また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
以前に投稿したマヤノトップガンと彼女のトレーナー、射手園くんを主題にフォーカスするため改稿した回となっています。
中央トレセン学園では平日の午前中は授業。午後からの時間は、担当トレーナーや所属チームがまだ決まっていない者は教官の元で基礎訓練を積み、クロススキッパーたちのようにチームに所属したり担当トレーナーがいるウマ娘たちは各々の下でトレーニングに励んでいる。
イギリスからの留学生が現れたと話題になってから数日後の放課後。
「なぁ、サブトレ。あいつ休みか?」
チームの合同練習が始まって早々、チーム[ライジェル]に所属するウマ娘2人がサブトレーナーの宮松ことフレアカルマと、合同相手のチームトレーナーである射手園に尋ねた。
そんなぶっきらぼうな質問を投げかけたのはデュランダルで、
「トレーナーさんに何かあったんですか?」
さらにアローキャリーも心配そうな様子でそんなことを2人に尋ねてきた。
しかし、射手園もフレアカルマも困った様子で首を横に振り、
「……矢萩さんから何か聞いていますか?」
「いいえ……チーフに打ったメッセージは既読になってるから内容は見ているはずなのに」
デュランダルとアローキャリーはこのチームに所属して既に1年近くになる。
その間、矢萩が練習に顔すら見せないのは、チームメンバーの遠征か、2月中旬にインフルエンザで動けなくなった時ぐらいだった。あとは重たい風邪でも引いた日ぐらい。
ところが今日は一言もなく姿を見せていない。
アローキャリーはより顔を曇らせ、デュランダルも胸の内では怒り半分、自覚はないが心配をし始めていた。
だが、この2人がそんなことになるのも無理はない。
彼女たちは元々チーム[ミモザ]にいたのだが、そのチームではある日突然チームトレーナーだった沼崎が姿を見せなくなって、今のチーム[ライジェル]のチーフトレーナーである矢萩が2人のトレーニングの面倒を見るようになった。
そして案の定、チーム[ミモザ]は解散の憂き目に遭った。
信頼していたはずのトレーナーがある日突然に消えてしまう、それと同じことが起きるかもしれない───2人が不安になるのは当たり前だった。
かくいう射手園もフレアカルマもこの24時間、矢萩とは碌にコンタクトが取れていない。
メッセージアプリよりもメール派の矢萩であるが、2人はそれぞれメールとメッセージで、特にデュランダルとアローキャリーの2人が不安になっている現状をその日の夜に訴えた。
しかしメッセージには「既読」と付くのに、応答がない。
そんな事態が動いたのは、その翌日の朝になってからだった。
《連絡取れなくて申し訳ない、今日の練習にはちゃんと行くし、話したいことがある》
矢萩からの返事は言葉少なめだったが、漸く事情を聞けるかもと一安心。
しかし、あっという間に放課後。
チーム[ライジェル]とチーム[セントーリ]による合同練習が始まってしまった。
「矢萩さん遅いなぁ……」
「射手園さん。とりあえず……?」
「そう……ですね。始めましょうか」
朝のメッセージの内容からして今日はちゃんと来るはずが、練習を始める時間になっても矢萩はなかなか現れない。
仕方ないので、チーム[セントーリ]を率いる射手園トレーナーと、チーム[ライジェル]のサブトレーナーである
ダイイチルビー、ケイエスミラクル、ダイタクヤマト、スイープトウショウ、アローキャリー、そしてデュランダルの6人は芝コースの内回りコースへ。
6月の帝王賞への出走を決めているアイルトンシンボリは、同じダートコースを使うマヤノトップガン、クロススキッパーらと併走を始める。
そして、宝塚記念へ出走予定のダイタクヘリオスとメジロパーマーは、芝の外回りコースで、大逃げをイメージした全力疾走を開始した。
それから30分ほど後になって、ようやっと練習コースに矢萩が現れた。
内回りコースを走り終えたデュランダルが矢萩の姿を見つけるなり言った。
