また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
しかし、先々週のニコニコ動画へのサイバー攻撃といい、先日のハーメルンのサーバーダウンといい、穏やかじゃない日々が続いていますが、自分みたいな三流の物書きでも出来ることといえば、昼間はちゃんと仕事して、夜や休みの日はストーリーを書き綴ることだけです。
そんなわけで、ウマ娘編のクロススキッパーはクラシック期の重大局面へと入ってまいります。
※なお、今回からサブタイトルの(真)を段階的に廃止していきます。
※2024年6月22日追記……とある方の投稿作品を見ていたら、なんと挿絵機能が使えないことに今気付いた。参ったなぁ、どうしようか……。あと、クロススキッパーとネオユニヴァースの対戦に関して修正しました。
初詣から4ヶ月後。
『全国のウマ娘レースファンの皆様こんにちは。今日はクラシック三冠最初のレース、G1皐月賞をお届けしたいと思います』
『中山グランドジャンプ*1が開催された昨日は曇り空ながら春めいた気温でしたが、今日は一転して朝から肌寒い1日になりまして、時々小雨も降っています』
『このような天候ですが、バ場状態は良との発表です』
4月の中旬から後半に差し掛かる時期に行なわれるクラシック三冠最初のレース、皐月賞(G1)。
現地は小雨が降ったり止んだりというグズついた空模様であり、昼を過ぎるとより肌寒くなっていた。
『見守るファンの傘も震えていますが、新たな時代のスターたり得るウマ娘たちの活躍を一目見届けるために、悪天候にめげる事なく中山レース場、今日も満員御礼でございます』
『クラシック三冠の第一関門。今年も18人の実力あるウマ娘たちが集いました。今、パドックが始まりました。1番から順に紹介していきましょう───』
『───2枠3番、ネオユニヴァース! 現在、重賞3連勝中のまま、ここ皐月賞へと駒を進めて参りました』
『ここまで無敗のまま皐月賞へと駒を進めてきた超新星。ここで新たな宇宙を創造するか、ネオユニヴァース。今日は1番人気です! 続いて2枠4番───』
(緊張してきた……)
パドックでは今日の
『───3枠6番、サクラプレジデント! 朝日杯では3着でしたが、前走のスプリング・ステークスでは2着と好走。ネオユニヴァースの戴冠に待ったを掛けるべくやってきたサクラの長! 2000mは未知の領域ですが、4番人気に食い込んでます!』
そして、スキッパーにも出番が回ってきた。
『───拍手と歓声が大きくなってまいりました、5枠9番、クロススキッパー!』
そのアナウンスと共に、クロススキッパーは黒地の勝負服を身に纏ってパドック上に現れた。
(大丈夫、落ち着くんだ。いつもみたいに……)
スキッパーはパドック上で大きく息を吸って、吐いて、深呼吸をして気を落ち着かせた。
『ジュニア期無敗、芝もダートも好走してみせた風来坊。今日も逃げ脚が炸裂するのか!? 従姉はあの黄金世代の皐月賞バ、クロスクロウ! サツキの花を描いた勝負服にはその背中を追って来た皐月賞への執念が光る!』
『果たしてサツキは花開くことはできるのか。距離不安も何のその、今日は3番人気です』
そのアナウンサーの口上の効果故か、パドックから降りてきたスキッパーは他の出走ウマ娘たちからの視線に晒されることになった。
「スキッパー!」
「は、はい……何でしょう?」
先にパドックで紹介を終えた、紫をベースにピンク色の配色を取り入れた勝負服に身を包むウマ娘から声を掛けられた*2。
それは、小倉ジュニアステークスとスプリング・ステークスで対決し、特にスプリング・ステークスの時は終始自分をマークしてきたチキリテイオー本人だった。
鹿毛で、とある人物に似たウマ娘*3は、スキッパーに向けてピシッと指を差し、
「今度こそ、あたしは、お前にもネオユニヴァースにも絶対に勝ぁーつ!!」
