また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
皆さま、ありがとうございます。
クロススキッパーが全日本ジュニア優駿を勝利する前後の話になるが、年末のジュニアG1では続々と新生が現れていた。
『さあ、先頭は、サクラプレジデントか、ネオユニヴァースか! テイエムリキサンが突っ込むが、ネオユニヴァースか、ゴールイン! ネオユニヴァース、サクラプレジデント、外からテイエムリキサンですが、僅かにネオユニヴァースか!』*1
『先頭はマヤノトップガンとエフェメロンの一騎討ちだが、ザッツザプレンティ、追い込んで来た! マヤノトップガン、エフェメロン! 3人並んでゴールイン! 勝ちタイムは2分3秒4! 1着は……マヤノトップガンだ! マヤノトップガンがハナ差で勝利を掴んだ! 2着ザッツザプレンティ、3着エフェメロン!』*2
特に、朝日杯フューチュリティステークスとホープフルステークスをそれぞれ制したマヤノトップガンとネオユニヴァースへの世間の注目は増すばかりだった。
そうしてそのまま世間は年末年始へ。
中央トレセン学園も短い冬休みに入り、12月31日の午後11時59分を迎えた、チーム[ライジェル]の
『3……2……1……ハッピーニューイヤー!!』
部屋に備え付けられたテレビからは、年末年始の特別編成番組が放映されており、今まさに新年を迎えていた。
「「「乾杯!!」」」
チーム[ライジェル]とチーム[セントーリ]の面々は忘年会と新年会を兼ねた朝日杯と全日本ジュニア優駿の合同祝勝会を開いており、テレビの向こう側で花火が打ち上がると同時に集まったメンバーたちはジュースで乾杯した(なお、この場にアイルトンシンボリは用事があって姿がなかった)。
「スキッパーちゃーん、あけましておめでとー!」
「あけましておめでとうございます!」
「いえーい!」
「はーい!」
マヤノとクロススキッパーは新年の挨拶と互いの勝利を祝ってハイタッチを交わした。
ただし、その祝勝会の場には、
「凄い浮かれ様だ」
「しっかし、ビックリしたよ。朝日杯でも、ジュベナイルフィリーズでも、ましてやホープフルステークスでもなく、ダートのジュニアG1を獲ってきちゃうなんて」
「だね……」
呆れたような声を漏らしつつも内心喜んでいるダイワメジャーと、芝のG1ではなくダートのG1を早々に獲得してきたスキッパーに対して素直に驚くと同時に感心するキングカメハメハとトウショウナイトがそこにいた。
「ローヌさんも来ればよかったのにね」
「まぁね……」
ちなみに、メジロシクローヌがこの場にいない理由はアイルトンシンボリと同じである。
その代わり、今回のパーティーにはさらなるスペシャルゲストがいる。
「ネオユニちゃんも、あけましておめでとう」
「ありがとうスキッパー……」
チームは違うが、ネオユニヴァースとゼンノロブロイの姿もあった。
「あの……私まで良いんですか?」
「あぁ、別に構わんよ」
「そうそう、パーティーって人数が多い方が楽しいし!」
「ユニっち? どうよどうよ? 楽しんでるぅ?」
「ヘリオス……スフィーラ……とてもMETIだよ」
「あ、その……ユニヴァースさん、嬉しいって言ってます」
「アファマーティブ。マヤノとスキッパーはこれからユニヴァースのSTDAだね……KELTはまだだけれど、そうなれる気がする……よ」
「STDA……それって、ライバル、って意味かな?」
「アファマーティブ……次のレースでスキッパーやマヤノと対戦……したい」
「……トレーナーさん、どうしましょう?」
「イルちゃん、私が出れるレースあるかな?」
「むー……」
「うーん……」
チーム[ライジェル]とチーム[セントーリ]、それぞれのチーフトレーナーである矢萩と射手園は答えに悩む。
「……俺としては次のレースを教えるのは別に構わないんだが、コンプラ的にそれはいいのか?」
チームトレーナーの方針によっては、次のレースの予定を隠しておきたい場合もある。
前に痛い目にあった経験もあるだけに矢萩は少し慎重さを見せた。
この問いかけは、ネオユニたちだけでなく、チーム[リギル]所属のキングカメハメハやチーム[スピカ]に所属しているダイワメジャー、まだ担当が決まっていないトウショウナイトたちにも向けられていた。
