる意味で対照的であり、ライスシャワーの勝負服は大まかにはウエディングドレスを思わせるデザインをしているが、姉のラストアンサーとは真逆に漆黒である。
また、ラストアンサーは内ハネが強い髪で、前は
「───あぁ、いたいた、ライスー!」
そう大声を上げてパドックの観客席から手を振ってくれたのは、キョウエイボーガンだった。
「ボーガンさん!」
「ラスアンにも頑張れって言っといてくれよ!」
「分かったよー!」
「あ、ライスちゃーん! 頑張ってー!!」
「ステイヤーの意地、見せてやりなさい!」
「うん、ウララちゃん! キングさん!」
中肉中背の若い男性トレーナー*7に付き添われて、彼の担当であるハルウララとキングヘイローからも声援が飛んできた。
彼女たちに手を振りかえしてランウェイを戻ろうとすると、そこには、
「マチタンさん」
「ライスちゃん、今日はよろしくねー」
「はい! よろしくお願いします!」
次の出走者であるマチカネタンホイザがおり、2人はすれ違いざまに挨拶を交わすと、ライスはパドック裏へ戻っていき、マチカネタンホイザが代わりにパドックに姿を表した。
ここはチーム[ライジェル]のチームルーム。
テレビの前に集まり、天皇賞・春の行く末を固唾を飲んで見守るサブトレーナーであるフレアカルマとチームメンバーたちがいた。
その他に何故か射手園トレーナー率いるチーム[セントーリ]の面々も集まっていた。先日のマイラーズカップを終えて、次走であるヴィクトリアマイルに備えるためであったのだが。
「どうしてチーム[セントーリ]もここに?」
ふと疑問に思ったのでクロススキッパーがそう尋ねるものの、
「クロススキッパーさん。疑問が尽きぬようで逸る気持ちは理解いたします。ですが、今は目の前の試合に集中するのがよろしいかと思います」
「そうだよー? チームの先輩が頑張ってるのにスルーしちゃうのはマヤ、良く無いと思うなー」
クロススキッパーの疑問は尽きなかったが、もみあげの縦ロールが目立つと同時に貴賓の漂う人形のように整った顔立ちのウマ娘に嗜められ、恐らくは自分の名前を略したであろう「マヤ」という一人称を名乗るオレンジ色に近い色の栗毛のウマ娘に「めっ」と言われて、再びテレビモニターに目を向けた。
少年──その名を
ただ、前髪に流星のような白いメッシュが入っており、その見た目はウマ耳と尻尾がないことを除けばウマ娘そっくりでもある。
しかし、一見すると全部で10人が集まった大所帯なのだが、チーフトレーナーの矢萩と、ヘリオスとパーマーは共に
そんな面々の中で、黄緑色のイヤーカバーを付けた小柄なウマ娘、アイルトンシンボリはただ一人落ち着かない様子だった。
「……どないしたのアイル?」
隣にいたチームメイトのダイタクヤマトがそう尋ねると。
「何かボク、あのレースに出てなきゃいけない気がしてきて……」
「またなん?」
「あの、どうしたんですか、先輩?」
「……あ、あぁ、いや、何でもない。時々あることだから気にしないで……」
そういえば、こんな「発作」を今の今までクロススキッパーや、チーム[ミモザ]から合流したデュランダルたちの目の前では見せたことはなかった。
アイルは慌てて取り繕うのだが、ヤマトは「あぁ、あん時とおんなじどすか」と言いながら一瞬頭を抱えた。ヤマトのいう「あ
ところで、前にアイルがこんな反応を示したのは、
【お待たせしました、本日の1番人気。4枠8番セイウンスカイです!】
テレビからはパドックからの拍手と歓声が響いていた。
それも当然だろう、今日の1番人気ともなれば、会場の観客たちの興奮はより増していくものだ。
【セイウンスカイ。去年は1年間海外遠征を実施した結果、
【しかし、今回でトゥインクルシリーズからの引退とドリームトロフィーリーグへの移籍を宣言しているため、最後のレースにもなります】
【まだターフの上ではないにも関わらず、パドックからは溢れんばかりの拍手。今回のレースにおける出走者の中では最もベテランです。果たして現役最後のレースで錦を飾ることはできるのか】
【そのベテランに挑むは、2番人気、5枠9番メジロパーマー!】
セイウンスカイの次にパドックに現れたメジロパーマーに、先ほどまで盛り上がっていた会場はさらに興奮を増す。
【去年は約半年に渡るイタリア挑戦のため、天皇賞・春への出走を取りやめましたが、新設されたばかりのG1
