また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜   作:Simca Ⅴ

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間違えて消してしまったので再投稿です。
これが今年最後の投稿です。


閑話・『北の偉人が残した言葉』

 アイルトンシンボリがチーム[ライジェル]に加入する少し前の3月のこと。

 

「はぁ〜……」

 

(まさか大人になっても図書館で本を借りることになるとは思ってなかったなあ。でも、あって良かった)

 

 矢萩は安堵の溜め息を吐きつつ、戦利品*1である本数冊を脇に抱えながらチーム[ライジェル]の部屋に戻ろうとしていた。

 

 その内の一冊のタイトルは、「北海道ウマ娘協会(HAU)の軌跡」とあった。

 

 事の発端は数日前のこと。

 矢萩は久しぶりの休みを自宅で過ごしていた時、不意にドキュメンタリー番組専門チャンネルが目に入った。

 

 そして、たまたま彼が目にした番組が、矢萩の琴線に触れたため、その番組で題材になった歴史上の偉人やその背景を知りたくなった。

 

 だが、矢萩が「図書館から本を借りる」という行為をしたのは学生時代以来久しく経験がなかった。

 それでも、学園の貸し出し書のデータベースを調べていたら探していた本数冊が中央トレセン学園の図書室に所蔵されていたので、数日迷った末に、数年ぶりに図書カードを作って、途中まで読んで、そして借りてきたというわけだ。

 

「ケイくん、こんなの無茶だよ……!」

「でもオレ……! こうでもしないとみんなに……追いつけないんです!」

(……なんだ?)

 

 チーム[ライジェル]のルームに行こうとした矢萩は、隣の部屋からそんな悲壮な声がしたことに気付く。

 隣ということは、チーム[セントーリ]。射手園くんが率いるチームだが、部屋からはそんな射手園くんともう一人の悲痛な声が聞こえてきた。

 

「待って、ケイくん!」

「離して……離してください……!」

(……こぉりゃぁ、何だ?)

 

 他のチームの出来事に干渉するべきではない───丘部トレーナーに習ったことが頭の中を反芻して一瞬迷った矢萩だったが。

 

「……おーい、入るぞぉ」

 

 ノックしてからチーム[セントーリ]の部屋に入ると、

 

 体躯の小さい射手園トレーナーが必死の形相で、ケイエスミラクルの腰にしがみ付いて、前に行かせまい、と踏ん張っている姿が矢萩の目の前にあった。

 

 射手園 優。チーム[セントーリ]のチーフトレーナーであり、前髪にメッシュが入ってて普段はそれを気にしてキャスケット帽を被ってる()()トレーナー。

 背丈は150cmに届かないし、見た目も10代前半の少年にしか見えないのだが、前述した特徴のように、彼には母方(ウマ娘)の血が濃く出ている。

 しかし、それでも精々「普通の人間に比べて身体能力が優れている程度の人間」でしかなく、パワーもスタミナもスピードも、普通のウマ娘には劣る*2

 

 ということは、ウマ娘のケイエスミラクルが本気を出せば射手園トレーナーを振り払うことなど容易だったはずだが、そうしなかった。

 

 矢萩は、それらの事情を察した上で、ケイエスミラクルが持っていた用紙を引ったくって、そのままチーム[セントーリ]のミーティング席に腰を下ろした。

 

「「あ……」」

 

 まさにあっという間の出来事だったため、射手園もケイエスミラクルも、それ以外何も反応できなかった。

 矢萩が用紙を取り上げた際ですらケイエスミラクルは不意を突かれて抵抗できなかった。

 

「何々、何を揉めてんだお前ら……?」

「か、返してください!!」

「待てよ、待てよ、……おいおいおい。こいつはひっでーなー」

 

 用紙を取り返そうと必死なケイエスミラクルをのらりくらりと交わしながら、用紙を机の上に叩きつけて、矢萩は大声で言った。

 

「お前らぁ、そこに正座ぁ!!」

 

 その迫力にビックリした二人は、飛び上がって、ジャンピング土下座ならぬジャンピング正座をチームルームの床上でする。

 

「何だこのクソローテは? 何考えてんだ?」

 

 先ほど喝を入れた声量を落としてから矢萩が指摘したのは、ケイエスミラクルのレースローテだった。

 

 クラシック期の特に6月から9月にかけてがレースで埋め尽くされている。

 

「……俺だって他人のこと言えないが、ここまでのは見たことがない。何々、葵ステークスに、函館スプリント……ここは1ヶ月開いてるからまだいいが、その後にCBC賞に、アイビスサマーダッシュに、UHB賞、キーンランドカップ、セントウルステークス、スプリンターズS……はぁ。何だこれ?

