また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
その代わり、帝王賞は見たいが、どうしようか……うーん……。
(朝日杯では最後の最後で不覚を取ってしまったけれども、落ち着いて走れば今度こそは……)
「よぉ、シャチョー」
「!」
レース直前のゲート入り前。
ターフ上でクロススキッパーとネオユニヴァースが何かを話している様子を見ながら、「今度こそは」と、ネオユニヴァース、クロススキッパーもろとも差し切ってこのレースで勝利するべく気持ちを固めている最中だったゼッケン5番のウマ娘───サクラプレジデント。
だが、今一番集中力を高めている最中に、彼女にとって最も
「……何ですか、チキリテイオー。私は今忙しいんです……!」
「ほぉ、あんた、あたしを無視出来るのかい?」
「……」
そうしてサクラプレジデントがキッとチキリテイオーを睨んだ後、その視線の先にいた2人のウマ娘を見て、
「……はっはーん、あの2人……いや、特にお前さんはネオユニヴァースにお熱と見た」
「お熱? 何のことですか?」
「とぼけてんじゃねぇよ。お前の刺さるような視線、どう見たってネオユニヴァースに一直線じゃねぇか。朝日杯のリベンジだよな?」
「……それが何か? あなたに関係ありますか?」
「大有りだよ。あたしだって、あいつをぶっ倒したい。だが、お前とはちょっと話が違う。あたしが一番倒したいのはクロススキッパーの方だ」
チキリテイオーが視線を向けた先には、レース前の最後の準備運動を行なうクロススキッパーの姿があった。
今にも闘志を燃え上がらせようとしているチキリテイオーには未だ気付いていない。
「……何故あなたはそこまで執着するんですか?
「おい。今のは聞き捨てならねぇな……!」
「……何ですか? ライバルが減ること自体は歓迎すべきことだと思いますが?」
「違ぇよ……つーか、「しばらくすれば消える」だと? 何言ってやがる。ということは落とし前を付けるチャンスはここと皐月賞しか無いってことじゃねぇか。行ってもダービーか」
「……質問に答えてほしいです。何故ですか? 何故そこまで執着を?」
「言ってほしいか? それはな……」
『出走するウマ娘はゲート入りを開始してください』
サクラプレジデントからの問いに対する、チキリテイオーの答え。
それは外野からすれば、出走準備のアナウンスに遮られて耳に入らなかった───。
───トレーナー用の観覧席から双眼鏡を使ってクロススキッパーの様子を見ていた矢萩と宮松。
「……思ったよりは落ち着いた、か?」
「多分……ただ、今さっき、チキリテイオーやネオユニヴァースと会話していたように見えましたけど、何を話していたんでしょうね?」
「わからん。だが、スイッチは入ったようだな……お。ゲートインだ」
そうこうしている内に、奇数番のウマ娘たちが続々とゲートインしていく───偶然にも、13番のクロススキッパーに、15番のネオユニヴァース、5番のサクラプレジデントに、9番のチキリテイオーと、今さっき会話していたウマ娘たちは全員奇数番だった。
続けて、偶数番のウマ娘たちがゲート入りし、
『さぁ、最後に12番ブルーコンコルドが収まりまして───G2スプリング・ステークス、スタートしました』
「……っ!」
『おっと、サクラプレジデントちょっと出遅れたか。先頭を切っていったのは13番クロススキッパー。飛ばしていきますが、ミヤギーロイヤル、チキリテイオーが追っていきます』
(やっぱりあの優等生はいつもの逃げか……! こなくそ!!)
自分よりも2〜3バ身前を走っているクロススキッパーに内心毒付きながらも脚を回すチキリテイオー。
『ダイワセレクション後に続く、外からはカオリレッドアイ、そして内からは、サクラプレジデント、体制立て直して先頭集団に食い込みました』
(くっ……油断した……!)
