また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
まずは冒頭。
※2024年3月27日追記……内容を大幅加筆して再掲載。元々リメイク前にあった勢いが修正稿では足りない気がしたので、申し訳ないですが構成をやり直して次の話を投稿する際に再投稿という形を取らせていただきます。
ゴールデンウィークのかしわ記念をアイルトンシンボリが快勝し、ヴィクトリアマイルではダイイチルビーが勝利するなど慌ただしい初夏を過ぎ。
春のG1戦線も落ち着きを見せて、いよいよ鬱陶しい湿気と気の滅入るような曇り空の続く梅雨へと差し掛かる。
ここで突然に問うことになるが、夏の風物詩と言えば何を思い浮かべるだろうか?
夏の湿気、ベタつく空気、熱中症に、熱射病、夏バテに台風シーズンの到来、突然の夕立……と。
「あ゛ーつ゛ーい゛ー……」
「大丈夫、ですか?」
「……熱はないようですね」
「梅雨なんだから、暑くて当たり前でしょ? ほら、これ飲んで」
「あとこれも」
「う゛〜……皆さん、すみません……」
日本の夏場の湿気というのは日本人ですら参る。
オロールクロアットも湿気の多いイギリスで過ごしていたとはいえ、日本のそれは熱まで加わるから余計に過酷に感じる。
6月にしては珍しく
オロールクロアットはというと、汗だくだくでへばっていた。
近くにいたチーム[セントーリ]のメンバーたちは彼女をベンチに腰掛けさせ、ダイイチルビーはクロアの頬に手を当てて熱がないかを確認し、スイープトウショウはクーラーボックスに入っていたスポーツドリンクをクロアに手渡した。
ケイエスミラクルが心配そうに声を掛けたが、幸い熱中症ではないようだ。
そして、引率としてその場にいた射手園が冷えたタオルをクロアの首にかけさせた。
暑さで参っているオロールクロアットの姿には、もはや王族の威厳はなかった。
(と言っても、オロールクロアットがユーゴスラビア王女であることを知ってるのはトレーナー陣と、同じチーム内ではダイタクヘリオスとクロススキッパーぐらいである)
「はあぁぁぁっ!!」
「やあぁぁぁっ!!」
「あはは……あの2人は……やっぱり凄いですね……」
日本の梅雨の洗礼を受けてすっかり疲れた顔をするオロールクロアットは、力無く笑いながら元気よく併走するマヤノトップガンとクロススキッパーに素直に感心した。
湿度も気温も熱中症注意のイエローゾーンに入っているにも関わらず、2人はそれらをモノともせずに芝コースを併走中だった。
それを見てオロールクロアットは、今の自分にはまだ真似できないことを痛感する。
「……射手園さん」
「トレーナーさん」
「……そうだね」
ルビーとミラクルの言わんとすることを理解した射手園はコースに近づいて赤旗を振った。
それを見たマヤノとスキッパーはスピードを落とし、ゆっくりと戻ってきた。
「マヤちゃん、スキッパー、一旦休憩しよう」
「え、でもまだあと2周……」
「ダメダメ。無理は禁物」
今日のノルマは併走で芝1600mのコースを軽く5周。
最終周回の最終直線でラストスパートの掛け方を練習するつもりだったが、正確にはあと1周半残ってる状態で射手園がストップを掛けた。
熱中症というのは気温や湿度が高い環境下で体温の調整がうまくいかず、めまいやだるさなど様々な症状が起こる状態をいう。
対処法は小まめな水分と塩分の補給、なるべく冷房の効いた部屋から出ないこと。
甘く見ると、後遺症を患ったり、最悪は死に至ったりもする。
クロアの疲弊ぶりから危険信号を感じたスキッパーとマヤノは心配そうな様子で尋ねた。
「クロアさん、大丈夫?」
「え、あ、はい……」
「気分が悪いなら……」
「い、いえ、お2人が頑張っているのに……」
「無理しない方がいいよ? ね、イルちゃん」
「そうだね、マヤちゃん。……みんな一旦、チーム棟に戻ろう。最悪、今日は座学に切り替えようか」
「やったぁー。涼しい部屋で魔法の勉強ができるのね!」
「え、でも、僕とクロアさんはチーム[ライジェル]なのに」
「いいから。困った時はお互い様さ」