 

 こんな予定を組んでくるなんて、トレーナーならまず絶対に止める……はずだ*3

 矢萩は射手園とはトレーナー研修で同期だったし、まだ2、3年の付き合いとはいえ、基本は忠実に守るタイプだと知っている。即ち、「無理なローテを組ませない」ことと、「担当ウマ娘の体調管理や成長具合のチェック」には念には念を入れるタイプだとよく知っていた。

 ということは、射手園トレーナーではなく、ケイエスミラクルがこんなローテを組もうとしていたのだろう、と矢萩は即座に推測した。

 

「あの……トレーナーさんは悪くないんです、これは全部おれが……」

「だよな。射手園くんらしくない。射手園くんは立っていいぞ」

 

 とは言われても、雰囲気的に立ち上がれない射手園トレーナー。

 それは仕方ない、と溜め息を吐きつつ、矢萩はケイエスミラクルにこう問う。

 

「改めて聞こうかケイくん。お前さんさ、()()()()()()()()()

 

 実に3ヶ月に渡る7レース出走。その内一つを除いて重賞で、最後のスプリンターズSに至っては重賞中の重賞、それもG1だ。

 だが、これはかなりの重傷になりかねない。気持ち的にも重症か?*4

 

 ……こんな口上を考えてしまえる辺り、矢萩は一周回って冷静になった。

 

「……おれが走れるのは、もう9月までしかないんです……!」

「……はぁ? 何だ? 走りたくなくなったのか?」

「違います!」

 

 矢萩の問いに、ケイエスミラクルは即座に否定した。

 透き通った瞳には若干の怒りが秘められているように感じた。

 

「じゃぁ、話してみろ。どういうことなんだ?」

「……おれ、昔から病弱で、子供の頃は立つのもやっとだったんです……それが、おれは今ここにいる。中央トレセン学園で、走れるようにまでなりました。おれはみんなに、おれをここまで来させてくれたみんなに、恩返しがしたい一心で……」

「恩返し?」

「はい……」

 

 その話は既に射手園にしていたケイエスミラクルだったが、繰り返して同じ話を矢萩に伝えた。

 

「おれにとって、この最速の足で走れるのは、みんながくれた魔法だと思っているんです。その魔法がいつ尽きるのか……おれには分かりません、でも、おれは、きっと長くは走れない」

「……」

 

 そのケイエスミラクルの考え方に、矢萩も気持ちはわからなくはなかった。

 彼自身、幼い頃は小児喘息を患っており、幼稚園児だった頃はそのほとんどを病院で過ごした記憶しかない。

 父は必死に仕事して稼いで、母は度々見舞いに来てくれた。

 その内、喘息は鳴りを潜めて、今でこそ健康体になったが、あの時の父と母は気が気ではなかったというのは大人になってから知った。

 

「……なるほど。だからG1のスプリンターズSで勝利することがみんなへの恩返しになる、と思ったわけか?」

「! そ、そうです!」

「……ふーん。なるほどな。そりゃ()()()()()()()()()()()()()()()()

「……え?」

「いやな、俺だって、すごくおバカなクソローテを考えたことあるんだわ。1、2週しか間を置かずに次のレース行かせるとか。パマちゃんやヘリオスから聞いてるようにそんな前科がある。否定しない。だがな、流石にここまでじゃない。あー、待て待て待て。こんな()()()()()()()()()()()()()、ケイくんが出してきたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って、そういうことなんだろ?」

「は、はい!」

「……なるほどな。お前さんのライバルには、きっと、ルビーちゃんや、うちの妹も含まれているんだろ? そう思ってくれるのは……妹のトレーナーを勤めている俺から言わせて貰えば感謝したいね」

「矢萩さん……?」

「同じように、射手園くんも感謝してるはずだ。だろう?」

「……はい」

「よし。……だからこそ、言わせてくれ。()()()()()()

「え、そ、そんな……」

「おいおい、そんな顔するな。重賞レースの経験を積みたいっていうんなら、他にも方法はあるぞ?」

 

 そう言って、矢萩はパッドを手早く操作して、レースローテを組んで、射手園とケイエスミラクルの二人に見せた。

 

