また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
投稿時間をミスして今凹んでます……。
この回では、矢萩の闇の面も出てきますが苦手だと思ったら読み飛ばしちゃってください(斜線が入っています)
今日はついにかしわ記念ですが、平日開催なのがめっちゃ悔やまれる……。
小倉でメイクデビューしたクロススキッパーは見事に勝利し、小倉ジュニアステークスへも出走して勝利した……のだが。
その小倉ジュニアステークスに出走する数時間前のこと。
福岡県小倉市某所にあるテーラーにて。
「ほんの一週間前にメイクデビューを勝利したのに、もうこの後次のレースなの?」
「あ、はい……」
テーラーの店主でもある老婦人から不意にこの後の予定を聞かれたクロススキッパーは包み隠さず全て話したが、老婦人は「いよいよ自分の耳が遠くなったのか」と一瞬錯覚するほど、クロススキッパーのレースローテの間隔がかなり詰まっていたことに目を丸くした。
……次に溜め息を吐きながら、クロススキッパーに同伴して来店した
「!」
「あなたのトレーナーさんは、その……」
「あ、いいえ! 違うんです。僕が「このレースに出して欲しい」って無茶なお願いをしたんです……」
「……そう」
老婦人はフレアカルマをクロススキッパーのトレーナーだとすっかり勘違いしていた。
……彼女の本音としては、この場でトレーナーを叱りたい気持ちがあった。
例えば、「レースの間隔が短すぎる!」とか、「何故止めないの」とか。
競技ウマ娘にとって身体は資本だ。碌に疲労も抜けきらない状態での連続出走など脚を壊しかねないし、下手をすれば命に関わる。ましてや、ジュニア期で体が出来上がっていない発展途上のウマ娘であれば尚更。
しかし……それは越権行為に当たることなので、自分が口出しするべきことではない、と何とか思い留まった。……それでも老婦人による
「その……トレーナーさんに言われたんです。「1週間しかないのに無茶苦茶だ!」って。でも、結局僕が強くお願いして……」
……クロススキッパー本人からそう説明を聞いた老婦人の眼差しが若干和らいだ。
少なくとも目の前の人物はトレーナーとしての良識は一応持ち合わせているようだと思ったからだ。
「レース前のウォーミングアップを除いて一切トレーニング禁止……その間に、勝負服の案を作っとけ、って」
「……なるほど。これがそうね?」
一旦、トレーナーを睨むのは辞めにして、スキッパーが持ってきた紙の束スケッチブックに視線を落とす老婦人。
すると、その内容に目を見開いた。
「……大凡のデザインは固まっているのね?」
「あ、はい……チームの皆さんと色々とアイディアを出し合ったんですが……色合いは中々「これだ!」ってものが決まらなくて……申し訳ないです……」
「なるほどねぇ……」
紙の束は15枚ほどだったが、それらは同じ形の勝負服が描かれており、カラーバリエーションが連なっていた。
まるで塗り絵を作るためにコピーを大量に作ったかのように。
それらには色鉛筆で着色が成されていたのだが、クロススキッパーが明らかに色の選択とバランスで苦悩していたことが嫌でも窺えた。
それでも、老婦人はそれらの中からパターンを掴んだ。即ち、クロススキッパーが勝負服に使いたい色を絞ったのである。
「……白か黒か、紫かオレンジか、ってところよね?」
「あ、はい。下地の色は白か黒かずっと迷っていて……」
老婦人も頭を抱えるのだが、先ほどから彼女が睨みを効かせていたクロススキッパーのトレーナー(と彼女が思い込んでる)のウマ娘を見やると、
「……ねぇ、ちょっと良いかしら?」
「あ……はい?」
「あなたよ、あなた」
「え、わ、私ですか?」
「そうよ。……あなたはこれを見てどう考えるかしら?」
老婦人は一先ずレースローテのことは脇に置いて、クロススキッパーが持ってきた勝負服のカラーバリエーションについて彼女のトレーナーに意見を求めた。
「うーん……どれも悪くはないと思いますが……」
「そうよね……でも、ピンっと来ないでしょ?」
「そうですね……ん? あ……」
