また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜   作:Simca Ⅴ

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 投稿遅れて大変に申し訳ありません。後書きの方でも理由をお話しいたしますが、ちょっとトラブルに見舞われまして……。
 
 にしても、気付けばこのシリーズを初投稿してからそろそろ2年が経つのか……。

 ここのチーム[ライジェル]のデュランダルは、「実馬の気性が荒かった」ということでエアシャカールに似たキャラ造形をしていたのですが、公式で実装された翌日の朝に思った。「艦これの曙っぽくなる可能性もあるのでは?」と。
 ……とりあえずは様子見。キャラが分かってきたら逆輸入するかもしれません。
 あと、ドリームジャーニーの育成シナリオで、ついに「ステイゴールド」が実名で出てきたか……。まさかラモーヌと同じようなポジションになろうとは。

 しかし、ブエナビスタ?
 知らない子ですね……。


#23『クロススキッパーと桜花賞(原点)

 ───スプリング・ステークスから数日後。

 中央トレセン学園では一部のウマ娘たちを除いて授業だ、トレーニングだ、と忙しいはずだったのだが。

 

「……フレアカルマさん、ここは?」

 

 平日の正午過ぎ。

 宮松サブトレーナーことフレアカルマと、彼女の担当ウマ娘であるクロススキッパーはお互いにジャージ姿で、小さめのリュックサックを背負っていた。

 スキッパーのスマホには高崎レース場の広告が一瞬映り込むが、ページを上に送っていくとWebサービスでよく見る「乗換案内」の検索ボックス。

 そこには出発が府中本町で、経由が新横浜、終点が新大阪になっていたのだが、今、2人が向かっている目的地は阪神レース場……ではなく。

 

「武蔵浦和。ここから埼京線に乗り換え」

「え、あの、ちょっと……?」

 

 新横浜へ行くならばJR南武線を使うべきだが、フレアカルマに連れられるまま、JR武蔵野線の電車に乗って府中本町を出発。

 その行き先は、「着いてからのお楽しみ」とフレアカルマは濁した。

 しかし、JR武蔵野線と言えば、その沿線にはレース場が3つもある───それは去年、射手園トレーナーたちと一緒に中山レース場に行った際に知ったこと。ということは今日の目的地は、府中以外のどちらか(中山か浦和)だろうか。

 気付けば、浦和レース場の最寄り駅である南浦和まであと一駅……という時に、そのまま武蔵浦和で降り、埼京線で大宮方面の電車に乗り、次の次の駅で降りると。

 

「着いたわ」

「え? でもここは……南与野?」

 

 南与野。

 そこはクロススキッパーにとっては縁もゆかりも無い地名であり、何なら今初めて知った駅名だった。

 

「何故こんな所に?」

「言ったでしょ? サプライズだって」

 

 とはいえ、南与野の西口に降り立ってみると、そこにあったのはバスロータリーと、マンションが二件。それ以外は車道や歩道ぐらいしか何もない閑散とした風景が広がっているだけだった。

 

「……あの……ここはその……」

「言いたいことは分かる。そう、確かに田舎よね」

 

 クロススキッパーは言い淀むのだが、フレアカルマはバッサリと言い切ってしまった*1

 

「えっと……ここからどこへ?」

「国道17号に出るの。こっちへ」

 

 2人は中浦和方面に歩いて南下して、「河童の森」の手前の道を右へ曲がり───、

 


 

「───宮松、確かお前の実家、お菓子屋さんだったって?」

「は、はい。創業100年の和菓子屋さんです」

「100年……すげぇな」

「それがどうしました?」

「……その日、そのレースを見に行くついででいい。スキッパーに息抜きをさせてほしいんだ」

 

 矢萩はあるチケットをフレアカルマこと宮松に手渡す際にそんなことを言った。

 

 ちなみに、皐月賞は4月20日なので、万が一和菓子を食べ過ぎたとしても体を搾る時間はある。矢萩はそう判断し、彼が言わんとすることを理解した宮松は思わずこんな事を尋ねた。

 

「……何故わざわざ?」

 

 彼女の実家がある南与野か中浦和までは、府中本町から乗れば実は1時間も掛からない。

 しかし、

 

「そりゃあ、お前さんが棍を詰めてると思ったからだよ。ここでサブトレーナーになってから実家に帰省したことが無かったと思うんだが」

「確かにそうですが……」

 

 そこまでやり取りをしてから、矢萩はハッと気付く。

 

「……もしかして、実家の人たちと仲が悪いのか?」

 

 矢萩としては、クロススキッパーと宮松の息抜きを兼ねた一時的な里帰りを薦めたつもりでいたのだが、サブトレーナーになってから夏休みも正月休みも実家に帰省しなかったことについて、その事が思考から抜け落ちていたことに今更気付いて謝ろうとした。

 ……のだが、

 

「あぁ、そういうわけじゃないんです……」

 

 矢萩の心配は杞憂であり、ただ単純に実家に帰る予定がなかっただけのようだった。

 

「そ、その……実は私、トレーナー業を目指す時にお父さんと衝突しちゃったんです」

「あらら……」

 

 そもそも、チーム[ライジェル]内にある暗黙のルールには、「(特に)シリアスな話題については、根掘り葉掘り尋ねないこと」とある。

 誰にだって、秘密にしたいことや、語りたくない過去がある。

 それに、チーム[ライジェル]を結成した時、初期メンバーである矢萩と彼の妹(ヘリオス)と、メジロパーマーは、「笑顔でいられるチームを目指そう」という目標を掲げていた。「チーム[ライジェル]に涙は似合わない」とも。

 だからこそ尚更、各々の暗い話には敢えてノータッチで進んできたわけである───それが、その本人の進退に直結しかねない状況に陥った場合、もしくは暗い話を抱えた本人が明かす時が来た場合はまた話は別だが───、故に、宮松明美(フレアカルマ)がトレーナーを目指した理由やその経緯というものを矢萩は全く知らなかった。