「あ!? クソトレーナー!」
「すまんな、ちょっと遅れちまった」
「ちょっとどころじゃねぇよ! てめぇ、一体今までどこほっつき歩いて……ぁん? 見ない顔が一緒だな?」
矢萩が申し訳なさそうな顔をしながら、デュランダルの言う「見ない顔」のウマ娘を連れてきた。
「みんな一旦集まってくれないか?」
そう言って矢萩は赤い旗を振った。
これは「練習中断」と「(旗を振ってる本人のところへ)集合」という意味合いが込められている。
この旗を見つけて減速、もしくはキリのいいところで一周を走り終えてから矢萩の元に集まってきた。
「矢萩さん、一体どこに行ってたんですか!」
「トレーナーさん! 心配したんですからね!!」
「悪かったよ、みんなに心配をかけたみたいだな。昨日、いきなり理事長や東条トレーナーたちに呼び出されて、連絡をする暇もなかったんだ」
「まさか私のせいでこんな大事になるなんて……皆さま、申し訳ありません」
デュランダルに詰められ、アローキャリーには泣きそうな顔で心配され、矢萩はバツの悪そうな顔をする。
そんな彼が一緒に連れてきたウマ娘が自身の自己紹介よりも前に急に頭を下げて謝ってきた。
右耳には縦にトリコロール模様と雪の結晶のような紋章が入った耳カバーと、その耳の根元には王冠のようなものがある。
それを見たヘリオスとスキッパーは、すぐにそれが誰なのか理解し、
「「……あっ」」
ほぼ同時にそんな間の抜けた声を出した。
場所は一旦、チーム[ライジェル]の
矢萩は事の経緯を大雑把だが両チーム合わせて総勢13人に説明してみせた。
「この中央トレセン学園にイギリスからの短期留学生がやってきたって話は聞いてるかもしれない。その内の一人が……」
「何故か、チーム[ライジェル]に来た、と?」
射手園からの指摘に軽く溜め息を吐きながら矢萩は肯定した。
「そうなんだよなぁ……本来ならチーム[リギル]か[マタリキ]か。あとは
「……突然に押しかけるような形になって重ね重ね申し訳ありません」
「いや、まぁ、そう言うことなら……」
「トレーナーさんに何もなかったなら良かったです」
「すまんて……連絡し忘れたのは謝るから」
ややご機嫌斜めなアローキャリーを筆頭とするチーム[ライジェル]の面々と、ひたすら謝り倒してくる新メンバーの姿にデュランダルはすっかり毒気を抜かれた。
矢萩はホワイトボードに名前を書きながらこう続けた。
「……というわけで、これから1年間、俺たちのチーム[ライジェル]に加わることになった、」
「オロールクロアットです。よろしくお願いします」
「おー」(パチパチパチ)
チーム[ライジェル]のメンバーたちの反応は概ね好評といった具合だった。
具体的には、オロールクロアットの
他のメンバーたちとフレアカルマらはチーム[セントーリ]のメンバーたちと一緒に拍手で歓迎した。
そんなチームメンバーたちの個々の反応は一先ず置いておき、オロールクロアットの視線は、彼女が今一番気になっている『少年』───即ち、クロススキッパーに向けられていた。
クロススキッパーはその視線に気付いてドキッとした。
その横でパーマーが矢萩に質問した。
「それで……トレーナー。今日の練習は?」
「そうだなぁ……
「……はぁ? いつも通りでいいじゃねぇかよ」
「しかしだな……」
矢萩はチームの合同練習のメニューをこのまま進めるべきか悩むのだが、オロールクロアットが言った。
「矢萩トレーナー。私のことはお気になさらずいつも通りでお願いします。この際あの話は忘れて気安く話しかけてくれた方がやりやすいです」
「……わかった。じゃぁ……アイル」
「あ、はい」
「確か今日はお前と一緒にスキッパーたちがダートコースを走ってたよな、そこにオロールクロアットも加えてほしい」
「えっと……分かりました」
「さてと……じゃぁ練習再開だ」
その合図と共にチーム[ライジェル]のチーム棟に集められた両チームのメンバーたちは解散して練習コースに戻って行った。
……これから