「あっ……」
紙の束をペラペラを捲っていたら、写真が2枚、ハラリと床に落ちた。
それを拾い上げて見ると、
「おぉ、これは凄い……」
「確かこれは……」
「あ、はい、日本ダービーと皐月賞の時の……」
2枚の写真。
1枚は日本ダービーを制覇した時のスペシャルウィーク、もう1枚は皐月賞を制覇した時のクロスクロウ。2人とも勝負服姿で輝いていた。
「……もしかして。この勝負服のデザインって」
「は、はい! その……スペちゃんとお従姉ちゃんの勝負服を見ていて、僕もこういう感じの勝負服を着たいなぁって……」
「なるほど……」
言われてみれば確かに。
クロススキッパーが描いた勝負服には、確かにその2人が着ていた勝負服の要素や面影が垣間見える。
「それでも、カラーバリエーションが13パターン……」
「ごめんなさい、中々色が決められなくて……」
「謝らなくてもいいのよ。むしろ、ベースになるデザインを
老婦人は、スキッパーが持ってきた勝負服のカラーバリエーションに使われている色の出所を言い当てるが、
「オレンジ色はどこから?」
「あ、それは……僕の好きな色です」
「へぇ〜……それなら見えてきたかも」
「え?」
そう言いつつ、老婦人は布の切れ端を用意し、布切りバサミでそれを切り始めた。
「あ、あの……?」
突然にそんな行動を始めたため、クロススキッパーとフレアカルマは困惑する。
老婦人はこう言った。
「……後は任せてちょうだい」
「は、はい?」
「あなた、これからレースでしょ。しっかり走ってきなさい」
「え、あの、勝負服の打ち合わせは……?」
「そうね……明日の午前中は空いているかしら?」
「あ、はい……午後には鹿屋に戻らないといけないですけど……」
「……なら、また明日の朝8時に来てちょうだい。それまでには
「「え?」」
「……ふふふ。明日のお楽しみよ?」
この人に任せて本当に大丈夫なのか? そう思わずにはいられないフレアカルマだったが、老婦人が布を切って、
「……わかりました。明日また必ず来ます」
「スキッパー……本当に良いの?」
「はい。行きましょうカルマさん───」
───そんなやり取りがあってから約3ヶ月後。
季節は晩秋、風は冷たくなり、日が顔を出している時間も短く、いよいよ冬の足音が聞こえる時期に差し掛かったある日のこと。
「マヤノトップガンさん、クロススキッパーさん、お2人にお届け物です」
駿川たづながチーム[セントーリ]とチーム[ライジェル]が一堂に会している部屋に小包を持ってきた。
「え、たづなさん、わざわざありがとうございます」
「きっとこれは……勝負服ですね」
「マヤの勝負服出来たの!? わーい!! 着てみたい!!」
「それでは私はこれで。何かありましたらご連絡をくださいね」
「はーい!!」
「わかりました」
たづなへのお礼もそこそこに、興奮した様子でマヤノは届いた小包を開封しようとするのだが。
「待て待てマヤノ。あっちで着替えな?」
「あ、はーい!!」
「トレーナーさん、僕も」
「あぁ、行ってこい」
矢萩は2人が勝負服を着たいことを察して、チーム[ライジェル]のロッカーエリアを指差すと、マヤノとスキッパーは小包を片手に颯爽とカーテンの向こう側へと消えた。
暫くしてカーテンの向こう側から先に現れたのは、
「じゃじゃーん!! 見て見てイルちゃん!」
黄色いタンクトップ、白いショートパンツ、その上からオリーブドラブのフライトジャケットを羽織った姿のマヤノトップガンだった。
「Oh,マヤっちも中々に攻め攻めだねぇ!」
「うんうん! どう、セクシーでしょ!」
「アクティブなマヤノちゃんらしいデザインですね……」
「ん? なんであんたが照れてるん?」
「あ、いやその、ボクの勝負服と方向性が似ていて、仲間が出来たみたいで嬉しいなって」
「なるほど、つまりパイロットもF1レーサーもスピード命!な部分にシンパシーを感じてるんやな、アイルは」*1
「しかし、この季節にそれか」
「……んもぅ、矢萩トレーナーったら失礼しちゃう」
「実際そんな格好で……って、よく考えたら藪蛇だったわ」
「ちょっと、トレーナー!?」