レース直前のタイミングで、彼女はそう宣戦布告してきた。
が。
「もちろん、お前らだけじゃねぇ、サクラプレジデント、エイシンチャンプ、お前らこそまとめてちぎり倒してやる!!」
ほぼ全方位に喧嘩を売る形になった。
「はいはい、分かったよ……こっちだってお前には負けないからな」
「ザッツザプレンティ!」
やや気怠そうに、チキリテイオーの宣戦布告に真っ先に応じたのは、ホープフルステークスで競ったザッツザプレンティだった。彼女は黄色を主体とした勝負服に身を包んでいる。
その、チキリテイオーの宣戦布告を向けられた内の1人、桜色の勝負服を着たウマ娘が、スキッパーのことをジッと見てきた。
「あの……サクラプレジデントさん、何でしょうか?」
そのウマ娘の名はサクラプレジデントという。
朝日杯でネオユニヴァースに敗れ、スプリング・ステークスではチキリテイオー、スキッパーとも対決したライバルの1人だ。
しかし、サクラプレジデントは、怪訝そうな表情で、こんなことをスキッパーに尋ねてくる。
「……あなた、本気で皐月賞を取りに来るの?」
「……そうですが?」
「……」
サクラプレジデントは、じっとクロススキッパーを見てくる。
「あの……何か?」
「……全然わからない」
「え?」
「あなたからは全く覇気を感じない」
「何だよ
横から声を掛けてきたのは赤と黒を主体とした勝負服に身を包んだ鹿毛のウマ娘。
そのウマ娘に対して大きく溜め息を吐き、こう告げた。
「はぁ〜……その「シャチョー」って呼び方やめてよ、チャンプ」
「社長?」
何でそんな呼ばれ方をしていたのか疑問に思ったクロススキッパーだったが、さらに横からやってきたネオユニヴァースがやけに発音良く、ボソッと一言。
「
「……あぁ〜」
「もう、ネオユニヴァースさんまで……」
ネオユニヴァースによる補足にサクラプレジデントはつい呆れてしまう。
「……クロススキッパーさん。あなたの勝負服。何故花が描かれているのか今まで疑問だったのだけれど、それは全て今日のための願掛け?」
「まぁ……そうですね」
クロススキッパーがそう答えると、サクラプレジデントは刺すような視線を向けてきてこう宣言した。
「……願掛けだけでクラシック三冠を勝てるほど甘くない。ましてやあなたは
「おいちょっと待てよシャチョー……あんた2000mを走ったことねぇだろうが。勝つのはあたしだ……!」
クロススキッパーに向けていたサクラプレジデントの視線が、今度はエイシンチャンプに向く。
2人の間でバチバチと火花のようなものが散る。
『───7枠14番、エイシンチャンプ!』
「あ、いけね!」
アナウンスが入って、慌ててエイシンチャンプはパドックに駆けて行った。
『エイシンチャンプ、今日は2番人気です。朝日杯ではサクラプレジデント、ネオユニヴァースらと競っての2着!』
『今、2番人気とアナウンスいたしましたが、倍率は3番人気のクロススキッパーと並んでの4.3倍。京都ジュニアステークスと弥生賞を勝利し、芝2000mでも確かな実力を見せつけて来ました。今日のレースは、誰もが主役、誰もが輝くチャンスに満ちている、決して勝ちを譲りはしない、チャンプの名に恥じぬ走りを期待したいところです!』
そのアナウンスを聞いたクロススキッパーはネオユニヴァースを見つめた。
「? スキッパー?」
ネオユニヴァースはその視線が自分に向けられたものだとすぐに気付き、スキッパーに何用か尋ねようとするが、
「……ごめん、何でもない」
「? そう……」
先ほどのアナウンスもそうだし、エイシンチャンプやサクラプレジデントから向けられた視線のことといい、改めてスキッパーは思った。
(そうだ。ライバルはユニちゃんだけじゃない。みんながライバルなんだ。……僕は勝たなきゃいけないんだ。そのためにここまで頑張ってきたんじゃないか……!)