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「いいよ、その調子、頑張ってクロちゃん!」
[ライジェル]の、クロススキッパー。
[セントーリ]の、マヤノトップガン。
今年中のデビューを控えた2人は練習場に戻ってからはダートコースの外周でマンツーマンの併走トレーニングに勤しむ。
しかし、同じダートコースの内周では、
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「大丈夫?」
「は、はい、何とか……」
「無理しないで、疲れたら疲れたで休んでいいから」
アイルトンシンボリとオロールクロアットはダートコースを走っていたが、ある程度体が出来上がっているアイルとは異なり、クロアは日本とイギリスでの
……実はイギリスやアメリカの「ダート」というのは、日本とは異なり、「土」を意味する。アメリカでは主にレンガを砕いたような赤土を用いたレースコースを「ダート」と呼ぶ。
一方、イギリスでは、低温や降雨などの環境が原因で芝コースでのレース開催を通年で行なうことが難しいため、「ポリトラック」などの人工材料を用いたレース場が近年では増加している。
では、日本での「ダートコース」はというと、大抵が海砂や川砂を用いたレースコースを指す(後述する一部を除く)。
日本の砂主体のダートコースは、芝コースやアメリカのダートと比べてスピードよりもパワーが求められるという特徴があり、そのためにそれらのコースよりもウマ娘たちの脚部にかかる負担は少ないとされる。
ただし、この特徴が日本のダートグレードレースのガラパゴス化を招いていると指摘する声もあり、数年前にレース開催を再開させた、中津トレセン学園付随のレース場のメインコースや、メジロシティの資本が入った高崎と足利のレースコースの一部がアメリカ式に倣って赤土主体のダートコースに生まれ変わっている。
なお、HAUの重要拠点とされる旭川レース場でも同様の改修が検討されたものの、冬場の北海道の環境が理由で不採用になっていた。
ともあれ、「土」に「砂」に「ポリトラック」……いずれも特徴が異なるのでオロールクロアットが足元の感触の違いに戸惑ったのは当然と言えるだろう。
「お疲れさん」
「や、は、ぎ、と、トレーナーさ、ん……」
1時間走ってみて、慣れない足場に四苦八苦している内にすっかり疲れてしまったオロールクロアットに、矢萩は飲み物とタオルを差し入れた。
「日本のダートコースの
「それ……ジョークのつもりで言ってますか……?」
「……すまない。不敬だったか?」
そう言って矢萩はオロールクロアットに手を貸し、その手を取ってクロアは立った。
「い、いいえ、そうじゃなくて……このダート、カラジョルジェヴォ*1やイギリスのリングフィールド*2にあるコースとも全く勝手が違って驚いたんです……」
「そうか。まぁ、そう気に病むな。誰にだって得意不得意はあるもんさ。それに、走り続ければ慣れてくるかもよ?」
「……ありがとうございます」
矢萩の言い方は礼儀など成っていない不器用なものだったが、クロアは何故か彼の言葉に安心感を覚えた。
だが、クロアの視界に、2人のウマ娘が現れると彼女の視線は思わず釘付けになる。
その視線に目を向けた矢萩は何事かと思ったが、
「はあぁぁぁぁっ!」
「やあぁぁぁぁっ!」
マヤノトップガンとクロススキッパーによる併走も文字通りのラストスパートに入っていた。チームメンバーたちにとってはいつもの光景だ。
「あの子……あんな顔出来るんだ……」
オロールクロアットが思わずそんな言葉を漏らしたことを矢萩は聞き逃さなかった。
その一言で矢萩は確信した。
(そうか……こいつがうちのチームに来たのは……)
何故ユーゴスラビアの王女殿下がこんな末端のチームに来たのか。
その理由に矢萩は気付いた。
でも、それに気付いても新たな謎が出てきた。
何故───、
(オロールクロアットはクロススキッパーが何故そこまで気になるんだ?)