「兄貴ぃ、一体何考えたのかうちらに言ってみ?」
「そりゃお前らの勝負服のことを思い出してたからで……おーい? 射手園くん? 射手園くーん?」
ちなみに、矢萩がマヤノトップガンの勝負服を見た第一印象は(冬場は)寒そう、という極々健全だが、それを言い出したら
メジロパーマーは顔を赤らめて恥じらい、ダイタクヘリオスは我が兄ながら看過できないセクハラ発言(のように聞こえた言動)に対して、
笑顔だが目が笑っておらず
そんな
「イルちゃん……優くん!!」
「わ、わぁっ!」///
矢萩が呼びかけて目の前で手を振っても反応なし。
こうなると流石にマヤノも少し膨れっ面になりながら射手園の名を大声で呼んだ。
すると、我に返った射手園は、途端に火にかけた薬缶のように顔を真っ赤にし、ついでにオーバーヒートしてしまう。
「マ、マヤちゃん……その……凄く可愛いし、かっこいい……!」///
「イ、イルちゃん……」///
「あららぁ。甘酸っぱ……」
「まぁたイチャついてるぜ、この2人……」
もはやアローキャリーにもデュランダルにも見慣れた光景になりつつある
射手園とマヤノにとっては大事なスキンシップでもあるのだが、見ていたダイイチルビーはつい歯軋りをしたくなった。
矢萩も惚気話に胃もたれを起こしたような感覚に襲われたので話題を変えることにした。
「あー……スキッパー? 着替え終わったか?」
「あ、えぇと、はい、……どうでしょう?」
マヤノからだいぶ遅れてカーテンから出てきたクロススキッパーは、
「……ほぉ、これは中々クールだな」
カーテンから現れたクロススキッパーが着ていたのは、黒を基調とした勝負服。
全体的に見ればベルトのついたワンピース風で、細かなところには、金の縁取りがある白い袖口、模様の入ったオレンジ色の前掛けに、金の十字星が描かれた白いネクタイなどの装飾が施されていた。
白いスパッツがスカートの下から出ており、両足ともに黒のニーソックスの上から×を描くように金色のサポーターバンドのようなものが巻かれている。
そして、膝下まで届く茶色のロングブーツを履いていた。
「おぉ、スキっぴー、かっちょいーじゃん!」
「うんうん。とても似合ってるよ」
「え、えへへへ……ありがとうございます」
「スキッパーちゃん
「う、うん、マヤノさん」
「……スキッパー
「マヤちゃんが、「勝負服は出来てからのお楽しみに」って言ってて……僕は勝負服を作ってくれるテーラーさんを紹介しただけでデザインは、その……」
「ふふふーん♪ マヤの作戦大成功! どうイルちゃん、ドキドキしたでしょ?」///
「う、うん……」///
「……はいはい、ラブコメなら自分たちのルームでやってくれ」
いよいよマヤノと射手園を始めとするチーム[セントーリ]のメンバーにはお帰りいただこうと思い始めるのだが、改めてクロススキッパーの勝負服姿を見ると、
(……やっぱり、こいつも女の子なんだな)
口に出したら恐らくは失礼に当たるか、ないしはセクハラで訴えられそうなことを矢萩はつい考えてしまったが、彼の目から見ると、勝負服に身を包んだ今のクロススキッパーの姿は一気に女性らしさを花開かせたように思えた。
「ところでスキッパーちゃん、そのスカートのお花は?」
「あ、これですか? サツキの花です」
「サツキの花?」
「あ、はい。綺麗な花だったのと、ちょっとした
アローキャリーにスカートに描かれた花の柄を聞かれてスキッパーが答えると、ダイタクヤマトが連想ゲームの末に、その意味に辿り着く。
「サツキ……さつき……あぁ、わかった、皐月賞やな?」
「は、はい……僕にとって、「皐月賞」は絶対に出たい……それに……絶対に勝ちたいレースです。その必勝祈願を込めてサツキの花を勝負服のデザインに織り込んだんです」
「え、でも、皐月賞の「さつき」って」
「わ、わかってますよ、マヤノさん。皐月賞の由来は「花」じゃなくて昔の暦*2だって授業で習いましたし……でも、どうせなら形あるものの方が良いって、テーラーのおばあさんが勧めてくれて」
「なるほどね〜」
「ほぅ……」