そうして、さらに身の締まる思いで自分を奮い立たせた───。
───クロススキッパーが芝とダートを行き来してジュニア期でG1を勝利したことは世間でも大きな話題になっていた。
しかし、年が明けて彼女たちがクラシック期を迎えると、そんな話題を過去にしてしまう新星たちが続々と現れてくる。
【───ゲートイン完了、スタートしました。向正面一直線での先行争いです】
テレビに齧り付くクロススキッパーと、彼女のトレーナーたち。
レース映像に一瞬映った発走ゲートには「KYOTO RACE COURSE」と描かれていた。
【ネオユニヴァースが様子を伺っています、外からダイワブレスイングが上がってきて、内を回ってスーッとチキリテイオー上がって参りました】
G1で見るような華やかで色とりどりの勝負服ではなく、このレースで出走するウマ娘たちは体操服である。
【先団、一団の状態から向正面中間地点へ向かいます、依然、僅かに先頭は2番チキリテイオー。二番手に6番ブイロッキー、半バ身差がついて14番ダイワブレスイング三番手、四番手、1バ身差で5番ビックウルフが追走し、その内を回って半バ身差で4番エイシンクッシング、その圏内、外から8番ネオユニヴァースが並びの態勢。大外回った10番シャンパンスノー。1バ身差、内から3番マイジョーカー追走、続いて1番マッキーマックス、やや外めに行きました。中団グループでは1バ身差外から行く11番クワイエットデイ、そのインコースからは9番ホシコマンダー。後方に7番サイレントディール、中団から後ろに控えています。半バ身から1バ身差、12番ワンモアチャッター追走。1バ身差で13番インペリアルナイト現在最後方だ。こんな具合で各ウマ娘、頂上を超えてこれから下りへと向かいます。頂上から下り入って残り800の標識を今通過。依然先頭はチキリテイオー、4分の3バ身リードを保っています。さぁ二番手争いは僅かにブイロッキーですが中団グループ徐々に固まって、中団の先頭を行くマッキーマックス、先頭までは4か5バ身の圏内。その後2バ身差でサイレントディールはまだ後方集団です。600の標識を通過! 第4コーナー、カーブ。前の集団5、6人固まっています、一団の状態になりました。チキリテイオー僅かに先頭で。第4コーナーカーブから直線コースへ。さぁ外を突いてブイロッキー並んできた、外から真ん中へネオユニヴァースが持ち出していきました! その後まだ5、6番手、まだ5、6番手の位置から真ん中へネオユニヴァース追い込んできた、残り200を通過した! 先頭争いは、ネオユニヴァース、ネオユニヴァースが先頭だ!! ネオユニヴァースが一番手、横に広がった! 外を突いて今一生懸命にマッキーマックス、そしてサイレントディールが内から伸びてきた! 二番手の位置についたが、先頭はネオユニヴァースだ、ネオユニヴァース、そのまま先頭でゴールイン! ネオユニヴァース、朝日杯に続き、重賞2勝目! 芝1800m、きさらぎ賞を制した! 2着サイレントディールと3着マッキーマックス、懸命に最後追い込みましたが、僅かに届かなかった】
レースは約2分間だがあっという間だった。
そこでレース映像を止め、チャプターの
レース前の状態に戻った。
「……何度見てもヤバいな、ネオユニヴァースは」
矢萩はそうネオユニヴァースの走り方を評価した。
今度は、最終直線に入る前のところまで進めて、そこからのレースの様子をコマ送りと一時停止を駆使しながら振り返る。
「……さて、2回見てもらってもわかると思うが、終始、ネオユニは5から6番手に付けてて、最終直線で外から差し切って行ったな?」
「は、はい。でも先頭を走っていたチキリテイオーさんは、最終直線で沈んでの11着……」