そうして、射手園率いるチーム[セントーリ]のチーム棟にクロアとスキッパーは案内された。
ちなみに、チーム[ライジェル]のチーム棟は他チームの棟を2つ挟んだ隣であるが、チーム[セントーリ]のチーム棟の方が練習コースから近い所にある。
チーム[セントーリ]のチーム棟の内部は先ほどまで冷房が効いていたために外の酷暑から一転、涼しく過ごしやすい環境が整っていた。
「涼しい〜……」
「はぁ〜……生き返る〜……」
「すみません射手園トレーナー、私とスキッパーさんまで」
「あ、でもトレーニング……」
「いいよいいよ。気にせずゆっくり休んでいいから」
日中の貴重なトレーニングの時間にこんな所で休憩してて大丈夫なのか。
罪悪感と
「じゃ、じゃぁ、少しだけ……」
「ぼ、僕も……」
その天秤は程なく欲求に傾いて葛藤は終わった。
しばらくして、チーム[セントーリ]の面々は宿題や課題を始めたり、本を読み始めるなどしていた。
「……小倉レース場って、思ってたより結構小振り?」
「確かに東京に比べたら……」
「……それでも、カラジョルジェヴォよりは立派に見えますね」
その中で、マヤノトップガン、クロススキッパーの2人は小倉レース場の写真やコースレイアウトを机に広げ、スキッパーは自身のメイクデビューをイメージする。
ちなみに、今年はタニノギムレットが勝利を飾った日本ダービーを見にいったオロールクロアットは、府中の東京レース場の規模やそこに集まった人々の多さに圧倒された。
それ故に東京レース場が日本一の規模を誇るウマ娘レース場である事実に納得せざるを得なかったのだが、それに比べてマヤノが「小振り」と評価した小倉レース場の写真を見ても、
「……それにしても、九州って、ここよりも夏場は暑いとか……なのに、日本人ってそんな炎天下の中でもお祭りを開催するんですね」
「夏祭りのことですか? あれは普通は夜にやるものですよ?」
「そうじゃなくて、これ」
そう言ってクロアが出してきたのは、一枚の広告。
《夏の九州は熱くなる!》
そう見出しを打ったそれは、
しかも、G3以上の重賞のレース名がビッシリと描かれている。
「「あぁ〜……」」
それを見てクロアの言いたかったことを理解したマヤノとスキッパー。
「だから私と違ってへばったりしなかったんですね……」
「そんなことないよ?」
「うん」
ウマ娘という種族は人間より体温が高く、暑さに弱いのは世界の共通認識である。
それは日本でも変わらないのだが、クロアから見た日本のウマ娘、特にスキッパーとマヤノは暑い環境に強いのだとつい誤解してしまった。
「でも、日本の夏と言ったら、やっぱり出店に、盆踊りに、花火……暑くても楽しみがいっぱいの季節だから僕もワクワクするんです。クロアさんもその良さが分かればきっとハマりますよ?」
「というか、イギリスやユーゴスラビアにも夏祭りってあるの?」
「えぇ。イギリスにはサマーフェイトがありますし、クロアチアだと音楽フェスが夏場は盛んです。それにセルビアのパリチは避暑地で夏は賑わいますし……でも、日本のそれとはまた違うんでしょうね。ふふふっ」
熱中症で日本の夏の洗礼を受けたクロアであったが、憂鬱なことばかりではない。
夏といえば、海に、山に、晴れた日には白くて大きい積乱雲が青空に浮かび、バーベキューに、夏祭りに、花火大会……ワクワクするイベントが目白押しである。それ故、暑さに弱くても夏が楽しみな人は少なくないはずだ。
現に、マヤノやスキッパーから聞いた話に、まだ見ぬ日本の夏祭りという新たな楽しみが生まれた。
だがここでそもそもの疑問がクロアの頭をよぎって、こんなことを(今更に思えるが)質問した。
「……それにしても、何故お二人とも小倉のことを調べられているんですか?」
「「……え?」」
「……うん?」
「あ……」
「……あれ? まさか聞いてない?」
クロアの質問にマヤノとスキッパー、続いてチーム[セントーリ]の面々が反応した。
そして、事ここに至って、チーム[ライジェル]の
翌日。
「すまんな、クロアット。みんなも、夏合宿のことを打ち合わせし忘れていたな」