するとゼンノロブロイがこう答えた。
「あ、その……私
「じゃぁ、僕たち皐月賞でみんなぶつかる事に?」
「うーん……マヤはまだちょっと……」
「うん……やっぱりまだ2000m以上はキツかったよね……」
ホープフルステークス。
クラシック期の4月に行なう皐月賞と同じ中山レース場で行なう、同じ芝2000mのG1レース。
マヤノトップガンはこれを完走したどころか、見事に勝利を掴んでみせた。
射手園とマヤノにとっては出会ってからずっと二人三脚で歩んできた努力が結実したものとなったが、同時に問題点も出ていた。
それは、2000mを走り切るスタミナこそあったが、このレースを走り切った直後のマヤノは暫くは立つのもやっとという具合に疲労が激しく、しかもレースの翌日は成長痛で動けなかったほどだった。
成長痛が来るということはまだまだ伸び代があることだ。それ自体は悪くなかったのだが。
「ごめんねイルちゃん……」
「気にしなくていいよ。僕の考えがまだ甘かったせいなんだし……」
そう言いつつ、射手園はマヤノを慰めるために頭を撫でると、マヤノは「えへへ」と嬉しそうに微笑んだ。
マヤノの疲労がここまで激しかったのは射手園にとって想定外だった。
しばらくはレースへの出走を控えて存分に休ませようと決めていた。
なお、ダイイチルビーはジト目で若干頬を膨らませており、射手園がマヤノを撫でてる手とは反対の手を自身の頭に乗せた。
「ル、ルビー?」
「……」
相変わらず無言だが、そこまでおねだりをされれば流石に「撫でてほしい」とわかる。
今度はマヤノが頬を膨らませるが、射手園が器用に両手で2人の頭を優しく撫でると、2人とも頬を膨らませるのをやめ、それどころか頬を赤く染めて微笑みが溢れていた。
「わぁ……///」
「んー……実にビッグバン*4……けど、ホッコリする……」
そんな3人の微笑ましい光景を見せつけられた一同、特にこの雰囲気に初めて遭遇したロブロイは顔が茹だるような感覚を覚え、ネオユニヴァースはというと、優しい目をして微笑みを浮かべていた。
「……いつもチーム[セントーリ]はこんな感じなの?」
「あぁ、まぁ……うん」
同じく口の中に甘酸っぱいものが広がったような感覚のトウショウナイトは、クロススキッパーに問うが、スキッパーはやや困り顔になりつつも肯定した。
すると、あまり聞こえないような小さい声でダイワメジャーは、
「……メロドラマみたいだ」
と言った。
そんな状態が数秒か数分か分からないが続いた後、ロブロイが咳を切ったかのようにこう言った。
「わ、私も皐月賞には間に合わないかなと……で、でも、その代わり青葉賞に出ます! そして、ダービーを勝ちます!」
その宣言に、矢萩は感心してこう言った。
「……ほぅ、ジンクスブレイカーを目指すのか」*5
「いいえ、その……私は……」
「……エクスカリバー」
「……え?」
不意にネオユニヴァースの口からそんな単語が出てきた。
すると、オロールクロアットが興奮気味に食い付いてきた。
「エクスカリバーだって!?」
「わぁっ、ビックリした……」
「急にどしたんクロア?」
「エクスカリバーと言ったら、アーサー王と円卓の騎士の物語じゃないですか! ……ということはロブロイさんの目標はやはり?」
「アファマーティブ。ロブロイはそれを目指してる」*6
「なるほど……果てはアイルランドの王様に?」
「え、ちょ、ユニちゃん、クロアさん、それは言い過ぎですよぉ……!」
「……なお、ユニヴァースの次走はスプリング・ステークス、だよ?」
「え?」
「スプリング・ステークスか……」
そのレースは、サブトレーナーの
(マヤノはともかく、朝日杯を勝ってるネオユニヴァースと競わせて果たして大丈夫かどうか……)
そもそも、今のところ(模擬レースのみの話であるが)クロススキッパーはネオユニヴァースに勝てたことがない。そのせいか、今さっきネオユニヴァースがスプリング・ステークスに出走することを宣言した時、クロススキッパーの表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。
(……何だか、パマちゃんの時と同じだな)
矢萩は、メジロパーマーを菊花賞に出走させて、尚且つ勝たせた時の状況をふと思い出していた。