「……」
矢萩が言おうとしたのは、ネオユニヴァースの崩れないペースから学べることがある、ということだったのだが、いつの間にかクロススキッパーの注目は、彼女自身が好きな脚質の逃げで走っていたチキリテイオーに焦点が行ってしまっていた。
矢萩としては、(そこまで言うなよ……)と、スキッパーに毒突きたかったが、我慢する。
実際、チキリテイオーは逃げウマ娘の走り方としては教科書レベルの手本に倣ったものだったが、それでもネオユニヴァースには勝てなかった。しかも好走どころか惨敗だった。
これがクロススキッパーにとっては衝撃的だったようだ。
まず、チキリテイオーは2枠2番の内枠にいた。
逃げウマ娘としては最適な位置にいたと言えるだろう。
内枠ということは、内ラチに近い、つまり、コースの中で最も内側であり、逃げを打って先頭を譲ることなく逃げ切れれば、ゴールまで最短距離で到達できる。
それで序盤から逃げを打っていたのだが、前述の「ゴールへの最短ルート」というのはあくまで理想論だ。
ペース配分を誤ればスタミナが枯渇して脚が残らない。
実際、チキリテイオーは最終直線までリードを維持できずバ群に沈んでいった。
「……小倉ジュニアステークスの時は、終始あなたは逃げで先頭を走ってペースを握って渡さなかった。兵庫ジュニアグランプリと全日本ジュニア優駿でも同じように走ってみせたでしょ?」
「は、はい……でも……」
「……うーん……」
2月中旬の京都レース場で行われたG3のきさらぎ賞。
芝1800mは、来月に控えたスプリング・ステークスと同じ距離であり、矢萩、宮松、そしてクロススキッパーの3人は、先ほどからこのレース映像を何度も見ていた。
その目的はズバリ、
「……やっぱり、
「……」
矢萩に問われて、スキッパーは俯きながら、頷いた。
「……ネオユニヴァースはクラシック三冠レースに絶対出てくる。あいつに勝てないと皐月賞なんて獲れないぞ」
「分かってます……分かってますけど……」
「「……ん〜……」」
これは思ったよりも重症だ、と矢萩は思った。
きさらぎ賞のレース映像を繰り返し見せてきたのは、スプリング・ステークスと、皐月賞で、ネオユニヴァースにどうやって勝つかをイメトレさせるためだった。
まずは勝てるビジョンが思い浮かばないとどうしようもない。そう思ったからだ。
ネオユニヴァースとクロススキッパー、
しかし……この2人、
それは、入試の際の実技試験での走行の時だった。
そこで軍配が上がったのはネオユニヴァースだった。しかも、クロススキッパーは圧倒的な大差を付けられて、最下位から2番目という惨敗だったという。
その際のレース映像が残っていないので判断に困るところだが、記録自体は残っているので事実だろう。
あの時、もし筆記試験での満点と
「お前は、1年前に比べればずっと成長してるはずだ。今、宮松が言ったように、小倉ジュニアステークスでも、兵庫と川崎で見せた走りでも、お前は終始レースを支配してペースを乱さずに2バ身以上の差をつけて勝っていたじゃないか。メイクデビューは出遅れこそあれど、そのまま追い込んで勝利している。もっと自信を持っていいんだぞ?」
矢萩は、これまでのクロススキッパーの歩み、時間と経験の積み重ねで得られたものについて言及してスキッパーを励ます。
しかし、それでもスキッパーは浮かない顔をする。
「……スキッパー。どうしてそこまで心配しているの?」
「……」
矢萩と宮松にはイマイチ、どうしてもそこがわからなかった。
何故、クロススキッパーはネオユニヴァースの走りをそこまで極端に恐れているのか。
この際だ。聞き出してみることにした。
「……悪夢を見てしまうんです」