チーム[ライジェル]のチームルームに、矢萩と宮松らトレーナー陣と、チームメンバーの8人が集まった。
ホワイトボードに張り出されたのは、昨日クロアがスキッパーとマヤノに見せた広告と同じものだった。
それを見て、デュランダルはあることに気付いてこんなことを聞いてきた。
「……ぁん? それを出してくるってことは、宿泊先確保できたのか?」
「宿泊先?」
「待て待て待て。順を追って説明するよ」
事情を知らないクロアットのために矢萩は最初から夏合宿の説明を始めた。
「まず、前に説明したように、チーム[ライジェル]の合宿先は九州で決定したぞ。今年のライジェルはKAU主催の夏フェスに乗っかることになる。が……」
「が……何だよトレーナー?」
「……まずは悪いニュースだ」
それを明かした途端、
「はぁ!? おいマジかよトレーナー!?」
怒号と驚愕の入り混じった声を上げたデュランダル。
「かぁー、うるっせぇ! マジも大真面目だ。じゃなきゃメンバー全員に集まってもらうわけ無いだろうに」
「ちょ、トレーナーはん! 何呑気なこと言うてるんどすか!?」
「そうですよ! スキッパーちゃんのメイクデビューとか、小倉記念とか北九州記念諸々とか!」
「中津トレセンも宮崎トレセンも合宿所がいっぱいで、チーム[ライジェル]が泊まれない、って、かなり死活問題ですよこれ!?」
デュランダルに続き、ダイタクヤマト、アローキャリー、アイルトンシンボリら中堅のメンバーたちが声を上げる。
しかも、矢萩は危機感もなく呑気な様子であり、これは余計に不安に駆られた。
ちなみに、4月の時点で矢萩は今年の夏合宿先である九州の中津トレセンや宮崎トレセンが混雑することを耳にしていたが、そもそも何故
それは、夏の小倉と札幌は中央地方問わず重賞盛り沢山───特に夏の九州ではまさに、
ちなみに、ここ日本において、中央といえばURAを指し、地方といえば「
このNAUの傘下組織には先ほどから話に出ている
KAUがURAと組んでまで夏のレース祭りを開催した理由は……長くなるためここでは割愛するのだが、数年前にKAUに就任した若手理事長の肝入りで始まったこの夏祭りは去年からの開催であり、今年もまさに「大盛況」である。
しかし、その裏では「宿泊施設の不足」という嬉しくない副作用も出ることになった。
話を戻して今のチーム[ライジェル]のチームルーム内の状況は、結論だけ言えば、合宿所の確保
チーム[ライジェル]としても既に小倉や中津、荒尾の重賞に出走届を出してほぼ受理されているため、ここまで来ると「泊まる場所を確保できなかったから出走回避!」とはいかないし、かといって、レース間隔が短いために一々府中と九州を往復するというのも現実的ではない。
だから何としても泊まる場所を確保しなければならないわけだが、先ほども言ったように矢萩は妙に落ち着いていた。
「だから落ち着けって。お前らがパニックになってどうする? いつもと逆じゃないか?」
矢萩にそう言われて、4人は静かになった。
「……確かに言われてみればそうだ」
「ですね。こういう時一番慌てるはずのトレーナーさんが慌てていないのは不自然かも?」
「お前らなぁ……」
教え子たちから改めて自分がどう思われているかを知り、矢萩は溜め息を吐きつつ、あるものをホワイトボードに貼った。
「全員注目。これなーんだ?」
「はぁ? どこかの旅館のポスターと……〈鹿屋ウマ娘軽運動場〉?」
「「「「「「……え?」」」」」」
予想外の地名が出てきたことに、チーム[ライジェル]の面々は驚きのあまり固まった。
「鹿屋って……どこ?」
そのアイルトンシンボリの質問に、
「鹿児島県鹿屋市です! しかもこれ、鹿屋旅館ですよ!!」
反射的かつ興奮気味にクロススキッパーはそう答えた。
「スキッパー?」
「……あっ……」
矢萩に名を呼ばれて一瞬にして正気に戻ったクロススキッパーは恥ずかしくなって顔を赤らめた。
ついでに、秋川やよい直筆の、承認のサインが書かれた〈長期外泊施設使用承諾書〉もホワイトボードに貼った。
〈長期外泊施設使用承諾書〉とは、URA、もしくはNAU自前の宿泊施設や合宿所ではない、民宿やホテル、旅館などに中央トレセン学園のトレーナー及び担当ウマ娘らが2週間以上3ヶ月未満の間滞在する場合に用意される特別な書類だ。