メジロマックイーンと、メジロライアン……パーマーが同期でかち合うことになったあの2人は、パーマーの幼馴染であると同時に、彼女のコンプレックスの原因でもあった。
だが、(今よりも)行き当たりばったりだった当時の矢萩だったが、パーマーが苦手を克服しないと先に進めないことを悟っていた。
それに加えて───、
───日本ダービーでアイネスフウジンが勝利した年。
それから暫くの後、彼がトレーナーを始めて、さらに、2人の担当になってから初めての夏合宿を前に矢萩はパーマー用のレースプランを明かした。
……何故か、ヘリオスは長袖の制服を着て、矢萩は珍しくスーツ姿だったのだが。
「え、えぇ!? 私が菊花賞に!? む、無理だよトレーナー!」
「んなこたぁない」
「そーだよパマちん。パマちんなら出来るって!」
この年、3人の夏合宿の行き先は北海道だったため、元々7月前半の函館記念*7を走って、年明けの1月にG2日経新春杯を走る、というプランだった。
しかし、そのプランを作ってから約半年経ち、矢萩は「あること」を思いつき、今回の夏合宿からレースを追加することにした。
具体的には、函館記念の後に、8月前半の札幌日経オープンか、9月前半の丹頂ステークス*8のどちらかを叩いてから、菊花賞トライアルの神戸新聞杯、そして10月後半の菊花賞をクラシック期の最終目標とし、年明けの1月に日経新春杯を走る、というもの。
……この後、矢萩が1月に控えた日経新春杯のことを忘れて、パーマーにステイヤーズステークスと有馬記念まで走らせてしまうことは今やチーム[ライジェル]の黒歴史であるのだが。
そんなやらかしを起こしてしまうのをまだ誰も知らないこんな時。
何故、矢萩はパーマーを菊花賞で
それは、
「パマちゃん。……君はステイヤーとしての素質が十分にあるぞ。そのために準備だ」
「で、でも、菊花賞だなんて……マックイーンとライアンまで出走するし、今のままだと賞金が足りないよ!?」
パーマーが躊躇しているのはやはりそこだと矢萩は睨んでいた。
メジロマックイーンと、メジロライアン。
パーマーと同門のメジロ家出身のウマ娘たちであり、幼馴染でもある。
だが、マックイーンは天皇賞・春の盾の獲得を、ライアンはクラシック三冠レースでの勝利を期待されていた。
パーマーには、その渦中に入る勇気がイマイチ湧かず、目からハイライトが消える。
「
「もちのロン! あとはトライアルの神戸新聞杯で2着以内に入れれば。まぁ、パマちゃんなら問題ないだろ?」
「え、で、でも……」
「パマちゃん」
「え……!?」
ズイッと矢萩はパーマーに顔を近付け、両肩に手を掛けて、真っ正面から彼女の目を見た。
「と、トレーナー!?」
そんなことをされたもんだからパーマーの顔は真っ赤。
「……パマちゃん。俺はな、
「……///」
「///」
見つめられたパーマーだけでなく、矢萩と、それを見て聞いていたヘリオスまで顔を赤らめてしまう。
「……マックイーンや、ライアンのことを話してる君の顔は時々曇ってるじゃないか」
「……え?」
「分かってる。2人のことを嫌ってるわけではないんだろ?」
「と、当然じゃん!?」
「だよな。だが、レースが絡むと苦手意識があるんだろ?」
「う、うぅ……否定できない……けど、トレーナー、何が言いたいの……?」
「兄貴ぃ回りくどい!」
「だぁーもぅ、だからな、パマちゃん、俺はな、君が曇ってる顔を見たくないんだ!」
「え……?」
続けて、矢萩は優しく諭すように言った。
「……パマちゃん。君には俺とヘリオスがいる。大丈夫だ。君を一人にはしないからな!」
「そだよ、パマちん! ウチもパマちんの走りならあの2人にも負けないって思えるんよ!!」
「何より、俺はお前らの走りに惚れたんだ。行き当たりばったりのバカトレーナーってことは嫌でも自覚してるが、そろそろトラウマを晴らす時期だ」
「と、トラウマ……?」
パーマーにとって、マックイーンとライアンや、メジロブライトとメジロドーベルの間に入ったりという仲裁役は日常茶飯事だった。
しかし、彼女たちが将来を期待された一方で、パーマーにはそこまでの視線は向けられることなく今に至っている。
重責がのし掛からない分、楽にはやれていたが、実はそこに物足りなさと空虚感を覚えることもしばしばだった。