「悪夢?」
「はい……」
クロススキッパーが語る悪夢というのは───、
───はぁはぁ、と、息を切らしながらターフの上を走っている。
模様の入ったオレンジ色の前掛けが付いた黒のワンピース風、スカートにはサツキの花があしらわれている、クロススキッパーがG1でいつも着ている勝負服だ。
場所は中山レース場、第4コーナーカーブから最終直線に入った。
『先頭はクロススキッパー! クロススキッパー、5バ身のリードを保って第4コーナーを回ってきて最終直線だ、中山の直線は短いぞ! 後ろの子たちは間に合うのか!?』
レースの最終局面を捲し立てるかのように実況にも熱が入る。
だが、
『あぁーっと!! ここで後ろからネオユニヴァース! ネオユニヴァースが外から差してきた! 最終直線に入ってから、後ろからグングンとネオユニヴァースが迫ってくる! 一人旅のクロススキッパーに超新星のガンマ線バーストが襲い掛かる!! 3バ身、2バ身、1バ身、ここでネオユニヴァース、先頭に立ってクロススキッパーを交わし……いや、クロススキッパーも粘る粘る! 先頭はクロススキッパー、ネオユニヴァース、クロススキッパー、ネオユニヴァース、いや、ネオユニヴァースが僅かにリードを開いて今ゴールイン! 皐月賞、新時代の新星に輝いたのはネオユニヴァース! 2着クロススキッパー、粘りましたが敗れ……』
ところがここでクロススキッパーは視界がボヤけて歪み……、
『あぁっ!? 大変だ、クロススキッパーが倒れました!! 救急を……』
観客席も、同じレースを走っていたウマ娘たちも騒然となる。
先ほどまで競り合って、1着を獲ったはずのネオユニヴァースですら慌ててクロススキッパーに駆け寄ってくるが───。
───そこまでがクロススキッパーの語った「悪夢」だった。
「……ターフの上で僕は倒れて、ネオユニちゃんが慌てて駆け寄ってきて……そこで意識が途切れたかと思えば飛び起きる……僕が覚えている悪夢は毎回ほぼ同じ内容で、同じところで途切れているんです。今年に入るまではしばらく見なかったのに、きさらぎ賞でネオユニちゃんが勝った、ってニュース記事を見てから2日連続で同じ夢を見て……」
「おい待て待て待て。おい。何で今の今まで言わなかったんだ?」
「チーフ、ちょっと待って。ねぇ、スキッパー、今あなた、「今年に入るまではしばらく見なかった」って言ってたけれど、まさか前、つまり、去年より前から同じような悪夢を見ていたの?」
気になる悪夢のことをひた隠しにされていたことに矢萩はスキッパーを問い詰めようとするが、宮松はそんな彼を抑えつつ、その前にスキッパーが気になることを言っていたので、その意味の真意を問い質してみる。
クロススキッパーはその問いに対して、一瞬間は開いたが、頷いた。
「……いつから?」
「入試でネオユニちゃんに負けた時でした。……あの時はぼんやりしていたから、嫌な夢見た、って程度にしか思わなかったんです。……でも、昨日、一昨日に見た悪夢はもっと鮮明に、勝負服を着て、中山の最終直線のターフを駆けている情景でした。夢の中の僕は、とても息苦しくて、脚も壊れてしまいそうで、それでも負けられないから脚を必死で回して……それで結果は僕が勝つか負けるかの違いだったけれども、どちらでも僕は倒れて意識を失ってしまっていた」
「……勝ったことがある、だと? その、悪夢とやらの中で?」
「……はい、でも、その代償は……」
「……」
勝利か敗北か、その両方で「死」が付き纏う悪夢という。
つまり厳密には、
(……スキッパーが怖がっているのは、ネオユニヴァースでもその驚異的な末脚でもなく、死ぬかもしれない、という恐怖か……もしかして?)