ちなみに今、スキッパーは「皐月賞の由来は花の名前ではない」と言ったが、その「皐月」の時期に咲く「皐月
「……となれば、次のレースでその花を咲かせに行こうか」
「え?」
「ちょ、兄貴ぃ、またとんでもないこと言ってるぅ」
「んなこたぁないぞ。これを見ろよ、これ」
そう言って、テーブルにスポーツ新聞や週刊記事をバサァッと広げて見せる矢萩。
そこには、
〔クロススキッパー、G2兵庫ジュニアグランプリ*3を快勝。ダート路線へ本格転向か〕
〔朝日杯に出走せず。クラシック路線を宣言していて何故……!?〕
〔クラシック路線宣言はブラフ?〕
という見出しが踊っていた。
チーム[ライジェル]と[セントーリ]のメンバー全員がそれらに目を通すと、唖然としたり、呆れたり、溜め息を漏らしたりといった反応が返ってきた。
「うっわぁ、好き放題書かれてるね……」
「
「ジュニア期の芝G1から一旦離れただけで?」
「えぇ……何これひっどい」
「どれどれマヤちん……うっわぁ、兄貴がかなり悪く書かれてる」
マヤノが見つけた記事をヘリオスも見たが、我が兄がやらかしたことながら「ここまで悪く書かなくてもいいだろうに」と嫌な顔をした。
〔チーム[ライジェル]の矢萩トレーナー、レース間隔に無頓着か〕
〔メイクデビューから1週間で重賞挑戦、正気か?〕
〔クロススキッパー、小倉ジュニアステークスを勝利。しかし、後遺症の有無は?〕
〔矢萩トレーナー、中二週の”前科”持ちだった〕
「だぁ〜……やっぱりこうなっちまったか……」
ちなみに夏合宿から帰ってきた翌日、理事長室に矢萩はクロススキッパー共々呼び出され───クロススキッパーがどうしても出走したいと言ったことをどうしても止められなかった事情と、故障を避けるための措置を施していたことなどを加味されたものの───、やよいとたづなから厳重注意を受けていた。
それからというもの、怪しい記者に絡まれそうになったのを、学園の広報部に防いでもらったり、トゥインクルスター・クライマックスシリーズ開催の縁で知り合った月刊『トゥインクル』の乙名史悦子記者などの助けを借りたりして、ネガティブキャンペーンは一先ず沈静化された。
また幸いなことに、サブトレーナーである
この他、クロススキッパーと同世代のウマ娘たち、とりわけ、一足早く京都でメイクデビューを果たし、OP戦の中京ジュニアステークスで好走したネオユニヴァース*4や、小倉ジュニアステークスの後に行なわれた札幌ジュニアステークスで勝利したサクラプレジデント。
さらに、新潟開催になったスプリンターズSではデュランダル、ダイタクヤマト、アローキャリーらが揃って掲示板に食い込む活躍を見せて健闘し、天皇賞・秋では休養明けのタニノギムレットとシンボリクリスエスの一騎打ちが話題にもなった。
また、アイルトンシンボリがJBCクラシックで2着、同競走でシンコウウインディが勝利するなど、他にもウマ娘のレース界隈で目立った活躍を見せるウマ娘たちが現れたお陰で、いつの間にかクロススキッパーの話題は埋もれていった。
そのため、10月に入ればチーム[ライジェル]周りの取材攻勢も落ち着きを取り戻していた。
が。実はこれらの出来事の積み重ねは完全な「火消し」にはならず、火種が一部燻ったまま3ヶ月が過ぎていた。
ここに来てネガティブキャンペーンが再燃したのは、クロススキッパーが年末のG1への挑戦を表明したせいでもあったのだろう。
……だが、
「はぁ〜……言いたい奴らにはもう勝手に言わしとけ。流石に3ヶ月前の出来事を掘り返してボロクソに言ってるのはこの4つだけだろーが」
記事全体を見渡したデュランダルは、矢萩のことを
実際、メイクデビューから小倉ジュニアステークスへの連続出走と、年末のG1の件は別問題だったのだから。
「そうね、むしろ世間はスキッパーのレースローテが気になってるみたいですし」
フレアカルマの指摘通り、世間は矢萩のやらかしより、むしろクロススキッパーのレースローテを奇異な目で見ていた。
「おいおい、それをお前が言うか」
空かさず、他人事のような態度のフレアカルマにツッコミを入れる矢萩。
フレアカルマは「あ、そうでした」とテヘペロする───。