【しかし、そんな2人に待ったを掛けるウマ娘たちはまだまだいます、6枠10番、ミホノブルボン! 今回は6番人気で参戦です!】
観客からの声援、それに対してミホノブルボンは、
【きゃー!】
黄色い悲鳴が上がった、その理由は、ミホノブルボンが笑顔で声援に応えてみせたからだった。
【ミホノブルボン……何だか雰囲気が変わりましたね】
細江は驚いたような感心したようにそう述べる。
ミホノブルボン───「サイボーグ」という二つ名を持つ彼女は、これより前のレースといえばラストアンサーに敗れた菊花賞であるが、その際に観客から声援を送られても表情一つ変えることがなかった。
それが、今日に至っては、観客に微笑んで小さく手を振ってくれた。
……ならば、デジたんのごとくぶっ倒れる観客がいても何もおかしくないわけだ。
【菊花賞の後、跛行が見つかり一時は引退も囁かれていましたが、見事に復帰。菊花賞で敗北したここ京都の舞台を、リベンジの場に選んでの参戦です】
【えぇ。菊花賞ではまさかのラストアンサーによるライブボイコットでしたが、実はその裏でミホノブルボンを病院に担ぎ込んでいたとか。あれがなかったら、きっとこの姿は見れなかったかもしれません】
【6枠11番、トウカイテイオー!】
誰もが主役になり得るこの
【全ては菊花賞での悔しさをここでぶつけるため!
お披露目が終わると、トウカイテイオーはパドック裏へ引き上げていく。
その代わりに現れ、テイオーとハイタッチを交わしたのは、
【そのメジロマックイーンは今回3番人気、7枠12番での出走です。
出走するウマ娘たちがパドックでのお披露目を終えて、地下バ道を通り、ターフへとやってくる*10と、
「「「「ワァァァァァァッ!」」」」
彼女たちを出迎えたのは、先ほどのパドックとは比べ物にならないほどの大歓声だった。
チームメイトとトレーナーが観戦できる席から虹色のメガホンを持って応援にやってきた葦毛のウマ娘がいた。
「スゥー……パーマー姉様!!」
思いっきり息を吸い込んで、地下バ道からターフに上がってきたばかりのポニーテールのウマ娘に声を投げかける葦毛のウマ娘。
大声に振り返った鹿毛のウマ娘。前髪には稲妻を思わせる白いメッシュが掛かっており、黄色いインナーシャツに、白を基調として肩から袖口にかけて緑の帯が入ったゴルフウェア風の勝負服を着ており、深緑色のスカートには、ピンク色のスカーフが腰回りに巻かれている。
声の主を探して観客席をキョロキョロ見回していた鹿毛のウマ娘だったが、すぐに見つけて手を振り返してくれた。
「お、おぉー、ローヌ! 来てくれたんだね!」
「当然です! お姉様の晴れ舞台、生でしっかり観戦させてください!!」
するとそんな2人のやり取りが目に入った別のウマ娘から声が掛かる。
「んお? ローヌちん!」
「ヘリオスさん!」
お互いに駆け寄ったかと思えばハイタッチし、
「「ウェーイ!⭐︎」」
元気よくギャル語で挨拶を交わす。何かを掲げようとしたメジロシクローヌとダイタクヘリオス。
しかし、一旦手を引っ込めてから2人はターフの上のメジロパーマーに向き直り、そして今度は3人同時に、
「「「ウェーイ!⭐︎」」」
と、3人で頭上にメロイックサインを掲げた*11。
「イェーイ! パマちん、ぶちかませ!!」
「ウィー! 行ってくる!!」
そうしてゲートに向かって歩み出していくメジロパーマーの背中を観客席から見送る二人。
しかし少々呆れたように、初老の男性トレーナーがこう言った。
「はぁー……ローヌ、パーマーの晴れ姿が見たかったのは理解するが、ラストアンサーのことも応援してやりな?」
「あ……そうだ、忘れてた。ラストアンサー先輩! 先輩も頑張ってね!」
「先輩。ウィナーズサークルでお待ちしています!」
同じ所属チーム用の関係者席からメジロシクローヌと、眼鏡を掛けた芦毛のウマ娘───ビワハヤヒデたちチームメイトや後輩がラストアンサーに声援を送る。
一応その応援に、ラストアンサーは一瞬振り返って手を振って応じてチームメイトたちがいる観覧席を見た……のだが。
「ゲゲッ、会長だ……」
「ちょ、ちょっと! その反応はないでしょう!?」
なお、彼女たちが担当トレーナーと共にいる観客席とターフまではかなり離れていた。