 

「……まぁ、深くは聞かないことにする」

 

 明らかに宮松は話し辛そうなので、今はその話に敢えて首を突っ込まない方がいいだろう。

 トレーナーになる前も、なった後も、何事も深入りしない方がいいと学んだ矢萩なりの気遣いでもあった。

 

「あと、実家が元々あった場所が今はなくて、お店ごと国道17号沿いに移動しちゃったんです」

「あぁー……引越し先の問題か」

「はい……前に比べると駅からだいぶ離れちゃいましたし」

 

 元々、彼女の実家である和菓子屋の本店は浦和駅の西口にあった。

 JR京浜東北線の浦和駅の一駅先が南浦和であり、さいたまトレセン学園に在籍していた頃のフレアカルマは土日になるとさいたまトレセン学園の寮ではなく浦和駅近くの実家に直接帰って、休日は家業を手伝い、月曜日の朝からはさいたまトレセン学園に通って平日は寮で生活するというサイクルを取っていた。

 なお、実家から浦和レース場まではウマ娘の脚で10分ほど、寮までは15分掛からないような位置にあったという。

 

「今は中浦和と南与野の間にあるような感じで……駅から歩くとどっちからでも時間が掛かります。特に南与野からだと激しい坂道があって……」

「どんだけ急なんだ?」

「えっと……ちょっと待ってくださいね……」

 

 さっとスマホを取り出して、その急坂を撮った写真を見つけて、

 

「これぐらい」

「Oh……」

 

 その写真を見た矢萩は絶句した。

 

「まるで壁だな……高低差は1mぐらいあるか?」

「それぐらいはあるかなと……」

(……トレーニングに使えるか?)

「……チーフ、今、この坂をトレーニングに使えそうとか思いませんでしたか?」

「……バレたか」

「ダメですよ、住宅街ですから迷惑になります」

 

 ……とは言うものの、実はフレアカルマも、新しい実家へと赴く際に道に迷ってこの坂道を見つけて駆けて登ったり降りたりしたのは秘密である───。

 


 

「───ということがあって……」

「あれがその急な坂?」

 

 クロススキッパーとフレアカルマの目の前に、明らかに勾配の強い上り坂が見えてきた。

 それは同時に通学路としても使われており、

 

(ここを通学路にしている子たちはみんな坂を上がったり降りたりしてるんだなぁ)

 

 などとスキッパーが思っていたら、

 

「駆け足で上がって、車道が見えるまで走るわよ」

「え?」

「用意」

「!……」

 

 スキッパーとカルマはクラウチングスタートの構えをし、一瞬間を置いて、

 

「ドンッ」

 

 その合図と共に、2人は坂に向かって駆け出した。

 

 タッタッタッ、とリズム良く、ピッチ走法で坂を駆け上がって行った。

 そのまま坂を登り切ると、100mほど走ってから2人は止まった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……ふう。逆上がりのピッチ走法も上達してきたわね」

「は、はい、か、カルマさんと一緒にトレーニングしたからですよ……!」

「! ……トレーナーとしても、スパーリングパートナーとしても嬉しいわ」

 

 今さっきのクロススキッパーのピッチ走法には、間違いなく、これまでのサブトレーナーとしての指導と、併走の経験が活きており、努力が確かに実っていることを間近で実感できたことを素直に喜ぶフレアカルマ。しかし、

 

「……だけどね?」

 

 上り坂があれば下り坂も当然のようにある。

 

 

 

「うわぁ、急坂だ……」

 

 押しボタン式の車道の横断歩道を超えた先にあったのはやはり急な下り坂だった。

 それも、先ほど駆け登った坂よりも勾配が急のように見えた。

 すぐそばに「急坂注意」という看板があるほどだ。

 

「もう一度、用意……」

「えっ!」

 

 クロススキッパーは戸惑うが、カルマが今度はスタンディングスタートの構えをするとそれに従って同じようにし、

 

「……ドンッ」

 

 2人は急な坂道を駆け降りて行く。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 上り坂ではピッチ走法だったが、下り坂ではバランスを崩さないよう、脚がもつれないようにストライド走法で駆け降りていく。

 

(こ、こんなの……中山の坂に比べれば……!)

 

 その勢いのまま、坂を下って閑静な住宅街を駆け抜けていくと、目の前には家の石壁。

 

「減速!」

 

 カルマがそう言うと、スキッパーも速度を緩めた。

 その反動故かスキッパーの前にカルマが飛び出てきたのだが、フレアカルマが「先に行く」という合図をスキッパーに送ると、先導するかのように左へと曲がり、すぐ右へ曲がり、2人は止まった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……し、死ぬかと思ったぁ……」

「何言ってるの。中山レース場の外側コースなんてもっと高低差が激しいんだから……って、外コースをそういえば走らせたこと無かったっけ?」

「えっ、えっと……そうですね」

 

 中山レース場の高低差は最大4m。

 しかし、先程の上り坂も下り坂もそれには及ばない。

 ただ、フレアカルマは失念していたのだが、中山レース場の平地競技で外コースを使うパターンといえば、秋のG1スプリンターズSか、あるいは年末の有馬記念であり、先週スキッパーが走ったスプリング・ステークスは内側のコースだけだった。

 

「坂上がりのピッチ走法、下り坂でのストライド走法。どちらの場合もフォームが綺麗になっていたわよ。さてと……最初の目的地まではあと少し」

「最初の目的地……?」

 

 ということは、まだここは目標の半分ですらない?