───話は、タニノギムレットが皐月賞で惜敗した翌日にまで遡る。
「あぁ、そうだ。スキッパー。実はお前のメイクデビューのプランについてなんだが……」
フレアカルマと矢萩は、ホワイトボードを引っ張ってきて、クロススキッパーの目の前で裏返した。
「これが……僕の……!?」
「そうだ。ジュニア期のプランを
ホワイトボードの真ん中には、「プランA」と「プランB」のレースローテが記載されており、その最終目標はどちらもクラシック期の皐月賞だった。
「プランA。小倉のメイクデビューの後に小倉ジュニアステークスか札幌ジュニアステークス辺りを走り、その後、福島ジュニアステークスを経て、ジュニア期の最終目標を朝日杯とするルート」
「プランB。メイクデビューの後は、一勝クラスのプラタナス賞を走って、兵庫ジュニアグランプリを経て───全日本ジュニア優駿をジュニア期の最終目標にするルート」
ちなみに、この時点では小倉でのメイクデビューの日程は「8月中」とだけしか定まっていなかった。
「プランAはご覧の通り、芝レースが多い。走り切れたら、クラシック期の弥生賞を狙おうと思ってる」
「弥生賞ですか? ホープフルステークスは?」
「……ジュニア期のお前に芝2000mのG1はまだ早いと感じた*5*6。一方のプランBだが……」
「プランBは、ダートメインのレースになるわね。レースローテの間隔が短いから疲労は大きいけど、その反面、ダートなら足元に負担をあまり掛けなくて済むことと、レースの回数が多い分、経験を積みやすいはず。クラシック期はスプリングステークスに行くルートね」
「スプリングステークス、ですか?」
「……言っとくが、「スプリンターズS」と混同するなよ? スプリングステークスは中山開催なのは
「ギリギリでマイル戦……」
「その通りだ」
ちなみに、スプリングステークスも弥生賞も、距離こそ違えど皐月賞のトライアルレースであり、どちらも中山レース場で開催する。
「このどちらかで3着以内に入れれば皐月賞への優先出走権は確保できるけど、難易度は高くなるわね。ジュニア期やクラシック期で重賞を勝ち抜いた強豪たちが結集するレースだもの」
「トライアルレースにはもう一つ若葉ステークスってのがあるんだが、こっちの格付けはオープン特別競走*7な上に、2着以内に入らないと優先出走権が得られないんで候補から外した」
「えっと……つまり、このどちらかをこなしてから、皐月賞へ?」
「そうなるな。ただ、俺のオススメはプランAだ」
「何故ですか?」
「獲得賞金の問題だ。プランAは中央のレース場での出走がメインになってる分、このレースローテを勝ち進められれば、疲労が少ない状態で収得賞金を稼げて、尚且つ皐月賞への出走条件は叶うはず。あとはお前の体力と運次第だ」
「それに比べるとプランBはダートと地方遠征がメインになるので、恐らく皐月賞で当たるウマ娘とは遭遇しにくくなる。その代わり、日本ではダートのレースって賞金がそこまで高くないのよね……必然的にクラシック期に弥生賞かスプリングステークスのどちらかに出て勝たないと」
「……さて、決めるのはお前だ。どうする?」
「えっと……その……プランA、で行きたいですけども……」
「ダートも……走りたいのか?」
「は、はい。ただそれは別にジュニア期にやる必要がないと言われればそれまでなんですけども……」
「……そっか」
「そうなの……」
ちなみに、プランAは、フレアカルマとクロススキッパーが皐月賞を見るために中山レース場に出掛けている間に、チーム[ライジェル]のみんなと矢萩、そこにチーム[セントーリ]のメンバーたちまで加わって話し合い、練り上げたプランだった。
プランBについては、あの喫茶店でのヒアリング*8の後、フレアカルマだけで自力で練り上げたプランだった。
だが、その出自はどうあれ、どちらのプランを取るかはクロススキッパー次第だった。
この場ではプランAを選んだクロススキッパーだったが。
「兵庫ジュニアグランプリに行きたいだって?」