「それに、俺はな、君とヘリオスが楽しそうに競ってる時の笑顔が好きなんだよ! 菊花賞だろうと天皇賞・春だろうと、メジロの期待値マックスな2人をぶっちぎって雲を晴らそうじゃないか!!」
「ちょ、ちょ、ちょぉっ!? 」
矢萩がした宣言の中に、パーマーにとって明らかに「ヤバいレース」の名前が含まれていたため、目にハイライトは戻るが今度は困惑する。
「……まぁ、天皇賞・春に出たくないって言うなら、海外行ってみようか。それは来年考えるとしてだ。ダークホースによる番狂わせなんて実に最高じゃないか。俺は見たいし、観客たちに見せてやりたいんだ。君のとびっきりの笑顔をな」
「トレーナー……」
「兄貴の言う通り! ウチらズッ友っしょ! ウチもパマちんといたら笑顔になれるし、パマちんが笑顔になれるなら、長距離は苦手だけど、いくらでも練習に付き合ってあげるし!」
「ヘリオス……」
そうして、パーマーは右腕でヘリオス、左腕でトレーナーに抱きつき、
「ありがとう2人とも……大好きだよ。私、これから頑張ってみる」
「……あぁ」
「ウチもパマちんが好きピだよ……だから」
ヘリオスと矢萩はパーマーから一旦離れ、制服とスーツを脱いでみると、
「……え!?」
「夏合宿、練習はストイックに行くが!」
「合間合間は遊び倒しちゃえ。あ、そーれ」
「「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ
それぞれ服の下に、矢萩はアロハシャツ、ヘリオスは新品の真新しい水着を着ていて、ノリノリで徳島の阿波踊り歌の出だしを2人揃って歌って踊る。
その光景に目を点にしたパーマーだったが、
「というわけで、ヘリオスぅ?」
「合点承知の助ぇ!」
「え、ちょ、ちょっとヘリオス!?」
「水着買いに行くよパマちん!!」
「楽しんで行って来ーい!」
戸惑うパーマーをヘリオスが手を引っ張る形で
……思えば、この時、矢萩がパーマーのトレーナーになってから1年ほどが経っていた。
相変わらずパーマーは矢萩とヘリオスのテンションに引っ張られがちだったのだが、彼女はとても楽しく過ごせていたという。
なお、この後水着のままショッピングモールへ直行しようとしたヘリオスはたづなさんに捕まり、まだ3人しかいなかったチーム[ライジェル]は揃って叱られた───。
───そんなやり取りを思い出していた矢萩だったが。
(パマちゃんの時に比べると、仮に同じ方法をスキッパーに使った場合……)
スキッパーは過去の模擬レースでネオユニヴァースに力量差を見せつけられたせいか、レースが絡むと萎縮してるように見えた。
だが、パーマーに比べれば、まだ些細なことだと思えたし、トラウマからの脱却は早いだろう、と見込んでいた。
ただし、
(ネオユニは……あの時先行策でサクラプレジデントと競り合っていたが、中盤までは中団にいた。その後のエンジンの掛け方といい、直線での末脚といい……あれが1600mではなく1800mや2000mだったなら、恐らくもっとバ身差を付けて快勝していたかもな)
矢萩は、祝勝会が始まる直前までネオユニヴァースが出走した朝日杯を繰り返し見ていた。
その目的は当然、ネオユニヴァースの走り方を分析するために。
今ではそのレース映像を脳内再生できるほどになっていたが、あのサクラプレジデントとの接戦やレース運び全般を見ていて、矢萩と宮松はネオユニヴァースの潜在能力の高さを直感した。
(だが、才能と根性ならスキッパーも負けていない)
だからと言ってクロススキッパーに勝機はまだあると考えている。
(あの末脚は確かに鋭かったが……)
矢萩は、宮松に目線を向けた。
(……
しかし、同じく彼女も何かを考え込んでる様子だった───。
─── 過ぎし日の浦和レース場でのメイクデビュー戦。
「はぁ……はぁ……はぁ……や、やっぱカルマ、君は凄えよ……」
「はぁ……はぁ……はぁ……ク、クロ……私のど、どこが凄かった……の?」
フレアカルマはクロスクロウに敗れ、互いに息も上がってる状態だった。
だが、クロスクロウはこう続けた。
「フレアカルマ……オレ、勝ったぞ。お前の末脚に!」
クロスクロウにとってルームメイトだったフレアカルマは、先輩であり、同時に越えるべきライバルの1人でもあった。
フレアカルマにとって、一生に一回しかないメイクデビューで敗けたことは悔しかった。