なので、ラストアンサーの呟きはキングヘイローに届きこそしなかったが、嫌なものを見たような顔をしてプイッと顔を逸らしてしまった。
一応ラストアンサー自身はトレセン学園の問題児の一人という自覚があり、先日の菊花賞の件もあり、半年経っているとはいえ、あれ以来何となく生徒会長のキングヘイローには顔を合わせ辛かった。
しばらく彼女たちは芝の上で軽く足踏みをしながら芝の感触を確かめたり、しゃがんで手で触ってみたりした。
第10Rともなれば、いくら良バ場とはいえバ場も荒れてくる。
案の定、9回もレースを繰り返していた部分では芝が弱くなっていたり、剥がれているのも散見された。
そんな時、ラストアンサーがメジロパーマーに絡みに行った。
「よぉよぉ、パマちん。うちのチームの後輩ちゃんからのエール、一心に浴びれてどうよ?」
「そりゃ当然!……」
「最高!」と言いたかったメジロパーマー。しかし、この娘の利点でもあり欠点でもあるのは、人の反応を気にすることだった。
メジロ家では同年代のライアンやマックイーンたちの間に挟まれて仲裁役をすることも多く、ブライトやドーベルのような親戚の従姉妹たちを可愛がっていたことも影響してか、遠慮がちな性格に育ってしまった。
故に、空気の読み方が上手いだけに、「これを言ったら嫌な顔される」とか「相手を傷つけてしまう」ということを気にする。
そんな反応を見たラストアンサー。
「……ははははっ! あっはっはっは!」
悪戯っぽく笑い、メジロパーマーの肩を叩きながら、
「なんてな、冗談だよ。チームは違えど、家族関係ってのは簡単に割り切れないもんさ! 俺だって、
「尤も、メジロシクローヌほど熱狂的に、とまでは行かないかもしれないが」とラストアンサーは呟く。
その上でもう一度問う。
「でだ、パーマー。もう一度聞くぜ? 自分の
と。
すると、パーマーは一旦飲み込んだように「……うん」と頷いて、
「……当然だよ。最高だよ!」
満面の笑みでそう答えてみせた。
「そうさ、それだよ。その顔が見たかった。今日はよろしく頼むぜ」
「……うん、お手柔らかに」
『ご覧ください、京都レース場、既に観客席は満員です! そんな中、ターフの上ではメジロパーマーとラストアンサーが握手を交わしています。互いの健闘を祈ってのことでしょうか、それとも宣戦布告か』
「ちょっと? お二人とも?
「あ、……マックイーン、ライアン。その……」
「パーマー。漸くこの場に現れたね?」
メジロマックイーンとメジロライアンに声を掛けられたメジロパーマーだったが、少々気不味い。
『おっと、ここでその二人に割って入っていったのは3番人気のメジロマックイーンと9番人気のメジロライアン。忘れちゃならないのが、今年は一昨年と同様のメジロ家の同期同門対決! 3人が揃ったことで観客席は大歓声に包まれております』
『何せ、今年の天皇賞・春をメジロマックイーンが勝利すれば、
『でもでも、今回のレースはそれだけじゃないんです。えー、これは去年のメジロマックイーンの勝利インタビューの様子です』
赤坂がそうアナウンスし、京都レース場の正面スタンド前のモニターに映し出されたのは、去年の天皇賞・春でレース後に予備の勝負服姿で会見の場に現れた時のメジロマックイーンの映像。
【メジロマックイーンさん、天皇賞・春、優勝おめでとうございます】
【ありがとうございます】
【お祖母様のメジロアサマさん、お母様のメジロティターンさんに続き、親子孫三代による長距離天皇賞制覇を達成された今のお気持ちは?*12】
【えぇ、勝利できたことについては今は素直に喜びたいです】
【……
メジロマックイーンから聞き出した答えに引っ掛かりを感じた記者が聞き返してきた。
すると、待っていましたと言わんばかりにマックイーンは会見の場でテーブルをバンッと叩き、
【えぇ、
【納得がいかない事、ですか?】
そんな答えが飛び出したことで会見場にいた記者たちは何事かと困惑して響めく。
【あの、質問をよろしいですか? 月刊『トゥインクル』の乙名史です。それってもしかして、メジロマックイーンさんは、メジロパーマーさんとの対決を望んでおられたのでしょうか?】
乙名史と名乗る女性記者がそう踏み込んだ質問をすると、より記者たちの間での困惑は増す。そしてその指摘は当たっていた。
【えぇ、実はその通りですの!