鹿屋での夏合宿、クロススキッパーのルーツも知れて、ついでに旅館のオーナーの伝手で勝負服のデザインと発注も終え、小倉レース場でのメイクデビューからたったの1週間で連戦して小倉ジュニアステークスを勝利してと、盛り沢山で慌ただしかった夏が終わり。 チーム[ライジェル]とチーム[セントーリ]が中央トレセン学園に戻ってきた9月の初週の土曜日。
チームルームでフレアカルマと共に、(小倉ジュニアステークス出走の影響により)プランAのローテ練り直しを行なっていた矢萩の元に、昼休憩中のクロススキッパーが訪ねてきて、突然そんなことを言った。
兵庫ジュニアグランプリ。
それはフレアカルマが練り上げたプランBのローテの中にあったものであり、格付けG2のダートレースであった。
だが、この時の矢萩はレース間隔を詰め過ぎたことで理事長らに厳重注意を受けた上、これを攻撃材料として持ってくる悪徳記者たちの取材攻勢に辟易としていた。挙句、寝不足である。
普段の彼からは考えられないような苛立った顔と、目立つ目の下の隈が彼の不機嫌さをより際立たせていた。
「……おい、何考えてるんだ?」
「え、その……」
……矢萩は一瞬だが、クロススキッパーを叱りつけた時の状況を脳内でシミュレーションしてみるが、
「お前ぇ……勝手に次走を決めるな。何のために
「そ、その……トレーナーさん、カルマさん、ごめんなさい……心配させるようなことをして……」
「えぇ、本当にそうよ。検査の結果がどこにも異常なしだったから良かったものの……本来、本気で競り合ってからの1週間でまた同じかそれ以上の真剣勝負だなんて。そんなことを繰り返したら肉体も精神も持たなくなるし、何より、今はまだ体が出来上がっていない状態でやってしまうと、今は良くても将来のあなたの人生に響いてしまうのよ?」
矢萩が言わんとしたことを代わりに、フレアカルマが冷静に諭しながらスキッパーを叱った。
「……そうですよね……」
クロススキッパーも、2人が自分を思って言ってくれていることをよく理解していた。
実際、疲労の蓄積で再起不能になった身近な人を見たじゃないか。
「……トレーナーさん、あの時の答えなんですが」
「あの時?」
「小倉ジュニアステークスを勝った時に」
「……あぁ。あれか」
《……それで、どうだったんだ?》
矢萩がクロススキッパーに問いかけたそれには、こんな意味が込められていた。
それは、
《走ってみて目当ての景色は見れたのか?》
という真意だった。
クロススキッパーはそれを理解しており、こう答えた。
「僕、メイクデビューで見た
「……その様子からすると、上手くいかなかった?」
クロススキッパーが少し落ち込んだ顔をしていたので、フレアカルマが気持ちを察すると、スキッパーは何も言わずに頷いた。
そんな彼女の顔を見て、さらに矢萩が気持ちを言い当てた。
「……その顔はわかるぞ。「何故ぇ?」って顔に書いてある」
「……」
クロススキッパーとしては、勝利したにもかかわらず、目の前の2人やチームのみんなに何処か申し訳ない気持ちが胸中に溢れそうになる。
そもそも、無茶尽くしの無理矢理でもぎ取った勝利だったわけだが、その結果、自分が辿り着きたい答えが導き出せなかったばかりか、心配をかけることになってしまったのだから、次のレースについても実は言い出しづらかった。
だが、矢萩は腕を組んで、椅子の背もたれに体を預けながら天井を見上げた。
「
「……え? そうなんですか?」
その割りには、チーム[ライジェル]にも[セントーリ]にも
「その
「何だか……かなりオカルトですね……」
「……」
矢萩は、「そもそもウマ娘という存在自体が
その言葉を引っ込めた上で、漸く本題に移る。
「……で。何で次走を兵庫ジュニアグランプリにしたいんだ?」
「えっと、その……僕が小倉で無茶をしちゃったから……ダートなら脚を痛めにくいってカルマさんも言ってたことですから、その……」
「え、スキッパー、良いの!?」
「は、はい、今からでもプランBに切り替えって……間に合いますか?」
「……なるほど。お前なりに今度はちゃんと考えてきたというわけか。……となると、年末の目標は川崎の全日本ジュニア優駿になる。こうなると、お前さんが走りたがっていた朝日杯やホープフルステークスには出走させられなくなるが、それでもいいか?」