矢萩は、スキッパーがネオユニヴァースに過度とも言えるぐらい、特にレースが関わると自信も何もかも吹き飛んでしまうような状態になる、その原因の本質を、そう考えた。
その上で、あることを思いついた。
「……なぁ、宮松。すまないがちょっとの間、部屋から出ていてくれないか?」
「え?」
「……頼む」
「……わかりました。ヘリオスさんたちの様子を見てきますね」
宮松は深く詮索はせず、1人でチーム棟の部屋を出て、
(……でも、やっぱりあの悪夢の原因は……)
「……ウマ娘の本能、ってやつかしらね?」
去り際の廊下で原因に同じく心当たりがあった宮松はそんなことを呟いた。
そして、チーム棟の部屋は、矢萩とクロススキッパーの2人だけの空間になる。
「……なぁ、スキッパー。その悪夢の原因だが、俺には一つ心当たりがある」
「え? な、何ですか……!?」
「それはだな───」
───場面は変わり、きさらぎ賞から約1ヶ月後。
クロススキッパーの本命である皐月賞の日が刻一刻と迫る中。
その前哨戦かつ、皐月賞優先出走権の最後の切符を賭けた重賞が始まろうとしていた。
3月後半に中山レース場で行なわれるスプリング・ステークス。格付けはG2。芝1800m
ジュニア期をこれまで4戦無敗で勝ち進んできたクロススキッパーにとっては、譲れないレースである……のだが。
「……まぁ、あまり気負い過ぎるなよ? いつも通りでいい」
「は、はい、トレーナーさん」
選手控え室で最後の打ち合わせを行なう、チーム[ライジェル]の矢萩チーフトレーナーと宮松サブトレーナーと、彼らの担当ウマ娘であるクロススキッパー。
今日の彼女は13番のゼッケンを付けていた。
あとはパドックでのお披露目と、レース本番を待つのみ。
ここでちょうど場内アナウンスが流れた。
『間も無く第11レースのパドックが始まります。出走予定のウマ娘はバックステージに集合してください』
「あ、い、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「ほどほどにな」
宮松が手を振ってスキッパーを送り出す一方、矢萩は気の抜けたような、それでいて、「リラックスしろ」という意味を込めて声を掛けた。
「……勝てるでしょうか?」
「ハッキリ言ってわからんよ。……それに、このレースはあいつの
スキッパーのパドックでの様子を見るために、矢萩はリモコンを手にして控え室のテレビを付ける。
【───7枠13番、クロススキッパー! 今日は1番人気です】
【デビューから4連勝中ですが、果たしてレース展開がどうなると予想されますか?】
【そうですね。クロススキッパーはこれまで芝では短距離を2戦、ダートはそれぞれ1400mと1600mを経験して、しかも、全日本ジュニア優駿を勝利してダートG1を手にしています。メイクデビューでは出遅れからの巻き返しで、最終的に差し切っての勝利。他の3戦では逃げを打って先頭を一切譲り渡すことなくゴールしています。ハイペースで流れる展開もあり得そうですね】
【小倉でのデビュー戦とジュニアステークスの時は灼熱の太陽が照り付ける夏でしたが、今日の舞台は、快晴ですがまだまだ肌寒さが残る晩冬の中山。この辺りは果たして影響するでしょうか?】
【小倉でのレース間隔が短いことも取り沙汰されていますが───】
また擦られてる。
そう思って矢萩は一瞬苦い顔をした。
【───小倉ジュニアステークスや、その後のダートの2戦でもタフな走り方を見せてくれました。ですから、寒さは障害にならないでしょう。唯一の不安は距離ですね】
【距離、ですか?】
【はい】
(的確に痛いところを突いてくるな、この解説者は)
【───8枠15番、ネオユニヴァース、今日は2番人気です!】
【メイクデビューを勝利、中京ジュニアステークスを好走からの朝日杯でG1初勝利。今年に入り、きさらぎ賞も制覇して現在重賞を連勝中です】