【つまり、ここを菊花賞と天皇賞のリベンジの舞台としたかったのですね?】
【まさにその通りですわ! ステイヤーズステークスで逃げ切り勝ちを見せておきながら、なのに、今年に入って突然にイタリア遠征発表!? そんなの聞いてませんわ!】
すると、マックイーンはカメラの一つを見つけて視線を合わせると、まるで「おいでおいで」をするような手招きをする。それがズームの合図だと察したカメラマンはマックイーンの顔をドアップで映した。
それを見計らってマックイーン、会見のテーブルに置いてあったマイクを引っ掴むように口元に持ってきて、絶叫するかのように言った。
【メジロパーマー! あなたは今一体どこをほっつき歩いておいでですの!! どこ行ったのか存じませんが、見てるんでしょう! すぐにも答えなさい!!】
【あぁ、っと、失礼しました……】
横に座っていた黄色いシャツに皮のベストを着た男性トレーナーが慌ててマックイーンを諌める。
マックイーンは、明らかに「納得いかない」という態度で、顔をプイッと横へ逸らした。
が。
【す……す……】
?
一体どうした事か。
マックイーンも
【素晴らしいです!】
先ほどのマックイーンの絶叫にも似た声に引けを取らない音量でハイテンションになる乙名史記者。
なお、観客席で見ていた人々はその際に発生した一瞬のハウリングに耳を塞いだ。
【ライバル無くしてレースなどあり得ない、自分を打ち負かした宿命のライバルを倒してこそ春の盾に相応しい勝利である、と。だからそれまで他に追随するものを許さないレベルでこれからもレースを走っていくつもりだから、早くパーマーさんに戻ってこい!と、血が滾っているんですね!?】
【え……えぇ、もちろんですわ!】
乙名史のマシンガントークに面食らうマックイーンだったが、すぐに冷静さを取り戻して受け答えをした。
その様子を大観衆の目の前で見せつけられて、マックイーンもちょっと恥ずかしそうに顔を逸らすのだが、パーマーは「あちゃー」と髪を掻く。
『……と、メジロマックイーンはそうインタビューに答えておりましたね』
『えぇ』
ちなみにこれ「許可取ってんのか?」と思うかもしれないが、許可も何も、メジロマックイーンが『この時の会見の様子をレース前に流してほしい』と少々無理を言ってリクエストしたものである。
だが、この日を待ち望んでいたのはメジロマックイーン本人だけではなく、もちろん、このレースを見に来た人々のほとんどが、この京都の舞台でメジロパーマーとメジロマックイーンによる
これに付随して、
『去年のメジロパーマーは
『しかし、メジロマックイーンだって雰囲気は全然負けていません。名門メジロ家の名は飾りではない! 去年の
『しかし、しかし。そんな二人に待ったを掛ける存在がいます。それはもちろんラストアンサーです! 前走のダイヤモンドステークスではメジロパーマーの二度目の勝利を許してしまいましたが、それでも半バ身差まで詰め寄っての2着、その前に走ったOP戦の万葉ステークス*13は快勝。菊花賞でも逃げのステイヤーとしての素質を1着という結果で示して見せた彼女なら十分に今日の勝利も狙えますよ?』
『他のメンバーも豪華です。チーム[カノープス]からはナイスネイチャとイクノディクタスとマチカネタンホイザが参戦。チーム[アルタイル]からは───』
【───日本のウマ娘ステイヤー頂上決戦、春の盾を獲得して世代最強の勝鬨を上げるのは果たして誰か!? G1天皇賞・春、発走まで今しばらくお待ちください】
画面上では、マックイーンの鋭い視線がパーマーに向けられている姿がしっかりと映っていたのだが、たまたま観客席を撮影したビジョンが正面スタンド前のモニターに映し出されると、そのマックイーンに対して睨み返しているように見えるメジロシクローヌの姿が。
それを見たマックイーン、パーマーに視線を送るのを辞めてゲートへと移動していく姿がモニターに映し出されていた。
その様子に観客の一部が騒めく。
【メジロマックイーンが二人?】
【いや、よく見ろ、観客席にいたのはメジロシクローヌだったぞ】
そんな観客の会話が中継のマイクに拾われていた。