出遅れたサクラプレジデント。
先頭集団にこそ追いついたが、出遅れからの巻き返しを図るべく脚を使ってしまったことを気にしていた。
『第1コーナー、先団ほぼ固まって通過していきますが、先頭は相変わらずクロススキッパー、3バ身のリード、おっと、チキリテイオー上がっていきます』
『冷静さを取り戻せるといいのですが……』
『2番手にチキリテイオー、3番手ミヤギーロイヤル、第2コーナーカーブを回ります』
「あぁっ、あいつぅ、頭に血が昇っちまったか……」
トレーナー用観覧席、宮松の2つ隣の中堅トレーナーらしき男性が頭を抱えて毒付いていた。どうやら彼がチキリテイオーのトレーナーのようだ。
『4番手にカオリレッドアイ、5番手に内を回ってヨシサイバーダイン、6番手外に5番のサクラプレジデント。向正面に入り、マークするように外から7番手のダイワセレクションが追走。2バ身後方に4番マイネルイェーガー。中団の位置にネオユニヴァース、ここにいた』
トレーナー席にも届く実況と映像。
(やはり、ネオユニヴァースは先行策から差して来るか……いいぞ、そのままでいい)
矢萩はグッと手に力を込めて拳を握っていた。
『先頭は相変わらず13番クロススキッパー! 2番手のチキリテイオーから3バ身、いや4バ身とリードを広げていく!? ダートウマ娘とは思えない快速ぶりだ!?』
「……好き勝手言ってくれてますね」
「だな……」
実況が相も変わらずにスキッパーを「ダートウマ娘」だと思い込んでることに呆れ半分、矢萩は内心で、
(そのまま油断してくれればいいが……まぁ、今回の場合、最悪掲示板に残れさえすれば何とかなるしな───)
───実はきさらぎ賞のレース映像を見た直後。矢萩は、クロススキッパーにこんなことを言っていた。
「スプリング・ステークスは別に勝たなくてもいい……って、どういうことですか?」
クロススキッパーはその言葉に、困惑と何処か怒りを含ませていた。
「……やっぱり僕ではネオユニちゃんに勝てないから?」
「まぁ、
矢萩はそう言ってから、あるものを用意した。
「これを見てみろよ」
「それは……?」
「言うなればそう……これはお前の
それは「クロススキッパー」と書かれた、BD-REであり、それをBDプレイヤーに入れて再生すると。
【さぁ、ゲートが開いた、模擬第1レーススタートです。各ウマ娘バラバラのスタートを切りました】
ガチャンッとゲートが開き、ウマ娘たちがほぼ一斉にターフの上へと飛び出していくのだが、ゲート練習に慣れていない新入生のウマ娘たちは、そのほとんどがまごついて出遅れる。
そんな中で先陣を切って逃げに転じて、後続をどんどん突き放していくウマ娘が現れた。
【おぉっと!? そんな中で先陣を切って突っ走っていくウマ娘がいたぞ、10番クロススキッパーだ、出遅れもなく後続のウマ娘たちをどんどんと突き放していく!】
……そのレース映像は紛れもなく、
「これ……僕が模擬レースを走った時の?」
「そうだ。お前がうちのチームに来てくれてからのレース映像を全部録ってある。その最初の記録がこれだ。この模擬レースがどれくらい前のものだったか覚えているよな?」
「は、はい。今から1年ぐらい前だったはず」
「そうだ。ここから1年経ってるんだよ。この時のお前の走り方を見てみろ。ゲートは慣れていても、フォームは素人丸出しだった。ペース配分も未熟でスタミナも今に比べたら酷いものだったさ」
「そ、それは……」
「だが、記録が残っているからわかるだろう? 今のお前は、この頃のお前とは違う。ちゃんと成長してるんだよ」
その後に、メイクデビューや、小倉ジュニアステークス、兵庫ジュニアグランプリ、全日本ジュニア優駿など、クロススキッパーが走って、そして、勝利したレースの映像も一通り見せてから、矢萩は言った。