その疑問の答えを矢萩が導き出すのは暫く後になる。
気付けば夕暮れ時になっていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……お、お疲れ様でした……!」
「はぁ……はぁ……、スキッパーちゃんもお疲れ様! はい、これ」
「あ、ありがとうございます……」
マヤノとの併走にも慣れてきたスキッパーであるが、大した疲れを見せない彼女に比べてもスキッパーの疲労の色は濃かった。
そんなスキッパーにマヤノはアイシング用にタオルに包んだアイスノンとスポーツドリンクを手渡し、一緒にベンチに腰掛けた。
「スキッパーちゃん、大丈夫?」
「は、はい、何とか……だけど、僕なんてまだまだですね……」
「そんな事ないよ。初めて併走した時に比べたら息の入れ方や踏み込み方、それにペース配分も良くなってきてるよ?」
「本当ですか……?」
「うん、マヤ嘘つかない。もっと自信を持って? スキッパーちゃん」
「……」
とはいえ、スキッパーはここ1ヶ月近く行なっているマヤノとの併走を思い出してみるが、これまでマヤノを差し切ることは愚か、彼女のスタミナについて行けていない。
(こんなんで僕、皐月賞なんて出れるんだろうか……?)
そんな不安がスキッパーの中に込み上げてくる。
皐月賞へ出走して勝利する───それは今のクロススキッパーが掲げる目標であり、夢だった。
……夢?
そこでふと、スキッパーはマヤノに尋ねた。
「……あの、マヤノさん」
「何かな?」
「マヤノさんって、将来どんなレースに出たいとかありますか?」
「出たいレース……出たいレース……うーん……」*3
「菊花賞、とか?」
「……いいかもね、菊花賞かぁ。……でもね、マヤはね。……そうだ。マヤのやりたかったことだけどね」
ベンチに座りながら、天を仰ぐように空を見るマヤノ。
空には飛行機雲を描きながらどこかへと飛んでいく航空機の姿が見えた。
「マヤはね。イギリスを走りたいんだ。……そこでキングジョージ6世&クイーンエリザベス・ステークスを勝ちたい」
「え!?」
「……スキッパーちゃんはよく知ってるよね。あなたのお従姉さんが辛くも勝利したイギリスG1」
「……そうですね」
「マヤね……そのレースを見た時ね……」
「……どうしたんですか?」
「……うぅん、何でもない」
「いいえ。話してみてください。僕だってマヤさんの夢を聞きたいんです!」
「……ふふふっ。夢、かぁ。いいよね……」
マヤノは微笑みながらも何処か陰のある表情で、スキッパーにその顔を見せないように夕暮れの空を見上げた。
「……ぶっちゃけるとね、マヤね……素直に喜べなかったんだ」
「……え?」
「あ、いや、その……別にスキッパーちゃんのお従姉さんがイギリスのG1を勝ったことにガッカリしたとか、そういう意味じゃないんだ。むしろ凄くって! マヤもあの舞台に立って優勝トロフィーを持ちたいって、そういう気持ちが強くなったんだ! でも……ただね……」
マヤノは途端、歯切れが悪そうに口窄みになる。
「……でも?」
スキッパーがそう続きを促すと、マヤノは───表情を誤魔化すために空へと見上げていた顔を、スキッパーに向けた。
すると、マヤノの目が潤んでいるのがスキッパーには見えた。
「……あのレース。日本のウマ娘がそれまで勝ったことがなかったのは知ってるでしょ? マヤね……一番乗りをしたかったんだ」
「一番乗り……」
つまりそれは、マヤノトップガンがかつて掲げていた夢は、「日本のウマ娘として初めてKGⅥ&QEステークスを勝つ」ということだった。