「……言われてみれば、メジロシクローヌって、マックイーンに似ているなぁ」
そうポロッとデュランダルが呟くと、クロススキッパーが注意するかのように言った。
「あ、あの先輩」
「何だ?」
「それ、セイラン……いえ、シクローヌの前では絶対に言わないでくださいね」
「……はぁ? 何でだ?」
「あの子、メジロのステイヤーというとパーマーさん推しでして。それにメジロ家の養子になってからも容姿が似ているせいで間違われることがよくあったので」
「あぁ……なるほど」
テレビでメジロパーマーたちがゲートに向かっていく姿が映ってる最中、改めて天皇賞・春のコースレイアウトを見直す。
天皇賞・春のスタート地点は京都レース場向正面、第2コーナー付近からである。
ここから高低差4.3mの坂を駆け上がり、下り、一周回ってからまた登って下る。
このようなコースレイアウトを備えた練習場はあるはずもなく、もし菊花賞を走ったことがなければあまりの過酷さに膝をつく……いや、スタミナが保たず一気に後退する羽目になるだろう。
出来ればローペースであることを望みたいが、そうも行きそうにない。
クロススキッパーは改めて、手元の本日の出走者の欄に目を通す。
天皇賞・春(G1)
芝右3200m / 天候 : 晴 / 芝 : 良
| (枠番) | (バ番) | (ウマ娘名) | (所属チームorトレーナー名) |
| 1 | 1 | ラストアンサー | プロクシマ |
| 2 | 2 | ミニベロニカ | ファースト |
| 2 | 3 | ライスシャワー | キタルファ |
| 3 | 4 | マチカネタンホイザ | カノープス |
| 3 | 5 | ナイスネイチャ | カノープス |
| 4 | 6 | タケノベルベット | アルタイル |
| 4 | 7 | メジロライアン | プロキオン |
| 5 | 8 | セイウンスカイ | トラペジウム |
| 5 | 9 | メジロパーマー | ライジェル |
| 6 | 10 | ミホノブルボン | 黒沼 |
| 6 | 11 | トウカイテイオー | スピカ |
| 7 | 12 | メジロマックイーン | スピカ |
| 7 | 13 | イクノディクタス | カノープス |
| 8 | 14 | ラピッドビルダー | 鳥居 |
| 8 | 15 | サーキットブレーカ | 吉川 |
改めて出走者の欄を確認したクロススキッパーは、その「望み」が叶わないものだと直感する。
今日の出走者の面々は、そのほとんどが重賞で勝利を飾ったり、中にはG1を何勝もしている強豪ぞろいであることは名前を見ただけでクロススキッパーにもわかった。
だが、そのうちの4人が特に要注意だとクロススキッパーは思った。
メジロパーマー、セイウンスカイ、ミホノブルボンに
恐らくはハイペースな展開になることは何となくだが想像できた。
「スキッパー」
横に座っていたフレアカルマがクロススキッパーに注意した。
「スキッパー。このレースをよく見ていて」
未だジュニア期で、今の所目標とする皐月賞を走りきれるスタミナもまだまだ備わっていない。本来ならば1分でも多くトレーニングに費やしたかったクロススキッパーだったが、フレアカルマにここへ連れて来られた理由を思い返す。
(そうだった……これも立派なトレーニングの一貫だったんだ)
先輩たちのレースを見て分析する。
逃げの戦法を好むクロススキッパーであるが、フレアカルマがこのレースを見せたかったのはそれ以外の脚質についても彼女に関心を持ってもらうためだった。
すると、テレビからファンファーレが鳴り響き、画面上に、
⦅G1 天皇賞・春⦆のロゴが桜吹雪と共に現れる。
「始まりますよ?」
アローキャリーに促されて一同は再び目の前のモニターに視線を戻した。
【5枠8番セイウンスカイが渋々ゲートに収まりまして、今、各ウマ娘───】
15人のウマ娘たちが全員ゲートに収まったかと思えば、騒めいていた歓声が一気に静まり返り、そして───ガチャン、という乾いた音と同時にゲートが開き、
【───スタートしました!】
15人のウマ娘たちが一斉にターフへと駆け出して行った!