 一体この先に何が待っているのか。

 

 さて、急坂を下って、住宅街を抜けると2人の目の前には川のように広い片側二車線の真新しい車道が現れた。

 

「ここが国道17号ですか……?」

 

 その大きさと立派さにスキッパーがそう尋ねてきたが、

 

「違うわよ」

 

 カルマはそうキッパリと否定した。

 実はここは道場三室線という、さいたま市が今まさに建設の真っ最中である都市計画道路。完成すると羽根倉橋から大谷場高木線を経由して浦和インターチェンジまで直線で結ばれるという*2

 

「あそこを見て」

 

 カルマが指差した先にあったのは、

 

「炭火焼肉……え? もしかして?」

「あー、違うわね……チェックポイントはあそこじゃないの。それより、あの焼肉屋さんの前にある大きな道路よ」

 

 言われてクロススキッパーが見てみると、地上では多くの車が行き来しており、その上を高速道路*3が走っていた。

 

「……あれが、国道17号?」

「そうよ。まずはあそこまで行きましょう」

 

 そうして2人は三室線の歩道を歩き始める。

 ずっと向こうに見える焼き肉店の大看板を目印に。

 そこに「押ボタン信号」があったのだが……。

 

「渡らないんですか?」

「あぁ、ここね……押しても中々信号が変わらないの」

 

 ということで、2人はその信号を無視して、国道17号との交差点の信号で向こう側に渡ることにした。

 

 国道沿いに東京方面へと歩みを進めると左手にローソン*4が見えてくるがそのまま通過。

 

「……着いたわ」

「え、ここって……?」

 

 そうしてフレアカルマがクロススキッパーを誘ったチェックポイント。

 そこは、

 

「ようこそ。宮松庵へ」

「宮松庵って……もしかして!」

「そう。私の実家……と言うべきかしら」

 

 フレアカルマはやや歯切れ悪く、そう紹介した。

 

「いらっしゃいませ……って、あ! 明美ちゃん!」

「た、ただいま……って言うべきなのかな?」

「すぐに店長を呼んでくるねー」

「あ、いいよいいよ、別に。その……」

 

 出迎えてくれたのは、髪の色に若干緑が入った金髪の女性。

 ちなみにウマ娘ではない。

 歳はフレアカルマと同い年ぐらいだった。

 

「ん? その娘は?」

「……あれまぁ、中央トレセン学園のジャージを着てるじゃないかい」

 

 店の奥から出てきた中年の女性が、実に目ざとく、クロススキッパーの着ている服から彼女を中央トレセン学園のウマ娘だと見破った。

 

「中央トレセン学園……って、あぁ! 明美ちゃんをそういやテレビで見かけたよ!」

「あ゛っ……」

「そうそう思い出した思い出した……明美さんって確か中央トレセン学園でトレーナーをやってる人だぁ。……って、え!? つまり店長の娘さん!?」

「おい一体何を騒いで…る?」

 

 さらに店の奥から中年の男性が顔を出してきたが、彼はフレアカルマを見た途端に固まってしまった。

 一方でフレアカルマは歯切れ悪そうに、引き攣ったような笑みを浮かべていた。

 

「……明美!?」

「……た、ただいま、お父さん……」

「お前ぇ、一体どこをほっつき歩いて……」

「は、初めまして! フレアカルマさんのお父様! 僕、クロススキッパーって言います、娘さんにはと、とってもお、お世話になっています!!」

 

 途中緊張して噛みながらも、大声でスキッパーはそう挨拶した。

 

「……はははっ。()()()()中々元気な子だ。立ち話もあれだ、上がって行きなさい」

 

 

 

 宮松庵の店長こと、フレアカルマの父の計らいにより、スキッパーたちは2階へと案内された。

 さすがは伝統ある和菓子屋さんだけあって、お茶菓子も豪華だった。

 

「……それで明美。中央トレセン学園はどうだ? 頑張っているそうじゃないか」

 

 案内された居間には、色々な写真が飾られていた。

 メイクデビューでクロスクロウと走った後のツーショットや、未勝利で勝利した時の記念写真に、

 

「これって……」

「クロススキッパーちゃん、といったかな? 君と明美の活躍は見させてもらったよ。そのご本人がまさか、娘と一緒にここまでやって来るとは思わなんだが」

 

 全日本ジュニア優駿でクロススキッパーが勝利した際、その勝利者インタビューで後ろにサブトレーナーとして控えていたフレアカルマの姿が写った写真が丁寧に額縁に納められていた。

 

「お父さん……私のこと見ていてくれたんだ」

「もちろんさ。お前がいるチームは[ライジェル]だか[セントーリ]だか……とにかく、お前がサブトレーナーとして頑張ってるって話は風の噂で聞いていた。で、万に一つの可能性だったが、全日本ジュニア優駿を録画して見ていた」

 

 ちなみにフレアカルマの父曰く、あの写真は知り合いに頼んで録画映像から抜き出して貰った画像をラミネート加工してもらったものらしい。

 

「え? ということはスプリング・ステークスも?」

「当然見ていた。スキッパーちゃん、惜しかったな。だが、終始楽しそうに走っていたのが見えたよ」

 

 まぁ、おじさんにはレースのことはわからないが、ガハハ。とフレアカルマの父は言った。

 

「楽しく走る、か……」

 

 そういえばスキッパーはあの時、矢萩にこんなことを言われていたと思い返していた───。

 


 

 ───それはネオユニヴァースが勝利したきさらぎ賞のレース映像を見た後、どうしてもネオユニヴァースに勝てるビジョンが思い浮かばない、というクロススキッパーに、彼女の過去のレース映像を矢萩が見せていた時、彼は全日本ジュニア優駿のレース運びからスキッパーが先頭でゴールを駆け抜けるまでの姿を見て言った。

 

「全日本ジュニア優駿の時の最終直線。ナイターだっつうのに、お前の顔がしっかり見えてるぞ。しかも()()()()だろ?」

「え……僕、いつの間に……?」

「……無自覚か。だが、それでも良い。それでも良いんだよ」

「と、トレーナーさん?」

 

 矢萩の脳裏を過ったのは、彼の最愛のウマ娘。

 そのウマ娘も、かつては幼馴染である他のウマ娘たちにコンプレックスのようなものを抱いていて、今のクロススキッパーと似たような状態に陥っていたことを思い返した。

 だが、それを打開するきっかけになったのは、

 