「そうですね……朝日杯は、お従姉ちゃんが勝ったレースだから、走りたい気持ちはあったし、ホープフルステークスは皐月賞の掴みを覚えるためにも走りたかったレースでしたけども……」
クロススキッパーは、それらを最後の未練として口にするが飲み込んで。
「……だからこそ、僕は川崎を走ったほうがいいなって思いました」
「……はぁ? 何故だ?」
「だって……」
クロススキッパーは唯一の肉身である妹に言われたことを口に出した。
「……みんなと同じことをしていてもつまらない、って思ったんです」
「つまらない、……だって?」
「はい。……トレーナーさん、さっきの質問の答えの続きなんですけど……こんなこと言ったら怒られるかもしれないから黙っていたんですが、実は小倉ジュニアステークスの感想」
そこまで一気に言い切って、さらにこう続けた。
「走ってみて楽しかったです」
そう言われた矢萩とフレアカルマは顔を見合わせて、先ほどまでのピリピリした雰囲気から一転し。
「……そうか。それなら良い」
「スキッパーがまさかそんなことを言ってくれるなんて……」
「え、と、トレーナーさん、カルマさん、どうしたんですか?」
「……実は私、嬉しいと同時に凄く驚いてる。今までのあなたから考えられない感想だもの」
「無茶は禁物だ。だが、楽しむって心がないと何事も続かないものだ」
実を言えば、矢萩もカルマも、クロススキッパーがこのまま皐月賞まで進もうとしたら、どこかで潰れる可能性を危惧していた。
それは、「レースを楽しい」と本気で思えるかどうか。
これまでのクロススキッパーは無理矢理そのつもりで走っていた。
というより、従姉の一件があってから只管に「走る理由を探す」ことに傾倒しているように思えた。
だが、今さっきクロススキッパーから溢れた笑顔と澄んだ瞳からは、「レースを走ってみて楽しい」と本気で思えたのが目に見えて分かった───。
───そして、来る12月25日。
今年のクリスマスの夜。
『さぁ、最後は12番クロススキッパー、4番人気です!』
川崎レース場。
今宵のメインレース、全日本ジュニア優駿へ出走する
その一番最後に、黒地の勝負服を着てパドックに現れたのは、前髪に白い流星のメッシュが入った尾花栗毛のウマ娘。
『メイクデビューから小倉ジュニアステークス勝利までを僅か1週間で成し遂げ、その次走では芝からいきなりダートG2の兵庫ジュニアグランプリに出走して勝利。これまでメイクデビューを除いて抜群のスタートダッシュを決めればその逃げ脚は場所を選ばない。クラシック路線への挑戦を一度掲げつつもこの川崎の寒空の下、全日本ジュニア優駿への参戦を決めた天才児!』
『いや、天才児というよりは風来坊でしょう。これまでのレースを振り返っても、クロススキッパーが出走したのは短距離の1200mか1400mのコースのみ。そもそも1600mで先頭を譲らず走り切れるかどうか』
『これまで3戦全勝にも関わらず人気投票が伸び悩んでいるのはやはりそこですか?』
『もう一つの懸念は出遅れですね。メイクデビューでは追い込んで勝利こそすれど、ダートで同じことができるかは……』
解説者の一方はクロススキッパーを「天才児」と評価するが、もう一方は「風来坊」と批評。
そのアナウンスをメインスタンドのボックスシートで聞いていたフレアカルマは不機嫌さを隠さずに言った。
「好き放題言ってくれちゃって……」
だが、デュランダルの言う通りにした矢萩がこう返した。
「勝手に言わせとけ」
「そうだそうだ」
「よく言ったぜトレーナー」
「スキっぴーなら絶対やれるっしょ!」
ちなみに、ボックスシートには、チーム[ライジェル]のメンバーたちが結集していた。
『全日本ジュニア優駿、今最後にクロススキッパーがゲートに収まりまして』
ウマ娘全員がゲートに収まり、赤ランプが点灯。
一瞬の間の後、その色が緑になり、ガチャンッという音と共にゲートが開き、