『天皇賞・春、3200m、始まりました! 最初にハナを主張したのは9番メジロパーマー、二番手に10番ミホノブルボン、三番手に1番ラストアンサー。セイウンスカイは四番手から様子を窺っている。このまま第3コーナーに向かっていきます!』
まずは逃げの4人が突出し、高低差4.3mの坂を駆け上がって第3コーナーへと向かう。
『少し遅れて五番手に12番メジロマックイーン、六番手にタケノベルベット、トウカイテイオーがこの位置だ。八番手にライスシャワー。ここまでで中団を形成しています。1バ身ほど開いて5番ナイスネイチャと7番メジロライアン、13番イクノディクタス、4番マチカネタンホイザです。後方に15番サーキットブレーカ、14番ラピッドビルダー。2番ミニベロニカ最後方からのレースになった』
『早いペースで進みそうですね。あっという間に第4コーナーを抜けて、一周目スタンド前直線にやってきましたウマ娘たち!』
『先頭はメジロパーマーからミホノブルボンに変わろうか───いや変わらない、互いに先頭は譲らない! 三番手に上がってまいりましたセイウンスカイ、四番手に一旦下がりましたラストアンサー、それでも五番手との差は3、4バ身は開いてるぞ。五番手は変わらずメジロマックイーン、六番手がタケノベルベットからトウカイテイオーに変わった。八番手のライスシャワーも少しずつ上がっていきます! その後ろから九番手メジロライアン、半バ身差まで詰め寄ってきて、中団が一つにまとまりつつあります、さぁ、このまま第1コーナーに入っていきます』
先頭を駆けるメジロパーマーら逃げウマ娘たちの集団。
『逃げて捲っていくメジロパーマー、ミホノブルボン、セイウンスカイ、ラストアンサー、4人が先頭を主張しあっての激しい大混戦、その集団から五番手トウカイテイオーとの差が7バ身、8バ身とどんどん広がっていきます。そのまま第2コーナーを超えて向正面へ! 六番手にメジロマックイーン、それを見るようにライスシャワー、マチカネタンホイザ、イクノディクタス、ナイスネイチャが続く、カノープスの三連星がどんどん今上がっていきます。タケノベルベットも続く、メジロライアンもいるぞ、この辺りがやや固まっています。そこからやや離れてミニベロニカ、ラピッドビルダー。最後方にサーキットブレーカという体勢だ』
『まだ勝負はわかりませんよ、ここから第3コーナー、二周目の淀の坂です!』
『その通り! 先頭、ミホノブルボンが最初に二周目の淀の坂に脚を踏み入れた! そこに続くはラストアンサー! これは菊花賞の再現になってしまうか、いや違う、三番手と四番手のセイウンスカイとメジロパーマーもまだまだ頑張る! しかし、五番手トウカイテイオーとの差はどんどん縮まっていて現在3バ身ほど! おっと、ここでメジロマックイーンが仕掛けてまいりました! そしてライスシャワーもそれに続く! さぁ第4コーナーへ、下り坂に入る、下り坂に入る! ライスシャワーから3バ身差にマチカネタンホイザ、イクノディクタス、さらにその外からはナイスネイチャが行く! ナイスネイチャが行く! 第4コーナーから直線へ、逃げウマ集団へ差を詰めていくメジロマックイーン、トウカイテイオー! ミホノブルボン持たないか、ここで上がってきたライスシャワー、だが、まだだまだだ、まだ終わっていない、メジロパーマー粘る粘る! セイウンスカイも粘る! さぁスタンド前直線に入った! 先頭、ミホノブルボン沈んで、メジロマックイーン、トウカイテイオー、ライスシャワー、メジロパーマーにセイウンスカイ、5人による激しいハナの奪い合い! 先頭メジロマックイーンか、パーマーか、トウカイテイオーか、いやここでライスシャワーが、外からライスシャワーが飛んできた! そのままメジロマックイーンを交わすか、交わした! ライスシャワーが先頭! ライスシャワーが先頭! 内でトウカイテイオーとメジロパーマー粘っているが厳しいか! 二番手争いがメジロマックイーン、メジロパーマー。トウカイテイオー、それより3バ身リードを広げてく、リードを広げてったライスシャワー、そのままゴールイン!』
あっという間の3分間だった。タイムは3分17秒1となっており、
正面スタンド前の掲示板には、上から3、12、11、9、8、と表示されていた。