【今日のスプリング・ステークスはきさらぎ賞と同じく1800m。ここを勝って重賞三連勝を飾り、皐月賞に王手を掛けるか。続いて、8枠16番───】
そこまで見てからテレビを消した。
「チーフ……チーフがさっき言ってた〈二番目の問題〉って、ネオユニちゃんのことですか?」
「……あぁ。そうだ」
2人はそんな会話をしながら控え室を後にして、トレーナー用の観覧席に向かう。
その道中で、改めて宮松は思った。
(スキッパーはこれまで、模擬レースを含めてもネオユニちゃんに勝ったことがない。……でも、皐月賞を勝つためならば、避けては通れない)
2人がトレーナー用観覧席に辿り着いたちょうどその時、スプリング・ステークスに出走するウマ娘たちの本バ場入場が始まっていた。
そして、双眼鏡を使うと、クロススキッパーの表情を確認できた。
「……あいつ、緊張してるな」
「そうですね……」
その状況に思わず2人は揃って溜め息を漏らした。
「何だ2人して浮かない顔して?」
「……キタルファトレーナー」
トレーナー用観覧席で彼らの隣に座ることになったのは、チーム[キタルファ]のチーフトレーナー。
彼自身はありふれた苗字故か本名で呼ばれることが少ないため、周りからはこう呼ばれている。
そして、そのチーム[キタルファ]といえば、今日のスプリング・ステークスに出走するネオユニヴァースが所属しているチームでもある。
「あぁ……その……うちのチームの
「あぁ。クロススキッパーだよな? それが一体どうして?」
「……まぁ、さっきも本人に「緊張しすぎるな」と言ったばかり。なのに、今双眼鏡で様子を見てみればもうガッチガチだったもので」
「なるほど……言って分かれば苦労しない、ってやつか」
キタルファトレーナーは思わず「うんうん」と頷く。
彼が最初に担当したウマ娘は、現在ではドリームトロフィーリーグに出走しているほど月日が流れているため、彼もすでに新人から中堅トレーナーへと足を掛けている状態だ。
それ故に、チーム[ライジェル]のトレーナー陣が溜め息をした原因に共感した。……のだが、
「……でもおかしいな。私の記憶が正しければ、クロススキッパーはジュニア期4戦無敗で、その内の3回は重賞だった。そこでも見せたことがないのに、何故あそこまで緊張している……?」
「あ、ははは……はぁ……」
流石はあのハルウララを育て上げたトレーナー。彼も双眼鏡でクロススキッパーの様子を見ると早速、
……とてもじゃないが、「原因は
(落ち着け、集中するんだ……!)
ゲートを前に、クロススキッパーは気を落ち着かせようと深呼吸をする。
「スキッパー?」
そう声を掛けてきたのは、
「……ネオユニちゃん」
今日のレースで対決するライバルの1人でもあるネオユニヴァース─── 同期であり、友達であると同時に、今のクロススキッパーにとっての「超えられない壁」。
「……負けないよ」
「……今までネオユニちゃん、僕に負けたことないでしょ?」
「うぅん……君だけじゃない」
「おうおうおう、あたしを忘れてもらっちゃ困る!」
「え……チキリテイオー……さん?」
「お前らお高く止まってるがな、今度こそあたしが勝ぁーつ!!!」
ターフの上で雄叫びのような宣戦布告を掲げるチキリテイオー。
ホープフルステークスでは勝者のマヤノトップガンに今一歩及ばず、2着のザッツザプレンティと競り合っての3着。
つい前月のきさらぎ賞ではネオユニヴァースに惨敗したが、そのレース映像はスキッパー自身も穴が開くほど研究した。
「ネオユニヴァース! それに、クロススキッパー。お前らにはきっちりと借りを返す!」
「……え、借り?」
「借りを返す」……その言葉にクロススキッパーは心当たりがなかった。
いや、正確には「忘れていた」というべきか。
「とぼけんじゃねぇよ! 小倉ジュニアステークスではお前に逃げ切られたからな、その時の悔しさ、今日のレースで晴らしてやるぜ!!」
「……あぁ!!思い出した!!」
「……はぁ? 今なんて言った?」