「……俺はな。お前らが楽しくレースをしてくれる姿が好きなんだよ」

 

 そのきっかけを与えてくれたのは、他ならぬ彼の妹で最愛の愛バ(ダイタクヘリオス)だったことを矢萩は思い出す。

 彼にとっての()()()()()()()()()()()だ。

 

「……俺も今更ながら原点に戻る羽目になるとは思ってもいなかったが、スキッパー。お前さん、いつかのレースで勝った時、走ってみて楽しかった、って言ってたよな?」

「は、はい」

 

 正確には、小倉ジュニアステークスの後、進路を兵庫ジュニアグランプリ(ダート路線寄り)にする際、矢萩や宮松に相談しに行った時のこと。

 クロススキッパーは、矢萩からに質問にそう答えていた。*5

 

「それに、この笑顔には嘘偽りはなく、作り笑いでもない。……つまり、お前は心の奥底から「レースが楽しい」と思ってたはずだ。この際、小難しい話は敢えてやめよう」

 

 そうして、矢萩は指を3本立てた。

 

「……であれば、次のスプリング・ステークスの目標は3つだ」

「何ですか?」

「……言っとくが、宮松やみんなには黙っておけよ? それはな───」

 


 

 ───矢萩がスプリング・ステークスでクロススキッパーに与えた3つの課題。

 1つ目は、〈1着かどうかに限らず、皐月賞の優先出走権が獲得できる範囲の結果を残すこと〉。

 2つ目は、〈これまでの経験と成果で、少なくともネオユニヴァースに惨敗していた頃の自身を越えてくること〉。

 そして、3つ目は、

 

「矢萩トレーナーは僕にこう言いました、〈走ることを楽しんでこい〉って」

「チーフがそんなことを言っていたの……?」

「はい」

「ほぉ……中央のトレーナーさんも色々いるんだな」

 

 矢萩はクロススキッパーに〈走ることを楽しんでこい〉と言ったことに、フレアカルマは「ハッ」と気付いた。

 

「……じゃぁ、これをくれたのも……」

 

 フレアカルマが懐から取り出した封筒。

 その中身は、

 

「浦和レース場……優先指定席券? 日付は……今日?」

「今日の浦和レース場の競技といえば……桜花賞だったか?」

「そうだよ、お父さん。発走時刻は16時15分だから……」

 

 時計を見ると予定の時刻まではまだ2時間半ほどあった。

 

「……ん? この優先指定席券、よく見りゃボックス席じゃないか?」

「「え?」」

 

 矢萩は2人分の指定席のつもりでこの二号スタンド2階優先指定席券を買ったようだったが、フレアカルマの父に指摘されて、その値段をよく見たら「1万円」の印字が。

 これはつまり、2人分どころか、5人がレースを観覧できるボックス席の値段だった。

 

「あら、チーフったら、間違えたの?」

「はぁ……明美の上司もそそっかしいな」

「5人分……2人で座るには明らかに広すぎますよね……」

「……そういや明美、これ見終わったらその後どうするんだ?」

「えっと……真っ直ぐトレセン学園に帰るつもりでいたけど……一応今日1日有給休暇を貰ってた」

「そうか……それなら良い事を思いついた」

 

 そう言ってフレアカルマの父は居間から1階へ降りていった。

 居間には、フレアカルマとクロススキッパーの2人だけになった。

 

 

 

「……あの、カルマさん」

「何かしら?」

 

 父親が退室してから一気に部屋が静かになってしまったため、不意にスキッパーがこんなことを言い出した。

 

「お母様にも挨拶をしたいのですが……」

「……」

 

 そういえば、彼女の母に会ったことがまだ無かったと気付くクロススキッパー。

 しかし……、

 

「……あの、もしかして、僕、余計なことを言っちゃいましたか?」

 

 スキッパーとしては、「(フレアカルマさんに)お世話になっています!」程度の挨拶がしたかっただけだったのだが、スキッパーに母のことを尋ねられるとフレアカルマの纏っていた空気がガラッと変わってしまった。

 スキッパーは慌てて謝ろうとするのだが、

 

「……そういえば、あなたにはまだ話してなかったんだっけ……」

 

 フレアカルマも気を鎮めて、()()()をまだスキッパーに話したことがなかったと思い返した。

 

「……ちょっと来て」

「は、はい……」

 

 怒られる。

 そう思ったが、居間を出て廊下を跨いだ先にある別の部屋に案内された。

 そこにあったのは仏壇と、明らかにウマ娘である女性の遺影。

 

「え……」

 

 フレアカルマは蝋燭に火を付けて、線香を焚き、香炉に立ててからお(りん)を鳴らし、手を合わせて拝んだ。

 

「……」

 

 それを見たクロススキッパーも一歩遅れて同じように手を合わせて拝んだ。

 

 数秒してから直り。

 

「……私のお母さん、実は亡くなっているんだ。もう4年ぐらいになるかな……」

「……」

 

 スキッパーは自分が無神経な質問をしてしまったことを後悔した。

 だが暫くして、立ち尽くしていたクロススキッパーの後ろから、フレアカルマが両腕を回して、スキッパーを包み込むかのように背中越しからハグをした。

 

「カルマさん……?」

「……暫くこのままでいさせて」

 

 フレアカルマの真意は思い測れないが、スキッパーは彼女に言われた通り、なすがまま。

 

 ───────────────

 

 ────────────

 

 ─────────

 

 ──────

 

 ───

 

 5分か10分か。それぐらい時間が経ったぐらいで、

 

「待たせたな……あ」

「……お父さん」

 

 フレアカルマの父が戻ってきた、が、居間に2人がいないので探しに来たようだった。

 そして、彼は何があったのかを何なく察した。

 

「……邪魔したな」

「あ、いや、いいの……終わったから戻るよ」

「は、はい……」

「そうか……明美が良いならそれでも構わんが……」

 

 父親は言葉少な目に、話題を切り替えることにした。

 居間に来てすぐ。

 