「鹿児島やなんて……小倉や中津も遠いやないどすか」
「おいおい、あのちびっ子理事長何考えてんだ?」
「ちょっと、ヤマト、デュランダル。その言葉が理事長かたづなさんの耳に入ったらどうなるか……」
「けどよぉサブトレーナー……」
「もちろん最初俺も「ここはどうなんだろう」って思ったんだが」
ダイタクヤマトとデュランダルを諌めようとした
しかし、彼女たちが言ってることも尤も。
鹿屋は一見すると、小倉から最も遠い場所にある。宮崎トレセンでも飛行機を使わなければならない距離だというのに。
このことにデュランダルは悪態を吐くが、ここで矢萩が机の上に広げたのは、
「これって……!」
「新幹線の切符だ。東京から博多までのぞみで行き、博多からは九州新幹線で鹿児島中央。さらにその先はJR大隅線に乗り換えて鹿屋駅。この鹿屋から鹿児島中央、鹿児島中央から小倉までの交通費は新幹線も込みでURA持ちときた」
「ひゃぁ、太っ腹!」
「というか、理事長もよく旅館の予約なんて用意してくれましたね?」
「それな。やよいちゃ……もとい、秋川理事長も困惑していたんだが、何故かKAUがこことか鹿屋周辺の旅館の部屋を確保してきてなぁ……」
矢萩トレーナーは、何かを言いかけて、クロススキッパーを見た。
ついでに、他のメンバーたちもスキッパーに注目する。
「あの、どうして僕をそんなに見るんですか……?」
「さっきのアイルの質問に秒速でめっちゃ食い付いてきたのはお前だろう? もしかしてだが、この鹿屋旅館を知ってるのか?」
「は、はい。じ、実は、ですね……」
このチームにおける最年少メンバーであるクロススキッパーは自身の記憶を手繰りながら恐る恐る喋り始める。
「……その旅館と、鹿屋運動場、鹿屋駅前、それに、鹿屋市役所とを往復する循環バスがあるんです」
スキッパーが捻り出した言葉に一瞬、チームルームは静まり返る。
「……え? 本当に?」
「は、はい。運行本数こそ1時間に3本程度で、朝6時から夜8時までの運行になりますが、交通の便はそこまで悪くないはずです。何なら、鹿屋駅前にはレンタカーリースのお店もありますし」
フレアカルマからの質問にスキッパーはそう答えた。
地方、それも、南九州という……言葉は悪いがそんなド田舎であるにも関わらず、14時間運行し、しかも1時間に3本という本数のままだという。
横で矢萩がその循環バスのことを調べているのを横目に見ると、時刻表を見ればスキッパーの言う通りだった。いや、それよりも
具体的には午前7〜8時台の運行本数が6本もあり、午後3〜5時までは運行本数が常に5本以上ある。
さすがに東京ほどとは行かないまでも、埼玉の片田舎の交通の便ぐらいは整っていることについ違和感を感じてしまう。
……一方、クロススキッパーには何故自分たちの夏合宿の宿泊先がここに割り当てられたのか。その理由に少し心当たりがあったのだが……ここでは敢えて言わないでおいた。
そもそも、その「心当たり」というのも推測に過ぎないので、この場では飲み込み、スキッパーはまるで火が着いたかのように鹿屋の良さのPRを始めた。
「それに……鹿屋にはビーチ*4もあります」
「ビーチ!!?」
「あと旅館には温泉も」
「温泉!!?」
「何なら、航空機博物館*5やキャンプ場、それに、車で1時間のところに桜島だってあるんです!」
「航空機博物館に」
「キャンプ場に」
「桜島……!?」
後に出てきた3つはともかく、ビーチと温泉だけで[ライジェル]のメンバーたちは異常な食いつきを見せる。
しかも海水浴については、今回の夏合宿では第一候補が小倉へのアクセスが楽な中津だったこともあってほぼほぼ諦めていた*6ので、鹿屋への目的地変更は嬉しい驚きだった。
ここでさらにスキッパーが畳み掛けた
「えっと、さっき話に出た鹿児島中央からJR大隅線に乗り換えれば鹿屋駅に行けます*7*8けど、鹿児島中央からフェリーで垂水市経由で鹿屋に行くこともできます*9」
「おーっ!? フェリーもあるの!?」