ドスの効いた声が思わず出てしまったチキリテイオーだったが、それだけ今のクロススキッパーの発言は聞き捨てならないものであり、即怒りが頂点に達した。
スキッパーは「しまった……」と思うも、時既に遅し。
「あたしのことなんて眼中にないってか……ふざけんな」
「ヒイッ……」
さらに怒りに満ちた目で憤怒のオーラを漏らしながら、スキッパーに近寄ってきたチキリテイオー。
思わずネオユニヴァースの後ろに隠れたのだが、ネオユニヴァースは、そんなチキリテイオーの態度にムッとした。
「……チキリテイオー」
「んだよ、宇宙人」
「それは……凄くABSS*4だと思う」
「アビ……何?」
「君は、私たちをZDAL*5と認識してくれている……それ自体は素直に
「……はぁ!?」
「君が
「……何言ってるのかわからねぇが、要は、「そんなに目立ちたいならこのレースを勝ってみろ」ってことか!?」
驚くべきことに、チキリテイオーは今の会話の要点は理解していたらしく、それをネオユニに尋ねると、彼女は頷いた。
「……はんっ、上等だ!! お前ら全員、俺の伝記の隅っこに追いやってやるぜ。スキッパー、あたしの、チキリテイオーのことを忘れられないようにしてやる! ちゃんと覚えてろ!!」
それだけ吐き捨てて、発走ゲートの元までチキリテイオーは駆け出していった。
「……ネオユニちゃん」
「スキッパー……」
ネオユニに感謝を伝えようとしたところ、そんなネオユニが眉を顰めてスキッパーを見ていた。
「……チキリテイオーのこと、スキッパーは本当にFOBNしていたの?」
それを問われて、スキッパーはバツの悪そうな顔をしてこんなことをまず言った。
「……やっぱり君のことは誤魔化せないよね」
それに続けて、こう言った。
「小倉ジュニアステークスの時は本当に色々あって、レースを勝つことしか……レースを勝つ?」
「? スキッパー?」
実際、小倉ジュニアステークス前後のスキッパーはバタバタしていた。
メイクデビューを勝ってたったの1週間というクソローテ強行軍で重賞、しかもG3に乗り込んできて、そのレースに出走するほんの数時間前にはG1などで着用する勝負服のデザインを練っていた。だが、あのレースで1番意識していたことを、スキッパーは思い出した。
「……そうだった。あの時、「僕らしく勝ちたい」って思って走っていたんだ。それできっと周りが見えていなかったんだと思う。……でも、チキリテイオー……さんは侮れないね」
「……それならいいんだよ」
先ほどのチキリテイオーの宣言からも言えるのは、彼女は挑戦者だ。
他ならぬ、その相手は自分とスキッパー。
そのスキッパーがチキリテイオーのことを忘れたまま歯牙にもかけないつもりであったなら、ネオユニは不快感を拭えなかっただろう。
同じレースを走る以上、自分以外が全員
「……でも、勝つのはユニヴァース、だから」
「……分かっているよ。僕だって今度こそ君に負けない……最低でも、これまでの自分は超えなきゃダメだ」
「……そう……でも、それでこそスキッパーらしい」
「え?」
お互い小声で何かを言っていた。
スキッパーの発した言葉はネオユニには聞こえていたが、その逆は届かなかったようだ。
(……スキッパー。やっぱり君は私の想像を超えてくる……)
ネオユニは改めてスキッパーに気付かされた。
ライバルは自分以外の15人
しかし人知れず、
(……だからこそ。君には絶対に負けないよ。今度こそ、『ぼく』の代わりに『わたし』が……!)
青い炎を心に灯し、このレースも獲りに行く。
クロススキッパーとのやり取りは、ネオユニヴァースの心をより熱くさせていた。
だが、そんな2人のやりとりを見ていて静かに闘志を燃やすウマ娘がさらにもう1人。
(朝日杯の借りをここで返さなかれば……!)
桜色の勝負服に身を包んだウマ娘が、ネオユニヴァースへのリベンジに燃えていた。
※2024年6月25日追記……申し訳ありません、副題を変更しました。皐月賞本編まではもうちょっとお待ちください。