「……俺もお前も宮松も、みんなして無茶をしたもんだよな。フォームが覚束なかった模擬レースからたった4ヶ月でメイクデビュー出走、その勝利からわずか1週間で初重賞を初勝利。その後は年間無敗、気付けばジュニア期は白星だけで終わっていた。こんなの誰にでも出来ることじゃないんだよ」
「それは……トレーナーさんと、フレアカルマさんのお陰です」
「いや、それだけじゃあ足りないぞ。お前に才能があって、お前が努力したからこその結果だ。謙遜するのは悪いことじゃないし、運も実力の内とはよく言うが、それだけでは埋まらないものをお前はちゃんと持っていて、これまで発揮してきただろう? じゃなけりゃ、俺みたいな三流……良くて二流のトレーナーのところで、こんなに凄い戦績は残せないぞ?」
スキッパーは内心、(トレーナーさんこそ、自身を二流って自虐してるのに)と思うところはあった。
実際、担当トレーナーと担当ウマ娘というのは、相性があるからだ。
例え、腕がベテランに劣るトレーナーだとしても、あるいは、担当トレーナーと担当ウマ娘が血縁者だったとしても、お互いが力を引き出し合えるかどうかは結局のところ相性の良し悪しに依存するところだろう。この辺りは歯医者選びと同じぐらいに当たり外れが激しいことさえある。
しかし、クロススキッパーは未だに自信無さげという様子だった。
「……ここまでの積み重ねを振り返ってみても、ネオユニヴァースに勝てないと思うか?」
「それは……その……」
言い淀むスキッパーに、矢萩はどうアドバイスするべきか一瞬悩んだのだが、
「……じゃぁ、これを見てみろよ」
「?」
矢萩が映像を止めた。
そこに映っていたのは───、
『───残り800を切って、最後方にキョクイチバンブー。先頭をひた走るクロススキッパー、第3コーナー回っていき、2番手ミヤギーロイヤルから2、3バ身のリード! チキリテイオー3番手ですが、4番手カオリレッドアイが徐々に詰めて並んでいきまして残り600を切りました。内からヨシサイバーダイン、サクラプレジデント……外からネオユニヴァース、すごい脚で上がっていきました! 一気にネオユニヴァースとダイワセレクションが上がって来て、サクラプレジデントを追い抜いて行きました!』
「くっそー!!」
『チキリテイオー、ミヤギーロイヤルがズルズル下がっていく、代わりに2番手に上がってきたのはネオユニヴァースとダイワセレクション。残り400を切って第4コーナーカーブ。後方からマイネルイェーガーとテンカタイヘイ上がってく…いや待った、サクラプレジデント、サクラプレジデントが粘ってるぞ! サクラプレジデント、2番手のネオユニヴァースに食らいついてく! 4コーナーから直線に向かいます! 先頭はまだクロススキッパーだが、後ろからネオユニヴァースとサクラプレジデントが詰めてきた!! クロススキッパー、サクラプレジデント、ネオユニヴァース、3人が並んだ! 残り200を切って、4番手マイネルイェーガーが追い込んできて坂を登ってきた! ネオユニヴァースが先頭! サクラプレジデント、クロススキッパー、共に食い下がってるが2番手、3番手! 先頭は、ネオユニヴァース、ゴールイン! ネオユニヴァースだ、ネオユニヴァースが1着で今ゴール!』
ネオユニヴァースが先頭でゴールを駆け抜けた姿に、観覧席にいたトレーナーたちは「おぉぉぉっ」とか「あぁーっ……」とか声を漏らしていた。
「……かぁー、やられた」
そんな中、矢萩は特に悔しがる素振りも見せずにそんなことを漏らすと、
「キタルファトレーナー。おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう」
宮松がネオユニヴァースのトレーナーであるチーム[キタルファ]のトレーナーに握手をし、矢萩は走り終わって正面スタンド前で減速するウマ娘たちを共に見やる。