しかし、それと同時に、
「……あははははっ!」
「わっ……と」
フレアカルマは思わずクロスクロウに抱きついてしまった。
悔しい。それが正直な気持ちだ。
しかし、それと同時に嬉しかった。
「あはははは、やったね、クロちゃん! いやぁ、
「いやぁ、くそ、負けたよ、完敗だ」
「ネビュラさん、あんたも凄かったよ!」
フレアカルマに抱きつかれている中、そう言って拳を突き出すクロスクロウに、3着のウマ娘、黒鹿毛のコスモネビュラは拳を軽く当てた。
芦毛のウマ娘であるクロスクロウだが、髪にはまだ濃い灰色が残っていた。
そんなクロスクロウに抱きついた栃栗毛のウマ娘こそがフレアカルマだったのだが。
(おっと、ヤベェ……)
場所はまだ浦和のダートコースの上。
次のレースに出走するであろう先輩の別のウマ娘から暗に「早く退け」とガンを飛ばされ、ハロー掛け*9をする車も出るに出れずにいる。
周りの目が痛いので、早くバ場から退避しなければならない、なんてことをクロスクロウは考えていた。
「カルマ、悪いんだけど……」
「え?」
言葉では言い辛いので「退いて退いて」と手で合図したら、
「あ、ご、ごめんね。つい興奮しちゃって……」
「うん、気持ちはよくわかるよ……(本当は俺が勝ったレースなんだけど)」
まるで今の状態は勝者と敗者が入れ替わったかのようだった。
とりあえず、抱きついてきたフレアカルマの方が先に立ち上がって、クロスクロウは身体中に付いた土を軽くパッパッと払い、スタンドに一礼をしてから、控え室に戻っていく。
フレアカルマとクロスクロウは控え室の化粧台で隣り合っていた。
12Rが終わったらウイニングライブ───これはG1でもメイクデビューでも変わらないルールであり、2人もライブ衣装に着替る必要があった。
2人とも、それぞれが自らの担当トレーナー、もしくはレース場専属のメイクアップアーティストらがウイニングライブ本番に向けて彼女たちを着飾っている時。
「……なぁ、カルマ」
「クロちゃん、どうしたの?」
「さっきのレース、競り合っていたら気付いたことがあるんだよ」
彼女の右隣に座っていたフレアカルマにクロスクロウは声を掛けた。
「なぁに?」
「……さっきの、一歩判断違ってたら俺が負けてたよ」
「え……?」
「そのスタミナと末脚……素直にヤベェと思う……凄いって意味でのヤベェだぞ」
先ほどのレースでクロスクロウは確かに逃げ切った。
だが、後ろからフレアカルマが迫ってくる気配がした時に、末脚を炸裂させてくることを直感した。
「気配も凄かった、正直ビビったよ」
「あ、ありがとう」
一応は褒め言葉として受け取るフレアカルマ。
化粧台の鏡に映る自身のトレーナーである沼崎と目配せをした後、クロスクロウはこんなことを言った。
「だから……その、今言ったスタミナと末脚、それさえ上手く活かせば……勝ち上がれるぞ」
「え、ホント!?」
「あぁ……やっぱカルマはダートが合ってると思うし、賭けても良いぜ?」
ちなみに「フレアカルマはダート適性が高い」という所見は、クロスクロウの義姉でありトレーナーである沼崎からの受け売りだったのだが、メイクデビューで敗北した以上、次は未勝利戦に備えなければならない。
それを勝ち上がれるかもしれないヒントをクロスクロウが与えてくれた。
その時点で出来うる、クロスクロウなりの手向けと、ルームメイトとして、何より先輩として色々なことを教えてくれた事への礼も含まれていた。
「……クロ。絶対に私、未勝利を勝ち上がるからね。だからその時は、また一緒に走ろうね!」
「……あぁ。先に行って待ってるからな!」
「うん!!」
その日の約束は、残念ながら叶わなかった。
……もちろん、その日以来会えなかったというわけではない。
しかし、「いつか同じレースで走りたい」という目標が叶わずに未練となったせいか、この時の出来事はフレアカルマの脳裏に深く刻まれることになった───。
───「……きっと、スタミナと末脚を活かす……差し脚を炸裂されたら……」
「!」
そのフレアカルマこと宮松サブトレーナーの小さな声を、矢萩は聞き逃すことはなかった。
それが、次の矢萩の決断に繋がった。
「……じゃぁ、次走はスプリング・ステークスにしよう」
「え? と、トレーナーさん? それは……」