「あ! カルマちゃん!」

 

 待っていたのは、1階で自分たちを出迎えてくれた女性と、若葉色の髪の幼いウマ娘。

 

「ハルちゃん!? どうしてここに……って」

「うん、私が呼んだの」

「……そうだった、ウラちゃんの家ってここから歩いて5分も掛からないところだったっけ……でも何故ハルちゃんまで?」

「カルマちゃん、浦和の桜花賞、あたしも見に行きたい!!」

 

 若葉色の髪の幼いウマ娘───フレアカルマからは「ハルちゃん」と呼ばれている少女は屈託のない笑顔でそう言った。

 するとフレアカルマは、

 

「……お父さん?」

「そう怒るなよ……2人で使うには広すぎるって言ったのはお前たちじゃないか?」

「……うん、確かにそうだけど……」

 

 父親がハルを(姉のウラ経由で)勝手に呼び出したことにフレアカルマは一瞬怒ったのだが、そんな彼からの反論にはグゥの音も出なかったため、すぐに収まった。

 

「ねぇお願ーい、明美ちゃーん」

「お願い!」

 

 そう頼み込んでくるウラとハルの姉妹に根負けし、

 

「……はぁ〜、わかったわよ……」

 

 力無くフレアカルマは2人の同行を許すことになった。

 


 

「帰ってくるまでにはお土産を準備しておくから」

「楽しんできてよぉ。いってらっしゃーい」

 

 フレアカルマは自家用車(N-BOX)を父から借りて、スキッパーたち3人を乗せて浦和レース場へと向かうことになった。

 

「……このままトレセン学園に帰っちゃおうかしら?」

「「えぇー!?」」

「……冗談よ」

 

 国道17号から町谷四丁目の交差点を左に曲がった辺りで、フレアカルマは半分冗談を漏らす。

 ただ、実を言えば、フレアカルマは実家を後にしたら浦和レース場まで(トレーニングを兼ねて)自分たちの脚で走っていきたかった。ウマ娘の脚でなら、25分もあれば浦和レース場には辿り着ける。

 何せ、今日は平日の水曜日とはいえ、南関東G1(S1)だから駐車場は混んでいるに違いない。

 しかも、浦和レース場といえば、かつての彼女の母校であるさいたまトレセン学園のお膝元なので、今頃レース場では会場スタッフやら生徒やらの行き来でごった返しているはずである。

 

 ……もしかしたら、()()()もいるかもしれない。

 

 とはいえ、車で行く利点もある。

 それは自らの足を使うことなく、15〜18分で目的地に着けることだった。

 駐車場に車を停めれば、もう浦和レース場は目の前だった。

 

「ここが浦和レース場……」

 

 正門のイメージカラーは言うならば青。

 「浦和レース場」という看板の下に、

 「本場開催! 桜花賞(S1)」の横断幕が靡いていた。

 

 ちなみに、地方レース場は本場開催の場合、入場料が別途必要になる。大人も子供も一律100円である。

 なお、土日は中央のトゥインクルシリーズを中継するWINSとして使用されているため入場料は無料だが、一般開放日にコースを使用したい場合はこれと別でコース使用料と、動きやすい服装への着替えが推奨される。

 

「わぁ……凄い」

「でしょ?」

 

 フレアカルマとウラがハルの両側で手を握って逸れないように歩いている。

 そんなハル本人はというと、活気あるレース場の様子に興奮を隠せない様子だった。

 

 正門をくぐると、右手にパドック、左手の専門紙売り場には地方シリーズと中央のトゥインクルシリーズの話題が書かれたスポーツ新聞がずらっと並んでいて、その新聞を目当てにまた人もズラーッと列を作って並んでいた。

 

 人、人、人、時々ウマ娘、たまーに紺色のジャージを着たさいたまトレセン学園の生徒たちの姿も見え隠れ。

 ちょっと進むと、目の前に重賞を制したさいたま所属のウマ娘たち、及びそのトレーナーを紹介するパネルが屋根のすぐ下に設置されていた。

 

 その右横側に、特別枠が設けられており、

 

「お従姉ちゃんだ……」

「おぉ……」

 

 その特別枠に飾られていたウマ娘の写真は、「クロスクロウ」。ちなみに、彼女のトレーナーである沼崎は丸抜きの写真で小さく写っているだけである。

 思えば、この2人はここから中央へ、そして世界へ旅立って───今は一体どこにいるのだろうか?

 

「いい匂い……」

「あ、売店だ」

 

 少し歩み進めると、左側にあったスペースが広くなる。

 正門側から順に、浦和レース場の沿革を示した年表が飾られているスペースがあり、その隣には埼玉県の物産を扱うアンテナショップ、そして、その先からは飲食店が軒を連ねている。

 そして、巨大モニターが設置されたスタンド裏の広場まで差し掛かった、その時だった。

 

「おりょ? フレア姉さん?」

「!」

 

 背後から声を掛けられて思わずビクッと尻尾を逆立てたフレアカルマ。

 一体誰だろうか、未勝利を一度勝ち上がっただけで消えたこんな、どマイナーウマ娘の名前を知ってる者は?

 振り返ろうとしたところ───ドカッ、

 

「ぐぇ……っ?」

 

 何かがぶつかった音と衝撃がフレアカルマを襲った!

 

「やっぱりフレア姉さんだぁ!!」

「「「!?」」」

 

 ぶつかられたフレアカルマはまるで引き潰れたカエルのような声で嗚咽を漏らし、一方、突っ込んできた相手はフレアカルマに背後から抱きついてそのまま押し倒してしまった!