「例えば、これなんてどうよ?」

「「え……?」」

 

 矢萩が組んだレースローテには、4月前半に行なう「桜花賞」、5月前半に行なう「NHKマイルカップ」、6月前半に開催する「安田記念」の3レースが、スプリンターズSの前にあるのみだった。しかし、その全てがG1級だった。

 

「え、いや、ちょっと、これは……!?」

「あのなぁ、短距離路線行きたいっつっても、結局マイル走る羽目になることだってあるんだぞ? お前さんの足ならマイルぐらいいけるだろ」

「え、でも賞金は……?」

「小倉と福島のジュニアステークスを勝ってるじゃないか。あれでも十分に出走資格はある。あとは順番待ちになるがな」

「でも、それで出走できなかったら……?」

「そん時はニュージーランドトロフィーでも叩きゃいい。ちょうどそっちにはヤマニンゼファーが出走するって言ってるし、絶対G1並みに盛り上がることは間違いない。そっちで賞金を稼いでからG1に挑んでも遅くないぞ。数を熟すってのもわかるが、一度の経験値が多いレースの方が身体的な負担も減るぞ」

「でも……おれは……」

「それに、安田記念がある。うちのヘリオスと、おたくらのチームのルビーちゃんが出走する他、バンブーメモリーも出てくる。……スプリンターズSで勝利することが最大の恩返しになるというのなら、そのゴールは変えなくていい。だが、それなら無理のない……いや、こう言うべきか。()()()()()()()()()、尚且つ、()()()()()()

「人生を……楽しむ?」

 

 そう言われてケイエスミラクルはキョトンとする。

 

「あんなスーパー級クソローテなんてやってたら、お前さんのいう「みんなからの魔法」が宿った身体とはいえ、いくら何でもぶっ壊れちまうよ。競走相手の……そのトレーナーである俺が言うのもおかしな話かもしれんが、ケイくん、お前さんはもうG1を走れる」

「でも、まだみんなと競うには早すぎます……」

「大丈夫だ。……それにな。なぁ、ケイくん。こんな言葉を知ってるか? 「一勝よりも一生を」って」

「!」

「元旭川トレセンの理事長だった人が遺した言葉だ。確かにお前さん、自分がお世話になった人たちに恩返しするってのは良いことだ。……正直なところ、そんな真っ直ぐな気持ちでいられるお前さんみたいなウマ娘が時々俺は羨ましくなるんだ。その目的がお前さんにとっていかに大事かは……きっと俺よりも射手園くんの方が知ってるかもしれん。だが、俺から言わせて貰えば、わざわざ自分の足を壊すほど焦る必要はないと思うぞ? ましてや、スプリンターズSなんて、クラシック期だけのレースじゃねぇんだ。シニア期もその先も、ドリームトロフィーリーグだってあるし、そうでなくても人生ってのはまだまだ続くんだ。無理して台無しなんてのは、一番勿体無いだろ。な?」

「……」

「というわけで、ここからはダイタクヘリオスのトレーナーとして、射手園トレーナーと、その担当たちに挑戦状を叩きつける」

「「!!?」」

「安田記念で待ってるぞ。じゃあな」

 

 そう言って、矢萩は爽快に去って行った。

 残された射手園トレーナーとケイエスミラクルは床に正座したままで呆気に取られていた。

 

「……嵐のような人ですね、矢萩さんって」

「……ホント。そうだよね」

 

 そして、二人の目の前には、矢萩が組み立てたと思われる、「ケイエスミラクル用レースローテ(仮)」が表示されたままのパッドが置かれていた。

 

 そこには、

 

「……! トレーナーさん、これ」

「……っふふ。やってくれちゃったね、矢萩さん。……ケイちゃん。挑戦状は安田記念だけじゃないみたいだね」

 

 レースローテのクラシック期、その11月後半を見ると、マイルCSに○が付けられていた上で、

 

《スプリンターズSの後にここで待つ!》

 

 と、殴り書きされたメッセージが添えられていた。

 

*1
※注・借り物

*2
太ミラクル「呼びました?」

*3
筆者(ギクッ

*4
ルドルフ「」(ガタッ




 「一勝よりも一生を」。

 この格言の出所はご存知の方もいるように、またまたホッケ貝様作の、「転生したら倒産確定地方トレセン学園の経営者になってた件」の主人公であるリジチョー。
 作者様の承諾をいただきまして掲載しております。

 ホッケ貝様、改めてありがとうございました。
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