「アファマーティブ……スフィーラ。スキッパー、KELTになることを楽しみにしているよ?」
「う……うん」
それを見ていたヘリオスとパーマーが悪い顔をしながら矢萩の脇腹を小突いた。
古参の2人には彼の狙いが透けて見えるようだったからだ。
しかし、「トレーナー?」「どういうつもりだ?」と、アローキャリーとデュランダルが矢萩に尋ねてきた。
「まさかとは思いますが、突然に決めたんですか?」
「いいや、考えてたプランの中に(スプリング・ステークスは)元々あったぞ」
「勝算はあるんだろうな?」
「……」
「おいお前……」
「何するつもりですか?」
「……思えば、もうここしかチャンスがないんだよな」
矢萩はふと、壁に掛かってる新年のカレンダーに目をやった。
「チャンスって何だよ?」
「皐月賞の前にネオユニとスキッパーをぶつけることが出来るレースがここぐらいしかないってことだよ……」
(……ネオユニが
「?」
矢萩はそんなことを考えつつ視線をネオユニヴァースに送るが、視線を向けられたネオユニヴァースは頭に「?」マークを浮かべただけだった。
「あ、そうや。あんたらも初詣に行くどす?」
「初詣……あっ。そうだ……」
「Oh……失念……してた……ユニとロブロイも、明日トレーナーと一緒に初詣行くつもりだった……」
「あー……じゃぁ……」
「パーティーは
「そっか。それは残念……というか、ウチらもさっさと寝よ?」
「そだね」
「だな……」
本来はこんな時間まで部室やチーム棟にいる事はない。
だが、チーム毎に年越しパーティーや忘年会、反省会などを行ないたい、という要望が毎年理事長に寄せられているため、理事長とその秘書である駿川たづなが毎年それらの要望を厳選して、居残りの許可を与えている。
また、ウマ娘たちが生活している寮の寮長たちも、寮生たちの年越しパーティーについては黙認していることもあり、今日だけ門限は午前2時までになっている。
「じゃぁ、明日10時。神社に現地集合な? 解散」
「「「はーい」」」
そうして騒がしくて密な中身だったが、あっという間に年越しパーティーは終わりを告げる。
チーム[ライジェル]、チーム[セントーリ]のメンバーたち、それにネオユニヴァースとゼンノロブロイ、年越しパーティーに参加していた生徒たちがチームルームを後にすると、矢萩と
スリープモードにしていたので、マウスをちょっと動かすだけでパソコンが再起動する。
「……おい宮松、もしかして今夜は夜更かしするつもりか?」
その一連の動きを見ていた矢萩は、そんなことをフレアカルマに尋ねる。
矢萩もフレアカルマも、共に顔に疲労の色が出ていた。
「もちろん……そのつもりです」
「よせよ……。そんな疲れた顔してたら頭も回らんだろ?」
「チーフこそ……目の下に隈まで出来てるのに……」
「ははは……んなのお互い様だろ……早いとこ、スキッパーに見せるクラシック期のプランを作ってやらん…と…な……」
2人とも疲れた体に鞭打って、あと少しでクロススキッパーに見せるための、今年の予定を書き上げようと気張ろう……としたが、矢萩はソファーに腰掛けた途端、そのまま魂が抜けたかのように、仰向けでコロリン、意識が夢の国に旅立ってしまい、イビキまで立てて呑気に寝る始末。
「ちょ、ちょっと、チーフ……! ……もう、仕方ない人ですねぇ……帰り……んん、私も限界かも……」
幸いにしてチーム[ライジェル]のチーム棟の部屋にはソファーが2つあり、フレアカルマは1枚の毛布を矢萩に掛ける。
彼女もトレーナー寮に帰るまでに自身の意識のブレーカーが落ちそうだと判断したため、観念するかのように部屋の明かりを消して、アラームをセットし、毛布を持ってきて空いてるもう一方のソファーに腰掛けるとそのまま横になり、あっという間に意識を手放した。
本来はこの倍以上の長さとボリュームになるハズでしたが、登場人物の多さとエミュ及びロケハン不足故、次回に持ち越すことと致しました。
また、今回の話で描く予定だった部分に合わせて、#11を修正しています。
ちなみに、ネオユニヴァースの朝日杯は、アプリ版ウマ娘でのレース模様と、実際の2002年の朝日杯のレース展開をモデルにしています。
※2024年5月17日追記……フレアカルマの回想シーンについて、#03を再読の上で修正いたしました。