 

「久しぶりぃ!! 逢いたかったぁ!!」

「ちょ、ちょっと、シムちゃん!!」

 

 まるで大型犬のような仕草でウマ尻尾を引きちぎれんばかりにブンブンと振る鹿毛のウマ娘。

 耳には赤のイヤーカバーをつけていた。

 

「シムーンカルマさん、困りますよ! 他のお客さまのご迷惑になります」

 

 そのフレアカルマを押し倒して離れないウマ娘に対して、紺色のベストを着た芦毛のウマ娘が慌てて注意しに来た。背丈はマヤノと同じかちょっと高い程度か。

 ……その芦毛のウマ娘の格好を見て、「はて、どこかで見たような?」とクロススキッパーが考えていたら、

 

「あ! ウラワールだ!!」

「!」

 

 ハルちゃんがそのウマ娘の名をそう呼んだ時にクロススキッパーも思い出した。

 

 ウラワール。

 浦和レース場のマスコットキャラクター兼……、

 

「ゲッ……り、理事長先生……」

「シムーンカルマさん……ちょっと()()しましょうか?」

 

 さいたまトレセン学園の理事長が笑顔で、ただし目が笑ってない状態で、そこにいた。

 

 なお、ハルちゃんはその威圧感に気付かないのか目をキラキラさせ、周りの人々は───僕もカルマさんもウラさんも含めて全員、萎縮していた。

 

 

 

 フレアカルマの親戚にあたるシムーンカルマがウラワール理事長に何処かへドナドナされていくのを見なかったことにして、4人は早くも浦和レース場の2階に辿り着いていた。

 

「「「「おぉ〜……」」」」

 

 さすが優先指定席、しかもお高いボックス席だけあって豪華絢爛でピカピカだった。

 

 ボックス席にはモニターも用意されており、パドックでお披露目するウマ娘たちの姿を生中継で見ることができる。

 

『間も無く浦和第10レースのパドックが始まります、出走者はパドック裏へ集合してください』

 

 第10レース、それこそが本日のメインレース、浦和桜花賞だ。

 南関東G1と言えども、出走するウマ娘たちは華やかで色とりどりな勝負服を着飾り、パドックで観客たちの声援に応えていた。

 

「ねぇ、カルマちゃん、あたしもパドック見に行きたーい!」

 

 出走ウマ娘たちのコンディションを見るべくパドックの中継に目を移そうとしたところ、ハルにそうねだられた。

 しかし、今日のメインレースだけあってここから見えるだけでもパドックは大混雑していたため、

 

「ダメダメ。あんな人混みは迷子になっちゃう」

「そうだよハル、ここからでもちゃんと見えるじゃん」

 

 今回ばかりはウラもおねだりせず、むしろフレアカルマに同意してハルを諌めようと、シート備え付けのモニターを指差した。

 

「えー、ヤダヤダ!」

「我慢しなさい」

「そうだよぉ」

「うえぇぇぇぇん!!」

 

 なおも駄々をこねてグズるハルをカルマとウラが宥めるのだが、ここでクロススキッパーがこんな事を言った。

 

「……ねぇ、ハルちゃん」

「グスッ……なぁに……?」

「パドックっていうのはね、見るよりもあそこに立つ方が楽しいんだよ?」

「……あそこに立つ?」

「そう。想像してみて。大きくなったハルちゃんが、自分でデザインした勝負服を着て、浦和桜花賞のパドックに立って輝いている姿を」

 

 スキッパーにそう言われて、ハルは、中高生ぐらいになった自分を───勝負服のほうはすぐに出て来なかったため、中央のウマ娘たちのライブ衣装(スターティングフューチャー)を着ている想像で───、浦和桜花賞のパドックで観客たちにアピールする姿を思い浮かべて、

 

「な、何だろう……ワクワクする!」

「そうだよね。だから、良い子にして、努力して、さいたまトレセン学園に入れるように頑張ろう? お姉さんたちと約束して」

「……うん!」

 

 ───ちなみに後年、この約束が部分的ながら叶うことになるのは、また別のお話。

 


 

「フレア姉さん、見ぃつけた」

「シムちゃん……しっかり怒られてきた?」

「ま、まぁね……」

 

 浦和桜花賞のパドックが終わった頃、先ほどウラワール理事長に引き摺られて行った、さいたまトレセン学園の制服を着たウマ娘がフレアカルマたちの指定席までやって来た。

 

「あの……フレアカルマさん」

「あ、あぁ、紹介がまだだったわね。この娘はシムーンカルマ。私の親戚で今年からさいたまトレセン学園生よ」

「シムーンカルマです」

「シムちゃん、この娘は私の担当ウマ娘のクロススキッパー」

「クロススキッパーです、よろしくお願いします」

「……へぇー、君がフレア姉さんの初の教え子なんだ?」

 

 シムーンカルマはどこかしっとりとした視線をスキッパーに向けていた。

 一方のスキッパーは、

 

「シムーン……熱い砂嵐?」

「!」

 

 シムーン(Simoom)。

 それは、北アフリカから西アラブにかけての砂漠地帯で起こる、熱風を伴った砂嵐現象の名前である。

 

「……何が言いたいのかなぁ?」

 

 シムーンの意味を言い当てられてますますスキッパーに対してきつめの視線を向けるシムーンカルマだったのだが、

 

「あ、いや、良い名前だなぁって思っただけなんです。……いつか、その名前の通り凄い走りをしそうだなぁって、何故か思えて……」

「……」

「ご、ごめんなさい! 僕も一体何を言ってるのか……」

「ねぇ、スキッパーちゃぁん?」

「え? わぁっ?」

「ふふふっ、ありがとう、何だか嬉しくなっちゃった」

 

 先ほどの敵意からは一転し、シムーンカルマはクロススキッパーにハグした。

 

「シムちゃんはね、抱き付く癖があるんだよ〜」

 

 指定席にいたハルがそんなことをスキッパーに教えていた。

 

「お? ハルノウラワちゃんじゃないですかぁ。こんにちは」

「こんちゃ!」

「ハルちゃんは誰を応援するのかなー?」

「うんっとね、5番のメモリヒメちゃん!」

「メモリヒメさんかぁ……」

 