それをクロススキッパーの従姉───クロスクロウに先を越されてしまってマヤノは悔しい思いをしたようだ。
「……それは何故?」
そのスキッパーが問いかけた「何故」には2種類の意味が含まれていた。
何故───マヤノはそこまで日本のウマ娘としてのKGⅥ&QEステークスの初戴冠に拘ったのか。
そして何故───マヤノがKGⅥ&QEステークスの勝利を自らの夢として語ったのか。
マヤノはそのスキッパーからの問いかけの中身を
「……イルちゃん。あ、つまり、マヤの射手園トレーナーちゃんはね。お母さんがウマ娘で、そのご先祖さまが、イギリスのG1を勝利したことがある家系なんだって」
日本でもそのような家系を持つ人間やウマ娘は少なくない。
例えば、従姉のクロスクロウや自分たちのご先祖さまには、大昔にまだまだ今ほど強くなかった日本のレース界を盛り上げて沸かせたウマ娘たちが大勢いる。
確か、母方のご先祖様には現役五年目で日本の八大競走を制し、栄冠こそ取れずとも凱旋門賞などの海外のレースに挑んだ勇猛果敢なウマ娘がいたという*4。
そのような偉大な家系に生まれたウマ娘たちは、将来「このレースで勝ちたい!」と決意や憧れを持ってレースに挑んでくる。
思えば、
でも、僕のやりたいことはなんだろう?
皐月賞を勝つ。でもそれからは?
何も考えていなかった。
「……スキッパーちゃん? 聞いてる?」
「あ、あぁ……すみません……マヤノさん、そこまで考えていたんですね……僕には、皐月賞から先の目標なんて何も思い浮かびませんでした」
「落ち込んでいたの?」
そう問われてクロススキッパーは頷くのだが。
「そんなことないよ。誰だってそういうことはあるんじゃないかな?」
「マヤノさんも?」
「マヤもそうだよ。マヤね、イルちゃんと出会う前はね、戦闘機パイロットになりたかったの」
「今からでも目指せるんじゃ?」
「もちろんだよ。実際、海外で自家用機の飛行免許取ってきたもん。……だけどね。イルちゃんと出会って、マヤはね、ここに来ることを決めたんだ。あれは……マヤがずっと小さい頃。小学生に上がったぐらいだったかな」
そうしてマヤノはイルこと射手園 優との出会うまでのことを回想する───。
───神奈川県の某所。
あの頃のマヤはね、勉強はとってもつまらなかったの。
先生が言ってることも教科書に書かれていることも、一回聞いて、一回見ただけでマヤには「分かっちゃった」の。
授業はつまらないし、マヤもあの頃一緒に遊んだ友達なんていなかったと思う。
同じクラスにウマ娘もいなかったし……。
だから、ある日、学校をサボっちゃったんだ。
パパやママには内緒で学校に行くフリをして公園に行って。
マヤにとって、授業を受けているよりも、公園や河原の道を歩いたり走ったりすることがずっと楽しかったんだ。
でもその日だったんだ。
マヤがイルちゃんと出会ったのは。
「どうしたの?」
「え?」
あの時、一人寂しくブランコを漕いでいた子がいたんだ。
しかも、燻んだような紺色のキャスケット帽を深々と被っていて。
でも、マヤにはチラッとだけど見えたんだ。
その子の前髪に白いメッシュがあることに。
てっきりマヤと同じウマ娘だと思ったんだ。
ママ以外で私が初めて出会ったウマ娘だと。その時は思って、つい嬉しくなっちゃったんだ。
「ひとりなの!?」
「え、あ、うん、そうだけど……」
「じゃぁ一緒にあそぼ!!」
「わあぁっ!?」
マヤはその子の手を引っ張って、河原を一緒に走ろうとしたんだ。
「ま、待って待って待って!?」
「ほらほら、遅れちゃうよー?」