『偏差で2着にサクラプレジデント。1バ身差で3着にクロススキッパー、4着にマイネルイェーガー。最後の最後に追い込んできたブルーコンコルド、及ばずのどうやら5着。大激戦でした……!』
「……! ……へぇ」
正面スタンド前まで来るとクロススキッパーの表情もよく見える。
その表情からは、
「……第一段階はクリア、というところか」
「チーフ?」
矢萩が見たクロススキッパーの顔だが、3着とレースでは敗れたものの、レース前の緊張して色々と抱え込んでいたような様子からは一変して、憑き物が落ちたかのような表情を見せていた。
「……チーフ、一体スキッパーに何を吹き込んだんですか?」
「まぁ、ちょっとした荒療治をな……」
矢萩が解答をはぐらかそうとして目が泳いでるのを見た宮松はさらに詰め寄った。
「……チーフぅ?」
「そう怖い顔をするなよ……」
「つまり、「負けても良いから走ってこい」なんて言ったんですか?」
「身も蓋もなく言えばそうなんだが……」
「はぁ!? 何を考えてるんですか!!」
スキッパーが戻ってくる前のチーム控え室で、宮松は矢萩が濁そうとした解答を無理やり聞き出して、激昂にも似た感情をぶつけた。
ウマ娘というのは、人としての特性を持ち、言葉で意思疎通が出来るが、「走りたい」という衝動や、いわゆる「闘争本能」というか「競争本能」が生まれつき備わっている───裏を返せば、ウマ娘たちは皆、程度の差はあれ「負けず嫌い」という性質が備わっているのだ。
つまり、「負けてもいいから走ってこい」とか言われるのは、ある意味、ウマ娘にとっては侮辱にも等しい。特に、一度も勝てていない強敵を相手にする場合であれば。
「落ち着けよ」
「これが落ち着いていられますか!」
「俺がただ「負けてこい」とスキッパーに言うと思ってるのか?」
「……え?」
宮松はそう言われて少し冷静になった。
「……言われてみれば……チーフが担当たちの勝負を捨てたところなんて見たことがないような……?」
「だろ?」
精々、「この勝負は負けても仕方ない」程度は言うが、それでも「(出来る限りのことはして)勝ってこい」と言って送り出すのが矢萩という男だ。
「俺がこのレースでスキッパーに与えた課題は全部で3つだ。1つ。〈1着かどうかに限らず、
「……昔の自分を超えてみろ?」
「そうだ。あいつの話を聞いている限りだと、少なくともあいつがネオユニヴァースと直接対決したのは入試の際の模擬レースの一戦だけ。しかも、ビリから2番目という惨敗ぶりだったってのは聞いてるよな?」
「……えぇ」
「なら、このレース、ネオユニヴァースに例え敗北するにしても、その大惨敗した時に比べても
「目標の内2つは達成できた、と……じゃぁ、3つ目の目標は?」
「……まぁ、走り切った時のあいつの顔をみればそれも達成できたと思うが」
「何ですか?」
「……それを教える前に、だ。ほれっ」
「! こ、これは……!」
どこからか矢萩が取り出した封筒。
その中身を見た宮松は驚いた。
「……どうして、今ここで
「これをスキッパーと一緒に見てこい。当日は
「え、でも……チーフ」
「答えはそこにある」
矢萩は「三つ目」の目標のことを濁した。
そして、彼が宮松に手渡したものは───。
副題をチマチマと変えていて「何こいつ」と思われたかもしれませんが、本来であればこの後クロススキッパーの皐月賞を描いてその後の進路を、とか。
「ぱかライブで新ウマ娘発表が迫ってんだから早くしねぇと」と急ごうとしたんですが、うまく纏まらなくて……。
トドメに、個人的にショックなことがあったので寝込んでしまっていました。
でも、今回のストーリーを書いていたら、思わぬ形で次の話の構想も出来かける事態になり……。
それをつなげてしまうと同じ話の中で場面が変わりすぎて、読み手も書き手も混乱をきたしかねないので、切りのいいところで一旦止めさせていただきました。