 シムーンカルマは今年中学1年生だが、ハルちゃんことハルノウラワが応援すると決めたメモリヒメというウマ娘は同じさいたまトレセン学園所属の高校2年生なので、シムーンカルマから見ると先輩に当たる。

 ただし、あまり交流はないが。

 

「……何だか懐かしい」

 

 宮松明美がフレアカルマとして浦和レース場(ここ)を走ったのは、思えばたったの数回。

 しかし、たったそれだけなのに、今でも彼女の脳裏に浮かぶほどに深く刻みつけられた思い出ばかりだった。

 

「フレア姉さん……」

 

 一方のシムーンカルマは少し沈痛な顔をしていた。

 

「……シムちゃんさん」

「……シムちゃんでいいよ、あたしも君のことはクロちゃんって呼ばせてもらうから」

「じゃあその……シム……さん」

 

 スキッパーはやや遠慮がちに、フレアカルマに聞こえないように、シムーンカルマに耳元で質問をした。

 

「……カルマさんがあんな悲しそうな顔をするなんて、何があったんですか?」

 

 そう問われてシムーンカルマは一瞬頭を抱えるのだが……。

 

「ちょっと、こっちに来て」

「え、でも……」

「桜花賞が始まるまでまだ10分はあるから……」

 

 すると、シムーンカルマは、フレアカルマにこう言って席を立った。

 

「ねぇ、フレア姉さん、クロちゃんがトイレ行きたいって言うからあたしも一緒に行ってくるね」

「わかった、行ってらっしゃい」

「行こ」

「う、うん……」

 

 トイレに行く、という名目でスキッパーとシムーンカルマは席を立ち、そのまま3号スタンド側にあるトイレへと向かう。

 

 ただ、フレアカルマにそう思わせただけで、南関東G1開催直前を目の前に大混雑する女子トイレの列に並ぶことはなく、自販機で適当にジュースを買って、立ち話を始めた。

 

「……その様子だと、フレア姉さんが何故トレーナーを目指すことになったのか知らないようだけど、当たってる?」

 

 シムーンカルマの問いにスキッパーは静かに頷いた。

 

「やっぱりね……ただ、端的に言ってしまうと、きっかけを与えたのはクロスクロウってウマ娘」

「クロスクロウ?」

「さっき下で見たでしょ? 〈浦和から世界へと旅立った英雄〉って触れ込みで。あの人がね、フレア姉さんがトレーナーを目指すきっかけになった人で、姉さんの同期で……」

 

 シムーンカルマは徐々に声を振るわせ始め、

 

「……あたしにとってはフレア姉さんの心を奪った憎い人」

「え……」

「……あの人のことを語るフレア姉さんは、まるっきり恋する乙女。そこまではまだ良かった。だけど、あの人の走りを間近で見せられた姉さんは……競技者としての情熱が前ほど持てなくなってしまった。あたしにとっては、強くて優しい親戚のお姉ちゃんだったのに……」

「……」

 

 クロススキッパーにとってそれはあまり理解できない感覚だった。

 だが、

 

「……ごめんなさい」

「? 何で君が謝る必要があるの?」

「そ、その……クロスクロウって、僕のお従姉ちゃんなんです、正確には従姉妹、ですけども……」

「……エェーッ!?

 

 その大声に周りの人々が驚くが、すぐにスキッパーが「シーッ」と言って口を塞いできた。

 

「……それ、本当の話?」

「はい……本当に、僕の従姉が申し訳ありません……こんな所でもご迷惑をお掛けしていたなんて……」

 

 スキッパーとしては、従姉が無自覚にあらぬ所に被害(?)を与えていたことに内心呆れていた。

 ……そういえば、入学してみれば従姉の引退宣言に始まり、今はヨーロッパのどこにいるのかさえわからず───最後の手紙ではポーランドと言っていたが、それも3ヶ月前の情報だ。

 思えば、入学してから従姉の「置き土産」に度々悩まされてきたことに気付く。

 もちろん、本人に悪気があったわけではないのは理解しているのだが、巻き起こす影響が一々災害級なのも考えものというものだ。

 

「……君が謝らなくていい」

「でも……」

「あたしだってあんな言い方して悪かったよ……確かに、フレア姉さんがトレーナーに転向するきっかけを与えたのはクロスクロウだったけれども、あの時のことを考えると、フレア姉さんがここの桜花賞を走れなかったのは仕方ないことだったのかもしれない、けれども……」

「え……? 一体、何が……?」

「……それはね……」

 

 シムーンカルマが、スキッパーにこっそりと教えたこと。

 ……その内容は、彼女の血の気が引いてしまうほどのものだった。

 


 

「……ちょっと、シムちゃん。何があったの? さっき大声なんて出しちゃって」

「うぇ、あ、あはは……な、何でもないよー……?」

「本当に?」

 

 先ほどシムーンカルマが驚いた時の大声だが、残念ながらフレアカルマにも届いてしまっていたようだ。

 

「……スキッパー、どうしたの?」

「え?」

 

 フレアカルマは別の異変にも気付いた。

 シムーンカルマと一緒に戻ってきたクロススキッパーの顔がさっきよりも沈んで見えたため、

 

「……シムちゃん?」

「フレア姉さn…ヒィッ!?」

 

 いつもは優しい、時に厳しいフレアカルマであるが、そんな彼女が憤怒のオーラを纏ってシムーンカルマを威圧していた。

 スターティングゲートに集まるウマ娘たちに夢中で気付いていないハルを除いて、ウラと、周りの別の観客もそのオーラにビビってしまう。

 が、クロススキッパーがフレアカルマにしがみつくように抱きついた。

 

「スキッパー、何かされたの?」

「ち、違うんです、カルマさん……その……」

「あ、メモリヒメがゲートに入るよ!」

 

 スキッパーが、暗い顔をしているのを「シムーンカルマが原因ではない」と否定したちょうどその時、ハルにそう促されれば、フレアカルマの憤怒のオーラが一瞬で散った。

 