『スタートしました! 12人のウマ娘たちが一斉に飛び出しました。さぁ先行争いです、隊列が崩れまして、ここで大外から一気に先頭へ行ったぞ12番クロススキッパー! 内を通りまして2番のユートピアがクロススキッパーに追走します』
『ダートで2連勝中の1番人気。3番手に4番エースインザレースが続きます』
『インコース、1番のウィンシュール、4番手に6番のブラックミラージュ。この2人、
『外から8番のトーセンリリーが脚を伸ばす! インコース、3番のオーゴンプリンス、この娘もHAUからの参戦。外を通って11番のセンリツであります。さらに1バ身差で7番のグリーンゼファーが続きます。後ろの2人、10番ステルステクニックは船橋所属、最後方9番のマジックワルツは金沢代表です。さぁ、以前として先頭は12番クロススキッパー、しかし、ユートピアとエースインザレースが並走状態でジリジリ詰めていく、まだ射程圏内だ。向正面に入りまして、先頭から
「行け行け、スキッパー!!」
「後ろから食らいついてくるぞ、気をつけろ!!」
「頑張れスキッぴー!!」
『残り600m、ここで先頭のクロススキッパーがさらに加速!? 2番手ユートピア、3番手エースインザレース、ポジション変わらずですがバ身差がどんどんと開いていく!?』
『5番のフジノタカネ、ズルズルと後ろに下がってしまった!』
『間も無く第4コーナーカーブ、クロススキッパー、驚異的なコーナリングで折り返してきた! スタンド前直線、2番手との差は5バ身開いたまま、そのままクロススキッパー、先頭でゴールイン!!』
「「「やったー!!」」」
『やりました、クロススキッパー、これで4戦無敗、ジュニア王者に輝いた! 2着ユートピアと3着エースインザレースもしぶとく追走しましたが一歩届きませんでした』
『川崎の夜空、一番星に輝いたのは黒とオレンジの勝負服、冬の夜空にサツキの花が満開だ!』
こうして全日本ジュニア優駿を勝利したクロススキッパーは再びインタビューに答えた。
その旨は、テレビ中継で南関東に放映される。
『クロススキッパーさん、ダート重賞2勝目、おめでとうございます』
『ありがとうございます』
『初のG1制覇となりましたが、今のお気持ちは?』
『とても気持ち良く、結果を残せたって思いますし、この勝利はサブトレーナーさんに捧げたいって思います』
『サブトレーナーさんに?』
『あ、はい。僕のチームのサブトレーナーさんはダートを走っていたウマ娘さんなんです。僕にとってその人は、ここで走るきっかけを与えてくれた方なんです』
『なるほど……芝の小倉ジュニアステークスから兵庫ジュニアグランプリ、そして今回の全日本ジュニア優駿と来れば、やはりクラシック期の目標はジャパンダートダービーと、チャンピオンズカップや東京大賞典でしょうか?』
『あー……いいえ』
『……となるとやはり、以前宣言されたクラシック三冠路線に?』
『あ、はい、戻ります』
『では、次走はやはりスプリング・ステークスか弥生賞へ?』
『あー……その辺りは、自分の身体と、トレーナーさんたちとよく相談してから決めたいです。今の僕にはどっちも未知の領域ですから……』
『なるほど……お時間、ありがとうございました』
中央トレセン学園の寮のどこか暗い部屋で。
そのインタビュー映像を見て、静かに感想を漏らすウマ娘が1人。
「クロススキッパー……ユニヴァースにとって、STDAであり、そして───INTYな存在になるんだね……君にここでも出会えたなら、ユニヴァースも、
ネオユニヴァースは、頭を抱えるものの、テレビの光源で日めくりカレンダーを見つけることができた。
気付けば、あと一週間で新年が来る。
クロススキッパーにとっても、ネオユニヴァースにとっても、忘れられない年がやって来る。
……人知れず、未来は迫ってくる。
※2024年5月1日20:41追記……というわけで、仕事帰り、かなりの大回りになりましたが、かしわ記念見てきました。なお、買った馬券は2,5,13のワイド馬券で、1090円戻って来ました。
※2024年6月9日追記……クロススキッパーが兵庫ジュニアグランプリ行く旨を矢萩たちに相談するシーンに若干の変更と削除を行ないました。