バタバタするその子と、マヤの距離はそのままあっという間に開いていっちゃった。
しかも、いつの間にかその子はバテバテで。
それでもその子はマヤに必死についてこようとした。
けれど、
「わあっ!?」
「ひゃっ!? だ、大丈夫!?」
その子が転んじゃったんだ。
そしたら、
「うえぇぇぇぇん!!」
「あ、あぁ、ど、どうしよ……ぅ?」
その子が泣き出してマヤは慌てた。けれど、その時にその子の帽子が脱げちゃってね。
前髪には確かに白いメッシュがあった。でも、頭にはウマ耳は無くて。代わりに、髪の毛に埋もれた人間の耳が見えたんだ。
それが、私とイルちゃんの出会い───。
───あれから気付けばもう9年。
「その後はね、マヤ、イルちゃんを背中に
「まるで運命的な出会いですね……」
「そう! マヤにとって、……マヤにとって、イルちゃんは大切な人なの。それでマヤはある日尋ねたことがあるんだ。……これは内緒にして欲しいことなんだけどね」
マヤノはそう一言前置きした上で、頷いたスキッパーに小さな声で耳打ちするように語った。
「あの時何故、イルちゃんがじみーなキャスケット帽を被っていたのか。それは……イルちゃん、ホントはウマ娘に生まれたかった、って言ってたんだ」
「え……?」
「ウマ娘の子って、たまーに、前髪に白い
「でも……人間はウマ娘みたいに走れない」
そう説明を先回りしたスキッパーの一言に、マヤノは寂しげな顔をして頷いた。
「イルちゃんのお母さんは、昔、重賞を制覇したこともあるウマ娘さんだったんだって。お祖母さんはイギリスG1を勝って。従姉妹やイルちゃんの姉妹さんもみんなウマ娘だった。なのに、イルちゃんだけは、ウマ娘ではなく人間の男の子として生まれてしまったんだって。それがずっと、長い間コンプレックスになっていたって話していたんだ」
そしてマヤノは再び空に描かれる新しい飛行機雲と東へ向かう航空機を見ながら呟くように語った。
「……だからね。マヤはね。イルちゃんのために走りたいって思ったんだ」
「射手園さんのために?」
「そう。……イルちゃんは、マヤのためにトレーナーになってくれたんだ。中学生だった時に、日本で
マヤノは、再び思い出しながら語る。
「……マヤがイルちゃんに出会う前の頃に、
「マヤノさん……」
「……それでマヤはね、イルちゃんに約束したんだ。日本のウマ娘としてマヤがKGⅥ&QEステークスを初めて勝つよ、って。そしたらイルちゃんはね、『マヤが勝つんじゃなくて、僕と一緒に2人で頑張ろう』って言ってくれて……えへへへ///」
マヤノはその時の出来事を振り返りながら頬を赤く染めていた。
「そう……だから、
「マヤノさん……」
スキッパーは
「……うちの従姉が申し訳ないことを」
「あ、ううん、いいの、謝らないで。確かに、「日本のウマ娘初」は実現できなくなったけどね、それでもマヤとイルちゃんの夢は変わらないよ。それに、マヤは勝っても引退なんかしないんだからね!」
「マヤノさん……」
皐月賞の先。
自分がやりたいことは何か。
どんなレースを走りたいのか。
……大切な何か、誰かとの約束を忘れているのではないか?
スキッパーはそんなことを考えて表情を曇らせるが、
「あーもうやめやめ! しんみりするのはやめよ! それより早く帰る準備しないと」
「あ!? ま、待ってくださいよ、マヤノさーん!!」
陰鬱な空気を吹き飛ばすようにマヤノはベンチから立ち上がって駆け出していくが、スキッパーは彼女が置いていったドリンクやアイスノンやタオルを慌てて回収して彼女を追いかけた。
次回は明日(3月12日)に投稿予定です。