「ねー、兄貴ぃ、良いじゃん! フェリーで鹿屋行きたい!」
「フェリーか……交通費出るかな……?」
「兄貴ぃ?」
「あ、あぁ、分かったよ……」
(鹿屋旅館といえば……)
ふと、鹿屋旅館*10のことを振り返ったスキッパーの脳裏には、旅館の看板娘たちの顔が思い浮かんだ。
今、あの娘たちは幾つになっただろうか。
元気にしているだろうか。
僕のことを果たして覚えているだろうか。
「……ところで、スキっぴーはなんでそんなに詳しいの?」
「それは……昔、家族で行ったことがあって……鹿屋旅館にもその時にお泊まりしていました。それにこの鹿屋の運動場でもよく走ってました」
「へぇ〜」
「……そういえば、鹿屋の運動場ってデカイな。
「あぁそうだ、トレーナーさん。……鹿屋ウマ娘軽運動場、……ここって、元々はレース場だったんですよ」
「え?」「何?」「ほう?」
「今では地方レースはやってないですけど……」
クロススキッパーはざっと鹿屋の歴史について触れた。
鹿屋ウマ娘軽運動場。
そこは1962年まで「鹿屋レース場」と呼ばれていた地方レース場だった。
その後、同レース場での競技開催は廃止されたのだが、当時から九州で名を馳せていたとある豪族出身の政治家はこのレース場の設備を利用して鹿屋トレセン学園の創設を申請したことが、今の鹿屋ウマ娘軽運動場の始まりとされている。
ただ、日本が高度経済成長期とその後のバブル期到来で都市部が活気付く中、片や田舎や地方からは若者たちが出稼ぎのために故郷を離れて都市部に移り住み、そのまま定住してしまう者たちが多く、地方からの人口流出が地方の経済に深刻な影響を及ぼした。
そのため、鹿屋トレセン学園は1963年に開校するもそれから20年余り後の1986年には廃校の憂き目に遭った。
しかし、それでかつての鹿屋レース場がいよいよ取り壊されたかといえば、そうはならずに現在まで生き延びることに一応は成功している*11。
「そもそも鹿屋トレセンが開校していた時代は、学園が休みの日はレースコースを一般の人にも開放していたらしいです。トレセンが無くなった後は、鹿屋トレセン学園の施設とレーストラックが丸ごと公営の運動場に改装されたため、現在の名前になりました。ここはウマ娘だけでなく地元の人々が運動場として使ってることもあって……」
「なるほど……」
そこまで話が出て、矢萩はあることに気付いた。
「あぁそうか……ある意味やられたな」
「トレーナー?」
「兄貴ぃ、それどういう意味?」
矢萩は九州ウマ娘協会の今の理事長について、「若いやり手社長」という印象を持っていたが、それは正しかったと直感した。
今のKAUは九州のウマ娘レースの活性化に力を入れてるのは7月から9月の九州中にあるウマ娘レース場で重賞を連続開催しているのは素人の目から見ても明らかであるからして、
「この鹿屋旅館を俺たちの宿泊施設として貸し出す代わりに、運動場を使ってもらい、中央の感心を引きたいんだろう。合宿できる場所が増えればそれだけ夏の九州にやってくるウマ娘やそのファンも増えるから、九州全体の集客を上げることにも繋がるってわけだ」
矢萩は、「これはまた面倒なものが向こうからやって来た」と愚痴りたくなった反面、
「……なら、俺たちも頑張らないとならんな。KAU理事長の思惑か何か知らんが乗ってやろうじゃないか」
「じゃぁ、トレーナー?」
「あぁ、クロススキッパーのメイクデビュー、小倉記念、北九州記念、小倉ウマ娘ステークス、などなど、同時期開催の重賞、できる限りチーム[ライジェル]で獲るぞ」
そうして矢萩が手を差し出すと、チーム[ライジェル]のウマ娘たち、サブトレーナーの宮松、そして、オロールクロアットが手を重ねて、
「チーム[ライジェル]、レディーッ」
「「「「「「「「「「ゴー!!!」」」」」」」」」」
夏合宿の場所は決まった。
それはある意味では招待状であり挑戦状だった。
チーム[ライジェル]は一丸となり、夏の九州に挑む決意を新たにした。
果たして、かつて栄華を誇った鹿屋に何が待っているのか。
期待と不安が入り混じりながらの夏がここから始まった。
続きます。3話連続の予定。