『さぁ、浦和桜花賞、ダート1600m。出走するウマ娘たちが続々と枠入りを始めます』

「……ふ、フレア姉さん、その、レース、始まり……ますよ?」

 

 憤怒のオーラに充てられてビビり散らかしながらも、レースが間も無く始まる事実をシムーンカルマが告げると、周りにいた観客たちも我に返ったかのように、目の前のレースコースに視線を移した。

 

「……後で何があったのかちゃんと説明しなさい。良いわね?」

「は、はいぃ……」

『最後に11番マイキャンディーが枠に収まりまして───』

 

 ガチャン、というスピーカーで拾われた開閉音と共にゲートが開き、

 

『─── ダート1600mで開催の浦和桜花賞、今スタートしました!』

「「「わぁぁぁぁぁぁっ!!」」」

 

 観客たちから歓声と拍手が上がった。

 ウマ娘たちがスタートしたのは浦和レース場の第3コーナーの手前から。

 

『若干ばらつきましたが、まずは第3コーナーから正面スタンド前をウマ娘たちが駆け抜けて行きます』

 

 浦和レース場、特に浦和桜花賞を始めとする1600mというのは、左回り故にゲートからスタートした直後に第3コーナーが待ち受けており、スタートダッシュを決めるのが難しいコースレイアウトになっている。

 

『現在先頭は5番人気5番メモリヒメ、続けて3番マルダイメグ、2番ニドクリライデン、7番ラブトップレディ、4番ブライトネスレモンの順で第4コーナーに向かいます。その後に続くのは6番パークリーマアコ、1番モエギノマズル、10番ビューティープリマ、8番フジノタカネ、11番マイキャンディー。最後方に9番エミネントプリティです』

 

 そんな中で颯爽とスタンド前直線を先頭で直走っていくのは、ハルが一推しの5番メモリヒメ。

 

「行けぇー!メモリヒメぇー!!」

「頑張れぇー!!」

『第1コーナーで6番パークリーマアコ上がっていきます。向正面に入り、先頭は変わらずメモリヒメ、2番手にマルダイメグ。3番手、ニドクリライデンとパークリーマアコ競り合ったまま。おっと、ここでビューティープリマが上がってきた、間も無く第2コーナー。しかし、先頭はメモリヒメが維持したまま、このまま逃げ切ってしまうのか!』

 

 横でハルとウラがメモリヒメに対して声援を送り、他のボックス席の観客たちも口々に自分の推しウマたちの名を叫んで応援する。

 そんなレース展開を見ながら、スキッパーはただただ右隣に座っているフレアカルマの手を握った。

 

(!?)

 

『1番人気マルダイメグ、2番手で抑えたままだが3番手にビューティープリマ、その後に7番ラブトップレディ、6番パークリーマアコ、ニドクリライデンはこの位置。中団にモエギノマズル、ブライトネスレモン、フジノタカネ、マイキャンディー、しんがりにエミネントプリティの順で第2コーナーを通過します』

 

 突然にスキッパーに手を握られて一瞬驚くフレアカルマだったが、間も無く終盤。レースに集中を戻した。

 

『第3コーナーを越えて最後の直線に入った! 先頭はメモリヒメ、しかし、後方からモエギノマズルが飛んできた! ビューティープリマ、マルダイメグを交わして2番手、フジノタカネも外から行く、し、しかし、メモリヒメ、そのまま逃げ切ってゴールイン! やりましたメモリヒメ! ヴィクトリー倶楽部に見事錦を飾った!*6

「わぁぁぁぁっ、すごいすごいすごい!!」

 

 ハルは見事に自分の推しウマ娘が勝利して喜んでいた。

 完成に湧くスタンドとボックス席のフロア、ウイニングランを終えてウィナーズサークルで観客席に手を振る優勝ウマ娘。

 その光景を見て思わずクロススキッパーは、こんなことを呟いた。

 

「……カルマさんも、やっぱり……?」

「?」

 

 「やっぱり」……それだけでは意味が分からない。

 しかし、ふとシムーンカルマと目が合うと、

 

(あ、ゲゲッ……)

(シムちゃん、今、目を逸らした……?)

 

 そのシムーンカルマの方は目が泳いでいた。

 ……これはスキッパーに()()()()を教えたな?と、フレアカルマは即座に直感し───それと同時に、スキッパーが何故あんな沈んだ様相を呈していたのかを漸く理解した。

*1
読者の中に南与野近辺にお住まいの方がいらっしゃいましたら、この場で謝罪させていただきます。

*2
wikipedia道場三室線より引用。

*3
埼玉県道124号

*4
さいたま町谷一丁目店

*5
#18参照

*6
実馬のメモリヒメは父がサクラバクシンオーのため。




 今回の話を展開するにあたり、筆者は実際に南与野から宮松庵のモデルとなった和菓子屋さんまで歩いて行きました。

 作中に登場する浦和桜花賞は、2003年に行なわれた第49回がモデルなんですが、残念ながらレース映像が現存せず、どのように描くべきかが分からないまま当初の投稿予定日であった7月2日を過ぎてしまいまして……。

 しかし、ここで別の資料を見つけて、そこからレース展開を想像して書き上げてみました。
 もし、2003年のレース映像を保管されている方がいて、「(実況の解説やレース展開について)こうじゃないよ!」というのを教えていただければ幸いです。

 ちなみに、その際に参考とさせていただいたのが、地方競馬情報サイト『KEIBA.GO.JP』様の『第49回 桜花賞D重3歳 牝馬オープン』のページに記録されていたコーナー通過順の記録と、順位表でした。

 この場をお借りして、参考にさせていただきましたこと深く御礼を申し上げます。

ハルノウラワのエピソードはどの媒体をベースにしたものが見たい?

  • アプリ版(中央トレセンへ入学か転入)
  • 漫画版(ずっとさいたまトレセン所属)
  • 実馬編書けよオラァ
  • その他(活動報告にコメントお願いします)
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