『今年の天皇賞・春、勝者はライスシャワー! 黒い刺客が並み居る強豪を打ち倒して春の盾を手にした!』
その結果に感嘆の声を上げる者、声援を送る者。
観客席から見ていた者、テレビから見ていた者、その反応は十人十色だった。
それはここチーム[ライジェル]のチームルームでも同様だった。
パーマーの敗北に部屋は一気に静まり返る。
「……さて、トレーニングに行きまひょか」
「……そうしましょう」
ダイタクヤマトが仕切り直しの如くそう言い出すとアローキャリーやチーム[セントーリ]のメンバーであるケイエスミラクル、ダイイチルビー、スイープトウショウも賛同し、デュランダルとアイルトンシンボリも席を立つ……が、
「マヤ、どうしたの?」
マヤノトップガンただ一人だけが、テレビ画面を見て固まっていた。
射手園トレーナーに声をかけられて、マヤノは声を震わせながら言った。
「イルちゃん……凄かったね。みんな……パーマーさんも、ライスちゃんも……3200m、本気で走り切ってた」
「……マヤ?」
「あ、あれ。何でだろう……何でマヤ、泣いているんだろう……?」
マヤノトップガンの顔は───笑っていたが、同時に泣いていた。
射手園トレーナーはその泣き顔に内心びっくりしていたが、他のメンバーたちなんて顔に驚きを浮かべていた。一見すると射手園トレーナーが一番冷静に見えたに違いない。
(そっとしておこう)
他のメンバーたちがアイコンタクトを交わして満場一致でそう決めると……気付けば、チームルームには、射手園トレーナーとマヤノトップガンだけが残っていた。
筆者は「とある魔術の禁書目録」シリーズは、ネットミームかSSしか知らないにわかです。実際にとあるシリーズで見たアニメも「とある科学の超電磁砲」の第一期だけでして……。
ちなみに、射手園トレーナーは、pixivのおおはがりさんからお借りした、マヤノトップガンのトレーナーくん(イラスト右の子)です。
ここでは矢萩トレーナーの同期……なのですが、一応、矢萩が歳上なので、敬語で話したり、「先輩」呼びされてます。
実はアイルトンシンボリ編をここ2ヶ月ほどずっと書いていたのは、このエピソードを解放するための前提条件や背景を説明するために必要だと考えたためです。
元々はこれを改訂前の5話として投入する予定だったんですが、アイルトンシンボリ編でもクロススキッパー編(このウマ娘編の本筋)でも史実から戦績が剥離していたり、アニメ時空をあえて採用したために時代が前後していたりという状況だったので、「これでは読み手が理解できなくなる」と判断したため、お蔵入りになっていました。
漸くアイルトンシンボリ編で前提条件が固まったので、作り置きしていたシーンを手直ししながら流用して投下することにしました。
ところで、今回のレース描写は1993年の天皇賞・春がモチーフですが、アニメ時空を採用したこととか、メジロパーマーが菊花賞と天皇賞・春を勝利したアプリ時空などを採用した結果、欲張りバリューセットみたいなことになりました。
でも、トウカイテイオーの参戦にはちゃんと理由がありまして。
1993年の天皇賞・春では、実はアイルトンシンボリも出走していたんです。
しかし、アイルトンシンボリ編を読んでいただくとお分かりのように、史実の芝ステイヤー路線ではなくダート路線へ転向することになり、天皇賞・春に出る必要が無くなりました。
その開いた枠に、「主戦騎手の人同じだから(ただし1993年の天皇賞・春では別の人が乗ってたみたいですが)」とか「父親(シンボリルドルフ)が同じだから」という理由でトウカイテイオーを入れてみることにしました。
そのため、史実では「TM対決」と銘打たれて騒がれた割りに一回だけだったことに対して、ここでは確実に二回以上起きることになりました。
ちなみに、ラストアンサーの勝負服はこの作品の原点である「また君と、今度はずっと」を手掛けていらっしゃるスターク(元・はぎほぎ)様との相談の末に決めました。
戦法が逃げなのは、アプリ版ウマ娘でライスシャワーを育成しようとすると逃げ適正が初期からBであることに着想を得ています。
なお、これまで奥部と丘部表記でバラバラだったチーム[プロクシマ]のトレーナーさんでしたが、修正前の分を除いて「丘部」表記に統一いたしました。混乱された方がいたのなら申し訳ありませんでした。